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 Tallies    『Patina」

 

 

Label: Bella Union

Release: 2022年7月29日 

 

Listen/Stream

 

カナダ・トロントの5人組インディーロックバンド、タリーズのセカンド・アルバム『Patina』は、バンドが敬愛してやまないコクトー・ツインズのベーシスト、サイモン・レイモンド氏の主宰するUKのインディペンデントレーベル、Bella Unionと契約を結んで最初のリリースとなります。

 

ファースト・アルバムと同様、この新作で繰り広げられるのは、ディレイ、リバーブ、フェーザー満載のギターロックサウンドです。それらの抽象的なサウンドをタイトでシンプルなドラムビートとベースが支えています。アルバムは、ドリーム・ポップの代名詞ともいえるような夢見がちなサウンドに彩られており、そこには、チルアウトのような涼し気な質感と、ベッドルームポップのような可愛らしいキャラクターも深奥に見え隠れしています。全9曲の収録楽曲の中には、ポスト・シューゲイズ寄りのディストーションソング「Wound Up Tight」も収録されていますが、先行シングル「Heart Underground」「Special」に見られるように、コクトー・ツインズやジーザス&メリーチェイン、アメリカのAllison's Haloを彷彿とさせる王道のインディーポップ/ドリーム・ポップソングがこのレコードには貫流しています。それに加え、スコットランドのネオ・アコースティック/ギター・ポップの爽快な雰囲気も仄かに漂っています。

 

タリーズは、このアルバムで、「光と闇」という大掛かりなテーマを掲げながら、それほど高い位置に立つのではなく、聞き手と同じ位置からこういったテーマを掘り下げているように感じられます。これらの楽曲の歌詞についてはおおよそが個人の人生や人間関係を歌い上げており、その点はリスナーに少なからず親近感を与えると思われます。そして、楽曲にカナダの若者のカルチャーの何らかの反映を込めようという意図も見受けられる。バンドサウンドとしても、メンバー全員が同じ方向を向き、真摯に自分たちの音楽を追求しているように思えます。

 

5人という編成でありながら、バンドサウンドは常に核心を取り巻くようにして、多彩な音楽性を持つ魅力的な曲が展開されています。

 

もちろん、その核心にある感性のようなものが、コクトー・ツインズのように明瞭となっているとまでは言いがたいものの、後のバンドの可能性の萌芽もここに顕著に見て取れるのも事実です。フロントマン、シンガーのサラ・コーガンの歌い上げる美麗なメロディーラインは、バンドの音楽にドリーミーでロマンティックな感覚を与え、フランクランドのリバーブ満載のギターライン、そして、シアン・オニールのシンプルなドラミングが緻密に折り重なることにより、タイトでエッジの効いたバンドサウンドが提示されています。


このアルバムでは、オープニングトラックとして収録されている「No Dreams of Fayes」を始めとする、2020年代のドリーム・ポップのクラシックとなりそうな曲が収録されており、さらに、ジョニー・マーの生み出すスミス・サウンドの影響が色濃く反映された「Am I The Man」「When Your Life Is Not Over」の二曲では、マッドチェスター・サウンドへの傾倒も見せています。ここでは、1980年代のマンチェスター・サウンドのオリジナルのダンサンブルな要素を極力排し、このバンドの音感、感性の良さをこの作品で継承しているように感じられます。

 

二作目の「Patina」は、シューゲイズ、ドリームポップを起点とし、ネオ・アコースティック、マッドチェスターサウンド、バンドの幅広いバックグランドを感じさせる作風となっており、近年のドリーム・ポップシーンの中で、個性的な雰囲気が感じられる作品です。少なくとも、デビュー・アルバム後の三年間で、タリーズは大きな成長を見せており、この作品で何らかの手応えを掴むことに成功している。それは言い換えれば、ソングランディングにおけるメロディーセンス、バンドの演奏力がより洗練され、磨きがかけられたということにもなるはずです。

 

 

Rating:  74/100

 


 「No Dreams of Fayres」

 

CVC  『Real To Reel』 EP

 




 

  Label: CVC Recordings

 Release:  2022年7月28日 

 

 

 

Review

 

「Real To Reel」は、ウェールズのカーディフ、ラグビー場とパブに象徴されるのどかな街から登場したインディーコレクティヴ・CVCの記念すべきデビューEPとなります。レコード盤は9月に発売となるようです。


このEPが発表される以前、 先行シングルとして「Docking Party」「Winston」の二曲が公開されていますが、このバンドは、この二作で高い潜在能力を示しており、ジャズバンドのような華やかさ、明るさ、オーディエンスを巻き込んでいくような強いエネルギーを擁しています。

 

CVCは、プレスリリースを通じて、「60−70年代のシンプルなロックンロール、ザ・ビートルズ、ニール・ヤング、ビーチ・ボーイズを始めとする古典的なロックサウンドに聴いて育った」と説明しています。それらのクラシックな大衆音楽の影響からか、ヴォーカルは、ジョージ・ハリソンを思わせるワイルドさがあり、楽曲もまたビートルズ中期のようにファンタジック。このバンドは、『サージェント・ペッパーズ・ロンリーハーツ・クラブ・バンド』のアートワークから、そっくりそのまま現実世界に飛び出てきたようなユニークなコレクティヴと言えそうです。


もちろん、実際のサウンドアプローチについても、その期待に違わず、ビートルズの楽しく華やかなリバプールサウンドを現代的なファンクやエレクトロの要素を交えて再現しています。このEPに収録された4つのシンプルで迫力満点の楽曲には、ダンスの要素の色濃い原始的なロックンロール、チェンバーポップ、ジャズ、サイケデリックソウル、ファンク、さらに、ザ・ビートルズのミュージカルのようなダイナミックな変拍子を交えたロックサウンドが提示されている。さらに、コレクティヴの生み出すダンサンブルな演奏は、鮮やかなエナジーによって強固に支えられています。

 

現代のサブスクリプション隆盛の時代の資料的に音楽を大量に聴く風潮の中にあって、ウェールズのインディーコレクティヴ・CVCは、その流れとは逆のスタンスを取り、影響を受ける音楽を最小限に絞り、さらに集中的にその音楽に取り組むことで、シャープでソリッドな楽曲を生み出しています。全4曲収録の『Reel to Real』で、彼らは自分たちのやりたい音楽を絞り、それを実際のライブセッションを通じて追求することで、わかりやすい形のアート・ロックを提示しています。そこには刺激的なノリを生み出す曲もあり、バラードのようにクールダウンをもたらす曲がバランス良く収録されています。これは、ワイト島のデュオ、Wet Legと同じように、ウェールズのカーディフという街が生み出した固有のアートロックと言えるかもしれません。

 

CVCのデビューEP『Reel To Real』に見られる、トレンドに迎合することなく、自分たちの好きな音楽を追求し、良さを引き出していこうという姿勢は、現今のミュージックシーンを見渡した際に新鮮さが感じられる。また、CVCのファンクの要素の強いダンサンブルな演奏は、心から人生を謳歌しようという楽しい雰囲気に満ち溢れています。それは、聞き手に対し、鮮やかな印象を投げかけ、同じように、聞き手の心を照らし、明るさを与え、喜びを引き出し、生きていることへの肯定感を与えるものであると思います。ウェールズから登場したクラシカルな雰囲気を持つロックバンド・CVCは、現在、最注目すべきコレクティヴであり、今後、世界的な活躍を期待していきたい。さらに、デビュー・アルバムの到着も心待ちにしたいところです

 

86/100

 

 

Featured Track 「Docking The Pay」

 

The Ratel 「Scan」

Label: Fresh Lettuce

Release :2022年6月29日

 

 

Review

 

The Ratelは、池田若菜、内藤彩を中心に2018年に結成された。現在、東京都内を中心に活動するオルタナティヴ・ロックバンド。近日、東京、秋葉原グッドマンにて灰野敬二とのツーマンライブを控えています。

 

『The Scan」は、このバンドの記念すべきデビューアルバムであり、浅草のツバメスタジオでレコーディングが行われている。コアなサイケデリックロックマニアは、このツバメスタジオで幾何学模様の現時点でのラストアルバムのレコーディングも行われていることをご存知ではないでしょうか。




 

このアルバムは、奇妙な静寂性とアバンギャルド性が見事な融合を果たした作品です。ボーカルは、常に冷静でありながら、バンドサウンドとの緊密な距離感を持ち、そのサウンドの中に巧みに溶け込んでいくような調和性を持っています。Codeineのような暗鬱かつミドルテンポのスロウコアを基調とし、フルート、ファゴットを始めとするオーケストラの木管楽器、ダブ、アンビエント的なエフェクトが取り入れられているのが独特で、アフロファンクのようなコアな雰囲気さえ滲んでいる。そして、ポストロックのように、テクニカルでありながら、内省的な展開を見せつつ、時折、そこに対極的な激しいディストーションサウンドが折り重なることにより、曲の進行やグルーヴに強いうねりをもたらしている。



 

全体的には、フルート、ファゴットといった管楽器を取り入れたポストロック/アバンギャルドロックという印象で、表向きにはつかみやすいものの、変拍子と無調を交えたかなり高度な演奏力を擁しているバンドです。例えば、ボーカルの旋律進行をあえて王道からずらし、サイケデリックに近い雰囲気を醸し出していたり、また、突如として、スティールパンが導入されたり、さらにはトロピカルサウンドにも挑戦していたりと、めいめいのメンバーの音楽に対する情熱と深い理解、そして多彩なバックグラウンドを感じさせる玄人好みのサウンドです。特に、一般的には相容れないと思われる、強烈なディストーションギターと木管楽器のブレスの組み合わせというのはかなり前衛的で、そこにダブ風のディレイエフェクト処理さえ組み込んでいるのはほぼ圧巻というよりほかなし。聴けば聴くほど、果てない迷宮に入り込んでいくかのようで、相当奥深い世界観を持つアルバムです。



 

