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Grouper

 

ザ・レイト・ニュースとなり大変恐縮ではありますが、アンビエント/エクスペリメンタル・フォークシーンで強い存在感を放つ、アメリカ・ポートランドのGrouper(リズ・ハリス)のゴシック風の魅力を持つアルバム「Ruins」が、今年4月15日に新たにCD/LP盤として再編集されリリースされました。

 

オリジナル・アルバムは、アメリカの電子音楽の名門レーベル”kranky”から2014年10月31日にリリースされ、今回、同レーベルからレコード盤としてリプレスが行われました。この作品は、リズ・ハリスが、ポルトガル滞在中に、ポータブル4トラック、ソニー製のステレオマイク、ピアノといった必要最低限の機材でレコーディングが行われています。二曲目に収録されている「clearing」を始め、リズ・ハリスがピアノの弾き語りをし、静かで神秘的な雰囲気が引き出されています。音楽家だけでなく画家としての表情を併せ持つハリスの独特でせつない音響世界が体感出来、暗鬱な淡いエモーションが滲むアルバムです。

 

リズ・ハリスは、幼い時代から、宗教的なコミュニティーの中で育ち、コーカサスの神秘思想家であるゲオルギイ・グルジエフから強い影響を受けています。神秘主義者としての概念から引き出される独特なアンビエント空間は、他のアーティストの電子音楽/エクスペリメンタルフォークに比べ強い異彩を放つ。CD/レコード盤として再編集された「Ruins」に改めて注目したいところです。

 

リズ・ハリスは、この作品について、「このアルバムは一種のドキュメントです。・・・失敗した構造でもあります。録音したものに一切加工を施さず、そのままにしておくことにしました」と説明しています。

 

 

 

Grouper 「Ruins」(2022 Repress)

 

 



Label: Kranky

 
Catalogue: KRANK189

 
Format: CD & LP

 
Release Date: 15th April 2022

 

 

Tracklist

 

1.Made Of Metal

2.Clearing

3.Call Across Rooms

4. Labyrinth

5.Lighthouse

6.Holofermes

7.Holding

8.Made of Air


 



・Drift

 

https://driftrecords.com/products/grouper-ruins?variant=943141157



 
 
英国・ロンドンを拠点に活動するアンビエントアーティストで、英国とジャマイカというに国にルーツを持ち、”Speciments”という名を冠して活動するアレックス・アイヴスは、「Intersections」のリリースを発表しました。さらに、新作アルバムの発表に合わせて先行シングル「Daybreak」が公開されています。

 

アレックス・アイヴスは、今度の新作において、芸術的なコラボレーションの本質を探求しています。平野みどり、ピーター・ブロデリック、ベノワ・ピウラード、エミリー・レヴィエネーズ・ファローチらの協力を得て、新しいアルバム「Ambient Campus」を完成させました。


「私は、他の人々との人生を通して、私達が持つすべての素晴らしい小さな交流に対するある種の頌歌としてアルバムの曲を書いて見たかったのです」と、アレックス・アイヴスは「標本」という新作について説明しています。  

 



 

 

Specimens 「Intersenctions」




 

Release:5/20 2022



Tracklisting

 

1.The Lighthouse(feat,Midori Hirano)

2.Marble Bones(feat.Benoit Pioulard)

3.The Illusion of eternal Bliss(feat.Emilie Levienaise-Farrouch)

4.Human Pillar(fear.Benoit Pioulard)

5.Shipwreck(fear.Midori Hirano)

6.Daybreak(fear.Peter Broderick)




・Patricia Wolf 

 

「I'm Looking For You In Others」

 



パトリシア・ウルフは、純粋な電子音楽家というより、シンガーソングライターとして知られるイギリス・サウスロンドンのミュージシャンです。一般的な楽器として、ウクレレ、ピアノ、ビオラを演奏しますが、電子音楽のサンプリングとクラシックを融合した独特な作風を擁するアーティストです。

 

最新アルバムにおいて、パトリシア・ウルフは、モダンアンビエントの領域を開拓しています。タイトル「あなたの中に他者を探す」という哲学的な主題が掲げられており、清涼感のあるアンビエントから暗鬱なサウンドまで、このアーティストの内面世界が電子音楽、シンセサイザーのシークエンスによって多彩に展開されていく。聞きやすいアンビエント作品としておすすめです。



 

・Suso Suiz 

 

「Just Before Silence」

 



スペイン・カディスのミニマル/アンビエントミュージシャンのSuso Suiz(スーソ・サイス)の大御所の最新作は、アンビエントの名盤として挙げても差し支えないかもしれません。クラシックという分野を、ボーカル芸術、電子音楽の切り口から開拓してみせた斬新な雰囲気を持つ作品です。

 

アンビエント音楽として抽象的な作風ではあるものの、背後に展開されるシンセサイザーのシークセンスは独特な和音を有している。奥行きを感じさせるアンビエントは、時に宇宙的な広がりを持ち、霊的な雰囲気も持ち合わせています。今年65歳になる電子音楽家が挑んだヴォーカル芸術と電子音楽の融合の極限。問答無用の大傑作です。 

 


・Alejandro Morse 

 

「Adversalial Policies」

 

 


 

アレジャンドロ・モースは、メキシコを活動拠点とするドローンアンビエント・アーティストです。

 

アレジャンドロ・モースは、昨今の平板なアンビエントとは異なり、迫力のあるアンビエントを生み出す演奏家です。表現性については、アブストラクトな色合いを持つものの、独特な低音の響きがこの作品の世界観をミステリアスなものとしています。低音域の出音、それに対比的に組み込まれる高音域のシンセサイザーのフレーズが何か聞き手に高らかな祝福のような感慨を授けてくれる作品。自然を感じさせるような楽曲から、時にはインダストリアルな雰囲気を持つ楽曲にいたるまで、幅広いアンビエントの表現がこの作品では探求されています。

 

 

 

・Messeage to Bears(Worridaboustsatan Rework)

 

「Folding Leaves」

 



Messeage to Bearsの最新作「Folding Leaves」は、荘厳なゴシック建築のような趣を持つピアノとシンセサイザーを融合した既存のアンビエントから見ると、画期的な作風です。このアルバムのオープニングを飾る「Daylight Goodbye」は、ピアノの旋律を活かすのではなく、ピアノやアコースティックギターを音響的に解釈し、それを空間的な広がりとして表現しているのが見事です。

さらにそこに、電子音楽家メッセージ・トゥ・ベアーズは、ブリストルサウンドというべきか、ブリストルのクールなダンスミュージックのグルーブ感を加味しています。また、純粋なアンビエントトラックの他にも、テクノ寄りのアプローチがあったり、さらに、フォーク寄りのサウンドを持つ秀逸なボーカルトラックがあったり、かなり幅広い柔軟な音楽性が味わえる作品です。                
 
 

 

 

・Francis Harris 

 

「Thresholds」



 

NY、ブルックリンを拠点に活動する電子音楽家、フランシス・ハリスの最新アルバム「Thresholds」は、アバンギャルドの雰囲気も持ちつつ、多種多様な電子音楽が展開されています。

 

時に、会話のサンプリングが取り入れられたり、ピアノのフレーズがアレンジに取り入れられたり、さらには、グリッチノイズをリズム代わりに表側に押し出したりと、Caribouのような実験的あるいは数学的な試みが行われています。また、ヴォーカルをダブ的に解釈を行った楽曲もあり。そういった電子音楽寄りの楽曲の合間を縫って、緩やかで穏やかな雰囲気を持つアンビエントが作品全体の強度を持ち上げています。暗鬱でぼんやりとしたドローンアンビエント、それと対比的な色合いを持つモダンテクノの風味が掛け合わされた特異な作品です。 

 

 

 

・Pan American 

 

「The Patience Fader」




Pan−Americanの他にも、ギターアンビエントに旧来から取り組んでいるアーティストとしては、坂本龍一ともコラボレーションを行っているオーストリアのFenneszが挙げられますが、パン・アメリカンの新作は、クリスティアン・フェネスほどは、実験音楽、電子音楽の色合いは薄く、心休まるような雰囲気を持っています。


この最新作におけるパン・アメリカンのエレクトリック・ギターの演奏は、スティール・ギター、ウクレレのような純朴さ、穏やかさがあり、それをこのアーティストは温かなフレージングによって紡がれてゆく。ギターによって語りかけるような情感が込められ、南国のリゾート地にやってきたような開放感にあふれる極上の作品です。 

 

 

 

・Andrew Tasselmyer


「Limits」

 

 

