ラベル Jazz の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示
ラベル Jazz の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示

Norman Winstone & Kit Downes 『Outpost of Dreams』


 

Label: ECM

Release: 2024年7月5日

 

Review  


偶然のコラボレーションが生み出した夢の前哨地

 

 

82歳のベテランボーカリスト、ノーマン・ウィンストンは、BBCジャズ・アワード、マーキュリー賞にもノミネート経験があるイギリス/ノリッジ出身の演奏家のキット・ダウンズをコラボレーターに迎え、『Outpost of Dreams』に制作に取り組んだ。このデュオは偶然の結果により実現したという。

 

当初、ウィンストンはニッキー・アイルズをピアニストとして起用する予定だったが、ロンドンでのギグを予定していたのでスケジュールが合わなかった。しかし、意外な形で実現したコラボレーションで、両者は驚くほど息のとれた合奏を披露している。

 

『Outpost of Dreams』はタイトルも素敵である。「夢の前哨地」には2つの解釈がある。夢に入る前の微睡んだような瞬間の心地よさ。それから現実的には夢が実現する直前のことを意味している。音楽もそれに準じて、夢見心地のぼんやりとした抽象的なシーンが刻印されている。キット・ダウンズが新しく書き下ろした楽曲のほか、ECMの録音でお馴染みのジャズ・プレイヤー、ジョン・テイラー、ラルフ・ターナー、カーラ・ブレイの作曲にヴォカリーズとしての新しい解釈を付け加える。他にもスタンダードのナンバー、「Black In Colour」、「Rowing Home」がある。2023年、キット・ダウンズは、ピアノによるソロアルバム『A Short Diary』をリリースした。このアルバムは、上品さと静謐な印象を併せ持つジャズ・ピアノの名品集だった。

 

その流れを汲み、キット・ダウンズは今作で、ジャズ・ボーカルの大御所ノーマン・ウィンストンのボーカルのテイストを静かに引き立てるような役割を担っている。


ウィンストンは、定番のボカリーズのスタイルに加えて、スキャットの歌唱法を披露している。そのボーカルは、メロウであるとともに伸びやかで、デビュー当時の歌手のように溌剌とした印象を与える。キット・ダウンズの伴奏の美しさに釣り込まれるようにして、ウィンストンは自身の歌の潜在的な能力を引き出し、クラシックとモダンのジャズ・ボーカルの影響を込めながら、アルバムを単なるボーカル作品にとどまらず、アーティスティックな水準へと引き上げている。ウィンストンのボーカルは、ヘレン・メリルのようにアンニュイであったかと思えば、それとは対象的に、エタ・ジェイムズ、アーネスティン・アンダーソンのような生命力を作り出す。もちろん、その歌声にはスキャットの遊び心が添えられ、安らいだ感覚を生み出す。

 

このアルバムは、現実的な感覚から距離を置いた夢見心地の音楽が繰り広げられる。「El」はキット・ダウンズが赤ん坊の子供のために作曲した。ノーマン・ウィンストンは気品のあるダウンズのジャズ・ピアノに子守唄のような優しい印象を及ぼす。ダウンズは、ウィンストンのヴォーカリーズの歌唱法に合わせて、色彩的な和音やボーカルの合間に、ブゾーニやJSバッハの原典版にあるような装飾音をつけくわえ、ウィンストンのアンニュイな雰囲気を引き立てる。


音符がふと途絶えた瞬間、向こうから静けさが立ち上がる。ボーカルにしてもピアノにしても、次にやってくる静寂を待ち望むかのように、主旋律、対旋律、和音、付属的な装飾音が演奏される。両者の合奏は現実的な感覚から遠ざかり、シュールレアリスティックな雰囲気を生み出す。

 

