ルーツ音楽に根ざしたハートランド・バンド、マット・ジョーンズ・アンド・ザ・ボブス(Matt Jones And The Bobs)の新曲「You Stood Still」とミュージックビデオをリリースした。ミュージシャンはKEXPに出演している。

 

アメリカナとフォークロックが融合したこのアンセムは、心の弱さと時代を超えた物語に根ざした心温まる楽曲です。この曲は「世界が崩壊しそうに感じられる時、私たちを地に足をつけさせてくれる人々への賛歌」です。


「友情と愛、そして決して揺るがないたった一人の存在に見出す平穏について歌っています」とマット・ジョーンズは語る。「人生が混乱しても、正しい人があなたを支えてくれるという、静かな確信を思い出させてくれる曲です」

 

温かみのある重層的なギターとメロディックなリフが紡ぐ爽やかなサウンドスケープに寄り添い、マットのボーカルが誠実さと魂で楽曲をしっかり支えています。 ミュージックビデオでは、港や展望台、公園の木陰など、故郷の心地よい場所で演奏する彼の姿が映し出され、苦闘の只中で静けさを見出すという楽曲のテーマを反映している。


バージニア州南西部の中心地出身のMatt Jones and The Bobsは、故郷の物語の時代を超えた温かさと、日常生活の美しい本質を捉えています。 

 

アヴェット・ブラザーズやオールド・クロウ・メディスン・ショーといったアメリカン・ストーリーテラー、ジョン・プラインやジャクソン・ブラウンのソングライティングの深み、ザ・バンドやトム・ペティといったクラシックなフォークロックのアイコンから影響を受けつつ、バンドは心、気骨、メロディを融合させ、彼らが育った90年代のオルタナティブロックやポップへのオマージュを込めている。 


▪Matt Jones and the Bobs

 

バージニア州南西部の中心地から現れたマット・ジョーンズ&ザ・ボブスは、2011年の結成以来、生々しい感情と時代を超えた物語を織りなしてきた。 

 

バンドはラドフォード大学在学中に結成され、マット・ジョーンズ(ボーカル、ギター)と「ザ・ボブス」の愛称で親しまれるバンドメンバーたちは、アメリカン・ミュージック、ルーツ・ミュージック、クラシック・ロックへの共通の情熱を、聴く者の心に深く響く独自のサウンドへと昇華させた。 

 

大学在学中の2014年にリリースされたデビューアルバム『Brother's Hymn』は、彼らの音楽世界への旅の始まりを告げた。小さな町の生活、愛、喪失、成長に伴う日々の葛藤の本質を捉えた楽曲群は、誠実なソングライティングと力強い演奏で瞬く間に熱心な支持層を獲得した。 


しかし若き日に始まった多くのバンド同様、彼らの道程は平坦ではなかった。音楽への情熱を注いだ数年後、マット・ジョーンズ・アンド・ザ・ボブスのメンバーは2015年に活動を一時休止。各々が個人のキャリア、ビジネス、起業活動へと進んだ。 

 

バンドは活動休止状態に入ったが、長年を通じて共に音楽を作り上げてきた絆は決して壊れることはなかった。10年間、メンバーはそれぞれの世界で成功を収めたが、音楽への引力―ルーツとの繋がり、物語を紡ぐこと、共有した経験―は常に存在し、水面下でくすぶり続けていた。

  

時は2024年。マット・ジョーンズ&ザ・ボブスは再結成を果たし、新たなエネルギーと目的を持って彼らの代名詞とも言えるサウンドを蘇らせた。10年ぶりに音楽の世界に戻ってきたが、アメリカン・ルーツ、フォーク、サザンロックに根ざした彼らの音楽性は、これまでと変わらず力強い。 

 

しかし、この新たな章には新鮮な変化が加わっている——90年代の影響をほのかに感じさせる要素、グランジの荒々しさ、そして確立されたサウンドを補完するより豊かな楽器編成だ。それでも彼らの音楽の核心は揺るぎない。人生、愛、失恋、そして人間らしさを形作る勝利と試練の感情的な本質を捉えようとする姿勢である。

  

バンドの楽曲制作はまさに象徴的であり、物語性と深い脆弱性を融合させている。各楽曲は一つの物語——マット・ジョーンズの極めて個人的な歌詞を通して人間体験を垣間見せるものだ。愛と失恋の物語から、死や苦闘、そして歩み続けるために必要な忍耐への省察にいたるまで、その音楽は聴く者の心に響き続ける。 それは懐かしくも新鮮な響きであり、人生の浮き沈みを巡るノスタルジックな旅路——まるで古くからの友人が耳元で囁くような感覚をもたらす。

  

マット・ジョーンズ&ザ・ボブスの音楽は単なる楽曲の集合体ではない。それは存在の高揚と挫折を再び体験する招待状だ。 

 

この音は、あなたを個人的に重要な瞬間に連れ戻すだろう。そこでは、人生の苦闘と喜びが共感できるだけでなく、成長に不可欠なものとして感じられる。一音一音で、彼らは聴衆に自らの物語を受け入れるよう招き、この旅路に一人ではないという認識の中に慰めを見出させるのだ。

  

キャリアの新たな興奮に満ちた段階へと踏み出すマット・ジョーンズ・アンド・ザ・ボブスは、ルーツを尊重しつつ新たな音の世界を探求し続けている。彼らは成長し、進化したが、バンドの核心——彼らが愛される原点となった魂——は今なお力強い。 

 

マット・ジョーンズ・アンド・ザ・ボブスは単なる復帰ではない——彼らは前進している。かつてないほど力強く、確固たる決意をもって自らの物語を世界に届けようとしている。時代を超えながらも新鮮な音楽で、彼らはリスナーの心に消えない刻印を刻み続ける準備が整っている。その始まりとなるのが、2枚目のスタジオ・フルアルバム『Matt Jones and the Bobs』である。


同時に公開されたミュージックビデオでは、故郷の港や展望台、公園の木陰など安らぎの場所で演奏する彼の姿が映し出され、苦闘の只中で静けさを見出すという楽曲のテーマを反映している。

 

「You Stood Still」 



▪EN

Emerging from the heart of Southwest Virginia, Matt Jones and The Bobs have woven a tapestry of raw emotion and  timeless storytelling since their formation in 2011. The band first came together during their time at Radford University,  where Matt Jones (vocals, guitar) and his bandmates—affectionately known as “the Bobs” —took their shared passion  for Americana, roots, and classic rock, and transformed it into a sound that resonated with listeners on a deeply  personal level. Their debut album, “Brother's Hymn”, released in 2014 while they were still in college, marked the  beginning of their journey into the world of music. With tracks that captured the essence of small-town life, love, loss,  and the everyday struggles that come with growing up, the album quickly gained a loyal following for its honest  songwriting and gritty performances. 


But like many bands that start in their youth, the road ahead was not without its twists and turns. After years of intense  dedication to their music, the members of Matt Jones and The Bobs took a step back in 2015, each pursuing individual  careers, business ventures, and entrepreneurial pursuits. The band entered a hiatus, but the bonds forged through  years of creating music together remained unbreakable. For ten years, the members thrived in their own respective  worlds, but the pull of music—the connection to their roots, their storytelling, and their shared experiences—was  always there, simmering under the surface.

  

Fast forward to 2024, and Matt Jones and The Bobs have reunited, bringing their signature sound back to life with  renewed energy and purpose. Though they’ve stepped back into the world of music after a decade, their roots in  Americana, folk, and southern rock remain as strong as ever. However, this new chapter carries fresh twists—a subtle  infusion of 90s influences, a bit of grunge grit, and more expansive instrumentation that complements their established  sound. The heart of their music remains, however, unwavering: a commitment to capturing the emotional essence of  life, love, heartbreak, and the triumphs and trials that make us human.

  

The band’s songwriting is nothing short of iconic, blending storytelling with profound vulnerability. Each song is a  narrative—a glimpse into the human experience through the lens of Matt Jones' deeply personal lyrics. From tales of  love and heartbreak to reflections on death, struggle, and the perseverance needed to keep going, the music  continues to strike a chord with listeners. It’s a sound that feels both familiar and fresh, a nostalgic journey through the  ups and downs of life that feels like an old friend whispering in your ear.

  

The music of Matt Jones and The Bobs isn't just a collection of songs; it’s an invitation to relive the highs and lows of  existence. It’s a sound that will transport you back to moments of personal significance, where the struggles and joys  of life feel not only relatable, but necessary for growth. With each note, they invite their audience to embrace their own  stories, finding solace in the knowledge that they are not alone in the journey.

  

As they step into this exciting new phase of their career, Matt Jones and The Bobs continue to honor their roots while  exploring new sonic territory. They’ve grown, they’ve evolved, but the heart of the band—the soul of what made them  so beloved in the first place—is as powerful as ever. Matt Jones and The Bobs aren’t just back—they’re  stepping forward, louder, stronger, and more determined than ever to share their stories with the world. And with  music that is as timeless as it is fresh, they are ready to continue leaving an indelible mark on the hearts of their listeners beginning with their second full studio self titled album "Matt Jones and the Bobs".


Their latest single is an Americana-meets–folk rock anthem is a heartfelt track rooted in vulnerability and timeless storytelling. The song is "a tribute to the people who keep us grounded when the world feels like it’s falling apart. It’s about friendship, love, and the calm you find in the one person who never waivers," Matt Jones shares. "It’s a still reminder that even when life spins out, the right person can hold you steady.” Leaning into breezy soundscapes driven by warm, layered guitars and melodic riffs, Matt's vocals anchor the track in honesty and soul. The music video features him performing in comforting places in his hometown like the harbor, lookout point, and under a tree in the park, echoing the song's theme of finding calm in the midst of struggle.



