米/フィラデルフィアのシンガーソングライター、Greg Mendesz(グレッグ・メンデス)は、時々、主要産業の地域ではない場所から優れたソングライターが登場する事例に該当する。彼が奏でるのは、都会のフォークソングではなく、郊外の音楽である。メンデスは、正真正銘の叩き上げの音楽家で、苦労人の表情を持つ。彼がようやくその才能を発揮し始めたのは、実に主要な音楽制作を始めてから15年が経った時である。そういった日の当たらない日々、彼は肉体労働などに従事しつつ、音楽の才能を磨いた。
レーベルが紹介しているところでは、グレッグ・メンデスは、無駄のないソングライターであり、抑制と簡潔さを武器として使いこなし、その楽曲の核心をシンプルかつ鋭い真実へと研ぎ澄ましているという。昨年、彼は、デッド・オーシャンズと契約を交わし、大手メディアの注目を集めることになったが、おそらく見かけ倒れにはならない。レーベルのスカウトの慧眼が正しかったことが、後に明らかとなるだろう。メンデスのソングライティングは、アレックス・チルトンやエリオット・スミスといったUSインディーフォークの直系に属し、また、その中核を担う。ビートルズからの影響もありそうだが、飽くまでインディーズの側面に軸足が置かれている。
本日発売される通算二作目となる新作アルバム『Beauty Land』では、皮肉ながらも寛容な語り手――シニシズムと信仰のバランスを学んだ弱者――に導かれていく。これらの楽曲は、自己憐憫を排した謙虚さを持ち、ポップなメロディー、きらめきつつも切迫感あるギター、そして聖歌隊の少年のような無垢さを湛えた歌声を通じて、不完全さを丁寧に構築した祭壇となっている。
『Beauty Land』の大部分は、フィラデルフィアにあるメンデスの即席ホームスタジオ――自然光の差し込まない小さな部屋――で、ほぼ独りでテープに直接レコーディングされた。これは、2023年に突如としてブレイクしたセルフタイトルのデビュー作以来となる初のフルアルバムだ。
そのデビュー作は、フィラデルフィアとニューヨークを行き来しながら15年間にわたり、比較的無名のまま楽曲制作とレコーディングを続けてきた末に、徐々に火がついたような成功を収めた作品だった。『Beauty Land』は、3年前に私たちが置き去りにした場所――悲しみ、愛、そして依存症の深淵――から物語を再開する。しかし、その強烈で静謐な明快さは、メンデスのソングライティングが最高潮に達していることを示している。
『Beauty Land』の一部は、まるで明晰夢のようだ。傷ついたキャラクターたちが、漫画的で歪んだ世界を切り拓いていく――「I Wanna Feel Pretty」の壊れた時計のような行進、「Gentle Love」の鈴のような音色のおもちゃのピアノ。「Mary / Dreaming」は、指弾きのシンプルな哀歌として始まり、突然、気力を失ったような、ビーチ・ボーイズ風でありながらどこか歪んだ結末へと切り替わり、憂鬱と喜びの両方が共存している。すべてのことが同時に真実になり得るという感覚だ。収録された14曲はいずれも3分を超えないが、それらは一生に及ぶ物語を語っている。
『Beauty Land』は、時に、信じられないほど孤独に感じられる。だからこそ、そうではない瞬間が際立つのだ――例えば「So Mean」の終盤で、メンデスが妻でありバンドメイトのヴェロニカとハーモニーを奏でる場面。それはまるで、愛おしい再会であり、一瞬の救済であり、海が一時的に割れるような瞬間のように感じられる。
Greg Mendez 『Beauty Land』- Dead Oceans
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グレッグ・メンデスの音楽には、文学的なテーマが感じられる。それは郊外の若者、あるいは壮年期以降の何に則して生きるのかという主題である。現代以降、何かを規範に生きるということはほとんど難しくなり、ゆえに、自らなにかを探し求めなくてはいけなくなった。自己は何に属するのか、属さないのか。これはミレニアム世代以降のアメリカのヒップホップソングにも通底するテーマでもある。つまり、吾は何のために生きていくのかというテーマなのである。