もちろん、マニアックなサウンドだけでなく、ふしぎな親しみやすさがあるのがこのバンドの魅力。そのあたりは坂本慎太郎、ニューヨークのSteve Gunnに比する雰囲気を持っている。おそらく、このデビューアルバム「Scan」の中では#7の「淡くない」が、最も聞きやすい部類に入る一曲になるでしょうか。スロウコア、サイケデリック、ロック、ジャズ、ファンク、ソウルを変幻自在にクロスオーバーし、これまでにありそうでなかったアンニュイで摩訶不思議なサウンドをThe Ratelは生み出しています。

 

そして、歌詞の世界もまた演奏と同じように抽象的でシュールな雰囲気が醸し出されていて、それが直接的な表現よりもはるかに濃密なエモーションを感じさせる。多分、もっと踏み込めば、よりマニアックなバンドアプローチを図れる実力があるのではないかと思われますが、そのあたり、ギリギリのところでバンドアンサンブルのバランスを保っているのが見事。調性が崩れる一歩手前のところで、旋律や和音を絶妙に保ちながら、アバンギャルドとメインストリームの境界の限界を彷徨う特異なサウンド。何度も繰り返し聴きたくなるようなミステリアスな魅力を持ったアルバムです。


 

 90/100



 Jay Wood 『Slingshot』

 


 

  Label: Captured Tracks/Mountain Records

 

  Release Date:  2022年7月15日


 

 Review

 

キャプチャード・トラックスから先週末にリリースされたジェイ・ウッドの『slingshot』は彼のデビュー作であるとともに、このインディペンデントレーベルの分岐点ともいえるような作品となる。

 

ジェイ・ウッドは、カナダのマニトバ州という白人中心のコミュニティーで育ったという。彼は、この作品の中で、ファンタジックなストーリー、実生活に根ざした黒人としてのアイデンティティの探求を音楽を通して表現しようと試みている。表向きには、サイケ・ソウルというジャンルが掲げられているが、この多義的なR&Bジャンルに象徴される幅広い表現が見いだされ、ヒップホップ、インディーロック、ファンク、サイケ、ジェイ・ウッドの多様な音楽のバックグランドが伺える。

 

そのクロスオーバー性は、サイケファンクの流儀ともいえ、トロ・イ・モアのような多彩なアプローチが展開されている。ジェイ・ウッドのソウルミュージックは、ファンカデリックやスライ・ストーンといった王道のファンクを下地にして、強いヒップホップ的な要素をそこに付け加えたものである。

 

アルバム発売前までは、ジョージ・フロイドの死に触発された「Shine」が収録されているので、バーティーズ・ストレンジの「Farm To Tabel」に近い作風かと思っていたが、この作品とはそれとまったく異なるR&Bである。確かに本作には、黒人としてのアイデンティティの探求というテーマが込められているように思えるが、バーティーズ・ストレンジほど深刻な雰囲気はない。メロウで聞きやすいソウルミュージックが麗しく展開されているので、リラックスした雰囲気を味わえる。それに加え、ジェイ・ウッドの楽曲は、DJのスクラッチ的なクールな手法により、アシッド・ハウスに近いコアな領域に踏み込んでいく場合もあり、取っ掛かりやすいアルバムであるとともに、すごく聴き応えのある内容に仕上がっているという印象を受ける。

 

このアルバムは現時点では、一般的な関心が薄く、海外メディアにも取り上げられていないのがとても残念でならない。アルバムの音楽には上記のような黒人として白人コミュニティーの中で生きること、そして近年、母親を亡くした哀しみという様々な人生のテーマも込められているが、それは押し付けがましいものではなく、ごく自然な形でこのアーティストの考えが取り入れられてい、親しみやすさがある。さらに、このアルバムには、ジェイ・ウッドのブラックミュージックの愛情に根ざした、このアーティストしか生み出すことの出来ない温もりのあふれたサイケ・ファンク、ディスコ・ソウル、ネオ・ソウル、ヒップホップの魅力が濃密に詰めこまれている。つまり、『Slingshot』は、心にじんわりと響くものであると共に、フロアで人を踊らせるエネルギーを持っており、一般的なリスナーの耳にもすぐに馴染む作品であると思える。

 

これまで、ニューヨークのキャプチャード・トラックスは、Wild Nothing,Mac de Marco、Beach Fossils,DIIVといった白人の良質なインディーロックアーティストの作品を中心にリリースし、所謂、”Nu Gaze”シーンの象徴的なレーベルとして日本でも認められてきたが、今後は、より多彩でバラエティに富んだカタログのリリースを計画している気配が感じられる。その新たな旅路の出発として、ジェイ・ウッドの「Slingsot」は、記念碑のような意味を持つ作品で、レーベルの最も重要な意義を持つリリースになると思われる。このインディペンデントレーベルからは、今後、ジェイ・ウッドの登場を契機とし、続々と魅力的な黒人アーティストの台頭が予感される。 

 

 

Featured Track 「Shine」 

 

 

 

 

Rating: 85/100 

 

 

Listen/Stream official:    

 

https://jaywood.ffm.to/slingshot.otw

 

 

 Beach Bunny  『Emotional Creature』

 


 

 

 Label : Mom+Pop

 

 Release : 2022年7月22日

 

 

『Emotional Creature』を解題する上で欠かすことが出来ないのが、バンドのボーカリスト、フロントマンであるLilli Trifilio(リリー・トリフォリオ)のSFストーリーへのたゆまぬ愛情、Jonas Brothersのような彼女の子供時代のアイドルのY2Kポップに大きく影響されたという制作のバックグランドである。

 

ビーチバニーは、2020年のデビュー作『Honeymoon』に続くこの最新アルバムを、Fall Out Boy、Motion City Soundtrackといったポップパンク・レジェンドとの仕事で知られるプロデューサー、ショーン・オキーフと共にシカゴのShirk Studiosにてレコーディングを行っている。


私達は、常に変化し、成長し、適応している - それは人間の経験の深く根付いている部分だ、私たちは、より強くなろうと努力し、より賢くなろうと信じ、快適さと幸福を求めて人生の大半を過ごす。しかし、人間の素晴らしいところは、私たちが進化し、暗い瞬間を美しくすること、つまり、生き残るための新しい方法を見つけることです。人間は感情的な生き物で、このアルバムでそれを捉え、人間の経験がいかに複雑で、時には悲劇的で、そして、ほとんどが素晴らしいものであるかを示したかったのです。

 

少し前に、大学でジャーナリズムの学位を取得したリリー・トリフォリオは、このアルバムの中に人生に根ざしたメッセージを込めており、それは明るい世の中を体現するための社会学を提示しようとしているとも言える。 しかし、既にビーチ・バニーの音楽をよく知るリスナーならば、このバンドがそういった難しさとは正反対のキャッチーでポップネスに彩られたパンク・ロックソングを擁することをご存知のはず。もちろん、最新作『Emotinal Creature』では、Fall Out Boy、Motion City Soundtrack直径のシンガロング性の強いポップ・パンクソングがずらりと並んでいることを見出すはずだ。そして、そのストレートなポップパンクの雰囲気の中に、このバンド特有のエモーションが滲んでいることもビーチバニーのファンであればご存知のはずである。


それらのファンの期待にビーチ・バニーは存分に答えてみせている。この作品には、上述したようにSFに対するリリー・トリフォリオの愛着、それがユニークなキャラクター性の変わり、疾走感のあるパワーポップ風の楽曲と融合を果たす。ビーチバニーの楽曲はポップネスを明示することに抵抗がないため、爽快感すら覚えるはずである。ここには、現代の若者としての文化、そして趣味を余すことなく表現し、しかも、それが晴れやかな印象を持つポップパンクとして昇華されているとあれば、この音楽に抵抗感を示す人は、一般的に見て少ないと断言できるだろう。


この最新作において、スターウォーズをはじめとするこのバンドのSF的な趣味が音楽の中に深く定着しているとまでは言い難いもの、このアルバムはポップネスを実生活に根ざした趣味性と合致させ、それを聴きやすいアリーナ級のパンクソングに仕立てている。この点は、トリフォリオを中心とするバンドメンバーの高い演奏力、そしてヴォーカリスト、リリー・トリフォリオの繊細で心やさしい感覚、そしてソングライティング能力の高さを顕著に示している。

 

『Emotional Creature』は、王道のメロディックパンクに準じたもので、多くのリスナーに受け入れられる可能性を秘めている。アルバムのハイライト「Entropy」、「Oxygen」、「Fire Escape」に象徴されるように、爽快感があるポップパンクソングは言うまでもなく、日本のカルチャーへの興味を込めた「Karaoke 」等、インディーロックのアンセムソングが多数収録されている。少なくともビーチ・バニーはこの最新作において、単なるアマチュアバンドではなく、世界水準のプロフェッショナルなバンドであることを世界に示すことに成功している。さらに、フロントマンのトリフォリオのSF趣味が今後どのように磨きが掛けられていくか、パンクロックソングとSFの世界観をどのように融合していくのかが、このバンドの未来を占うともいえるか。

 

 

Rating: 79/100

 

 

Featured Track  「Oxygen」

 

 

 

 

 

Listen/Stream:  

 

 https://beachbunnymusic.co/emotionalcreature



 Bodega   『Extra Equipment』

 



Label:  What’s Your Rapture?/Blue Raincoat

Release:  2022年7月15日

 

 

Review

 

Bodegaは、Ben Hozie(ベン・ホージー)を中心とするニューヨーク・ブルックリンのポストパンクバンドで、近年、フランツ・フェルディナンドのツアーに参加し、知名度を上げつつある注目のグループ。



 

UKポスト・パンクのオリジナル世代への強い愛着のためか、DIYを中心に英国の音楽メディアに注目を浴びています。2014年頃結成されたボデガは、2018年のデビューから順調に作品のリリースを重ね、先週の発売された『Extra Equipment』は、3月11日に発表されたオリジナルアルバム『Broken Equipment』の12曲に加えて、Stretch Arm,Fugaiなどのカバーを追加収録した二枚組の豪華エクストラバージョンとなる。オリジナルアルバムのレビューが出来なかったため、ここで、改めてボデガのアルバムをレビューとして取り上げておきたいと思います。