国際的評価を集めるエレクトロニック・ミュージック・アーティスト冥丁が『古風』三部作を追伸し辿り着いた最新作『瑪瑙(めのう)』を4月17日にリリースします。本作は、CD/LP、デジタルで発売。公演を重ねる中で深化し続けた楽曲の構造が再編され、鮮烈な哀愁をもって結実した。

 

アルバムから先行シングル「新花魁」のミュージックビデオが先行公開されています。下記よりご覧ください。



【新譜情報】




発売日 : 2026年4月17日(金)

アーティスト:冥丁(めいてい)

タイトル : 瑪瑙(めのう)

レーベル:KITCHEN. LABEL

流通 : Inpartmaint Inc.


CD : AMIP-0392 / ¥3,520 (税込)

LP : AMIP-0393LP /  ¥5,940(税込)*180g重量盤

デジタル配信


【収録曲】

1. 覇王(未発表新曲)

2. 新花魁(古風 2020年「花魁Ⅰ」再編成)

3. 新貞奴(古風 2020年「貞奴」再編成)

4. 新和蝋燭(古風Ⅲ 2023年「和蝋燭」 再編成)

5. 旧劇(古風Ⅱ 2021年「忍」「黒澤明」再編成)

6. 新花魁Ⅱ(古風 2020年「花魁Ⅱ」再編成)

7. 新江戸川乱歩(古風Ⅲ 2023年「江戸川乱歩」再編成)


◼︎先行シングル「新花魁」ストリーミング配信中!

https://kitchenlabel.lnk.to/52P3moDM


◼︎先行シングル「新花魁」ミュージックビデオ公開中!

https://www.youtube.com/watch?v=HE3cKoq8Q0o 


 


◼︎Inpartmaintホームページ内商品ページ

https://www.inpartmaint.com/site/42473/



【作品紹介】


2020年から2023年にかけて発表された三部作『古風』において、冥丁は“自明でありながらも幽微な存在として漂う日本”の印象を「失日本」と名付け、日本文化から失われつつある感覚や記憶を現代的な感性で再構築してきた。最新作『瑪瑙』は、『古風』を追伸し、進化させた作品である。


長い時間をかけて層を成し、圧力と沈殿を経て形成される鉱物・瑪瑙の生成過程を音楽的思考の比喩とし、粒子が積み重なり、層をなし、やがてひとつの質感となるように、冥丁は過去の作品と向き合い続けてきた。


本作には、『古風』三部作の楽曲を再構築・拡張した作品群に加え、新曲も収録されている。日本・欧州・アジアを巡るツアーで、ライブハウスや文化財、歴史的建造物など多様な空間で演奏を重ねる中で変化してきた楽曲の構造や時間感覚が再編成され、現在の冥丁の視座から再提示されている。環境によって息遣いや佇まいを変え、時間の流れとともに革新してきた音。その堆積が本作に刻まれている。


20代の頃より京都に身を置き、自転車で町を巡りながら夜の路地や寺社仏閣、池に浮かぶ月影、暮らしの奥に潜む気配を見つめ続けてきた冥丁にとって、日本とは単なる固定された様式ではなく、辺りを漂い続ける印象であった。そこで着想を得た音楽を「失日本」と名付け、誰もが感じる言葉にならない繊細な感覚を音として提示してきた。


『古風』三部作は、民俗、怪談、演劇、忘却された都市の記憶といった断片を素材としつつ、単なる歴史の再現ではなく、現在の視点から過去を見つめ直す試みでもあった。

『瑪瑙』では、その視線がさらに内側へ向かう。過去を参照するのではなく、過去を抱えながら今を前進する姿勢が鮮明に表れている。朽ちゆく音の層を漂う声、非伝統的に用いられる古楽器、明確な終止を持たない旋律。そこには、日本的感性を問い続けてきた冥丁の現在地が示されている。


本作のジャケット原画は、京都・西陣の唐紙工房「かみ添」による京唐紙作品を基に制作された。京唐紙とは、版木を用いて和紙に文様を写し取る、京都に古くから伝わる装飾技法である。平安時代より、寺社や町家を彩り、日本の美意識と共に受け継がれてきた。冥丁が「失日本」という視点から日本的感性を再解釈してきたように、「かみ添」もまた伝統技法を現代の感性で再構築している。本作では、その原画をもとにアルバムのアートワークの仕様として印刷再現している。

 

タイトルの書は、冥丁が自ら台北で声をかけたBio Xieによるもの。海外公演の折に台湾で感じた、現代の日本から失われつつある時代を越えて残る記憶の残り香。そのような背景とBio Xieの漢字表現が響き合い、本作への参加が実現した。


ライナー写真は、前作『泉涌』のビジュアルも手がけた写真家・岡本裕志によるもの。冬の海、孤高の断崖、砕ける波。それらは、広島で過ごした十年間の内面的な孤独な葛藤を象徴している。


マスタリングは、Flying Lotus、Madlib、J Dillaらの作品を手がけてきたKelly Hibbertが担当。


『瑪瑙』は、「失日本」という視点を掲げ続けてきた冥丁が、さまざまな経験を重ねた先に見出す現在の姿。それは、時間の堆積の中から立ち上がる、新たな音楽の結晶である。


【公演情報】

冥丁『奉納演奏』⾳⽻⼭ 清⽔寺 本堂舞台


自身の修行の地、京都で見つめ続けた“日本の姿”を音楽として奉納

音羽山 清水寺 本堂舞台にてキャリア集大成となる奉納演奏決定


◼︎日程:2026年4月18日(土)

◼︎開場:19時30分 / 開演:20時30分 ︎

◼︎会場:音羽山 清水寺 本堂舞台 (京都市東山区清水1-294) ︎

 

◼︎チケット料金

本堂舞台 着席席:8,000円

本堂舞台 スタンディング:5,000円 *SOLD OUT

奥の院 着席席:4,000円 *SOLD OUT

 

◼︎チケット販売

[一般チケット]

オンラインチケット: Peatix

https://meitei.peatix.com/


[特別チケット]

「奉納公演鑑賞記念符」(実券):「しばし」店頭 *SOLD OUT


◼︎Key Visual

原画制作:嘉戸 浩(かみ添)


◼︎主催・お問い合わせ : しばし

メール:info@sibasi.jp

電話:080 4189 3396(電話の受付時間:13時~19時)

※音羽山 清水寺へのお問い合わせはご遠慮ください。

 

◼︎協力

音羽山 清水寺「Feel Kiyomizudera」プロジェクトチーム

KITCHEN. LABEL / Inpartmaint Inc. / p*dis


◼︎Total Info : しばし

https://sibasi.jp/2026/01/30/meitei_kiyomizudera/



【冥丁(めいてい)プロフィール 】


冥丁は、“自明でありながらも幽微な存在として漂う日本”(誰もが感じる言葉では言い表せない繊細な日本)の印象を「失日本」と名付け、日本を主題とした独自の音楽表現を展開する、広島 尾道出身・京都在住のアーティストである。現代的なサウンドテクニックと日本古来の印象を融合させた、私的でコンセプチュアルな音楽表現を特徴とする。


『怪談』『小町』『古風(Part I, II, III)』からなる三部作シリーズを発表し、その独自性は国際的に高く評価されている。TheWireやPitchforkなどの海外主要音楽メディアからも注目を集め、冥丁は近年のエレクトロニック・ミュージックにおける特異な存在として確立された。


音楽作品の発表だけにとどまらず、国際的ブランドや文化的プロジェクトのための楽曲制作に加え、国内外における公演活動や音楽フェスティバルへの出演、ヨーロッパやアジアでのツアーを通じて活動の幅を広げてきた。さらに近年は、寺院や文化財、歴史的建造物といった空間での単独公演へと表現の場を拡げ、日本的感性と現代的表現の新時代を見いだし続けている

 

ブルックリンのソングライター、ミラ(Mirah)は90年代後半に隆盛を極めた太平洋岸北西部の音楽シーンから、デビューアルバム『You Think It's Like This But Really It's Like This』のリリースで初めて登場した。フィル・エルヴァラムとの共同プロデュースによる本作は、彼女を一世代を代表するソングライティングの才能として即座に確立させ、フィルとのコラボレーションで最初に火がついたレコーディングとプロデュースへの情熱は、今日まで輝き続けている。   


ファーストアルバムの影響は現在にいたるまで響き渡り、「ベッドルーム・ポップの美学を形成した」(NPR)と評され、2020年にダブル・ダブル・ワミーからリリースされた拡張版再発盤が示すように、二世代にわたるインディー・ミュージシャンの作品群に影響を与えている。


ミラは、インディーロックの様々な変遷の中で、愛され続ける個性的な声であり続けてきた。 現在——6枚のフルレングス・ソロアルバム、数多くのコラボレーション・アルバム、EP、そしてユーモラスなサイドプロジェクトを経てミラは最新作『Dedication』をリリースする。本作は自身のレーベル「アブソリュート・マグニチュード」とダブル・ダブル・ワミーの共同リリース。


ミラ・ヨム・トヴ・ザイトリン(1974年フィラデルフィア生まれ)は、優雅なソングライティングと冒険的なレコーディングによって特徴づけられる、不朽のインディペンデント・ポップ・ミュージックを創造している。Kレコード、キル・ロック・スターズ、および国内外の様々なインディペンデント・レーベルから10作以上のソロおよびコラボレーション作品を発表してきた。


1998年以降、アメリカ、ヨーロッパ、日本、オーストラリア、ニュージーランドを何度もツアーしている。 ピッチフォーク誌は彼女の「驚異的な歌声——低く官能的なトーンから高く軽やかなファルセットまで、一息で自在に飛び回る多様な囁き」を称賛している。


