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Suburban Eyes


エモ寄りのグループとして愛されてきたChristie Front Drive、Mineral、Boys Lifeのメンバーが新バンドSuburban Eyesとして再集結し、初の共演曲 "Uncomplicated Lives" を発表しました。


このプロジェクトには、90年代から2000年代のアンダーグラウンド・ミュージック・シーンを通じてお互いを知りながらも、2020年まで一緒にコラボレーションすることがなかったEric Richter (Christie Front Drive, Antarctica), Jeremy Gomez (Mineral, The Gloria Record), John Anderson (Boys Life) が参加しています。


"Uncomplicated Lives "はストロングでジャングリーなサウンドで、メンバーの過去のバンドが持っていたノイジーでエレキギター主体のサウンドを進化させたような曲だ。この曲では、ミネラルのクリス・シンプソンがバッキング・ヴォーカルとピアノを、クリスティ・フロント・ドライブのケリー・マクドナルドがギターとオルガンをフィーチャーしている。ベテラン・プロデューサー、ピーター・カティス(ザ・ナショナル、インターポール)がシンセサイザーとミキシングを担当している。 

 





「90年代後半、マンハッタンのダウンタウンにあるブロードウェイの野外蚤の市によく行っていたんだ」とリクターは回想している。「ある週末に12ドルで買った安物のボロボロのアコースティックギターは、音はあまり良くなかったけど、オープンコードを弾くととても良い音がしたんだ。2008年の夏、グリーンポイントに住んでいたとき、そのギターで何曲か書いて、小さな携帯型デジタルレコーダーで録音した。Uncomplicated Lives」は、その作曲セッションで生き残った唯一の曲だった。結局、数年後に自宅でデモをしたのですが、そのまま13年間、コンピュータのフォルダに眠っていました。このプロジェクトを始めたとき、何年もかけて録音したデモをたくさん共有したんだけど、「Uncomplicated Lives」が引っかかったみたいで、この曲が日の目を見ることになって本当にうれしいよ。"


Suburban Eyesからは、今後数週間のうちに更なる音楽が期待されている。

 without 「Be Corny」

 

 



 Label: Raft Records 

 Release: 2022年6月15日 


Listen/Stream



withoutは、横浜のエモ/メロディックパンクバンドで、大学の軽音楽部出身の四人で結成された。


withoutは、特に、東京、八王子の伝説的なエモーショナル・ハードコアバンド、Malegoatの系譜を受け継いでいるグループのように思われる。(Malegoatは、アメリカのインディーエモシーンと深い関係を持ってきたバンドで、2010年代にAlgernon Cadwallderとのアメリカツアーを行い、さらにempire! empire!とのスピリットCDもリリースしている)実際、アルバムの録音は、Malegoatのレコーディングを手掛けた林が担当し、アートワークについては、たざきかなりが手がけているという。

 

withoutの実際のサウンドについては、アメリカのインディー・エモに対する親しみが込められている。ペンシルバニアのsnowing、フランスのエモバンド、sport、ニューハンプシャーのperspective,a lovely Hand to Hold,カルフォルニアのOrigami Angel、マイルドなところでいえば、Oso Osoの音楽性を彷彿とさせる。これらのバンドのファンにはきっと願ってもない良盤になると思われる。

 

疾走感のあるスピードチューン、無骨さのあるサウンド、シンプルなコード進行、ギターの技巧的なアルペジオ、そして、激情系のエモーション、これらが相まって生み出されるwithoutのバンドサウンドは、上記のバンドに比べて遜色がないどころか、 インディーエモの醍醐味であるせつなさという側面で、上回っている部分もある。本作に記録されている、英語と日本語の混交によるライブサウンドは、スタジオ・セッションで生み出されてきたのではなくて、数々のライブハウスでの出演経験を積み重ねるごとに、必然的にそうなっていったものなのだ。

 

withoutの音楽は、生きているがゆえ、力強い。東京であれ、横浜であれ、その土地土地の独特な空気感を音に染み込ませているからだ。これらは、バンドとして活動していく上で、メンバー間の人間関係の深さ、長く人生を共に過ごした時間が、この四人だけにしか紡ぎ得ない感情の機微として現れ、さらに最終的には、特異なエモーショナルを必然的に生み出す。それは、スタジオセッション形態のバンドには作り得ない、味わい深いライブサウンドでもある。


「Be Corny」は、2022年現在の横浜や東京に点在する小さなライブハウスのスピーカーやモニターから流れている音楽を反映している。だからこそ、貴重であるし、聴き応えがある。「Be Corny」に記録された音は、そこに生きていて、流動的でもあるのだ。

 


Critical Rating:

78/100

 


 

 

 

 

Tower Records Online:   https://tower.jp/item/5452330/Be-Corny

 

diskunion:  https://diskunion.net/punk/ct/detail/1008491879

 

Jimmy Eat World  Jimi Giannatti


アリゾナ州メサ出身の偉大なエモバンド、Jimmy Eat Worldがニューシングル「Something Loud」で帰ってきました。ジミー・イート・ワールドは、この夏のライブ活動を前に、自分たちのルーツに立ち返っています。来る7月6日には、ロンドンのO2 Academy Brixtonでライブを行う予定で、2019年の「Call To Love」以来となるファン待望の新曲も昨日発表している。


今回リリースされたシングル「Something Loud」は、モッシュピットのために作られた曲で、ギターベースのクランチングがアンセミックなコーラスを包み込んでいる、代表作である「Bleed American」を思い起こさせる「Something Loud」は、信じられないほどの目的意識を持って到着した。


バンドのリードギタリスト、ボーカリスト、フロントマンでもある、Jim Adkins(ジム・アドキンス)のコメントは以下の通り。



「初期のバンド時代を最大限に活用したつもりだったが、今になっていくつかのことを見逃していたことに気付いた。

 

バンド初期を最大限に活用したつもりだったが、今になっていくつかのことを見逃していたことに気づいた。"大人 "と呼ばれる年齢になったら、魔法のように一体感が生まれると思ってるんだろう。ええ、そんなふうにはいきません。

 

でも、年齢と経験によって明らかになるのは、重要な瞬間というのは、その瞬間にいるときには把握しにくいということかもしれないね。

 

シングルのリリースに合わせて、バンド、及び、Austin Gavinが共同監督を務めたフル・ビデオが公開されています。以下でご視聴下さい。 

 

 

 


Jimmy Eat World 「Something Loud」


 

Label: Exotic Locationl Recordings

 

Release Date: 2022年6月10日


Listen/Download:  https://jimmyeatworld.lnk.to/SomethingLoud

 


Sunny Day Real Estateが劇的な再結成を果たし、今後、リユニオンツアーを開催することはご存知と思われます、さらに、Mcluskyが北米に戻ってくるのも、クールなキッズたちの間で話題になっている。次いで、マイ・ケミカル・ロマンスも、ついにツアーを開始。そして、今、Algernon Cadwalladerが、10年ぶりのツアーで再結成の輪に加わった。エモ・キッズの大勝利だ!!!!


さて、米国・ペンシルバニア出身のエモ/マスロックの達人、ミッドウェストエモの旗手であるAlgernon Cadwallader(アルジャーノン・キャッドワラダー)は、この秋、オリジナル・ラインナップで20日間のツアーを行うことが決定しました。リユニオンツアーは、10月にピッツバーグでスタートし、デトロイトやシカゴなど中西部の主要都市を回り、アトランタを経由して南下、11月に西海岸で再開される予定。ツアーの最後には、カリフォルニアで4回の公演が予定されています。


アルジャーノン・カドワラダーが解散してから10年が経つ。2012年のブログで、彼らは短く甘い別れを投稿している。

 

"ハロー・フレンド"、その投稿はこう始まる。"インターネットは、私たちが聞いた噂で騒がしいです。ご心配いただきありがとうございます。Algernon Cadwalladerは正式に眠りにつきました。" 

 

バンドは結局、2018年にカタログをストリーミング配信している。その後、メンバーはほとんど沈黙していたが、ギタリストのジョー・ラインハートがホップ・アロングに加入し、ヴォーカル/ベースのピーター・ヘルミスは、ドックス・オン・アシッドというバンド、ピーター・ザ・ピアノ・イーターという別名で音楽を制作しています。

 

 

Algernon Cadwallder 「Sailor Set Sail」  

 

ALGERNON CADWALLADER “S/T” 収録

 



再結成ツアーのチケットは、現地時間6月3日(金)午前10時から発売される。全ツアー日程については以下の通り。



Algernon Cadwallder  ライブツアー日程


10月 

 

14日:ペンシルバニア州ピッツバーグ@スピリット・ホール

15日:オハイオ州コロンバス、エース・オブ・カップス

16日:シカゴ(イリノイ州)@メトロ

17日:ミシガン州デトロイト/エル・クラブ

18 - トロント(ON)@Lee's

19 - クリーヴランド、オハイオ @ マホールズ

20 - ニューヨーク州ブルックリン @ モナーク

22 - ペンシルバニア州フィラデルフィア @ Union Transfer

23日:マサチューセッツ州ボストン@Royale

25日:ボルチモア(メリーランド州)@Otto Bar

27 - リッチモンド(ヴァージニア州) @ The Broadberry

28日 - ノースカロライナ州カーボロ @キャッツクレイドル(バックルーム)

29 - アトランタ、ジョージア州 @ Masquerade (Purgatory)


Algernon Cadwallader 公式サイト


https://www.algernoncadwallader.com/

 Jawboxのフロントマン、J. RobbinsとのスプリットをリリースしたばかりのHer Head's On Fire(Garrison、Gay For Johnny DeppのJoseph GrilloことSid Jaggerがフロントマンで、Small Brown BikeやSaves The Dayのメンバーも参加する新バンド)は、Iodine Recordingsから、7月15日にデビューアルバム「College Rock & Clove Cigarettes」をリリースすべく準備中とのことです。


Her Head's On Fire

 

