Sainte Etienne(セイント・エティエンヌ)は、1990年に結成されたイギリス、グレーター・ロンドン出身のトリオ。サラ・クラックネル(ボーカル)、ボブ・スタンリー(キーボード)、ピート・ウィッグス(キーボード)で構成されている。一般的に、1990年代のインディーズ・ダンス・シーンと関連付けられている。彼らの音楽は、クラブ・カルチャーや1960年代のポップス、その他の異なる影響を融合させる。セイント・エティエンヌの生み出すサウンドは、懐かしくもあるし新しくもある。


彼らのデビューアルバム『フォックスベース・アルファ』は、1991年にリリースされ、不朽のヒット曲「Only Love Can Break Your Heart」と「Nothing Can Stop Us」を収録し、批評家から高い評価を得た。続いて、全英シングルチャート12位となったシングル「You're in a Bad Way」を収録した『ソー・タフ』(1993年)と、テクノ・フォークの実験を取り入れた『哀しみ色のムーヴィー』(1994年)が発表された。両アルバムはトップ10に到達。彼らの初期は、ゴールド認定されたコンピレーション『Too Young to Die: Singles 1990-1995』で締めくくられ、エティエンヌ・ダオとの共作でバンド史上最高のチャートを記録したシングル「He's on the Phone」を制作した。


バンドは『グッド・ユーモア』(1998年)でインディー・ポップを取り入れ、リード・シングル「シルヴィ」は12位に達した。2000年代までに、セイント・エティエンヌは『サウンド・オブ・ウォーター』(2000年)でアンビエント・ミュージックへと軸足を移し、『Finisterre』(2002年)と『テイルズ・フロム・ターンパイク・ハウス』(2005年)ではこれらのスタイルの転換と初期の影響への回帰を醸し出した。2010年代には、『Words and Music by Saint Etienne』(2012年)と『ホーム・カウンティーズ』(2017年)で、彼らのサウンドが現代的にアップデートされた。アルバム『アイヴ・ビーン・トライング・トゥ・テル・ユー』(2021年)では、約20年ぶりとなるサンプリングを取り入れ、1994年以来の最高位14位のアルバムとなった。


バンド名はフランスのサッカークラブ、ASサンテティエンヌに由来する。日本では、1993年にNOKKO(レベッカのボーカリスト)のアルバム『CALL ME NIGHTLIFE』『I Will Catch U.』に楽曲提供もしている。NOKKOとのレコーディングでは、ロンドンにある自宅スタジオにメンバーを招いており、「これは当時界隈で増えてきていたベッドルーム・レコーディングという手法だが、その点で先をいっていたアーティストだった」とNOKKOがインタビューで振り返っている。


セイント・エチエンヌが12枚目のスタジオ・アルバム『ザ・ナイト』を2024年12月13日にヘブンリー・レコーディングスからリリースする。絶賛された2021年のアルバム『I've Been Trying To Tell You』に続くアルバム『The Night』は、日常生活の混沌から逃れ、時間外のエッセンスを捉えたアンビエントな作品だ。このアルバムは、リスナーを幾重にも重なる静寂の中に誘い、落ち着かない心を落ち着かせ、現代生活の容赦ないペースからの穏やかな休息を提供する。


アルバム "The Night "は、サン・テティエンヌの伝統である、音による没入型のストーリーテリングを継承している。ストリーミング・プラットフォームやYouTubeで聴くことができるハイライト曲"Half Light "を聴けば、アルバムのサウンドをいち早く垣間見ることができるだろう。


作曲家兼プロデューサーのオーギュスタン・ブスフィールドと共同でセイント・エティエンヌがプロデュース。"夜 "は、2024年1月から8月にかけて、サルテールとホーブの2箇所でレコーディングされた。


ピート・ウィッグス:「ブラッドフォードにあるガスのスタジオで、カーペットの上に寝転がって、コーヒーのマグカップを片手に、歌詞のシートやタイトルのアイデアを周りに転がして制作した。前作のメロウでスペイシーな雰囲気を引き継ぎたかったし、それを倍増させたかった。暗闇の中で、目を閉じて聴きたいレコード。『ハーフ・ライト』は、夜の果て、木々の枝の間からちらつく太陽の最後の光、自然との交感、そこにないものを見ることをテーマにしている」


サラ・クラックネル: 「前作を遠隔でレコーディングした後、一緒にスタジオに戻ることができてとても嬉しかった。このアルバムで一番好きな曲のひとつは『Preflyte』で、初めて歌ったときは涙が出たよ」


ボブ・スタンレー: 『The Night』は落ち着いたアルバムにしたかった。暖かくて穏やかで、同時にゴージャスで濃密なものを作りたかった。「目覚めているときと眠っているときの間にある状態、つまり夢の空間を見つけようとした。半分忘れてしまったような考えや、テレビの台詞の断片、地名、通り、行ったこともないサッカー場などが漂ってくる。そのような状態にあるときは、音や半分覆い隠された記憶をとても受け入れやすく感じる。"レインノイズ "はその中を通り抜ける。午前2時に眠れないような頭の中のものを優しく洗い流すように設計されている。


『The Night』は本当に立体的に聴こえる。その多くは、ギターを弾き、素晴らしいプロデュースをしてくれたガス・バスフィールドのおかげ。彼のスタジオでレコーディングしたことで、とても明るく広々とした空間が生まれ、それがサウンドを形作っている。僕ら3人はそれぞれの曲を持ち寄ったんだけど、まず音符を交換することなく、リリックの部分で全員が調和していた。"連続した1つのトラック "と考えることもできる。間違いなくヘッドフォン・アルバムなんだ。


セイント・エティエンヌは私たちを優しく手繰り寄せ、夜更けの深みに沈み込ませ、疲れた心を絶望の淵から引き戻す。『ザ・ナイト』によって、すべての不安は和らぎ、高ぶる心の邪悪さはソフトフォーカスの汚れにまで減速し、すべてが高尚で心地よい完全なる静寂の魅力に包まれる。


『ザ・ナイト』は、太古の昔、一人の男が草むらの風の音や岩の上を流れる水の音に慰めを見出すことから始まり、何世紀にもわたって柔らかな音を奏で続け、コラージュや新時代の音楽を通過してきた長い伝統に属している。


ヴァージニア・アストリーの『From Gardens Where We Feel Secure』、KLFの『Chill Out』、トーク・トークの『Spirit of Eden』など、現代の夢遊病者の傑作を取り込んでいる。建築はアンビエントで、照明は控えめ、表面は無限の可能性に輝いている。


夜行性の生命はすべてここにあるが、夜の地下とはいえ、その次元は異なる。言葉は新たな意味を持ち、影はますます長く傾き、一匹の狐が名もない通りの孤独な街灯の下で立ち止まり、美しい刃物のような歯で何かを掠め取る。ここでは何でも可能なのだ。


慌ただしい時は慌ただしい心を生む。が、ここには孤独な時間など存在しない。ただ何層にも重なる「夜」と、その中に潜む心落ち着く秘密があるだけ。足を滑らせればいい。そして呼吸するのみ。



『The Night』 Heavenly Recordings/[PIAS] (80/100)


 

ザ・キュアーの再ヒットの事例を見るかぎり、若手優遇の時代がそろそろ終わり、中堅以上の経験豊富なバンドが今後のミュージックシーンを引っ張っていくのではないかという気がしている。以前は若手というと、10代、20代に限定されていたし、おそらくレコード会社も”若さ”を当てにしていたと思うが、今後は30代以降の実力派の若手が数多く登場することだろう。

 

ケイト・ブッシュのストレンジャー・シングスの楽曲の再ヒット、アセンズの伝説的なニューウェイブ・グループ、B-52'sのケイト・ピアソンの復活を見ると、過去にヒットソングを持つベテラン歌手の需要が高まっているのではないかと類推することも出来る。もちろん、実力のあるミュージシャンはいつの時代も歓迎されるが、若手というだけで支持を集めるような時代ではなくなりつつあるのかも知れない。プロジェクト名を変更して出てくるというケースもある。確かなことは言えないが、セイント・エティエンヌも、そんな流れを象徴付けるグループだ。


実は、先日までバンド名を知らなかったが、1990年代のブリット・ポップ全盛期から活躍する三人組は、最新作『The Night』において、かなりフレッシュな印象を持つアルバムを制作している。フィールド・レコーディングを散りばめた実験的なポップスであるが、それほど奇をてらうことはない。聴いていて感覚にすんなり馴染み、そしてキャッチーな響きを持ち合わせている。それは結局、セイント・エティエンヌのサウンドが、60、70年代のポップスを下地にしているからなのだろう。彼らのサウンドは必ずしも感染力や即効性があるとは言いがたいが、普遍的な響きがある。そして、これが実験的な音楽性に安定感や柔和さをもたらしている。


セイント・エティエンヌの音楽は、勢いという側面では、90年代初頭の作品に分があるように思える。たとえば、90年代始めのアルバム『Foxbase Alpha』などは華やかな音楽産業の名残をとどめていて、感染的で幸せな雰囲気を放つ。しかし、ひるがえってみて、2024年のアルバム「Night」は幸福感こそ乏しいものの、音楽的にはかなり深いポイントに達している。このアルバムは、Sonic Boom、Dean & Brittaのクリスマス・アルバムのように、じっくり聴かせ、音楽をよく知るミュージシャンとしての賢しい印象を持ち合わせている。それは自分たちの制作する作品を見上げるというより、同じ目線で見つめるという感じなのだ。この言葉には語弊があるかもしれないが、少なくとも、本作はミュージシャンとしての経験豊富さに裏打ちされた実力派のポピュラーアルバムであり、セイント・エティエンヌはアートポップの潜在的な可能性を全体全般に発露させている事がわかる。レベッカのNOKKOが言うように、かつては、ベッドルームポップの先駆者として知られていたセイント・エティエンヌは、次なる段階に進み、60年代のバロックポップと現代的なアンビエントの要素を融合させ、ポピュラーミュージックが本来決まった形式や制約がないこと、それから限界がないことを教唆している。

 

アルバムは、カフェでの会話のようなシーンで始まり、映画的な印象を持つサウンドスケープが描かれる。ポール・ウェラーのStyle Councileの『Cafe Bleu』へのオマージュかと思ってしまうが、そこには和気あいあいとした雰囲気がわだかまる。さながら現在の三者の人間関係を象徴付けるかのように、付かず離れずといった理想的な人間関係の距離を感じさせる。そして調律のずれたアンティークなピアノ、ウェイターが歩き回る音、ドアを開ける音、こういったフィールド録音が続いた後、アンビエントのテクスチャー、そして、サラ・クラックネルのものと思われるモノローグが続いている。そして、アルバムの冒頭で、開放的で未知への期待を感じさせる個性的なイントロダクションが続く。音楽と舞台演劇を融合させたようなサウンドである。

 

イントロダクションを経て、いよいよアルバムは本格的な楽曲が始まる。しかし、その印象は掴み難く、全体的な波形にデジタルディレイをかけたアンビエンス、そしてベースラインと合わせて、ボーカルソングが始まる。「Half Light」は80年代のポップスのように懐かしく耳に迫り、エレクトロサウンドを織り交ぜ、巧みなサウンドワークを描いていく。このポピュラー・ソングは、日本の80年代のポップスとも連動するような感じで、レトロとモダンの間を行き来する。まさしくレベッカ・サウンドのようなきらめきとアンニュイさを併存させている。 

 

 「Half Light」

 