長年にわたり有名なプロデューサー、フィル・エルヴァラム(The Microphones/Mount Eerie)、メリル・ガーバス(Tune-Yards)、イーライ・クルーズ(The Julie Ruin)、 タッカー・マーティン、ガイ・シグスワース、カルヴィン・ジョンソン、ソングライターや作曲家のタオ・グエン、グレッグ・ソーニエ(Deerhoof)、ロリ・ゴールドストン、スージー・イバラ、ジェレック・ビショフ、タラ・ジェーン・オニール、カエラ・マリチッチ(ザ・ブロウ)、そしてクラウド・アイ・コントロールのアンナ・オキシジェン、ブリッタ・ジョンソン、ジンジャー・ブルックス・タカハシなどのビジュアルアーティストやメディアアーティストなどが挙げられる。


ミラは現在もライブツアーを継続中。ソロ活動に加え、自ら率いるバンドの数々の編成で、北米・日本・ヨーロッパ各地のコンサートホール、クラブ、リビングルーム、パンク・バーの地下室など、あらゆる場所で演奏を続けている。  


Mirah 『Dedication』 Double Double Whammy/Absolute Magnitude

ミラ(Mirah)は七年ぶりのニューアルバムで復帰を果たす。私自身は、このミュージシャンのことを最近まで知らなかったが、NPRによると、ベッドルームポップの最初期のミュージシャンの一人といえるだろう。その音楽性はフォークソングからミュージカル曲、クラシック風のポップソングまで幅広い。今回のアルバムは、全体的には、アルトフォークに位置づけられるが、ジャンル的な符号はあんまり意味をなさない作品である。音楽的な方向性よりも、どのような歌の形式を選ぶのかにポイントがある。

 

ミラはどちらかと言えば、プライベートの合間を縫って音楽制作を辛抱強く続けてきた人物だ。「結局のところ、私は普通の勤務時間内では、仕事らしいことはほとんど出来ないタイプの人間だが、一週間与えられれば、アルバム一枚まるごと書き上げてしまう」というコメントを添えている。 アーティストの才能とは、努力してそうなったのではなく、自然と培われるものである。


最新作『Dedication』は熟練のミュージシャンらしい知恵が詰め込まれており、流行りものとは一定の距離を取っている。だが、それがゆえに、普遍的な音楽の響きが込められている。また、人生を送る中で、内面の吐露として歌わずにはいられなかった内容も含まれているように思えてならない。

 

アルバムの音楽は異様なほど密度が濃い。曲数が多くないにもかかわらず、全体を聞いてみると、1.5倍ほどの容量がある。これは音楽的な時間が濃密であるからで、また、その背後に長い時間が流れているからなのだろう。作曲は一週間なのだが、その制作に取り掛かるため七年の月日を要した。つまり、アルバムは結局、七年ぶんの長〜い時間が流れていることになる。規定された時間に異なる時間の流れが存在するとはどういうことか。これは文章上のレトリックではない。例えば、南米の作家フリオ・コルタサルのジャズマンを題材にした短編小説「追い求める男」に描かれている。一般的な時間軸の中に、異なる密度の時間が偏在することを明らかにしたものだ。

 

『Dedication』は音楽的にはそれほど複雑でもなく難解でもないけれど、哲学的なテーマが含まれている。しかし、それは単に答えを導くためというより、普遍的な問いを疑問のままにとどめておくようなものだ。


本作の冒頭を飾る「The Ballad of the Bridge of Frankenstein」は、アイルランドのThe Poguesの「The Fairytale of New York」へのさりげない返答とも言えるかも知れない。デュエット形式でこそないけれど、ミュージカル風の音楽をベースにし、アトモスフェリックなシンセを背景に、コンセプチュアルな音楽が構築されていく。三拍子のマーチングのドラムの拍動をもとに少しずつ音楽性が高揚していき、魂が舞い上がるような晴れやかな瞬間がひとつの聞き所となる。

 

静かで控えめなイントロ、ヴァースからシンバルなどを使用して、ドラマティックなサビに飛躍する堂々としたオープナーである。制作者のミラは、この曲を悲劇的かつロマンティックな物語を語る叙事詩として位置づけている。「このバラードでは、フランケンシュタインと花嫁という2つのキャラクターのどちらが歌い手なのかと思うはずだ。2つのキャラは偶然にも混同されることもあり、私はその点で遊んでいる。我々の内なる本質と環境や人間関係によって形成された部分とは? この3つの人物像が交わる点と互いを区別する要素とはなにか?」 

 

こんなふうにして、哲学的ともいうべき疑問が楽曲の背景を形成している。このドラマティックな冒頭曲で、シンガーソングライターは、自分と他者の境界線について探る。その音楽は、確かに古典的なミュージカルの音楽性に根ざした夢のようであるが、作者は次のように聞き手に問いかける。


「これは夢のような世界なのか? それとも登場人物があなたなのか? それとも全員が私なのだろうか?」 


文学作品がそうであるように、音楽における語り手は、必ずしもそのミュージシャン自身であるとは限らない。また、聞き手は、音楽に対して自己を投射しているとは限らない。要するに、音楽を制作するときも、聞き手として体験しているときも、自己を離れる忘我の瞬間があることを示唆する。


「The Ballad of the Bridge of Frankenstein」

 


二曲目の「Stumbling」はイントロからヴァース/コーラスの対比によって成立したシンプルな構成を持つ楽曲である。新旧のニューヨークのフォークシーンに触発された内容で、いくらか古典的でもある。コラージュ的なギターで始まり、ハイハットでカウントをとったあと、シンセの弦楽器やリズムギターを重ねて、ジョン・レノン、ルー・リードのような魅力的なフォークロックへと移行する。ボーカルの歌詞はリードを彷彿とさせ、フレーズのセンテンスを言葉遊びのように用いつつ、旋律的な飛躍を交えて、掴み所のあるサビに繋がっていく。ボーカルの間に入るラフなギターは、カオティックなサイケデリアを作り上げ、重層的な音楽性を形成する。


しかし、全体的には、親しみやすいボーカルと遊び心のあるフレーズが、冒険心のある音楽性を作り上げる。また、ギターラインは、ジョン・レノンのソロ・アルバムを彷彿とさせ、ロックンロールの要素を矢面に押し出している。これまでありそうでなかったフォークロックのスタイルを提示する。


驚きなのは、アウトロの直前でそれまでの封じ手としていたブリッジが唐突に登場し、ボーカルのフレーズを繰り返しながら終わりへと向かう。特に、ジョン・ケールのエレクトリックビオラのような、けたたましいノイズギターが炸裂し、温和な音楽の基底に魔神的な音響を作り上げる。子供向けの曲のように簡潔なのに、そこには、前衛主義が混在している。とても不思議だ。

 

『Dedication』には片々にミュージカルの要素が登場し、それこそがニューヨーク的な音の空気感を生み出している。「To Me」はその好例であるが、大きめのホールで聞こえるような大掛かりなミュージカルではない。どちらかと言えば、キャバレーのような音楽が、ジャジーな印象を携えて展開される。音楽には陶酔的な感覚があり、また、甘いメロディーもある。言ってみれば、サラ・ヴォーンのような古典的なジャズ・ボーカルの要素が感じられることがある。  


ただ、この曲の場合はピアノではなく、ギター中心で構成される。フォークミュージックを中心として、最終的には、ジャズやミュージカルの音楽に少しずつ接近していくような感じである。ジャズ風のボーカルの背後に聞こえるのは、古典的なカントリーやフォークを踏襲したギターの演奏であるが、時にはブルースのような古典派の音楽が前衛的な解釈を交えてプレイされる。表向きには商業主義のように見せかけておいて、その背後にはアヴァンギャルドな音楽が通底する。二律背反ともいうべき対極主義の音楽を皆さんはどのように聴くことになるだろうか?

 

「After the Rain」は短調中心のフォーク/カントリーソングである。音楽的には、短調と長調の対比が素晴らしい抒情性を紡ぎ出している。この曲は、ニューヨークへの郷愁が歌われている。正確に言えば、遠くにいた過去の自分への回想がさらりと歌われている。イントロはボブ・ディランを思い起こさせるが、女性的な感性を活かした渋さを活かし、この曲は見事な変遷を辿る。 


その後、アコースティックギターの弾き語りによる曲は、アラニス・モリセット、シェリル・クロウのような音楽的な立体構造を描き、徐々に世界が広がっていく。ここでは、内側の感覚を一つの起点として、音楽的な世界が広がりを増していくような感覚がある。女性シンガーソングライターの渋さを掴むのに最適な一曲といえるのではないか。


サビでは、バックボーカルが加わり、琴線に触れるセンチメンタルな感覚が増幅される。この曲はロサンゼルスで書かれ、「サンガブリエルの友人宅の滞在していた時、曲が溢れ出てきた」とミラは回想している。「遠くにそびえる山々、郊外の奇妙な静けさ、慣れ親しんだ異様さーー自分のベッドではないところで眠ること、日常ではない日常が必要だった。そんなときにこそ自分の声に耳を傾けることで、真実を見いだせた。なんて素晴らしい贈り物なのだろう」 

 


「After the Rain」 

 

 

 

アルバムの中盤に収録されている「Begging of Time」では、アンビエントギターを起点として、現代的なフォークソングへと推移していく。イントロでは、インスト曲かと思わせておいて、ボーカル曲であるという二重、三重のミルフィーユ構造となっている。フォークソングの中には、バラード風の哀愁を込めつつ、シンセサイザーのバイオリンのアレンジを交えて、少し人懐っこいような感じのあるミラの温かいボーカルを聴くことができる。


この曲では、中盤に配置されるブリッジの箇所を効果的に使い、メインとなる温和なフォークミュージックを巧みに際立たせている。また、結論やサビを後ろに引き伸ばすようなソングライティングの手法は、現代的な音楽としては異例ともいえる。このあたりにも作曲家としての手腕が光っている。三分後半におけるオルガンは、言葉に尽くせぬ夢想的な空気感を生み出し、そのムードたっぷりの雰囲気が滞ることなく、曲のアウトロまで持続し、繋がっていく。一つの感情の糸を頼りにして、それらを長い線のように繋げていく作曲的な手法は一聴の価値あり。

