UKパンクの最初のムーブメント 75年から78年までに何が起こっていたのか

 

パンクのイメージでいえば、その始まりはロンドンにあるような印象を抱くかもしれない。しかし、結局のところはボストンやニューヨークで始まったプロトパンクが海を越えてイギリスのロンドンに渡り、マルコム・マクラーレンやピストルズのメンバーとともに一大的なムーブメントを作りあげていったと見るのが妥当である。結局、当初はインディーズレーベルから始まったロンドンのムーブメントだったが、多くのパンクバンドが70年の後半にかけてメジャーと契約したことにより、最初のムーブメントは終息し、ニューウェイブやポスト・パンクに引き継がれていく。しかし、アンダーグラウンドでは、スパイキーヘアやレザージャケットに象徴されるようなハードコアパンクバンドがその後も、このムーブメントのうねりを支えていった。

 

ロンドンを中心とする1970年代中盤のムーブメントは、三大パンクバンド、つまり、セックス・ピストルズとダムド、クラッシュを差し引いて語ることは難しい。それに加えて、ジェネレーションXとジャムを加えて五大バンドと呼ばれることもあるという。しかし、この熱狂は都市圏における近代文明から現代文明へと移り変わる瞬間における若者たちの内的な軋みや激しい感情性が織り込まれていたことは着目すべきだろう。それはノイジーなサウンド、そしてシャウトや政治的な皮肉や揶揄という形で反映されていたのだった。ここに多くの人がパンクそのものに対して反体制のイメージを抱く場合があるが、それは実際のところロンドンの若者の直感的なものを孕んでいた。

 

つまり、70年代のハードロックが産業的に強大化していくのに対して、若者たちはスミスが登場するサッチャリズムの以前の時代において、アートスクールの奨学金をもらったり、失業保険をもらって生活していたという実情があった。(当時の失業率は10%前後だったという。)これがハードロック・バンドのドラッグの産業性への貢献に対する反感という形に直結していった。つまり、ピストルズのライドンがデビューアルバムで歌った「未来はない」という歌詞には、その当時の若者の代弁的な声が反映され、決して反体制でもなければ反国家主義でもなかった。これはライドンが後に彼が英国王室を嫌悪していたわけではなく、むしろ英国という国家を愛していると率直に述べ、しばらくの誤解を解こうとしてことを見れば瞭然だった。彼は若者の声を代弁していたに過ぎなかった。


今でもそうだが、ロンドンの若者たちの音楽にはニューヨークのCBGBに出演していたパンクの先駆者、テレヴィジョンやラモーンズ、パティ・スミスといった伝説的なアーティストたちと同じようにファッションによってみずからのポリシーを解き明かすというものがあった。レザージャケットやクロムハーツのようなネックレス、そして破れたカットソー等、それらの象徴的なアイテムはいわば、当時の20代前後の若者たちのステートメント代わりとなっていたのである。

 

英国の最初のパンクムーブメントは厳密に言えば、75年に始まった。つまりロンドンのセント・マーティンズ・スクール・オブ・アートでコンサートを開いたときである。この最初のギグは15分ほどで電源を切られたため終了となった。しかし、後のバンドの音楽性やスティーヴ・ジョーンズのソロ・アルバムを見ると分かる通り、ピストルズの本質はパンクではなく、ロックンロールにある。それは彼らがスモール・フェイセズやモダン・ラヴァーズのジョナサン・ リッチマンのカバーを行っていたことの理由があるようだ。76年、ピストルズはオリジナル曲を増やしていき、取り巻きも触れ始めた。このローディーのような存在が、「ブロムリー軍団」とストーンズのヘルズ・エンジェルズのような親衛隊を作っていったのは自然な成り行きだった。この親衛隊の中にはスージー・スーもいたし、そしてビリー・アイドルもいた。

 

同年代に登場したクラッシュに関しては、すでに76年頃に活動を始めていた。クラッシュを名乗る以前に、ワン・オー・ワナーズ(101'ers)というバンド名で活動を始めており、主にパブをメインにギグを行っていた。結局、ストラマーはピストルズのライブに強い衝撃を受けて、「White Riot」に象徴づけられるデビュー・アルバムの性急なパンク・ロックソングを書こうと決意したのだった。またベーシストのポール・シモノンも最初に見たギグはセックス・ピストルズだったと語っており、やはりその影響は計り知れなかったことを後の時代になって明かしている。

 

一般的にはこのバンドにダムドが加わるべきなのかもしれないが、当時のミュージックシーンの革新性やパンクというジャンルの影響度を観る限り、ピート・シェリー擁するBUZZCOCKSの方が重要視される。当時、マンチェスターに住んでいたピート・シェリーとハワード・ディヴォートは音楽し、「ニューミュージカルエクスプレス」(NME)に掲載されたライブレポートを読み、その後すぐにBUZZCOCKSを結成した。これは1976年2月のことだった。バズコックスは現代的な産業文明に疑問を呈し、「Fast Cars」では車に対する嫌悪感を顕にしている。そして音楽的にも後のメロディックパンクの与えた影響度は度外視出来ない。特に、パンクにポピュラーなメロディー性をもたらしたのはこのバンドが最初だったのである。これはのちのLeatherfaceやSnuffといったメロディックパンク/ハードコアバンドに受け継がれていくことになる。

 

UKパンクのムーブメントはアンダーグラウンドではその後も、『PUNKS NOT DEAD』と息巻く連中もいたし、そしてその後も続いていくのだが、 結局のところ、オリジナルパンクは、75年に始まり、77年から78年に終焉を迎えたと見るべきだろうか。その間には、ダムド、クラッシュ、スージーアンドバンシーズがデビューし、パンクバンドが多数音楽誌で紹介されるようになった。76年にはダムドが「New Rose」をリリース、同年に、セックス・ピストルズは「Anarchy In The UK」でEMIからデビューした。彼らは最初のデレビ出演で、放送禁止用語を連発し、これが話題となり、パンクそのものがセンセーショナル性を持つに至った。

 

最初のパンクのウェイブが終了した理由は、よく言われるようにパンクバンドがメジャーレーベルと契約を結び最初の意義を失ったからである。76年の8月には「メロディーメイカー」がすでにニューウェイブの動きを察知し、XTC、エルヴィス・コステロといった他のパンクバンドとは異なる魅力を擁するロックバンドを紹介していった。これがイギー・ポップのような世界的なロックスターが現在もなおエルヴィス・コステロに一目を置く理由となっている。

 

以後、ニューウェイブはマンチェスター等のシーンと関連性を持ちながら、ポスト・パンクというジャンルが優勢になっていく。厳密に言えば、最初のパンクの動きは1978年頃にニューウェイブ/ポスト・パンクのムーブメントに切り替わったと見るのが一般的である。その後は、76年のセックス・ピストルズとバズコックスのマンチェスターの伝説的なギグ(観客は30人ほどだったと言われている)を目撃した中に、80年代の象徴的なミュージシャンがいた。

 

それがつまり、80年代の音楽シーンを牽引するJoy Divisionのイアン・カーティス、New Orderを立ち上げるピーター・フック、そして80年代の英国のミュージック・シーンを牽引するザ・スミスのモリッシーだったのである。これは信じがたい話であるが、本当のことなのだ。

 

 

UKパンクの名盤ガイド 

 

ここでは、UKパンクの最初のムーブメントを支えたバンドの名盤を中心に取り上げていきます。基本的にはスタンダードな必聴アルバムに加えて、多少オルタナネイトなアルバムもいくつか取り上げます。ぜひ、これからUKパンクを聴いてみたいという方の参考になれば幸いです。

 

 

SEX PISTOLS 『Never Mind The Bullocks』  1977 EMI

 


 

結局、「ベタ」とも言うべきアルバムではあるものの、パンクというジャンルを普及させたのはこのアルバムやそれに付随するシングルカットだ。マルコム・マクラーレン主導の元、同名のブティックに集まるヴィシャスやらイドンを始めとする若者たちを中心にピストルズは結成。センセーショナルな宣伝法が話題を呼び、一躍英国内にパンクの名を知らしめることになる。

 

パンクの象徴的なアルバムではありながら、ギタリストのスティーヴ・ジョーンズのロックンロール性に重点が置かれている。(後のソロ・アルバムではよりロック性が強い)というそれに加え、ドイツのNEU!に触発されたジョン・ライドンのハイトーンのボーカルはのちのP.I.Lにも受け継がれていくことになる。しかし、このアルバムの最大の魅力はパンクではなくポップス性にある。ノイジーなものをどのアルバムよりも親しみやすい音楽性に置き換えたクリス・トーマスのプロデュースの手腕は伝説的である。「Anarchy In The UK」、「God Save The Queen」といったパンクのアンセムは当然のことながら、「Holiday In The Sun」、「EMI」のシニカルな歌詞やメッセージ性は今なお普遍的なパンクの魅力の一端をになっている。




 The Clash 『London Calling」

 


パブリック・スクール出身のジョー・ストラマー、彼の父親は外交官であり、若い時代から政治的な活動にも余念がなかった。パンクのノイジーさや性急さという点を重視すると、やはりビューアルバムが最適であるが、このアルバムが名盤扱いされるのには重要な理由がある。つまり、パンクというジャンルはスタンプで押したような音楽なのではなく、そのバリエーションに最大の魅力があるからである。後にはジョニー・キャッシュのようなフォーク音楽にも傾倒することになるストラマーであるが、このアルバムではクラッシュとしてスカ、ダブ、ジャズ、フォーク、ロックと多角的な音楽性を織り交ぜている。『Sandanista』は少しパンク性が薄れてしまうが、このアルバムはそういった音楽的なバリエーションとパンク性が絶妙な均衡を保つ。「Spanish Bombs」では政治的な意見を交えて、時代性を反映させ、ポピュラー・ソングを書いている。またロンドンの生の空気感を表したタイトル曲から、最後のボブ・ディラン風のナンバー「Train In Vain」に至るまで、パンクを越えてロックの伝説的な名曲が収録。

 

 

 

The Damned 『The Damned』

 



ニューヨークからもたらされたパンクというジャンルに英国独自のオリジナリティーを加えようとしたのがDamed。Mott The Hoople、New York Dollsにあこがれていたブライアン・ジェイムズを中心に結成された。

 