 

 

その後、『Night」では作風を固定することなく、変幻自在なサウンドが繰り広げられる。これは近年のアンビエントポップの台頭とリンクする。シンセストリングス、ピアノとディケイによるエフェクトを用いたアンビエントが「Through The Grass」続くが、全体的な印象論としては、このサウンドはトリップ・ホップの「抽象的なポップス」という隠された主題と地続きにあるような気がする。それは実際的には、次世代のサウンドを予見させるものがある。特にこのアルバムでは、画期的な録音技術が用いられることがあり、それはサラ・クラックネルのリードボーカルの曲に顕著に立ち現れる。ボーカルに過剰なエフェクトをかけ、音像を極限まで引き伸ばすという手法は、スマイルの作品『Wall Of Eyes』や、リアム・ギャラガー、ジョン・スクワイアのセルフタイトルアルバム『Liam Gallagher& John Squire』にもすでに活用されている。

 

「Nightingale」では、これらの録音技法を駆使し、ミステリアスな音像を作り上げている。ローズピアノの細かなフレーズを散りばめて、ドラマのサウンドトラックのようなサウンドを最初に作り上げ、それらの背景に対し、70、80年代のポピュラーソングの影響下にあるボーカル録音を被せるというパターンである。クラックネルのボーカルは渦巻くように限りなく伸びていき、催眠的な効果を呼び起こす。そしてそれらのヒプノティックなサウンドの中で、ジャズのスキャットを含むボーカルは、単なる歌というよりも子守唄のような感覚を帯び始める。曲のタイプとしては懐古的であるのに、意外にも鮮やかな印象を覚える。他にも様々な工夫が施されており、鳥のフィールドレコーディングがパーカッションの効果として導入されることもある。そして曲そのものが何らかの情景的なサウンドスケープやシーンと連動していくのである。

 

以降もアンビエント風のサウンドが続き、曲ごとにシーンが入れ替わる。これは本来は離れているはずの曲を結びつけるような働きをなす。次曲「Northern Counties East」は工場のアンビエンスをフィールド録音で拾い、それをパーカッシブな観点から捉え、ポピュラーソングに仕上げていく。さらに曲の中にはチェンバロも登場し、クラシカルな響きとポピュラーな響きが混ざり合う。

 

アルバムの中盤では、短いシークエンスを設け、オーケストラのムーブメントのような形式を織り交ぜている。「Ellar Carr」は、ボーカル録音を器楽的に解釈し、オーケストラの楽器の一貫のような形で解釈するというアートポップではよく使われる技法が取り入れられている。これはアルバムの一曲目と同じように、なにかしら近未来的な音のイメージを感取することが出来る。「When You Were Young」では、ブンと唸るシンセサイザーのベースを基にして、フィールド・レコーディングとオーボエの演奏を交え、チェンバーポップの未来形を示している。他の曲と同じように、それほど派手さはないけれど、ボーカルの録音の重ね方に面白さがある。

 

 

終盤では、興味深いことに、フィル・スペクターのサウンドが登場する。ただ、「No Rush」ではそれらのシンフォニックなサウンドにクワイア(声楽)の要素を付け加えている。実際的に荘厳なイメージとまではいかないが、それに類する実験的なサウンドが組み上げられる。サウンドのタイプとしてはMogwaiのポスト・ロックや音響派に比するものがあるが、実際的なサウンドはむしろ80年代のAORやソフトロックがベースとなっている。少なくとも、この曲は開けたような感覚に充ちている。制作者としてフォーク・ミュージックにある涼やかな感覚をアンビエントの切り口を介して、抽象化したような一曲である。個人的にはこういった実験的な曲よりも、簡潔なポピュラーソング「Gold」の方に魅力を感じてしまう。軽快なピアノのリズム的な進行に合わせて軽快なヴォーカルが続き、トライアングルや木管楽器の音色が混ざりあい、ゆったりした音楽性が組み上げられる。邦楽のポピュラーとも親和性があるような気がする。

 

その後、多彩な音楽的なアプローチが続く。セイント・エティエンヌの音楽はそれほど深刻にならず、遊び心に溢れている。「Celestial」では、メロトロンの演奏にビンテージな質感を加え、チェンバーポップをインストゥルメンタルの観点から再検討している。「Preflyte」ではチェンバロを始め、オーケストラ楽器を取り入れ、オーケストラポップの領域に足を踏み入れている。曲にダイナミックな効果を与える金管楽器を暈したようなサウンドは、まさしくウォール・オブ・サウンドの系譜に位置づけられる。なおかつ、これらの重厚感のある録音は、ときどき、リスナーに時間という観念を忘れさせ、音楽の普遍性を思い出させる力を持つ。

 

アルバムの終盤でも、Jayda Gがもたらした「スポークンワードによるストーリーテリング」の要素が強調される。これは海外的には流行りのスタイルであり、例えば、日本では鶴田真由さんがすでに試しているが、 日本のミュージックシーンでもこれから頻繁に使用されるようになるかもしれない。アルバムのクライマックスでは、「ウォール・オブ・サウンド」の教科書のようなサウンドが登場する。「Hear My Heart」では、録音された場所の反響を上手く活かし、そのフィールドでしか得られない特別なサウンドを提供している。 そして、セイント・エティエンヌは、70、80年代ごろのポップスのノスタルジアを付加している。さらにクラフトワークのような電子音を付け加え、シンセポップの形式をレトロな側面から再検討しているのも面白い。

 

これらの実験や試作が完璧に行ったとは言えないかもしれない。まだこのサウンドは未知数。しかし、このアルバムには実験音楽としての冒険心、そして未知なる音楽への道筋が示されており、冒頭曲「Settle In」、「When You Were Young」では、近未来的なイメージを覚えることもある。加えて経験豊富なアーティストとしてのイディオムも登場するのに注目。いわば時間を持たない、音楽の普遍的な魅力が内在している。「Alone Together」では、ヨットロックのような形式が登場し、アルバムの中では、バンドアンサンブルの性質が色濃い。ローズピアノ、ベース、ギターの基本的な構成に加えて、金管楽器のレガートが曲に掴みどころをもたらしている。本作のクライマックスにはシタールのドローンを用い、独創的なサウンドを構築している。

 

 

 「Preflyte」

 


Sainte Etienne - 『Nights』はHeaveny Recordings/[PIAS]から本日発売。ストリーミングはこちらから。ヘブンリー・レコーディングは、Gwennoを送り出したことからもわかる通り、個性的なカタログを擁する注目のレーベル。

 

 フィル・スペクターの「ウォール・オブ・サウンド」とは



ロネッツに始まり、ビートルズ、ビーチ・ボーイズ、そして、ブルース・スプリングスティーン、ラモーンズに至るまで、60年代以降の録音技術に革新をもたらしたフィル・スペクター。彼は、パンデミックの最初期に亡くなっている。日本のポップスにも影響を与え、大瀧詠一や山下達郎の録音作品にも影響を与えたとの諸説がある。フィル・スペクターが生み出した録音技術の中で、最も有名なのが「Wall of Sound(ウォール・オブ・サウンドー 壁に反響するサウンド)」である。

 

 フィル・スペクターは人物的には映画監督の黒澤明に近く、ワンマンに近い完璧主義のディレクションを採用した。そして、ディレクションなくして作品が成立しえないという点では、かなり限定的な録音手法だと言えるかもしれない。フィル・スペクターは、マイクの位置に徹底的にこだわり、演奏者が触れることさえ許さなかった。そして短い楽節を演奏を何度も繰り返させたことから、ミュージシャンからはあまり受けが良かったとは言えないかもしれない。


つまり、「ウォール・オブ・サウンド」の難点を挙げるとするなら、ミュージシャンの自由性や遊びの部分をほとんど許さず、演奏者の苦心をすべて録音作品の成果として吸収してしまうのである。これは彼がリヒャルト・ワーグナーに傾倒していた点からも分かる通り、ベルリン・フィルのカラヤンの名演のような演奏を生かしたエコーチェンバー(自然の反響)を組み上げようとしていたことが理解出来る。ちなみに、カラヤンは作曲者の指示を無視してストリングスの編成を増やし、重厚なサウンドを作ることがあった。チェイコフスキーのライブ等を参照。

 

 一般的な解釈としては、スタジオの壁に反響する音響(エコーチャンバー)を用いた録音技術として知られている。この名称「Wall Of Sound」を聴くと、彼が多重録音、つまりジャマイカで発生したダブのような形式で数々の名作を録音したと思う方もいるかもしれないが、事実はどうやら少し異なるようだ。どころか実際はそれとは正反対だ。フィル・スペクターは3トラックのマルチトラックレコーダーを使用して、彼はピアノ、ベース、ギター、コーラス、それからオーケストラをユニゾンで重ね、壁に反響するような重厚なサウンドを構築していったのだった。

 

 驚くべきことに、フィル・スペクターは、限定的な録音環境で重厚なエコーチャンバーを生み出したのである。彼は一般的に狭いレコーディングスタジオの四壁の反響の特性を活かして、音量、音圧、音の奥行きといった録音的なアンビエンスを見事に作り出したのだった。しかも、フィル・スペクターのカラヤン的な録音技法は徹底していた。18人から23人ものミュージシャンを比較的狭いスペースに集めて、演奏をさせ、それを一挙に録音したのである。彼の代名詞であるホーンセクション、リズム・セクションに関しては、一発録りで録音し、それらをミキサーで最終的な調節をかけるというものだった。これは実際的には彼の手掛けた録音作品に、ダイナミックさと生々しさを及ぼすことになった。しかし、同時に最終的な調整では、リバーヴ、ディレイ、ダイナミックレンジの圧縮(リミター的な処理)をミキサーで施した。

 

 

 フィル・スペクターのプロデュース作品は、ギター、ピアノ、ベース、ドラムといったシンプルな楽器編成に加えて、オーケストラ等のポピュラーミュージックとしては大編成の楽器が加わることもある。フィルハーモニーのような大編成の録音をどのように組み上げていったのか。 スペクターのウォール・オブ・サウンドの構築は、それらの基礎を担うシンプルなバンドのアンサンブルから始まる。ソングライターのジェフ・バリーによると、最初はギターの録音から始まることが多いという。


「4つまたは5つのギター、2つのベース、同じタイプのライン(ユニゾン)を加えて、それから弦を録音し、最終的に6つか7つのホーンセクションを加え、楽曲にパンチをもたらした。その後、パーカッションの録音に移行し、打楽器、小さなベル、シェーカー、タンバリンを付け加えた」 また、スペクターと頻繁に共同作業を行ったエンジニアのラリー・レヴィンも同じような証言を残している。「ギターから始めて、一時間の間に4-8の小節の録音を繰り返し、スペクターが納得するまで何度も反復する」というものだった。ビートルズの録音等では10テイクくらいまでが残されているが、実際には、20回から50回もの演奏に及ぶこともあったという。


 


レコーディングスタジオの音響  


 

 レコーディング・スタジオの空気感(アンビエンス)が作品全体に影響を及ぼすことがある。あるスタジオで録音された音源は音が敷き詰められているように思えるし、別のスタジオで録音された音源は、ゆったりとした間延びしたような音の印象を覚えることがある。言い換えれば、それは、建物や部屋のアンビエンス(音響や残響の全般のこと)の特性、マイクの位置、そして演奏者の距離が出力されるサウンドにエフェクトを及ぼすということである。フィル・スペクターは、実際的な録音の完成度の高さを目指したのは事実だと思うが、一方、彼はスペースのアンビエンスに徹底してこだわった。つまり、彼はレコーディングルームの空気感をマイクで録音し、モノラルでミックスしたのだった。そして、ウォール・オブ・サウンドの完成のために、不可欠だったのがロサンゼルスにある「Gold Star Studio」である。