 

今回の最新作は二枚組で、二十曲収録の凄まじいボリュームとなっている。蓋を開ければ、そこはめくるめくUKポスト・パンクの理想郷が広がっている。彼らは、ポスト・パンクを心から愛していることがわかる。重厚なベースラインが曲の中でご機嫌に跳ねまわるのは、Gang Of Fourの性質を受け継いだと言え、アップテンポなビートにひねくれた性質のボーカルがそのベースラインに負けじと強烈な印象を放つ点では、Wireの性質を受け継いだとも言える。さらに、誰にでも理解できるキャッチーなアンセムソングを擁するという点では、The Clashの後継者とも言える。

 

それらのオリジナルのロンドンパンク/ポスト・パンク世代のユニークな要素に加え、現代的なエレクトロニックへの要素を包含するのがBodegaというバンドの強烈な個性のひとつ。1970年代のテクノを交えたパンクがポスト・パンクであったとするなら、ボデガは最新鋭のエレクトロニックを交えたポスト・パンクを特徴とする。そして、ポスト・パンクに欠かせない要素であるリスナーに強いビート感を与えるという約束事をボデガは把握しているのかもしれません。



 

ここでは全体的な流れを追うのは遠慮しておきますが、このバンドの良さを掴むためには、特に先行シングルとして発表された「NYC(disambiguation)」、「Pillar on The Bridge Of You」が最適と思われる。UKのオリジナルパンクへの強いリスペクトを込めたこの曲で、彼らは新しい魅力的なニューヨークパンクをここに組み直している。メロディアスなギターのフレーズは爽快感があり、一方、ビートは落ち着いている。サビでは、ザ・クラッシュの最初期のようなキャッチーなシンガロング性を持たせている。ボデガがこのオリジナル・アルバムで志向したのは、実際のライブで演奏される曲を一枚のアルバムとして再解釈することであったように思える。

 

Bodegaの大きな特徴であるツインボーカルというのも単調になりがちな印象にバラエティをもたせ、聞きやすさをもたらしている。そして、この要素が作品の中になだらかな起伏を生み出し、バラエティを与える。さらにそれらは、常にドライブ感、グルーブ感といった要素に重点が置かれ、そこにUKポストパンクの最も重要な要素である清々しさ、爽やかな雰囲気が漂います。



 

「Extra Equipment」に収録されている20曲は、確かに大ボリュームではありますが、長くもなければ大味でもありません。それらは、アルバム全体の印象を薄めることなく、強烈なインパクトを与える。特に、追加収録された8曲は、このバンドの未発表トラック集のような形で楽めるだけでなく、どのようにして、彼らの曲が完成へと導かれるのか、その過程や背景、制作の舞台裏を垣間見ることが出来る。このアルバムは、ライブアルバムのような躍動感のある迫力に彩られている。彼らの初期からのファンにとどまらず、Bodegaの音楽に初めて触れるリスナーにとっても、『バンドのライブを観に行きたい!』と思わせるものがあるように思えます。ブルックリンに登場したポスト・パンクバンド、Bodegaの今後の活躍から目が離せないところです。



 

 

Featured Track   「Pillar on The Bridge Of You」







Rating: 78/100
 
 
 
 Listen on bandcamp:  
 
 
 
https://bodegabk.bandcamp.com/
 
 
 



 Sunny Day Service 『冷やし中華』 EP 

 

 

 

 Label:  Rose Records

 Release: 7/15 2022



REVIEW

 

日本のインディーシーンで絶大な人気を誇る、曽我部恵一率いるサニーデイ・サービスは、1992年に結成。平成時代の「渋谷系ーShibuya-Kei」の象徴的なバンドとして活躍してきた。近年のJ-POPのフジファブリック、スカートといった音楽の源流はこのバンドに求められるはず。以前、スコットランドのネオアコ・ギターポップシーンに触発されたインディーフォークを日本の音楽シーンにもたらし、ジャンルにとらわれない幅広い音楽性がバンドの魅力となる。また、オリジナル・メンバーであった丸山晴茂は2018年に四十七歳という若さでこの世を去った。

 

近年は、オリジナル・メンバーの丸山がなくなったためか、ベスト・アルバムやリミックスを中心にリリースしていたサニーデイ・サービス。その後のメンバー編成がどうなっているのかは寡聞にして知らないが、最新EP「冷やし中華」では、懐かしのシティ・ポップや、アルバムジャケットを見ての通り、細野晴臣、大滝詠一のようなゆるくまったりしたサウンドに回帰している。 

 

が、やはり、今作において曽我部恵一のソングライティング能力の高さが際立っていいる。耳障りの良いサウンド、そしてキャッチーなフレーズ、それらはこのバンドの最大の強みで有り続けてきたが、今回のEPではせつなげなエモーションが加味され、夏にふさわしい涼味のあるサウンドが体現されている。


しかし、近年見られたいかにもシティ・ポップを意識したキラキラしたポップサウンドではなく、平成時代のサニーデイ・サービスの自然なインディーフォークバンドとしての魅力を余す所なく再現した一枚である。短編小説のような作品ではあるけれど、その簡潔さ、潔さがリスナーに心地良さをもたらすだろうと思われる。

 

特に、面白いのは、瀬戸内海の海を見て着想を得たというオープニングトラック「冷やし中華」ではいかにもサニーデイ・サービスの全盛期を彷彿とさせる深い味わいがあるのに加えて、はっぴいえんどのように懐古的な歌謡曲を下地においたサウンドへの回帰をはたしていることである。ここではこのバンドの最大の特徴である淡いノスタルジアがここに提示される反面、二曲目の「ジャスミン」で現代的なインディーフォークのスタイリッシュな雰囲気も感じられる、さらに1970年に発表された中川イサトのカバー「その気になれば」において、日本の70年代のフォークソングの核心に迫ろうとしているのがこのEPの醍醐味と言えるだろうか。

 

さらに、サニーデイ・サービスが長い歩みを続けていく上で薄れていたガレージロック/ローファイバンドとしての性質がエンディングの「夏のにおい」で、長年月を経て舞い戻って来る。オリジナルメンバーの早すぎる死は、その時代の音楽をこのバンドに思い出させた。これらの懐古的で現代的でもある簡潔なサウンドの妙な風味がアートワークのイラストの穏やかな雰囲気と上手く合致を果たしている。夏のセンチメンタルな詩情を込めた「冷やし中華」を聴くかぎり、彼らはまだやるべきことが残されているように思える。これまでと同じく、サニーデイ・サービスは、今後も日本のミュージック・シーンの新境地を開拓するバンドでありつづけるのだ。

 

 

Critical Rating:

84/100

 

 

 

  「冷やし中華」のCD盤にはボーナストラック「冷やし中華 -Chill Inst-」が収録。生産限定盤CDは手ぬぐいが付属する。CD盤は15日のデジタルリリースに続いて7月22日にリリースされる。


 また、今年の秋、サニーデイ・サービスは東名阪のツアーを開催します。ツアーの詳細情報についてはチケットぴあで御確認下さい。


 Beabadoobee  『Beatopia』

 


 Label: Dirty Hit

 Release: 2022年7月15日

 


REVIEW

 

新世代のベッドルーム・ポップスターの台頭、そういった形容が相応しいのが、フィリピン、イロイロ出身、現在はイギリスを拠点とするシンガーソングライター、ビーバドゥービー。

 

ビーバドゥービーは、今年の夏にサマーソニックの出演が決定しており、日本に行くのは全人類の夢」とまで語っている。また、ビーバドゥービーは既に多くの著名なフェスへの出演経験があり、アメリカのコーチェラフェスティバル、イギリスのグラストンベリーでもライブアクトを行っている。

 

2018年のデビュー作から断続的に作品を発表している多作なシンガーソングライターで、最新作『Beatpia』は既にデビューから約四年目にして通算5枚目のアルバムとなる。BBC Sound of 2022で一位を獲得したPinkPantheress、THE 1975のマシュー・ヒーリー、Bombay Bicycle Clubのジョージ・ダニエル等がレコーディングに参加した。さらに、プロデュースには、バンドメイトのJacob Budgen、Lain Berryman、beabadobeeがクレジットされているのも豪華である。

 

今作は、彼女が若い時代からの想像を元に作られており、mynaviニュースのインタビューでは、 「川村元気の小説『世界から猫が消えたなら』の人生に感謝することをテーマに置いている」とも語り、さらに 「アメリカの画家、マーク・ライデンのシュルレアリスムの世界観」に触発を受けたとも話している。また、以前まではそうではなかったものの、今作からは明確なジャンルの線引きを設けず、自由闊達な表現性を本作で体現しようとしていたと話している。

 

このアルバムを単なるポピュラーシンガーの作品という前提で聴くと、かなり意外の感に打たれるだろうと思われる。ここには電子音楽とベッドルームポップの融合を下地にし、壮大な世界観が緻密に築き上げられていることに大きな驚きを覚えざるを得ない。

 

アルバムのオープニング曲「Beatopia」からして、上記のインタビューで語られる制限を設けないシュルレアスティックな世界観が提示され、聞き手を幻想的で夢見がちな世界へ誘引する。シンセサイザーのシークエンスはポピュラー音楽という域を越え、電子音楽の裾野にまで表現が広げられている。もちろん、その後に続くのはこのソングライターらしいドリーミーな雰囲気を持つ親しみやすい楽曲が繰り広げられる。#2では爽快なポピュラー・ソングをグリッチテクノとの融合を図り、さらにそれをアリーナ級のスタジアムソングに仕立て上げているのが見事だ。

 

その他、映画音楽のオリジナルスコアのようなストリングスを交えた壮大な雰囲気を持つ「Ripples」ではエレクトロニカとボーカルソングの融合に挑戦している。さらに、「Talk」では、このソングライターのインディーロックよりの指向性が王道のポピュラー・ソングとの劇的な合体を果たし、刺激的なアンセムソングが生み出されている。表向きにはベッドルームポップのような可愛らしさ、親しみやすさがありながら、収録曲はアリーナでのライブを想定したかのような迫力とダイナミックさが込められており、さらに観客がシンガロング出来るように設計されている。その他様々なアプローチが取り入れられていると思われるが、少なくとも「Beatopia」で繰り広げられるこのシンガーの表現力の多彩さにはほとんど驚嘆するしかないのだ。