「Fly The Wind」は、マッコイ・タイナーも同じタイトルの曲を書いているが、これはマンチェスターのジャズ・ピアニスト、ジョン・テイラーが別名義であるWynch Hazelとして1978年に録音したものである。2015年に亡くなったジョンへの献身と敬意が示されていて、ジャズ・ボーカルのスタンダードな歌唱法をウィンストンは受け継ぎ、クラシカルな雰囲気を生み出している。もちろん古典の範疇にとどまることなく、ダウンズのピアノが現代的な印象を添える。

 

注目すべきは、続く「Jesus Maria」で、この曲はカーラ・ブレイのボカリーズの再構成である。ダウンズのムードたっぷりの流麗な演奏は、穏やかで落ち着いた雰囲気を生み出し、ノーマンが歌う主旋律に美しく上品な装飾を付け加えている。曲はポルカのようなリズムを活かしながら進み、やがてピアソラのアルゼンチンタンゴの気風を反映した熱情的な雰囲気に縁取られる。


レコーディングに取り組む以前、「近い将来、再び一緒に崖から飛びおりるのが待ちきれない」とユニークに話していたダウンズの刺激的な精神と冒険心が、カーラ・ブレイのボカリーズの再構成に意義深さを与える。さらに、ウィンストンのボーカルは陶然とした旋律のラインを描き、無調の冒険心とアバンギャルドな気風を添えている。しかし、古典的なジャズの上品さは一貫して失われることはなく、両者の合奏は、うっとりした美しいムードに縁取られている。

 

「Beneath An Evening Sky」は、ECM Recordsに所属するジャズ・ギタリスト、ラルフ・タウナーの作曲の再構成である。


タウナーのギターの作曲は無調によるものが多く、難解である場合があるが、ノーマンとキットの合奏は、この曲に親しみやすさとメロウな雰囲気をもたらしている。ウィンストンのボーカルはやはりスタンダードなジャズの系譜にあり、ダウンズのピアノのアルペジオが時々刺激的なニュアンスを付与する。しかし、セリエルの技法は、曲の雰囲気やムードを損ねることはなく、ウィンストンのスタンダードなジャズボーカルに上品さと洗練された質感を加えている。

 

このアルバムにはジャズのスタンダードやモダンジャズからの影響と合わせて、古典的なフォーク・ミュージックからのフィードバックも感じられる。「Out of the Dancing Sea」はスタンダードのナンバーをジャズとして解釈した一曲。ダウンズは、「スコットランドの画家、ジョーン・アードリーのペインティングからインスピレーションを受けることがあった」と述べている。


画家のアードリーは、海を見ながら、自宅の庭から同じシーンを描いていた。まったく同じ景色であるにもかかわらず、光の具合、時間帯、そして気分、天気といった外的な環境により、同じ風景がまったく異なる様子に描かれる。


キット・ダウンズは、それらの得難い不思議な出来事を踏まえ、ウィンストンのクワイアのように清冽な歌にバリエーションを付与する。ボーカルに合わさるダウンズの繊細なピアノの音列が同じ旋律の進行を持つボーカルに異なる印象を添える。つまり、同じ音階進行のフレーズであるにもかかわらず、ダウンズのピアノの演奏が入ると、まったく違うニュアンスを及ぼすのだ。

 

それらの物語的な要素は、「ジェームズ・ロバートソンの短編小説にインスピレーションをうけた」とダウンズ。それを踏まえると、音楽そのものがおのずとストーリー性を持つように思えてくる。


続く「The Steppe」では、前の曲のモチーフを受け継ぎ、それらが次の展開を形作るバリエーションの一貫として繰り広げられていくように感じられる。これは、音楽の世界がひとつの曲ごとに閉じてしまうのではなく、曲を連続して聴くと、その世界がしだいに開けていくような、明るい印象を聞き手に与える。同じように、旧来、Anat Fortが2000年代にレコーディングで探求していたエスニックジャズの性質を巧緻に受け継ぎつつ、ダウンズはヘレン・メリルの系譜にあるアンニュイなウィンストンの伸びやかなボカリーズにさりげない印象の変化を及ぼしている。


