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Rachel's 「Music For Egon Shirle」



Rachel'sは、現代音楽ピアニスト、レイチェル・グリムを中心として結成されたアメリカ、ケンタッキー州の小編成の室内楽グループ。

この音楽集団は、基本的な編成自体は五人で、ピアノ、チェロ、バイオリン、ビブラフォーン、オーケストラ楽器に加え、エレキ・ギター奏者、Jason Noble(ex.Shipping News,rodan)が参加していたところが興味深い特徴でしょう。


表面的な音楽性というのは、古典音楽風でありながら、サンプラーなどを導入している部分を見ると、ポスト・クラシカル、ポスト・ロックの括りの中に分類しても不思議なところがないグループです。


元々のデビューの経路も「TOUCH&GO Records」、アメリカのポスト・ロックシーンの総本山ともいえるレーベルから枝分かれした「Quarterstick」から音源リリースしています。 

 

 

 

このアルバムは、Rachel'sの二作目にして彼等の音楽がひとつの完成形を見せた作品として挙げられます。

前作のデビューアルバム「Handwriting」は、Jason Nobleの独特なエレクトリック・ギターがフーチャーされていたので、ロック、フォーク色も感じられる音となっていますけれど、この二作目から古典音楽の弦楽重奏の雰囲気を押し出していくようになっていきます。エゴン・シーレという画家人生のワンシーンを切り取り、コンセプト的なニュアンスを交えて表現したアルバム。


全体的には、チェロの温かみのある低音とピアノの美しい音色、それが合わさってひとつの音楽を作り上げていくのがレイチェルズの特徴。アルバム全体が温和で落ち着いた印象に彩られています。


このアルバムの中で際立って優れているのはEgon Schieleに捧げられた、レイチェル・グリムのうるわしいピアノ演奏を前面に押し出した楽曲「Wally&Models in the studio」。 

 

絵画好きの方はご存知でしょう。これはエゴン・シーレの有名な絵画、「Portrait of Wally」に題を採った楽曲です。 

 

 

Egon Schiele - Portrait of Wally Neuzil - Google Art Project.jpg
Austrian painter (1878-1918)">Egon Schiele

 

エゴンシーレの独特な色使いと可愛らしい印象のあるこの絵画に対する、レイチェルズのオマージュというのは、どことなくではありますけれど、ピアノの伴奏とチェロの重厚で温かみのある主旋律があいまって、涙を誘うような切ない哀感に彩られています。

もう一曲の「Egon&Wally Embarace and Say Farewell」の方はこの題名にも見える通り、画家エゴンとモデルシーレの別れの情景を、音楽という形で描出したものと思われ、レイチェル・グリムのピアノがしんみりと奏でられ、しかし、それはただのセンチメンタリズムにとどまることなく深い情感に彩られているのは、この曲がヨハネス・ブラームス的な堅固な構成によって、綿密に音が紡がれているから。この曲で理解できるのは、レイチェル・グリムの非常に巧みで叙情性のある演奏であり、これは他のすぐれた現代演奏家にも引けをとらない情感がにじみ出ています。


このアルバムは、全体がストーリーのようになっていて、映画のサウンドトラックのようにたのしめなくもないでしょう、但し、その映画というのは、自分の頭で空想上のものとして、こしらえねばなりません。


これは、レイチェルズという音楽クループの聞き手にたいする挑戦のようなもので、みずからのイメージを駆り立てることにより、さらに音楽だけではなく、エゴン・シーレの絵画の価値をあらためて別の側面から捉え直すこともできるようになるはずですし、この名画を何らかの形で鑑賞しながら聴いてみても、その旨味がじんわりと感じられるはず。


このアルバムは、一度聴いただけでも、なにか琴線に触れるものがあり、さらに聴くたびに、じわりじわりと美しい色彩が滲み出てくるような、まさに麗しい絵画のごときの興趣のある素敵な作品となっています。



Nils Frahm 「Wintermusik」


Nils Frahmは、ドイツの若手気鋭の音楽家として、ピアノ曲を中心として電子音楽を駆使して、先鋭的な楽曲をリリース続けています。


ニルス・フラームのごく簡単なバイオグラフィーを紹介しておくと、フラームの父親がECMレコードのアートワークのカメラマンを務めており、若い頃から、ECMをはじめとする上質な音楽に接してきた経緯があるからか、他のポストクラシカル界隈のアーティストと比べ、抜群のセンスが感じられる音楽家です。 そもそも芸術というのは、技術というのはそれなりに鍛錬によって向上しますが、根本の才能という面ではどうにもならない生来由来のものであるといえ、Nils Frahmは現代に華々しく蘇った古典音楽のピアニストのような華々しい雰囲気があります。