現行ドローンアンビエント音楽の中でも屈指の人気を誇るメリーランド州ボルチモア出身のアンドリュー・タセルマイヤーは、アンビエントだけではなくポスト・クラシカルの領域でも活躍する音楽家です。

 

このアルバムにおいて、アンドリュー・タセルマイヤーは、ロスシルや畠山地平に近いアプローチを図り、風の揺らぎのようなニュアンスをシンセサイザーのシークエンスにより探求しています。さらに、トラック全体に深いディレイエフェクトを施すことにより、プリペイドピアノのとうな音色を作ったりと、実験音楽の要素も多分に取り入れられています。作品全体には、機械的な作風であるのにも関わらず、大自然の中で呼吸するかのような安らぎが込められています。 

 

 

 

・Recent Arts、Tobias Freund&Valentina Berthelon

 

 「Hypertext」 

 


 

2022年現時点までにリリースされたアンビエント作品の中で、スペインの大御所・スーソ・サイスの「Just Before Silence」と共に注目すべき作品として挙げられるのが、Recents Artsを中心に、三者の電子音楽家がコラボレーションを行った「Hypertext」です。アルバムでは、アンビエントの先のあるSFに近い作風が取り入れられており、「SF-Ambient」とも称するべき前衛的なサウンドアプローチが生み出されています。

 

その他にも多彩な表現性が込められており、グリッチテクノに近いアプローチがあったかと思えば、モダンアヴァンギャルドの領域に踏み入れていく場合もあり、ヒップホップのサンプリングに近い雰囲気も取り入れられています。もしかすると、今後、こういった近未来を象徴するような斬新なSFアンビエントサウンドが数多く生み出されていくのではないか、そんなふうに期待させてくれる作品です。お世辞にも、聴きやすいアンビエント音楽とはいえないものの、今年までは存在しなかった音楽性が提示された、前衛的な電子音楽として、最後に挙げておきます。

 

*Ambient Music Selection 2022 2nd Halfはもし余裕があったらやります。あまり期待せずお待ち下さい。 

 

Loscil

 

ロスシルは、カナダ・バンクーバーを拠点に活動するスコット・モルガンのエレクトロリック/アンビエントのソロプロジェクト。

 

モーガンは1998年にバンクーバーでこのプロジェクトを立ち上げ、ブランディングライトと呼ばれるアンダーグランドシネマで視聴覚イベントを開催している。ロスシルと言う名は、「ループオシレーター」を指す関数(loscil)に由来する。

 

既にアンビエントアーティストとしては確固たる地位を獲得している。これまでオリジナル制作の他にも、坂本龍一、ムスコフ/ヴァネッサ・ワグナー、サラ・ノイフェルド、bvdub、レイチェル・グリムス、ケリー・ワイスといった幅広いジャンルのアーティストの作品に参加している。

 

 

 

「The Sails,Pt.1 」 Scott Morgan


 

 

Tracklisting

 

1.Upstream

2.Fiction

3.Twenty-One

4.Wells

5.Still

6.Trap

7.Cobalt

8.Container

9.Wolf Wind

 


・「The Sails, Pt.1」

 

 

スコット・モルガンは、自身の音楽性について、「ループの要素は、私の楽曲制作の重要な部分です。電子的に作曲を行う際、ループの要素を元に素材を追加したり、フィルタリング、編集を行なって余計な音を削り、耳に心地よい音へと到達できるように努めています」と語っています。

 

つまり、モルガンは、ミニマル派の技法を電子音楽という側面から解釈し音楽を提示してきているわけです。彼はこれまで、上記のような短いフレーズをループさせ、シンセサイザーのオシレーター処理を行うことにより、アンビエントとも電子音楽ともつかない穏やかで心地よいサウンドを生み出してきています。


しかし、今回リリースされた「The Sails,Pt.1」については、以前までの作風を受け継ぎながら、そこに独特なエレクロの要素が含まれており、ロスシルの既存の作風を知るリスナーに意外な印象もたらす作品です。

 

これまでの抽象的、いわゆるアブストラクトな音作りは、今作において反対に具象性を増しており、旋律の流れ、あるいは、リズム性という面で、旧来のアルバムに比べると、いくらかつかみやすい印象を受ける作品です。これまで、ロスシルの音楽が抽象的で理解しづらかった方にとっては、「The Sails,Pt.1」は最適なアルバムといえるかもしれません。しかし、だからといって、このアーティストらしい思索性が失われたというのではありません。この作品で繰り広げられるのは、絵画的な音の世界、奥行きのある音響空間であり、叙情的なアンビエンスが取り入れられていることに変わりはありません。

 

もちろん、表向きには、これまでと同じようにアンビエントの王道を行く音作りも行われていますが、今作におけるモルガンの音楽性には、今回、新たに、シュトックハウゼンのクラスターの要素を取り入れているのが革新的です。スコット・モルガンは「The Sails, pt.1」において、アンビエントとハウス、テクノのクロスオーバーに挑み、これまでのリズム性の希薄な作風と異なり、リズム、フレーズの旋律、ループ、これらの要素を立体的に組みわせて、エレクトロ、ハウス、テクノ、こういったダンスミュージックの核心に迫ろうとしています。

 

実際的な音楽というより、強固な概念にも似た何かがこの音楽には込められており、それは何か力強い光を放っている。これはスコット・モルガンの以前までの作品にあまり見受けられなかったなかった要素です。もちろん、そこまた、ロスシルらしい清涼感、叙情性、壮大な自然を思わせるような麗しさも多分に込められています。今作「The Sails」シリーズは「Pt.2」が今後制作される予定です。これからの続編の到着も、アンビエント、エレクトロファンとしては、心待ちにしていきたいところでしょう。

Album of the year  2021 

 

ーAmbientー



 

・Christina Vanzou /Lieven Martens  

 

「Serrisme」 Edicoes CN

 

 

Christina Vanzou /Lieven Martens  「Serrisme」  

Serrisme  


 

Stars Of The Ridの活動で知られるアダム・ウィットツィーとの共同プロジェクト、The Dead Texanとして音楽家のキャリアを開始したベルギーを拠点に活動するクリスティーナ・ヴァンゾー、リーヴォン・マルティンス、ヤン・マッテ、クリストフ・ピエッテの四者が携わった今年9月1日にベルギーのレーベルからリリースされた「Serrisme」は、それぞれが独特な役割を果たすことにより、アンビエント音楽の新たな形式、ストーリー性のある環境音楽を提示している。

 

この作品において、クリスティーナ・ヴァンゾー、リーヴェン・マルティンスは、サウンドプロデューサーとしての立ち位置ではなく、サウンドイラストレーション、つまり、音楽を絵画のように解釈し、雨の音、ドアの音、そして風の唸るような音、多種多様のフィールドレコーディングの手法により表現することで、作品に物語性、また音楽の音響自体を大がかりな舞台装置のような意味をもたせた画期的な作品である。


今作品の音楽の舞台は、ベルギ、フランダースにある広大な田園風景の中にある葡萄の栽培温室で繰り広げられる。雨の音、風の音、嵐、小石が転がる音、ドアのバタンという開閉、時には、鳥の鳴き声。これらはすべて、音楽そのものにナラティヴ性、視覚的効果を与えるための素材として副次的役割を果たす。これらの環境音は、実際のフィールドレコーディングにより録音され、様々な形でサンプリングとして挿入されることにより、物語性を携えて展開されてゆく。

 

近年、クリスティアン・ヴァンゾーが取り組んできたサウンド・デザインの手法は今作でも引き継がれている。BGMのような効果を介して、一つの大掛かりなサウンドスケープー音風景を建築のような立体性を持って体現させている。

 

作品の前半部は完全な環境音楽として構成されるが、後半の2曲「GlistenⅠ、Ⅱ」は電子音楽寄りのアプローチが図られている。

 

これまで、ドイツのNative InstrumentsをはじめとするDTM機材、実際のオーケストラの演奏を交えて、アンビエントをサウンドデザインの形に落とし込むべく模索しつづけてきたクリスティーナ・ヴァンゾウはこの二曲において完全な独自のアンビエントの手法を完成させている。

 

そこには、アルバムの前半部の物語性を受け継いで、フランダースのぶどうの農園のおおらかな自然、そして、広々とした風景が電子音楽、それから、人間の歌という表現を通して絵画芸術のごとく綿密に描き出される。

 

今作は、前衛性の高い実験音楽の性格が強い一方で、聞き手との対話が行われているのが画期的な点だ。「Terrisme」の7つの楽曲で繰り広げられる音楽ーー音楽を介しての絵の表現力ーーは、聞き手に制限を設けるのでなく、それと正反対の自由でのびのびとした創造性を喚起させる作品である。