少数規模のライブハウスの熱狂を余すところなく凝縮されたセルフタイトルがやはり入門盤に挙げられる。ピストルズと同様にロック性が強く、それにビートルズのようなメロディーをどのように乗せるのかというチャレンジを挑んだ本作は今なおUKパンクの原初的な魅力を形作る。アルバムは10時間で制作されたという噂もある。少なくともこのアルバムにはパンクの性急な勢いがあり、「Neat Neatr Neat」や「New Rose」といった代表的なナンバーを見ると瞭然である。

 

 

 


Buzzcocks 『Singles Going Steady』



ピート・シェリー擁するBuzzcocksの名盤はオリジナル・バージョンとしては『Another Music In Different Kitchen』が有名であるが、このアルバムだけを聴いてこのバンドやシェリーのボーカルの凄さは分からない。つまり、最初期のメロディック・パンクというジャンルの基礎を作り上げただけではなく、のちの70年代後半からのニューウェイブやポスト・パンク、そしてシンセ・ポップまですべてを網羅していたのがこのマンチェスターのバンドの本質なのだった。ベスト盤とも称すべき『Singles Going Steady』にはこのバンドがどのような音楽的な変遷を辿っていったのか、そして、パンクの10年の歴史が魅力的にパッケージされている。


現代的な産業への嫌悪を歌った性急なパンクアンセム「Fast Cars」、同じくニューウェイブの幕開けを告げる「Organm Addict」、メロディック・パンクの最初のヒットソング「I Don't Mind」といった彼らの代表的なナンバーの数々は、今なお燦然とした光を放っている。それに加えて、人懐っこいようなピート・シェリーの名ボーカルは後のポスト・パンクやニューウェイブと混ざり合い、「Promises」といった象徴的なパンクソングとして昇華される。特にこのバンドのポピュラー性が最も力強く反映された「Why Can't Touch It」も聞き逃す事はできない。ここではオリジナル盤のバージョンを取り上げる。 

 


 

 

 Generation X 『Generation X』

 

ご存知、ビリー・アイドル擁するGeneration Xはパンクの息吹をどこかにとどめながらも痛快な8ビートのロックンロール性で良く知られる。それ以前にビリー・アイドルはピストルズの親衛隊のメンバーをしており、伝説的なバンド、ロンドンS.Sに在籍していたトニー・ジェイムズらによって結成された。ダンサンブルなビートを織り込んだロック性がこのデビューアルバムの最大の魅力だが、もう一つの意外な魅力としてパンキッシュなバラードソングが挙げられる。

 

特に「Kiss Me Deadly」はパンクバンドとしては珍しく恋愛ソングで、切ないエモーションを何処かに留めている。同じようにパンキッシュなバラードとして、このアルバムには収録されていないが、「English Dream」もどことなくエモーショナルな響きを擁している。

 

 

 

GBH 『City Baby Attacked By Rats』

 

GBHは、ちょっと前に、東京の新宿アンチノック(GAUZEなどが企画”消毒GIG”を行う)で来日公演を行っている。紛れもなく、UKに最初にハードコアというジャンルを持ち込んだバンドである。しかし、WIREのようなニューウェイブのサウンドをやりたかったというわけではなく、メタルを演奏しようとしたらこういったハードコアが出来上がったという噂がある。つまり、メタルバンドのようにテクニカルなギターやブラストビートは演奏できないが、それらの性急さをロックサウンドに織り交ぜようとしたら、ハードコアが出来上がったというのである。


しかし彼らにとって演奏の荒削りさは、欠点とはならない。このアルバムではのちのUKハードコアを牽引する性急なビート、苛烈なシャウト等、このジャンルの代名詞的なサウンドが凝縮されている。「Time Bomb」を聴くだけに買っても損はない伝説的なアルバムの一つとして要チェック。

 

 

 

 

Stiff Little Fingers 『Inflammable Material』

 

スティッフ・リトル・フィンガーズは、アイルランド/ベルファスト出身のパンクバンド。彼らは77年にクラッシュのギグに触発され、バンドを結成した。当初は自主レーベルからリリースしていたが、最初期のシングルがBBCのDJのジョン・ピールの目に止まり、ラフ・トレードと契約した。

 

ラフ・トレードは最初、レゲエやガレージロックを専門とするレーベルとして始まった経緯があるが、スティッフ・リトル・フィンガーズは間違いなくこのレーベルの原初の音楽を体現し、そして知名度を普及させた貢献者である。UKチャート上位にシングルを送り込んだ功績もある。


 

ガレージ・ロック風の荒削りなパンク性にシャウトに近いボーカル、しかし、まとまりのないサウンドではあるものの、その中にキラリと光るものがある。UKパンクの原初的な魅力を探るのには最適なアルバムの一つである。ジョン・ピールに見初められた「Suspect Device」はUKパンクの原点に位置する。




The Undertones 『The Undertones』




上記のバンドと同様に、工業都市の北アイルランドがもう一つ魅力的なバンドが登場した。BBCのジョン・ピールが最も気に入ったバンド、ザ・アンダートーンズ。彼の石碑にはこのバンドの名曲のタイトルが刻まれている。バンドはパンクの最盛期からニューウェイブの時期、1975から83年まで活動した。


苛烈なパンクやファッションが目立つ中、アンダートーンズの魅力というのは、素朴な感覚と、そして親しみやすいメロディー性にある。それほどパンクという感じでもないけれども、その中にはやはり若い感性とパンク性が宿っている。このアルバムに収録されている「Teenage Kicks」はパンクの感性と、エバーグリーンな感覚を見事に合致させた伝説的な名曲の一つ。 

 

 

 

 Discharge 『Hear Nothing See Nothing Say Nothing』

 


 

1977年にストークで結成されたUKハードコアの大御所。現在も奇妙なカルト的な性質を帯びたバンドがイギリスが登場するのは、Joy Divisionの影響もあるかもしれないが、やはりDischargeの影響が大きいのかもしれない。80年頃からシングルをリリースし、このデビュー作で一躍UKハードコアシーンのトップに上り詰めた。

 

このアルバムのハードコアにはワシントンDCのバンドのような性急なビート、そして、がなりたてるようなボーカルと日本のジャパコアのバンドとの共通点も多い。ただ、Crassのような前衛性を孕んでいるのは事実であり、それがギターやパーカッションのノイズ、そして、音楽的なストーリー性の中で展開される。政治的な主張もピストルズよりもはるかに過激であり、UKハードコアの重要なターニングポイントを形成した。このバンドの音楽は後にグラウンドコアの素地を形成する。ノイズミュージックやメタルとも切り離すことが出来ない最重要アルバム。

 

 

 

 

Leatherface 『Mush』

 


 

UKパンクの中で最もクールなのは、間違いなくこのレザーフェイスである。サンダーランドでフランキー・スタッブスを中心に結成されたレザー・フェイスは、UKのメロディック・パンクの素地をSnuffとともに形成した超最重要バンドであり、聞き逃すことは厳禁である。特にBBCのジョン・ピールが入れ込み、バンドは何度も「Peel Session」に招かれている。このライブは後にフィジカル盤としても発売されている。バンド名はおそらくホラー映画「悪魔のいけにえ」にちなみ、そしてアルバムのジャケットもホラー的なテイストが漂うものが多い。

 

ウイスキーやタバコで潰したようなしわがれた声を腹の底から振り絞るようにして紡ぐスタッブス、そしてメロディック・パンクの原点にある叙情的なギターライン等がこのバンドの主要なサウンドである。最初期の名作は『Minx』が挙げられるが、バンドの象徴的なパンクサウンドは『Mush』で完成された。メロディックパンクの疾走感にあるビート、そしてシンガロング性はすべてこのアルバムが発売された92年に最初の原点が求められるといっても過言ではない。

 

「I Want The Moon」、そして苛烈なパンクのアティチュードを込めた「I Don't Wanna Be The One You Say」等メッセージ性のあるパンクロックソングが多い。他にもニューウェイブサウンドとの融合を造船や鉱山で知られるサンダーランドの都市性と融合させた「Dead Industrial Atmosphere」、POLICEのパンクカバー「Message In The Bottle」等名曲に事欠かない。


Leatherfaceの一派は日本のメロディック・パンクにも影響を及ぼしたほか、アメリカにもJawbreaker,Hot Water Music、Samiamなど秀逸なメロディーメイカーを持つバンドへDNAが受け継がれていく。

 


毎年3月17日に行われるセント・パトリックス・デーは、パレードやお守り、そして緑のカラーに染まる。今年も世界各地でアイルランドの守護聖人のイベントが開催された。

 

人々は、目の覚めるような緑の民族的な衣装や山高帽を身にまとい、大きなパトリックの人形を制作し、街を練り歩き、バクパイプを演奏しながら、このお祭りを盛大に祝うのが通例である。このセント・パトリックのイベントは宗教的な祝日として始まったが、後にアイルランド文化の祭典となりました。このイベントは実は例年、原宿でも行われ、ひそかなパレードが開催されるのが通例となっている。このパレードはアイルランド系の多いボストン、サンフランシスコ、シカゴでも開催されることも。特にシカゴの運河が緑色に染まるのを見たことがある方はいるだろう。


聖パトリックはアイルランドの守護聖人と一般的に言われているが、常にアイルランドに住んでいたわけではないようです。パトリックは、4世紀にイギリスで生まれ、アイルランドに来たのは16歳の時でした。到着後、パトリックはキリスト教に興味を持ち、他の人々にこの宗教について伝道を行うに至った。彼は、この国の住民の多くをキリスト教徒に改宗させたと言われており、現在では、パトリックが亡くなったとされる日に聖パトリック・デーが祝われている。


米国の移民はイギリスだけではなく、アイルランド系もいる。ボストンのアイルランド系アメリカ人は、1737年に最初の祝賀行事を開催しました。新しく設立されたチャリタブル・アイリッシュ・ソサエティ(Charitable Irish Society)主催の晩餐会は、3世紀近く経った今でも毎年恒例となっている。1762年、ニューヨーク市は最初のパレードを開催し、これが世界最大かつ最古のセント・パトリックス・デイ・パレードとなった。


ジョージア州サバンナの海岸沿いの街は、1812年までさかのぼり、南部のセント・パトリックス・デーの首都としての地位を確立している。1962年以来、川を緑色に染めていることで有名なシカゴは、1843年以来パレードを行っている。