同曲において、ウィンストンは、消え入るようなアルトの音域のウィスパーから、それとは対象的なソプラノの音域にある伸びやかなビブラートに至るまで、幅広い音域を行き来し、圧巻のボーカルを披露している。前曲に続き、夢という歌詞が再登場し、それらが物語的な流れを形作っている事がわかる。ここには、ノーマン・ウィンストンが語るように、「音楽そのものに偏在する言葉を読み取る」という彼女のボカリーズの流儀のような概念も伺い知ることができよう。

 

このアルバムでは、ジャズのスタンダードから、ECMらしいモダンジャズの手法に至るまで、様々な音楽が体現されているが、「Noctune」ではアヴァン・ジャズの性質が色濃く立ち現れる。


キット・ダウンズのインプロヴァイゼーションの要素が強いピアノの伴奏に合わせて歌われるウィンストンのボーカルも、ボカリーズの真髄に位置する。特に、ウィンストンの無調に近いソプラノのボーカルが最高の音域に達した後、それとは対象的に、ダウンズのピアノが最も低い音域の迫力ある音響を生み出す瞬間は圧倒的といえる。2つの別の演奏者、なおかつ、全く別の楽器と声の持つ特性が合わさり、一つの音楽の流動体となるような神秘的な瞬間を味わえる。

 

今作は再構成とオリジナルを元に構成されるが、アルバムの終盤に至ってもなお野心的な気風を維持しているのが驚き。


「Black In The Colour」は、バッハの「Invention」のような感じで始まり、その後、ウィンストンの歌により古典的なジャズ・ボーカルの世界へと踏み入れていき、ヘレン・メリルの代名詞''ニューヨークのため息''のような円熟味のあるヴォカリーズの綿密な世界観を構築していく。ジャズ・スタンダードを元にした再構成は、物憂げな印象を携えながら次曲への呼び水となる。


ウィンストンとダウンズによる奇跡的なデュオの精華は、前衛的なジャズの気風に縁取られた「In Search Of Sleep」により完成を迎える。ダウンズのピアノのパッセージとウィンストンのスポークンワードは、彼らの音楽表現が古典的な領域にとどまらぬことの証であると共に、デュオの遊び心と冒険心がはっきりと立ち現れた瞬間でもあろう。


同曲は、モダンジャズという文脈を演劇のように見立てており、新鮮な雰囲気に満ち溢れている。最終曲「Rowing Home」は悲しみもあるが、憂いの向こうから清廉な印象が立ち上ってくる。その印象を形作るのが、キット・ダウンズの見事なジャズ・ピアノのパッセージ。ここには、意外な形で実現したウィンストン/ダウンズの合奏の真骨頂を垣間見ることができるはずだ。

 



94/100

 

 

 

 Jazz Age:  Vol.1 

 

 Bill Evans




 ジャズ・ピアニスト、ビル・エヴァンス(Bill Evans)は、1929年にニュージャージー州ブレインフィールドで生まれた。スラブ系の母親、そしてウェールズ系の父親の間に生まれた。彼の父親はエヴァンスに幼い頃から音楽を学習させた。

 

クラシック音楽からの影響が大きく、セルゲイ・ラフマニノフやイゴール・ストラヴィンスキーなど、ロシア系の古典音楽に親しんだ。かれがジャズに興味を持つようになったのは10代の頃。兄とともにジャズのアマチュアバンドで演奏するようになった。1946年にサウスイースタン大学に通い始め、音楽教育を専攻した。学生時代にはのちの重要なレパートリー「Very Early」を作曲した。

 