先日、リード・シングル "Burn" をリリースしましたが、今回はセカンド・シングル "Common Shame" をプレミアでご紹介します。


このようなラインナップのバンドから予想されるように、Her Head's On Fireの新曲は、90年代のエモ、ポストハードコア、インディーロックのサウンドに回帰しており、これらの熱くアンセミックな曲は、Samiam、Superchunk、The Get Up Kidsなどの領域のどこかに位置する。新曲についてジョセフは、「全く何もしないのに名声と評価を得たいというアメリカの病」と語っています。実際に、何かを成し遂げたわけでもなく、単に「有名である」ことで称賛されるセレブリティたち・・・。私はそれを嫌悪し、人間の状態を侮辱しているとさえ思う。




 



Her Head's On Fire  「College Rock & Clove Cigarettes」

 



 

Label: Iodine Recorgings

 

Release Date: 2022年7月15日


Tracklisting



1. Burn
2. Call Me Up
3. Lexicon of Doubt
4. Common Shame
5. Pristine Heart
6. Rising Tide
7. So Beautiful
8. Matchsticks
9. Sugar Lips
10. Are We Enough


https://deathwishinc.com/collections/iodine-recordings/products/her-heads-on-fire-college-rock-and-clove-cigarettes

 

My Chemical Romance photo:Kevin Sarno


ロサンゼルスで唯一の再結成公演を行ってから約2年半、My Chemical Romanceが新曲をリリースしました。「The Foundations of Decay」と題された6分の曲は、バンドにとって2014年以来のニューシングルとなります。


再結成(とその後のライブの休止)にもかかわらず、マイ・ケミカル・ロマンスが新曲をリリースするつもりがあるのかどうかは明らかとなっていませんでした。その疑問がようやく、今、解かれました。エモとポスト・ハードコアを融合させたこの曲は、彼らの嬉しい劇的な帰還となりました。


2020年3月まで遡れば、マイ・ケミカル・ロマンスはCOVIDの大流行により、ツアーを延期した最初のアーティストでした。しかし、チケットを保管していたファンであるならば、その忍耐は報われたことになります。マイケミは、今月末、イギリスとヨーロッパでツアーに戻り、8月20日にオクラホマシティで全米でライブを行う予定。このツアーには、9月のRiot Festと10月にラスベガスで開催されるエモ中心のWhen We Were Youngフェスティバルでのヘッドライナーとしての出演も含まれています。

 

マイ・ケミカル・ロマンスの最新のアルバム『Danger Days: The True Lives of the Fabulous Killjoys』は2010年にリリースされました。次いで、2014年にはベスト・ヒット・パッケージがリリースされています。


「ペンシルバニア州、Midwestから始まったエモリヴァイバル アメリカの音楽産業の変遷」


エモというイリノイ州、シカゴで九十年代に始まったインディー音楽ムーブメントは、一度はアメリカン・フットボール、ミネラルを始めとするグループの解散により、二千年を前にして一時的にその熱狂は収まっていく。

しかし、その九十年代の音を聴き込んだ若い世代が再び、このエモコアというジャンルを再興しようと試みるようになる。これもまたエモが生まれた土地のシカゴ周辺、中西部のMidwestから始まったムーブメントであったことは偶然とは言い難い。とりわけ、最初の動きは、ミッドウェストの盟友、Algernon Cadwallder、そして、Snowingの台頭から始まり、Midwest Pen Palsに引き継がれていき、その後、全米全体のインディーズシーンに広がっていった。

 

これらのエモリバイバルの動きは、1990年代のアメリカで起こった第一次エモムーブメントと同じように、オーバーグラウンドで発生したムーブメントではない。いかにも、DIYのインディーらしい独自の活動形態によって支えられていた。リリースするレコードは地元や小さなレコード屋にしか作品を流通させず、インターネットの配信サイトで主なプロモーションを独自に展開していく。

もちろん、この時代から、Appleがそれまでの音楽市場の常識を打ち破り、ワンコインで音楽を売るというスタイルを確立させたことが、こういったアーティストたちの活動の形態に予想以上の影響を及ぼした。

アメリカの音楽業界は、当初、スティーブ・ジョブズの音楽をワンコインで売るという提案に頑強に抵抗したものの、その後にはジョブズの熱意に降参した。この動きは徐々に世界中に広まっていき、やがて日本の音楽業界も渋々ながら追従し、欧米に数年遅れてサブスク配信時代へと舵を取る。それまでレコード会社を通さずに音楽を一般的に流通させることが困難だったミュージシャンたちは、独自に、無料音楽視聴配信サイトや、定額のサブスク配信を介して音楽を世界に向けて発信していく。

また、このジョブズが切り開いた新たな可能性に連動するような形で、2000代から、ネット上のミュージシャン向けの配信サイト、Myspace、Bandcamp、Soundcloud、Audioleafが立ち上がり、アーティストたちが自身の楽曲をネット上にアップロードし、無料で音楽を視聴する動きが強まっていった。ミュージシャンの音楽の流通という面でも以前よりも容易になり、この時点で、レコードマネージメント契約を通さずとも、自分たちの音楽を世界に向けて発信していくことが可能となった。

 

ミュージシャンたちは、売上のマージンを配給元のレコード会社、あるいは業界に提供することにより、これまで長らくレコード会社と持ちつ持たれつの関係でやってきたが、この2千年代から徐々にこれまでの構造が崩れていく。

必ずしも、2000年代までのように、売上に対する多額の印税や、多額の権料を支払うこともない。これは、時代が後に進んでいけばいくほど、どのような業界もこの問題から逃れられなくなっていくかもしれない。

あまり偉そうなことは言えないが、そのあたりの変化を察知し、転換していくべき時期が現在の風潮である。これをチャンスと捉え、新たな産業を生み出すのか、あるいは、そこに停滞し、存亡の危機とするのかはその業界自体の発案如何により、天地の差が生まれるように思える。

 

もちろん、これまでの体制を築き上げるのには大変な苦労があったのは承知で申し上げるのだけれども、殊、音楽産業という側面で語るのなら、これからは間違いなく旧態依然としたシステム、販売構造は維持しきれなくなっていくのは必定である。今や、どのような地域にいても、インターネット環境さえ整備されていれば、地球の裏側に住まう人にも音楽が届けられるようになった。反対に言えば、地球の裏側に住むアーティストの音楽を聴けるというなんともワクワクするようなイノヴェーション。これは世界の情報を一つに収束させ、それをすべての人が平等に共有させるため、「インターネット」という媒体が誕生し、普及していった所以でもある。

 

音楽の話に限定して言えば、スティーヴ・ジョブズの発案した、サブスク配信という概念、業界人を仰天させるようなとんでもないワガママが、これまでの音楽業界の巨大な権利構造を変容させたのである。

ついで、スウェーデン企業Spotifyも、以前のP2Pのようなファイル共有ソフト/サイトを撲滅するという表向きの名目上、ジョブズの発案したインターネットの概念の延長線上にある「音楽という情報の一般的な開放」の流れを引き継いだ形でサブスク配信事業を確立させ、音楽好きのニーズに答え、シェア、支持層を徐々に拡大し、世界的な企業Spotifyとしての立ち位置をより盤石にした。つまり、春先、国際法の裁判で争っていた、Apple、Spotifyという二つの世界企業。そもそも、この巨大企業の試みようとしている未来の事業計画が同じだからこそ、係争上での穏当な解決を図ろうとしている気配も伺えなくはない。

 

この流れに続く形で、様々なサブスクリプション配信アプリケーションが乱立、それが、今日へのミュージックシーンへの新たな潮流を作り、インディー・ロック、ベッドルームポップ、以前のアマチュアの宅録と変わらない音楽を、メジャーアーティストにも引けを取らないくらいの知名度にまで引き上げた。

 

つまり、インディーロック、ベッドルーム・ポップというのは、大手レコード企業と契約せずとも、以前のスターミュージシャンのような素晴らしい音楽を完成品としてパッケージ出来ることを示してみせた一大改革なのである。

そして、このサブスクやサイトでの無料音楽配信という流れから見えること、これは表向きには、それまでの音楽巨大産業の商業的な支配構造を壊滅的にしたように思えたが、また、その中には、同時に、新たなサブスク配信という産業を生み、音楽産業の将来への可能性を押し広げたとも言える。

その恩恵によって、音楽を演奏する方も、音楽を聴く方にも、音楽の選ぶ際の選択肢は、以前よりもはるかに広がったというわけである。そして、メジャーアーティストにも同じような傾向が伺える。


そういった面では、このエモリバイバルというアメリカのペンシルバニア周辺からはじまったジャンルは、今日の音楽の流れまでの線を上手く捉えていたように思える。これらのインディー界隈のアーティストは何万もの観客を前にして演奏するわけでなく、音楽スタジオ、小さなサウンドホールでのスタジオライブを活動の主軸としていた。

つまり、数十人から百人くらいの客を前にして、熱狂的なライブパフォーマンスを行っていたのである。お世辞にも、この一般的に有名とはいえない、ニッチな雰囲気のあるエモリバイバル界隈の音楽は、当初、2000年代に、上記のインターネットサイトで配信されていたのを思い出す。筆者が、Snowing、Algernon Cadwallderといったバンドの音を最初に聞いたのは、まだそれほど設立してまもない、Bandcamp、Audioleafといった、サブスク配信が一般化する以前の音楽視聴の無料配信サイトだった。レコード店にもほとんど流通していなくて、それ以外には聴く方法がなかったのだ。


今、よく考えてみると、アメリカのメジャーアーティストではなく、インディーズアーティストの押し上げのような流れが、より大きな渦を起こし、オーバーグラウンドの盤石だった音楽産業の構造を揺るがしていったように思える。

往時、スティーヴ・ジョブズが体現したかったのは、ミュージシャンとリスナーの距離を狭め、そして一体化させるという試みである。

その線上に、ipodというデバイスが発明されたわけである。それは最後には、イギリス音楽業界のスポークスマン、レディオヘッドのトム・ヨークも自作品において、リスナーに自由に値段を決めてもらうという投げ銭方式をとり、この年代からはじまった「音楽の一般開放」の流れに対し賛同してみせたことが、音楽業界の様相を一変させていく段階の最後の決定打となった。