 

既に海外の著名な音楽メディアの表紙を劇的に飾っているイギリスのbeabadobeeは少なくともブラフのような存在ではなく本物のシンガーソングライターであると、この最新作を聴くかぎりでは断言出来る。ビーバードゥービーは、最新作のあらゆる面で、常に、自らの感性を大切にしており、さらに自らの感覚に心から信頼をおいている。ポピュラー音楽の掴みやすさ、前向きな肯定感を生かしたまま、さらに、それにくわえこのソングライターの独特な繊細さも伺える点にも着目しておきたい。

 

特に、以上に挙げたようなポピュラー・ソングの合間に収録されている「Pictures of Us」は、2020年代のインディーポップ/ロックの名曲として紹介しても何ら違和感がないように思える。総じて「Beatopia」は、beabadobeeのキャリアの中で最高傑作のひとつであり、2022年のベッドルームポップの名盤と断言しえるような多彩かつ濃密な内容により彩られている。

 


88/100

 

 

 Black Midi 「Hellfire」

 



Label:  Rough Trade

Release: 2022年7月15日

 

REVIEW


今年の12月に単独来日公演が決定しているブラック・ミディ。今やアヴァンギャルドロックバンドとして最も注目を浴びるトリオ。

 

今週、金曜日にリリースされたばかりのファン待望の最新作「Hellfire」は、よりバンドとしてのキャラクター、バンドのアプローチが明らかになった作品と呼べるかもしれません。最初期は、ポストパンクバンドとしてみなされる場合も多かったブラックミディですが、今作で明らかになったのは、バンドが1970年代のサイケデリックロック、Yes、King Crimsonのようなプログレッシヴロックを志向していることです。

 

アルバムのリリース以前には、実際にキング・クリムゾンの名曲「21th Century Schizoid Man」を単発のシングルとしてリリース(ヴォーカルの雰囲気はなぜかフランク・ザッパにそっくりだった・・・)してますが、これは明らかに、これまで海のものとも山のものともつかなかったロックバンド、ブラック・ミディの音楽がプログレに根ざしたものであると決定づけたリリースでした。


前作から実験的にサックス奏者のKaidi Akinnibiをツアーメンバー、レコーディングメンバーとして参加させ、それは前作のオープニングトラック「John L」に象徴されるようにフリー・ジャズの色合いをもたせ、一定の規律を与えるようになっている。今作では、「Cavalcade」でエンジニアを務めたMartha Salogniを抜擢することにより、前作で成功を見たチャレンジ性をより先鋭的に突き進めようという、バンドの意図のようなものも見て取れるかもしれません。


アルバムを全体的に見渡すと、既に海外のメディアのレビューで指摘されているように、速さを感じる作品ではあります。しかし、よく聴くと、「Hellfire」を初め、ミドルテンポの中にスラッシュ・メタル、グラインド・コアのような高速テンポを持つ要素を取り入れているので、実際的には速さを感じるのと同時にどっしりした安定感も随所に感じられる。また、このアルバムで明らかになったのは、このバンドが直近の二作で目指すのは、キング・クリムゾン、そしてYESの代表的な傑作『Close To The Edge』のように変拍子を多用したテクニカルなプログレッシヴ・ロックで、その基本要素の中に、ロック・オペラ、スラッシュメタル、サイケ、フォーク、ジャズ、と、このバンドらしい多種多様な音楽性がエキセントリックに取り入れられている。


さらに、前作で出尽くしたのではないかと思えたアイディア、クリエイティヴィティの引き出しはこの最新作でより敷衍されたように感じられる。ブラック・ミディの三者のクリエイティヴィティが作品の中で溢れ出た作品であり、それがl,これ以上はないくらい洗練された形で提示されている。末恐ろしいことに、彼らの創造性はその片鱗を見せたにすぎないのかもしれません。また、ボーカリストのジョーディー・グリープのヴォーカルスタイルが曲ごとに七変化し、曲のスタイルごとに俳優であるかのように、役柄をくるくる変えてみせるのも興味深い点です。

 

本来、文句をつけたくはないんですが、残念な点を挙げるとするなら、先行シングルの段階で、アルバムの重要曲がほとんど発売前にリリースされていたことでしょうか。これらの強烈なキャラクターを持つ楽曲の印象が強烈なものであったため、実際のアルバムが到着した時、先行シングルほどの鮮烈な印象をもたらすには至らなかった。アルバム到着とともに明らかとなった後半部には、爽やかなボーカルが活かされたジャズに触発された曲が見受けられ、前半部と対称的なメロウな雰囲気を漂わせながら、ラストを飾る「27 Question」ではアヴァンギャルドロックで「地獄の業火」の壮大かつドラマティックな物語はクライマックスを迎える。

 

このアルバムは、バンドの近作の中で最も野心的な部類に入り、また、実際のライブでどのような演奏が行われるのかとファンに期待させるものであると思われます。『Hellfire』は、先行シングルの際、ジョーディー・グリープがプレスリリースを通じて例示していたように、ダンテの『神曲』の地獄編のような幻想的で壮大なストーリーが描かれている。しかし、難点を挙げるなら、演奏力における創造性の高さが発揮されている一方、あまりに間口をひろく設けているため、音楽として核心にある「何か」が見えづらくなっている。最初の印象はかなり鮮烈なアルバムですが、聴くごとに印象が反比例するかのように薄れ、重点がぶれていってしまう。

 

しかし、Black Midiのサードアルバム「Hellfire」の最大の魅力はそのどこに行くか分からない危うさ、定点を置かない流動性にあるとも言える。これから彼等がどこに向かうのか、それは誰にも分からないが、少なくとも、本作は、YESの「Close To The Edge(危機)」、King Crimsonの「In The Court of the Crimson King(キングクリムゾンの宮殿)」に比肩するようなアバンギャルド性、アグレッシブさ、また凄まじい迫力を持った雰囲気のある大作であることは間違いありません。

 

Critical Rating:

 82/100  

 

 

Featured Track 「Hellfire」

 

 



Listen/Stream official:

https://blackmidi.ffm.to/hellfire

 


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 Pjusk&Chihei Hatakeyama   『Svaberg』

 



Fnugg Fonogram


2022.7.7



『Savaberg』は、ノルウェーを拠点に置くエレクトロ・デュオ、Pjusk,そして日本のアンビエント・プロデューサー、畠山地平の三者によって生み出された。リリース元のFnugg Fonogramもノルウェーに本拠を構えるレーベルである。それほど、頻繁なリリースは行っていないし、宣伝もほとんど行っていないが、近年ではカナダのプロデューサーLoscilの作品を発表している。

 

最近、畠山地平は、中国の三国志に題材をとったアンビエント・シリーズ「Void」を連続してリリースしている。Krankyからデビューした畠山は多作なアンビエントプロデューサーであり、デビュー時から一貫してアンビエントドローンの響きを追求している。自宅に複数のアナログミキサーを配置し、アコースティックギターの多重録音により独特なシークエンスを生み出すプロデューサーである。

 

畠山の最新作『Svaberg』 は、ソロ作品の延長線上にある。もっと言えば、最新作の「Void」シリーズの方向性をそのまま受け継いだかのような作品となっている。これまでと同様、ドローンアンビエントのアプローチを図っていて、多次元的でアブストラクトな音響空間が構築されている。

 

今回のノルウェーのエレクトロデュオ、Pjuskがどの程度作品に関わっているのかまでは言及出来ないし、また、実際に合って録音をしたのか、それとも、リモートワークで録音をしたのかまでは不明である。しかし、作品を聞くかぎりでは、おそらくメインプロデューサーは畠山地平が務めているのではないかと思われる。今回の作品『Svaberg』においては、コラボレーションの相乗効果というべきか、Pjuskの作品への参加が近年の畠山の抽象的なアンビエントにタイトさを与え、4曲という少ない収録ではあるものの、ダイナミックな作品に仕上げられている。

 

畠山地平のこれまでの作風と同様、一曲目から最終曲までひとつの「組曲」のような形式で書かれているのは、このアンビエントアーティストらしい作品といえるかもしれない。以前のインタビューにおいて、サティ、ドビュッシーといった近代フランスのアンビエントの源流にある作曲家の音楽を探求している、と畠山地平は語っていたのを覚えているが、特に、クロード・ドビュッシーの後期の作風にも近い抽象性がここに電子音楽という形式を取りながら表現されている。

 

大多数のリスナーは、このクロード・ドビュッシーの前奏曲に収録されている『La cathédrale engloutie(沈める寺)』のような存在感が希薄な音楽をここに見出すと思われる。音楽的に余裕があるため、聞き手の脳裏に何らかの風景を喚起させるかもしれないし、あらかじめ製作者が意図したものではない音を発見するかもしれない。さらに、リスナーは、この作品「Svaberg」をなんらかのデバイスを通じて再生するに際して、「始まったと思ったら、いつの間にか終わっている」ことを発見するかもしれない。いずれにせよそれは、音楽のこれまでとは異なる聞き方があるのを発見することでもある。参加型の音楽ーーこれがアンビエントの最大の醍醐味と言える。

 

聞き手が音楽に従属する(ぶら下がる)のではなく、それとは正反対に音楽に参加する能動的な余地がこの作品には込められている。それは、聞き手が音楽を通して自己という存在を認識するがゆえ、聞き手に多くに安心や癒やしの効果を与える。例えば、どぎつく迫力がある強烈な印象を持つ音楽は、確かに、聞き手に、いっときの精神的高揚を与えるかもしれないが、聞きすぎたとたん、疲れる音楽に変わる。それはなぜかというと、キャラクター、存在感を突き出した音楽を聞いている際、リスナーは、その場から消えているからである。その点に関していえば、今回の三者のプロデューサーは、ブライアン・イーノと同じように、聞き手を音楽の中に参加させる余地を与えている。『Svaberg』は、近年の畠山の作風と同じく、キャラクターや存在感を主張する音楽とはおよそ対極にあるアプローチが図られていることにも着目したい。