 音の特性にこだわれば際限がなくなる。けれど、空間的な特性が録音に影響を与えることは実のところ免れないことである。例えば、メジャーリーグのスタジアムでも打球が飛びやすい球場とそうでない球場がある。また、フットボールのスタジアムでは、ボールがハネやすかったり、そうでなかったり、高地にあるので、スタミナを過剰に消耗しやすいフィールドもある。音楽も同じで、空気の乾燥、つまり湿度や温度、密度、壁や建材の材質までもが実際の録音に影響を与える。もちろん、コンクリートの壁であれば音は硬く聴こえるはずだし、反対に木材中心のスタジオでは反響は吸収されるが、コンクリートよりも柔らかいサウンドが得られるだろう。もちろん、レンガ壁等の特殊な録音空間では、予想も出来ない反響の結果が得られるに違いない。

 

 特に、フィル・スペクターが好んで使用し、ウォール・オブ・サウンドという名称が生み出されたゴールド・スター・スタジオもまた、現代的なレコーディングスタジオという観点から言うと、きわめて異質な環境であった。このスタジオからはビーチ・ボーイズ、ブライアン・ウィルソン、ジョン・レノンの名作が誕生した。伝説的なレコーディングスタジオとして知られている。




 ゴールド・スター・スタジオは、デヴィッド・S・ゴールド、スタン・ロスによって1950年に設立された。このスタジオの設備には、反響効果を及ぼす装置、エコーチェンバーが付属し、音の壁からボーカルが浮き出るような特異な感覚があったため、ウォール・オブ・サウンドの名称が誕生した。


このスタジオからはロネッツの「Be My Baby」、ビーチ・ボーイズの「Good Vibration」、ラモーンズの「Do You Remember Rock n' Roll Radio?」などが制作され、数々のグラミー賞ヒットナンバーを世に送り出したのは最早周知のことではないかと思われる。 

 

 本来であれば、フィル・スペクターが用いた録音の方法は理に叶ったものとは言えない。例えば、近距離で演奏すれば他のパートの楽器のノイズを拾ってしまう。しかし、フィル・スペクターは、この欠点を活かし、独特のアンビエンスを作り出すことに成功したのだった。特に、スタジオに付属しているエコーチェンバー(ルームエコー)の装置が、ウォール・オブ・サウンドの完成には不可欠だった。

 

 スペクターは、エコーマシンをディレイさせ、それをチェンバーに通した。その結果として生み出されるのは、個々の楽器の特性を掴みがたいような抽象的でありながら凄まじい密度を持つ重厚なサウンドであった。さらに、スペクターは最終のミックス時に、個々のトラックにエコーを掛け、何台ものテープマシンを回した。そして、同時にユニゾンで同じフレーズを演奏者に演奏させ、録音し、それらを組み合わせ、ミックスを加えていった。フィル・スペクターのサウンドは帰納的なものと言え、結果や結末から最初に行うべき録音を逆算していったのではないか。つまり彼の頭には理想的なサウンドがあり、どうすればその結果に辿り着くのかを試行錯誤していった。


 ゴールドスタジオはパラマウントの近くにあり、1950年代にハリウッドの音楽作家、そして映画、TV制作者のデモづくりのスタジオとして始まった。つまり、映画やドラマのサウンドトラック的な意味を持つ音源を制作するために作られたスタジオだった。これは大手レコード会社とは異なる運営方法を可能にしたにとどまらず、映画的なサウンドを作るための基盤になった。

 

 特に、スタジオにあるミキシングコンソールは、設立者のデイヴィッド・ゴールドが自作したものである。音響効果の装置を熟知した開発者が在籍していたことは、録音の特性を最大限に発揮させるための手助けともなった。また、このスタジオには優れたエンジニアが在籍していた。ラッカー盤に刻むカッティング・マシーンは、創設者のゴールドが自作し、アナログとは思えない卓越した音圧を得ることが可能になった。その他、エンジニアのラリー・レヴィンは、カッティング技術者として優れた技術を持っていた。つまり、こういった技術者の活躍があったおかげで、レコードとして高性能の再現力を持つ音源が完成した。それは芸術的な側面だけではなく、工業的な側面を併せ持つレコードの清華でもあったのだ。

 

 

ウォール・オブ・サウンドの以降



 

 果たして、ウォール・オブ・サウンドは時代遅れの録音技術なのだろうか。しかし、少なくとも、以降の大瀧詠一や山下達郎のような複数のアーティストにより、再現が試みられたことを見ると、まだまだ無限の可能性が残されているように思える。そして少なくとも、この録音技術は、機材の機能の制限から生み出された産物であったということである。もちろん、技術者として卓越したコンソール制作者がいたことは忘れてはいけない。そして事実、1960年以降、ウォール・オブ・サウンドの代名詞であったモノラル録音からステレオ録音に移り変わり、マルチトラック数が4から8、16へと増加していき、録音機器の可能性がエンジニアによって追求されていく過程で、この録音技術は時代に埋もれていった側面もある。しかし、ポピュラーミュージックの歴史を見る上で、限定的な数のトラックを用いた録音というのは、何らかの可能性が残されているかもしれない。ウォール・オブ・サウンドの演奏者が同じスペースで一発録りをする録音方法は現代でも取り入れられる場合があり、まだまだ未知の可能性が残されているような気がする。

 

 以降、同時に録音出来るトラック数が増えたことは、実際的にソロアーティストが活躍する裾野を広げていった。 実際的に多数の演奏者が一つのレコーディングルームで演奏する必要がなくなったことが、グループサウンドやバンドサウンドがその後、いっとき衰退し、ソロアーティストの活動が優勢になっていく要因となったという話もある。つまり、録音技術の拡大は、必ずしもバンドやグループというセクションの録音にこだわらなくても良くなったというわけである。ビートルズやビーチボーイズの主要メンバーが以降、ソロ活動に転じたのは、最早バンドで録音を続ける意義を見出しづらくなったという要因があった。

 

 しかし、同時に、フィル・スペクターがエンジニアと協力して構築した「ウォール・オブ・サウンド」の最大の魅力や価値を挙げるとするなら、それは複数の演奏者が一同に介し、その瞬間にしか得られないような生のサウンドをリアルタイムで追求するということであった。結果的に、「同時に録音する」という行為は、想定した録音の結果が得られるとはかぎらず、偶然の要素、チャンス・オペレーションが発生する。そして、予測出来ない箇所にこそ、録音の未知の可能性が残されているかもしれない。

 

 テクノロジーは、日々、革新を重ね、新しい録音システムが次々と生み出されている。旧来の可能性と未来の可能性が合致したとき、ウォール・オブ・サウンドに代わる新しい代名詞がどこからともなく登場するかもしれない。そして、その画期的な録音方法にはどんな名称が与えられるのだろう。考えるだけでワクワクするものがある。

 

世界中の音楽ファンを魅了する音楽家、青葉市子。最新アルバム『Luminescent Creatures』から先行シングル「FLAG」をリリース! オランダのフェスティバル"Into The Great Wide Open 2024"のライブ映像も公開!



本日、青葉市子の最新アルバム『Luminescent Creatures』から先行シングル「FLAG」を配信開始しました。
 

来年2/28(金)に発売される8枚目のオリジナル・アルバム『Luminescent Creatures』から2枚目のシングルとなる「FLAG」はシンプルな弾き語りアレンジとなっています。先月リリースしたシングル「Luciférine」に引き続き、レコーディングとミックスを葛西敏彦、マスタリングをオノセイゲン(Saidera Mastering)、アートディレクションとアートワーク撮影を小林光大がそれぞれ手がけている。



また、今年の8月にオランダのフリーランドで開催されたフェスティバル<Into The Great Wide Open 2024>で収録されたライブ映像が本日より公開。本映像には新曲「FLAG」や「マホロボシヤ」が収録され、12/15(日)にはオランダの公共放送局 NPO 2 にて放送される予定です。



既報の通り、年明け1月に京都と東京で開催されるデビュー15周年公演のチケットは即日完売、1/23(木)に東京オペラシティ コンサートホールにて追加公演が決定。今週末12/15(日)までチケット先行受付中です!



■リリース情報
青葉市子 シングル「FLAG」※読み「フラッグ」
12/12(木)配信開始


https://ichiko.lnk.to/FLAG


■ライブ映像情報
Ichiko Aoba live at Into the Great Wide Open


https://ichiko.lnk.to/FLAGsite


※12/12(木)16:00より上記URLにて公開

 

青葉市子 8thアルバム『Luminescent Creatures』: 2025/2/28(金) 全世界同時発売(配信/CD/Vinyl)

収録曲
01. COLORATURA
02. 24° 03' 27.0" N, 123° 47' 07.5" E
03. mazamun
04. tower
05. aurora
06. FLAG
07. Cochlea
08. Luciférine
09. pirsomnia
10. SONAR
11. 惑星の泪


■ICHIKO AOBA 15th Anniversary Concert【追加公演】

 
2025年1月23日(木)@東京・東京オペラシティ コンサートホール


開場17:30 / 開演18:30

■チケット


S席¥6,800 / バルコニーA席¥5,800 / バルコニーB席¥4,800
※バルコニーA席 / バルコニーB席 お席によって一部演出、出演者が見えにくい場合がございます。座席の変更、振替はできませんので予めご了承ください。


※⼩学⽣以上有料 / 未就学児童⼊場不可



■チケット先行受付
受付期間:12/3(火)12:00〜12/15(日)23:59


受付URL: https://eplus.jp/ichiko-15th/


※抽選受付。
※海外居住者向けチケット先行受付

(先着)URL: https://ib.eplus.jp/ichikoaoba_15th



チケット一般発売日:12月21日(土)
お問い合わせ:ホットスタッフ・プロモーション 050-5211-6077 http://www.red-hot.ne.jp

■ICHIKO AOBA 15th Anniversary Concert(チケット完売御礼!)


