Wilco 『Cousin』
![]() |
Label: dBbm
Release :2023/9/29/
Review
今週はどの新譜も良質で、聴き応えがあったという、珍しい週間でした。多分、今年一番の豊作だったかと思われます。ジェフ・トゥイーディー要するシカゴのWilco(ウィルコ)の新作アルバム『Cousin』もまた、フロントマンが「世界を従兄弟のようであると考える」と述べるように、世界に対する親しみが凝縮された一作。世間の間で酷いことばかり起こると考えることもできれば、トゥイーディーのように素晴らしきものと考える事もできる。トゥイーディーの考えは、かつての偉大なフォーク・シンガーの巨人と同じように、少し偏った見方を本来のフラットな考えへと戻してくれる。悪い面に焦点を当てることもできれば、それとは別の良い面に目を向ける事もできる。確かに米国南部では先月辺りから不法移民問題が抜き差しならぬ問題となっているものの、別の良い側面は実は、すぐ目の前に転がっているということなのです。
少なくとも、2000年代から良質なインディーロックの継承者として活躍してきたWilcoは少なくとも後者の良い側面に目を向けるバンドであるようです。昨年の二枚組のアルバム『Cruel Country』では古典的なフォーク/カントリーの音楽性に転じたWilcoは、この最新アルバムで、それらの音楽性を踏襲しつつ、2000年代の傑作『Yankee Hotel Foxtorot』に見受けられる実験的なインディーロックのアプローチを取り入れている。そして、もうひとつ、ベッドルームポップやAlex Gのモダンなインディーロックのアプローチを上手くウィルコ・サウンドの中に取り入れ、旧来のアルバムの中でも魅力的な一作を生み出した。その新鮮なサウンドを構築するために一役買ったのが、ウェールズ出身のシンガーソングライター、ケイト・ル・ボン。ルボンのマスター/ミックスはWilcoの良質なメロディーセンスを上手く引き出している。
前作では、現実的な音楽を作り出していたウィルコではあるものの、『Cousin』では、夢想的な雰囲気が全体に立ち込めている。果たして、ケイト・ル・ボンのプロダクションによる賜物なのか、ウィルコの甘いメロディーがそうさせているのか、定かではないものの、オープニング「Infinite Surprise」から、ボン・イヴェールのごときサウンド・プロダクション(ギターやベース、ドラムのミクロな要素を重ね合わせたトラック)に、トゥイーディーのフォーク/カントリーに触発された穏やかなボーカルが乗せられる。徐々にイントロから中盤に掛けて、曲そのものが盛り上がりを見せると、同じようにサウンド・プロダクションも複雑になり、フィルターを掛けたホーンセクションにディレイの効果を与えて、バンドサウンドやボーカルの雰囲気を上手く引き出そうとしている。途中からトゥイーディーのボーカルがアンセミックな響きを帯びると共に、ギターのサイケデリックな響きがコラジューのようの散りばめられていく。何より、手法論に終始していた前作に比べ、トゥイーディーのボーカルにはビートルズのような親しみがあり、また前作には求めがたかった感情的な温かさに充ちていることがわかる。幻想的な雰囲気は曲のアウトロにかけてさらに顕著になる。「Infinite Surprise」のリバーブを交えたコーラスが夢想的なイメージを携えながら絶妙な感じでフェードアウトしていく。最後は花火のような印象を体現したノイズで華やかなオープニングとして機能している。
昨年、ジェフ・トゥイーディーは自宅で、フォーク/カントリーのカバーを個人的な録音として発表していたが、前作のフルレングスに続いて、それらのアメリカーナへの愛着が次の「Ten Dead」には示唆されている。CSN&Y、Niel Youngの黄金期を彷彿とさせる芳醇なギターのアルペジオのあとには、ディランのように渋いトゥイーディーのボーカルがくわわり、ワイルドな印象を生み出す。これらの堅実なフォーク/カントリーのアプローチは、バロックポップのような意外性のある移調を時々織り交ぜながら、最初のモチーフへと回帰する。ペダルスティールは使用されていないけれど、それをあえてギターで表現しようとしているのがウィルコらしいといえる。やがてボソボソと呟くようなトゥイーディーの声は、サイケデリックなギターラインと掛け合わされ、オープニングと同様に夢想的な雰囲気でアウトロに向かってゆく。
ウィルコは、00、10年代前後のインディーバンドに触発を受けているような印象もある。取り分け、「Leeve」では、ニュージャージーのReal Estate(Martin Courtneyは、良質なソロ・アルバム『Magic Sign』を発表している。)がデビュー・アルバムで試行したレトロな感覚とオルトロックの融合に近い質感を持った楽曲に取り組んでいる。そして、フォーク/カントリーの範疇にあった全2曲とは対象的に、トゥイーディーのボーカルは、にわかにルー・リードのようなポエトリー・リーディングの影響を加味したようなスタイルへと変化する。ここにウィルコというバンドのオルタネイトな性質を読みとることが出来るが、それをセンス溢れるクールな楽曲として昇華させているのは、バンドの長い経験とキャリアによる賜物であるとも言える。