これらのアメリカの都市では現在も、アイルランドから蛇を寓意的に追い出した人物に捧げる最大級の祝祭が行われている。この祝日のアイルランド系アメリカ人のルーツは、コンビーフやキャベツのような、伝統的なセント・パトリックス・デイの食べ物にあり、これが本来はアイルランド料理ではない豚肉をアイルランドの人々が好む理由になっている。それでは、聖パトリックとは何者なのか、お祭りに欠かすことの出来ないティップスについて詳しく見ていきましょう。

 


・聖パトリック

 


聖パトリックは紀元386年頃、ローマ帝国時代のイギリス、おそらく現在のウェールズ地方で生まれた。16歳の時に奴隷としてアイルランドに連れて行かれ、6年間監禁された。その後、アイルランドの人々にキリスト教を広めるために逃亡し、再びアイルランドに戻ってきた。


パトリックは生前、司祭となり、461年3月17日に亡くなるまで、エメラルドの島中に学校、教会、修道院を設立した。しかし、アイルランドの守護聖人であり国家的使徒であるパトリックが、カトリック教会によって聖人に列せられたことがないことに驚く人もいる。400年代には正式な列聖手続きがなかったからだ。パトリックを "聖人 "と呼ぶようになったのは、パトリックの人望が厚かったためであろう。


この色合いが祝日と結びつくようになったのは、1798年のアイルランドの反乱以降である。古代のアイルランド国旗を飾っていた青が、セント・パトリックス・デイと最初に結びついた。しかし、反乱軍は赤を身にまとったイギリス軍と区別するために緑を着用し、それ以来、この色はアイルランドとアイルランド人を世界中に示すようになった。



・シャムロック


 

アイルランドの国花であるシャムロックも3月17日の象徴となる。聖パトリックが三位一体を説明するために三つ葉のシャムロックを使ったという伝説があるが、それを証明する歴史的証拠はない。しかし、シャムロックは17世紀後半から18世紀初頭にかけてエメラルドの島のシンボルとして使われてきた。


セント・パトリックス・デーを、今日のように盛大に祝うようになったのは、アイルランド系アメリカ人の発案によるところが大きいが、本国のアイルランド人も同様に、セント・パトリックス・デーを祝うようになった。1903年、アイルランドでは聖パトリック・デーが祝日となり、宗教的な祝祭が世俗的な領域に拡大された。同年、ウォーターフォードでパレードが始まった。今日、アイルランドで最も早いパレードは、日の出前にディングルで始まることで有名だ!町の人々や観光客が参加する。そして、1931年に最初のセント・パディーズ・デーのパレードが行われたダブリンでは、パーティーは4日間のフェスティバルに成長した。



・なぜバグパイプを吹くのか



世界各地で開催されるアイルランドのお祭り、セント・パトリックス・デイとスコットランドのケルトやバグパイプがなぜ関係するのかについては、ケルト文化や伝統を祝うためという有力な説があるようだ。特にケルト文化性を呼び起こすために演奏されると見るのが妥当だろう。

 

アイルランドとスコットランドは、ともにケルト民族に強いルーツを持ち、両国の間には共通の文化的歴史がある。特に、セント・パトリックス・デーを広く祝っているアメリカのような国のディアスポラ・コミュニティーの文脈では特に意義深い。アイルランドとスコットランドの伝統が融合した祝祭は、両国の密接な歴史的・文化的結びつきを反映しているのかもしれない。


数世紀前、アイルランド人はグレート・アイリッシュ・ウォーパイプと呼ばれるスコットランドのバグパイプによく似た楽器を演奏していた。このバグパイプはその後、反乱を誘発するとしてアイルランドでは禁止され、アイルランド人はより静かで屋内でも演奏できるウイリアン・パイプと呼ばれる座奏式のバグパイプに移行した。バグパイプはアイルランドの遺産として忘れ去られることなく、アイルランドの海を渡って長い間パイピングの伝統の一部となっている。


2つ目は、北アイルランドの一部にはイギリス人によって移植されたスコットランド人が住んでいたことだ。これらのスコットランド人は祖国とのつながりを保ち、地元の人々と混じり合いながら、キルト、スコティッシュ・バグパイプ、その他のスコットランドの伝統をアイルランドに持ち込んだ。


新大陸に移住したスコットランド系アイルランド人の一部は、初期のアメリカ合衆国に大きな文化的影響を与え、訛りの一因となり、スコットランド文化とアイルランド文化の両方の要素を開拓地にもたらした。その後のアイルランド系移民の波は、これらのスコットランド系アイルランド人によってすでに築かれたアメリカ系アイルランド人のアイデンティティを目の当たりにし、自分たちがこの傘の下にうまく収まることを発見した。アイルランド系移民とスコットランド系移民は非常に武骨な伝統を持ち、初期の軍隊や法執行機関の隊列に貢献した。



セント・パトリックス・デーは世界中に広がり、イギリス、カナダ、アルゼンチン、オーストラリア、ニュージーランド、日本などでも祝われている。音楽的には、ボストンのパンクバンドがバクパイプの演奏を取り入れたり、ケルト文化に対する敬意を示すのは、ボストンの街の文化の中に、そして彼らのバンドの中にケルトの源流が求められるからではないかと推測される。


 

©︎Holly Whittaker


イギリスのシンガーソングライター、mui zyuが、セカンドアルバム『nothing or something to die for』の最新シングル「sparky」をリリースした。この曲は、レイ、イー(エマ・リー・モス、元エミー・ザ・グレート)をフィーチャーしている。ダマ・スカウトのメンバー、ダニー・グラントが手掛けたビジュアルは以下よりご覧下さい。


「"sparky "は、ひどい出来事に直面しても、シンプルな幸せを自分の世界に迎え入れることを歌った曲です。この曲は、デヴィッド・リンチの『ブルー・ベルベット』のオープニングに出てくる犬 "スパーキー "にちなんで名付けられた。"スパーキー "は、死んだ飼い主の前でホースから水を齧るという、喜びの完璧なイメージなのだ」


「Nothing or something to die for」は5月24日にFather/Daughter Recordsよりリリースされる。



 

2月28日に発売されたシンガーソングライター、柴田聡子による新作アルバム『My Favorite Things』。ファンからは「良いアルバムだった」という声が上がっていました。この新作アルバムに続いて、ヴァイナル盤のリリースが決定しました。LPは5月25日にリリースされます。

 

追加情報として、アーティスト自身のプロデュースによるメガネフレーム第二弾「柴田セル」の発売も決定。”鯖江 opt duo Inc.”にて製作された、可愛くもあり洗礼されたスクエアのアセテートフレーム。3色展開で販売されます。こちらの情報も下記より合わせてチェックしてみましょう。

 

 

 柴田聡子「Your Favorite Things [LP]」

 



2024.05.25 Release | DDJB-91243 | 4,000 Yen+Tax
Released by AWDR/LR2

A1. Movie Light
A2. Synergy
A3. 目の下 / All My Feelings are My Own
A4. うつむき / Look Down
A5. 白い椅子 / Sitting

B1. Kizaki Lake
B2. Side Step
B3. Reebok
B4. 素直 / Selfish
B5. Your Favorite Things

作詞・作曲:柴田聡子|All Lyrics & Music by Satoko Shibata

プロデュース、アレンジ:柴田聡子、岡田拓郎|Produced & Arranged by Satoko Shibata & Takuro Okada
ストリングス・アレンジ:香田悠真 (A1, B5)|Strings Arrangement: Yuma Koda (A1, B5)
コード・レスキュー:谷口雄|Chord Rescue: Yu Taniguchi

レコーディング・エンジニア:宮﨑洋一、岡田拓郎、柴田聡子|Recording Engineer: Yoichi Miyazaki, Takuro Okada & Satoko Shibata
レコーディング・スタジオ:IDEAL MUSIC FABRIK、DUTCH MAMA STUDIO、抹茶スタジオ、studio Aoyama、 OKD Sound Studio|Recorded at IDEAL MUSIC FABRIK, DUTCH MAMA STUDIO, Matcha Studio, studio Aoyama & OKD Sound Studio
ミキシング・エンジニア:岡田拓郎|Mixing Engineer: Takuro Okada
ミキシング・スタジオ:OKD Sound Studio|Mixed at OKD Sound Studio
マスタリング・エンジニア:Dave Cooley (Elysian Masters, LA)|Mastering Engineer: Dave Cooley (Elysian Masters, LA)



・柴田聡子オリジナルメガネフレーム第二弾「柴田のセル」

オリジナルメガネフレーム第二弾「柴田のセル」の販売が決定。
左右のレンズ形が違う2ポイントタイプだった第一弾「柴田の2ポ」に続き、今回は大ぶりでスクエアなセルフレームです。カラーも3種ご用意しました。
本日、3月18日(月)より予約販売の受付を開始いたします。事前予約分の発送予定は4月01〜05日となります。
生産数量限定品ですので、お早めのお申し込みをお勧めいたします。



柴田聡子 OFFICIALl WEB STORE
https://idealmusic.official.ec/items/84186585 ]

 

第一弾「柴田の2ポ」や鯖江周遊記でお世話になった鯖江 opt duo Inc.にて製作された、可愛くもあり洗礼されたスクエアのアセテートフレーム。
スクエアフレームのルーツは60年代、モードが生まれた頃に誕生したものですが、この「柴田のセル」はセルの厚みやデザインバランスにより、新しい表情を表しています。
大きめのレンズ径なのに、かけた時のしっくり感は絶妙。レンズを換えて眼鏡やサングラス、どちらとしても楽しめるフレームです。
さらに、今回も田中かえさんに「柴田のセル」を掛けた柴田聡子のイラストを描いて頂きました!
商品に同梱される眼鏡拭きや眼鏡ケース、ステッカーにプリントされています。



 カラー(フレームカラー X レンズカラー濃度)
・チャコールグレー X クリア
・クリア X グレー 15%
・アンバー X ブラウン 50%

サイズ(片レンズの左右径ー鼻幅 テンプルの長さ)
50ー20 145 [mm]

プライス
30.000 Yen [Tax in]

同梱物
柴田のセル|眼鏡ケース|眼鏡拭き|ステッカー|ジン

クレジット
Designed for 柴田聡子
Produced by 素敵眼鏡MICHIO @sutekimeganemichio
Manufactured by opt duo Inc. @optduoinc
Illustration 田中かえ @kaechanha24
Photo 伊藤香織 (Y's C) @i.kaori.d
Hair Makeup 長橋雪惠 @yukie69