 

「Catch My Breath」は本作の中では、異色の一曲と言える。おそらく80年代頃のテクノ・ポップが基本で、マイケル・ジャクソンの「ビハインド・ザ・マスク」のような趣がある。そのトリッピーなシンセサイザーの使用法にはYMOに近い感覚も見いだせそうです。しかし、ベースとなる音楽がどこかに存在するとはいえ、シンガーソングライターらしさが満載となっている。 ディスコポップのセンスを随所に散りばめながら、カルチャー・クラブのような軽いサウンドを織り交ぜ、ノスタルジックな雰囲気のポップソングに仕上げている。音楽的な楽しさが感じられるが、このシンガーソングライターの音楽的な遊び心を反映した瞬間でもあるのでしょう。

 

 

「Do You See Me」では、現代的なニューヨークのフォークシーンの音楽に傾倒している。水の流れのように澄明なアコースティックギター、オーガニックな音楽性を体現させる乾いたドラムなど、同レーベルのFloristを彷彿とさせる音楽である。ギターのスムーズなアルペジオを中心として、穏やかな雰囲気のあるボーカルが安らいだ印象を放ってやまない。そしてフレーズを何度か繰り返しながら、印象に残るシークエンスやシンセサイザーの弦楽器を設けて、牧歌的な音楽性を体現させている。ここでも現代的と近代的/古典的という2つの相異なるフォークソングの形を併置させて、懐かしくも新しい親しみ溢れる強固な創造性を持つ音楽的な世界観を構築している。この曲では淡々とした反復的な構成のあとにコーダのような箇所が追加される。

 

アルバムの終盤の三曲はいずれも良曲で、それぞれ、ミュージカルやフォークソング、 ジャズボーカルなど、一つの枠組みにとらわれない、ミュージシャンの深甚な音楽的なセンスが発現してゆく。本作の序盤がギターを中心としたソングライティングだったのに対して、終盤はピアノが首座を占める。特に、ベテランミュージシャンゆえの音楽的な展開力の技量が見いだせる。


「Mama Me」の最初の部分は、ピアノの弾き語りによるバラードソングとなっているが、音楽的な飛躍が込められている。静かな曲の立ち上がりから、''タンタンタン''というドラムのスネアの軽快なクレッシェンドに導かれるようにして、サビではロックミュージカルのような楽しげな曲調へ移り変わっていく。そこには、ロックンロールの言葉遊びを込めながら、人生における見える風景の変化を体現させる。サビでは、オールディーズやコーラスグループのR&Bの音楽性を踏まえ、ビタースイートな音楽を展開させる。そこにはミュージカル的なエンターテイメント性も見え隠れすることがある。音楽家としての蓄積が一つの集大成を迎えた瞬間だろう。曲の最後では、ロックンロールの「Sha-Na-Na」にあやかったボーカル、ごきげんなホーン、ドラムが混在しながら、素晴らしいアルバムのハイライトともいうべき箇所を作り上げている。

 

「Hummingbird」はピアノ曲のボーカルの弾き語りで、イントロは映画「アメリ」を彷彿とさせる一曲である。また、全体的にはニューオリンズジャズに根ざした音楽的なディレクションを敷いている。驚くべきなのは、冒頭ではミュージカルの語りや歌い手であったミラが、中盤ではフォークシンガーになり、その最後では堂々たるジャズボーカリストになるという、劇的な変身を遂げてしまう。このあたりに、必ずしも歌手は同一の人物とは限らず、まるで別人を演じるかのような、名俳優のごとき力量が発揮される時がある。ミュージカル風のこのジャズバラードでは、歌手が昼下がりの庭の木陰を飛び交う鳥になったかのように歌い、そしてハミングしたり、スキャットしたりする。文学的な題材を生かし、人間から見た世界ではなく、鳥から見た大きな世界を丹念に歌い込む。歌詞は存在するが、他方では言葉以上のメッセージを伝えようとする。このあたりに音楽的な深い含蓄や歌手の力量が凝縮されているのは事実でしょう。

 

クローズ曲「New Jersey Turnpike」はうっとりしてしまうほどの文句なしの名曲。このアルバムのフィナーレに相応しいナンバーである。ゆったりとしたリズムを強調し、息の長いピアノのサステインの伴奏を用いながら、シンセサイザーのアトモスフェリックな音響効果を背景に敷き詰めながら、ミラがひとつの理想とするであろう、夢想的あるいは天上的な音楽を体現させる。


本作はファルセットのような高音域のボーカルを使わず、中音域のハスキーなミドルトーンのボーカルが中心となっているが、むしろその中音域を中心とするボーカルに美学を見出せる。ジョン・ハッセルのようなジャズのトランペットの長いサステインに導かれるように登場するサビの冒頭部の”New Jersey Turnpike”は、アーティストが心の底から紡ぎ出した本当に素晴らしいフレーズ。それは言い換えれば、音楽が心にじんわりと染みる瞬間でもある。聴けば聴くほどに異なる味わいが出てきそうな秀逸な作品というのが率直な感想です。また、インディーズの領域ではありながら、ミラはノラ・ジョーンズに比肩する素晴らしい歌声で聞き手を魅了する。

 

 

 

90/100

 

 

 

「New Jersey Turnpike」 - Best Track

 

▪Mirah 『Dedication』は本日、Double Double Whammy/Absolute Magnitudeから発売。

 

©︎Max Vm


フランスを代表するシンガーソングライター Yael Naim(ヤエル・ナイム)が ”再生と光” をテーマにしたアルバム『Solaire』を本日リリース。


フォークやアコースティックを基盤としたサウンドから一転、ミニマルかつ有機的なエレクトロニック・サウンドへと大胆に舵を切った意欲作。囁きから歌、語り、ラップまで多彩な表現を通じて、不完全さを受け入れ、自らの光を抱きしめる女性像を描き出した本作。Yael にとってパーソナルで自由、そして輝きに満ちた新章の始まりとなるアルバムがついに全貌を明かす!


2007年にリリースしたシングル「New Soul」がApple MacBook AirのCMに起用、ビルボード・ソング・チャート9位をはじめ、世界的で大ヒットを記録、一躍スターとなったパリ在住のシンガー ヤエル・ナイム。前作『Night Songs』から4年の時を経てリリースする最新アルバム『Solaire』は、単なる音楽的変化ではなくヤエル自身の変容の記録であり、自らを再発明していく物語。


フォーク的なハーモニーと深い情感を宿した楽曲で長く称賛されてきたヤエル。一転、今作は息づくマシン、新たな音の質感、鼓動のように脈打つシンセサイザーに囲まれており、エレクトロニックとシンフォニックが交差するバラードと、歓びに満ちたリズム主導のポップが流れるように展開していく。


透明感あふれるソウルを湛えた「Dream」、ボリウッド的な高揚感に満ちた「Multicolor」、そしてミニマルで官能的なポップ・チューン「La Fille pas cool」…。昨年からリリースされてきた先行シングルがまさにその多面性を鮮明に表している。洗練されたソウルフルなプロダクションに支えられ、電子的な精度で彫刻されながらも有機的な息吹を宿した本作は、James Blake、Sampha、Adeleを思わせる温かな精神性を呼び起こす。


陰と陽、憂鬱と陶酔、親密さと放射的な爆発の間で均衡を保つ本作によって、ヤエルはひとつの章を閉じ、同時に新たな章を開く。囁き、歌い、語り、ときにはラップまでも披露するヤエルの姿こそ、影も光も恐れず、自由と自立を求めて立ち上がる女性の姿。


これまでで最もパーソナルで、解き放たれ、光に満ち、そして多彩なアルバムを堪能して欲しい。


・Comment by Yael Naim


私は新しい世界を創る必要があった。アコースティックな旅路は、もう終わりに来ていると感じたの。

前作からエレクトロニックな色彩へ向かいたい、というまだ壊れやすい欲求はすでに芽生えていたけど、ついに今回完全にその中へ飛び込んだのよ。

『Solaire』は、光と力と和解することについての作品。挑戦すること、創造すること、輝くことに対して、もう謝らなくていい。クールじゃない女の子でいること、不完全だけれど誠実であることを受け入れること…かつての私は、自分の内にある光を恥じていたけど、今はそれを抱きしめているわ。




▪︎Yael Naim 『Solaire(ソレイル)』-New Album Out Now!!