 

そして、無類の音楽フリークでもあるスティーヴ・ジョブズは、次の時代への音楽産業の変遷の気配を巧みに嗅ぎ分け、それを時代に先駆ける形、イノベーションという形で見事に実現させていった。

そもそも、考えてみれば、Appleを生んだカルフォルニアというのは、1970年代からずっと、インディー音楽が非常に盛んな土地だったのだし、こういったインディーズの音楽形態をスティーヴ・ジョブズが知らぬはずもなく、このインディーという音楽活動形態中に、重要なビジネス上のヒントを見出した可能性もある。特に、この2000年代のインディーミュージック、インディーズを周辺に活躍するアーティストたちは、ロック、電子音楽といったジャンルを問わず、次の10年の音楽産業の主題「音楽の一般的な解放」を呼び込むような流れを作っていた。

 

このエモ・リバイバルという動きもまたミュージシャンとファンの距離が非常に近いという側面で、2千年代のアメリカのインディーカルチャーの最先端を行っていたうに思える。彼らは音楽のスターというものに対して、一定の疑いを持ち、そのスターという存在、ショービジネスの馬鹿らしさを端から痛快に笑い飛ばしている。これは、アメリカのインディーの源流にある概念である。このシカゴから9時間ほどの距離にあるペンシルバニアで始まったリバイバルの動きは、その後、ニューヨークと連動しながら、テキサスといったアメリカ南部にも広がっていく。

 

大きく離れているようでいて、各地の小国ほどの規模を持つ各地域の音楽は、実はインディー音楽シーンにおいて、緊密に連動していて、このリバイバルの流れは、やがて米国全体に広がっていった。

これらのロックバンドに共通する概念、大きな音楽産業に対峙するアートとしてのロックンロール。それは、以前の80年代のワシントンDC、あるいはカルフォルニアのオレンジカウンティ、ボストン、ニューヨークを中心としたインディーカルチャーの活動形態を後の世代に引き継いだ形でもある。

そして、これらのロックバンドは、画家でいう個展のようなライブを開きつつ、活動を行っていく。そして、このミッドウェストというアメリカの中西部で起こったエモリバイバルの動きは、ワシントンDC,ミネアポリスの80年代のパンク・ハードコアの台頭と同じような雰囲気が感じられる十代から二十代の若者を主体としたムーブメントの一つであった。

 

もちろん、それらの若者たちは、九十年代のエモーショナル・ハードコアという音楽を聞きながら、多感な思春期を過ごしてきたはずだ。このエモ・リヴァイバルの動きは、現在もアメリカの若い世代でひっそり継続しているが、実に、アメリカらしい肩肘をはらない商業感を度外視したアート活動の形と、そのマニアック性を寛容する度量の広いファン層によって熱狂的に支えされているジャンルでもある。音楽性というのも、1990年代のエモコアの内省的な抒情性と2000年代のポスト・ロックを融合したジャンルで、苛烈でテクニカルでありながら掴みやすさがあり、どことなくゆったりとした雰囲気がある。音楽的にもそれほど難解でなく、音楽性自体は、それほど90年代のメロディック・パンクのスタイルを受け継いだキャッチーさ、親しみやすさがある。

 

今回は、これらの後の音楽解放時代の先駆けとなったエモリヴァイバル、そして、サブスク配信の時代のアーティストを探っていく。

いかにも、アメリカのインディー音楽の旨みがこれらのロックバンドににじみ出ていることを見いだせるはずだ。そして、これらの幾つかのロックバンドは、のちの音楽の一般的な解放を告げ知らせるような雰囲気を持っている。その独自の気風は現在も引き続いており、再び、何らかの面白い流れがこのあたりのエモリバイバルシーンには見つかるかもしれない。

少しマニアックな選出ではありますが、エモ好きな方、「Emo Digger」の良曲探しの手助けになればいいなと思ってます。

  

 エモリバイバルからポストエモ世代までの名盤

 

1.Snowing





Snowingは、米、ペンシルバニア出身のスリーピースのロックバンド。2019年には来日公演を果たしている。アメリカ中西部を中心とするエモリバイバルの動きはここから始まったわけで、このムーブメントをくだくだしく説明するよりは、このスノーイングの作品を聴くほうが手っ取り早いかもしれません。

およそ既にエモなどという言葉が廃れかけていた時代、彼らは勇猛果敢にこのジャンルを引っさげてインディーズシーンに登場、熱狂的なエモリバイバルムーブメント旋風を沸き起こした。往年のDCハードコアサウンドを踏襲した苛烈なサウンドは現在でも鮮やかな魅力を放っています。

スノーイングは、これまでのアメリカのインディーズの正統派の活動形態を受け継ぎ、大きなライブハウスでは演奏して来ませんでした。

しかし、観客と演奏者の距離感のなさ、観客の異様なテンションと、それに答える形でのスノーイングの面々の激烈なアジテーションのもの凄さは筆舌に尽くしがたいものがある。これは、もちろん、八十年代のディスコード周辺の流れが受け継がれており、ライブこそスノーイングの音の醍醐味といえるはず。スタジオ・ライブでの熱狂性は2000年代の時代において群を抜く。また、そのパッションは再結成を記念しての二年前の来日公演でも見事な形で再現された。

彼らの名盤としては、最初期の怒涛の勢いが十分に味わうことの出来るEP盤「 Fuck You emotinal Bullsit」あるいは「Pump Fake」が音の荒々しさがあり痛快で必聴ですが、入門編としては、最初のスタジオアルバム「That Time I Sat a Pile of Chocolate」をおすすめしておきましょう。 

今作「That Time I Sat a Pile of Chocolate」には、スノーイングのライブの重要なレパートリーとなっている「Pump Fake」「Sam Rudich」が収録されている。このスノーイングが、日本のインディー音楽愛好家の間で何故神格化されているのかは、この二曲を聞いてみればなんとなくその理由がつかめるはず。

異様な青臭いテンションに彩られた激烈なエモーション性。

この二つの楽曲を引っさげてスノーイングは登場し、アメリカのエモムーブメントの再来を高らかに宣言しました。

 

 

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2.Algernon Cadwallder

 

 

 

これまた、Snowingの盟友ともいえるアルジャーノン・キャッドワラダーもペンシルバニア出身のエモリバイバルムーブブームの火付け役といえる存在。ボーカルのPeter Helmisはこのバンド解散後、Dogs On Acidという次のバンドで活躍中。 アメリカン・フットボールと共に、「Polyvinyl records」を代表するインディー・ロックバンドといえるでしょう。2012年から2105年という短い活動期間でありながら、このバンドはまさに90年代初頭のキャップンジャズの再来といえ、衝撃的なインパクトをアメリカのインディーシーンにもたらしました。

ベースボーカルのPeter Helmisのちょっと裏声がかったユニークな絶叫ボーカル、そしてJoe Reinhartの高速タッピングというのは、この後のエモリバイバルというジャンルの音楽の骨格を形作った。また、スノーイングと同じように、少ない収容人数のスタジオ・ライブの観客との一体感、そして、異様な熱狂性がアルジャーノン・キャッドワラダーの最大の魅力といえるでしょう。

 アルジャーノンのオススメのアルバムとしては、「Somekind of cadwallder」そして最後の作品となった「Parrot Files」とまあ全部聴いてみてほしい。

最初のLPレコード版を再編集した2018年リリースの「Algernon Cadwallder」。この中の一曲「Sailor Set Sail」を聴いたときの驚きと感動というのは今も色褪せないものがある。なんというか、一言でいえば、青春ですこれは。

穏やかさと激烈さ、相反するような要素がガッチリとかみ合ったキャップ・ン・ジャズを彷彿とさせる名曲でもあります。

マレットの音の響きもなんとなくノスタルジックで、切ない彩りに覆われている。何となく、湖畔ちかくの情景を思わせる素晴らしい自然味あふれる楽曲。今、考えてみれば、マスロックの雰囲気もあるバンドだったと回想。とにかく、このアルジャーノンを差し置いてはエモリバイバルを語ることなかれ。 

 

 

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3.Perspective,a lovely Hand to Hold

 

 


上記、Snowing、Algernon Cadwallderと入れ替わって台頭してきたのが、この perspective,a lovely Hand to Hold。

このバンドのサウンドアプローチは幅広く、表面的にはエモ、パンクロックよりではあるものの、その中にも電子音楽や、ポストロック/マスロック、あるいは、インディーフォークの雰囲気も感じられるバンドです。

ホーンセクションやグロッケンシュピールを積極的に取り入れたりといった特長は、如何にも現代のエモリバイバルといった音楽性ではあるものの、全然付け焼き刃ではなく、バンドサウンドの中にしっかりとそういったオケの楽器が溶け込んでいるのがこのバンドの感性の良さといえるでしょう。

その中にも良質で飽きの来ないメロディセンスを感じさせうるバンドで、非常に他のバンドに比べ演奏力も高く、特にリズム隊も音の分厚さがあり、聴いていて安心できるような感じがあります。

彼らのオススメとしては軽快さのある秀曲、「Pepe Silva」を収録したEP「Play Pretrend」、あるいは勢いと絶妙な切なさを併せ持ったポップチューン「Mosh Town USA」が収録されている「Autonomy」2014でしょう。楽曲の中にメロディックパンクのような痛快さと勢いがありながらもメロディ性をしっかり失っていない秀逸な音楽性。これからも頑張ってもらいたいバンドです。  

 

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4.Tigers Jaw


 

 

お次に紹介するタイガーズ・ジョーも、またまた、ペンシルバニア出身のロックバンドです。結成したのが2006年とすると、十六年という長いキャリアを持つアーティスト。

これまで何度かメンバーチェンジを繰り返しつつも、このバンドの顔は、紅一点のブリアナ・コリンズでしょう。

このタイガーズジョーは上記のエモリバイバルのバンドよりはパンク色は薄く、歌物としても十分楽しめる親しみやすさのある音楽性が魅力。

これまでYellowcardやNew Found Gloryとツアーを行っており、イージーコアのロックバンドとのかかわり合いも深い。メロディックパンクの次世代を担っていく存在でしょう。