柴田聡子 SATOKO SHIBATA

シンガー・ソングライター/詩人。北海道札幌市出身。武蔵野美術大学卒業、東京藝術大学大学院修了。
2010年、大学時代の恩師の一言をきっかけに活動を始める。
2012年、三沢洋紀プロデュース多重録音による1stアルバム「しばたさとこ島」でアルバムデビュー。以来、演劇の祭典、フェスティバル/トーキョー13では1時間に及ぶ独白のような作品「たのもしいむすめ」を発表するなど、歌うことを中心に活動の幅を広げ、2022年、6枚目のオリジナルアルバム「ぼちぼち銀河」をリリース。
2016年には第一詩集「さばーく」を上梓。同年、第5回エルスール財団新人賞<現代詩部門>を受賞。詩やエッセイ、絵本の物語などの寄稿も多数。2023年、足掛け7年にわたる文芸誌「文學界」での連載をまとめたエッセイ集「きれぎれのダイアリー」を上梓。
自身の作品発表以外にも、楽曲提供、映画やドラマへの出演、ミュージックビデオの撮影・編集を含めた完全単独制作など、その表現は形態を選ばない。


 Charles Lloyd 『The Sky Will Still Be There Tomorrow』

 

 

Label: Blue Note(日本盤はユニバーサルミュージックより発売)

Release: 2024/03/15

 


Review

 

2022年から三部作「Trios」に取り組んできた伝説的なサックス奏者のチャールズ・ロイド(Charles Lloyd)は、北欧のヤン・ガルバレクと並んで、ジャズ・サックスの演奏者として最高峰に位置付けられる。


ECMのリリースを始め、ジャズの名門レーベルから多数の名作を発表してきたロイドは86歳になりますが、ジャズミュージシャンとして卓越した創造性、演奏力、 作品のコンセプチュアルな洗練性を維持してきました。驚くべきことに、年を経るごとに演奏力や創作性がより旺盛になる稀有な音楽家です。彼の名作は『The Water Is Wide』を始め、枚挙に暇がありません。スタンダードな演奏に加え、ロイドは、アヴァンギャルド性を追求すると同時に、カラフルな和音性やジャズのスケールを丹念に探求してきました。近年、ロイドはジャズの発祥地である米国のブルーノートに根を張ろうとしています。これはジャズのルーツを見れば、当然のことであるように思える。

 

 『The Sky Will Still Be There Tomorrow』は彼のサックスの演奏に加え、ピアノ、ドラムのバンド編成でレコーディングされた作品です。冒険心溢れるアヴァンギャルドジャズの語法はそのままに、アーティストがニューオリンズ・ジャズの時代の原点へと回帰したような重厚感のあるアルバムです。

 

ブレス、ミュート、トリル、レガートの基本的な技法は、ほとんどマスタークラスの域に達し、エヴァンスやジャレットの系譜にあるピアノ、オーリンズとニューヨークの奏法のジャズの系譜を受け継いだドラムとの融合は、ライブ・レコーディングのように精妙であり、ジャレットのライブの名盤『At The Deer Head Inn』のように、演奏の息吹を間近に感じることが出来る。チャールズ・ロイドは、あらためてジャズの長きにわたる歴史に焦点を絞り、クラシカルからモダンに至るまですべてを吸収し、それらを華麗なサックスとバンドアンサンブルによって高い水準のプロダクションに仕上げました。スタンダードな概念の中にアヴァンギャルドな性質を交えられていますが、これこそ、この演奏家の子どものような遊び心や冒険心なのです。


ロイドは落ち着いたムードを持つR&Bに近いメロウなブルージャズから、それと対極に位置するスタイリッシュなモダンジャズの語法を習得している。彼の演奏はもちろん、ピアノ、ドラムの演奏は流れるようにスムーズで、編集的な脚色はほぼなく、生演奏のような精細感がある。ブルーノートの録音は、ロイドを中心とするレコーディングの精妙さや輝きをサポートしています。



オープニング「Defiant, Tendder Warrior」は、まごうことなきアメリカの固有のジャズのアウトプットであり、ウッドベースとドラムの演奏とユニゾンするような形で、チャールズ・ロイドは、スタッカートの演奏を中心に、枯れた渋さのある情感をもたらす。年を重ねてもなお人間的な情感を大切にする演奏家であるのは明確で、それは基本的に繊細なブレスのニュアンスで表現される。チャールズ・ロイドの演奏は普遍的であり、いかなる時代をも超越する。彼の演奏はさながら、20世紀はじめの時代にあるかと思えば、それとは正反対に2024年の私達のいる時代に在する。

 

抑制と気品を擁するサクスフォンの演奏ですが、ときに、スリリングな瞬間をもたらすこともある。二曲目の「The Lonely One」ではライブのような形でセッションを繰り広げ、ダイナミックな起伏が設けられる。しかし、刺激的なジャズの瞬間を迎えようとも、ロイドの演奏は内的な静けさをその中に内包している。そしてスタンダードなジャズの魅力を伝えようとしているのは明らかで、曲の途中にフリージャズの奏法を交え、無調やセリエリズムの領域に差し掛かろうとも、アンサンブルは聞きやすさやポピュラリティに焦点が絞られる。ジャズのライブの基本的な作法に則り、曲のセクションごとにフィーチャーされる演奏家が入れ替わる。ドラムのロールが主役になったかと思えば、ウッドベースの対旋律が主役になり、ピアノ、さらにはサックスというようにインプロヴァイゼーション(即興演奏)を元に閃きのある展開力を見せる。

 

ロイドの最新作で追求されるのは、必ずしも純粋なジャズの語法にとどまりません。「Monk's Dance」において音楽家たちは寄り道をし、プロコフィエフの現代音楽とジャズのコンポジションを融合させ、根底にオーリンズのラグタイム・ジャズの楽しげな演奏を織り交ぜる。この曲には、温故知新のニュアンスが重視され、古いものの中に新しいものを見出そうという意図が感じられる。それは、最もスタイリッシュで洗練されたピアノの演奏がこの曲をリードしている。 

 

アルバムの中で最も目を惹くのがチャールズ・ロイドの「Water Series」の続編とも言える「The Water Is Rising」です。抽象的なピアノやサックスのフレージングを元にし、ロイドは華やかさと渋さを兼ね備えた演奏へと昇華させる。この曲では、ロイドはエンリコ・ラヴァに近いトランペットの奏法を意識し、色彩的な旋律を紡ぐ。トリルによる音階の駆け上がりの演奏力には目を瞠るものがあり、演奏家が86歳であると信じるリスナーは少ないかもしれません。ロイドの演奏は、明るいエネルギーと生命力に満ち溢れ、そして安らぎや癒やしの感覚に溢れている。サックスの演奏の背後では、巧みなトリルを交えたピアノがカラフルな音響効果を及ぼす。

 

アルバムの中盤では、内的な静けさ、それと対比的な外的な熱量を持つジャズが収録されています。「Late Bloom」は北欧のノルウェージャズのトランペット奏者であるArve Henriksenの演奏に近く、木管楽器を和楽器のようなニュアンスで演奏している。ここでは、ジャズの静けさの魅力に迫る。続く「Booker's Garden」では、それとは対象的にカウント・ベイシーのようなビックバンドのごとき華やかさを兼ね備えたエネルギッシュなジャズの魅力に焦点を当てている。

 

古典的なジャズの演奏を踏襲しつつも、実験性や前衛性に目を向けることもある。「The Garden Of Lady Day」では、コントラバスのフリージャズのような冒険心のあるベースラインがきわめて刺激的です。ここにはジャズの落ち着きの対蹠地にあるスリリングな響きが追求される。この曲では、理想的なジャズの表現というのは、稀にロックやエレクトロニックよりも冒険心や前衛性が必要となる場合があることが明示されている。これらは、オーネット・コールマン、アリス・コルトレーンを始めとする伝説的なアメリカのジャズの演奏家らが、その実例、及び、お手本を華麗に示してきました。もちろんロイドもその演奏家の系譜に位置しているのです。


タイトル曲はスタンダードとアヴァンギャルドの双方の醍醐味が余すところなく凝縮されている。この曲はスタンダードなジャズからアヴァン・ジャズの変遷のようなものが示される。ロイドの演奏には、したたな冒険心があり、テナー・サックスの演奏をトランペットに近いニュアンスに近づけ、演奏における革新性を追求しています。また、セリエリズムに近い無調の遊びの部分も設け、ピアノ、ベース、ドラムのアンサンブルにスリリングな響きを作り上げています。微細なトリルをピアノの即興演奏がどのような一体感を生み出すのかに注目してみましょう。

 

ブルーノートからのリリースではありながら、マンフレート・アイヒャーが好むような上品さと洗練性を重視した楽曲も収録されています。「Sky Valley, Spirit Of The Forest」は、Stefano Bollani、Tomasz Stanko Quintetのような都会的なジャズ、いわば、アーバン・ジャズを意識しつつ、その流れの中でフリージャズに近い前衛性へとセッションを通じて移行していく。しかし、スリリング性はつかの間、曲の終盤では、アルバムの副次的なテーマである内的な静けさに導かれる。ここにはジャズの刺激性、それとは対極に位置する内的な落ち着きや深みがウッドベースやピアノによって表現される。タイトルに暗示されているように、外側の自然の風景と、それに接する時の内側の感情が一致していく時の段階的な変遷のようなものが描かれています。

 

 

本作の後半では、神妙とも言うべきモダン・ジャズの領域に差し掛かる。ウッドベースの主旋律が渋い響きをなす「Balm In Gilead」、ロイドのテナー・サックスをフィーチャーした「Lift Every Voice and Sing」では歌をうたうかのように華麗なフレージングが披露される。アルバムの音楽は、以後、さらに深みを増し、「When The Sun Comes Up, Darkness Is Gone」でのミュートのサックスとウッドベース、ピアノの演奏の絶妙な兼ね合いは、マイルスが考案したモード奏法の先にある「ポスト・モード」とも称すべきジャズの奏法の前衛性を垣間見ることが出来ます。

 

続く「Cape to Clairo」ではセッションの醍醐味の焦点を絞り、傑出したジャズ演奏家のリアルなカンバセーションを楽しむことが出来る。このアルバムは、三部作に取り組んだジャズマン、チャールズ・ロイドの変わらぬクリエイティヴィティーの高さを象徴づけるにとどまらず、ジャズの演奏家として二十代のような若い感性を擁している。これはほとんど驚異的なことです。