■ アーティスト名:Yael Naim(ヤエル・ナイム)

■ アルバム名:Solaire(ソレイル)

■ レーベル:ASTERI ENTERTAINMENT

■ 形態:ストリーミング&ダウンロード

■ URL:https://asteri.lnk.to/yaelnaim_solaire_jp



■ Track List

1. Dream 

2. Solaire 

3. Wow 

4. La fille pas cool 

5. Rabbit Hole

6. Multicolor 

7. Blame *CD Bounus Track(デジタルリリースタイミング未定)

8. Everything's Gone

9. Inouïe

10. When We Go To Bed

11. The Other Side

12. What’s In Your Soul

13. Free



【プロフィール】Yael Naim

Photo: Max Vm


フランス=イスラエル出身のシンガーソングライター/ディレクター。


2001年にフランスでアルバム・デビュー。2008年に発表した「New Soul」がApple MacBook AirのCMに起用され、全米ビルボードHot 100でトップ10入り。世界各国でチャート1位を獲得し、国際的に注目を浴びる。


本国フランスでは、フランスのグラミー賞とも例えられる権威ある音楽賞 ”ヴィクトワール・ド・ラ・ミュージック” を3度受賞し、フランス芸術文化勲章オフィシエに叙任。ブラッド・メルドーやストロマエら多彩なアーティストと共演している。


また日本国内でもその活躍は広く知られており、2009年「PICNIC」が NISSAN cube のCMソングに起用。2012年にはTVドラマ「最後から二番目の恋」の劇中で「Go to the River」(アルバム『She was a boy』収録)が使用され、大きな話題となった。


音楽だけでなく映像や絵画でも活動し、自身のドキュメンタリー映画『A New Soul』や自伝『Une chambre à moi(私の部屋)』を通じて「女性」「自由」「平和」をテーマに表現を続けている。


その存在は、音楽シーンにおいて25年以上にわたり“光”を放ち続ける、現代を代表するアーティストのひとりである。

▪︎雨の中で、呼吸を取り戻す。Nao Yoshioka「In the Rain」 自然と向き合うことで見えてきた、新しい章のはじまり。



2026年、Nao Yoshiokaは新たなフェーズへと歩み出す。その最初のシングルが「In the Rain」。本作は、声を張り上げるタイプの曲ではない。まず伝わってくるのは、音の合間に残る、深い呼吸。


 

~森と雨、そのままの感覚を音に~


 制作はオーストラリア、シドニーから郊外へ。プロデューサー/アーティストのMXXWLLの自宅スタジオで行われた。ナショナルパークに隣接したその場所では、庭に出るだけで森が広がる。制作当日、雨が降った。湿った空気、土と木々の匂い、自然が静かに息づく音。その体験が、そのまま楽曲の核となっている。「In the Rain」というタイトルも、何かを象徴するために付けられたものではない。その日、そこにあった時間を、そのまま受け取った名前に近い。


~回復という、もうひとつの創作~


 Nao Yoshiokaはパニック発作に悩まされてきた。その回復のプロセスで重要だったのが、自然の中に身を置く時間だったという。情報や刺激から距離を取り、自分の感覚を取り戻す。その過程で見えてきたのは、「自分を大切にする」という、あまりにも基本的で、しかし忘れがちな態度だった。本作には、その気づきが、過度な説明を伴わずに滲み込んでいる。


~ソウルという形式、現在形として~


 サウンドは、70年代ソウルの記憶を呼び起こす温度を持ちながら、決して過去に留まらない。装飾を削ぎ落とし、声とグルーヴの関係性にフォーカスしたアプローチは、Nao Yoshiokaがソウルシンガーであることを再確認させると同時に、2026年の現在地を正確に示している。それはノスタルジーではなく、身体感覚としてのソウルだ。


~新しい章は、声を張り上げずに始まる~


「In the Rain」は、強く主張する楽曲ではない。だが、静かに長く残る。

 世界を巡り、多くを経験してきたNao Yoshiokaが、あらためて自分自身と向き合い、自然の中で呼吸を整えた先に鳴らされた音。その最初の記録が、この一曲である。


 

▪︎[本人メッセージ] Nao Yoshioka



私にとって、2026年最初のシングルが「In the Rain」になることを、とても嬉しく思っています。

 

この曲は、日々の中で自分を見失いかけたとき、海や自然に身を委ねることで、少しずつ本来の自分を取り戻していく過程を描いた楽曲です。忙しさの中で聞こえなくなっていた自分の声や、心の奥にしまい込んでいた本当の気持ちが、自然の中で静かにほどけていく。そして、自分自身の内側の声が、また確かに聞こえてくる。そんな感覚を大切にしました。街の中でも、どんな場所でも、ふと自分に戻りたくなったときに、この曲を聴いてもらえたら嬉しいです。

 

[作品情報]



アーティスト:Nao Yoshioka, MXXWLL

タイトル:In the Rain

ジャンル:R&B, Soul, Neo-Soul

配信開始日:2026年2月27日(金)

発売元・レーベル:SWEET SOUL RECORDS 

配信URL: https://naoyoshioka.lnk.to/ITR

▪共同EP『Aura Gold』国境を越えて生まれた、タイムレスで現在進行形のサウンド



国境を越えたコラボレーションから生まれた本作は、ソウルとR&Bを軸に、70年代ファンク、90年代R&B/ヒップホップ、アフロビーツ、アマピアノ、モダンポップまでを横断しながら、タイムレスでありながら現在進行形のサウンドを描き出す。

 
制作はノースカロライナとフィンランドを行き来しながら進行。離れた場所にいるアーティスト同士がオンラインで楽曲制作を重ね、信頼関係と共通の音楽的ビジョンを育てていく、現代的なコラボレーションの形を体現している。その過程でBeMyFiascoはフィンランドを訪れ、現地ミュージシャンのcocabona(ベース)、Ville-Veikko(ギター)とのセッションを通じて、EPの核となるサウンドが形作られていった。



最初に録音された「Back to Myself」は、本作の方向性を象徴する楽曲であり、自己回復、正直さ、自分らしさをテーマに据えている。Mishaのグルーヴ感あふれるジャンルレスなプロダクションが、自由な空気感をまとったサウンドを描き出し、BeMyFiascoは自身の経験や変化、そして恐れずに輝くことの大切さを、率直な言葉と歌で描き出す。『Aura Gold』は単なる作品集ではなく、自分自身の光を信じ、自分の道を大切にし、人とのつながりに身を預けていく。そんな姿勢が音楽として丁寧に刻まれている。




 

[作品情報]



アーティスト:Misha, BeMyFiasco
タイトル:Aura Gold
ジャンル:R&B, Alternative R&B
発売元・レーベル:SWEET SOUL RECORDS 

トラックリスト:
01. Aura Gold (feat. Jussi Halme)
02. Burning Fire (feat. Evil Needle)
03. Back To Myself (feat. cocabona)
04. Love Come Down
05. Kind of Love (feat. cocabona)
06. Can’t Get Enough (feat. Jussi Halme)

 

▪ストリーミング: https://lnk.to/Misha_BeMyFiasco_AG
 

 

Misha & BeMyFiasco:





Mishaは、フィンランド出身のプロデューサー/アーティスト。Lalah Hathaway、Talib Kweli、Amber Navran (Moonchild)、Nate Smithといったグラミー受賞・ノミネートアーティストとのコラボレーションで知られ、オルタナティブR&B、ヒップホップ、ニューファンクを自在に行き来するグルーヴ重視のプロダクションを特徴とする。

BeMyFiascoは、グラミーノミネート歴を持つシンガー/ソングライター/ヴォーカルアレンジャー。SZA、Robert Glasper、The Foreign Exchangeなどとの共演を通じて、温かみのある声質と高い表現力で評価を確立してきたアーティスト。感情の機微を丁寧にすくい取るソングライティングが持ち味。

MishaとBeMyFiascoは2023年から共に制作を開始し、これまでの共同楽曲はSpotifyのNew Music Friday(US)、R&B Weekly、R&B Fresh Finds、Lowkey、Apple MusicのR&B Nowなどのプレイリストに選出されている。2025年にはロンドンの名門Jazz Caféで初の共同ライブを実現。

▪️南カリフォルニアの海岸線を走る列車の旅  ジャズの余韻と美しく流れていく時間を映し出すインストゥルメンタル 

Braxton Cook&Shane Sato

 

「Surfliner」は、南カリフォルニアの海岸線を縫うように走るアムトラックの名ルートから着想を得た、軽やかでジャズの香りをまとったインストゥルメンタル。Shane SatoとBraxton Cookによる共作で生まれたこの楽曲は、列車の窓越しに広がる海と砂浜、夏の午後の柔らかな光景をそのまま音に写し取ったような一曲となっている。

 

メインテーマからソロまでを担うBraxton Cookの温かく息遣いの感じられるサックスに、表情豊かなピアノが重なり、控えめながらもグルーヴを感じさせるビートと淡いパッドの音色が、ゆるやかな移動のリズムを描き出す。潮の香りを含んだ風、手にしたドリンク、静かに流れていく時間。海岸線をなぞる列車の旅がもたらす、上質でノスタルジックなムードが全編に漂っている。


Shane Satoは、ロサンゼルスを拠点に活動する日系アメリカ人のマルチインストゥルメンタリスト、プロデューサー、ソングライター。南カリフォルニアで育ち、5歳でドラムを始めた後、ギター、ピアノ、トロンボーンへと演奏領域を広げ、ロックバンド、吹奏楽、ジャズグループと幅広い環境で音楽的素地を築いてきた。

 

2017年にLAへ移住後はセッションミュージシャンとしてキャリアを重ねつつ、自身のオリジナル作品の制作にも注力。デビューアルバム『Until We Meet Again』や『Airwaves Deluxe』などを通じて累計250万回を超えるストリーミングを記録し、「Fresh Finds Jazz」や「Morning Rhythm」といったプレイリストにも楽曲が選出されている。


Braxton Cookは、ジャズとR&Bを横断するモダンでソウルフルな表現を軸に活動するヴォーカリスト、マルチインストゥルメンタリスト、コンポーザー。誠実さと成長、そしてアーティストとしての自立をテーマに据えた音楽性で、現代ジャズとR&Bシーンにおいて独自の存在感を放っている。


「Surfliner」は、Shane SatoとBraxton Cookそれぞれの感性が自然に交差した一曲。3月にリリース予定のニューアルバム『Wavelength』へと続く流れの中で、ひときわ穏やかに、美しく流れていく時間を映し出す作品となっている。

 

 


[作品情報]



アーティスト:Shane Sato, Braxton Cook

タイトル:Surfliner

ジャンル:Indie Soul, Indie R&B

配信開始日:2026年2月20日(金)

発売元・レーベル:SWEET SOUL RECORDS 

 

▪ストリーミング: https://lnk.to/Shane_Sato_Surfliner 


ロサンゼルスのポップシンガー、Zina Zo(ジーナ・ゾー)は2025年のアルバム『Burn Me Into Something Better』 のデラックスバージョンをリリースしました。


全14曲収録のアルバムには、ヒット曲「ダーティ・ハビッツ」「バッド・メン」「マンチャイルド」の特別アコースティック版「Miner Street  Sessions(マイナー・ストリート・セッションズ)」が収録されている。 今回、アルバムのリリースと合わせて、収録曲の新バージョンが公開。