音楽性としては、初期はローファイ味あふれるインディーロックでしたが、徐々に音楽的に洗練されていき、ジミー・イート・ワールドのようなキャッチーさを突き出していった。エモの雰囲気を感じさせるストレートなアメリカンロック。いかにもアメリカンな程よく加味されるエモーション性が魅力。それほど捻りのある楽曲ではなく、普通のポップスとしても楽しめる。ツインボーカルが特徴で、そのあたりの楽曲の歌い分けがこのバンドの持ち味でしょうか。

 

タイガーズ・ジョーのおすすめアルバムとしては、2017年のアルバム「spin」が挙げられるでしょう。上記のスノーイングやアルジャーノンのようなハードコアを下地にした強烈なインパクトこそないものの、「これぞ、ド直球アメリカンロック!」というような佳曲がずらりと並んでいる。これは、ため息出ますね。全く。中でも、「June」はブリアナ・コリンズの歌声が秀逸な楽曲。醸し出される切なさは筆舌に尽くせない。ジミー・イート・ワールドを彷彿とさせるエモエモさ。他にも佳曲が多し。往年のエモ/メロディックパンク好きはガツンとやられること間違いなし。 

 


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5.Oso Oso

 

 

 

NYのロングビーチ拠点に活動するインディーロックバンド、オソ・オソ。ロングビーチというのはNYの北部の方にあり、結構寒そうなところです。このバンドのフロントマンが以前組んでいたバンド、osoosoosoというバンドの解散後に組んだプロジェクトがOso Oso。また、日本にも、Os Ossosというバンドが東京(下北界隈)を拠点に活動中。この有名なバンド名からもじって、自分のバンドネーミングにするというのは、それもこれも、全部、アメリカン・フットボールという存在のせいです。これも、後に、チャイニーズ・フットボールとか、フットボール Etcとか、フォロワーバンドがじゃんじゃん出てきすぎていて、正直、言いますと、もう増えすぎてこれよく訳わかんねえなという状態。osoosooso、oso oso、Os Ossosとか、これ以上プロモートする側の頭を撹乱するのはやめてあげて下さい。もう、何が何だか、、、判別つきません。 

さて、しかし、このオソ・オソは良いロックバンドです。勢いとパンチのある親しみやすいポップパックロックバンドとエモコアの中間にあるような良質なサウンドを特長としている。アルバムジャケットも可愛らしいアートワークの作品が多いですが、これはたぶん全部狙ってやってますよ。

オソオソの音自体も、九十年代のポップパンクシーンの美味しいとこ取りをしたような感じであり、往年のBraidのフレーズをそのまんまなぞられてたりとか、おもわず、「おい、そりゃ卑怯でしょう」と言ってしまいそうになりますが、これが伝家の宝刀ともいうべきソリッドさ、鋭さがあり、音自体が痛快なため、まあいいかなと許せちゃうところがあるのが不思議です。

 

メロディック・パンク、ポップ・パンクとしても充分楽しめるオソオソですが、エモリバイバルの名盤として見逃せないのが、シカゴのレコード・レーベル「Audiotree」のLiveを収録した「Oso Oso on Audioleaf Live」2017です。

スタジオ・アルバムでは、いかにもポップパンクバンド寄りのマスタリング処理を施しているオソオソ。しかし、オーディオツリーのライブでは、精彩のあるパワーポップバンドへの痛快な変身ぶりが味わう事ができます。特に、#1の「The Cool」(スタジオ・アルバム「the yunahon mixtape」収録)ではポップパンクよりの疾走感のある楽曲ですが、このオーディオツリーのライブでは、テンポダウンされていて、楽曲に独特な切なさと色気が漂ってます。特に、この一曲目「The Cool」は素晴らしく、(以前、アジカンのツアーに参加したことがある)Ozmaを彷彿とさせるアメリカンパワーポップの名曲に大変身しているのに驚き。どことなくアルバムとは異なるへっぽこテイストが味わうことが出来、エモ感はこちらのライブの方が遥かに上、そのあたりが良い味出てます。 

 

 

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6.Emo Side Project

 

 


あまり知名度という点ではイマイチのEmo Side Project。

カンザス州ローレンス出身のmae macshaによるソロプロジェクトです。このEmo Side Projectは、現代的な音の進化という面、あるいは派手なサウンド面での特長には乏しいかもしれませんが、穏やかなエモーション性をはらんだ良質なインディーロックを奏でている隠れた名バンドです。すでに2001年から活動しており、かなり長いキャリアを持つプロジェクトといっていいでしょう。

エモサイドプロジェクトの音楽性は、まさにアメリカン・フットボールとしかいいようがない、またはマイク・キンセラのOWENの良いところ取りをしたようなサウンド。そこに、インディー・フォーク的なゆったりした雰囲気を纏う。聴いていて派手さはないものの、穏やかで安心して聴けるようなサウンドが魅力。

このB級感としか例えるべき青臭いエモ感をなんと例えるべきか。ダサいけれども、それで良い。そして、そこに内省的な雰囲気がほんのり漂っている。外向きに音を楽しむというよりも、家の中でひとりでぬくぬくと音の世界に耽溺する。アメリカン・フットボールと同じように、ミニマルな趣向性を持つギターフレーズが延々と続くあたりは、音響系ポストロックに近いアプローチが計られている。Mae Machaのボーカルというのもキンセラの弟という感じで、ヘタウマな感じですが、そのあたりが重度の「Emo Digger」にはグッと来るものがあると思います。

エモサイドプロジェクトの推薦盤としては「You Know What Sucks,Everything」という2015年のスタジオ・アルバム。

音楽性の良さというよりは雰囲気を楽しむエモのB級的な名盤。しかし、ロックとして聴くなら完全にB級の作品。しかし、独特なローファイ、インディーフォークとして聴くなら独特な魅力が感じられるはず。

このあたりのどことなくダラッとした感じのエモは余り他のアーティストの作品では聴くことのできない、このプロジェクトならではの音楽性。

いかにもアメリカらしいぬくぬくとしたインディー音楽は、まさに通好みと言えるものでしょう。名エモバンド、アメリカンフットボールの内省的なエンパシー性を継承した穏やかな清流のようなサウンド、この青臭い切なさのもんどり打つような感じに、君たちは耐え切れるか??  

 

 Bandcamp

https://emosideproject.bandcamp.com/album/you-know-what-sucks-everything


  

7.Origami Angel 

 



オリガミ・エンジェルは、ギタリストのRyland Heagyと、ドラマーのPat Dohertyによって2017年に結成されたワシントンDCを拠点に活動するツインユニットです。

以前は、ロックバンドいうのは最低限三人は必要であるという考えが一般的だった。2人でロックを完結してしまうのは多分B'zくらいと思ってたのに、近年、既成概念をぶち破り、2人で活動するロックユニットがアメリカで徐々に台頭してきています。もちろん、それらのバンドが人数が少ないからと言って音が薄いのかというと、全然そうではなく、音の分厚さと重さを誇るのには、正直びっくり。そして、このオリガミ・エンジェルもまたツインユニットとは思えないほどの重厚感のあるエモ/ポップパンクサウンドを聴かせてくれる秀逸なロックバンドです。 

そして、近年のエモリバイバルのロックバンドに代表されるようなツインクルエモという括りには当たらないのがオリガミ・エンジェル。

どことなくひねくれたコード感を持ち、重厚なディストーションギター、そして、ドラムの迫力あるリズミングがこのロックバンドの最大の特長でしょう。長和音進行の中に巧みに短調を打ち込んでくるあたりは、これまでの無数のツインクルエモのバンドとは違い、新たな風のようなものをアメリカのエモシーンに吹き込んでくれるだろうと期待してしまいます。

オリガミ・エンジェルは、活動期間は四年でありながら、すでに「Somewher City」という頼もしい名盤をリリースしています。何より、このツインユニットには音楽の間口の広さが感じられて、今後、その異なるジャンルとの融合性を強めていってもらいたいと思います。インディーフォークであるとか、ニューメタル、さらには、近年のクラブミュージックのテイストも交え、ジミー・イート・ワールドを思わせるような爽快感のあるメロディック・パンクが全力的に展開されている。

この若さゆえのみずみずしさは、往年のポップパンクファンにはたまらないものがあると思います。これから2020年代のアメリカのメロディックパンクシーンを牽引していくであろう非常に楽しみなロックバンドです。「24 Drive Thru」の痛快な疾走感は言うに及ばず、「The Title Track」の独特なコード感、涼風のように吹き抜けていくポップチューンを心ゆくまで楽しむべし!!!!

 


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8.Bigger Better Sun 「Adjust to Wellness」


 

 

そして、個人的にこれから最も有望視しているのがこの”Bigger Better Sun”というロックバンド。

あまり他ではエモリバイバルというカテゴライズではあまり紹介されないような存在ではあるし、エモというカテゴライズ上で語ることは趣旨から外れているような気もするものの、エモの雰囲気は少なからず漂っている。 

もちろん何の根拠もありませんが、なんとなく、このバンドは要チェックです。特に、2010年代のエモサウンドをより未来に進化させたポストエモ的なサウンドを体現させているバンドでもある。

往年のエモサウンド、とりわけゲット・アップ・キッズのような親しみやすいキャッチーさもありながら、アメリカのヒップホップシーンあるいはテクノ、EDMシーンに呼応したようなサウンド面での進化を、Bigger Better Sunのサウンドには見て取ることが出来る。

そもそも、スノーイング、アルジャーノンの2000年代初めのアメリカのインディーズシーンへの台頭は、およそ無数のタッピング奏法を駆使し、メタルサウンドを取り込んだようなツインクルエモ勢を発生させはしたものの、それと同時に、音楽の停滞をもたらした弊害もなくはなかったお決まりのサウンドの流行というのは未来への針をその場に押しとどまらせてしまうというわけです。そのあたりの停滞を次世代のサウンドへと進めようとしているのが、Bigger Better Sunという存在。

彼らのオススメアルバムとしては「Adjust To Wellness」。

「fillers」のようなゲット・アップ・キッズを彷彿とさせるような温かみのあるバラードソングの良さもさることながら、他にも独特の進化を辿った2020年代のポストエモシーンの台頭を告げるような電子音楽風のサウンドも提示されている。

これはかつてゲット・アップ・キッズのバンドサウンドのムーグシンセの導入をさらに作曲という図面の上で広げて行こうという意図を感じなくはない。つまり、オートチューン等を駆使し、エモの音楽性にクラブミュージックに対する風味を付け加えようというチャレンジ性が感じられる。

Bigger Better Sunの音楽性は、2020年代のエモシーンの音楽性を予見させる。音楽自体のポピュラリティー、聞きやすさも失わず、エモというジャンルをさらに前進させようという実験性もある。あまり有名なロックバンドではないですが、非常に見どころのあるバンドとして紹介しておきます!!