 

芸術性、創造性、実際の表現力どれをとっても一級品、今年のアンビエントのリリースの中で屈指の完成度を誇る最高傑作として挙げておきたい。 

 

 

  

 

 

 

 

 

・Isik Kural 

 

「Maya's Night」 Audiobulb Records



Isik Kural 「Maya's Night」  

Maya's Night

 

 

トルコ、イスタンブール出身で、現在はスコットランドグラスゴーを拠点に活動するisik kuralは、今年デビューを果たしたばかりの気鋭の新進音楽家。アンビエント界のニューホープと目されており、アンビエント音楽を先に推し進めるといわれる音楽家である。マイアミ大学で音楽エンジニアリングを専攻したKuralの音楽は、ブライアン・イーノの初期のシンセサイザー音楽を彷彿とさせる。

 

Kuralのデビュー作となる「Maya's Night」はブライアン・イーノの音楽と同じように、徹底して穏やかで、清らかなアトモスフェールに彩られている。

 

聞き方によってはテクノ寄りのアプローチともいえるかもしれないが、この癒やし効果抜群の音に耳を傾ければ、この音楽がアンビエント寄りのアプローチであると理解していただけると思う。シンセサイザーの音色自体は古典的な手法で用いられるが、Kuralは、そこに粒子の細やかな精細感ある斬新なシンセサイザー音色アプローチを取り入れ、驚くほど簡素に端的に表現している。

 

特に、Isik Kuralのデビュー作「Maya's Night」が画期的なのは、シンセサイザーの音色、実にありふれたプリセットを独創的に組み立てることにより、これまで存在しなかったアンビエントを生み出していることだろう。そして、近代から現代の作曲家が取り組んできた作曲の技法、例えば、レスピーギの「ローマの松」を見れば一目瞭然であるが、自然の中に在する生物のアンビエンス、例えば、「Maya's Night」の作中では、鳥の声をはじめとする本来電子の音楽ではない音までも、Isik Kuralはシンセサイザーを用いてそれらの生命を鮮やかに表現しているのは驚くべきことで、そこには、Kuralの夾雑物のない生まれたての子供のような精神の純粋さが見て取れる。

 

加えてKuralのサウンドエンジニアとしての知性、哲学性、表現性、すべてが自由にのびのび表現されているのがこの作品をとても魅力的にしているといえる。秀逸なサウンドエンジニアとしてのテクニックを惜しみなく押し出し、テープディレイをトラックに部分的に施すことにより特異なミニマル構造を生み出し、サウンドデザインに近い形式に昇華させているのも素晴らしい。アンビエント音楽を次の段階に推し進めるアーティストとして注目しておきたい作品である。  

 

 
 

 

 



 

・A Winged Victory  for the Sullen 

 

「@0 EP2」 Ahead Of Our Time



A Winged Victory  for the Sullen 「@0 EP2」  

@0 EP2  

 

 

2021年のアンビエントの傑作の中で最も心惹かれるのが、これまでBBC Promsでロイヤル・アルバート・ホールでの公演も行っているA Winged Victory  for the Sullenの「@0 EP2」である。

 

このアンビエントプロジェクトのメンバー、アダム・ウィットツィーはかつてクリスティーナ・ヴァンゾーとの共同制作を行っていた人物で、現代のアンビエントシーンでも著名なプロデューサーに挙げられる。これまで2000年代から長きに渡ってアンビエントシーンを牽引してきたミュージシャンだ。

 

近年のアンビエントシーンにおいて残念なことがあるなら、プリセット、音色の作り込みにこだわり過ぎ、楽曲の持つ叙情性、表現性が失われた作品が数多く見受けられることだろう。

 

しかし、そういった叙情性、表現性を失わずに秀逸なアンビエントとして完成させたのが10月14日にリリースされた「@0 EP2」である。

 

ここでアダム・ウィットツィーとダスティン・オハロランのアンビエントの名手たちは、広大な宇宙に比する無限性をアンビエント音楽として描出しようと試み、それがアンビエント本来の持つ叙情性を交えて組み立てられる。これまでアンビエントシーンのプロデューサーたちは、アナログ、デジタル問わず、どこまでシンセサイザーによって音の空間性を拡張させていくのかをひとつのテーマに掲げていたように思われるが、今作において、その空間性はいよいよ物理的な制限がなくなり、「Σ」に近づいた、と言っても良いかもしれない。シンセサイザーのシークエンスの重層的な構築はまるで、地球内の空間性ではなく、そこから離れた無辺の宇宙の空間を表現しているように思える。


これまで多くのアンビエントプロデューサーたちが、「宇宙」という人間にとって未知数の形態を、音楽という芸術媒体を介して表現しようと試みてきたが、そのチャレンジが最も魅力的な形で昇華されたのが今作品といえるかもしれない。

 

宇宙という、これまでアポロ号の月面着陸の時代から人類が憧れを抱いてきた偉大な存在、そのロマンともよぶべきものが今作でついに音楽芸術という形で完成された、というのは少し過ぎたる言かもしれない。

 

それでも、アダム・ウィットツィーとダスティン・オハロランのアンビエントの名手が生み出した新作「@0 EP2」は、ミニアルバム形式の作品ながら、広大無辺の広がりを持ち、未知なる時代のロマンを表現した快作。そしてまた、現代を越えた未来への扉を開く重要な鍵ともなりえる。






 

Chihei Hatakeyama


 

畠山地平は神奈川県出身の日本を代表するアンビエントミュージシャンである。

 

2008年、電子音楽を専門とするKranky Recordsからデビュー・アルバム「Minima Moralia」をリリース。2010年には、hatakeyama自身が主宰するレーベル、White Paddy Mountainを立ち上げ、作品のリリースを行っている。


畠山地平の音楽性は、アンビエント、ニューエイジ、実験音楽に分類される。総じて、BPMは遅いのが特徴である。

 

ラップトップでギター、ピアノ、ヴィブラフォンを録音し、トラック自体をループ的に処理することにより、重層的なテクスチャーを生み出す。ロスシルやティム・ヘッカーといったアンビエントプロデューサーの方向性に近く、そこに日本らしい叙情性が加えられている。また、畠山地平は、きわめて多作なミュージシャンとして知られていて、2021年までに、70以上もの作品を残している。また、補足として、プレミアリーグの熱烈なエヴァートンファンであることも知られている。 


近年、アンビエントアーティストとして、アメリカだけにとどまらず、イギリスでの知名度が高まりつつあり、今年、BBCのRadio6で、畠山地平の楽曲がオンエアされていることも付記しておきたい。

 

 

 

 

 

「Void  ⅩⅩⅣ」 White paddy Mountain  2021 

 

 

 

 

 

Scoring




Tracklisting

 


1.Ready For Arrival

2.Longing for the Moon

3.Gathering and Dispersion

4.Gathering and Dispersion Ⅱ

5.Cosmos Elegy

6.Venus of the Four Seasons

7.A Sailor Always Finds His way Out of a Storm

8.Rest In Peace

9..Rest In Peace Ⅱ

 

 

中国の「三国志」に触発され、製作されはじめたという畠山地平の通称「Voidシリーズ」も、2014年の「Void V」から始まり、七年間で遂に「ⅩⅩⅣ」まで到達。

 

この一連の連複したスタジオ・アルバムにおいて、畠山地平は、一貫したアプローチを採用している。すべて連作として捉えても差し支えないほど心地よいサウンドスケープが一面に広がっている。そして、アルバム・ジャケットについても同じで、ヴァリエーションのような手法が取られている。

 

今回の「Void ⅩⅩⅣ」もまた、いかにも畠山地平らしいドローン、アンビエントの中間点を彷徨う作風である。

 

前作と同様に、音楽のメロディーではなく、全体像がそのまま作品として提示されているという点も変わりはない。

 

今回の作品は、アンビエントの王道を行くロスシルに近い作風であり、曲を流し始めると、いつの間にか終了している。

 

これは、たしかにドビュッシーや後期のフランツ・リストが最晩年に落着した作風でもある。しかし、それは存在感を薄めているわけでなく、反面、強い存在感を感じさせる作品となっている。常に、今作では、サウンドスケープの概念が提示され、アンビエントのシークエンスの中に、非常に薄くギターフレーズが被せられているあたりは、Feneeszの音楽に近いアプローチのように思える。

 

クラシックであれば、変奏曲というのは慣れ親しまれているが、近年、ドイツのGAS、そしてアメリカのバシンスキーをはじめとするアンビエントアーティストたちがこの電子音楽の領域で、かつてヨーロッパの中世の作曲家たちが好んだ「変奏曲」の手法を取り入れるようになってきている。

