Wombo 『Danger In Fives』
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Label: Fire Talk
Release: 2025年8月8日
Review
Womboは2016年頃から活動しているケンタッキー州ルイヴィルのロックバンド。先週末にニューアルバム『Danger In Five』をリリースしたウォンボ。トリオ編成で、アルトロックバンドとして真を穿ったサウンドを誇る。表向きにはパンクの音楽性は希薄ですが、ポストハードコアのようなサウンドを通過したロックソングを提供します。これはまさしく、ルイヴィルが80~90年代を通して、アートロックやプログレッシヴロックの名産地で有り続けてきたことを印象づける。
基本的には、『Danger In Fives』はマスロックのような数学的な変拍子を基調としたアルバムです。マスロックとは、二つ以上の異なるリズムを織り交ぜたポリリズムのロックのことを意味します。広義においては、転調や変拍子を強調するロックサウンドのことを言う場合もある。
しかしながら、今作はスノビズムをひけらかすような内容ではありません。Womboの音楽に、ポップネスをもたらしているのが、ベース/ボーカルのシドニー・チャッドウィックのアンニュイなボーカルですが、最近流行するシューゲイズやドリームポップのアウトプットとは明確に異なる。2000年代のレディオヘッドのトム・ヨーク、Portisheadのベス・ギボンズ、Cocteau Twinsのエリザベス・フレイザーをかけ合わせたような特異なボーカルであり、現実空間と幻想的な空間の間を揺らめくようなニュアンスをもたらす。また、上記のボーカリストがそうであるように、器楽的な音階を強調するボーカルであり、器楽的なニュアンスをアンサンブルに及ぼす。
『Danger In Fives』は入念に作り込んだサウンドが特色です。それらはミニマル音楽を通過したロックソングという点では、ニューヨークのFrankie Cosmosのソングライティングに近い印象を抱く。しかし、同時に、ボーカルとギターがユニゾンしたり、ポリリズムがリズムの中に取り入れられたり、全体的なアンサンブルの中でベースの演奏が優位になり、90年代初頭の最初期のグランジやメタルのような音楽が重点を占めるとき、Womboのオリジナリティの高い魅惑的なサウンドが表側に出てきます。それらは、全般的には、Radiohead『Kid A』のエレクトリックサウンドとロックの融合を基底にして、Portishead、Trickyのトリップホップを織り交ぜて、最終的にそれらをルイヴィルのアートロック/マスロックで濾過したような特異なサウンドになる。
複雑なサウンドを想像するかもしれませんが、実際の音楽はそこまで難解ではありません。楽曲の作りがシンプルで、盛り上がってきたところでスパッと切り上げる。それが全11曲、30分後半という簡潔な構成に表れています。Womboの曲はまったく演出がかっていないのが良い。グリム童話やアンデルセンの童話からの影響があり、幻想的な興趣を添えているが、実際的にそれは彼らのいる現実とどこかで繋がっています。基本的には、リアリズムの音楽でもあるのです。
Womboは、曲の中で、強い主張性を織り交ぜることはほとんどありません。本作の場合、シドニー・チャッドウィックのボーカルはスキャットやハミングのように明確な言葉を持たぬ場合が多い。しかし、それがたとえ、2000年代のトム・ヨークのように、器楽的な音響効果を強調するものであるとしても、音楽そのものからメッセージが立ち上がって来ないわけではありません。(例えば、意外にもインストの方がボーカルよりも多くのメッセージが伝わる場合があり、無言の方が多言より説得力を持つことがあるのと同じ)ようするに、彼らのサウンドには、アメリカの現実的な側面が反映され、それは寂れた工業地帯や閑散とした農村風景など、一般的な報道では表沙汰にならない現実的な側面をしたたかに織り込んでいるのです。その音楽は、時々、不安を掻き立てることもあるが、奇妙な癒やされるような感覚が内在しています。
その中で、Womboが重視するのはホームという概念です。それは実際的な自宅という考えだけではなく、いつでも帰ってこれるような共同体のようなものを意味するのかもしれません。これらの不安の多い世界情勢の中で、こういったホームの広義の解釈によって、Womboのサウンドは独特な安らぎや癒しの印象を受け手に与えることがあります。それはもっといえば、現代社会において、必ずしも物理的な空間を示唆するとはかぎらず、仮想的な空間のようなものも含まれるのかもしれません。これらが、このアルバムの曲に概念として反映されるとき、Womboのサウンドは聞き入らせるだけでなく、かなり説得力のある水準まで達することがあるのです。
こういった点を踏まえた上で、注目すべき曲が幾つかあります。オープナーを飾る「Danger In Five」はアルバムの方向性を理解する上で不可欠な楽曲です。グランジ風のベース進行の中でドリームポップ風のアンニュイなボーカルが本作をリードしている。この曲は、ボーカルの性別こそ異なるものの、Interpolのような独特な哀愁を作風の基底に添えている。また、ルイヴィルのバンドらしい不協和音やクロマティックスケールが登場します。「S.T. Titled」は、Joan of Ark、Rodan、Helmetの不協和音を強調したパンクのエッセンスを吸収し、独特な楽曲に仕上げている。この曲ではドラムやベースの生み出すリズムと呼応しつつ、ギターが即興演奏のようにプレイされる。ロックソングの不協和音という要素を押し出した、面白いトラックとなっています。
このアルバムの場合は、それらの不協和音の中で、調和的な旋律を描くボーカルが魅力的に聞こえます。それらは、トリップホップのようなUK/ブリストルのサウンドを彷彿とさせる。「A Dog Says」などを聞けば、このバンドの特異なサウンドを掴むことができるのではないでしょうか。
古典的な童話をモチーフにした幻想的な音楽性は、短いインタリュード「Really melancholy and There Are No Words」で聴くことができます。また、続く「Spyhopping」においても、彼らの織りなす独特なワンダーワールドを垣間見られます。さらに、終盤のハイライト曲「Common Things」は素晴らしく、ピクシーズの「Trompe le Monde」の時期のアルトロックソングをわずかに思い起こさせます。ギターソロについては、Weezerのリバース・クオモのプレイを彷彿とさせる。そして、Womboの手にかかると、この曲は独特なメランコリアを放ち、癒やしの雰囲気のあるオルタナティヴロックのスタイルに変貌します。アルバムのクローズ「Garden Spies」はマスロックのテクニカルな音楽性を吸収し、雰囲気を満ちたエンディングを形成しています。アートロックという側面で少しマニアックな作風ですが、聞き逃し厳禁のアルバムでもあるでしょう。
84/100
「Common Things」