 

 

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9.Posture & the Grizzly 




最後の一バンドとして紹介したいのがPosture&the Grizzlyです。フォールアウトボーイのようなイージーコアをサウンドの特長とし、ボーカリストの巨体から生み出されるパワフルなサウンドが特長。 

2000年代のニュースクールハードコア、メタルコアといったソリッドなサウンドを踏襲し、クールで勢いのある音楽性が魅力。こういったわかりやすさのあるイージーコアサウンドというのは、近年それほど多くなかったんですが、Posture& the Grizzlyは現代にそれを見事に蘇らせています。

スクリーモ勢の後の世代としてのメロディックパンクの流行のスタイルを追究したといえる痛快な激クールサウンド。もちろん、エモさという要素も少なからずあるのがこのバンドの特徴。

彼らの入門作品としては「I am Satan」2016をまずはじめにレコメンドしておきたいところです。

ここにはライズ・アゲインストのようなメタルコア風の力強さもありながらまたそこはなとなくエモーショナル性、そして、モグワイのような音響系ポストロックの雰囲気も漂っています。

こういった様々な現代の音楽を融合したサウンドが今日のエモリバイバル、あるいはポストエモ勢のトレンドなのかなあという気がします。上記のBigger Better Sunとともに、リバイバルという括りでは語れない2020年代のポストエモの台頭を予感させるようなロックバンドとしてオススメ!!

 


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エモとは一体何を意味するか?


1.エモの語源

イリノイ州にあるアメリカン・フットボールの1stアルバムのジャケットのモチーフになった物件  2023年にレーベルとバンドが共同で購入
 

近年、”Emo”という言葉、概念は、多岐に渡るジャンルに適用されるようになってきたように思えます。90年代、00年代に入ってから、Jimmy Eat World,My Chemical Romance、The Used、Taking Back Sunday、Motion City Soundtrackと、オリジナル・エモの後にシーンに登場したバンドの活躍により、ロックのジャンルとして一般的に認知されるようになりました。以降も、ミュージック・シーンにおいて、"エモ"という音楽は、他のメタル・コアや、メロディック・パンク、ポップス/ロックに上手く溶け込んでいったような印象を受けます。


そもそも元を辿ってみれば、エモの語源は”Emothional Hardcore”に求められる。これは、すでにDIYの記事でも述べたとおり、当初、1980年代のワシントン・DCのハードコア・バンドの激烈な音楽の中に滲んでいたエモーションを、当時のアメリカの音楽評論家が端的に指摘したものであっただろうと思われます。それが、1990年代、2000年代に入り、本来の意味がどんどん押し広げられていき、欧米の若者のサブカル的な生活としてごく一部に定着、ファッション文化を明示するまでに至った。近年では、インディーズ音楽という意味の使用法だけにはとどまらないで、広い範囲でこそないものの一般的に浸透しつつある言葉のように思えます。

 

翻ってみれば、この”エモ”という言葉の叙情性の持つ意味の中には、複雑で奥深い概念が宿っているのに気付かされます。それは、数式や科学では容易に解きほぐせない人間の感情のあやとでも言うべきでしょう。もっといえば、このエモという概念は、叙情性の内側にある人の生き方や価値観に根ざした感情の類であり、——青春、切なさ、若者特有の青臭さ、往年のオリジナルパンクロックにも比する衝動性——こういった概念が込められているように思えます。


これらの”エモーション”という概念からもたらされる不可解な感覚、切なく、甘酸っぱいような感覚、内省的な感情というのが、エモという概念のはじまりで、本当の意味というべきなのです。

 


2.エモーショナル・ハードコアの始まりは?

 

エモという言葉を音楽の範囲において語る際には、まず、はじめにその音楽の始まりというのを追っていくべきです。そもそも、エモのジャンルの源流は、ワシントンDCのハードコアバンドに求められます。改めて説明させてもらいますが、Minor Threat(マイナー・スレット)の中心人物であるイアン・マッケイが主宰するワシントンDCのインディペンデントレーベル、”Discord”レーベルには、オールドスクール・ハードコアバンドのリリースが専門に行われていました。徐々にそのムーブメントは、ニューヨークやロサンゼルスにも波及し、先鋭化し、政治的になり、ときに、宗教、思想めいて、ライブ自体も暴動寸前の様相を呈してくるようになりました。しかし、これはバズホールでのバンドのライブの映像を観ると分かる通り、必ずしもバンドが意図したものではなかったようです。


この辺りの音楽の上の堅苦しさに反抗するような存在となったのが、マッケイと”Fugazi”を結成するガイ・ピチョトーでした。  ガイ・ピチョトーは、Rite of Spring、One Last Wish、といったロックバンドで中心的な役割を担い、その後、イアン・マッケイとFugaziを結成、ワシントンDCのインディー・シーンの最重要人物となる。そして、このフガジの反商業主義の活動はのちのインディーズシーンの活動形態の母体を作ったのです。自前のインディペンデント・レーベルから作品を独自にリリースし、ハンドメイドのフライヤーの広告を作製し、公園、大学の構内においてのライブ、あるいは、音楽スタジオでの数十人という少人数規模のパフォーマンスといったスタイルが、以後のエモコアバンドの活動形態の基礎を形成していくようになる。これは、例えば、U2に代表されるようなアリーナでの大規模な商業主義の公演とは異なり、世界中のインディー界隈のグループの活動形態の伝統性となって現在に引き継がれている特質です。


上記2つのハードコアバンドの音楽性の中には際立った特徴があり、ハードコア・パンクの無骨な音楽に、叙情性、激烈なエモーション性を孕んでいた。そして、後のスクリーモというジャンルのボーカルの激烈に叫ぶスタイルの萌芽も、これらのバンドの音楽性の中に見受けられる。”激情性の中にある抒情性”がエモという音楽の出発点であるとともに俗説となっています。


特に、ガイ・ピチョトーが在籍したバンド、Rite of Spring(ライツ・オブ・スプリング),One Last Wish(ワン・ラスト・ウィッシュ)は、ワシントンDCのハードコアバンド、後のエモーショナルハードコアに重要な影響を及ぼしています。特に、One Last Wishの「Loss Like A Seed」、「Three Unkind Silence」、「One Last Wish」といった楽曲には、エモーショナル・ハードコアの萌芽が垣間見えます。


このバンドの音楽性に触発を受けたMinor Threatのマッケイは、同時期、”Embrace”というハードコア・バンドを結成する。しかしエンブレイスは、セルフタイトルアルバム一作で解散しています。活動期間が短く、ほとんど幻のようなバンドであったにもかかわらず、この唯一のスタジオアルバムに収録されている「Money」は、反商業主義への嫌悪を高らかに宣言したトラックです。このあたりのロックソングも、後の"エモ"というジャンルの基礎を形作ったといえる。


また、ワシントンDCから離れ、アメリカ中西部のミネアポリスでも、エモの先駆けともいえるパンクサウンドが隆盛をきわめる。ボブ・モールドは、Husker Duとして活動し、ミネアポリスの80年代のインディーシーンをリプレイスメンツと共に牽引した。特に、インディーロックシーンに与えた影響の大きさという面で、Husker Du(ハスカー・デュ)という存在は、見過ごすことができないでしょう。


Husker Duこそ、ワシントンDC、および、LAのハードコアパンクとは異なる独特な叙情性、つまり、エモーションを擁しているバンドなのです。最初期は、ハードコアバンドとして台頭したHusker Duではあるが、徐々に、アメリカン・ロック、あるいは、AORに近い大人のロック・バンドとしての表情を見せるようになり、メロディー性を前面に出していくようになった。もちろん、ザ・リプレイスメンツもハスカー・ドゥと同じ流れにあるパンクロックバンドです。


アメリカン・ハードコアとしての最初期の音楽性から劇的な様変わりを果たし、その後、アメリカンフォークとしての音楽性を特色としていくようにると、、その後、このザ・リプレイスメンツのの中心人物、ポール・ウェスターバーグは、アメリカンインディー・フォークの名物的なミュージシャンとなる。少なくとも、このアメリカ中西部にあるミネアポリス周辺のインディーロックバンドの音楽性は、シカゴ界隈の音楽シーンとも関わりを持ちつつ、ワシントンDCとは別軸で、"エモ"の重要な土台と以後のシーンの足がかりを作り、90年代以降、カルフォルニアのオレンジカウンティを中心に発展していく"スケーター・パンク"の素地を形成しました。 

 

 

3.エモの発祥と発展

 

これまで語ってきたエモーショナル・ハードコアというのは、あくまで狭い意味でのハードコアパンクの一ジャンルとしての手狭な内在的な要素でしかなかったことは理解してもらえましたか?


