インディペンデントレーベル作品のビルボード・チャートの席巻

 



USビルボード・チャートでは、これまで少なくともマーケティングの面で優位にあるメジャーレーベル一強の時代が続いていたが、最近、その流れが徐々に変わってきているように思える。

 

昨年までは、イギリスのシンガーソングライター、アデルのアルバム「30」が売れに売れていた。これは予測できたことであるが、依然として、メジャーアーティストの音楽市場における強い影響力を示していた。しかし、新たに年が変わり、2022年のアメリカのビルボードチャートに異変が生じている。

 

今年に入り、USビルボードチャートの上位にランクインしつづけている現在最もホットなアルバムは大まかにいうと以下の3作品である。

 

 

・モダンR&Bシーンを牽引するアメリカ国内で人気のアーティスト、The Weekndの「Dawn FM」  

 

 

・日系アメリカ人のシンガーソングライター、Mitskiの「Laurel Hell」  

 

 

・アメリカ国内のインディー・ロックバンド、Beach Houseの二枚組「Once Twice Melody」



 

上記の3つのアルバムは、USビルボード・チャートの主要部門、トップアルバムチャートで上位を独占している作品で、今、アメリカ国内で最も話題性のあるアルバムである。ザ・ウィークエンドの「Dawn FM」については、ユニバーサル・ミュージックがリリース元であるため、メジャーアーティストに属する。しかし、一方、他の2つのアーティストについては、インディペンデントレーベルに所属するアーティストであるのが驚きである。Mitskiは、ポップス、アンビエント、エレクトロまで、幅広いジャンルのリリースカタログを誇るデッド・オーシャンズに所属。Beach Houseにいたっては、1990年代からアメリカのインディーシーンを牽引してきた、いわばインディペンデントレーベルの体質が色濃いシアトルのサブ・ポップからのリリースである。  



Beach House at House of Blues San Diego on July 1 2012.jpg 新作アルバムが好調なセールスを記録しているボルティモアのインディーロックバンド、Beach House CC 表示-継承 2.0, リンク

 

つい最近、シンガーソングライターのMitskiがトップアルバムチャートの初登場五位(類型的な測定によると初登場一位)を獲得し、アメリカ国内で大きな話題を呼んだことは、既に以前の記事で述べた。

 

そして、このシンガーソングライターに続き、ビーチ・ハウスのトップチャート入りも近年の音楽市場の変化の予兆を表している。 

 

これまで、ビーチ・ハウスは、2006年からインディーアーティストとして、幾つかの良質なアルバムを発表してきた。NYのブルックリン周辺のWild Nothing、Black Marbleを始めとするリバイバルサウンドシーンの流れを受けたビンテージ感のあるロック・ミュージックを彼らは提示している。

 

上記のバンドと同じように、ビーチ・ハウスの音楽は、ディスコ、テクノサウンドにとどまらず、音楽性の中に、ドリーム・ポップやシューゲイズのような陶酔感のある旋律を擁している。もちろん、これまでのビーチ・ハウスの既存リリース作品は、オルタナティヴ・ロックの2010年代の流れを象徴づける作風であるため、国内外のコアな音楽ファンの目に止まることはあったにせよ、メインスターダムに躍り出るとまでは想像できなかった。事実、これまでの旧作リリースで、ビーチ・ハウスは、ビルボード200チャートに一度もランクインしたことはなかった。

 

ところが、彼らが2月下旬に発表した新作アルバム「Once Twice Melody」はリリース後、好調なセールスを記録し、USビルボード200チャートで見事、初登場12位にランクインを果たしてみせた。

 

これは、現代アメリカの音楽市場の潮流の変化を示しており、また、なおかつ、サブ・ポップ所属のアーティストとして、歴史的快挙を成し遂げたと言える。これまで、ニルヴァーナという前例があるが、大ヒット作「Nevermind」はサブ・ポップでなく、ゲフィンからのリリースであった。