 

また、本作にはジャズにおける物語のような作意もわずかに感じられる。クローズ「Defiant, Reprise; Homeward Dove」は、ピアノとウッドベースを中心にジャズの原点に返るような趣がある。この曲は、ロイドの新しい代名詞となるようなナンバーと言っても過言ではないかもしれません。



95/100

 


Charles Lloyd 『The Sky Will Still Be There Tomorrow』の日本盤はユニバーサルミュージックから発売中。公式サイトはこちら。 

 


「Defiant, Tendder Warrior」

 

 

フジロック・フェスティバル 2024は今年も7月26日から三日間にわたって苗場スキー場で開催されます。


今月15日、ラインナップの最新バージョンがアップデートされ、ヘッドライナーが出揃いました。洋楽アーティストにとどまらず、邦楽アーティストも豪華、グラストンベリーに匹敵する超強力なラインナップが組まれました。

 

各日程のヘッドライナーは、SZA,Kraftwerk、最終日は、ノエル・ギャラガーのバンド、Noel Gallagher's High Flying Birdsが務める。今年グラミー賞を受賞したSZAは、世界的に評価の高いシンガーであり、今年のグラストンベリーフェスティバルのヘッドライナーにも抜擢されています。

 

その他、イギリスのメディアから評価の高いロンドンのジャズドラマー、Yussef Dayes、ヨーロッパのエレクトロニックシーンで存在感を放つ、Peggy Gou、イギリスのポップシーンの注目株、Omar Apollo、ニューヨークで今最も熱いハードコアバンド、Turnstile,元Sonic Youthのボーカリスト、最新作をマタドールから発表したNYの英雄、Kim Gordon、イギリスのR&Bシーンの注目株のSampha、BBC、Britsの新人アーティストに選出されたThe Last Dinner Partyが出演します。

 

そして、何と言っても、久しぶりの最新作をリリースする元PortisheadのBeth Gibbons、宇多田ヒカルの「Bad Mode」に参加し、ファラオ・サンダースの遺作「Promises」に参加したエレクトロニック・プロデューサー、Floating Points、最新アルバムのリリースを間近に控えているオックスフォードの伝説的なシューゲイザーバンド、RIDE、アイルランド/ダブリンのポスト・パンクの英雄、Fountains D.Cまで、新旧の豪華アーティストが7月末の3日間、苗場リゾートに集結します。

 

邦楽アーティストのラインナップも豪華です。今、日本で最も注目される(町田康が太鼓判を押す)西東京のバンド、betcover!をはじめ、ドイツを中心にヨーロッパのエレクトロニックシーンで知名度を誇る電気グルーヴ、ジャズ・ピアニストの上原ひろみ、個性派シンガーソングライター、大貫妙子、スガシカオ、マカロニえんぴつ、クリープハイプ、Man With A Mission、The Bawdies。パンクシーンからは、10-Feet、Hey-Smith、ポストロックシーンからはtoeが参戦します。スカブームを牽引したスカパラダイス・オーケストラ、実力派SSW,折坂悠太の出演にも注目です。

Interview -  Sundae May Club


長崎のウルトラスーパーポップバンド、Sundae May Clubは魅力的なポピュラーセンス、そして巧みなアンサンブルを通して親しみやすい楽曲を制作してきた。2019年に浦小雪(Gt.Vo.)、みやはら(Gt.)、ヒロト(Dr.) により結成。2020年には1st EP「Sundae May Club 1」を発表した。


その後の3年間を通じて複数のシングル、2022年には初のフルアルバム『少女漫画』をリリースし、ディストロ、レコードショップ、さらに一般的なリスナーの間で話題となった。


昨年にはニューシングル「Teenager」を発表し、バンド初となるワンマンライブ「サンデメパレード」を大阪/心斎橋にて開催した。


今年に入ってもなお、''サンデメ''の快進撃は止まることを知らない。日本の著名なアーティストが出演するbaycampのライブでファンベースを徐々に拡大させている。


今回、もっとも勢いに乗るJポップバンド、Sundae May Clubのボーカリスト、浦さんを中心に、バンドの皆さんにお話を伺うことが出来ました。そのエピソードの全容を読者の皆様にご紹介いたします。




Music Tribune: 最近のバンドの近況について教えていただきたいと思います。baycamp、ワンマンライブなど、今年はライブを中心に、大型のイベントに出演するようになって驚いています。二、三年前と比べて、バンドとして大きく変わった、もしくは成長したと実感するような瞬間はありますか?


Sundae May Club:  ここ1、2年の間に大きな会場でライブする機会をたくさんいただけました。初めてのワンマンライブも行うことができて沢山のファンの人たちに観て頂きました。活動をはじめた頃は演奏でいっぱいいっぱいだったのですが、今はどうすればお客さんにとって良い日になるかを思ってもらえるように毎回みんなで話し合っています。演奏はもちろんですが1回のステージで何を伝えるかを大事にするようになったと思います。



Music Tribune:  Sundae May Clubの皆さんは、長崎にいらした時、音源のリリースを行うようになったと思うんですが、結成のいきさつ、バンドの音源をリリースするに至った経緯などありましたら、あらためて教えてください。また、結成秘話、エピソードみたいなものはありますか?


Sundae May Club:  長崎大学のジャズ研で大学1年生のときに出会いました。メンバー全員がロック好きだったのでE-Rockers という軽音楽部に3人とも移って活動をはじめました。私が弾き語りでライブをしていたのを見たギターのみやはらが「バンド組もうよ!」と声をかけてくれたことがバンドを組んだきっかけです。そのあとドラムのヒロトも入れてバンドがSundae May Clubが結成されました。


音源リリースは「みんなにバンドを聴いて欲しい!」と思い、サークルの練習室や家で録音したデモ曲をネット上に載せてみたのが最初です。その曲に沢山の人から反応を貰えたので、「しっかりした音源を録ろう!」と思って、レコーディングした初めての音源集が「Sundae May Club 1」です。



Music Tribune:  最新アルバムについてご質問します。『少女漫画』というタイトルがついています。アルバムのアートワーク(デザイン)は、どなたが発案したものなのでしょうか。また、音楽や歌詞を通じて、アルバムで表現したかったこと、リスナーに伝えたかったことは何でしょうか?


Sundae May Club:  このアートワークはみんなで話し合って決めました。このアルバムは、1stEPの明るさに加えて文学的な要素、切なさやレトロな感じもある楽曲がそろった作品で、ぴったりなジャケットになったと思います。


このアルバムはわたしたちの卒業制作という位置づけでもあるので、思い出や青春をすべて詰め込みました。楽しい気持ち、悲しい気持ち、恋する気持ち、色んな感情が入っているので、「昔こんな気持ちになったな」とか、「こんな友達がいたら楽しいだろうな」という気持ちで聴いてみてほしいです。



Music Tribune:  このアルバムをリリースした2022年には、NHK長崎の参院選のテーマソングを制作しています。学生さんとのやりとりを通じてテーマソングを制作してみて、何か勉強になったことはありましたか。また、メディアへの出演後、周囲からの反響などはいかがだったでしょうか?


Sundae May Club:  学生さん達は選挙についての考えをしっかり持っている方が多くて、投票しようという意識も概ね高かったのですが、不在者投票の手続きなど書類のやりとりの煩雑さを嫌う意見もありました。テーマソングでは現時点の制度での投票を促すためのものなので、少しでも足取り軽く投票所に向かえるようにポップな楽曲を制作しました。


放送後は、地元の友達や家族、特に祖父から大喜びしてもらえたので、素敵な機会をいただけて本当に嬉しかったです。



Music Tribune:  続いて、曲の制作について、ご質問したいと思います。Sundae May Clubの曲は、どのように出来上がっていくのでしょうか。曲作りの過程や、秘訣について教えていただきたいです。また、バンド内で、どんなふうに音楽の磨きをかけていくのか教えていただけますか?



Sundae May Club:  まず、私が弾き語りのデモを作って、それをみんなに聴いてもらいます。編曲は、バンドメンバー全員でスタジオに入って考えることと、みやはらが宅録で編曲をしていく2パターンが多いと思います。


まず、歌詞を1コーラスくらい考えて、そこにギターのコードを載せてメロディーをつけるというのが多いです。一気にできることもあれば何年もかかったりすることもあります。曲作りの秘訣は本をたくさん読むことかな?



Music Tribune:  歌詞についてもお伺いします。浦さんは曲の歌詞をどのような形で書いていくのでしょうか。


Sundae May Club:  「シャングリラ」をはじめとする曲で、「あなた」や「君」といった、第三者に言葉を投げかけるようなフレーズが出てきますよね。こういった共感性のある言葉の表現というのは、どんなふうに出来上がったのか教えて下さい。


歌詞は、日記から膨らませたり、綺麗な風景を見たり、人と会ったりしたときに突然浮かんだりします。本を読んだり映画を観たりして心が動いたときにも言葉が出てきます。


昔から、仲良くしたいのに上手くコミュニケーションが取れないことが多かったのですが、その分楽しく話せた瞬間が忘れられないほど嬉しくて、歌いはじめる前からずっと友達とのやり取りで後悔したことや嬉しかったことなどについて日記と詩を書いていました。人との関わりの中で生まれる気持ちがいちばん強烈だと感じるので、第三者に向けた気持ちが軸になっています。



Music Tribune:  2023年9月にリリースされた最新シングル「Teenager」についてご質問します。この曲は、J-POPの延長線上にありながら、ナンバーガールを彷彿とさせるオルタナティヴなギターサウンドが特徴的です。こういった作風が、今後のバンドのベンチマーク(音楽性の指針)になると考えても構いませんか? もしくは、この曲は1つの通過点に過ぎないのでしょうか?


Sundae May Club: あまり作風に決まった方向を考えたことはありません。曲自身の色を生かしたアレンジを行うので「teenager」も含め、曲がアレンジを導いてくれる感覚です。なので「teenager」は通過点の曲というよりかは、Sundae May Clubのバリエーションの1つだと思います。



Music Tribune:  おそらく、現在、東京を中心に活動なさっていると思うんですが、地元の長崎に帰ったりすることはありますか。また、次に帰省する時、どんなことをしたいとお考えでしょうか??