ところが、1989年になって、 新たな音楽性を掲げるロックバンドが台頭する。そして”エモ”というジャンルを更に先の時代に進めていく。それがこの”エモ”というシーンを、1990年代から現在まで最前線で牽引しているマイク・キンセラ擁する、イリノイ州シカゴの"Cap 'n Jazz"というロックバンド。そして、このバンドのフロントマンは彼の兄であるティム・キンセラです。現在二人は、ソロアーティストとしても活動、そしてデュオ、LIESとしても活動しています。

 

*上の記述に誤りがありましたので訂正しておきました。ーー誤 Nate(ネイト)正 Tim(ティム)となりますーー




 

Cap 'n jazzの音楽性には、同時期にポスト・ロックを発生させた"シカゴ"という土地の風合いが深く浸透しています。Cap 'n Jazzは、このミュージカルやジャズで名高いシカゴという都市の多種多様な音楽性を孕んだバンドで、エモだけでなく、ポスト・ロック/マス・ロックを語る上でも軽視出来ません。 

 

Cap 'n Jazzの基本的な音楽性としては、メロディック・パンクの疾走感、爽やかさ、青臭さを表立った特徴とし、そこには同地のバンド Tortoise(トータス)との共通点もあり、フォーク、アバンギャルド・ジャズ、ポスト・ロックの要素も感じられる。Cap 'n Jazzがインディーシーンで後に最重要視されるようになったのはサウンドの前衛性は当然のことながら、バンドサウンドに、金管楽器を導入したからでしょう。この音楽性は、1990年前後という時期にしては時代に先んじていました。バンドの功績というのは、その後のポスト・ロックやエモ・コアの音楽性の中に、金管楽器や木琴楽器の音色を取り入れる契機を作ったことにあるでしょう。


それまでのロック・バンドの主流であったギター、ベース、ドラムという基本的な構成にくわえ、補佐的な楽器の音色を楽曲のアレンジメントに取り入れるという前衛的な要素は、意外にも、後のポスト・ロックのサウンドの特徴と共通する部分でもある。サックスやマリンバなどのジャズ楽器をロック音楽の中に積極的に取り入れたのが画期的な息吹をロックシーンに呼び込みました。


そして、この流れは2000年代に入ると、金管楽器や木琴楽器をロックサウンドに取り入れるのはそれほど珍しいことではなくなりました。あらためて、このあたりの経緯を再考してみると、エモコアとポストロックという両音楽は全然関係ないように思えて、その実、シカゴという土地の中で密接に関わり合いながら発展していったジャンルのように思えます。惜しむらくは、キャップ・ン・ジャズの活動期間が短かったことでしょう。実験的なロックバンドとしての鮮烈なイメージを与えることには成功したものの、線香花火のようにパッと一瞬にして活動を終えた名バンドの一つでした。


Cap 'n Jazzは、EPのリリースを数作、スタジオアルバムとしては、”Jade Tree”から「Analphabetapolothology」をリリースしただけで解散しています。しかし、このロックバンドは、正真正銘の実験音楽としてのロックサウンドを体現した重要なグループとして、アメリカの90年代以降のインディーズシーンを語る上で必要不可欠です。なぜなら、Cap 'n Jazzから、American Football、Promise Ring、Jane of Arcと、伝説的なバンドが分岐していったからです。。スタジオアルバム「Analphabetapolothology」に収録されている「Little League」「In The Clear」は、サウンド面での荒々しさこそあるが、エモの黎明を高らかに告げています。


  

4.オリジナル・エモの幕開け

 

ワシントンDC,イリノイ州界隈のエモーショナル・ハードコアバンドが活躍した時代を、仮に”第一次・エモブーム”と定義するなら、その新しいウェイヴは、90年代半ばになって最高潮を見せる。これは、この二地域の局地的なムーブメントーーごく一部のマニアしか着目していなかったムーブメントーーが、おおよそ数年を掛けて、アメリカ全土へ普及していきました。


90年代の早いエモのロックバンドとしては、意外にも、シカゴではなく、シアトル近辺で活躍したSunny Day Real Estateが挙げられます。Sunny Day Real Estateは、同郷、シアトルのサブ・ポップからリリースを行っている。ベーシスト、ネイト・メンデルは、Nirvanaのカート・コバーン亡き後、ドラマーのデイヴ・グロールと共にフー・ファイターズを結成、アメリカを代表するロックバンドとして活躍。2024年現在、再結成を果たし、新曲をリリースしました。


Sunny Day Real Estateのデビュー作「Diary」1994は、最も早い時代のエモの名盤として知られています。 1991年、デラウェア州に、”Jade Tree”というメロディックパンクやエモを専門とするインディペンデント・レーベルが立ち上がり、エモ・ムーブメントの地盤を着々と築き上げていくようになります。ジェイド・ツリーはKids Dynamite、LIfetimeといった良質なメロディックパンク・バンドのリリースを行いました。他方、エモを発生させたシカゴでは、Braidというバンドが、95年前後にかけて起きたエモブームに先駆けて、大きな人気を獲得していた。ブレイドは、このエモの幕開けの時代に人気があり、2000年代に来日公演を行っています。アリーナほどの規模ではないにしても、割と大きな収容人数のライブ会場で演奏するロックバンドで、アメリカン・フットボールも憧れの存在でした。


そして、このシカゴから、Cap 'n Jazzの主要メンバーが複数のバンドを結成し、この90年代のムーブメントを先導する。キャップ・ン・ジャズに在籍していたマイク・キンセラは、American Football、Owenを結成し、重要なアーティストとなります。一方、ギター・ボーカルとしてキャップ・ン・ジャズに在籍していたデイヴィー・フォン・ボーレンは、このロックバンドの解散後、The Promise Ringを結成し、一部の愛好家の間で、カルト的な人気を博しました。


今、最初のエモムーブメントをあらためて再考してみると、これは、R.E.Mをはじめとするカレッジ・ロックを発生させたアメリカらしいムーブメントといえるかもしれません。そして、エモというのは、若い世代を中心に広がっていったジャンルであることは疑いがないようです。特に、当時のイリノイの大学生に熱狂的なファンが多く、シカゴ周辺の地域の若者たちが中心となって盛り上げていったムーブメントです。


やがて、この第一次エモ・ムーブメントは、95年前後に全米各地に及び、最盛期を迎え、無数のインディー・ロックバンドが、全米各地で台頭しはじめた。この後「Bleed American」でのセールス面での大成功によって、アメリカを代表するロックバンドへと成長するJimmy Eat Worldを筆頭に、Ataris、Saves The Day、Get Up Kids、Mineral、ニューヨークのJets to Brazilまで、アメリカの西海岸、東海岸全体に渡って、エモムーブメントは徐々に広がりを見せ、音楽文化として認められるに至った。


もちろん、アメリカで最も影響力のある音楽サイトとして成長した「Pitchfolk」の台頭も、このジャンルの隆盛を背後で支えていた。それから、実際、ロックバンドとしても多くの魅力的なグループが多く登場するようになり、それは「スクリーモ」という新たな音楽ジャンルを発生させた。


この語をはじめて、どの音楽誌がいいはじめたのかは寡聞にして知らないものの、エモーショナルであり、絶叫系のボーカルを特徴とした音楽、つまり、「エモーースクリーム」という語をかけ合わせた造語が、この「スクリーモ」と呼ばれるジャンルです。


この後、二千年代のThe Used、My Chemical Romanceといったスクリーモ・ムーブメントは、音楽自体の掴みやすさ、痛快なポップ性により、商業的に成功を収め、世界的に「エモ」という語を普及させる役割を担った。2000年代半ばを過ぎると、エモは、90年代からのムーブメントの終焉を迎えたように思えます。その間、台頭したロックバンドの総数こそ、凄まじい数に上ると思われるものの、90年代半ばから00年にかけて、オリジナル世代のバンドは、Jimmy Eat World以外は、メインストリームで活躍するバンドは、それほど多くは出てこなかったような印象がある。


ところが、2010年代あたりから、エモ・ムーブメントが再燃するようになっています。エモを生んだ中西部から、続々と勢いあるエモバンドが多く出て、"Midwest emo"と称されるように、Algernon Cadwallder、Snowing、Midwest Penpals、といった”エモ・リヴァイバル”と称されるロックバンドがインディーズシーンに再度台頭し、シーンは賑わいを見せる。これらのバンドの多くが、最初期のエモコアムーブメントと同じように、スタジオライブを基本的な活動の主軸としています。

 

2020年代に入ると、このエモというジャンルのフォロワーにはインディーズバンドよりも、オーバーグラウンドのポップアーティストがその影響を公言していることが多い。例えば、イギリスのポップシーンをリードするPinkpantheressは若い時代エモであったことを明かし、このジャンルからの影響を受けたことをApple Musicのインタビュー内で明かしています。今後はアンダーグラウンドシーンにとどまらず、オーバーグラウンドのポピュラーアーティストなどにこのジャンルに触発されたミュージシャンが増加していくかもしれません。今や、エモはインディーズミュージックではなく、メジャーなジャンルとなったという見方が妥当かもしれません。





5.Original Emo Essential Disc Guide (オリジナル・エモの傑作選)

 

1.Get Up Kids 

「Something to Write Home About」 1999



 


日本でもエモ:ムーブの火付け役となったカンサス・シティのロック・バンドの代表的な作品。


デビュー作「Four Minutes Mile」での前のめりな焦燥感、そして、どことなく青春の甘酸っぱさを感じさせるバンド。元々、活動初期は荒削りなところのあるエモ・バンドだったが、徐々に洗練された渋みのある良質なアメリカン・ロックバンドに変身を果たす。


パンク・ロック寄りのアプローチという面では、「Four Minutes Mile」に軍配があがるが、完成度、洗練度、聞きやすさとしては、二作目のスタジオ・アルバム「Something to Write Home About」が最適といえる。そして、このアルバムこそゲット・アップ・キッズの日本での人気を後押しした印象がある。


この作品でゲット・アップ・キッズはアナログ・ムーグ・シンセを導入したという点で画期的な新風をロックシーンに吹き込んだ。親しみやすい楽曲が多く、エモの入門編としておすすめしたい。


ロボットの可愛らしいイラストを用いたアルバム・ジャケットもエモすぎる。そして、楽曲の面でもハズレ無しで、このアルバムの印象に違わぬ温かみのある良質なロックソングを聴ける。