2025年1月13日(月祝)@京都・京都劇場
2025年1月20日(月)@東京・東京オペラシティ コンサートホール


■Luminescent Creatures World Tour 

・Asia

 
Mon. Feb. 24 - Hong Kong, CN @ Xi Qu Centre, Grand Theatre [with Musicians from HK Phil]
Wed. Feb. 26 - Seoul, KR @ Sky Arts Hall (SOLD OUT)
Thu. Feb 27- Seoul, KR @ Sky Arts Hall (NEW SHOW)
Thu. March 6 - Taipei, TW @ Zhongshan Hall (LOW TICKETS)
Europe
Mon. March 10 - Barcelona, ES @ Paral.lel 62
Tue. March 11 - Valencia, ES @ Teatro Rambleta
Thu. March 13 - Milan, IT @ Auditorium San Fedele (LOW TICKETS)
Sat. March 15 - Zurich, CH @ Mascotte
Tue. March 18 - Hamburg, DE @ Laiszhalle
Wed. March 19 - Berlin, DE @ Urania (Humboldtsaal)
Fri. March 21 - Utrecht, NL @ TivoliVredenburg (Grote Zaal) (LOW TICKETS)
Sun. March 23 - Groningen, NL @ Oosterpoort
Tue. March 25 - Antwerp, BE @ De Roma
Thu. March 27 - Paris, FR @ La Trianon (LOW TICKETS)
Mon. March 31 - London, UK @ Barbican [with 12 Ensemble] (SOLD OUT)
Wed. April 2 - Manchester, UK @ Albert Hall
Fri. April 4 - Gateshead, UK @ The Glasshouse
Sat. April 5 - Glasgow, UK @ City Halls


・North America

 
Thu. April 17 - Honolulu, HI @ Hawaii Theatre
Sat. April 19 - Vancouver, BC @ Chan Centre (LOW TICKETS)
Sun. April 20 - Portland, OR @ Revolution Hall
Mon. April 21 - Seattle, WA @ The Moore
Wed. April 23 - Oakland, CA @ Fox Oakland
Sat. April 26 - Los Angeles, CA @ The Wiltern [with Wordless Music Quintet] (LOW TICKETS)
Sun. April 27 - Los Angeles, CA @ The Wiltern [with Wordless Music Quintet]
Tue. April 29 - Scottsdale, AZ @ Scottsdale Center
Thu. May 1 - Denver, CO @ Paramount Theatre
Sat. May 3 - St. Paul, MN @ Fitzgerald Theatre (LOW TICKETS)
Sun. May 4- St Paul, MN @ Fitzgerald Theatre (NEW SHOW)
Tue. May 6 - Chicago, IL @ Thalia Hall
Wed. May 7 - Chicago, IL @ Thalia Hall
Fri. May 9 - Detroit, MI @ Masonic Cathedral Theatre
Sat. May 10 - Cleveland, OH @ Agora Theatre
Mon. May 12 - Boston, MA @ Berklee Performance Center
Wed. May 14 - New York, NY @ Kings Theatre [with Wordless Music Quintet]
Sat. May 17 - Philadelphia, PA @ Miller Theatre
Sun. May 18 - Washington, DC @ Warner Theatre
Thu. May 22 - Mexico City, MX @ Teatro Metropolitan


https://ichikoaoba.com/live-dates/


■青葉市子/ICHIKO AOBA

 
音楽家。自主レーベル "hermine" 代表。2010年デビュー以降、これまでに7枚のオリジナル・アルバムをリリース。クラシックギターと歌を携え、世界中を旅する。"架空の映画のためのサウンドトラック" 『アダンの風』はアメリカ最大の音楽アーカイブ "Rate Your Music" にて2020年の年間アルバム・チャート第1位に選出されるなど、世界中で絶賛される。2021年から本格的に海外公演を行い、これまで、Reeperbahn Festival, Pitchfork Music Festival, Montreal International Jazz Festival 等の海外フェスにも出演する。今年6月にはフランスの音楽家 "Pomme" と2020年にリリースされた「Seabed Eden」のフランス語カヴァーをリリース。FM京都 "FLAG RADIO" で奇数月水曜日のDJを務め、文芸誌「群像」での連載執筆、TVナレーション、CM・映画音楽制作、芸術祭でのパフォーマンス等、様々な分野で活動する。

 


ヨーロッパを代表する音楽レーベル〈ECM〉。1969年にマンフレート・アイヒャー(Manfred Eicher)によってドイツ・ミュンヘンで創設され、「沈黙の次に美しい音(The Most Beautiful Sound Next To Silence)」というコンセプトのもと、他のレーベルとは一線を画す透明感のあるサウンドと澄んだ音質、そして洗練されたジャケット・デザインで、世界中のファンを魅了してきました。


今年はレーベルの創立から55周年を迎え、1984年にスタートしたクラシック・シリーズ「ECM New Series」も40周年を迎えます。この節目を記念して、12月13日(金)から12月21日(土)まで、日本で初めてのエキシビションが東京都千代田区の九段ハウスにて開催されます。


エキシビションのテーマは「Ambience of ECM」、ECMのサウンドをさまざまな環境で楽しむプロジェクトです。楽曲はレーベル第1弾作品であるマル・ウォルドロン(Mal Waldron)の『Free at Last』(1969年)からクラシック・現代音楽を含む「ECM New Series」まで、レーベルの広大な音世界から岡田拓郎、岸田繁、原雅明、三浦透子、SHeLTeR ECMFIELD (Yoshio + Keisei)が九段ハウスのそれぞれのリスニング環境に合わせて選曲。部屋の建築様式とペアリングされたサウンド・システムで、全く異なるリスニング体験をお楽しみいただけます。


さらに、ミュンヘンから輸入した貴重なポスターアート38点を特別展示。ECMレコードが保有するこれらのアートは日本では初公開となるもので、館内を巡りながらECMの世界観を視覚と聴覚の両面で堪能することができる特別な機会です。







日程:2024年12月13日(金)~21日(土) ※12月21日(土)はレセプションのため招待者のみ


時間:10:00/14:00/18:00 (所要時間:1時間程度、事前予約制)


入場料:無料 (要予約)


予約:Peatix特設ページ(https://ambienceofecm.peatix.com)


会場:kudan house (東京都千代田区九段北1丁目15-9)



ECM: 


独立系レコードレーベルECM(エディション・オブ・コンテンポラリー・ミュージック)は、1969年にプロデューサーのマンフレッド・アイヒャーによって設立され、今日までにさまざまなイディオムにまたがる1700枚以上のアルバムを発行してきた。


小さな文化事業として始まったこのレーベルの特別な資質は、すぐに認識されるようになった。1972年、『シュピーゲル』誌はECMに関する最初の記事として、ミュンヘンに住む29歳のプロデューサーが米国の著名な音楽家たちの関心を集めているというレポートを掲載した。シュピーゲル誌によると、ECMが「最高のジャズ録音」、つまり「サウンド、臨場感、プレスのゴールド・スタンダード」をリリースするようになったからだという。この時点では、ミュンヘンのレーベルは設立からまだ2年半しか経っていなかった。


ドイツのリンダウで生まれたマンフレート・アイヒャーは、ベルリンでコントラバスを学んだ。すぐにビル・エヴァンス、ポール・ブレイ、マイルス・デイヴィス、そして彼のベーシストであるポール・チェンバースといったアーティストの音楽への愛を知った彼は、ジャズに夢中になった。ドイツ・グラモフォンのプロダクション・アシスタントとして、彼はクラシック音楽の録音において最高水準を目指すとはどういうことかを学んだ。そして今、彼は即興音楽を同じ精度と集中力で録音し始めた。


新レーベルの最初のタイトルは、米国のピアニスト、マル・ウォルドロンの『フリー・アット・ラスト』だった。キース・ジャレット、ヤン・ガルバレク、チック・コリア、ポール・ブレイ、ゲイリー・バートン、エグベルト・ジスモンティ、パット・メセニー、ジャック・デジョネット、アート・アンサンブル・オブ・シカゴといったアーティストの先駆的な録音により、ECMは侮れないレーベルとしての名声を確立した。


1970年代後半には、メレディス・モンクやスティーヴ・ライヒなどの名前が定期的にECMのカタログに掲載されるようになり、1984年には楽譜に特化したニュー・シリーズを発表した。『タブラ・ラサ』でアルヴォ・ペルトの音楽を紹介したのを皮切りに、ニュー・シリーズは1200年にパリでペロタンが作曲したオルガナから現代作曲まで、幅広い範囲をカバーするようになった。

 


米国の深夜番組、「The Tonight Show Starring Jimmy Fallon」にボーイジーニアスのメンバー、またソロギタリスト/シンガーとして活動するジュリアン・ベイカー、そしてニューヨークのポップシーンの注目株、トーレスが共演を果たした。両者共にギタリストとして個性的な表情を持つ。


トーレスは今年の初め、ニューアルバム「What An Enormous Room」をMergeからリリースした。ジュリアン・ベイカーは今年表立って新作をリリースしていないが、積極的にイベントに出演し、ハイレベルなギタープレイを披露している。またとない共演の模様は下記よりご覧ください。



 

Horsegirlが2ndフルアルバム『Phonetics On and On』からのセカンド・シングル「Julie」をドロップした。アルバムの発表とともに配信されたリード曲「2468」に続くこの曲は、ローファイな質感が生かされながらも、デビュー・アルバムのサウンドよりも洗練された響きがある。


ホースガールは2022年の『Versions of Modern Performance』でデビューを果たした。二年半ぶりのニューアルバム『Phonetics On and On』は、2月14日にMatadorからリリースされる。



アムステルダム在住のアニメーター、ダフナ・アワディッシュ・ゴランが監督したこのビデオは、1ヶ月半のアニメーション制作から始まり、新しい街への引っ越し、冬の寒さ、片思いという曲のテーマを表現している。彼女のアニメーション作品の多くは、動物を人間の代役として登場させる。ゴランは、背景のビデオの各フレームを個別にプリントし、その上にオイルパステルで手描きする。彼女はそれらのフレームをすべてスキャンし直して最終的な構図を作り上げる。彼女のスタイルとプロセスの手触りの良さは、トラックが作り出すムードを際立たせる。


「Julie」



Yoshika Colwell・The Varnon Spring  『This Weather(E.P)』

 

Label: Blue Flowers Music

Release: 2024年12月6日



Review  エクペリメンタルポップのもう一つの可能性 

 

ロンドンをベースに活動するYoshika Colwell(ヨシカ・コールウェル)の新作『This Weather』はThe Vernon Spring(ヴァーノン・スプリング)が参加していることからも分かる通り、ピアノやエレクトロニクスを含めたコラージュ・サウンドが最大の魅力である。単発のシングルの延長線上にある全4曲というコンパクトな構成でありながら、センス抜群のポップソングを聴くことが出来る。

 

ヨシカ・コールウェルは、イギリスの伝統的なフォークサウンドから影響を受けており、同時にジョニ・ミッチェルに対するリスペクトを捧げている。例えば、ミッチェルの1971年の名作『Blue』のようなコンテンポラリーフォークの風味を今作に求めるのはお角違いと言える。しかしながら1970年代の西海岸の象徴的な音楽性、ジャズシーンでも高い評価を受けた名歌手の影響をコールウェルのボーカルに見出したとしても、それは気のせいではない(と思う)。


それに加えて、ポスト・クラシカルともエレクトロニックとも異なるヴァーノン・スプリングの制作への参加は、このささやかなミニアルバムにコラージュサウンドの妙味を与えている。Bon Iver以降の編集的なポップスであるが、その基底には北欧のフォークトロニカからのフィードバックも捉えられるに違いあるまい。また、感の鋭いリスナーはLaura  Marling(ローラ・マーリング)のソングライティング、最新作『Patterns In Repeat』との共通点も発見するかもしれない。


EPの収録曲に顕著なのは、エレクトロニカとフォークトロニカのハイブリッドであるフォークトロニカをポップネスとして落とし込むという点である。オープニングを飾る「No Ideology」を聴くと分かる通り、グロッケンシュピール等のオーケストラの打楽器をサンプリング的に配し、ジャズ的な遊び心のあるピアノの短い録音をいくつも重ね合わせ、コラージュサウンドを組み上げていく。聴いているだけで心が和みそうなサウンドの融和は、コンテンポラリーフォークを吸収したヨシカ・コールウェルのボーカルと巧みに折り合っている。現代的な「ポップスの抽象化」(旋律や和音、そして全般的な楽曲の構成の側面に共通している)という観点を踏まえ、自然味に溢れ、和らいだポピュラーワールドが構築されていく。そして、ピアノの演奏の複数の録音やグロッケンシュピールの音色が、アンビバレント(抽象的)なボーカルと重なりあうとき、曲のイントロからは想像だにしないような神秘的なサウンドが生み出される。ここには構築美というべきか、音を丹念に積み上げることによって、アンビエント風のポップスが完成していく。この曲は近年の実験的なポップスの一つの完成形でもあるだろう。