Sundae May Club: ライブや作曲の仕事の時は東京にいるのですが、帰れるタイミングで帰っています。今は、東京と長崎と半分ずつくらいな感じです。節目節目に長崎でライブをすることもあります。


いつかライブだけではなく地域も巻き込んだお祭りみたいなイベントをやってみたいです。例えばフード、アクセサリーや古着、アート作品の販売なども取り入れて盛り上げたいです。



Music Tribune:   バンドの皆さんは、今までリリースした曲の中で、どれがいちばんお気に入りでしょうか? ちなみに私自身は「サイダー」が曲構成と歌詞、演奏も含めて素晴らしいと思ってます。


Sundae May Club: ありがとうございます!サイダーも大切な曲です!


浦:晴れるな(今まででいちばん歌詞を素直に書けた曲です。どん底から生まれるパワーが好きです。)


みやはら: 少年漫画(曲自体かっこよくてギターソロが一番お気に入りです。)


ひろと:  シャングリラ(大学でMV撮ったのも含めてお気に入りです。)



Music Tribune:  Sundae May Clubは「ウルトラスーパーポップ」という、あまり聞き慣れないジャンルをかかげてデビュー当初から活動なさっていますね。スペーシーな(宇宙的な)キーボードに鍵がありそうなんですが、なぜ、このようなジャンル名をつけたのでしょうか?


また、バンドの皆さんの音楽的なバックグラウンドについても、簡単に教えていただけると嬉しいです。


Sundae May Club: ”ウルトラスーパーポップ”というのは、ジャンルというよりはアティチュードとして考えています。


ポップという言葉には誰でも受け入れる懐の深さがあると思っていて、元々サークルの友達同士で組んだバンドなので、聴いてくれたその瞬間に友達になれるようなとっつきやすさで音楽をやりたくてウルトラスーパーポップバンドを自称しています。


全員に共通する音楽的バックグラウンドとしては、日本の90年代~10年代ロックやジャズなどがあります。洋楽も昔から聴いていて、ギターのみやはらは高校の文化祭でBlurのコピーバンドをしていました。



Music Tribune:  長崎出身のバンドですので、ぜひ、この街の良さをアピールして下さい。国内外の観光客におススメしたい場所はありますか??


Sundae May Club: 世界三大夜景のひとつである稲佐山からの夜景がおすすめです。街を歩いているとよく猫ちゃんに出会えるのも素敵です。


長崎市は全体的に坂道と階段が多くて歩くのは大変ですが、狭い石の階段も冒険気分で素敵だし、登った先から見える風景も沁みます。



Music Tribune:  最後の質問となります。新作リリースの予定がありましたら教えてください。また、今後のバンドとしての目標、野望について語って下さい!!


Sundae May Club: 新作のデモは何曲かもう作り終わっていて、近々レコーディングする予定です。リリース時期はまだ未定ですが、今年中には皆さんにお届けできると思います。

 

バンドとしての目標は、最近、海外のファンも増えて来たので、世界中の人に聴いてもらえる音楽を作りつづけることです。海外でのライブもしてみたいです!





ロンドンのミュージシャン、ファビアーナ・パラディーノ(Fabiana Palladino)はXLレコーディングスからニューシングル「I Can't Dream Anymore」を発表した。


このアヴァン・ポップ・シングルと近々リリースされるセルフタイトルアルバムについて、パラディーノは次のように語っている。


「『I Can't Dream Anymore』を書いたのは、最初のロックダウンの時期で、夜遅くまで起きていて、アルバムのための曲だけを書いていた。すべてがとても非現実的に感じられ、大きな変化の余韻に浸っていたときのことを思い出した。人生の中で、すべてが移り変わり、自分を再構築しなければならない瞬間。夢を見られなくなったり、未来を想像できなくなったり、過去の感情を思い出せなくなったりするのは、本当に心が痛むことだから、歌詞では大きな感情から逃げたくなかったんだ」


このシングルは、ファビアナがコンセプトを考案し、ジョシュ・ルノートとキャロライン・ワクセが監督した、パラディーノが神話的なラジオ・キャロライン号に乗っているミュージックビデオとともにリリースされる。


パラディーノはこう続ける。「アルバムを書いている間、心地よさを求めて海運予報を聴いていた。リラックスできたけど、一種の逃避でもあった。この曲を聴くと、私が感じていた孤独感がよりロマンチックに感じられた」


「完全に孤独で、でも夜遅くまで船からラジオ番組を放送することで他の人たちとつながっている。アルバム全体のテーマは、つながりと断絶だ。このビデオでは、それを『I Can't Dream Anymore』特有の方法で表現している。


前作「I Care」と「Stay With Me Through The Night」に続く「I Can't Dream Anymore」では、パワー・バラードの領域に臆することなく傾倒している。4月5日に発売されます。





 


イギリスのインディーロックバンド、ディヴォース(Divorce)は、2024年最初のシングル「Gears」で、絶賛されるキャサリン・マークス(ボーイジーニアス、フォールズ、ウルフ・アリス)のプロデュースにより、ギアをハイ・ギアに入れる。


この新曲は、彼ら最大のUKヘッドライン・ツアーを含む、一連のエキサイティングな発表と同時に到着した。彼らの落ち着きのない精神に忠実な「Gears」は、複数のアイデンティティと責任を両立させることの難しさを掘り下げている。

 

曲自体もこの二面性を反映しており、ソフトでメロディアスなサウンドスケープから始まり、よりジリジリと激しいものへと変化していく。

 

リード・シンガーでギタリストのフェリックス・マッケンジー=バローは、次のようにこの曲について説明している。

 

「『Gears』は、ロンドンに引っ越したばかりの頃、『ディヴォース』のバンド活動が増える中、とても長い時間働いていた時に書いた曲なんだ。仕事かライヴに明け暮れて、社会生活を維持することができなかったし、社会生活を維持するために必要な出費にもついていけなかった。この曲は、そんなフラストレーションから生まれたんだ」


「Gears」

 


ニューヨーク/ブルックリンのポストパンクバンド、グスタフ(Gustavf)がニューシングル「Close」をリリースした。


このシングルは、最近の2枚組シングル「Here Hair / Hard Hair」に続く作品で、Yard Actのサポートとロンドンでのヘッドライナーを兼ねたイギリスでのライブに合わせてリリースされた。


次のアルバム「Package Pt.2」は4月5日にロイヤル・マウンテン・レコードからリリースされる。エリン・トンコンがプロデュースし、Studio G BrooklynとCircular Ruinでレコーディングされた「Package Pt.2」は、2021年のアルバム「Audio Drag for Ego Slobs」に続く。


「Close」

 


イギリスのプロデューサー、DJ,ソングライター、ニア・アーカイヴス(Nia Archieves)がニューシングル「Unfinished Business」をリリースした。


音楽性の代名詞であるドラムンベースの軽快なビートを背景にシンガーはクールなリリックを紡ぐ。アーティストはDJセットのライブで名高い。同時公開のMVではサウスロンドン風のクラシカルな雰囲気とモダンな空気感を融合させている。


「Unfinished Business」は先日発表されたデビューアルバム『Silence Is Loud』の収録曲となる。『Silence Is Loud』は4月12日(金)にHIJINXX/Island Recordsからリリースされます。

 


「Unfinished Business」

 

 

新作アルバムから「Crowded Roomz」、昨年の「Off Wiv Ya Headz」「Bad Gyalz」が先行配信されています。

 

 

 



コネチカット州の4人組オルトロックバンド、OVLOV(オヴロヴ)は、シカゴのラジオ局、Audiotree Liveに出演した。彼らは最新作『BUDS』の収録曲をメインにスタジオでプレイしている。特にセットリストの2曲目のオルタナティヴロックの隠れた名曲「Land of Steve-O」の演奏に注目すべし。


彼らは散発的ではありながら北東部インディー・ロックの風景に影響を与えたレコードを発表し続けている。ダイナソーJr.やセバドーのような大物と比較されることもあるが、彼らのトレードマークであるファズ、軽妙なウィット、ポップ・センスが何層にも重なり、独自のサウンドを作り上げている。


彼らの幅広いディスコグラフィーの中から曲を演奏するOvlovのAudiotree Live Sessionは、彼らの成長と野心の証であり、友情とファズペダルの祭典でもある。Audiotreeのホスト、Psalm Oneとのインタビューの中で、バンドは2023年の反省、任天堂への見解、コネチカット州ニュータウンで音楽をプレイして育った経験について話している。


このライブ音源はAudio  Tree Liveとしてリリースされました。ストリーミングなどはこちらから。

 

 




Setlist:

1. Eat More

2. Land of Steve-O

3. The Wishing Well

4. Strokes

5. The Valley

6. Deep Fried Head

 


米国のカントリーシンガー、ケーシー・マスグレイヴス(Kacey Musgraves)は、今週末、アルバム『Deeper Well』をリリースした。昨夜、ジミー・ファロンの『トゥナイト・ショー』に出演し、新譜について語り、ベスト・ソングのひとつである 「The Architect」を演奏した。

 

アーティストはグラミー賞授賞式の夜のCMでニューアルバム『Deeper Well』を発表、2週間前の『サタデー・ナイト・ライブ』でLPの初期シングル2曲を披露した。

 

『The Architect』で、マスレイヴスは神が存在するのかどうか疑問に思っていることを歌っている。


「The Architect」

Boeckner

ダニエル・ベックナーは、心に溜まった夾雑物を理解し、その散らかったものを突き破って向こう側に潜り込むには''揺るぎない勇気''が必要であることを理解している。そしてボックナーの手にかかれば、その探求はポスト黙示録的なシンセとギターのヒロイズムによってもたらされる。


ウルフ・パレード、ハンサム・ファーズ、ディヴァイン・フィッツ、オペレーターズ、アトラス・ストラテジックとの活動を通して、カナダを代表するインディー・ロッカーは、''希望ほど喜ばしく、印象的で、生成的で、豊かな感情はない''と認識している。しかし、それには自分のやり方から抜け出す必要がある。その深い音楽的参考文献の集大成として、べックナーは自身の名前''ボックナー''で初のアルバムをリリースする。


「自分の中では、いろんな意味でまだバンクーバーでパンク・バンドをやっているつもりなんだ」とべックナーは笑う。「ティーンエイジャーの頃から始まって、僕の音楽人生は自分自身の音楽言語を発展させようとしてきた」