また、それはコミュニティ、宗教意識、他者との人間関係などに還元されることが多かったが、グレッグ・メンデスの音楽的な詩にもそれは共通していることではないかと思う。メンデスの音楽には、郊外の若者にありがちな孤立感、そして、旧来の宗教意識に対する自分の意識、そういった内容がさりげなく盛り込まれている。それは内的な悪魔を打破するべく、祓いとして音楽や歌が機能しているのだ。彼の音楽的な意識、あるいは、そこに通底する哲学的な意識は、間違いなくニューヨークとフィラデルフィア、都会と郊外の行き来によってもたらされたものだろう。メンデスは、群衆と個人を行き来しながら、自己とはなにかという意識を探索するのである。個人は聡明であっても群衆は愚かである、というギュスターヴ・ル・ボンが指摘した社会学のテーマ『群衆の心理』が、グレッグ・メンデスの音楽には感じられることがある。しかし、それは優越感を意味するわけではない、どちらかと言えば、孤立感を意識させる。
メンデスは、それをフォークミュージックを通じて行う。彼の音楽は、単なるメロディの美しさや構成的な機能だけを追求するものではない。通常の意識の中からまれに汲み出される清淨な雰囲気、それは彼の場合、賛美歌なのだが、それがインディーフォーク・ソングから立ち上る時、精妙な感覚が立ち上ってくる。これはグレッグ・メンデスによる信仰や神々に対する祈りに近い。
結局、アメリカという国家は、法律や社会規範そのものが宗教や神に対する関係から生まれる。旧来のカトリック精神からは乖離しているが、結局はまだこういった宗教観念をもとに生きざるを得ない。法廷でも、アメリカはまず神に対する誓いを述べる、こういった事からも分かることである。それは近代や現代になっても、不変の事実といえる。また、彼の音楽に凄みのような箇所が出てくるのは、自力が窮まり、大きな別の存在、いわばスタンドのようなものがふと出てくる時である。これらは特に、シンセ、ドラムや賛美歌のような箇所で立ち表れる。
『Beauty Land』は、そういった孤立する現代的な個人意識の中で、汲み出される美しい情景を歌おうという試みである。それは言ってみれば、足元の水たまりの泥の中から、一滴の清らかな水滴を彼自身の手ですくい上げる行為でもある。そしてデビューアルバムから一貫しているホームレコーディングをベースにしたささやかなフォークソングは、小さな領域を越え、大きな領域に響きわたることがある。
「I Wanna Feel Pretty」は4カウントから始まり、ビートルズを彷彿とさせるフォークソングが続いている。メンデスの音楽は、小さな扉を開き、そしてこわごわとその先を覗き込み、そして大きな世界を垣間見るような感覚に満ちている。
クールだが温かみを感じさせる歌声、ナイロン弦によるアコースティックギター、ベース音に対してなめらかに鳴らされる和音、そして主旋律を描くメンデスのボーカル、これらが渾然一体となり、小さくも大きなフォークミュージック・ワールドが形成されていく。これらは日本の戦後に隆盛を極めた下町の風景を歌ったフォークミュージックと共鳴するもので、まるで四畳半の世界から大きな世界を眺めるような不可思議なエモーションに縁取られている。メンデスのボーカルのメロディの旋法は、賛美歌からの影響が含まれている。しかし、彼には、巨大なオルガンは通常必要ない。反復的なフレーズを繰り返しながら、トイピアノとティンパニのような効果を持つドラムを用い、奇妙なほどエモーショナルで、壮大な音楽的な世界を描写する。
「I Wanna Feel Pretty」
「Looking Out Your Window」は、ビートルズに加え、アレックス・チルトン(Big Star)やエリオット・スミスを彷彿とさせる。特別な音楽的な要素はないのだが、メンデスのボーカルは、70年代のニルソンのようなじっくりと聴かせる響きがあり、また、それらがアコースティックギターの演奏と上手くハマっている。これらは彼が熟成してきた音楽性がようやく完成された瞬間でもある。暗さ、明るさ、悲しみ、喜びを交差しながら、切なげな音楽が象られる。しかし、こういったささやかなフォーク・ソングが中盤以降にオルガンが入るだけで、奇妙なほど壮大な感覚を帯びてくる。いわば、悲しみや暗さの領域から明るい領域へと踏み込んでいくのである。かれの音楽はまた、フィラデルフィアの郊外の風景の素朴さから始まり、ニューヨークのようなきらびやかな地域の風景へと少しずつ移り変わっていくような感覚がある。この曲もまた、小さな世界から徐々に大きな世界へと変遷していくような瞬間が切り取られている。