ヴァーノン・スプリングのエレクトロニカ風のサウンドは次の曲に力強く反映されている。「Give Me Something」は前の曲に比べると、ダンサンブルなビートが強調されている。つまり、チャーチズのようなサウンドとIDMを融合させたポピュラー・ミュージックである。この曲ではイギリスのフォーク・ミュージックからの影響を基にして、エレクトロニカとしてのコラージュ・サウンドに挑んでいる。Rolandなどの機材から抽出したような分厚いビートが表面的なフォークサウンドと鋭い対比を描きながら、一曲目と同じように、グロッケンシュピール、ボーカルの断片が所狭しと曲の中を動き回るという、かなり遊び心に富んだサウンドを楽しめる。また、サウンドには民族音楽からのフィードバックもあり、電子機器で出力されるタブラの癒やしに満ちた音色がアンビバレントなサウンドからぼんやり立ち上ってくる。色彩的なサウンドというのは語弊があるかもしれないが、多彩なジャンルを内包させたサウンドは新鮮味にあふれている。ボーカルも魅力的であり、主張性を控えた和らいだ印象を付与している。

 

「Your Mother’s Birthday」はローラ・マーリングとの共通点が見いだせる。クラシックを基にしたピアノ、そしてエレクトロニカを踏襲したシンセ、そしてボーカルが見事に融合し、上品さにあふれる美しい音像が組み上げられていく。結局のところ、この曲を聞くかぎり、2020年代の音楽においては、北欧のエレクトロニカもポスト・クラシカルも旧来のフォークやポップスと影響を互いに及ぼしながら、新しいポップスの形として組み込まれつつあるのを実感せざるを得ない。こういったサウンドは、今後、主流のポピュラーの重要な基盤を担う可能性もありそうだ。そして楽曲は、旋律の側面においても、構成的な側面においても、緩やかな波を描きながら、曲の後半では、ドラマティックな瞬間を迎え、そしてアウトロにかけてクールダウンしていく。この曲には、即効性や瞬間性とは異なるオルトポップの醍醐味が提示されている。

 

EPのクローズも個性的なサウンドを楽しめる。この曲は、EDMとネオソウルのハイブリッドサウンドをイントロで強調した後、意外な展開を辿る。エレクトリック・ピアノを背景の伴奏として、ドラマティックなポピュラーミュージックへ転変していく。一曲目と同じように、最初のモチーフは長い時間を反映しているかのように少しずつ形を変え、植物がすくすくと葉を伸ばし成長していくように、ダイナミックでドラマティックな変遷を辿る。いわば最初のモチーフから曲が成長したり、膨らんでいくようなイメージがある。つまり、制作者のイマジネーションによって、民族音楽の打楽器をボーカルの背景に配し、エキゾチックなサウンドを強調させるのである。最終的には種にすぎないモチーフが花開くような神秘的な瞬間は圧巻と言える。


エクスペリメンタルポップは、近年においては、電子音楽やメタルのような音楽を吸収し、次世代のサウンドへ成長していったが、いまだクロスオーバーの余地が残されていることに意外性を覚える。もしかすると、クラシック/民族音楽/ジャズというのが今後の重要なファクターとなりそうだ。

 

 

82/100

 

 


©Michael Schmelling


デイモン・マクマホンは、自身のプロジェクト「Amen Dunes」の活動終了を発表した。この彼は今年リリースされた『Death Jokes』から曲を削ぎ落としたリミックス・アルバム『Death Jokes II』をプロデューサーのクレイグ・シルヴェイと共にリリースする。ストリーミングは以下から。


「これは最終巻の最終章だ」とマクマホンはプレスリリースで説明している。「さようなら、ほとんど一言も話していないけど、パーティーではいつもそう。私たちが死んだら、もっとうまくいくことを祈りましょう」


アーメン・デューンズは2006年、ニューヨーク州北部のトレーラーで8トラック・レコーダーで録音したアルバム『D.I.A.』で設立された。そこから成長し、マクマホンは過去18年間に6枚のフルアルバムと2枚のEPをリリースした。今日、彼は7作目にして最後のアルバム『Death Jokes II』をリリースする。これは、2024年5月のサブ・ポップ・デビュー作『Death Jokes』の再編集版である。

 

「Ian (Goodbye)」

 

 

NPR Musicに「異なる方向への大胆な転換」、Stereogumに「マクマホンの芸術的な才能の証」、GQに「しばしば、その素晴らしさと同じくらい困惑させられる音楽作品群」と評された『Death Jokes』は、アーメン・デューンズのこれまでの作品とは大きく異なるもので、マクマホンが幼少期から親しんできたエレクトロニック・ミュージックに没頭する野心的なアルバムだ。



デス・ジョークス』は、完成までに4年近くを要した複雑なプロジェクトで、2021年6月にロサンゼルスの有名なイースト・ウェスト・スタジオ(「ペット・サウンズ」とお化け屋敷のような「ホイットニー・ヒューストン」の部屋)で、マネー・マーク(ビースティ・ボーイズ)をキーボードに、ジム・ケルトナー(ボブ・ディラン他)とカーラ・アザー(オートラックス)をドラムに迎えて録音された別バージョンを含む、様々な反復が行われた。



このアルバムを『Death Jokes II』として再構築するにあたり、マクマホンはクレイグ・シルヴィーによる楽曲のストリップダウン・リミックスのために、すべての素材を再検討した。

 

これらの新しいミックスには、『Death Jokes』の著名な貢献者であるパノラム、クウェイク・ベース(ディーン・ブラント、MF DOOM)、クリストファー・バーグ(フィーバー・レイ)、ロビー・リーの未発表曲も含まれている。

 



Amen Dunes 『Death Jokes II』

 


Tracklist

1. Ian (Sunriser)

2. What I Want (Night Driver)

3. Exodus (Do It)

4. Rugby Child (300 Miles Per Hour)

5. Purple Land (In The Springs)

6. Mary Anne (Senigallia)

7. Italy Pop Punk

8. I Don’t Mind (Q Loop)

9. Round the World (Down South)

10. Ian (Goodbye)


Listen/ Streaming: https://music.subpop.com/amendunes_deathjokesii

 

Photo:Stéphanie Bujold

現在モロッコのタンジェに滞在し、ニューアルバムの制作に取り組んでいるAlex Henry Foster(アレックス・ヘンリー・フォスター)が、今年度3作目のリリースとなるEP『A Whispering Moment』を本日リリースします。

 

今年は、 4月に日本人アーティストとコラボレーションしたアルバム『Kimiyo』と、9月にインストゥルメンタルのみのアンビエントアルバム『A Measure Of Shape And Sounds』をリリースしており、 昨年の心臓手術によって思うように活動ができなかった時間を取り戻すかのように精力的に活動している。 


そして、今回は彼が2018年にリリースしたソロデビューアルバム『Windows in the Sky』を記念して、EP『A Whispering Moment』をリリース。

 

このEPは、楽曲「Shadows Of Our Evening Tides」が初めて形となったときから、様々なライブバージョンへと自然に開花していくまでの、その自由に進化する性質に焦点を当てたものだ。 深い感情への没入と繊細な音を示す感動的な作品「Shadows Of Our Evening Tides 」は、Alex Henry Fosterの心を解き放つ創造の世界を鮮やかに映し出すと同時に、昨今のステージに立つ最も魅力的で、情熱的で、挑発的なアーティストの一人としての彼の評判を完璧 に反映している。 


このEPについて、本人は次のように述べています。「この特別なプロジェクトは、僕の父が亡くなったあとの心の傷やその後に続いた長い悲しみのプロセスを表現した、個人的で親密な感情を含んだものであるだけ でなく、友人たちや愛する人たちが彼らの喪失や悲しみの中で、慰めを見つけるための独特な要素となり、その後、このアルバムを発見する多くの人たちによって、希望に満ちた作品として安らぎを与えるものとなったと信じてる」


「一見、または浅く解釈すると、この作品は愛の儚さや 混乱を嘆く悲しみを反映しているかのように思えるかもしれないけど、その本質は、最も暗い 時期において、平和と目的を見出すことについてなんだ」


さらに続けて、「そして、最も野心のない正直さと利己的ではない創造の解放のように、『Windows in the Sky』は、僕の音楽の旅を再定義し続け、そして、おそらく、より大事であろう、 僕の存在自体を再構築するきっかけとなってくれた」


「だから、この『A Whispering Moment』が、自分の人生をつくり、本当の意味で生きていると 感じる鮮やかな感覚を体験し、再体験できるよう、君を導いてくれることを願っている」

 

 「Shadows Of Everything Tides」

 

 

Alex Henry Foster 『A Wispering Moment』EP


Tracklist:

1. A Whispering Moment (Alternative Version, April 30, 2018) (4:48)
2. Shadows Of Our Evening Tides (Extended Version, April 13, 2019) (11:17)
3. Shadows Of Our Evening Tides (Live from the Upper Room Studio, April 28, 2020) (17:08)
4. Shadows Of Our Evening Tides (Live at Brückenfestival, August 12, 2022) (13:12)


Listen/ Stream: https://found.ee/ahf-awm

●rockin’on sonicに出演が決定したNY発のポスト・パンク・バンド、モノブロックが新曲「Take Me」リリース! 自主制作ミュージック・ビデオも公開!

Monobloc
 

ほぼ無名の新人ながら、2025年1月4日(土)・5日(日)の2日間に渡って幕張メッセにて開催されるニュー・イヤー洋楽フェスrockin’on sonicへの出演が決定したニューヨーク発のポスト・パンク・バンド、モノブロック(Monobloc)がニュー・シングル「Take Me」をリリースした。


ニューヨークのアンダーグラウンドDIYシーンから飛び出したモノブロックは、ヴォーカルのティモシー・ウォルドロンとベースのマイケル・シルバーグレードが率いる5人組バンド。2024年に入ってシングル「I'm Just Trying To Love You」「Where Is My Garden」「Irish Goodbye」と立て続けに3曲をリリース。


デビュー間もないながらも、すでにUKのオール・ポインツ・イースト・フェスティバル、フランスのロック・アン・セーヌ、メキシコのコロナ・キャピタル・フェスティバルやアイスランド・エアウェーブスに出演。そして、ロッキング・オンとクリエイティブマンがプッシュする新星として、rockin'on sonicへの出演が決定した。


フロントマンのティムは、躍進の年となった2024年最後のリリースについて次のように語っている。


「音楽的には『Take Me』はフィル・スペクターのウォール・オブ・サウンドの手法を模索していた頃に書かれた曲で、ただリバーブに浸るのではなく、幻想的なサウンドをうまく配置したマッシヴなサウンドなんだ。僕たちは、まだ自分達が演奏するには大きすぎるような会場のための曲を求めていた。これは僕らがバンドとして足場を固め、旅に踏み出すときのサウンドで、リスナーがモノブロックに最初に触れる曲になるといつも想像していたんだ。現実はそうではなかったかもしれないけれど、でも一部のリスナーにとっては、今でもそうなると思っているよ」


この度公開された「Take Me」の自主制作ミュージック・ビデオは、地元ニューヨークや世界各地で撮影され、国内外での気の遠くなるような12ヶ月間におよぶライヴ映像から構成されている。


「Take Me」

   


◾️お正月開催の新たな洋楽フェス、「ROCKIN’ON SONIC」にNY発のポストパンクバンド、モノブロックの出演が決定!