 

 

Critical Ratings:

82/100



 Viagra Boys  『Cave World』

 


Label: 2022 Year0001

Release:   2022年7月8日

 

 

先日リリースされた「Cave World」は、スウェーデン・ストックホルムのポストパンクバンド、Viagra Boysの2ndアルバムとなります。2021年の「Walfare Jazz」に続く作品で、同郷のThe HivesのPelle Gunnerfeldt,そしてDJ Haydnがプロデュースを担当しています。2020年の夏の後に元のトラックの手直しを行い、楽曲を全てを再録を行い、発表されています。

 

デビュー・アルバムがジャズ、ディスコパンクといった要素が色濃かったのに対し、今作は、ハイブスがレコーディングプロデュースを手掛けたこともあり、ガレージ・ロック、ノイズロック色が強まっています。どちらかといえば、より轟音性が付加されたといえる。これらの新世代のガレージロック/ディスコパンクの楽曲の合間に、エレクトロニカに近い楽曲が収録されています。


デビュー・アルバムの実験性は今作にも異なる形で引き継がれていて、ダンサンブルな要素がいくつかの曲に見られ、その点はライブで良い効果を発揮するといえる。しかしながら、前作に見られたポスト・パンクバンドとしてのひねりのようなものが消えてしまい、悪い意味でより商業的なロックに堕しているのが欠点のひとつに挙げられるでしょう。バンドのフリースタイルのライブのアバンギャルド性、無茶苦茶さが、前作よりも弱まっているという難点がある。それらは、エレクトロニカ寄りの楽曲を配置することで、微妙な均衡がたもたれてはいるものの、これらのエレクトロニカのアプローチはむしろバンドの破天荒な勢いを削いでしまっているように思える。

 

このあたりは聞き方だったり、何を作品に求めるかにもよるのかもしれませんが、アルバムとしてこのバンドの持ち味が立ち消え、オリジナル作品というか、リミックス作品のような形で提示されているのが惜しい点です。また、The Hivesのデビュー作のような鮮烈さがあるわけでもなければ、Wireの『Pink Flag』で見られるポスト・パンクの醍醐味があるわけでもないため、評価に困る作品です。

 

ポスト・パンク好きというよりかは、もしかすると、これはディスコ・パンク好きにヒットする作品かもしれない。また、もうひとつ難点をあげるなら、DJの作品なのか、ガレージロックの作品なのか、レコーディング/ミキシングの指針が曖昧であるように感じられる。つまり、バンドの曲が悪かったというのではなく、ミキシング/マスタリングの段階で何らかの問題があったように感じられる。同じような路線であれば、Foalsの最新作の方に軍配が上がるか。

 

 

Critical Rating:

65/100


 

 Wu-Lu   「Loggerhead」

 

 

 

Label:  Warp Records


Release: 2022 7/8


 

REVIEW


Wu-Luは、イギリスのクラブミュージックの最前線サウスロンドンを拠点に活動するプロデューサー。

 

「Loggerhead」をリリースするに際してイギリスのダンス/クラブ・ミュージックの名門レーベルWarp Recordsと契約を交わした。このアーティストは、サウスロンドンのロイル・カーナーと並んで、最注目するべきラッパーである。また、ウー・ルーは、リチャード・D・ジェームス、スクエア・プッシャーに続いてのワープレコーズの大型新人アーティストの台頭といえる。これまでに、Fader,Mojo,Crack,Quietusといった現地のメディアが手放しに絶賛したアーティストである。

 

このデビューアルバム「Logger Head」は、CD/LP,カセットの三形式で昨日に発売された。先行シングルとしてリリースされていた「South」を初め、いくつかの既発シングルがアルバムの中に収録しなおされている。 


「Loggerhead」の制作は、バックバンドのメンバーと共に、ウエストロンドンのパブ、ノルウェーにあるレコーディング・スタジオ「Betty Fjord Clinic」で録音がなされている。レコーディング/マスタリングの段階においては、実際のバンドのジャム・セッションを元にサンプリングを駆使し、音形の断片を繋ぎ、再演奏を繰り返しながら制作が行われている。ウー・ルーがノルウェーからイギリスのロンドンに帰国した際に、この作品は既にほぼ完成間近であったという。

 

Wu-Luの縦横無尽で奔放なアプローチについては、近年、流行のクロスオーバーというより、ジャンルレスを志向しているような印象を受ける。アルバム全体の一部分だけを捉えると、苛烈な表現もあるが、よく聴き込めば、冷静な一面を垣間見え、全体としてはバランスの良い作品に仕上がっている。


ジャケットのアートワークに示されるように、このプロデューサーの不安、罪悪感がテーマに掲げられ、その概念を元に、このプロデューサーの多面性が性質が音楽を通じてひときわクールに表現されている。ここには、ウー・ルーというアーティストの外交的な人柄が垣間みえたかと思えば、その正反対の内省的な一面が、曲の流れの中、入れ替わり立ち替わり姿を現すように感じられる。この多面性のようなものが「Logger Head」の大きな魅力といえるのかもしれない。

 

このアルバム『Loggerhead』はきわめて多彩な音楽性が繰り広げられる。ハイライトのひとつとなるLex Amor(ノースロンドンの女性ラッパー)をゲストボーカルに迎えた「South」では、ギターのローファイなサンプリングを元にし、ヒップホップ、グランジを融合させたアヴァンギャルド・ラップの領域に踏み入れる。さらに、アルバム発売の告知に合わせて最初の先行シングルとして発表された「Blame」では、ドリルンベースとロンドンの多彩なヒップホップを巧みに融合した実験的なサウンドを提示している。また、その他にも、現代的なダブ・サウンドをヒップホップに組み入れた「Ten」も収録されている。これらは、このアルバムの世界観を形作る一部にとどまるが、このアーティストの内面性を様々な音楽を介して取りまとめたようにも思える。

 

このアルバムの中で、もうひとつ注目しておきたいのが、サウスロンドンのクラブシーンの最前線を行くサウンドが示されている「Slightly」となる。ローファイ、ヒップホップ、アシッド・ハウスを組み合わせたこの曲で、ウー・ルーはプロデューサーとしての類い稀なる才覚を示している。ギターの演奏をサンプリングし、スライスし、リズムトラックと掛け合わせて、断片的なスクラッチサウンドをループさせることで、実にきわどいグルーブ感を生み出している。ウー・ルーは、この秀逸な楽曲において、グライム、ガラッジ、ベースライン、その他、様々なサウスロンドンのクラブシーンの系譜にあるリズム性を組み入れた音楽をクールに提示しているのが見事だ。


95/100

 

 

Featured Track  「South」

 




Warp Records Official Store :

https://warp.net/releases/307313-wu-lu-loggerhead



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 Fresh 「Raise Hell」

 

 


 Label:  Specialist Subject 

 Release:  2022年7月1日

 

Freshは、イギリス、ロンドンを拠点にするポップパンクバンド。今後、さらなる活躍が期待出来るグループだ。シンガーソングライターのキャサリン・ウッズ、ドラマーのダニエル・ゴールドバーグ、ギタリストのマイルス・マッケイブを中心に結成された。確かなことは言及できないものの、Freshはランデ・ヘクト擁する、Muncie Girlsと近い位置にあるバンドなのでないかと思われる。

 

バンドは、メロディックパンクの看板を掲げ、さらにエモの大ファンであることを公にしている。これまでに、フレッシュは、2017年にデビューアルバム「Fresh」を発表し、その後、2019年には「Withdraw」を発表している。


今作「Raise Hell」は、Freshの通算三作目のフルアルバムとなる。デビュー作を聴くと、ほとんど若気の至りとも呼べるような勢いだけで突っ走るようなパワーが感じられたが、その点は三作目のアルバムにも受け継がれている。本作には、彼らの爽やかな青春をメロディックパンクとして刻印したサウンドに加え、バンドアンサンブルとしてより洗練された音楽を楽しむことが出来る。

 

Freshの新作「Rase Hell」は、まるでこのグループがロンドンのどこかのライブハウスで演奏している音楽を、そのままレコードとして記録したようなドライブ感。そこには一点の曇りもなく、自分たちの青春を謳歌しようとする姿勢が表れ出ていて、例えるなら、夏の青空のような爽快感に彩られている。昔、”Fastbacks”というパンクバンドがアメリカに登場したが、そのバンドに近い爽快な雰囲気がある。パワー・ポップ、メロディック・パンクを絶妙に合致させ、ロンドンのニューウェイブパンクの叙情性を引き継いだような独特なエモーションが加味される。

 

今回のアルバムのハイライトとなるのは、#2「Morgan&Joanne」#3「Baby Face」の二曲である。前者は楽しげな雰囲気を麗しく象っており、後者は、シンセ・ポップとパワー・ポップを融合した”聞かせる”一曲となる。これらの楽曲には、バンドの人生を謳歌するような姿が垣間見え、音楽そのものに聞き手を楽しませる奇妙なパワーが潜んでいる。それは、落胆した人の心を支える力が込められているとも言える。また、このバンドは、近年、倦厭されがちなギター・ソロを積極的にバンドサウンドの中に取り入れている。演奏力は、それほど高いわけではないものの、演奏がパワフルなため、聞き手を引き込むような力を持っている。そのバンドサウンドの上にキャサリン・ウッドの純粋なヴォーカルが載せられ、独特なドライブ感のあるサウンドとして組み上げられる。その他、ホーン・セクションやエレクトリック・ピアノが導入されるという点で、実験的な音楽ともいえようが、その根本にあるのは、このバンドのメロディック・パンク、そして、スタンダードなロックに対する深い「愛情」である。それがとても明るい雰囲気であるため、バンドサウンドとして未完成なところはあるが、聞き手に痛快な気分をもたらす。

 