ゲット・アップ・キッズの代名詞的な楽曲、「Holiday」「Red Letters day」「Valentine」。アコースティック・バラードの名曲「Out of Reach」が収録されている。

  


2.Jimmy Eat World 

「Bleed American」 2001

 


 


Jimmy Eat Worldのエモとしての名盤としては、デビュー作「Static Prevails」も捨てがたい。アルバム一曲目の「Thinking That's All」には、スクリーモというジャンルのルーツが垣間見えるような名曲である。


他にも、トラックリストを眺めているだけで、陶然とせずにはいられない曲目がずらりと並んでいる。「Clair」「World is Static」は、エモというジャンルきっての名曲である。


しかし、作品自体の知名度、ガツンとくるような掴みやすさという側面では、やはり「Bleed American」を避けて通ることはできない。


このアルバムには、ギターとして革新的な技法が見受けられる。それまで、六弦の半音下げというのはハードロックバンドでも使われていた。しかし、このBleed Americanでは、大胆にもギターの六弦のチューニングを、EからDにチューンダウンさせた”Drop D"という画期的なギターの演奏法を生み出したモンスター・アルバム。


Bleed Americanは、メロディック・パンクムーブメントを引き継いだシンガロング性の強い掴みやすさと、パワフルな爽快感がある。このあたりがジミー・イート・ワールドの最大の魅力といえるはず。


誰にでもわかりやすい形でのエモという音楽を提示したという点において、いまだこれを超えるエモコア作品は出ていないように思える。爽やかで、清々しい名曲が多く、なおかつまた、エモの叙情性と、アメリカン・ロックの力強さ、これらの対極にある要素が絶妙に噛み合った傑作と断言出来る。


ケラング誌では、アルバム・オブ・ザ・イヤーを獲得し、商業的にも、アメリカのビルボード・チャートで31位にチャートインし、エモバンドとしては最も成功を収めたアルバムとして名高い。


ジミー・イート・ワールドの名、エモというジャンルを最初にワールドワイドの存在に押し上げた歴史的傑作である。 名曲「Bleed American」「A Praise Chorus」が収録されている。 

 



3.Mineral

「The Complete Collection」 2010 

 



ミネラルは、テキサス州、ヒューストンの90年代のアメリカのエモシーンの中で最重要バンドといえる。セールス的にはJimmy Eat Worldほど振るわなかったものの、不当に低い評価を受けているバンドである。


どちらかといえば、ミュージシャンズ・ミュージシャンといえ、スタジオ・アルバムは二枚、活動期間も短いが、後のスクリーモに多大な影響を及ぼしたバンドである。クリス・シンプソンは、このMineralの解散の後、The Gloria Recordを結成し、エモコアシーンを牽引していく。


このバンドは、非常に叙情性の強い美麗なメロディーを特徴としており、そしてクリス・シンプソンの線の細いヴォーカル、少し舌足らずなボーカルは、日本のビジュアル系のような雰囲気もあって、このあたりは好き嫌いが分かれるところかもしれない。


しかし、このバンドのゆったりとしたテンポから生み出される静と動の劇的な展開力、そして、ツイン・ギターの繊細なアルペジオの絡み合いは、どことなく叙情的でピクチャレスクな趣がある。


オリジナル・アルバムとしては、名曲「If I Could」が収録されている「The Power Of the Falling」1997を推薦しておきたいところですが、彼等のもう一つの伝説的な名曲「Feburary」 が収録されていません。そのため、2010年、リイシュー版として発売されたベスト盤「The Complete Collection」を入門編としてまずはじめに推薦しておきたい。


2014年にミネラルは再結成し、今後の活躍に期待したいところです。新作EP「One Day When We Are Young」収録の「Aurora」は、ミネラルの新たな代名詞といえるような作品となっている。



4.Jets To Brazil 

「Perfecting Loneliness」 2002

 


Jet To Brazilは、カルフォルニアのJawbreakerというメロディック・パンクバンドで活躍していたブレイク・シュヴァルツェンバッハがカルフォルニアからニューヨークに移住した後に結成した。


このあたりの移住の経緯、また、拠点を東海岸に移したのは、どうも、このシュヴァルツェンバッハという人物が、カルフォルニアの土地の気質に肌が合わず、ニューヨークの都会的カルチャーに近い感覚、いわば詩人的な表情を持つ繊細な感性を持つミュージシャンだったというのが通説となっている。


ブレイク・シュヴァルツェンバッハが、それ以前に在籍していたジョーブレイカーも、グレッグ・セイジ率いる”Wipers”とともに伝説的なアメリカのパンクロック・バンドといえ、聞き逃すことが出来ない。


そして、このブレイク・シュヴァルツェンバッハが新たに組んだJets To brazilは、彼の独特でエモさがより深みをましたというよあな印象を受ける。Jets To Birazilのデビューアルバム「Perfect Loneliness」2002は、どことなくエジプト民族音楽のようなエキゾチックなコード感、そして、甘く美しいメロディが随所にちりばめられている美しい作品である。ジャケットから醸し出される絵画的な印象と相まり、物語調の世界観が強固に形作られているため、「コンセプト・アルバム」として聴くこともできるかもしれない。


簡潔に言えば、「Perfect Loneliness」は、レディオ・ヘッドの名作「OK Computer」に対するアメリカのインディーミュージックからの回答ともいえるだろう。ロック音楽としての古典音楽に対する歩み寄りの気配もある。旋律、展開力ともに深い思索性が感じられる繊細かつダイナミックな名曲だ。


この楽曲の途中では、パイロットの無線のSEが取り入れられているあたりは、Sonic Youthの名作「Daydream Nation」収録の楽曲「Providense」を彷彿とさせる。また、「Lucky Charm」も、ブレイク・シュヴァルツェンバッハの生来の良質なメロディセンス伺える、落ち着いた雰囲気のある楽曲だ。Jets To Brazilは、この後、次作のアルバム「Orange Rhyming Orange」で、穏やかなフォーク・ロック色の強いアプローチを図る。こちらも併せて推薦しておきたい。

 

 


5.Sunny Day Real Estate 

「The Rising Tide」 2000

 

 


 


Sunny Day Real Estateは、エモの元祖ともいえるシアトルのロックバンドである。初期こそグランジ色の強いロックバンドの表情を見せていたが、解散前の本作ではロックバンドとしての気負いがなくなったといえる。


そして、今作「The Rising Tide」は、サニー・デイ・リアル・エステートとして、有終の美を飾るような傑作となっている。大胆にピアノ、ストリングスを実験的に取り入れたり、また、街頭をゆくハイヒールのSEを積極的にイントロに取り入れていたりするあたりは、映画のサウンドトラックのようなアプローチを図ったものと思われる。


このバンドの中心的な存在、ギターボーカルのジェレミー・エニグクは、本作において、美しい自分の甘美な歌声を見出し、それを気負いなく前面に押し出すようになった。


「The Ocean」「The Rain Song」は、エモという狭い枠組みを取り払い、フォーク、ポップ音楽として楽曲の真価が見いだされる。これらの楽曲は、往年のレッド・ツェッペリンの名曲「Rain Songs」を彷彿とさせるな甘美な世界観を持った堂々たる作品である。


また、前述したように、サニー・デイ・リアル・エステートの解散後、ベーシストのネイト・メンデルは、デイヴ・グロールと共にフー・ファイターズを結成し、一躍、米国を代表するロックミュージシャンとなる。2024年現在、再結成を果たし、ツアーを再開、新曲もリリースしました。

 


 

6.Promise Ring 

「Nothing Feels Good」1997 (後にリマスター盤も発売)

 



Promise Ringは、Cap ’n jazzの解散後、このバンドのメンバーであるデイビー・フォン・ボーレンが結成したバンドで、デラウエア州のレーベル”Jade Tree”を代表するロックバンドである。


1stアルバム「30 Degree Everywhere」では、キャップ・ン・ジャズ直系の疾走感のある楽曲、またそれとは対象的な落ち着いた感じのポップソングが交錯していた。ごく一部のファンからはかなり熱烈な支持を受けていたが、一般的な作品とは言い難かった。


しかし、アルバム二作目となる「Nothing Feels Good」においては、バンドサウンドとしても前作より洗練され、音楽性がより掴みやすく、親しみやすくなった印象を受ける。


「Why Did Ever Meet」での”ヘタウマ”というべきボーカルこそ、プロミス・リングの音楽性の真骨頂といえる。このバンドの奇妙な癖になるキャッチーさは、時代に左右されない。本作は、エモ・ファンにとどまらないで、スケーター・ロック、メロディック・パンクのファンにも是非、お勧めしたい爽快味あふれるエモの名盤である。次作スタジオ・アルバム「Very Emergency」1999に収録されている"Happiness All the Rage"という楽曲も併せて強くおすすめ。 


 

7.American Football 


「American Football」1999 (後にデラックス・バージョンも発売)

 

 


 

 



あらためて説明さしておくと、Cap 'n Jazzから、ファミリーツリーとして分岐したエモバンドは、Promise Ring、Jane of ark、そして最後のバンドが、マイク・キンセラ擁するアメリカン・フットボールである。


American Footballは、他のバンドと異なり、ハードコアパンクの要素がない純正のエモバンドとして挙げられる。ドラマーのスティーヴ・ラモスのドラムセット前にマイクを立ててのトランペットの演奏も、アメリカン・フットボールのライブパフォーマンスのお約束となった。


バンドとしての活動はこのファーストアルバム「American Football」をリリースした後、主要メンバーのマイク・キンセラがOwenを結成した以外は、メンバーもミュージシャンとは異なる道を歩んだ。ところが、2014年に再結成を果たした頃には、このアメリカン・フットボールは伝説的なエモバンドとしてインディー・ロック愛好家に知られるようになっていた。


2014年、マイク・キンセラの従兄弟ネイト・キンセラをメンバーに迎え入れ、より一層バンドとして纏まりが出た。マリンバ奏者、パーカッション奏者のサポートメンバーをツアーに帯同させ、堂々たる復活を果たす。