ジーナ・ゾーはポップロックのシンガーソングライターであり、圧倒的な歌唱力で知られる。その恐れを知らない本物の姿と、生々しく感情的なストーリーテリングで称賛されている。フィラデルフィア郊外出身で現在はロサンゼルスを拠点とし、現代ロック・ポップ界で最も魅力的な歌声の一つとして独自の地位を築きつつある。


彼女のシングル「Dirty Habits」(2025年)は、ソロキャリアにおける大胆な新章の幕開けとなった。グラミー賞受賞プロデューサー、ジャスティン・ミラー(ジャズミン・サリヴァン、ザック・ブライアン)とティム・ソンネフェルド(アッシャー)が手掛けたこの楽曲は、時に夢が現実よりもリアルに、そしてより慰めとなるという概念を探求する、心に響くロックポップ・バラードである。 


上記の楽曲は絶賛を浴び、リリース初週で3万回以上のストリーミング再生を記録。LADYGUNN誌は「『ダーティ・ハビッツ』でジーナ・ゾーは、常識に縛られないキャリアの礎を築いた。大胆で混沌とし、深く心に響く——それがまさに本質だ」と評した。


2025年9月下旬、ジーナは待望のデビューアルバム『Burn Me Into Something Better』をリリース。変容、失恋、再生を燃えるような切なさで描いた本作はEARMILKで特集され、9/10の評価と共に「フィルターのかかっていない正直さ」が称賛された。


 「しかし『Burn Me Into Something Better』が際立つのは、その『美化を拒む姿勢』。これらの楽曲は整然とパッケージされたポップスではない。ギザギザで生々しく、誇らしげに混沌としている——それは彼女を形作った現実の変容を映し出している。この作品は、登攀の過程におけるあらゆる躓きを、物語の一部である傷跡を、すべて正当化する一枚だ」


2月18日には特別拡張版アルバム『Burn Me Into Something Better (Deluxe)』がリリース。全14曲収録の本作には、ヒット曲「Dirty Habits」「Bad Men」「Manchild」をアコースティックで親密に演奏した「Miner Street Sessions」バージョンも含まれる。 


ジーナが全国的に注目を集めたのはオーディション番組『The Voice(ザ・ヴォイス)』の出場者として、ブレイク・シェルトン率いるチームに加入した時だった。 しかしグウェン・ステファニーの指導こそが転機となった。ステージ内外で弱さと真実を受け入れるよう促された。


この教訓が彼女の芸術的アイデンティティを形作り、LGBTQIA+コミュニティの代弁者となる原動力となった。2023年のシングル『Faking It』は自身のバイセクシュアリティを大胆に宣言した自己受容のアンセムとして世界中のファンに深く共鳴した。


業界の厳しい現実を早期に経験したジーナは、創造的な独立性を取り戻し、反抗心・自由・魂を体現するロックバンド「Velvet Rouge」を結成。ブライアン・マクトアとエイミー・モリッシー(The War on Drugs,Sharon Van Etten)がプロデュースした2024年のデビューEPは、2000年代初頭のロックの荒削りな質感と揺るぎない感情を融合させた。『Lonely Since The Day We Met』や『I Don’t Know Why』といった傑出した楽曲は、彼女の生々しい歌唱力と物語を紡ぐ力量を際立たせている。


ヴェルヴェット・ルージュは瞬く間に「フィラデルフィア最高のロックバンド(2022年)」として認知され、『フィリー・スタイル・マガジン』で「フィラデルフィアで最も熱いロックバンド」と特集された。XPoNential Fest、MusikFest、Beardfestに出演し、NPRの「National Public Radio Day」やWXPNの「Free At Noon」シリーズでスポットライトを浴びた。


懐中電灯ストロボを使った子供の頃のパフォーマンスから全国放送のテレビ出演、批評家絶賛のレコードまで、ジーナのキャリアは「型にはまらない」姿勢で定義されてきた。ステージでパフォーマンスする時も、ローレン・シューラーの特注ドレスでレッドカーペットを歩く時も、新進アーティストを指導する時も、彼女はあらゆる創造的領域で女性やマイノリティの声を擁護し続けている。


ロサンゼルスを拠点とする彼女は、グラミー賞受賞者ジャスティン・ミラー(ジャズミン・サリヴァン、ザック・ブライアン)やティム・ソンネフェルド(アッシャー)とのコラボレーションで成功を収め、LADYGUNN、Fault、LA Weekly、Sweety High、The Luna Collectiveなどから高評価を得ています。 

 

「Dirty Habits」(Miner Street Sessions)



▪︎EN

Gina Zo is a rock-pop singer-songwriter and powerhouse vocalist celebrated for her fearless authenticity and raw, emotional storytelling. Originally from the suburbs of Philadelphia and now based in Los Angeles, she is carving out a distinct place as one of the most compelling voices in modern rock-pop.


Her single, Dirty Habits (2025), marked the beginning of a bold new chapter in her solo career. Produced by Grammy-winners Justin Miller (Jazmine Sullivan, Zach Bryan) and Tim Sonnefeld (Usher), the track is a haunting rock-pop ballad exploring the idea that sometimes our dreams feel more real—and more comforting—than reality itself. The song garnered rave reviews and surpassed 30,000 streams in its first week. As LADYGUNN wrote, “With Dirty Habits, Gina Zo lays the foundation for a career that doesn’t play by the rules. It’s bold, messy, deeply felt—and that’s the point.”


In late September 2025, Gina released her highly anticipated debut album, Burn Me Into Something Better—a searing, vulnerable exploration of transformation, heartbreak, and rebirth. The record was featured on EARMILK, which awarded it a 9/10 review and praised its unfiltered honesty: “What makes Burn Me Into Something Better stand out, though, is its refusal to sanitize. These songs aren’t neatly packaged pop; they’re jagged, raw, and proudly messy, mirroring the real-life transformations that shaped them. It’s a record that validates every stumble as part of the climb, every scar as part of the story.”


February 18th marks the release of her special extended album Burn Me Into Something Better (Deluxe). The 14 track album includes intimate acoustic "Miner Street Sessions" renditions of her hit songs "Dirty Habits", "Bad Men" and "Manchild". 


Gina first captured national attention as a contestant on The Voice, where she joined Team Blake. It was Gwen Stefani’s mentorship, however, that became transformative—encouraging Gina to embrace vulnerability and authenticity both on and off stage. That lesson shaped her artistic identity and inspired her to become a voice for the LGBTQIA+ community. Her 2023 single Faking It was a bold declaration of her bisexuality and an anthem of self-acceptance that resonated deeply with fans around the world.


After early experiences in the industry that exposed its challenges, Gina reclaimed her creative independence and formed Velvet Rouge—a rock band embodying defiance, freedom, and soul. Their 2024 debut EP, produced by Brian McTear and Amy Morrissey (The War on Drugs, Sharon Van Etten), fused early 2000s rock grit with unflinching emotion. Standout tracks like Lonely Since The Day We Met and I Don’t Know Why highlight her raw vocal power and storytelling prowess.


Velvet Rouge quickly gained recognition as Philly’s Best Rock Band (2022) and was featured in Philly Style Magazine as “Philly’s Hottest Rock Band.” They’ve performed at XPoNential Fest, MusikFest, and Beardfest, and were spotlighted on NPR’s National Public Radio Day and WXPN’s Free At Noon series.


From childhood performances with flashlight strobe lights to national television appearances and critically acclaimed records, Gina’s career has been defined by a refusal to conform. Whether performing on stage, walking a red carpet in a custom Lauren Schuler gown, or mentoring emerging artists, she continues to champion women and underrepresented voices across all creative spaces.


Now based in Los Angeles, Gina finds balance in cooking from scratch, reading murder mysteries, and walking around the Silver Lake Reservoir. With Burn Me Into Something Better ushering in her defining era, Dirty Habits setting the tone, and her holiday songs showcasing her versatility, Gina Zo stands at the forefront of a new generation of rock-pop artists—bold, untamed, and unapologetically real.


音楽産業の移り変わり ニューヨークの音楽出版の原点を探る ティン・パン・アレーの最盛期


 

どのような産業も一日にして成立しないということを考えると、先人たちのすさまじい努力の成果が明日の未来を形作る。


レコードやラジオ、それ以後はデジタルオーディオ、さらにストリーミングを通してファンは音楽を楽しむようになりました。日進月歩というべきなのか、今や物理的な箱はモバイルに変化し、様々な媒体が一体化する時代に変わったのが私達の時代。それでは、レコードやラジオなどが普及する以前、音楽はどのようにして広まったのでしょうか。現在のような専門的なメディアやストリーミングが存在しない時代、そこには音楽を愛する人達の試行錯誤があったのです。

 

今回ご紹介するのは、アメリカの音楽産業の下地がどのようにして発展していったのか、その大まかな過程や変遷です。しかし、現在でこそ、ストリーミングの配分などの問題点等も囁かれることが多い。ところが、音楽産業が確立される以前から、音楽家は自作の収益化などに問題を抱えることもあった。ヨーロッパの古典的な音楽形態の事例を挙げると、コンサートの収益や楽譜出版が主であったが、同時に音楽教師などを務めながら、家庭の生活を維持するというのが一般的でした。つまり、どのような時代も専業だけで身を立てられる人は一握りだったのではないかとも推測されます。一般的に言えば、音楽家の専業は稀有な事例で、兼業的な立場にあった。これは中世時代から音楽家の地位は他の職業に比べると、一部の国家公務員のような立場を除けば、それほど高くなかったことに由来する。しかし、現在は、全般的な産業が盤石となったため、ミリオンセラーを記録すると、一躍、専業的な道を選ぶことも可能になった。

 