ギターのテクニックにも注目したい。「Mary/ Dreaming」では上部の和音のアルペジオを維持したまま最低音部だけを変更し、音楽的な流れを付けるアコースティックギターの演奏法が取り入れられている。しかし、それは単にビートルズやディランの復刻だけとはかぎらない。賛美歌からのボーカルのメロディを受け継ぎ、時折、クラシックギターの演奏を感じさせる上品なギタープレイが、単調と長調を鋭く交差する作曲により、流れるようにスムーズな展開を作る。
この曲は、二つの曲をつなぎ合わせたような構成を持ち、一曲目はボブ・ディラン風のフォーク・ソングで、二曲目の方はビートルズのデモソングのような感じで続いている。時代をさかのぼるような感じがあり、これはまたホームレコーディングの没時代性からもたらされるものだろう。「Everybody Wants To Be Your Friend(Except Me)」はシニカルな意味合いをにじませ、飄々としたフォークミュージックを紡いでいる。序盤から中盤の流れを安定化するような曲で、田舎性を思わせるサウンドから孤立感をシンガーは歌うが、それは柳に風といった感じだ。
中盤に収録されている「Gentle Love」はソングライターの旋律的な秀逸さがオルタネイトなベースの進行と合致している。序盤から中盤にかけてのハイライト曲と見て間違いないだろう。特に、基本的な和声に、シャープ/フラットを追加し、半音階進行を多用し、通過音を多用しているのが特徴である。
60年代後半のポップ/ロックソングの階段状に半音階進行を続けるベース進行に対し、ボーカルメロディーは伸びやかな上昇の旋律曲線を描いている。これが憂鬱を象徴する低音部と、それとは対象的に明るい領域へと伸びていこうとするボーカルの中音部と高音部が旋律的に見事なコントラストを導き出す。
作曲として注目したいのは、90年代以降のポップスやロックで使用されたクラシックのカノンの「グラウンドベース」の進行がビートルズ風のソングライティングと混在している。この曲のボーカルと作曲こそ15年という歳月を通じて培われた独自のソングライティングの賜物であろう。この曲の印象を決定付けるのが、メンデスによる口笛、それからトイピアノの音色である。また、グレッグ・メンデスはアコースティックギターだけではなく、鍵盤楽器も演奏する。
「Frog」では、エレクトリック・ピアノ/ローズ・ピアノを使用し、夢想的で時間を忘れさせるようなイントロを作り上げる。長めのイントロのセクションの後、バックコーラスを交えて、賛美歌のような神妙なバラードソングへと移行していく。中盤の最も印象的なシークエンスである。
「Gentle Love」
「It Breaks My Heart」のような曲は、『Beauty Land』の印象的な箇所となるだけではなく、グレッグ・メンデスというシンガーソングライターのシンボリックな音楽性を形成する。どことなく内省的な雰囲気を持つフォークミュージックから、メロトロンのようなシンセの音色が流れてくると、こころなしか、ノスタルジックな感覚を帯びてくる。それは都会から郊外に帰ってきたときにふと感じるような安堵感、そしてほっとするような感覚を体現しているのである。恋愛にまつわるこのフォークバラードは、過去と現在を交差しながら、過去の思い出を嘆くような感覚に縁取られていく。メンデスの音楽には全般的に時間の流れが存在し、その流れに合わせてふさわしい歌詞や演奏が繰り広げられる。いわば追憶が走馬灯のように駆け抜ける。しかし、それは必ずしも痛みを呼び覚ますものではなく、それらを癒しで包み込むのである。
「Sunsick」は、どことなく黄昏と田舎性を思わせる楽曲で、繊細なアコースティックギターのアルペジオ中心に構成されている。この曲では、ロートーンの渋いボーカルで歌い、ディラン風の空気感を少し漂わせている。2026年版の風に吹かれてといったら大げさかもしれない。しかし、そういった雰囲気もある。グレッグ・メンデスは、現代的なギタリストの中でも調性感覚に優れていて、短調のフレーズの中から当然ひらめきのある長調のフレーズを導き出す。暗がりと明るさという、このソングライターの対極的な音楽性を見事に表現するのである。そういった中で、彼はダンディズムを発揮し、嘆きや憂いを端的に歌として紡ぎ出していく。こういったクールなかっこよさが、この曲、ひいてはアルバムの真骨頂となるに違いない。そして、こざっぱりとしたスタンスが、グレッグ・メンデスのセカンド・アルバムのテーマでもある。