さらに、#9「We All Know」では、メロディックパンクの要素に加え、アイリッシュ民謡のリズム、そして、旋律進行を取り入れており、それは男性的なワイルドさとは異なるエモーショナルを滲ませている。この曲でも恐れることなくギター・ソロを展開しており、何かそこに頼もしさすら感じられる。

 

#10「I Know I'm Just a Phase To You」では、ブリットポップ、ネオ・アコースティック/ギター・ポップに挑戦している。ここには、スコットランドのサウンドの影響もはっきりと感じられる。さらに、エンディングを飾る#11「Why Do I」では、ファースト・アルバムの音楽性に回帰を果たし、いかにもこのバンドらしい明るさを持った若々しいパンクサウンドで幕引きを迎える。Freshのサウンドは、一見すると、無謀のようで、無茶苦茶のようでもある。でも、それこそ、パンク・ロックの最大の魅力を表している。そして、このサード・アルバムを聴くかぎりでは、Freshというバンドの明るい未来が見えるようである。それは、彼らの存在が底抜けに明るく、ほがらかで、純朴であるからだ。それはまた世の中を明るくする力を持っているとも言える。


 

 

 

Critical Rating

80/100 

 

 

Buy on  Specialist Subject:  

 

https://specialistsubjectrecords.co.uk/products/fresh-raise-hell-lp-cd-tape

 

 

Tower Records Online:  

 

https://tower.jp/item/5451320/Raise-Hell

 

 

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 Gwenno 「Tresor」

 

 

 Label: Heavenly Recordings

 

 Release: 2022年7月1日



グウェノーは、ウェールズのカーディフ出身のシンガーソングライターで、ケルト文化の継承者でもある。グロスターのアイリッシュダンスの「Sean Eireann Mcmahon Academy」の卒業生である。

 

グウェノーの父親、ティム・ソンダースはコーニッシュ語で執筆をする詩人としての活躍し、2008年に廃刊となったアイルランド語の新聞「ベルファスト」のジャーナリストとして執筆を行っていた。さらに、母であるリン・メレリドもウェールズの活動家、翻訳者として知られ、社会主義のウェールズ語合唱団のメンバーでもあった。

 

以上のような背景を持つ家に生まれたグウェノーではあるが、このシンガーは音楽を介して社会活動を行いたいというわけではない。グウェノーが本作で志すのは、純粋な音楽の表現をいかに少数言語を介して表現していくか、さらにウェールズ地方の特有の言語であるコーニッシュ語を歌として、ポビュラーミュージックとしていかに次世代に繋げていくかということに尽きる。

 

三作目のアルバムとなる「Tresor」は、アイリッシュ・タイムズ、イヴニング・スターを中心に先週の話題作として取り上げられたほか、ロンドンのラフ・トレードでのスペシャルリリースイベントも間近に控えている。熱心な音楽ファンを惹きつけているサード・アルバムは、ウェールズのコーニッシュ語という一般的な知名度を持たない言語で歌われているが、その特性を差し引いたとしても、聞きやすくて、蠱惑的なポピュラー・ミュージックが展開されている。

 

今年から、最初期の先行シングル「Men I Toll」をはじめとするリリース情報から明示されていたことだが、グウェノーはウェールズ地方の独特な民族衣装のような派手な帽子、そして、同じく民族衣装のようなファッションに身を包み、シーンに名乗りを上げようとしていた。それはいくらか、フォークロアに根ざした幻想文学、さらに、喩えとして微妙になるかもしれないが、指輪物語のようなファンタジー映画、RPGのゲームからそのまま現実世界に飛び出てきたかのような独特な雰囲気を擁していた。しかし、そういったファンタジックな印象と対象的に「Tresor」では、その表向きな印象に左右されないで、60、70年代の音楽に根ざしたノスタルジア溢れるポピュラー・ミュージックと現代的なエレクトロ・ポップが見事な融合を果たしている。

 

例えば、「アイリッシュ・タイムズ」は、ビョーク、クラウト・ロック、その他にも、サイケデリックの要素をこのアルバム「Tresor」に見出していて、それはこのアルバムを紹介する上で的確な指摘であるように思える。1970年代に隆盛をきわめたどこか懐かしのサイケ・ポップがこの作品では再現される。それがザ・ビートルズのチェンバーポップのようなノスタルジア、そして、このアーティストの持つファンタジックな雰囲気と合致を果たし、他の地域には見いだしがたい「ウェールズ・ポップ」とも喩えるべき個性的な音楽が生み出されている。


この特異な表現は、アルバム発売前にリリースされたリード・シングル「Tresor」「Men I Toll」で見受けられるエレクトロポップ、フォーク、トラッド、ケルティック、サイケを一緒くたにしたかのような複数のトラックは奇妙な印象を聞き手に与える。

 

このアルバムは、表向きには、清涼感があり、フィークロアに根ざした幻想性に溢れているように見受けられるが、それらは決して幻想的な絵空事だけを描いたというわけではないように思える。収録曲はメロディーがすぐれているだけではなく、スタイリッシュさを兼ね備えている。これは、グウェノーというアーティストが、アイリッシュ・ダンスをアカデミーで体系的に学習している影響がここに顕著な形で、それらの音楽を肌で痛感したアーティストにしか紡ぎ得ない表現、精神性がこのアルバムに体現されているかのように思える。さらに、これらの収録曲は、単なるポピュリズムに傾倒しているわけではなく、その核心には、手強い概念性のようなものが揺曳している。それこそがこのアーティストが伝えなければならない“何か"なのかもしれない。アルバム「Tresor」は、ボーカルトラックとしての十分楽しめる要素もあるけれど、その他にも、アバンギャルドな要素も取り入れられ、アンビエント、テクノを素地に置いた浮遊感のあるシークエンスを兼ね備えたインストゥルメンタル曲も作品の終盤をなす「Keltek」「Tonnow」に見いだされる。

 

歌詞についても、「コーニッシュ語」という一度は絶滅しかけたが、19,20世紀に復活した少数言語が取り入れられていることは、作品として個性的な意味合いを付け加えている。しかし、この言語の語感に耳を澄ますと、それほど響きが独特ではなく、例えば、私のようなアジア人にとっては、英語と響きの印象がそれほど大差ないように聴こえる。見方を変えれば、それを特異な言語、珍しい言葉として捉えず、ごくごく自然な言語としてこのLPの中で歌いこんでいる。もちろん、コーニッシュ語を聴いたからといって、多くの人は、その言語の意味を理解できるわけではない。けれども、理解しきれないものを伝えるために「音楽」という芸術形式は存在するのである。

 

「コーニッシュ」という言語に親しみがない人にとっても、アルバム「Tresor」で歌いこまれる少数言語は、響きに親近感が感じられ、やわらかな響きを伴っていることにお気づきになられると思う。先述したように、これは、グウェノーというアーティストが、コーンウォール地方の言語を自然に歌っているから、そのように音楽に表現としてしっかり定着しているのかもしれない。さらに、コーンウォールといえば、近年、「コーンウォール一派」が連想される。エイフェックス・ツイン、スクエア・プッシャーといったエレクトロニカシーンが盛んなイメージがあるものの、この地方のポピュラー・ミュージックの紹介者として、また、ケルト文化の重要な伝承者として、シンガーソングライター、グウェノーは、今後、イギリス国内のシーンでトップに躍り出る可能性もあるようにも感じられる。

 

Critical Ratings:

80/100

 

 

「Tresor」


 

 

 

 

『Tresor』 

Listen/Streaming: 


https://linktr.ee/Gwenno

 

 Downt   「Sakana e.p.」EP

 


 

  Label:  Downt

  Release Date:  2022年6月22日



フジ・ロックフェスティバル’22(Rokie A Go-Go)に出演が決定したDownt。東京にて、2021年春に、富樫・河合(くだらない一日)・ロバートの3人で結成されたインディーロックバンド。現在は、都内のライブハウスを中心に精力的な活動をこなしている。

 

6月下旬にリリースされたEP「Sakana」は、このバンドの音楽の方向性をよりリスナーに明確に示した作品となる。さらにバンドの今後を占うような作品ともいえるかもしれない。ミッドウェストエモを下地に、ルイヴィルのポスト・ロックをコアなバンドサウンドを加味し、そこにJ-POPに近い女性ボーカルを特徴としている。昨年、リリースされたセルフタイトルのフルアルバムでは、マスロック色が強すぎたため、マニア贔屓のサウンドアプローチだったが、この最新EPでは方向性が様変わりし、より多くのリスナーの耳に馴染む、親しみやすさが引き出されている。

 

オープニングトラック「-1.-」から、二曲目「シー・ユー・アゲイン」の流れを見ても分かる通り、アメリカンフットボールを思わせるクリーントーンのアルペジオを活かしたミッドウェスト・エモの音楽性は健在である。

 

さらに、それに加え、今作では、アンニュイな女性ボーカルのフレージングがより叙情的な雰囲気を生み出している。同じく関東を拠点に活動するマスロックバンド、Picture of Herの繊細かつしなやかなギターフレーズが女性ボーカルのフレージングと絶妙な融合を果たしているのが見事である。


その他にも、近年のアメリカのメロディック・パンクシーンに呼応する形で疾走感に溢れ、パンチの効いた楽曲も収録されている。「minamisenju」では、トゥインクル・エモの麗しさが演出され、ここには激情性と繊細性が掛け合い、独特な表現性として紡ぎ出される。東京のパンクシーンで培われたタフさがここに示されたかと思えば、さらに、「fis tel」では、Nature Living、Start Of The Dayを彷彿とさせる東京のインディーロックの真髄が目眩く様に展開される。

 

その他、2010年代の東京オルタナティヴシーンの影響を受けたピクチャレスクな興趣を持つ「I Couldn't Have」で淡い叙情性を滲ませつつ、「Sakana」の持つ海のように青い世界は、ゆるやかに閉じていく。このEPを聞き終えた後には、何らかのせつない余韻にじんわり浸ることができる。 

 

 


76/100

 

 Martin Courtney  「Magic Sign」

 

 