 

もちろん、Mitskiに関して言えば、以前から、アメリカ国内の音楽メディアで大々的に取り上げられていた。前作のアルバムも、センセーショナルな話題を振りまいていた。また、彼女の引退宣言についても大きな話題性をもたらしたので、年が明けて、Dead Oceansからリリースされた「Laurel Hell」がアメリカ国内のビルボード・チャートでも健闘を見せることはある程度予測出来た。けれども、ビーチ・ハウスの新作がこれほどセールス面で大きな健闘を見せるとは、(インディーロックファンとしては嬉しいかぎりではあるものの)ほとんど誰も予測できなかったのではないか。

 

しかも、ビーチ・ハウスは、インディー・ロックバンドとしてメインストリームを席巻している。彼らの新作アルバムは 、トップ・アルバム・チャートで初登場一位を記録、累計20,300枚が販売されたとビルボードは報告している。フィジカル盤として、18,200、レコード盤として、14,500の売り上げを記録している。(他の形式では、CDは、2,900枚、カセットでは、800枚を売り上げている)


「Once Twice Melody」は、USビルボードのサブ部門のチャートでも好調な位置を占める。トップ・オルタナティヴ・アルバム、トップ・ロック・アルバムの部門でも一位を獲得し、テイストメイカー・アルバム、トップ・カレント・アルバムの部門でも一位に輝き、USビルボード・チャートの話題を攫っている。

 

また、昨今、ビーチ・ハウスと並んで、好調なセールスを記録しているのが、KhuangbinとLeon Bridgesのコラボレーションアルバム「Texas Moon」。発売元は、Mitskiと同じく、インディペンデントレーベルのデッド・オーシャンズである。「Texas Moon」は、ビンテージソウルの雰囲気をほのかに漂わせるノスタルジア満載のアルバムと言えようが、これまで、レコード盤の12,900枚を含む16,400枚を売り上げ、トップアルバムチャートで初登場2位にランクインしている。

 

今年に入り、インディアナポリスのデッド・オーシャンズ、さらに、シアトルのサブ・ポップがアメリカ国内の音楽市場において強い影響力を持ち始めている。これは、これまでマーケティングの面でいくらか不利であったインディペンデントレーベルが、デジタル、サブスクリプション主流の時代の後押しを受け、その流れを巧みに活用出来ていることを示している。加えて、youtubeなどを介してのストリーミング配信もアルバムセールスに良い影響を与えている。

 

また、アメリカ国内有数の老舗インディペンデントレーベル、ニューヨークのMatadorについては、近年、デッド・オーシャンズからリリースされたMitskiの「Laurel Hell」に比するビッグセールス作品を持たないものの、スネイル・メイル、ルーシー・ダカス、エムドゥー・モクター、ベル・アンド・セバスチャン、と、昨年から今年にかけて、魅力あふれるカタログを数多くリリースしており、ビルボード・チャート上位にランクインする機会を虎視眈々と伺っている。

 

さらに、近年、ビルボード・チャートを始めとする、メインストリームを席巻しているインディーアーティストの多くは、1970年代−1980年代の、ディスコ、ポップス、テクノ、ヴィンテージソウルを踏襲し、その音楽性にモダンな雰囲気を付け加えているという共通項が見いだせる。

 

これらの最新のアメリカの音楽市場の動向、ビルボード・チャートのセールス面での実態から伺える点は、昨今のメジャーレーベルとインディペンデントレーベルの力関係の顕著な変化である。

 

今後、この両者の音楽市場における力関係がどう推移していくのかまでは明言できかねるものの、少なくとも、上記のインディーアーティストの作品の好調なセールス、ビルボード・チャートの席巻から伺えるのは、今日の市場の売れ行きを左右する音楽ファンは、新奇ものを求めるのと同時に、古いレコードに対する偏愛のような、淡いノスタルジアを求めているのかもしれない。

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