人生の中の汚泥をするりと交わしながら、彼は軽やかに音楽を奏で、それらを通り過ぎていく。こういった物事を上手くかわすような姿勢が、さっぱりとした音楽に反映される。彼の音楽は情念とは無縁であり、歌われる対象に対して、適切な距離を取っているのである。これはまた、メンデスという人物がおそらく繊細な側面があるからこそ、ぜひとも必要なことなのだろう。
レビューの冒頭で述べた宗教意識のような一面が、「No Evil」において登場する。宗教的な意識の中で、''悪魔を見なくなるまで''と歌うのは、彼が空想主義の人物であるからではない。ましてや、古い概念に束縛されているからでもない。それは人生からにじみ出された独自の表現なのであり、他にふさわしい言葉が存在しないからなのだろう。依然として内省的な雰囲気を持つフォークソングであるが、思ったよりも曲風は暗くなく、そのなかには奇妙な爽快感もある。裏拍を強調するフォークソングの基本的な「ⅣーⅠーⅥ」という進行はその後、驚くほど多彩な音楽性を反映させながら続いていく。これらは一般的な社会規範の中で生きる上でどのように自由な創作性や創造性を発揮するのかという、グレッグ・メンデスの生き方の暗示でもある。
しかし、その中で奇妙な開放感が感じられるときもある。1分40秒以降の掻きむしるようなアコースティックギターの演奏から、曲のイントロでは想像できないような核心が出てくる。悪魔を見なくなるまで、というフレーズが、高揚感のあるギター、ピアノとともに舞い上がっていく。音楽が一つの定点を離れて、別の高い場所へと飛び上がるような瞬間が刻印されている。
今週発売されたアルバムの中で、『Beauty Land』は最も地味な部類に入る。しかし、しっかりとした審美眼が備わっているリスナー諸賢であれば、本作の真価がおわかりいただけるはずである。アルバム全体には、音楽家としての切実な音の響き、叫びにならぬ声、そして人生観などが凝縮され、作品全体を重層的な入道雲のように包み込んでいる。それはまだ雪解けがあって間もない早春の季節や、夏の前の唐突な驟雨など、季節を感じさせる音楽によって縁取られている。その中で見えてくるのはなにか、あるいは浮かび上がってくるものはなにか? フィラデルフィアのミュージシャンが描こうとする実際的な、あるいは架空の国家ビューティ・ランドがその素朴で温かみのあるフォークソング集から、ぼんやりと浮かび上がってくることがある。
「Geranium」以降の楽曲でも、音楽的な方向性に変化はない。ひとりの人間の苦難や困難、その泥の中から本当に美しい一滴をすくい上げようという行為である。繊細な趣を持ち、ときに脆さ以上の崇高さを提示するフォークソング「Geranium」、ビンテージなアコースティックピアノの響きを追求したささやかな間奏曲「Interlude in D Minor」に続いて、アルバムのクライマックスが到来する。「Serving Drink」では、依然として、ビートルズ、エリオット・スミス、アレックス・チルトンといったフォークソングの名手たちの音楽性を踏襲し、彼らに肩を並べる。
「So Mean」はアルバム終盤の名曲で、ほろりとさせるようなハートフルなフォークバラードである。メンデスは、現代的な人々が忌避する、神々や大いなる存在に向け、ささやかな賛美歌を紡ぐ。さらに封印していたドラムが入った時、この曲は小さなものから大きなものへ変化する。そして、その音楽から印象的に立ちのぼってくるのは、フィラデルフィアの郊外のささやかな光景である。どこにでもある何の変哲もない光景......、しかし、その中には、ささやかな美しさがほんのり宿っている。それは都会的な脚色的な美しさではない。日常的な人々のいとなみの中に見出されるような、誰もが見落としてしまいそうな、本質的な麗しさや美しさなのである。
90/100
Best Track- 「So Mean」






