 

興味を惹かれるのは、ドイツ、ロマン派の作曲家は、作品単位で変奏曲を生み出し、その作曲の腕を競っているような感もあった。一方、現代の電子音楽家たちは、アルバム作品単位でこれらの変奏に取り組むようになってきていて、畠山地平も日本を代表するアンビエントアーティストのひとりとして、この世界的なヴァリエーションの流れに追従していこうというのかもしれない。

 

そして、前作「Void ⅩⅩⅢ」と同じように、ロスシルやフェネスのアンビエントと異なり、東洋、アジア的な反響の空気感がこの作品の中に取り入れられていることに、西洋のリスナーはおそらく大きな驚愕を覚えるに違いない。そう、これは西洋のアンビエントではなく、東洋、アジアらしいアンビエント音楽といえるのである。

 

今作「Void ⅩⅩⅣ」で繰り広げられるサウンドスケープというのは、彼が掲げる三国志のテーマに則ったものであり、中国の水墨画のような淡い質感を描きだされているのが主な特徴である。そして、その音像の奥行きというのは、前作よりもさらに拡張され、ときに宇宙的な広がりに及ぶ。霧がかり、薄ぼんやりとし、先を見通すことの出来ない音像の風景。それはまさに、この日本アンビエントの旗手である、畠山地平にしか生み出せない独自の音響芸術でもある。

 

盛岡夕美子

 

盛岡夕美子さんは、1978年から1987年にかけて作詞家、ピアニスト、作曲家として活動していた音楽家です。

 

1975年に、サンフランシスコ音楽学院を主席で卒業した後、"宮下智"を名乗り、日本の音楽業界でコンポーザーを務める。1980年代にかけて、男性アイドルグループへの楽曲提供を行い、中には、驚くべき男性アイドルの名が見られ、1980年代にかけて、田原俊彦、少年隊といったアイドルのヒット曲のソングライティングを手掛けていた名音楽家です。

 

盛岡さんは、元は、クラシック畑のピアニストでありながら、J-POPの裏方としての仕事を多く受け持ち、1980年発表の田原俊彦のシングル「哀愁でいと」B面曲「ハッとして!Good」で、第22回日本レコード大賞で最優秀新人賞に輝く。その後、ジャニーズ事務所と専属契約を結び、少年隊の1980年代の楽曲を多数手掛ける。1980年代の日本ポップスシーンにおける重要な貢献者と言えるでしょう。

 

ジャニーズ事務所に所属するアイドルグループへの楽曲提供の他に、1980年代にソロ名義「盛岡夕美子」としての作品を二作発表。これらの作品は商業主義やエンターテインメント業界とは無縁のニューエイジ、アンビエント、世界的に見ても秀でたヒーリング音楽をリリースしています。


この盛岡夕美子としてのソロ名義での作品発表後、アメリカに移住。 その後は、サンフランシスコのエコール・ド・ショコラ、フランスのエコール・ヴァローナで学んだ後、音楽家からチョコラティエに華麗なる転身。その後、自身の会社「Pandra Chocolatier」を設立し、ワイントリュフの開発に取り組み、ビジネス事業も軌道に乗り始める。


しかし、2017年に北カルフォルニアで起こった山火事によってワインの輸送供給が滞ったのを機に日本に帰国。2019年には日本の世田谷にワイントリュフの専門店を立ち上げていらっしゃいます。

 

その後、一度だけ作曲家の仕事を行っており、2018年に、King&Princeに楽曲提供を行っています。

 

 

 

 

 

「余韻(Resonance)」2020  Metron Records  
 
*原盤は1987年リリース



 

 


1.Komorebi

2.Moon Road

3.Rainbow Gate

4.Ever Green

5.潮風

6.おだやかな海

7. Round And Round

8.La Sylphide/空気の精

9.Moon Ring

10.銀の船




 

この作品「余韻」は、1987年、盛岡夕美子名義で発表されたニューエイジ作品のVinyl再発盤として昨年発売された作品。表向きの田原俊彦、少年隊といった仕事、謂わば表舞台の喧騒からまったく遠く離れたアルバムを、この1987年に盛岡夕美子さんは発表していらっしゃいます。いわば、年代的には、まだ、おそらくニューエイジミュージックがそこまで日本でも浸透していなかったと思われる時代、日本のもっとも早い年代に活躍した環境音楽家、吉村弘と同じようなヒーリング的な指向性のある音楽を、盛岡さんはこの作品において追求していらっしゃいます。

 

この作品において盛岡さんの生み出す音楽は、終始穏やかであり、これ以上はないというくらいの癒やしをもたらしてくれ、聞き手の内面を見つめる機会を与えてくれる瞑想的な音楽ともなりえるはず。この「余韻」はクラシックピアニストとしての素地のようなものが遺憾なく発揮された作品で、波の音といったサンプリングが挿入されている点で、ニューエイジ音楽を想定して製作された音源だろうかと思われますけれども、クラシックピアノを体系的に学習した音楽家のバッグクラウンドを持つためか、サティやドビューシー、ラヴェルをはじめ、一般に「フランスの6」と呼ばれる全音音階を使用する傾向のある近代フランス和声の影響が色濃く感じられる作風です。

 

それほど大きな展開を要さないという点では、イーノ、バッドの音楽性に近いものが感じられます。ミニマル・ミュージックとしての指向性を持ち、それが淡々と奏でられる上品なピアノ音楽。しかし、この単調さがむしろ反面に聞き手に何かを想像する余地を与えてくれる、本来、あまりに情報量が多すぎる刺激的な音楽というのは一見すると心惹かれるものがあるように思えますけれども、そこには聞き手の存在する余地がなくなるという弊害もまたあると思うのです。しかし、盛岡さんのこの作品では、それとは対局にある「家具の音楽」、あるいは、調和という概念に焦点を絞った音楽が提示されており、また、ここでもアンビエントの重要な概念、聞き手のいる空間、聞き手の考え、何より、聞き手の存在が尊重されているという気がします。

 

それは、軽やかなピアノ演奏、情感あふれる鍵盤のタッチ、そして、ピアノの余韻、レゾナンス、ピアノのハンマーが振り下ろされた後、音の消えていく際の余白の部分を楽しむ音楽といえ、ジョン・ケージの最初期のアプローチにも比する音楽と称することが出来る。そして、この音楽は端的に言えば、わたしたちの心に、ひとしずくの潤いをもたらしてくれる癒やしの効果をもたらしてくれる音楽でもある。

 

1987年の最初のリリースから実に三十三年という長年月を経て、今回、Metron Recordsからリマスター盤として再発された「余韻(Resonanse)」の再発盤で感じられるのは、メロディやリズム、それ以上の空間性としての秀逸な純性音楽の数々。この作品には、一時代性とは乖離した多時代における普遍性が込められていて、人や時代を選ばないような音楽。また、久石譲をはじめとするジブリ音楽にも似た安らぎを感じていただけるかもしれません。

 

何か、じっと、目をつぶっていても、音楽自体が生み出すサウンドスケープがおのずと思い浮かんでくる貴重な音楽です。

 

サウンドトラックのようだと喩えるのは安直といえ、深い精神性に支えられた瞑想的で穏やかな作品です。日本のアンビエント、ニューエイジの隠れた名盤としてご紹介させていただきます。

 

 

「余韻(Resonance)」

Listen on Bandcamp:

 

https://metronrecords.bandcamp.com/album/resonance


 

 

盛岡夕美子「余韻(Resonance)リリース情報の詳細につきましては、Metron Records公式サイトを御覧下さい。

 

 

https://metronrecords.com/ 

 


 


 


 

 

アンビエントを形作る基本概念とは? 