先日インターポール(Interpol)のブルックリン公演のサポートを終えた彼らの次なるステージはお正月の日本公演! メンバー一同、日本に来ることは長年の夢で非常に楽しみにしているとのことなので、ぜひ日本初のステージとなるrockin'on sonicをお見逃しなく!



【バイオグラフィー】

ティモシー・ウォルドロン(ヴォーカル)とマイケル・シルバーグレード、別名:モップ(ベース)が率いる、ニューヨーク発の5人組バンド。2023年にザック・ポックローズ(ドラム)、ベン・スコフィールド(ギター)、そしてニーナ・ リューダース(ギター)が加わり、正式に始動した。

 

バンドのサウンドは、1980年代のマンチェスターのインディー・レーベル、ファクトリー・レコードから影響を受けている。他にも、トニー・ウィルソン、ピーター・サヴィル、ジョイ・ディヴィジョン、ニュー・オーダーらの名を挙げており、また、スティーヴ・ライヒが制作した『Music for 18 Musicians』はとりわけバンドのギター・パートに大きな影響を与えたという。

 

2024年1月、シングル「I’m Just Trying to Love You」を、セルフ・プロデュースしたミュージック・ビデオと共にリリースすると、瞬く間に彼らの評判は知れ渡り、イギリスやヨーロッパへのフェス出演に次々と出演。2025年1月にはrockin'on sonicへの出演も決定し、早くも初来日することが発表された。

 


「I Read Palms」は、オレゴン州ポートランドのアーティスト、イライジャ・クヌッツェンによるゴシック調のサプライズ曲。近日発売予定のアルバム『Poltergeist』からのリード・シングルである。


このトラックは、ヘヴィ・ロックの領域におけるイライジャの多才さを示す、荒涼とした怒りに満ちたショーケースだ。ダークな雰囲気のヴェールの下で、ドキドキするドラム・マシーンとマントラのようなベースがノイズのカーテンに包まれる。


アルバム『Poltergeist』は、定評あるアーティスト、イライジャ・クヌッツェンが自身のレコードレーベルMemory Colorからリリースした、ダークでゴシック、スモーキーな作品。


ダーク・アンビエントとシューゲイザーの要素を取り入れたゴシック・ロックが渦巻き、殺伐としたローファイ・ベースメント・プロダクションにチューニングされている。Joy Division、The Cure、Interpol、New Order、The Twilight Sad、Sparklehorse、The Chameleonsなどのバンドのサウンドを彷彿とさせる。ダークな20世紀初頭の神秘主義のオーラを放つPoltergeistは、暗い占い、霊写真、降霊会、片思い、苦い後悔、「アイズ・ワイド・シャット」、「シャイニング」の舞踏会のシーン、廃墟となった神社、絶望的な黒い空について語っている。


このアルバムではイライジャのヴォーカル・テクニックが全開で披露されているが、物静かで控えめなこのアーティストにとっては初めてのことだ。イライジャは2020年に「Music For Vending Machines 1」のような環境音楽のレコードでスタートを切ったが、2018年初頭にはムーディーで泥臭いポストロックのインストゥルメンタル作品を発表し、音楽の旅を始めた。彼のニューウェーブの影響は、アンビエントなリリースにも常に存在している。"Heaven Red "や "Maybe Someday "を参照。


アルバムのプロデュース、ミックス、マスタリングは、イライジャ・クヌッツェンがオレゴン州ポートランドの自宅スタジオで行っている。このプレス・キットには、"I Read Palms "のラジオ・ミックスが特別に収録されており、この曲のローファイな部分をさらに引き立てている。


イライジャのカタログは、彼の会社''Music For Public Spaces''を通じて出版されている。日本での出版は、彼のサブ・パブリッシャーであるシンコー・ミュージックLLCによって管理されている。

Fennesz  『Mosaic』



Label: P-Vine Inc.

Release: 2024年12月4日


Review


『Mosaic』は2000年代はじめに発表された『Venice』のサウンドと地続きにある。今年、『Venice』は20周年を迎えるにあたって、リマスターを施したアニヴァーサリー・バージョンも発売されている。1990年代に彗星のごとくウィーンのテクノシーンに登場したFenneszは、ギタリストとして知られるほか、プロデューサー、作曲家として幅広い分野で活躍してきました。その中には坂本龍一とのコラボレーションアルバム『Cendre』を筆頭に、この10年間、 Fennesz(フェネス)はミュージシャン、映画制作者、ダンサーと共同制作を行ってきた。デヴィッド・シルヴィアン、キース・ロウ、スパークルホースのマーク・リンカス、マイク・パットン、多くのミュージシャンとレコーディングやパフォーマンスを行っている。また、ピーター・レーバーグ、ジム・オルークとともに即興トリオ、フェン・オーバーグとしても活動している。

 

フェネスの音楽的なアプローチに関しては、基本的にノイズ、アンビエントの中間に位置づけられる。また、その中には稀に、一般的なリスナーには聞き慣れないアフリカ等の民族音楽の要素が含まれることもある。しかし、結局、今世紀初めには上記のジャンルが(おそらく)確立されていなかったため、前衛音楽の枠組みの中で解釈されることは避けられなかった。ときにはアウトサイダー的なテクノとして聴かれる場合もあったかもしれない。だが、『Venice』の20周年盤でも言及した通り、テクノ全般のイディオムがフェネスの音楽にようやく追いついて来た。おそらく90年代や00年代にフェネスの音楽を理解した人はかなり少なかったはず。しかし、時代が変わり、今やフェネスの音楽はアウトサイダー・テクノではなく、むしろ主流派の領域に属し始めている。これはテクノや全般的な電子音楽を中心にクロスオーバー化やハイブリッド化が進んだことにより、フェネスの音楽はむしろ時代にマッチするようになった。

 

『Venice』の20周年記念盤のレビューでも言及した通り、このアルバムでは20年後の音楽が予見的に登場していた。それは”ドローン”という新しい音楽形式、それから、他の数々のジャンルを吸収したハイブリッドの末裔としてのテクノ等、 2000年代にグリッチが登場し、それらが新しい音楽として先見の明がある聞き手に支持されていた時代から見ると、たとえリアルタイムの体験者ではないとしても、心なしか感慨深いものがある。しかしながら、待望の新作アルバム、そして解釈に仕方によっては『Venice』の続編とも言える『Mosaic』は、あらためてこのプロデューサーの音楽がどのようなものであったのかを把握するのに最適である。彼の音楽が最先端に属していて、2020年代のミュージックシーンに馴染む内容であることが分かる。

 

本作は、2019年に発表された『Agora』からすでに始まっていたというルーチンワークから生じたという。「今回はゼロからのスタートで、すぐにはコンセプトもなく、厳しい作業ルーティンがあった。朝早く起きて昼過ぎまで仕事をし、休憩を挟んで、また夕方まで仕事をする。最初は、ただアイデアを集め、実験し、即興で演奏した。それから作曲、ミキシング、修正。''モザイク "というタイトルは、ピクセルのように一瞬で画像を作り上げる以前の、古代の画像作成技法を反映した」というのがフェネスのコメントとなっている。そして、アルバムの強度を持つノイズ、アンビエント、民族音楽の融合は、深遠なテクノのイディオムを顕現させる。

 

少なくとも、本作は一度聴いただけで、その全容を把握するのは至難の業である。五分から九分に及ぶ収録曲の音楽の情報量は極めて多い。アルバムの冒頭を飾る「Heliconia」は大まかに二部構成から成立している。ガラス玉のようなパーカッションがイントロに登場し、その後、ギターによるドローンが曲の構成や印象を決定付ける。微細な音の配置は、ポストロック的なマクロコスモスを描き、音像が際限なく広がっていき、宇宙的な壮大さを帯びる。この点に、坂本龍一の遺作『12』との共通項も見出される。


そして、2001年の『Endless Summer』の時代から培われたシンフォニックなテクスチャーが立ち上る。この間、一筋の光のように伸びていくシンセも登場し、4分以降にはダイナミックなハイライトを迎える。


以降は曲風が一変し、ノイズからサイレンスへ変遷していく。すると、精妙なノイズが登場し、民族音楽的なパーカッションが配され、曲全体は霊妙な雰囲気を帯びる。そして、後半部では、民族音楽とテクノを融合させ、その後、ギターのミュートを用いたアルペジオ等が登場し、曲の構成の背景を形作るシンセによるシークエンスは、Loscilの『Umbre』のような荘厳な雰囲気を帯びる。ギターの演奏だけでなにかを物語るかのように、曲はアウトロのフェードアウトに向かっていく。

 

フェネスは音楽制作者としてノイズミュージックの他にも音響派のギタリストとしての表情を併せ持つ。二曲目「Love And The Framed Insects」では2023年に発表されたアルバム『Senzatempo』、『Hotel Paral.lel』の両作品の作風を融合させ、叙情的なギターアンビエントと苛烈なノイズを交互に出現させる。


さらにフェネスはノイズと叙情的なシークエンスを丹念に融合させ、音楽の持つ静謐で美麗な瞬間を作り出す。いわばアルバムのジャケットに描かれるような情景的な美しさが音楽的なモチーフとして登場し、主体性を持つに至る。主体性を持つというのは、音楽が主人公となり、それらが発展したり、敷衍したり、奥行きを増していったりと、多彩な側面を見せるということ。これらは音楽の持つ多次元的な性質を反映させている。それらをフェネスは最終的な編集作業を通してコンダクターさながらに指揮するのである。ノイズも登場するものの、この曲の全般的な魅力はむしろ感覚的な美しさに込められている。これは調和と不調和の融合をかいして、制作者の美学のようなものが鏡のように映し出される。

 

経済学者であるジャック・アタリも指摘するように、ノイズというのは社会学として見た上では、不調和を意味する。しかし、一方で、実際的にホワイトノイズやピンクノイズ等、音の発生学として多彩なノイズがこの世に存在するように、これらの雑音が必ずしも不快な印象を与えるとはかぎらないということは、次の収録曲「Personare」を聴けば瞭然なのではないかと思う。


例えば、この曲では坂本龍一とのコラボアルバム『Cendre』で用いた精妙なノイズを駆使し、「不調和の中にある調和」を示唆している。実際的に、多くの人々は、単一の物事の裏側にある別の側面を度外視することが多いが、この世の現象や出来事の大半は、こういった二面性や多面的な要素から成立している。この曲では、そういった現象学としての普遍性がしたたかに織り交ぜられている。同時に、ノイズという本来は不快であるはずの音響的な現象中に、それとは対極に位置する快適な要素ーー心地よさーーを見出すことも、それほどむずかしくない。


実際的にこの曲はノイズを不自然に除去した音楽よりも、不思議と音に身を預けていたいと思わせる快適な要素が偏在している。なぜ、一般的には心地良くないと言われている音響に心地よさを覚えるのかといえば、それは、自然界を見ても分かるように、雑音性というのは必ずどこかに生じ、自然の摂理に適っているためである。これはフェネスのノイズ制作の清華とも言える。

 