「Evicted」では、前作のフォーク/カントリーのルーツへの探求をより親しみやすい形で昇華している。フォーク・ソングのスタイルとしてはニール・ヤングや、サザン・ロックの影響を思わせるものがあるが、やはりジェフ・トゥイーディーのボーカルのメロディーは徹底してわかりやすく伝わりやすいようにシンプルさを重視している。ウィルコが古典的なアプローチを取り入れようとも、それは決して古びた感じにはならず、比較的、スタイリッシュな印象のある曲としてアウトプットされる。「Never Gonna See You Again」といった、少しセンチメンタルなリリックを散りばめながら、情感豊かなフォークソングのアンセムを生み出している。
「Sunlight Ends」では、ケイト・ル・ボンのプロデュースの性格が色濃く反映されている。The Nationalの最新作のようなモダンなサウンドだが、これはまた2000年代のフォーク/カントリーバンドとは別の実験的なロックバンドとしての性質が立ち現れたような一曲となっている。それは間奏曲のような意味もあり、またアルバムの中に流れをもたらすような役割を果たしている。続く「A Bowl and A Pudding」は、新旧のフォークの音楽性を取り入れ、アコースティクギターのなめらかな三拍子のアルペジオを基調にした良曲である。特に中盤にかけてトゥイーディーのボーカルはバラードに近い性質を帯びる。哀愁を備えたメロディーラインはしなやかなドラミングと合わさり、ジョージ・ハリソンのソロアルバムのような清廉な感覚へと変遷を辿ってゆく。この曲にウィルコの真骨頂が表れているというべきか、または、彼らが2000年代から一定の支持を獲得してきたのか、その理由が示されているという気がする。
アルバムのタイトル曲「Cousin」では、マージー・ビートや70年代のロックのプリミティヴな感覚を復刻させている。ギターラインに関しては、The Whoのピート・タウンゼントのシンプルではあるがロックンロールの核心を捉えたサウンドに近い玄人好みの感覚が引き出されている。そのバンドサウンドに呼応し、ジェフ・トゥイーディーのボーカルも他の曲に比べるとクランチな性質を帯びている。これらのサウンドは、ケイト・ル・ボンのモダンなサウンドプロデュースと上手くバランスが図られたことによって、懐古的ではありながら、精細感のあるグルーヴ感を生み出すことに成功している。この曲では、フォーク・カントリー、オルト・ロックとは別のスタンダードなロックンロール・バンドとしての意外な一面を見出すことが出来る。
「Pittsburgh」ではバラードに近い静謐なフォークと、彼らの代名詞である実験的な音楽性を綿密に融合させ、ウィルコ・サウンドの真骨頂を示そうとしている。繊細なサウンドとダイナミックなサウンドが絶えず立ち代わりに出現した後、トゥイーディーの情感たっぷりのボーカルがその後の展開を先導していく。ボーカルの渋さは細野晴臣の最近の性質に近いものがあり、もちろんそれは良いメロディーとリズムという要素を重視しているから発生する。そしてルボンのイヴェールに近いプロダクションは、ボーカルの声の渋さを引き出し、ある種の郷土的な愛着のような感覚をボーカルや言葉からリアルに醸成させる。それらの感覚的なものは、フォークを基調にした、静かで落ち着いたサウンドと、ディストーション・ギターとノイジーなドラムを生かしたダイナミックなサウンドと交差するようにし、この曲全体を通じてなだらかな起伏を描いている。そして、それらの抑揚やアクセントを支えているのはやはり緻密なプロダクション、リズムを強調したバンドサウンド、ボーカルの3つである。この曲は2000年代の作品とは別に、ウィルコが新しいサウンドを生み出したことの証左ともなるかもしれない。
「Soldier Child」では現行のインディーフォークと親和性のあるアプローチを示し、アルバムを締め来るかと思いきや、クローズ「Meant to be」では、ウィルコのバンドとしての潜在的な可能性が残されていることが示唆されている。アルバムの冒頭の2曲と同じように、夢想的な感覚とともに、やはり明るい感じで作品を締めくくろうとしている。こういった清々しい感じは実は前作にはそれほどなかった。とすれば、ウィルコは今後もいくつか良いアルバムを作り出す可能性が高い。彼らが2000年代のバンドと見るのは、早計であるように感じる。ウィルコは現在進行系のバンドなのであり、2020年代も渋い活躍をすることが予想される。
85/100