既によく知られている通り、アンビエント音楽の出発は、ブライアン・イーノが怪我をして入院中に、友人が病室に持ってきてくれた壊れたハープのレコードをかけた瞬間にもたらされた。音楽を介しての崇高な啓示という言葉が相応しいのかどうかはわかりませんが、傑出した音楽家には人生のある分岐点において、何らかの音楽を介しての悟りのようなものがもたらされるのが常です。


この後、ブライアン・イーノは既に「Discreet Music」で、その音の萌芽は充分見られるものの、Ambientシリーズという傑作を1978年から1982年にかけて発表、アンビエントという概念を広めていくわけです。


現代では、アンビエント=環境音楽という概念は広義において使用されることが常であり、アシッド・ハウス系のアーティストの音楽にも、このカテゴライズが与えられ、リズム性が希薄なクラブ・ミュージックのアーティストにも適用されるようになりました。厳密に言えば、両者の音楽はリスニングに特化した音楽と、工学的な機能を持つ音楽に分類されるのは事実ですが、広義の意味でのアンビエントという概念として今回は言及させていただきます。


しかし、基本的に、このアンビエント音楽の本義は「主役を引きたてるため」にある存在する音楽であり、例えば、演劇でいうところの舞台の書き割りであるとか舞台照明のような主役の舞台上での演技を引き立てるような役割を果たすものです。


それが、後のWindows98の起動音、横断歩道を渡る際の機械音楽、駅のホームで流れている環境音楽という概念に引き継がれていく。これらの音楽は、その場に交通する多くの人が主役であり、起動音、横断歩道の短い音楽、駅で流れている音楽は、常に脇役であり主役ではありえないわけです。  


もちろん、これらの環境音楽の作曲者も自分の作製した音楽を聞き手の空間に際立たせようと作曲するのでなく、その場の空気を尊重して短いBGMを作製しているのが常です。

 

これは、初期の任天堂等のゲーム音楽においても同じ。つまり、アンビエント音楽の真髄は、演劇の舞台背景のような機能を果たす音楽=BGM(バッググランドミュージック)であり、演奏者のいる空間性を重視するのではなく、聞き手のいる空間性を重視し、それを尊重する音楽であると言えかもしれません。


ですから、近代フランスの酒場で、ショパンを客前で好んで演奏していたエリック・サティが一般にアンビエントの元祖としてみなされるわけです。エリック・サティは客のおしゃべりの引き立てとしてショパンを弾いていたわけです。


しかし、これは、近年、このアンビエントという語があまりに広い範囲で使われるようになったため、見えづらくなった本義といえる。

 

そのため、実を言うと、エイフェックス・ツインの初期作品はアンビエントに該当するものの、ティム・ヘッカーはドローンであるものの、本流に属さないオルタネイティヴなアンビエントと言っておきたいのです。


元々、ブライアン・イーノは、最初期の作品をアナログシンセサイザーを用い、「空間の広がり=アンビエンス」を発生させていましたが、多分、イーノが表現しようとしていたものは音というよりも概念に近かったろうと思われます。


おそらく彼にとって病室で身動きがままならなかった際に聴いた壊れたハープのレコードの音楽は疲弊した精神に潤いを与えるものであったろうし、その音楽的啓示が与えられた「祝福された瞬間」を再現しようと試みようとしたことが「Ambient」シリーズ、「Apollo」「The Pearl」という名作群の誕生に繋がった。これらの作品においてイーノが表現したかったもの、おそらくそれは、病室でいたんだ肉体、そして、疲れた精神を癒す、ハートがじんわりする音楽です。


昨今、このアンビエント音楽が多くの人に求められるようになったのはひとつ理由があり、現代の人々がより温かな癒やしを求めているからなのかもしれません。


常に、日常の中にまみれる喧騒、常に、毎日のようにもたらされる無数の情報、常に、何かに忙殺される時間、常に、劇的に移ろい変わり、混沌としつつある世の中の状況、常に、 おびただしくもたらされる無数の刺激の数々。

 

実は、21世紀に入るまでに、我々、現代人は、これらの自分では抱えきれないものを所有していることに辟易としており、自分は既に生涯における充分なものを既に所有しているのに、外側から常に何かが供給されているため、コレ以上は何も要らないと思う「本心」を常に覆い隠し生きねばなない。


世の中で重要だとされている出来事、多くの人が重要という出来事の殆どが我々にとって不必要でとるにたらぬもの。そして、本当に重要な出来事が見えにくくなっていることことに気が付かねばなりません。


現代社会において、人間にとってもっとも必要なものが何なのか。明言しませんが、現代社会を生き得る人たちが見失ってしまったように思える「何か」を探すきっかけを、アンビエント音楽、アーティストの名盤は、音という言語よりも高らかな啓示により授けてくれるかもしれません。


ここでは、定番の作品から風変わりな作品まで、様々な側面からアンビエントをご紹介致します。是非、以下、リストアップする作品の中から貴方にとってピッタリな癒やしの音楽を探してみて下さい。

   



アンビエントの名盤ガイド


 

・Brian Eno

 

「Ambient1 Music For Airport」1978

 



アンビエントという概念は全てこの作品「Ambient 1 Music For Airport」から出発したというべきでしょう。 

 
「人を落ち着かせ、考える空間を作り出そう」
 

ブライアン・イーノは、ドイツのケルン・ボン空港で暇を潰していた時、この伝説的な環境音楽の着想を思いついたようです。
 
 
ジャケットワークのデザインもまたブライアン・イーノ自身が手掛けたこの作品は、アンビエントの祖でもあり、ミニマルミュージックの究極系。異なるテープレコーダーを介して録音したシンセサイザーの音色を同期し、さらにその音色をランダムに変えることにより生み出されています。
 
 
アコースティック・ピアノのシンプルな音色は、洗練された空港内の空間、そして無数の人々がいる会話をする空間という本来、2つの分離した空間を音楽によって合一させる効果を持っています。会話をするのにも邪魔にならず、空港のロビーの広々とした空間というものの静かに馴染む音楽が前半部。 
 
 
一方、後半部では、パッヘルバルのカノンをサンプリング的に処理、テンポ、ピッチを変更した楽曲。どちらも、イーノの考案した人を落ち着かせるというコンセプトに沿った音楽と言えます。実際に「Music For Airport」は、NYのラガーディア空港で環境音楽として使用されていました。 
 
 
 

 

「Plateux Of Mirror」1978

 



 

アンビエント音楽の感じを何となく掴むためには、このブライアン・イーノ、そして故ハロルド・バッドの共作が最適と言えます。


ジョン・ケージが考案したピアノの本来ディケイするはずの音を極限まで伸ばす手法を、さらに、ここで、イーノは「Above Chiangmai」という世紀の傑作において自身のサウンドエンジニアとしての手腕により見事に実現してみせました。

 

加えて、ハロルド・バッドのピアノ演奏というのも、徹底的に聞き手のいる空間を重視した家具の音楽としての概念を両者の音楽家はアンビエントという新たな形に昇華させてみせています。 

 

ロキシー・ミュージックのキーボード奏者として活動したのち、事故による負傷、その病室で壊れたハープのレコードを聴いたときに、ブライアン・イーノが体感した一種の音楽的な啓示がここで音によって体現されています。

 

それは、アンビエンスー空間に既に満ちている音をピアノの演奏、アナログシンセを駆使して奥行きのある空間を生み出すことにより体現されています。

 

また、忘れてはならないのは、ここでは、他では得難い癒やしが込められ、傷ついた魂、精神を癒やす効果も込められている特異な音楽。心が疲れているときに聴く音楽として、オススメしておきたいところです。  


 

 

「Apollo Atmospheres and Soundtracks 」 1983

 



 

もうひとつ、ブライアン・イーノがアンビエント音楽という得難い概念を明確に定義づけたのが伝説的な作品「Apollo(Ascent)」。

ここで得られる音楽的な体験は神秘的ともいえ、これまでにはないような異質な感慨を与えてくれるでしょう。

 

特にアンビエントの歴史からみても屈指の名曲「An Ending」では、地球を離れた宇宙に普遍的に満ちている空間、音、そこに満ちている概念を克明にアンビエンスにより捉えてみせています。この宇宙的な音を表現するスタイルは、その後のアンビエントの重要なファクターとして引き継がれていきます。

 

またその他の楽曲においても、ブライアン・イーノは電子音楽としての新たな実験性に挑んだ作品が多く収録されており、この次の世代に繋がっていくアンビエントの基礎を生み出した。

 

その後、生み出されるアンビエントの多くの作品の重要なインスピレーションの源泉となった伝説的な作品です。  

 


・Jon Hassell 

 

 

「Vernal Equinox」1977(original)  2020(remastered)

 


 

1978年にイーノがアンビエントという概念を生み出す以前に実はアンビエントの本流に当たる音楽を既に生み出していた人物、それが2021年6月下旬に亡くなられたジョン・ハッセルという伝説的な名トランペット奏者です。

 

ジョン・ハッセルはダブ音楽に代表されるようなトランペットの録音をダビング、サンプリングにより、新たな手法のジャズ音楽を追求した音楽家でもあります。

 

特に、この1977年の作品「Vernal Equinox」は、クロスオーバージャズの先駆的作品としてもよく知られていて、また、アンビエントをモダンジャズ的手法で体現した最初の作品でもある。

 