 

 

 ニルス・フラームの2009年のデビュー作「Wintermusik」は全三曲収録。EPとしてのリリース。 


一曲目の「Ambre」は、このポストクラシカルというジャンルを象徴するような名曲で、ドイツ・ロマン派の系譜に位置づけてもおかしくない気がします。シューベルトの考案した「ソナタ形式における叙情性のあるB楽章」という概念を引き継いでいて、そのところに、彼の東欧の音楽家としての深い矜持が感じられます。移調がうまい具合に交互に配置されることにより、非常に対比的な構造が見いだされます。またそこにGlockenspiel の音色がキラキラした輝きを放っています。

 

特に楽曲が全然飽きが来ない作品です。聴き応えを十分にしている要因というのは、しっかりとした構成がなされ、対比的なAーBーAという楽章が形作れている点にあって、この展開力というのが、他のポスト・クラシカル界隈の作曲家と異なる特質をもたらしています。


おそらく、ニルス・フラームはなんらかの形で、古典音楽の作曲の基本というのを習得している感があり、また実際の演奏者としても同じことがいえます。彼は、ピアノの基本的な技法を実際の演奏する上で大切にし、左手の伴奏の上に歌うように弾きこなされる主旋律という演奏の基本を、体系的な音楽を授けられたのでもないのに熟知しています。音楽にたいする知見、経験が若い頃から培われてきたからこそでしょう。 

 

二曲目の「Nue」は、Glockenspielの印象的なイントロから始まり、そのフレーズをピアノが引き継いでいきます。最初は長調であった曲が短調に移ろい、そして、そこの哀愁のあるアコーディオンの音色が加わってくる。


3つの楽器が重なり合うようにして、より、深度のある音響世界を形作っています。やがて、曲はいくつかの連結部の転変を経て、元の印象的なモチーフへと戻っていきます。曲の最終盤のアコーディオンの哀愁のあるブレスの反復がこの曲に何か異様な説得力を与え、やがて、その音色は徐々にフェードアウトしていく。

 

三曲目の「Tristana」も、一曲目、二曲目のミステリアスな雰囲気を引き継いでいて、他の曲に比べると、映画のワンシーンの中に流れるサントラ曲のような風味が感じられるようです。


前二曲と同じようにGlokenspielとアコーディオンがピアノの演奏を美しく飾り立てている曲です。短調がメインの曲の中にときに、長調的な左手の伴奏が加わることで、曲の雰囲気を暗くもなく、明るくもない、きわめて思索的な音楽性としています。


途中から、多重録音のピアノの高音とパーカッションが加えられ、そこに、ホーンのようなアコーディオンの迫力ある音が付け加えられ、さらに曲は不可思議な雰囲気を醸し出していきます。


途中に、プリペイドピアノ的なエフェクト効果がほどこされているところは圧巻といえ、また、ジャズのインプロヴァイゼーション的なピアノのフレーズの運び方は、ほとんど鳥肌のたつそうな凄みというのが感じられます。

 

 Nils Frahmは何より、この複雑で完成度の高い楽曲を自宅のブースでレコーディングしてしまっているところが、まず信じられないというべきか、畏れ多いようなところのあるアーティストです。


彼の音楽に対する真摯な考えというのは、このデビューアルバムから顕著に感じ取られます。それはいまだ彼の音楽性や活動のモチベーションを支え続けている気がします。作曲スタイルと言う面でも、サウンドエフェクトという面でも、巧緻な資質を持っているアーティストで、彼の楽曲というのは、のちのポスト・クラシカルと呼ばれるアーティストたちに与えた影響は計り知れないものがあると思われます。


もちろん、ピアノの後ろにある木のハンマーの弦を叩く音を強調したサウンド面において、このアルバム以前には存在しなかった特異な音楽性といえ、後のポスト・クラシカルというジャンルの方向性をほぼ決定づけてしまった記念碑的作品として、このアルバムは音楽史の名碑にしっかり刻まれるべきでしょう。