2021年まで「american football LP2」2016「american football LP3」2019、と、スタジオ・アルバムを順調にリリース。すでに、レディング、フジ・ロック、ピッチフォーク・ミュージックフェスティバル、といった世界的な音楽フェスティヴァルにも出演を果たした。近年、名実共にワールドワイドのロックバンドとして知られるようになった。


このアルバムジャケットに映し出された「Emo House」と称するべき名物的な景観も、有名すぎて最早説明不要となっている。

 

 バンドサウンドとして音の繊細性、抒情性、複雑さというのも、エモ、後のマス・ロックに与えた影響は、およそ計り知れないものがある。アメフトの奇妙な”泣き”の要素こそエモというジャンルの大醍醐と断言する。”エモ”という表現を知るために、絶対不可欠なロックの大名盤のひとつ。

 


 


2000年代以降のリバイバルエモに関してはこちらをお読み下さい。

american football 「american football」


昨今、”エモい”というワードが一般的に流行し、浸透していくようになりました。しかし、一部の音楽愛好家間では、十数年も前から、エモいという言葉自体は親しまれているようなところもあったので、いまさら流行るのかというような感慨をおぼえる方もいらっしゃったかもしれません。  

とにかく、まずはじめに、この”エモ”という、なんだかよく分かりづらい言葉の語源をかんたんに説明しておきましょう。 

もともと、”Emo”という言葉の由来を探ると、"エモコア"というロック音楽の一ジャンルを指し示し、これはアメリカの中西部、シカゴあたりで、一時期かなり若者の間で支持を集めた音楽でした。

そのシカゴ地域一帯から正式に言うと、「エモーショナル・ハードコア」と言われるちょっとした音楽ムーブメントが起こるわけです。

 
1980年代終わりから、アメリカ、Midwest界隈で鳴らされていた「エモコア」というジャンルに分類される音楽は、 粗野な印象のあるパンク・ハードコアに比して、その音楽性とは真逆ともいえる叙情性のあるメロディーが押し出されています。
 
 
これらエモというジャンルでは、jimmy eat worldSunny Day Real Estate、BRAID、Promise Ring,GET UP KIDS、がそのバンドの代表格として挙げられます。 
 
一般的に、エモは、パンク・ロックというジャンルに属しながらも、いわゆる、ロンドンやニューヨークの初期パンクの外向きな音楽性とは全く相容れないものであり、どちらかといえば、極めて内省的で叙情性のあるロックの特色があります。
 
又、その音楽性においては、スタンダードなロックに近いニュアンスがあります。もし、往年のロックミュージックの中で、この”エモ”というジャンルに近い音を探すのなら、たとえば、ザ・ビートルズの後期の名曲「Dear Prudence」、もしくは、Led Zeppelinの「Rain Song」あたりがかなり近い雰囲気で、そのあたりに”エモ”という音楽性の萌芽のようなものが見られます。もちろん、必ずしもこれらのバンドが、そういった往年のロックに影響を受けているとは限りません。
しかし、楽曲に受ける印象において共通しているのは、なぜだかしれず、切なくなってくる。これは青春のはかない情感のような雰囲気が、かつての初期パンクのような衝動性という感情表現によって示されているわけです。
 
上に挙げたバンドには、きわめて激しい内的感情の発露がなされているのが楽曲中に見受けられます。

ときにそれは、度しがたいほど激情的な表現となっていき、この一連の流れがハードコアとの間の子ともいえる”スクリーモ”というジャンルを後に形成していきました。これは確かにパンク・ハードコアとは異なる形での内的な衝動性が「音楽」として表現されたものなのでしょう。つまり、どことなく「抒情詩」のような風味を感じさせる音楽性を有しているのが、これらのバンドの主要な特徴。
 
それを当時の、つまり1980年代後半から1990年代初頭の概念として「現代的な音楽」として解釈しなおしたのがこのジャンルの正体。 
 
そこには、若いがゆえの苦悩、どうにもならない恋のジレンマであるとか、もっと哲学的な意義においては、人生のなかで、生きるとはなんなのだろうかといような、いうなれば、若者らしい内的な悶々たるエモーション、つまり、叙情性が内側から外側に吐露されて、楽曲の中で詩的な音楽性により表現されるようになったのが「エモ」というジャンル。その唯一無二の独特の音楽性が、特に当時のアメリカの一部の若者たちの心を捉えたのでしょう。
 
 
ロック音楽史の観点からいえば、一般的に「エモ」というジャンルの草分け的存在となったのは、”Cap’ n Jazz”というシカゴのバンドだといわれています。
むろん、それ以前にも類するような音楽は数多くあったでしょうが、エモという音楽を語る上においては、この”Cap 'n Jazz”は外すことの出来ない存在であり、おそらく「エモの元祖」と言っても差し支えないバンドだと断言できるでしょう。
このバンドはシカゴのバンドらしく、ロック、フォーク、ジャズ、その他様々なジャンルをごった煮にした実験音楽を奏でていましたが、残念ながらCap n jazz自体の活動は「Analphabetapolothology」一作リリースしただけで解散してしまいます。

そして、このバンドのメンバー中に、マイク・キンセラなる人物がいて、いよいよ彼は、次なるバンド”American Football”で、そのエモという楽曲ジャンルを完全な形式として昇華していきます。

このアメリカン・フットボールというバンドは、1990年代初頭、お世辞にも、それほど知名度があったというわけではありませんでした。
実に、玄人好みのするバンドで、正直なところリアルタイムでは、そこまでブレイクしたバンドではなかったです。これはあくまで憶測に過ぎませんけれども、本人たちも、当時はそれほど自分たちの演奏している曲に絶対的な自身を持って演奏していたとは言えず、自分たちの曲が世界中の人々に受けいられるとは思っていなかったかもしれません。
 
そのせいか、アメリカンフットボールの最初の活動というのも、上記のCap ’n Jazzと同じように、この「american football」一作をリリースした後、一度は解散となってしまいます。
 
しかし、本当に良い音楽というのは、(かつてのバッハがベートーベンの発掘によって再びスポットライトを浴びたように)たとえ時代の中に埋もれてしまいそうになっても、やがては、一般的に知られる音楽として広まっていく運命なのかもしれません。
 
彼らが、このバンドを離れている間に、アメリカン・フットボール、いわゆるアメフト人気というのは、世界中で浸透していくようになります。いつしか、この伝説的なファースト・アルバムは、一部の愛好家たちのマストアイテムとなり、”エモ”というジャンルを知る上で欠かすことの出来ないアルバムとなりました。
 

 
アメリカンフットボールは、その後、順調にリリースをかさね、バンドの知名度を徐々に高め、レディング・フェスティバル、フジロック、といった国際的なフェスにも出演を果たしていくようになります。
  
 あらためて、こんなふうに書いてみると、なんとも麗しいシンデレラストーリのようにも見えますが、彼ら、とくにフロントマン、マイク・キンセラという人は、エモという音楽をはじめるのが早すぎた、時代を先んじすぎていたがゆえ、大衆に理解されなかった天才だったのだろうと思われます。

 今や三十年前近くにリリースされたこのファーストアルバムの輝きは、今なお失われていません。

「Never Meant」から「The Summer Ends」「For Sure」。そして「Stay Home」が終わってからすぐエピローグのように続く「The One With The Wurlitzer」まで、のちの彼らのライブのレパートリーの中核をなす粒ぞろいの楽曲がズラリとならんでいます。
 
このおよそ”エモ国立博物館”と形容されても不思議ではない、愛好者にとってたまらない名曲の並びようを見ると、ため息すらハアと漏れてしまいそうです。
 
あらためて、彼らの楽曲を聴いてみると、何度聞いても飽きのこない渋みのある楽曲ばかり。音の輝きが日に日に増している錯覚すらおぼえ、今、ようやく時代の方が彼らの音楽性に追いついて来たという感じもしますね。
 
彼らの楽曲の特徴というのは、ミニマル的な手法とドラムのジャズ・フュージョン的な技巧、ネイト・キンセラの単純でこそあるが、きわめてどっしりしたベースライン。そのリズム隊に、複雑に絡み合うスティーブ・ホルムズの繊細なクリーントーンのギターのアルペジオ、さらに、その上から糸が複雑にからみあうように、キンセラのギターのフレーズが重なってくることで、同じ反復フレーズが展開されていき、ミニマルミュージックの元祖、スティーブ・ライヒのようなきわめて複雑な立体構造をなしている。
 
面白いのが、最初は、単純であったはずのフレーズが、曲の中盤から終盤にさしかかるにつれ、いつの間にか大掛かりなハーモニを形作り、四人という少人数で演奏しているとは思えないほど堅固で甘美なハーモニクスを作り上げていきます。
 
なんといっても彼らの楽曲で反復される清らかなスティーブ・ホルムスのクリーントーンのギターフレーズの美しさは何に喩えらましょう。その上に乗るマイク・キンセラの包み込むような温かい歌声に、おもわずうっとりとせずにはいられなくなってしまいます。

曲の合間を縫って、技巧派ドラマー、スティーブ・ラモスのたおやかなトランペットがゆったり乗ってきます。彼がドラムスティックを置いて、ドラムセットの前にセットされたマイクにトランペットを吹く光景というのは、既にライブでもお馴染みの光景となっていますが、このECMサウンドを彷彿とさせるような、なんともいえない蠱惑的な空間的な奥行きのあるトランペットの美しい音色が、他のエモコアバンドにはない独特なニュアンスをこのバンドの音楽性に添えています。

そして、これらの特性こそが、アメリカン・フットボールをエモというジャンルにとどまらず、ロックという、さらに広い領域で認知されるほどのバンドにまで引き上げられた主たる理由といえるのでしょう。

このアメリカンフットボールの1stアルバムは、「エモコア」なるジャンル体系の基礎を形作ったという面で、音楽史的にも無視できないのはもちろん、「エモい」という言葉の語源をよく知りたいという知的探究心に富んだ人々にも、ぜひおすすめしておきたい伝説的な名盤です。


(参考資料) Last .fm アメリカン・フットボール バイオグラフィー  https://www.last.fm/ja/music/American+Football/+wiki