そう。ジャンルの探求がどこへ向かおうとも、パンクやDIYの空間で育ったべックナーには、コラボレーションの濃い血が流れている。『Boeckner!』は、親しみやすい要素の集まりで構成され、若い情熱と発見の同じスリルを引き出す。それは、夢と助手席の特別な誰かに後押しされ、テックノワールの街並みをジェット機で追いかけるようなものだ。


Boecknerは、この融合した言語をド迫力のオープニング・トラックとリード・シングル "Lose "で即座に紹介する。


オペレーターズとの2枚のレコードで培った焦げたスペースエイジのシンセと、ウルフ・パレードの拳を突き上げるようなギターに後押しされ、この曲は新世界へとまっしぐらに突き進む。"今、私は歩く幻影/レーダー基地での夜警 "とボックナーは歌い、まるで希望を失わないために時間との戦いに挑んでいるかのようだ。


その切迫感と情熱は、常にべックナーのトレードマークであり、彼自身のために書くことで、その感情をさらにスコープの中心に押し上げている。しかし、べックナーがこのアルバムの明確な原動力であるとはいえ、ソロ・デビューに協力者がいないわけではない。ニコラス・ケイジ主演のサイケデリック・ホラー映画『マンディ』のサウンドトラックに参加していた時にプロデューサーのランドール・ダンと出会い、べックナーはソロデビューに最適な相手を見つけたと確信した。


「私はずっと彼のファンで、特に彼がプロデュースした”Sunn0)))”のレコードはお気に入りだった。ランダルと仕事をすることで、抑えられていた音楽的衝動が解き放たれたんだ。プライベートでは楽しんでいるけれど、普段は自分がリリースする作品には織り込まないような、オカルト的なシンセや疑似メタル、クラウトロック、ヘヴィ・サイケの影響などだよね」


アルバムのハイライトである "Euphoria "は、オフキルターなダークネスを漂わせ、ヴィブラフォンのダッシュがシンセのうねるような波に翻弄されている。


「もう手遅れだ/時間は加速する/ゆりかごから墓場まで」とボックナーはまるでジギー・スターダストの核廃棄物のように叫び、グリッチしたエレクトロニクスがミックスから滴り落ちる。この曲のパーカッシブなドラムは、パール・ジャムのドラマーとしてだけでなく、ボウイやフィオナ・アップルとの仕事でも知られるマット・チェンバレンによるもので、アルバム全体を通してボックナーの力強いギターを後押ししている。


この強固な基盤のおかげで、ボックナーは感情的なイマジズムと、より地に足のついたストーリーテリングの間を思慮深く織り交ぜることができるようになった。このアルバムを通して、彼のイメージはSFにまで踏み込んでいるが、それは何よりもまず経験によって支えられている。  「初期のウルフ・パレードを除いて、私は常にフィクションの世界に身を置こうとしてきた。その典型例として、"Euphoria "の絶望的な到達点は、すべての行に感じられる」


べックナー、ダン、チェンバレンのトリオは、このアルバムのための一種のダーク・エンジンを形成し、チェンバレンは、各ドラム・トラックと同時にヴィンテージのアープ・シンセサイザーを起動させるという独創的なアプローチで、ボックナーがレコードの雰囲気を形作るのを助けた。その重層的な影が、アコースティック調の靄がかかったような「Dead Tourists」を彩っている。


この曲には、鋼鉄の目をした家畜、教会の教壇に並べられた死体、横転した高級車など、なんとも不気味で悪い予兆が散りばめられている。

 

この緊迫したフューチャリズムは、ダンのCircular Ruinスタジオに滞在していたベックナーの影響によるもので、薄暗いエレクトロニックなオーラが全トラックに歌い込まれている...。彼はよく、寝袋にポップ潜り込んで、シンセ・ラックの下で眠りにつき、小さな天窓からブルックリンの灯りを見上げ、隣でOneohtrix Point Neverの最新作をレコーディングしているダニエル・ロパティンのかすかな音が壁を通して聞こえてくる。


自身のロック・ルーツを掘り下げることに加え、べックナーは個人的なギター・ヒーローの1人を連れてきた。


「ティーンエイジャーの頃、メディシンの完璧なシューゲイザー・ノイズのレコードをカセットテープで輸入していて、ブラッド・ラナーのサンドブラストでチェルノブイリのようなギターが絶対に好きだった」と彼は言う。


べックナーは最初、ブラッド・ラナーが1曲だけ参加してくれることを願って連絡を取ったが、メディシンのギタリストはアルバム全体にギター・レイヤーを加え、ヴォーカル・ハーモニーのアレンジも手伝うことになった。特に「Don't Worry Baby」の呪われた言葉のない合唱は、ラナーのトレードマークであるメディスン・ギターの荒々しさを通してボックナーの作曲を表現している。


「このレコードは自伝のようなもので、アトラス・ストラテジック・ミュージックの具体的なシンセの爆発、オペレーターズの瑞々しいシンセ、ハンサム・ファーズのノイズ・ギター、シュトックハウゼンからトム・ウェイツまで、あらゆるものから同時に影響を受けている」とボックナーは言う。


そして、低音域の「Holy is the Night」でレコードがフェードアウトすると、変異したスカイラインは消え去り、"疫病の後 "の青空に変わる。もはやSF大作ではなく、『Boeckner!』はジョン・カセベテス映画の焼け焦げたVHSコピーのような、ケムトレイルと核の放射性降下物が遠くに消えていくようなものへと変化していく。「朝日が昇るまでに、どれだけの痛みを与えられるだろう、ベイビー/聖なる夜は、平和を手に入れられるだろう」と彼はため息をつく。



この世界は、君と僕が一緒にいることで、どれだけの血を流せるだろう? すべての優れたSFがそうであるように、感情や痛みは作者にとってもリスナーにとっても同様に心に響くものであり、ジャンルは人間的な経験を補強するためにそこで花開く。そして、これまで以上に多くのことを明らかにすることで、ボックナーは音楽的な激しさを予想外のレベルまで高めると同時に、旅の終わりに安らぎを見出したいと願っている。-SUB POP

 

 


Boeckner 『Boeckner!』



カナダのダニエル・ベックナーはウルフ・パレードの活動で知られているが、サブ・ポップからソロデビューを果たす。

 

このアルバムで、ベックナーの名前は一躍コアなロックファンの間で知られることになるかもしれない。ベックナーの音楽はシンセロックの内的な熱狂性、ソフトロック、AOR,ときにはニューロマンティックの70年代のロンドンの音楽を反映させ、それらをシューゲイザー・ノイズによって包み込む。彼の音楽の中には異様な熱狂があるが、ソロ・アルバムでありながらランドール・ダンのプロデュースによりバンドアンサンブルの趣を持つ作品に仕上がった。

 

アルバムには勿体つけたような序章やエンディングは存在しない。一貫してニューウェイブ・パンク、DIYのアプローチが敷かれる。ベックナーにとって脚色や演出は無用で、彼は着の身着のままで、シンセロックの街道を走り始め、驚くべき早さで、アルバムの9曲を走り抜けていく。彼は、いちばん後ろを走りはじめたかと思うと、並のバンドやアーティストを追い抜き、ゴールまで辿り着く。その驚くべき姿勢には世間的に言われるものとは異なる本当のかっこよさがある。

 

ときに、人々は何かをするのには遅すぎると考えたり、周囲にそのことを漏らしたりする。しかしながら、何かの始まりが遅きに失することはないのだ。ダン・ベックナーは私達に教えてくれる。「出発」とは最善の時間に行われ、そしてそれは、何かが熟成したり円熟した時点に訪れる。それまでに多くの人々はなんらかの仕事に磨きをかけたり、みずからの仕事を洗練させる。多くの人は、どこかの時点で諦めてしまう。それは商業的に報われなかったからかもしれない。何らかの外的な環境で、仕事を続けることが難しくなったのかもしれない。それでも、ダニエル・ベックナーは少なくとも、ウルフ・パレードのメンバーとして、音楽的な感性を洗練させながら、ソロデビューの瞬間を今か今かと待ち望みつづけてきた。デビューアルバムというのは、アーティストが何者であるかを示すことが必須となるが、ダン・ベックナーのセルフタイトルの場合、ほとんどそこに躊躇や迷いは存在しない。驚くべきことに、彼は、自分が何をすべきなのかをすべて熟知しているかのように、ポピュラー・ソングを軽やかに歌う。

 

ニューウェイブ風のパルス状のシンセで始めるオープニング「Lose」のベックナーのすべてが示されている。イントロが始まる間もなく、ダン・ベックナーの熱狂的なボーカルが乗せられる。彼の音楽的な熱狂性は、平凡なミュージシャンであれば恥ずかしく思うようなものである。しかし、それは10代の頃、音楽ファンになった頃にすべてのミュージシャンが持っていたものであるはずなのに年を重ねていくごとに、最初の熱狂性を失っていく。本当に熱狂している人など、本当はほとんど存在しないのであり、多くの人は熱狂している”ふり”をしているだけなのだ。

 

外側からの目を気にしはじめ、さまざまな思想と価値観の[正当性]が積み上がっていくごとに、徐々に最初の熱狂は失われていく。しかし、本来、「音を子供のように楽しみ、そしてそれを純粋に表現する」という感覚は誰もが持っていたのに、ある年を境目として、誰一人として、そのことが出来なくなる。それは多くの人が勝利や栄光を得ようと躍起になり、最終的に全てを失うことを示す。デス・オア・グローリー・・・。敗北への恐怖が表現の腐敗へと続いている。

 

ベックナーの音楽が素晴らしいのは、恐怖を吹き飛ばす偉大な力が込められていることなのだ。

 

アルバムのオープナーを飾る「Lose」は、敗北への讃歌であり、負けることを恐れないこと、そして敗北により、勝利への最初の道筋が開かれることを示唆している。ときにベックナーのボーカルやシンセは、外れたり狂うことを恐れない。それは常道やスタンダードから外れるということ。しかし、「正しさ」と呼ばれるものは本当に存在するのか。もしくは、スターダムなるものは存在するのか。誰かが植え付けた、思い違いや誤謬を、それがさもありなんというように誰かが大々的に宣伝したものではないのか。それらの誤謬に誰かがぶら下がり、その旗に付き従うとき、「本来、存在しなかったものがある」ということになる。それがコモンセンス、一般常識のように広まっていく。しかし、考えてみると、そこに真実は存在するのだろうか? 