 1950年、大学を卒業すると、翌年には陸軍に入隊。朝鮮戦争の前線に赴く機会はなく、陸軍のジャズバンドで演奏するだけだった。 この頃の不本意な時期に、後に取りざたされる麻薬乱用を行うようになった。1954年に兵役を終え、折しもジャズシーンが華やかりしニューヨークで音楽活動を開始する。バックバンドとしての活動にとどまったが、作曲家のジョージ・ラッセルの録音に参加。その活動をきっかけにスカウトの目に止まり、リバーサイド・レーベルからデビュー・アルバム『New Jazz Conceptions』をリリースするが、売上はわずか800枚だった。

 

1958年にはマイルス・デイヴィスのバンドに加わり、録音とツアーを行った。彼はバンドで唯一白人であったこと、そして薬物乱用の問題、さらにはエヴァンス自身がソロ活動を志向していたこともあり、バンドを離れた。しかし、マイルス・デイヴィスの傑作『Kind of Blue』の録音に参加し、旧来盛んだったハードバップからモード奏法を駆使したスタイルでジャズに清新な息吹をもたらす。モード奏法はこのアルバムの「Flamenco Sketches」に見出すことができる。


1959年になると、ドラマーのポール・モチアン、ベースのスコット・ラファロをメンバーに迎え、ジャズトリオを結成。ジャズの系譜におけるトリオの流行は、この三人が先駆的な存在である。テーマのコード進行をピアノ、ベース、ドラムスがそれぞれ各自の独創的な即興演奏を行い、独特な演奏空間を演出した。後のモダンジャズのライブではこのソロがお約束となる。

 

ビル・エヴァンス・トリオで収録した『Portrait In Jazz- ポートレイト・イン・ジャズ』(1960)『Explorations- エクスプロレイションズ』(1961)『Waltz For Debby -ワルツ・フォー・デビイ』および、同日収録の『Sandy At The Village Vanguard- サンデイ・アット・ザ・ヴィレッジ・ヴァンガード』(1961)の4作は、「リバーサイド四部作」と呼ばれる。


しかし、『ワルツ・フォー・デビイ』および『サンデイ・アット・ザ・ヴィレッジ・ヴァンガード』の収録からわずか11日後、ベーシストのスコット・ラファロが1961年7月6日に25歳の若さで交通事故死する。エヴァンスはショックのあまりしばらく、ピアノに触れることすらできなくなり、レギュラー・トリオでの活動を休止することとなり、半年もの間、シーンから遠ざかった。


1966年にエヴァンスは、当時21歳だった若きエディ・ゴメス(Eddie Gomez)を新しいベーシストとしてメンバーに迎える。エディ・ゴメスは、スコット・ラファロの優れた後継者となり、以降、1978年に脱退するまでレギュラー・ベーシストとして活躍し、そのスタイルを発展させ続け、エヴァンスのサポートを務めた。


 1968年にマーティー・モレル(Marty Morell)がドラマーとしてトリオに加わり、家族のため1975年に抜けるまで活動した。モレル、そしてのちに加入したエディ・ゴメスによるトリオは歴代最長の活動期間に及んだ。従って現在に至ってもなお発掘され発売されるエヴァンスの音源は、ゴメス・モレル時代の音源が圧倒的に多い。

 

このメンバー(セカンド・トリオ)での演奏の質は、初期の録音でずっと後に発売されたライブ版『枯葉』(Jazzhouse)にも反映されている。『Waltz For Debby ~ Live In Copenhagen - ワルツ・フォー・デビイ〜ライヴ・イン・コペンハーゲン』(You're Gonna Hear From Me)、『Montreux II- モントルーII』、『Serenity- セレニティ』、『Live In Tokyo- ライヴ・イン・トーキョー』、『Since We Met - シンス・ウイ・メット』と、メンバー最後のアルバムである1974年にカナダで録音した『Blue In Green-ブルー・イン・グリーン』などがある。この時期、特に1973年から1974年頃までのエヴァンス・トリオは良し悪しは別として、ゴメスの演奏の比重が強い傾向にある。 