続く「A Man Outside」でもノイズの要素は維持され、パーカッシヴな音響効果を用いた環境音楽の形式が取り入れられている。そして、この曲でも序盤は前曲の作風を受け継いで、ノイズの精妙な感覚、次いで、ノイズの中にある快適さという側面が強調されているが、二分後半からは曲調がガラリと変化し、ダークなドローン風の実験的なテクスチャーが登場する。まるで情景的な変化が、ノイズや持続的な通奏低音を起点に移ろい変わっていくような不可思議な感覚を覚える。曲の序盤における天国的な雰囲気は少しずつ変化していき、メタリックで金属的な響きを帯び、冥界的なアンビエント/ドローンに変遷していくプロセスは圧巻というよりほかなし。これほどまで変幻自在にサウンド・デザインのように音の印象を鋭く変化させる制作者は他に思いつかない。曲の後半でも曲の雰囲気が変わり、序盤の精妙な雰囲気が立ち戻ってくる。

 

「Patterning Heart」は、現在のアンビエントシーンの流れに沿うような楽曲と言えるかもしれない。抽象的なドローン風のテクスチャーが通奏定音のように横向きに伸びていき、極大の音像を形成してゆく。大掛かりな起伏は用意されていないけれど、曲の中盤ではサイレンスが強調される瞬間があり、『Venice』に見いだせるギターノイズが取り入れられている。アルバムのクローズでもフェネスらしさが満載で、濃密な音楽世界が繰り広げられる。モーフィングを基に制作された「Goniorizon」では音の波形の変化に焦点が絞られている。


2000年代の制作者が二十年後の音楽を予見したように、音楽の未来性を読み取ることも可能かもしれない。本作には音楽の持つ楽しさはもちろん、未知の芸術的な表現性への期待感が込められているように思えた。

 

 

 

90/100 

 



「Heliconia」

■ベルリンから彗星の如く現れたジャズ・コレクティヴ、モーゼズ・ユーフィー・トリオ。待望のデビュー作『MYT』が日本先行リリース。



北ヨーロッパ特有の洗練された空気、流れるような優美なメロディーと人力ドラムンベース、熱狂と静謐さを携えた記念すべきフルアルバムが初上陸。

 

濃密なシンセと躍動するリズムが絡み合う「グリーン・ライト」では、ロンドンの人気ラッパーENNYをフィーチャー、同郷のサックス奏者ヴァンヤ・スラヴィンと共演するジャズ・パンクな「ディープ」での白熱の即興演奏も要注目。

 

2025年のジャズ・シーンの台風の目になること必至の大型新人の登場だ。全オリジナル13曲収録。日本限定CD盤で発売予定。

 

 

 

Moses Yoofee Trio「MYT」 [モーゼズ・ユーフィー・トリオ/エムワイティー]



発売日 : 2025年1月24日
   レーベル : 森の響(インパートメント)
フォーマット : 国内盤CD
品番 : MHIP-3794
店頭価格 : 3,080円(税込)/2,800円(税抜)
バーコード : 4532813837949 


*ライナーノーツ収録(落合真理)
*日本のみCDリリース + 先行販売(LPと配信は2/7発売)

 

■プロフィール : モーゼズ・ユーフィー・トリオ

 
ベルリン拠点のピアニスト/プロデューサーのモーゼズ・ユーフィー、ベーシストのロマン・クロベ=バランガ、ドラマーのノア・フュルブリンガー擁する気鋭トリオ。「エモーションズ、モーメンツ、バンガーズ」を掲げ、2020年に結成。ヒップホップからアフロビーツ、アートロックを自在に取り込んだ圧巻のライヴパフォーマンスには定評があり、2024年度ドイツ・ジャズ・プライズではライヴ・アクト・オブ・ザ・イヤーを受賞。


・モーゼズ・ユーフィー・ヴェスター(ピアノ/キーボード)


2013年にわずか14歳でターゲスシュピーゲル紙に「若き天才ジャズアーティスト」と絶賛される。その才能はとどまることを知らず、ロマンと共にレゲエ界のスター、ペーター・フォックスの大規模ツアーにも参加。



・ロマン・クロベ=バランガ(ベース)


モーゼズとはベルリンのジャズ・インスティテュートで出会い、以来コンビを組んで活動を展開する。緻密で揺るぎない演奏力を武器に、バンドの複雑かつ普遍性を兼ね備えたサウンドを支える。

・ノア・フュルブリンガー(ドラム)

 
アメリカの人気ラッパーキャスパー、スウェーデンの名ベーシストのペッター・エルド、ドイツのコメディアン/俳優/ミュージシャンのテディ・テクレブランらと共演し、確かな評価を築き上げる新鋭ドラマー。




坂本龍一とのコラボレーションで知られるアルヴァ・ノトが新作アルバム『Xerrox』のリリースを発表した。『Xerrox Vol.5』は12月6日にNOTONからリリースされ、国内流通盤も同時発売となる。(ストリーミングは11月29日)


2007年にスタートしたアルヴァ・ノトことカールステン・ニコライの「Xerrox」(ゼロックス)シリーズ。もともとのコンセプトはオリジナルよりも記憶に残る映像や音響の「コピー(複製)」を作ることを目的としていた。シリーズ名は、米国のゼロックス社が1960年に商品化した電子写真複写機の商標名から始まり、現在ではコピー機やコピーのことを意味する「xerox」に由来しているが、名前だけではなく「コピー(複製)」という根本的なコンセプトにも影響を与えている。2005~2006年の最初のレコーディングから約20年に渡り、シリーズ5枚のアルバムは、アーティストの進化する視点とコンセプチュアルなアプローチに寄り添ってきた。

 

当初は荒々しさとホワイトノイズの中に解答を求めるコンセプチャルなフォーカスを特徴としていたが、後の作品では、音響的な粒子に重点を移しながら、”溶解”というテーマに取り組んでいる。コピーのプロセスは、現在ではソフトウェアの操作によって目に見えるものではなくなっているが、その代わりに、アーティストが作曲中にメロディや音響のイメージを描写し、操作し、コピーし、新しいパターンに変換することで展開される。


ニコライはこの進化を、ホメロスの叙事詩「オデッセイア」やネモ船長が登場するジュール・べルヌの物語との共通点を示しながら、構築、探求、解答を包含する旅と表現している。

 

また、このアルバムの完結は、アーティストにとっての区切りの意味を持っている。ニコライは「始まりと終わりの両方を縁取るトラックのサイクル全体を作ることを目指した」と説明する。「旅のモチーフは続くが、今回は無限への旅に出るというコンセプチュアルな目的を通して、物語は溶解に至る。Dissolution(ドイツ語で"Auflösung")という言葉は素晴らしいコンセプトで、謎を解明するという意味もあるし、錠剤が水に完全に溶けるという意味もある。ここで、私は意図的に溶解する過程を描写している」

 

Vol.5を制作するにあたり、ニコライは作曲プロセスを進化させ、サンプルを排除し、オリジナルのメロディーを採用した。「このアルバムの完成には、おそらく最も時間がかかった。最初にメロディーのスケッチを描き、それが作品の基礎となった。これらのレコーディングはすべてゼロから制作したものだ。これらのスケッチをもとに、コピー、マニピュレーション、再形成のプロセスを構築した」


近年、映画や大規模なアンサンブルを手がけた経験から、ニコライの作曲へのアプローチは、クラシックの楽器法の影響が大きくなっていることを反映している。「このアコースティックなクラシック楽器との共同作業の経験は、Xerrox Vol.5の作曲プロセスにも生かされている。一部の楽器は、オーケストラへの移植を念頭に置いて設計されている。」

 

“Xerrox Vol.5”の音には、非常に深い溶解の雰囲気がある。ニコライは「私は当初、強く感情的なメロディーの側面には興味がなかった 」と話している。「でも、その断片が中心的な役割を果たしていることに気づいた」 この変化は、メランコリーと別れのほろ苦さに彩られた感情的な体験が反映されている。このシリーズを敬愛していた坂本龍一が亡くなったことでアルバムの感情的な響きはさらに深まった。「”Xerrox Vol.5”は別れに大きく関係している。20年近く育ててきたシリーズそのものとの別れだけでなく、親しかった人たちとの別れもたくさんあった。これらの人々のことは、音楽の中で認識できると思う。とても感情的で個人的なアルバムだ」

 

リスナーは音楽に視覚的な側面を期待できるが、ニコライは意図的に解釈の余地を残している。「特定の物語を指示するのではなく、音楽が個人的な経験やイメージを呼び起こすことを好む」と彼は言う。その結果、優しさと内省を誘う重層的なリスニング体験が生み出されている。


*記事掲載時、発売日を12月8日としていましたが、ただしくは12月6日となります。訂正致します。


Alva Noto 『Xerrox Vol.5』


発売日: 2024年12月8日(金)

アーティスト:Alva Noto(アルヴァ・ノト)

タイトル:Xerrox Vol.5(ゼロックス・ヴォリュームファイブ)

フォーマット: 国内流通盤CD

レーベル:NOTON

ジャンル: ELECTRONIC

流通 : p*dis / Inpartmaint Inc


Tracklist:

1. Xerrox Topia

2. Xerrox Sans Nom I

3. Xerrox Sans Nom II

4. Xerrox Ascent I

5. Xerrox Ascent II

6. Xerrox Sans Repit

7. Xerrox Nausicaa

8. Xerrox Xenonym

9. Xerrox Ada

10. Xerrox Arc

11. Xerrox Kryogen

12. Xerrox Isotope

Weekly Music Feature : Hollie Kenniff

 

カナダ系アメリカ人のアンビエント・ポップ・アーティスト、Hollie Kenniff(ホリー・ケニフ)の4作目となる『For Forever』は、濃密なメロディの茂みに覆われ、聴く者を常にハラハラドキドキさせながら、クレッシェンドという満足のいく結末へと辛抱強く導いていく。エレクトロニックとアコースティックのサウンドウェーブにまたがる『For Forever』は、何マイルにも及ぶ果てしない至福の時間を提供し、ホリー・ケニフのこれまでで最も満足のいく作品となりました。


Nettwerk Music Groupからのデビューとなるケニフの最新アルバムは、昨年リリースされたエモーショナルなタイトル『We All Have Places That We Miss』に続く作品です。夫のキース・ケニフ(ヘリオス、ゴールドムンドとしてもレコーディングを行っている)とエレクトロニック・ポップのユニット、ミント・ジュレップで活動して以来、15年以上にわたって着実に歩んできたキャリアの中で、またひとつ印象的な宝石になり得る。心揺さぶる美しさを持つこのアルバムは、この特別なアーティストがこれからさらに大きなピークを迎えることを予感させます。


ニューアルバムのタイトル・トラック「For Forever」には特に注目です。彼女の息子のピアノをフィーチャーした、瑞々しく没入感のあるアンビエント・リスニング・エクスペリエンスである。アルバムは共同体の集積であり、他方シングルは家族というパズルの模範的なピースとなるでしょう。


「人々は信憑性に惹かれるものだと思う。誇大広告に頼ったり、すぐに廃れたり忘れ去られるような特定の流行を追いかけたりせず、音楽自身に語らせるようにしています」と彼女は語っています。


『For Forever』 2021年まで遡る過去数年間に書かれ、レコーディングされた音源で構成されていて、その最も幽玄な瞬間でさえも人間味溢れる抒情的なサウンドを聴かせてくれる。シガー・ロスのインストゥルメンタル作品や、ウィル・ヴィーゼンフェルドのGeoticプロジェクトのファジーなドリームスケープとは異なり、11曲のいずれも小さな黙示録のように聴こえるはずです。