 

「Lose」

 

 

ダニエル・ベックナーの音楽は、少なくともそれらの常識から開放させてくれる力がある。そして推進力もある。もちろん、独立心もある。「Ghost In The Mirror」は、ドン・ヘンリー、アダムス、スプリングスティーンのようなアメリカンロックとソフト・ロックの中間にある音楽性を爽やかな雰囲気で包み込んだナンバー。80年代のUSロックの色合いを残しつつ、スペーシーなシンセサイザー、パーカッション効果により、スタンダードなロックソングへと昇華している。サビでのアンセミックなフレーズは、ベックナーのソングライティングがスタンダードなものであることを示している。そして鏡の中にいる幽霊を軽やかに笑い飛ばし、それを跡形なく消し去るのだ。「Wrong」はThe Policeの系譜にあるニューウェイブをベースにし、そこにグリッターロックやニューロマンティックの艶気を加えている。ダン・ベックナーのボーカルはやはりスペーシーなシンセに引き立てられるようにして、軽やかに宙を舞い始める。

 

「Don't Worry Baby」は、Animal Collective、LCD Soundsystemを彷彿とさせるシンセロックのアプローチを図っているが、サビでは80’sのNWOHMのメタルバンドに象徴されるスタジアムのアンセムナンバーに様変わりする。曲の中に満ちる奇妙なセンチメンタルな感覚は、Europeの「Final Countdown」のようであり、この時代のヘヴィ・メタルのグリッターロックの華やかさと清涼感のあるイメージと合致する。ベックナーは、T-Rexのマーク・ボランやDavid Bowieの艶気のあるシンガーのソングライティングを受け継ぎ、それらをノイズで包み込む。しかし、ノイズの要素は、アウトロにかけて驚くほど爽快なイメージに変化する。Def Leppardが80年代から90年代にかけて書いたハードロックソングを、なんのためらいもなくベックナーは書き、シンプルに歌い上げている。これらは並のミュージシャンではなしえないことで、ベックナーの音楽的な蓄積と経験により高水準のプロダクトに引き上げられる。

 

アルバム発売と同時にリリースされた「Dead Tourists」は、アーティストのマニアックな音楽の趣向性を反映させている。Silver Scooter、20/20といったバロックポップバンドの古典的な音楽性をイントロで踏襲し、レコード・フリークの時代の彼の若き姿を音楽という形で体現させる。アーティストはウェイツのような古典的なUSポピュラーのソングライティングに影響を受けているというが、ベックナーの場合はそれらはどちらかと言えば、ジャック・アントノフのバンド、Bleachersが志すような、シンセ・ポップ、ソフト・ロック、そして、AORの形で展開される。曲の進行には、80年代のUSポピュラー音楽のアンセミックなフレーズが取り入れられ、それが耳に残る。古いはずのものは言いしれない懐かしさになり、それらのバブリーな時代を彼はツアーする。MTVのネオンは街のネオンに変わり、それらはホラー映画のニッチさと結びつく。これらの特異な感性は、彼の文化的な感性の積み重ねにより発生し、それがシンプルな形でアウトプットされる。シューゲイズ・ギターは彼のヴォーカルの印象性を高める。そして、さらにそれを補佐するような形で、スペーシーなシンセ、グリッター・ロック風のコーラスが入る。 しかしこの80年代へのツアーの熱狂性はアウトロで唐突に破られる。 

 

 

 「Dead Tourists」

 

 

「Return To Life」はアナログなシンセ・ポップで、Talking Headsのデイヴィッド・バーンに象徴されるようなニューウェイブの気風が漂う。クラフトワーク風のデュッセルドルフのテクノ、それらをシンプルなロックソング、2000年代以前のマニアックなホラー映画のBGMと結びつける。これらはMisfits、WhitezombieといったB級のホラー映画に触発されたパンクやミクスチャーバンドの音楽をポップスの切り口で再解釈している。そしてダン・ベックナーのボーカル、チープなシンセの組み合わせは、アーティストによる米国のサブカルチャーへの最大の讃歌であり、また、ここにも、ナード、ルーザー、日陰者に対する密かな讃歌の意味が見いだせる。そして、それは90年代のレディオ・ヘッドのデビュー・アルバムの「Creep」の時代、あるいは2ndアルバムの「Black Star」の時代の奇妙な癒やしの情感に富んでいる。栄光を目指したり、スタンダードを目指すのではなく、それとは異なる道が存在すること、これらは数えきれないバンドやアーティストが実例を示してきた。ベックナーもその系譜にあり、ヒロイズム、マッチョイズム、もしくは善悪の二元論という誤謬から人々を守るのである。

 

どうしようもなくチープであるようでいて、次いで、どうしようもなくルーザーのようでいて、ダン・ベックナーの音楽は深い示唆に富み、また、世間的な一般常識とは異なる価値観を示し続け、大きな気づきを与えてくれる。一つの旗やキャッチコピーのもとに大多数の人々が追従するという、20世紀から続いてきたこの世界の構造は、いよいよ破綻をきたしはじめている。この音楽を聴くと、それらの構造はもう長くは持たないという気がする。そのレールから一歩ずつ距離を置き始めている人々は、日に日に、少しずつ増え始めているという気がする。

 

その目でよく見てみるが良い、ヨーロッパの農民の蜂起、アフリカの大陸、世界のいたるところで、主流派から多くの人が踵を返し始めている。「Euphoria」は、株式の用語で過剰なバブルのことを意味するが、ベックナーは古いのか新しいかよくわからないようなアブストラクトなポップで煙幕を張り、目をくらます。ベックナーは、親しみやすい曲を書くことに関して何の躊躇も迷いもない。「ダサい」という言葉、もしくは「敗北」という言葉を彼は恐れないがゆえ、真っ向から剣を取り、真っ向からポピュラーソングを書く。誰よりも親しみやすいものを。クローズの「Holy Is The Night」は驚くほど華麗なポップソング。誰もが書きたがらないものをベックナーは人知れず書き、それを人知れずレコーディングしていた。そう、Oneohtrix Pointnever(ダニエル・ロパティン)が録音を行っているすぐとなりのスタジオで。

 

 

 

86/100 
 
 

Weekend Track- 「Holy Is The Night」

 
 
Boecknerによるセルフタイトルアルバム『Boeckner!』は本日、SUBPOPからリリースされました。ストリーミングはこちら。 ご購入は全国のレコードショップ等


ベルリンを拠点に活動するミュージシャン、プロデューサー、作家のF.S.Blummが、LEITERよりニューアルバム『Torre』を発表した。アルバムの先行シングル「Aufsetzer」がリリースされた。


2021年にリリースされたニルス・フラームとのコラボレーション・アルバム『2X1=4』に続き、「大人のための癒しの音」という副題が付けられたこの新譜は、イタリアのリビエラで過ごした数ヶ月にインスパイアされ、「村の教会の鐘の音と犬の鳴き声の間の静寂の隙間」でギターが録音された。


ベルリンを拠点に活動するミュージシャン、プロデューサー、作家のF.S.Blummが、4月26日にLEITERからリリースするニューアルバム「Torre」の詳細を発表しました。


このアルバムは、2021年にリリースされたニルス・フラームとのコラボレーション・アルバム「2X1=4」、2022年に自身のインプリントであるBlummrecからリリースされた最新ソロ・アルバム「Kiss Dance Kiss」に続く作品。


Soothing Sounds For Adults(大人のための癒しの音)」という非公式なサブタイトルを持つこの新作は、イタリアのリヴィエラで過ごした数ヶ月にインスパイアされたもので、ギターは「村の教会の鐘の音と犬の鳴き声の間の静寂の隙間」で録音された。チェリストのアンネ・ミュラーとクラリネット奏者のミヒャエル・ティーケをはじめ、複数のミュージシャンが全13曲に参加し、F.S.ブルム・トリオとしてブルムのライヴに参加する。


ブルムは、かつてピッチフォーク誌で「とても魅力的な音楽」と称賛されたことがある。1998年に17曲入り33回転7インチ『Esst Obst!』のフラームとの複数のリリースのほか、デイヴィッド・グラブスやリー・スクラッチ・ペリーとのレコーディングなど、多作な共同制作で知られてきたが、ラジオドラマのプロデューサーとしても権威ある賞を受賞している。


しかし、『Torre』では、古典的な訓練を受けたギタリストとしてのルーツに戻り、2006年の『Summer Kling』を筆頭に、以前のレコードのスタイルをさらに発展させ、彼がインストゥルメンタルの「チェンバー・ポップ」、あるいは、もっとロマンチックに「遠くを見つめるための音楽」と呼ぶものにアレンジしている。


「Torre』には、著名なチェリスト、アンネ・ミュラーとクラリネット奏者、ミヒャエル・ティーケをはじめ、高名なミュージシャンが13曲すべてに参加しており、ブルームはF.S.ブルーム・トリオとしてライブに参加する。「Torre』は4月26日より限定盤と全デジタル・プラットフォームで発売されます。



F.S Blumm 『Torre』



Label: Leiter

Release: 2024/04/26


 Tracklist:


1.Da Ste (Intro)

2.Aufsetzer 

3.Bitter Mild

4.Di Lei

5.Schein Es

6.Kurz Vor Weiter Ferne

7.Bhf Bral

8.Wo Du Wir

9.Frag

10.Hollergrund

11.Daum

12.Shh

13.Da Ste (Coda)



 


ベイビー・ローズ(Baby Rose)は、BADBADNOTGOODのプロデュースによる新プロジェクト『Slow Burn』を始動させる。その手始めに1曲目の「One Last Dance」をリリースした。

 

「"BADBADNOTGOODと私は出会った日にこの曲を録音した。もう1曲、カントリー・ソングをお願いして、コードが来たときに、歌詞を書く必要もなく、心から歌ったんだ」とベイビー・ローズは説明する。


「"One Last Dance "は私にとって大切な曲で、私をヒール役として見ている人への憧れと愛の感情を反映しています。私も以前は彼らを非難していたけど、時が経つにつれ、自分が間違っていたことに気づき、最終的にはそれを正すチャンスを望むようになった」

 

「もう1度やり直したいと願う強い部分があり、元には戻らないとわかっていても、破綻しなかったふりをする。憧れは、その人についてというよりも、私たちが共有した思い出の背後にある感情について。人生における成長痛の真の証であるこの音楽は、憧れとプライドのない別れの甘美なアンダースコア」