このスタジオ・アルバムには、モダンジャズ、ダブ、民族音楽(インドネシアのガムラン)、電子音楽と、様々な前衛的な音楽のアプローチが見受けられます。四曲目の「Blues Nite」には後のドローンアンビエントのも通じる音楽をハッセルは1977年において生み出していることに驚く。

 

非常にエクスペリメンタル色の強い作品ではありますが、アンビエント音楽の歴史を線として捉えた場合には、この作品を度外視することは難しいでしょう。 

 

 

・Harold Budd

 

 

「Avalon Sutra」2005

 



 

1978年の共作において、アンビエントという概念を提言したのち、バッドはピアノ音楽としてのアンビエントを追求していくようになる。 

 

その一つの音楽としての探求が逸早く明瞭な形となったのがデイヴィッド・シルヴィアンをゲストとして迎え入れた「Avalon Sutra」。

 

ここではハロルド・バッドの生み出す音楽の重要な鍵となる癒やしの効果が作品全体に漂っている。ひたすら穏やかで、甘美で、心温まるようなピアノ音楽がここでは味わえます。サウンド面でも革新的な処理がなされており、シンセ音楽とクラシカル,ジャズと、3つのジャンルのクロスオーバーに取りくんだ画期的な作品です。 

 

シンセサイザーのシークエンスとの融合、広い空間処理により、さながら天井の高い石造りの教会の中で音が響くような独特のピアノの音色を生み出しています。このピアノ作品は、のちのアンビエントの派生ジャンルの一、ピアノ・アビエントの重要なルーツとなった傑作。

 

もちろん、アンビエントだけではなく、弦楽器、金管楽器、木管楽器との合奏と言う面で、ポスト・クラシカル、クラシカルクロスオーバーの先駆的作品と称すべきなのかもしれません。

   

 

 

「After The Night Falls」2007

 

 


 

ブライアン・イーノの提唱した最初のアンビエント作品「Ambient」の共同制作者として知られるハロルド・バッド。

 

その後、バッドはソロ活動において、ピアノ演奏を介して彼にしか生みだしえないアンビエント音楽、音の空間性を音楽的な探求者として独自に追求していくようになります。 

 

バッドの長年の音楽的な探求の集大成を形作ったといえる作品が「After The Night Falls」。ここではアンビエント音楽の理想形が追求され、それがピアノ音楽によって見事に昇華されています。

 

この作品において際限なくひろがっていく心地よい空間、癒やし、穏やかさ、温和さ、といった感覚が慎ましやかな音楽性により彩られています。バッドの音楽で体感できる思索的な感覚は他の音楽では得難いもので、ここに、ハロルド・バッドの奥ゆかしい人格が滲み出ています。

 

ブライアン・イーノとの共作「Ambient」の延長線上にあるアンビエント音楽のひとつの頂点と言えるでしょう。



 


・William Basinsky 

 

 

「The Disintegration Loops」original 2002  Remastered 2014

 

 

 


ウィリアム・バシンスキーは既にアメリカのアンビエント界きっての重鎮と称してもおかしくはない存在。

 

元々はテキサス大学でジャズのサックスを体系的に学んだ後にイーノ、ギャヴィン・ブライヤーズといった音楽家に影響を受け、アンビエント制作を行うようになる。

 

バシンスキーのアンビエント音楽作製において革新的な技法をもたらし、ダンスフロアのDJのように、元あるサンプルネタを引用(たとえば、ラジオ放送でかかっているクラシック音楽)し、それをテープの切り貼りしていき、ターンテーブルのスクラッチのような手法を駆使することにより、ぶつ切りのホワイトノイズを発生させ、サンプリングネタの原型をとどめないような斬新で複雑怪奇な作品を生み出すのがバシンスキーの作曲の特徴。

 

一つの短いシンプルなフレーズを入念にトラック上で複合的に組み合わせ、それを徐々に重層的なヴァリエーションとして変形させていくという点では、ライヒのようなミニマル音楽の要素も多分に持ち合わせています。 

 

バシンスキーのDJ的手法がひとつの完成形を成したのが2002から2003年にかけて発表された「The Disintegration Loops」。

 

ここでは、わずか数秒楽節がLPレコードを再生する際に生ずるノイズのブツッという音をフレーズの合間に挟み、永遠と同じフレーズが繰り返される音楽。しかし、最終盤では、完全に元の原型が破壊され、ノイズだけが鳴りひびく摩訶不可思議なアヴァンギャルド音楽に様変わり。

 

ドローン・アンビエントとニュアンスが異なる「アンビエント・ノイズ」というこれまでに存在しえなかった新しいジャンルを生み出したモンスターアルバム、ウィリアム・バシンスキーの最高傑作の一つ。    


アーティスト名に誤りがありました。訂正とお詫び申し上げます。(2023年9月5日)

 

 

「92982」2009

 



 

元は故郷テキサスでアンビエント制作を行っていたウィリアム・バシンスキーは、その後、ニューヨークに移住し、映像と音楽を融合させた独特な活動を行う。

 

最初期は明らかにイーノやブライヤーズを意識した音楽を作曲していたバシンスキーではありますが、徐々にニューヨークに移住した影響はあってか、SF的というべきか宇宙的な広大なスケールを持つアンビエント制作を行うようになっていきます。

 

そして、どことなくバシンスキーの作品では彼らしくない作風ともいえるのが2009年発表の「92983」。

 

ここでは最初期からの特徴である変奏方式を導入しているバシンスキーではありますが、どことなくNYの街に満ちている生活の風景、人々の雑踏や哀愁をアンビエントとして叙情的に切り取ってみせた作品。

 

他の作品とは異なり、目の前の日常的な空間性を表現したバシンスキーの異色のスタジオアルバム。

 

この作品からさらにバシンスキーはSF的なアンビエントの作風に取りくんでその最終形となったのが2019年にリリースされた「On  Time Out Of Time」この作品も併せてオススメします。    



・Aphex Twin 

 

 

「Selected Ambient Works 85-92」1992

 

 


 

実験音楽としてのアンビエントではなく、クラブ・ミュージックや、デトロイト中心に盛んだったテクノ、アシッド・ハウスの影響をドラムンベースと融合し、ドリルンベースというこれまでになかったジャンルを生み出したことでも知られているエイフェックス・ツイン(リチャード・D・ジェイムス)。

 

既にスクエアプッシャーと共に、ワープ・レコードの看板アーティストといえるリチャード・D.ジェイムスは、クラブミュージック以外にも、ジョン・ケージをはじめとする現代音楽や実験音楽に色濃く影響を受けている実験的なグラブ音楽を生み出すアーティストです。 

 

エイフェックス・ツインとして、ソロ活動を始める以前の宅録時代の未発表作品を収録した「Selected Ambient Works 85-92」はエイフェックスの最良の名盤。ここには実験的なクラブミュージックの宅録の名曲に加え、テクノ、アシッド・ハウスからみたアンビエント音楽ともいえる楽曲が「Xtal」を中心に見られます。

 

クラブミュージック界にアンビエントの概念を持ち込み、その後のクラブ・ミュージックのシーンを導いた重要な作品です。   



 ・Gas

 

 

 「Pop」2000

 

 
 
GASは、ジャーマン・テクノ・シーンを1990年代に率いていたウルフガング・フォイトによる電子音楽プロジェクト。ミニマル・テクノを最初にドイツのクラブシーンに導入したオリジネーターです。
 
 
GASの電子音楽は、ハウス、テクノ、アンビエントといった3つのジャンルを自由に行き来するような作風であり、ドローン、ゴアトランスにも近い質感のあるフロアで踊るための音楽も数多くリリースしています。  
 
 
特に、アンビエントの名盤としてあげたいのが、2000年発表の「Pop」でしょう。
 
 
テクノ音楽からみたアンビエントと称するべきダンスフロア向けの独特な作風を生み出しています。
 
 
他のアンビエントアーティストに比べ、フロアで踊るための縦ノリの音楽は、まさにウルフガング・フォイトのお家芸というべき。テクノ音楽もグルーブ感を追求し、コアな電子音楽を生み出そうすると、徐々にリズム性が希薄になり、最終的には、テクノ、ハウスとは対極にあるアシッド・ハウスに近い独特なアンビエントに行き着くということが理解出来ます。   



・Dead Texan 

 

 

「Aegina  Airlines」2004

 



 

既に、アルバム・レビューの方で一度取り上げている作品「Aegina Airlines」ですが、良い作品なので、再びここで取り上げておきたいと思います。

 

2000年代以降の密かなアンビエントムーブメントをさきがけて発表されたこの作品は後にStars Of The lidを結成し、アメリカのアンビエントシーンで著名な存在となるアダム・ウィリツィー。そして、後に実験音楽、アンビエントのソロアーティストとして活躍するクリスティーナ・ヴァンゾーのツインプロジェクト。