Label:  Domino

Release:2022年6月24日



マーティン・コットニーは、ファンはご存じのことと思われますが、Real Estateのボーカリストとして活躍するミュージシャンです。「Magic Dsign」はマーティン・コットニーが、ソロアーティストとしてドミノとの契約を結んでのデビュー作となります。


このアルバムの制作のエピソードとして、マーティン・コットニーはニュージャージー州の子供時代の思い出に回帰を果たそうとします。ニュージャージ州はすごく緑が多く、きれいな場所が多い。子供時代の彼の目には、(我々がかつて皆そうであったように)すべてのものが新鮮に美しく映ったはずです。そして、彼は、家の近くを遊び回っているうち、時々、迷子になってしまった。そんな中、家に帰るための手立て、導きとなったのが、この「Magic Signー魔法の印」というものでした。それは、不思議なことに、彼が家に帰る導きのように思えたことでしょう。そういった、ジョージ・オーソン・ウェルズの文学に垣間見えるようなノスタルジックでファンタジックなサウンドが展開されていくのが「Magic Sign」の大きな醍醐味といえそうです。


マーティン・コットニーの音楽性は、サーフサウンドとインディーロック/フォークの融合というテーマを持ち、2010年代の西海岸のシーンに台頭したReal Estateの延長線上にあり、それほど癖のない爽やかなインディーロックが繰り広げられています。おそらくリアル・エステイトの傑作「Beach Chamber」、「Atlas」を聴いたことがない人にはうってつけの作品といえそうです。

 

ギターのリバーヴとアコースティックギターを重ね、ソングトラックに独特なグルーヴ感を引き出す手法についてはバンドの方向性と合致する。マスタリングについては、バンドサウンドよりも遠くに聴こえるような処理がなされ、バンドよりも曲の輪郭がはっきりとしています。さらに、シンセサイザーでチェンバロの音色を使用していることから、マーティンはこの作品において、音感の良さを活かし、チェンバーポップ寄りのアプローチを図りたかったように思えます。それは、オープニングトラック「Corncob」で功を奏し、ザ・ビートルズやギルバード・オサリバンのような、往年のポップスの深い味わいのあるポップスソングに仕上げられています。

 

アルバムはそれほど起伏はないように思えるものの、時々、このアーティストの遊び心が込められているのがとてもおもしろいです。例えば、「Sailboat」ではディストーションの強い鮮烈な印象を持つインディーロックに挑戦し、「Time To Go」では、シンセポップとポップソングの融合と、バンドでは見られなかったようなタイプのトラックも収録されているのにも注目です。

 

ただ、リアル・エステイトと比べて、劇的な変化があるといったら、それは誇張になるかもしれません。マーティン・コットニーは、依然としてリアル・エステイトの2009年から2021年にかけての音楽に心を置いているため、グループのサウンドから脱却しきれていないようにも思える。「Saiboat」「Time To Go」のような曲でソロアーティストらしい特性が伺えたと思ったら、その「Magic Sign」の冒険の世界がしぼんでいき、閉じてしまい、作品のクライマックスで、完全にリアル・エステイトに戻ってしまったことだけが少し残念。マーティン・カットニーは素晴らしいソングライターであることには変わりないので、今後の作品によりソロアーティストらしさが引き出されるようになることを期待したいところです。



75/100 

 


 Perfume Genius 「Ugly Season」

 

 

 

Label: Matador 

 

Release: 2022年6月17日 

 

アメリカのソロアーティスト、パフューム・ジーニアスの新作「Ugly Season」は正直なところ批評が難しい。つまり、解きほぐし難い音楽のひとつである。それはなぜなのか、以下で説明していきたいと思う。

 

最新アルバムは、アート・ポップの最前線を行くもので、このソロアーティストの命題「同性愛者としての苦悩」がかなりリアルに描き出されている点では、センセーショナルな雰囲気を持つ。この作品「Ugly Season」は、多くの人に、そういった社会問題を提起されるような喚起力が込められている。

 

海外だけでなく、日本のリスナーの間でも、既に、様々なアーティストとの比較、ビョーク、デビッド・ボウイといったアーティストとの比較もなされているが、それらは、このミュージシャンの数々の魅力・・・数奇なスター性、そして、カリスマ性を端的に表していると言えるかもしれない。

 

パフューム・ジーニアスの場合は、大衆音楽のアバンギャルド性を引き継ぎ、現代音楽、モダンジャズといった表現に踏み込んでいく。アルバムは、パフューム・ジーニアスの多彩な音楽の背景を伺わせ、壮大なチェンバーポップ、プリペイド・ピアノをシンセサイザーを駆使し、ポピュラーミュージックとして組み直したものまでかなり幅広い表現が見いだされる。「Pop Song」では、北欧のポップスにも近い作風に挑戦する。その中には、爽やかな質感を持った把握しやすい楽曲も収録される一方、このアーティストらしさのある内省的な趣のある曲がそれらと対比的に並置されている。

 

いつものことながら印象論になって恐縮ではあるけれど、パフューム・ジーニアスのボーカルを聴いていると、内省的という印象を越え、ときに、内面的な閉塞感の息苦しさのような思いまで感じ取られる場合もある。これは、パフューム・ジーニアスにとっての同性愛者としての生き方が、社会として、辛く、閉塞感にまみれていることを表している、依然として、LGBTといった概念が世界的に普及したとしても、その考えが一般に浸透しておらず、奇異な存在として見られている、という困惑のような思いを音楽を介して表現しているように感じられる。おそらく、多分、パフューム・ジーニアスの目の向こうに広がる世界はすごく未完成で、すごく息苦しいものなのだ。

 

最新作のパフューム・ジーニアスのボーカルを聴いていると、何かに近似しているように思える。それは、同性愛者の画家として活躍したアイルランドのフランシス・ベーコンのアートである。


フランシス・ベーコンの絵も奇妙で、幼少期から喘息を患っていたせいもあってか、作品群には常に閉塞感が漂い、感覚的な息苦しさが籠もっている。時に、マイノリティーにしか理解し得ない抽象的表現は、本当に、絵の中に、奇妙なガラス、存在を取り巻く膜のような事物として描かれる。閉所恐怖症でない鑑賞者にとってこれは、かなりグロテスクで奇妙に思えるが、理解出来る部分も少なくない。その閉塞性は、絵の中に実存する「誰か」を常に苦しめる。けれども、こういった閉塞感のようなものは、どの世界にも、普遍的に存在するものではないだろうか??

 

パフューム・ジーニアスの音楽は、フランシス・ベーコンのデフォルメの絵画に近い雰囲気が込められている。壊れやすく、薄い、四方の鏡のようなものに包まれている。表向きには、きわめてセンシティヴだが、反面、奇妙な癒やし、共感性がこのアルバムに感じられるのもまた事実なのだ。

 

全ての表現が研ぎ澄まされているとは言いがたい。ときに奔放すぎるため、乱雑な印象を聞き手に与える。しかし、肯定的な見方をすれば、パフューム・ジーニアスは、感覚的な形而下の概念を音楽として表そうとするから、どうしても現時点ではそういった表現性にならざるをえないとも言える。

 

作品全体には、アルバムジャケットに描かれる感覚的な実存のゆらめきのようなオーラが空間を漂い、その中心に奇妙なギザギザした棘が突き出ている。それはこのアーティストが存在として社会の中でせめぎ合う姿が表れ出ている。それは、世の中の徹底的な偏見や無理解に対する諦観にも似たやるせなさなのか・・・、それでも、これこそ、このアーティストの持つ最大の魅力である。もちろん、それは、パフューム・ジーニアスと同じく、LGBTQの境遇に置かれていないリスナーにとっても何らかの共感を呼び覚ますものと思われる。束縛感のある息苦しい社会に前向きに生きようとするアーティストの感覚的な力強い表現がこのアルバムでは最大限に引き出されている。またそれは同じような苦しみ持つ人たちに大きな勇気をあたえるものであると思う。


critical rating :

80/100

 

 


Buy on Matador Records :   https://store.matadorrecords.com/ugly-season



 Rachel Sarmanni 「Every Swimming Pool Runs To The Sea」EP

 

 

 

 Label: Jellygirl Records

 Release: 2022 6/16





スコットランドのフォークシンガー、レイチェル・サーマンニの新作EP「Every Swimming Pool Runs To The Sea」は、穏やかで心地良いコンテンポラリーフォークの良盤に挙げられます。

 

レイチェル・サーマンニは、元々、2012年に、デビュー当時は、The Herald、スコットランドの新聞で新星フォークシンガーとして特集を組まれている。デビュー作は、スコットランド国内で12位を記録した。その後、ラフ・トレードからリリースを行っていますが、それほど大きな世界的なヒット作には恵まれていません。しかし、このシンガーソングライターの今作で提示する音楽は、感じが良いもので、このシンガーの性格を作品として反映しているように感じられます。レイチェル・サルマーニのフォーク音楽は、口当たりが良いだけではなく、男性的なボブ・ディランとは相反する女性的な渋さにあふれている。それは歩んできた人生をそのまま反映しているともいえ、この新作EPにおいて、サルマーニは幼年時代の記憶から引き出される純粋なロマンスを、コンテンポラリーフォークとして綿密に組み上げようとしている。

 

意外に、スコットランドのフォークというよりかは、アメリカのフォークに近い性格も持ち合わせていて、例えば、Adrian Lenkerのソロ作品がお好きな方であれば、本作はうってつけの音楽となるはずで、2019年にリリースされたアルバム「So It Turns」に比べると、物語性はいくらか薄められてはいるものの、終始、穏やかで、温和で、平らかなフォークミュージックが一貫して提示されている。「Every Swimming Pool Runs To The Sea」で繰り広げられるコンテンポラリーフォークは、1970年代の音楽の良い側面を現代に引き継ぎ、フィドルをはじめとする楽器こそ導入されてはいませんが、セルティックからの伝統性もフレーズの節々に滲み出ています。さらに、二曲目の「Soak Me」では、ミニアルバムの中で最もドラマティックさがあり、突如として、ディストーションギターが、叙情性あふれるアルペジオを縫うようにして導入される。