話を戻しましょう。まだ、18世紀のアメリカでは、完全な音楽産業が確立されていたわけではなかった。明確に音楽産業が確立され始めたのが、ブロードウェイミュージカルがニューヨークで流行した時代で、また、これらはロンドン、パリ、ウィーンでは流行していた音楽劇が輸入され、ジョージ・M・コーハン、ガーシュウィン、ジェローム・カーン、リチャード・ロジャースという作曲家の系譜が受け継がれていく。 ブロードウェイをはじめとするミュージカルの原点となったのが、コーハンであり、彼の音楽劇「Little Johnny Jones」が最初に人気を獲得。以降は、アメリカ独自の芸術形態を獲得し、土着的とも言えるスタイルを確立した。そして上記の作曲家のおかげで、ミュージカルは世界でオペレッタを凌ぐほどの人気を獲得しました。

 



 

ミュージカルを普及させたのは劇場に他なりませんが、また、それらが一般家庭に持ち込まれるための補助役となったのが音楽の楽譜出版業でした。多くの中産階級の家庭では、楽譜を購入し、スコアに合わせて歌ったり、ピアノを演奏したりというのが通例でした。おのずと、出版業者が楽譜を販売する役目を担った。その出版業者が密集していたのがニューヨークのマンハッタンです。特に、ニューヨークの五番街と六番街の間にある”West 28th Street”という区域がアメリカの音楽産業の先駆けの地域となった。今はその面影はほとんどなく、建物は別のテナントが入り、ごく一般的な町並みとなっています。唯一、ハリウッドのような感じで、金のプレートが道路に埋め込まれ、その伝統を伝えている。現在はマンハッタンのフラットアイロン地区。

 


19世紀の時代、アメリカの音楽家は商業出版の壁に突き当たり、自分の制作した音楽をどのようにして世に残すかという課題を抱えていました。優れた功績が世に伝えられる作曲家ですら、貧困に陥ることがあった。これは著作権法が音楽を保護する時代ではなかったことも要因にある。こういったまだ産業が確立しなかった時代にスティーヴン・フォスターというミンストレルソングの立役者は、楽譜の販売により数百万ドルの売上を生み出したが、貧困の中で亡くなった。むしろ、こういった事例があったことで、1800年代にアーティストの作品を保護する法律が制定され、産業として整備され、次の段階に差し掛かった。それは音楽制作に携わる作詞家、作曲家の権利を守り、音楽出版社と足並みを揃えて、金銭的な協力関係を築くことにありました。

 


 

しかし、音楽出版社だけに話のポイントを絞れば、それ以前にも全米各地に企業は点在していた。ニューヨーク、シカゴ、ニューオーリンズなどを中心として、フィラデルフィア、クリーヴランド、シンシナティ、デトロイト、そしてボストン、ボルチモア......。この地域の音楽出版社では、教会で使用される楽譜、音楽の教科書、家庭や学校の教材を販売していた。ただ、この時代はまだ音楽がある種の教育の分野にとどまり、エンターテイメント産業の領域にまで引き上げられることはなかった。商業的な音楽の分野について言えば、全米各地でヒット曲が生みだされると、その版権をニューヨークのような都市部の大手企業が購入する取り決めになっていました。著名な出版社には、T.B Harms& Co,、そしてM,WItmark & Sonsなどが挙げられます。楽譜の表紙を見ると、USポピュラーソングの原点がいかなるものであったかが判明するでしょう。当時のアメリカではミンストレルやワルツのような音楽が主流だったということが推測できます。

 

 

しかしながら、産業というのは、需要と供給のバランスによって成り立っている。例えば、車を売る会社がいくら大量生産しても、購入者がいなければ、その産業は成立しません。インフラを司る輸送用の大型トラックの生産が、明確に産業形態に位置づけられる理由は、人々の生活に不可欠だからです。同じように、楽器販売業者が音楽産業の発展に一役買った。それは意外なことにギターではなくて、アコースティックピアノでした。南北戦争が終了した後、アメリカでは毎年、25,000台のピアノが販売され、中産階級の家庭の嗜みとなった。1887年までに50万以上の若者がピアノを学習していました。

 

楽譜の出版の需要が高まるにつれ、出版社は事業拡大と市場規模を伸ばす必要に駆られることになった。1885年から1900年にかけてニューヨーク市は音楽と舞台の中心地になり、また音楽出版社が次々と立ち上がるようになりました。そして、国内の普及という側面と合わせて、海外市場への輸入や輸出という次なる段階へと差し掛かった。つまり音楽は、それまで国内だけで普及していましたが、20世紀に入ると、それらがグローバルな市場を獲得するに至ったのです。


当時のティン・パン・アレーの音楽出版社

20世紀前後の作曲家のほとんどは独立した音楽家であることは少なく、出版社専属の社員のような形で職業的な音楽家を務めていました。


しかし、これらの時代の作曲が野放図になることはほとんどなかった。市場の動向を調査し、どういった曲が売れるのか、また、受けるのかを判断し、制作を行っていた。そして作曲が始まると、次の段階、つまり演奏者が試奏し、どのような反応があるのか聴衆のテストが行われていました。


現在でいうところのレコード会社は、自動車会社のテスト走行のような感じで、何度も新しい曲を実地にテストし、それが本当にリリースする必要があるのかを入念に判断したのでした。そして、それらの音楽が、例えば、ミュージカルのような曲であった場合、その後に、パフォーマーを精査し選出し、どのような演出が行われるべきかを随時企画していったのです。最終的には、その音楽を宣伝的に押し出していきました。これがアメリカのポピュラー音楽の原点であり、レコード企業の原点でもある。19世紀末には、おおよその産業形態の基礎が形成され、あとは多くの音楽が世に輩出され、ヒット商品として市場に出回る時期を待つだけとなった。

 

映画"I'll See You In My Dreams"で描かれるソングプラガー


当時の出版社には、歌の専門的な宣伝員がいた。各社には、''ソング・プラガー''という専属のピアニストがいて、楽譜を購入しようという客にその曲を歌って聞かせた。そのせいで、ニューヨークある街角には、各社の売り込みの音声が響き、朝から晩までビルの内外に響きわたった。これは音楽作品の出店とも言えるでしょう。こうした背景の中で、マンハッタンに音楽出版社がいくつも密集した「Tin Pan Alley」が台頭したのは当然の成り行きでした。この名前は、ニューヨークの新聞社、ニューヨーク・ヘラルドの記者を務めていたモンロー・ローゼンフェルドが、新しい音楽出版の取材に訪れたとき、思いついたというのが一般的な定説になっています。

 

ローゼンフェルド氏は、2003年のある日、ソングライターのハリー・フォン・ティルツァーの経営する社屋を訪れ、取材を終えて記事のタイトルを考えていました。人目をひくタイトルはないものか、と頭を抱えるローゼンフェルト……。すると、出版社のデモ室からティルツァーの演奏するピアノがふと聞こえてきました。それが大音声であったのを受けて、まるでブリキがパンを叩くような音がする路地という意味をこめて、彼は「Tin Pan Alley」という記事のタイトルを思いついた。一説では、ティルツァーが最初にこの言葉を言ったという説もあるようです。

 

ティン・パン・アレーは、何だか、身も蓋もないネーミングで名を馳せたのでしたが、実際的にアメリカのポピュラーソングやミュージカルの基礎、ひいては東海岸の音楽産業を形成しました。1910年代になると、作曲家の宝庫となり、これらの一角の出版社から名うての音楽が出てきました。11年には、アーヴィング・バーリン(Irving Berlin)が登場し、「アレクサンダーズ・ラグタイム・バンド」なるヒット曲を世に送り出しました。14年には、ジェローム・カーンが登場し、「They Didn't Believe Me(彼らは私を信じない)」でヒット。両者は、出版社の専属の作曲家であった。また、ティン・パン・アレーはミュージカル音楽の重要な発祥地となり、ルドルフ・フリムル、ジグムンド・ロングバーグなどが最初のブロードウェイを支えました。


続いて、若い頃に同じく出版社の前でピアノ演奏家を務めていたジョージ・ガーシュウィンが登場した。「ラプソディ・イン・ブルー」で世界的な知名度を後に獲得したガーシュウィンであったが、彼の最初のヒット曲は、1919年のジャズ曲「Swanee」でした。 その後、数々の名士が台頭した。シェルトン・ブルックス、ハリー・キャロル、ジェイムス・V・モナコ、アーヴィング・シーザーはほんの一例に過ぎません。

 

 

 

当時の音楽ファンにとって、音楽を楽しむ手段は、楽譜を家に持ち帰って、演奏して楽しむこと。次いで、レコードを聴くこと、それから劇場などに足を運んで生演奏を聴くことでした。そして、ティン・パン・アリーが隆盛をきわめるにしたがって、ポピュラー産業が整備されはじめました。

 

アメリカの最初のレコーディングのスター、レン・スペンサーは凄まじいパワーで曲を発表し、1891年から1910年まで65曲をヒットさせた。 ビリー・マレイは1903年から27年までに169曲をヒットさせ、有名な曲としては、MLB(メジャーリーグ)の試合でおなじみの「私を野球に連れていって」などがある。また、このティン・パン・アレー周辺からは、アル・ジョンソン(Al Johnson)が登場しました。彼はガーシュウィンの「Swanee」を歌ったが、その後はは俳優のようなポジションで大活躍をしました。ジョンソンは、1910年代にレビューやミュージカルを舞台に大スターにのぼりつめることに。このシーンでは、ロシア出身のソフィー・タッカーも活躍し、11年に「Some Of These Days」のヒットで注目され、「ヴォードヴィルの女王」と呼ばれるまでに。

 