ホリー・ケニフは『For Forever』の制作について次のように述べています。「私はほとんど毎日のように音楽制作に取り組んでいて、それは私の人生において非常に重要な部分なんです。私はいつも、人間の感情と自然界を作品のテーマにしています」




 『For Forever』 Nettwerk Music Group (85/100)

 

当初、ホリー・ケニフはソロ活動を始めた頃、シューゲイザーとドリームポップの中間域にある音楽を制作し、インディーズミュージックのファンの注目を集めていました。2019年には最初のアルバム『The Gathering Dawn』を発表し、注目作を発表しています。基本的には演奏者としてギタリストですが、制作者の作り出す神秘的なアンビエンスは、およそギターだけで作り出されたとは信じがたい。ようやくというべきか、満を持してというべきか、ホリー・ケニフはカナダのネットワークから最初のフルアルバムをリリースします。実際的な音楽性や世界観などが着実に磨き上げられ、夢想的かつ美麗なアンビエントアルバムが登場しました。


音楽性に関しては、2021年のシングル集「Under The Lonquat Tree」の延長線に位置づけられます。アンビエントというのはどうしてもアウトプットされる音楽が画一的になりがちな側面があるものの、ホリー・ケニフのソングライティングは叙情的な感性と季節感のあるサウンドスケープが特徴的。また、雪解けの季節を思わせるような雰囲気、清涼感のある音楽性が主体となっています。今回の4thアルバムを語る上で不可欠なのは、従来培われたギターやシンセを中心とするアンビエントテクスチャー、曲全体に表情付けを施すピアノでしょう。これらがほどよく合致することにより、ホリー・ケニフの作風はひとまず過渡期を迎えています。


ホリー・ケニフが説明する通り、本作の音楽は、誇大性、扇動性、ないしは脚色性とは対極に位置し、名誉心や虚栄心といった感覚とは相反する素朴な価値観が提示されています。それは全般的に言えば、芸術やリベラルアーツの原初的な意義を復権させるための試みでもある。多くの場合、音楽は、商業的な観点から制作され、実際的に経済効果をもたらした作品が評価されることは自然ですが、他方、音楽の楽しみはそれだけにとどまりません。このアルバムは、音楽を楽しむ上で、一般的な観点とは異なるもう一つの楽しさを教唆してくれるはずです。ある意味ではそれが限定的な影響力しか持たないとしても、アーティストが数年間、ほとんど毎日のように制作に取り組むかたわら、「永遠なるもの」を探求した結末とも言えるかもしれません。そして、それはたぶん察するに商業的な成功や名誉ではなかったのでしょう。結果として、音楽の持つ純粋な側面が引き出され、澄明な輝きを持つアンビエントが生み出されました。

 

以前から言及している通り、旧来は家父長制を基底に社会システムが構築されていたため、女性アーティストが世に出て来づらい弊害がありました。それは古い言葉になってしまいますが、女性の社会的役割が重視されていたから。結果として、その壁を打ち破ることになったのは、デジタル・ストリーミングの普及であり、制作環境にラップトップが導入されたことであり、また、自由にインターネット上で個人的な音源を公開することが可能になったことでしょう。次いで、この流れに準じ、”ベッドルーム・ポップ”という自主制作をベースに作品を発表するアーティストが登場しましたが、これが旧来のストリームを変えるような流れを呼び込みました。最終的には、Cindy Leeの『Jubilee』がその答えなのでしょう。これは最早、音楽という形態が一般的な価値を持つ商業作品という旧来の価値観を打ち破ってしまった。そして、今後は、メディアの権威付けの影響力も徐々に乏しくなっていくかもしれません。言い換えれば、音楽に対する絶対的な評価というのは、あってないようなものだということ。実は、アンビエントやエレクトロニックという先入観を度外視してみると、ホリー・ケニフもまた、これらのベッドルームポップの流れを上手く味方につけたミュージシャンだったです。

 

いずれにしましても、『For Forever』は純粋な音楽の良さや楽しみが凝縮されています。アルバムのオープニングを飾る「1-Lingers in Moments」は、アンビエントのシークエンスから始まり、ホリー・ケニフの音楽的な世界観を敷衍させる。さらにピアノ(シンセ)の演奏がそれに加わり、澄明で穏やかな音楽が無限に続いていくような気がします。パッドやボーカルをベースにしたシーケンスが組み合わされ、心地よい音の空間性が組み上げられていく。アンビエント制作の基本的な作曲性は一般的なリスナーにも共鳴するなにかがあるかもしれません。 

 

 

「Lingers in Moments」

 

 

「2-Surface」はピアノを中心とする曲で、ビートを段階的に組み上げていき、それらをループさせ、心地よい響きを作り出しています。音楽性のタイプとしては、ニルス・フラーム、ピーター・ブロデリックの系譜にあるポストクラシカル/モダンクラシックの楽曲となっていますが、これらの繊細な響きにシンセストリングスを合致させ、巧みな音像を作り上げていく。ときどき、神秘的なシークエンスが出現する瞬間があり、息を飲むような美麗な音のイメージが作り上げられる。さらに制作者自身のボーカルも登場することもありますが、これは器楽的な効果に焦点が置かれています。タイトル曲は、波形にディレイを掛け、逆再生のような効果を強調させ、抽象的な音像にピアノの演奏が加わり、ぼんやりした美しさを表現しています。何より素晴らしいのは、曲そのものが画一的なイメージを植え付けるものではなく、自由で開放的なイメージを掻き立てること。つまり、リスナーそれぞれの答えが用意されているのです。

 

しばし人工物や人間関係から離れ、偉大な自然について思いを巡らすことほど素晴らしいことはありません。そのあとも自然の雄大さや空気感を表現したような音楽性は続き、「4-Sea Sketch」では美しい海の情景へと音楽の舞台は変わる。制作者のボーカル/ギターを融合させ、同じように開けた感覚のあるアンビエントを楽しむことが出来るでしょう。シンプルなループサウンドを中心に構成されていますが、ときどき抽象的なサウンドスケープから神秘的なシークエンスがぼんやりと立ちのぼってくることもある。これらの主張性を削ぎ落としたサウンドは、ヒーリング音楽に近い領域に差し掛かる。アウトロのピアノの静かで穏やかなフェードアウトも聞き逃すことが出来ません。曲のイメージを最大限に引き出そうとしています。

 

「5-The Way Of The Wind」は意外な転遷を辿る曲で、異色のナンバーとなっています。ヒーリング効果を持つアンビエントからダンサンブルなトラックに移り変わる。シューゲイズのギターを微細に重ね合わせ、ベースラインでそれらの音像を縁取っている。また、前半部ではボーカルアートの要素が強調され、心地良いサウンドが展開されますが、イントロから続いているベースラインが強調され、バスドラムが追加されると、曲調が大きく変化し、ダウンテンポ風のトラックへと変貌を遂げる。最終的にはレイヴサウンドを通過したチルウェイブ風のサウンドへとダイナミックな展開を描く。「6-Amare」では再び、オーガニックなアンビエントに立ち返り、ボーカルの録音を元にした重厚感のあるサウンドが緻密に組み上げられていく。この曲にはキース・ケニフ(Helios)が参加していますが、『Eingya』(2006)に収録されている「Coast Off」を微かに彷彿とさせる広大なサウンドスケープが描かれています。

 

 

「7-Over Ocean Waves」ではアンビエントの持つ神秘的な性質が生かされています。精妙なシークエンスの向こうからピアノの断片的なフレーズ、そしてボーカルのサンプリングが立ち表れ、美しく開けた無限の音楽が続いていく。高ぶった気持ちを鎮め、心に治癒と落ち着きを与える。アンビエントの持つヒーリング的な要素、エンヤのような清涼感のあるボーカルが特徴です。ぜひアウトロに至るまでの音の見事な運びにじっくりと耳を傾けていただきたいです。

 

続く「8−What Carries Us」は、ポストクラシカル風の楽曲で、Library Tapesの系譜にあるサウンドにテクノの要素が付け加えられています。特に、曲の表情付けとなる電子音楽の要素は中盤から終盤に掛けて、更に深遠さを増していき、音の持つ核心的な箇所へとリスナーを惹きつける。シンセリードのループは最終的にサウンドの変革を経て、オルガンのような崇高な響きを持ち合わす。入念な曲制作が見事な形で昇華された曲で、アーティストの最高傑作の一つです。

 

以降の収録曲では、ポストロックや音響派に属するサウンドアプローチを見出すことが出来ます。例えば、「9−Esperance」はExplosions In The Sky、Sigur Ros、Mogwaiを彷彿とさせる映画的な趣を持つギターロックをダウンテンポの領域から解釈している。複数のギターの録音を重ねあわせ、夢想的で叙情的なテクスチャーを組み上げている。ゆったりしたビートと心地よいギターの兼ね合いに注目です。この曲はまたギターの持つ静かな魅力が織り交ぜられています。ギターサウンドの音量的なクライマックスを迎えたのち、静謐なピアノが通り過ぎていく。

 

アンビエントは、詳しい方であればご存知と思われますが、純粋な環境音楽の他に、チルウェイブやレイヴなどの影響をより抽象的にし、さらにそれらを洗練させたクールダウンのためのダンスミュージックの要素を備えています。


続く「10−Rest In Fight」は、そういった特徴がよく表れています。この曲ではEDMの音像を抽出し、扇動的な側面ではなく、治癒的な側面を強調している。それらの要素は、前曲のようなシューゲイズ、ポスト・ロックの音響派としての側面、そしてボーカルアートと結びつきを果たし、アンビエントの今一つの知られざる性質を提示します。闘争的な表現とは縁遠い雄大なサウンドは、この音楽の持つ慈愛的な性質を暗示している。このアルバムでは、例外的に崇高な感覚に縁取られはじめ、オーケストラ曲の持つ、壮大さへと変容していく。しかし、それらは細やかで控えめな性質を中心に構成されています。作曲的には、大きなものを避けていた制作者の表現性の清華とも称することが出来るでしょう。

 

 

ホリー・ケニフの作曲にはときどき幻想的な要素が登場しますが、特にアルバムのクローズを聴くと、この点が把握しやすいかもしれません。 「11-Far Land」は環境音楽やヒーリング音楽に近く、シンプルで技巧を衒わないピアノの演奏をベースにし、背景には同じようにボーカル録音を含めたアンビエントテクスチャーを敷き詰め、リスナーを果てしない幻惑の奥底へと誘う。「新ロマン派」といえば、大げさになるかもしれませんが、ポーランドの作曲家が探求したロマンチシズムを現代的な音楽家としてモダンなサウンドに組み替えています。このアルバムは、ドイツ的ではなく、どことなく北欧的な雰囲気が漂う。ピアノの緻密な構成力はボーカル録音と組み合わされると、独特な印象を生み出し、最終的には音楽の持つ神秘的な一面に近づく。

 

ローレンス・イングリッシュは”アンビエントを建築的に解釈することがある”と述べていますが、ホリー・ケニフの場合、現段階の最終形とは、ギリシア彫刻などに見られる塑像の美しさでもあるようです。こういった音楽的な凄さのある楽曲が出てきた事例はこれまであまりなかったように思えます。ホリー・ケニフの象徴的なアルバムが誕生したとも言えるかもしれませんね。

 

 

「Far Land」

 

 

Hollie Kenniff(ホリー・ケニフ)のニューアルバム『For Forever』は本日(11月6日)にNettwerk Music Groupから発売されました。ストリーミングはこちらから。