レイチェル・サーマンニは、今回のささやかなフォークギターの曲集において、オープニングを飾る「Aquarium Kisses」に象徴されるように、幼い時代の水族館でのロマンチックな思い出ーー水槽越しの魚とのキスーーを、このささやかなミニアルバムの中にそっと込めています。当時のサーマンニにとって、その出来事はすごくスリリングだったはずで、その純粋な子供の頃の感動をフォークミュージックを通じて呼び覚まそうとしています。それは、聞き手に、同じような癒やしの効果を与え、さらに、子供時代の記憶を心地良く呼び覚ましてくれるはずです。

 

今作のフォーク音楽を彩るレイチェル・サーマンニのアコースティックギターの繊細で慎ましやかなアルペジオは、ストーリングテリングするかのようでもあり、その演奏は、澄明さにあふれています。さらに、メロディーとリズムのバランスを絶妙に保っているサーマンニのギターの演奏は、温和で包み込むような雰囲気のあるボーカルと相まって、スコットランドの牧歌的な風景を思い起こさせる。日曜の午後を、優雅で、心楽しいひとときに変えてくれるような素敵な作品です。



  

 without 「Be Corny」

 

 



 Label: Raft Records 

 Release: 2022年6月15日 


Listen/Stream



withoutは、横浜のエモ/メロディックパンクバンドで、大学の軽音楽部出身の四人で結成された。


withoutは、特に、東京、八王子の伝説的なエモーショナル・ハードコアバンド、Malegoatの系譜を受け継いでいるグループのように思われる。(Malegoatは、アメリカのインディーエモシーンと深い関係を持ってきたバンドで、2010年代にAlgernon Cadwallderとのアメリカツアーを行い、さらにempire! empire!とのスピリットCDもリリースしている)実際、アルバムの録音は、Malegoatのレコーディングを手掛けた林が担当し、アートワークについては、たざきかなりが手がけているという。

 

withoutの実際のサウンドについては、アメリカのインディー・エモに対する親しみが込められている。ペンシルバニアのsnowing、フランスのエモバンド、sport、ニューハンプシャーのperspective,a lovely Hand to Hold,カルフォルニアのOrigami Angel、マイルドなところでいえば、Oso Osoの音楽性を彷彿とさせる。これらのバンドのファンにはきっと願ってもない良盤になると思われる。

 

疾走感のあるスピードチューン、無骨さのあるサウンド、シンプルなコード進行、ギターの技巧的なアルペジオ、そして、激情系のエモーション、これらが相まって生み出されるwithoutのバンドサウンドは、上記のバンドに比べて遜色がないどころか、 インディーエモの醍醐味であるせつなさという側面で、上回っている部分もある。本作に記録されている、英語と日本語の混交によるライブサウンドは、スタジオ・セッションで生み出されてきたのではなくて、数々のライブハウスでの出演経験を積み重ねるごとに、必然的にそうなっていったものなのだ。

 

withoutの音楽は、生きているがゆえ、力強い。東京であれ、横浜であれ、その土地土地の独特な空気感を音に染み込ませているからだ。これらは、バンドとして活動していく上で、メンバー間の人間関係の深さ、長く人生を共に過ごした時間が、この四人だけにしか紡ぎ得ない感情の機微として現れ、さらに最終的には、特異なエモーショナルを必然的に生み出す。それは、スタジオセッション形態のバンドには作り得ない、味わい深いライブサウンドでもある。


「Be Corny」は、2022年現在の横浜や東京に点在する小さなライブハウスのスピーカーやモニターから流れている音楽を反映している。だからこそ、貴重であるし、聴き応えがある。「Be Corny」に記録された音は、そこに生きていて、流動的でもあるのだ。

 


Critical Rating:

78/100

 


 

 

 

 

Tower Records Online:   https://tower.jp/item/5452330/Be-Corny

 

diskunion:  https://diskunion.net/punk/ct/detail/1008491879

 Weired Nightmare 「Weired Nightmare」

 

 


 Label : Sub Pop

 Release: May 20th,2022

 

 

Weired Nightmareは、カナダのロックバンドMETZのギタリスト、Alex Edkinsによるソロ・プロジェクトで、今作は、彼の記念すべきデビュー作となる。サブ・ポップのホームページに掲載された紹介文によれば、「The Amps(キム・ディールのバンドプロジェクト)がBig Sarをカバーしたような、あるいは、Guide By Voicesクラシック時代の華麗でヒスキーなミニチュア叙事詩とCopper Blue時代のSugarの豪快さを組み合わせたような、耳にした瞬間にゾクッとするタイプの曲であり、大量の赤い線のディストーションをカットしたような、そんなイメージである」と書かれている。


また、以下のような説明が付け加えられている。この10曲は、すでに確立されたエドキンスのソングライティングの新しい側面を示しているが、『Weird Nightmare』の大部分はCOVID-19の流行中に録音されたにもかかわらず、その曲のいくつかはデモの形で2013年にまでさかのぼる。

 

「Weired Nightmare」は、およそ、9年間という長い歳月にわたってソングライティング、レコーディングが行われた作品である。

 

 

このデビューアルバムについて、アレックス・エドキンスは、どのように考えているのだろうか。

 

「フックとメロディーは常に私の作曲の大きな部分を占めていましたが、今回は本当にそれがメインになりました "と彼は説明します。"自然に感じられることをやるということだった"。

はっきり言って、『Weird 『Nightmare』は「パンデミックアルバム」ではなく、長い間温めていたアルバムで、たまたまパンデミックの間にレコーディングされたものなのです。

 

「これらの曲を完成させるつもりだったが、METZのツアーに参加できず、ロックダウンを余儀なくされたことが背中を押してくれた」。

 

息子のために家庭学習をした後、エドキンスはMETZのリハーサル室に車で行き、夜遅くまでこれらの曲の偽りのないシンプルな構造と豊かで静的なテクスチャーをいじっていたのだ。「それは私にとって天の恵みでした」と彼は創造的なプロセスについて述べています。

 

「時間が経つのも忘れて、音楽に没頭してレコーディングしていた。それは美しい逃避行だった」

 

しかし、そういった九年という製作期間の長さについて考え合わせたとしても、実際のアルバムを聴いた印象としては、それほど労作という雰囲気は滲んでいない。それに、長いという印象もほとんど感じられない。音楽は、アレックス・エドキンスの子供のように夢中になって楽しんだ美しい時間が瞬間的に流さっていくのだ。デビューアルバムに収録されている全10曲は、例えば、SuedeのUKポップを下地にした、心楽しい純粋なギターロック・ナンバーがずらりと並んでいる。オープニングトラック「Searching For You」からノイジーなパワー・ポップが遊園地のジェットコースターのようにめくるめくさまに通り抜けていき、それほど時代性を感じさせない、痛快なギターロックの王道が芯のように底流に通っている。リリース日を伏せて聴くと、1990年代のブラー、オアシスのアルバムを聴いているような錯覚すらある。そして、歌い方自体も明らかに、ブリット・ポップを基礎においているのも興味深い点といえるか。

 

このデビューアルバムの収録されている中で、最も痛快なのは、The Whoの「The Kids Are Alright」を彷彿とさせる「Lusitania」ではないだろうか。ここでは、往年のロックの名曲が、半ばヤケクソまみれで展開される。しかし、そこにAlex Edkinsの純粋なUKロックに対する並々ならぬリスペクトが滲んでいるため、曲自体はきらりと光り輝き、奇妙な痛快さを滲ませているのだ。

 

作品全体の解釈としては、 ギターロック/ブリットポップの再定義という印象を受けるのだが、そこには、パワー・ポップに近いメロディーの甘さが滲んでいるのが、ワイアード・ナイトメアの最大の長所であるといえるかもしれない。さらに、ここには、サブ・ポップが説明しているように、The Amps、Big StarといったUSのインディーロック/パワー・ポップに対するリスペクトも感じられる。その他、狂乱的な雰囲気の中にひっそり隠れるような形で、初期のベル・アンド・セバスチャンのように瞑想的なインディーフォーク「Zebra Dance」が収録されている。 こういった緩急のあるギターロックナンバーが嵐のように過ぎ去っていった後、アルバムのフィナーレを飾る「Holding」だけは、作品の中で異彩を放っている。ここには、甘さの後にやってくるガツンとしたスパイスのようなものが感じられ、例えば、1990年代終盤から2000年代にかけてのGuide By Voice周辺の音楽を一つ残らず聴き込んできた、というようなAlex Edkinsの流儀のようなものが最後のさいごで提示されている。そして、その意思表明のようなものが、このアルバムの印象を力強くしている。それは例えば、モグワイが「Young Team」を提げてスコットランドから劇的な登場を果たした時のような力強さが込められているのだ。

 

アレックス・エドキンスのソロプロジェクト、ワイアード・ナイトメアの音楽は、新奇性を衒ってはいない。しかし、近年のミュージックシーンの象徴的な意味合いを持つような作品である。一般的な、世界の社会情勢としては国際的なグローバル化は終焉を迎えており、瓦解が進んでいき、西洋とその他地域の分裂化が進んでいるのにもかかわらず、その社会情勢に反して、世界の音楽シーンを俯瞰してみると、アーティストのグローバル化が進んでいるような事実性が最近の複数のアルバム、特に、「Weired Nightmare」には込められているように思える。もはや、サブスクリプションが普通となった時代において、音楽における地域性という要素は、薄められつつあるのか? この後、音楽の「単一化」と「分裂化」、世界のいたる場所のミュージックシーンにおいて、こういった対極的な流れが出来ていくと思われるが、少なくとも、エドキンスがこのデビュー作で生み出したのは前者であり、つまり、言ってみれば、彼が今作で生み出したのは「世界音楽」といえる。「Wired Nightmareー奇妙な悪夢」・・・、それは、この年代の音楽を知る人にとってはノスタルジアを感じさせもし、もちろん、この年代のインディー音楽を知らない世代にとっても、奇妙なロマンチシズムを感じさせる作品となるはずだ。

 

 75/100

 




Listen/Buy: https://www.subpop.com/releases/weird_nightmare/weird_nightmare