ティン・パン・アレーは現在でいうところの''複合型マスメディア''の原点でしょう。このマンハッタンの一角にある各企業は他者と競いあいながら切磋琢磨し、数々のヒット・ソングを輩出し、ポピュラー産業の基盤を作り上げました。特に、音楽業界の中枢とも言えるマーケティングの手法は、ティン・パン・アレーに依るところが多い。企画、制作、販売という、音楽産業の基礎的な形態は、思えば、この時代に始まっていたのでしょう。しかし、どのような産業も次の新しい形態に生まれ変わるのが運命です。ラジオやトーキー映画が普及し、音楽が巷に溢れると、楽譜出版は以前よりも需要が少なくなり、戦前の時代にはティン・パン・アレーは衰退しました。当時の様子が映画化されたのがジョン・ペインの同名の主演映画「Tin Pan Alley」。この時代、路地の企業文化が少しずつ新しい形態に取って代わられるようになっていました。


 Asgeir 『Julia』


Label: One Little Independent

Release: 2026年2月13日


Review


アイスランドのシンガーソングライター、アウスゲイル(Asgeir)が5枚目のスタジオアルバム『ジュリア』をリリースした。 アウスゲイルを取り上げるのは、2022年以来のことになる。アウスゲイルは、ジョン・グラントら翻訳者を長年起用し、父エイナル・ゲオルグ・エイナルソンの詩と向き合ってきたが、輝かしいキャリアの中で初めて自ら作詞を手掛けた。アルバムのタイトルキャラクターの亡霊に導かれながら、シンガーは過去の後悔と未来への希望を瞑想する。

 

アウスゲイルは複雑なフォークポップ、豊かなプロダクション、物憂げで情感あふれるファルセットで称賛されてきた。『Julia』は歌詞制作における自立だけでなく、カタルシス的な率直さへの転換を示す。単に精巧に演奏されただけでなく、生きた経験が込められた楽曲群だ。「完全に一人で歌詞を書いたのはこれが初めてだった」と彼は語る。「怖かった。 今もその中で自分を探している。それでも心を開こうと試み、その過程で多くを学び、間違いなく癒やされた」

 

2022年のアルバム『Time On My Hands』ではフォークポップのアプローチと並んで、エレクトロニックを活用することがあったが、およそ四年ぶりとなる最新作は、アコースティックを中心としたポップソングが中心で、フォーク的なアプローチに関してはマンドリンなどを用いつつ、アメリカーナに近い音楽性も含まれている。青年期の音楽的な記憶を交えて、未来への展望を描く。

 

アウスゲイルのボーカルは、一般的に裏声のファルセットが称賛される事が多いが、特に歌手として、エド・シーランのようなクリアで美しい歌声を持ち、それらがアイスランドの風景を彷彿とさせる雪の結晶のような澄明なボーカルとして表側に出てくる瞬間に注目したい。今回のアルバムは生楽器のドラムや打ち込みのマシンビートを併用し、 ループサウンドを作り出し、現代的なポップスのアプローチに準じている。このアルバムは、まるで彼自身の半生を描くかのように、軽やかなフォークポップソングを中心に展開される。清涼感のあるソングライティングは最新作でも健在で、朝の光のように清々しい音楽性がアコースティックギターの演奏を中心に続いていく。


今作のオープナー「Quiet Life」では、ソングライターのソフトな歌声を中心に、軽快なドラム、そしてコラージュされたピアノなど、癖がなく、聞きやすいフォークポップを楽しめる。淡々とした曲調なのだが、中音域から高音域にボーカルが跳躍するポイントにカタルシスがある。そしてアイスランドらしさもあり、ヨハン・ヨハンソンの系譜にあるポスト・クラシカルの音楽的なアプローチが楽曲の後半部で、キラキラとした朝の光のような印象を生み出している。

 

軽やかに始まったアルバム。「Against The Current」では曲調が一転、過去の後悔を披瀝するかのように憂いに満ち溢れた音楽性へと転じる。しかし、少し悲しみすら感じさせるアウスゲイルのボーカル、それらは、ファンクのリズムに支えられて、徐々に力強さを獲得する。ここでは内面の脆弱さを余さず示しながら、力強く生きるような歌手の生き様が感じられる。その歌声はこの歌手の表向きのイメージとは対象的にとても脆いが、対象的に力強さもある。


歌手としての卓越性も感じさせる。ドラムとベースを中心に組み上げられるこの曲では、現代的なプロデュースの影響は、シンセの使用など最小限にとどめておいて、歌手の歌声が独立している。この曲では、鼻声の性質を持つアウスゲイルのボーカルが澄明な輝きを放ってやまない。一曲目と同じように反復的な構成であるが、音楽的な情景は少しずつ移り変わっていき、曲の後半では、シンセサイザーを中心としたアイスランド的な郷愁とも言うべき瞬間へと近づく。

 

「Smoke」は、このアルバムの序盤ではフォークソングとして最も古典的な性質を帯びる。 ゆったりとしたドラム、ピアノ、アコースティックギターを中心に、エド・シーラン的なポップネスを吸収しながら、そのフォーク的なセンスとしてはジョン・デンバーのような渋さを兼ね備えている。ヒップホップやエレクトロニックなどのビートを吸収しつつも、古典的なカントリーソングの形を吸収し、やはりため息の出そうな憂いのエモーションに満ちたアウスゲイルの歌声と混ざり合い、特異な音楽的な世界観を作り上げていく。その中には、アメリカーナへの傾倒も伺え、このジャンルの看板である雰囲気のあるスティールギターが夏の陽炎のように音楽のはてに揺らめき、影さながらに遠のく。この曲には、何かしら音楽として酔わせる力が含まれている。


「Ferris Wheel」もまた、クラシカルなイントロを経て、現代的なポップソングの基本形である、憂いを乗り越えて歓喜に近づこうとするプロセスのような時間が刻みこまれている。この曲では、一般的に称賛されるファルセットの繊細な歌声をコーラスの箇所に配し、ポピュラーの基本である高音部を聞かせどころに持ってきている。この曲では、ナイロン弦のような柔らかいアコースティックギターの音色とピアノ、抽象的な風味を持つボーカルが絶妙に合致している。その中で、この歌手のソングライティングの基本的な長所である勇気づけられるような温かいボーカルラインが見出せる。その歌はまるで聞き手の肩を静かに叩くような優しさがある。また音楽的にも、曲の後半では、AOR、ソフトロック、ヨットロックのような音楽性へ傾倒していく。

 

アウスゲイルの作曲術は、日々のランニングやマラソンにも似ている。いきなり大掛かりな結末を用意するのではない。一歩ずつ進んでいったら、思いもよらぬような景色に出会わすのである。 ある時は雨、あるときは雪、また、次の日は晴れだが、歌手はその季節や日々のサイクルや循環を心から愛しているような気がする。その中で、最もセンチメンタルな瞬間が出てくる。


タイトル曲「Julia」はこのアルバムの副次的なテーマである憂いが極上のフォークポップソングに反映されている。この曲でのアウスゲイルのボーカルは90年代初期のトム・ヨークのような傷つきやすさや脆さがあるが、それらがアイルランド民謡、もしくは、サイモン&ガーファンクルのような憂愁のあるフォークソングと合致して、良曲/名曲とも呼ぶべき水準に達している。分けても、タイトルの歌詞の部分のファルセットは、器楽的な音響効果があり、現代の男性ボーカリストとしては最も美しい部類に入るものと思われる。この曲では、忘れられかけた悲しきフォーク・ミュージックの系譜を受け継ぎ、それを現代的な美しさへと転化させている。

 

このアルバムは最初の方の曲よりも、後半の曲の方が聴き応えがありそうだ。それはなぜかといえば、従来のソングライティングの形を崩したり、乗り越えるような瞬間があるから。それはまた、ソングライターとしての成長の証とも言えるかもしれない。あまり評者として偉そうなことは言えないのだが、「Sugar Clouds」のような曲ではいよいよ、エリック・クラプトンのような作曲者の水準に達しつつある。聞きやすいのだが、その中には深い核心がある。軽いのだが、重々しさがある。また、目を引くのだが、渋さがある。脆さがあるが、同時に強くもある。


音楽というのは、常に相反するものが重なり合いながら成立している。その一方の要素だけを封じ込めておくことはとうてい出来ないのである。こういった矛盾する2つの対象的な性質を持ち合わせずして本格派と呼ぶことは難しいだろう。そういった面では、アウスゲイルは2つの対極する要素を音楽の中で体現するようになっている。「Stranger」のような現代的なポップソングに呼応するような形を選んだとしても、それは軽く聞こえることはなく、ずしりと聞こえる。いわば、本当の意味で心を捉えたり、感覚に共鳴する何かを持ち合わせているのである。

 

個人的に推薦しておきたいのが、最後の2曲「In The Wee Hours」、「Into The Sun」である。 前者はエレクトロニックのビートを吸収し、ネオソウルの匂いすら漂わせるポップソング。ついで、後者は、古典的なカントリー/フォークに根ざしたダイナミックなエンディング曲である。そして前者は、テクノのセンチメンタルな音色が素直で癖のない感じのボーカルと溶け込んでいる。これはアイスランド勢としては珍しく、ザ・ポリスのような楽曲に対する明確なアプローチで、ニューウェイブやAORのような音楽性が現代的なポップソングと合致した瞬間でもある。こういった曲は、80年代の洋楽のポップスファンにもチェックしていただきたいナンバー。

 

ソングライターとしての大きな飛躍の瞬間が最後の曲「Into The Sun」で示されている。個人的には、こういったクローズ曲のタイトルは明朗な印象があり、かなり好感を覚えてしまう。アウスゲイルは古典的なフォーク/カントリーを基にして、まれにカットアップ・コラージュのようなミュージックコンクレートの手法で遊び心を取り入れつつ、清々しい理想的な境地に辿り着く。それは苦悩から離れた従来の価値観や既成概念が通用しないユートピアの具現でもある。

 

 

84/100 

 

 

 

ÁSGEIR 『TIME ON MY HANDS』