 

後に、スターズ・オブ・ザ・リッドのメンバーとしてアンビエントの名物的な存在となるアダム・ウィリツィー、その後、映像作家から音楽家に転向を果たし、アンビエントの傑作を数多くリリースしているクリスティーナ・ヴァンゾーの音楽家としての活動を始める契機となった「幻の傑作」。

 

一般的にはあまり知られていない作品ですが、ブライアン・イーノの「Music For Film」にも比する甘美なピアノのフレーズ、シンセサイザーのシークエンスが絶妙に融合を果たしている。思わず、美しいと言いたくなる傑作、アンビエント・ファンは必聴の名盤です。 

 



・Biosphere

 

 

「Dropsonde」2006

 



バイオスフェアこと、ゲイル・イエンセンは、ノルウェー/トロムソ出身のアンビエント・アーティスト。ブライアン・イーノやデペッシュ・モードに影響を受けて、1983年に音楽制作をはじめる。 
 
 
元々、イエンセンは、シンセポップユニットとして活動していましたが、後にバイオスフィアとしてソロ活動を開始、電子音楽、アンビエント制作に入る。
 
 
1991年には、デビュー作「Microgravity」を発表、アンビエントテクノの先駆けと称される。1997年発表の「Substrata」は、90年代最高のアンビエント作品と高評価を受けています。
 
 
バイオスフェアのアンビエントは、イーノからの強い影響を感じさせ、存在感の希薄で、どことなく温かみのあるような空気感に包まれている。音というのではなく、心地よい空気感を感じるための音楽。
 
 
「Dropsonde」はモダン・ジャズとアンビエントを図った前衛的なクロスオーバーの作風で、様々なジャンルの音楽が入り乱れながら、イエンセンらしい穏やかな空気感が生み出されている傑作。  
 
 
特に、一曲目の「Dissolving Clouds」はアンビエント屈指の名曲の一つに数えられます。 



・Brian Mcbride

 

 

「When the Detail Lost its Freedom」2005

 



ロスシルにも比する美麗な音像の世界を提供しているブライアン・マクブライド。テキサス州、アーヴィング出身のアンビエント・アーティスト。

 

アダム・ウィリツィーとのユニット、スター・オブ・ザ・リッドのメンバーとしてもよく知られています。 

 

特に、ブライアン・マクブライドの生み出すアンビエントは、電子音楽的なアプローチではあるものの、大いなる自然の恵みを感じさせるような、穏やかで、大いなる手のひらに包み込まれるような作風です。

 

特に、スター・オブ・ザ・リッドの音楽性の全体的な印象を形作っているのはブライアン・マクブライドの方であると思われ、そのあたりの上記のユニットにも似たアンビエントの質感を持っています。

 

特に2005年にリリースされた「When the Detail Losts Its Freedom」はパンフルートのようなシンセサイザーの音色を生かし、ひたすらやさしく、穏やかで、温かなシンセサイザー音楽が立体的な構造として紡がれていく作品。

 

シンセサイザーの織りなす壮大なオーケストラレーション。特に、「Overture」は大いなる自然の息吹を眼前にしたときに感じる、あの奇妙なほどの神々しさを彷彿とさせるアンビエント屈指の美しい名曲です。   



・Rafael Anton Irisarri

 

 

「Daydreaming」2007

 


 

ラファエル・アントン・イリサリは、シアトルを拠点に活動するアンビエント・アーティスト。

 

最初期はポスト・クラシカル寄りのピアノ音楽をフューチャーしたアンビエント音楽に取り組んでいました。 

 

他の電子音楽家に先駆けてドローン音楽を追求し、このジャンルの先駆者のひとりともいえます。

 

アントン・イリッサーリの音楽性には独特な暗鬱さ、そして、ロマンティックさが滲んでおり、それが上品で官能的な美を生み出す。絵画芸術にも近い雰囲気のあるピクチャレスクな趣向性を打ち出し、およそイリサーリ節と称するべき独特なゴシック調の世界観により彩られています。 


ラファエル・アントン・イリサリのアンビエントの名盤は近年のコアでマニアックなドローン作品も捨てがたくはありますが、ポスト・クラシカル寄りのアプローチを図った美麗な印象のあるデビュー作「Daydream」はアンビエントの名盤として挙げられる。暗鬱で静謐なゴシック的な世界観は、深い霧の中を歩くようなおぼろげな雰囲気により彩られてます。

 

特に、一曲目の「Walking Expectations」はアンビエントの屈指の名曲、フィールドレコーディングの手法を取り入れた作品です。

 

深いおぼろげな深い霧の中をひとり歩くような独特な寂寞感が漂う。ここに現れているのは美麗なだけでなく、甘美な音楽の追求者として荒野を切り開くイリサリの姿。その後のアンビエントドローン音楽の流行の予言となった一枚。  


   

・Fennesz & Ryuichi Sakamoto

 

 

 「cendre」 2007



 

オーストリアのエレクトリック・ギターでアンビエント世界を追求するクリスティアン・フェネス。

 

そして、近年ゴルトムントを始め、若手の電子音楽家と共同作業を行ってきたご存知、元YMOの坂本龍一の両者の才覚が十二分に発揮されたピアノアンビエントの最高峰とも言える作品が「Cendre」。

 

ここではフィールドレコーディングのサンプリングを用いた独特なアンビエンスの中に坂本龍一らしい繊細なビアノの旋律が絶妙に溶け込んでいる。

 

坂本龍一の作品の中でも日本的な感性が色濃く感じられる作品。西欧の電子音楽の最先端と日本の現代音楽の純粋な合体はきわめて完成度の高い非の打ち所がない作品。

 

このスタジオ・アルバム収録の「haru」は特に、坂本龍一のピアノ作品として間違いなく最高傑作の一つ。

 

メシアンをはじめとするフランス近代和声を下地にした和音構成、繊細でわびさびのきいた叙情性、そして、”やさしみ”にあふれる感性こそが坂本音楽の真骨頂と言えるでしょう。フェネス、サカモトという抜群の相性を持つ二人の秀逸な音楽家による最高のコラボレート作品です。     



・Loscil

 

 

「Coast/Range/Arc」2011

 



 

カナダ、ヴァンクーバー出身の電子音楽家、別名、音響彫刻家とも呼ばれるロスシルはスコット・モーガンのソロプロジェクト。

 

1998年からMultiplexというマルチメディア集団のメンバーとして活動。アメリカの電子音楽専門レーベル、クランキーレコードの代表的な存在としてアンビエント界をリードし、アメリカでのアンビエントという音楽、このレーベルの知名度を高めるのに貢献的な役割を果たした重要なアーティスト。

 

既に、イーノやシャルティエ、バシンスキーに並んでアンビエント界の巨匠といっても良いかも知れません。それほどアメリカではアンビエントが盛んでなかった時代から勇猛果敢にこの音楽にスポットライトを当ててきた気骨あるミュージシャンです。 

 

ロスシルは、2001年の「Triple Point」クラブミュージック、実験音楽、そして、アンビエント、ドローンにいたるまで多角的なアプローチを図り、音楽性も幅広いですが、ロスシルの音楽の魅力は粒の精細な音作り、知性的な構成を持った楽曲を生み出すことにかけては名人級です。 

 

特に、ロスシルの名作として名高い「Coast/range/Arc」は、非常に美しいサウンドスケープを思い浮かべられるエモーションに富んだ傑作。

 

ひたすら穏やかな波に揺られるかのような心地よい空気感をシンセサイザーにより表現した名作。ロスシルは、長いアンビエントの道のりの最果てにほのみえるこの世のものと思えない、癒やしに満ち溢れた音像風景を描出する。    



・Tim Hecker 

 

 

「Ravedeath 1972」 2011

 



ティム・ヘッカーは、カナダ、ヴァンクーバー出身の電子音楽家。コンコルディア大学卒業後、カナダ政府で政治アナリストとして活動した後、DJ活動を行い、2001年に「Haunt Me」にて鮮烈なデビューを飾る。 

 

特に、この「Ravedeath 1972」がリリースされた年は、相当なセンセーショナルな影響をミュージック・シーンにもたらしました。

 

基本的には実験色の強い電子音楽家としての表情を持つティムヘッカーですが、この作品はアンビエント・ドローンの最高傑作との呼び声が高い。知性派のアーティストであり、空間内に音がどのように広がっていくか、音響学を一つのアンビエンスとして解釈しようと最初期から取りくんでいたティム・へッカーは、この作品でひとつの頂点を極めてしまった。

 

「Ravedeath 1972」はコンセプト・アルバム色の強い実験音楽にも関わらず、ティム・ヘッカーの名を一躍アンビエント界にとどまらず、一般的な音楽シーンに知らしめた伝説的なスタジオ・アルバム。

 

この年にリリースされた中で最高作品の一つです。未だこの作品の衝撃性というのはおよそ十年が立っても色褪せていない、音楽の未来を変えた独特なアンビエント。2023年に発表された『No Highs』もヘッカーのキャリアの最高峰に位置する作品となる。    



・Eluvium 

 

 

「VirgaⅠ」 2020 




 

Eluviumは、ポートランドを拠点に活動するマシュー・クーパーによる電子音楽のプロジェクト。

 

最初期は、ポスト・クラシカル寄りの美麗なピアノ曲を中心とした「An Accidental Memory In the Case Of Death」を2007年に発表してデビュー。この作品はポスト・クラシカルの隠れた名盤として挙げておきたい。

 

特に、2020年の連作シリーズとしてリリースされている「VirgaⅠ」は、エルヴィムの最高傑作のひとつ。「Viga-Abyss Forms-House Taken Ober」と同じ主題をバリエーションとして変奏させる手法はバシンスキーに通じるものがありますが、エルヴィウムの生み出すアンビエントはひたすら心地よさ、そして、癒やしに重点を置いた作風です。

   

本作において展開されるアンビエントは、他のアーティストに比べると、それほど目新しさはないものの、一方では、アンビエント音楽の真髄を突いている。ひたすら、奥行きのある心地よい空間が広がりを増していく音楽は、古典音楽の未来を形作る電子音楽の華麗な交響曲とでも称するべき。

 

このアルバムは、マシュー・クーパーの飽くなき音楽の探究心から生み出された音楽に対する深い愛の顕現にほかなりません。

 

アンビエント・ドローン寄りの音楽性を追求した次作「Virga Ⅱ」と共に、2020年代のアンビエントの大作と言えそうです。 


 


・Roji Ikeda

 

 

「Ryoji Ikeda EP」 2021

 



 

現在、フランス、パリを拠点に活動する池田亮司は、映像と音楽の劇的な同期を行う前衛音楽家。 

 

テクノ、グリッチやクリックとして有名な電子音楽家です。最初期はオーケストラレーションを配した現代音楽寄りの音楽を生み出していましたが、徐々に先鋭的で実験的な電子音楽を追求する。

 

アルヴァ・ノトとの共同制作者としても知られ、超音波、周波数から音楽を解釈した物理学、及び数学的な観点から精密なアプローチを行うのが池田亮司の音楽の特徴。特に前衛派としての印象の強い池田亮司は最新作においてアンビエントの世界へ踏み入れていきました。 

 

今作で繰り広げられているのは、精妙な音の粒子の質感が如実に感じられるひたすら心地よいアンビエントであり、旧来の池田作品より、比較的聞きやすく、親しみやすい作風となっています。

 

ウィリアム・バシンスキーの近年のアプローチにも近い宇宙的引力を持つ独特な音楽であり、暗闇の中で、音に耳を静かに傾けていると、さながら広い宇宙と対峙するかのような偉大な迫力に満ちた作品。

 

音楽の世界は、ついに、2020年代に入り、未来の電子音楽家たちは、宇宙的な概念を表現する世界に突入したことを告げ知らせる2020年代。いや、2030年代の未来を行くアンビエントの傑作。

 

 

・Laurel Halo 

 

 

『Atlas』2023




ロサンゼルスを拠点に活動するLaurel Halo(ローレル・ヘイロー)のインプリント”Awe”から発売された『Atlas』(Reviewを読む)は、2023年の実験音楽/アンビエントの最高傑作です。

 

アルバムの発売後、NPRのインタビューが行われた他、Washington Postでレビューが掲載されました。米国の実験音楽の歴史を変える画期的な作品と見ても違和感がありません。



2018年頃の「Raw Silk Uncut Wood」の発表の時期には、モダンなエレクトロニックの作風を通じて実験的な音楽を追求してきたローレル・ヘイロー。彼女は、最新作でミュージック・コンクレートの技法を用い、ストリングス、ボーカル、ピアノの録音を通じて刺激的な作風を確立しています。


『Atlas』の音楽的な構想には、イギリスのコントラバス奏者、Gavin Bryers(ギャヴィン・ブライヤーズ)の傑作『The Sinking Of The Titanic』、William Basinskiの傑作群があるかもしれないという印象を抱きました。それは、音響工学の革新性の追求を意味し、モダン・アートの技法であるコラージュの手法を用い、ドローン・ミュージックの範疇にある稀有な音楽構造を生み出すことを意味する。元ある素材を別のものに組み替えるという、ミュージック・コンクレート等の難解な技法を差し置いたとしても、作品全体には、甘いロマンチシズムが魅惑的に漂う。制作時期を見ても、パンデミックの非現実な感覚を前衛音楽の技法を介して表現しようと試みたと考えられます。

 

アルバムの中では、「Last Night Drive」、「Sick Eros」の2曲の出来が際立っている。ドローン・ミュージックやエレクトロニックを始めとする現代音楽の手法を、グスタフ・マーラー、ウェーベルンといった新ウィーン学派の範疇にあるクラシックの管弦楽法に置き換えた手腕には最大限の敬意を表します。もちろん、アルバムの醍醐味は、「Belleville」に見受けられる通り、コクトー・ツインズやブライアン・イーノとのコラボレーションでお馴染みのHarold Budd(ハロルド・バッド)のソロ・ピアノを思わせる柔らかな響きを持つ曲にも求められます。


表向きに前衛性ばかりが際立つアルバムに思えますが、本作の魅力はそれだけにとどまりません。音楽全体に、優しげなエモーションと穏やかなサウンドが漂うのにも注目です。


昨日(12月18日)、ローレル・ヘイローは来日公演を行い、ロンドンのイベンター「Mode」が開催する淀橋教会のレジデンスに出演。ドローン・ミュージックの先駆者、Yoshi Wadaの息子で、彼の共同制作者でもある電子音楽家、Tashi Wadaと共演を果たしました。



Selah Broderick & Peter Broderick 


『Moon in the Monastery』 2024



『Moon in the Monastery』(Reviewを読む)は、彼の母親との共作であり、瞑想的なセラのスポークンワード、フルートの演奏をもとにして、ピーター・ブロデリックがそれらの音楽的な表現と適合させるように、アンビエント風のシークエンスやパーカッション、ピアノ、バイオリンの演奏を巧みに織り交ぜている。アルバムのプロダクションの基幹をなすのは、セラ・ブロデリックの声とフルートの演奏です。


ピーターは、それらを補佐するような形でアンビエント、ミニマル音楽、アフロ・ジャズ、ニュージャズ、エクゾチック・ジャズ、ニューエイジ、民族音楽というようにおどろくほど多種多様な音楽性を散りばめる。それは舞台芸術のようでもあり、暗転した舞台に主役が登場し、その主役の語りとともに、その場を演出する音楽が流れていく。主役は一歩たりとも舞台中央から動くことはありませんが、しかし、まわりを取り巻く音楽によって、着実にその物語は変化し、そして流れていき、別の異なるシーンを呼び覚ます。 


主役は、セラ・ブロデリックの声であり、そして彼女の紡ぐ物語にあることは疑いを入れる余地がないですが、セラのナラティヴな試みは、飽くまで音楽の端緒にすぎず、ピーターはそれらの物語を発展させるプロデューサーのごとき役割を果たしています。


プレスリリースで説明されている通り、セラは、「オレゴンの田舎町の丘に日が沈むある晩、野生の鹿との神秘的な出会い」というシーンを、スポークンワードという形で紡ぐ。声のトーンは一定であり、昂じることもなければ、打ち沈むこともない。ある意味では、語られるものに対して従属的な役割を担いながら、言葉の持つ力によって、一連の物語を淡々と紡ぐ。 


 シャーウッド・アンダソンの『ワインズバーグ・オハイオ』の米国の良き時代への懐古的なロマンチズムなのか、それとも、『ベルリン 天使の詩』で知られるペーター・ハントケの『反復』における旧ユーゴスラビア時代のスロヴェニアの感覚的な回想の手法に基づくスポークンワードなのか。はたまた、アーノルト・シェーンベルクの「グレの歌」の原始的なミュージカルにも似た前衛性なのでしょうか。いずれにしても、それは語られる対象物に関しての多大なる敬意が含まれ、それはまた、自己という得難い存在と相対する様々な現象に対する深い尊崇の念が抱かれていることに気づく。



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