1976年にドラムをマーティー・モレルからエリオット・ジグモンド(Eliot Zigmund)に交代する。このメンバーでの録音として『Cross Currents- クロスカレンツ』、『I Will Say Goodbye- アイ・ウィル・セイ・グッドバイ』、『You Must Bilieve In Spring- ユー・マスト・ビリーヴ・イン・スプリング』が挙げられる。麻薬常習や長年の不摂生に加え、肝炎など複数の病気を患っていたエヴァンスの音楽は、破壊的内面や、一見派手ではあるが孤独な側面を見せるようになる。

 

ビル・エヴァンスの死後に追悼盤として発売された『You Must Believe In Spring- ユー・マスト・ビリーヴ・イン・スプリング』収録の「Suicide Is Painless(もしも、あの世にゆけたら)」は、映画『M*A*S*H』(1970年)及びTVシリーズ版『M*A*S*H』のテーマとして知られている。



Bill Evans' Masterpiece :

 

・Peace Piece(1959)/『Everybody Digs Bill Evans』

    

「ピース・ピース(Peace Piece)」は、1958年12月にビル・エヴァンスがアルバム『Everybody Digs Bill Evans-エブリバディ・ディグス・ビル・エヴァンス』のために録音した。

 

ソロ時代のエヴァンスの名曲で、モード奏法のルーツをうかがい知ることができる。他にも彼のウクライナのスラブ民族としてのルーツやクラシックからの影響、その他にもスクリアビンのような神秘和音をゼクエンス進行によって活用している。いわばクラシックのピアニストとしてのエヴァンスの作曲性を反映させている。もちろん、演奏に関しては以降のデイヴィスとのモダン・ジャズの作風の萌芽を見ることもできる。

 

レコーディング・セッションの最後に演奏された即興曲で、レナード・バーンスタインのミュージカル『On The Town- オン・ザ・タウン』の「Some Other Time- サム・アザー・タイム」のヴァージョンでエヴァンスがセッション中に使用していた。Cmaj7からG9sus4への進行をベースにしたスタンダードな曲。


翌年にマイルス・デイヴィスと録音したアルバム『Kind of  Blue-カインド・オブ・ブルー』に収録された「Flamenco Sketches- フラメンコ・スケッチ」のオープニングにもモチーフが再登場する。


「Peace Piece」



「Autumn Leaves」(1960)/ 『Portrait In Jazz』


マイルス・デイヴィスとのアルバム『Kind Of Blue』でのコラボレーションの成功から8ヵ月後、エヴァンスは新しいグループ、ビル・エヴァンス・トリオで『ジャズの肖像』の録音に挑み、以後のモダン・ジャズの潮流を変える契機をもたらす。

 

最も注目すべきは、ラファロのウッドベースが単なる伴奏のための楽器から、後のアルバム『Sunday at the Village Vanguard』ほどではないにせよ、ピアノとほぼ同等の地位に昇格したことだろう。

 

ビル・エヴァンスはラファロとの最初の出会いについて、「彼の創造性にはほんとうに驚かされた。彼の中にはたくさんの音楽があり、それをコントロールすることに問題があった。... 彼は確かに私を他の分野へと刺激したし、おそらく私は彼の熱意を抑える手助けをしたのだろう。それは素晴らしいことで、後にエゴを抑えて共通の結果を得るために努力した甲斐があった」

 

ポール・モチアンはビル・エヴァンスのデビュー・アルバム『New Jazz Conceptions』や、トニー・スコット、ジョージ・ラッセルなどが率いるグループでエヴァンスとレコーディングしたことがあった。


エヴァンスの伝記作家であるキース・シャドウィックは、この時期のモチアンは標準的なバップの定型を避ける傾向があり、「代わりに他の2人のミュージシャンから実際に聞こえてくるものに反応」していたと述べ、それが「エヴァンスの最初のワーキング・トリオのユニークなクオリティに少なからず貢献した」と指摘している。

 

”枯葉”という邦題で有名な「Autumn Leaves」は、戦後のシャンソンの名曲だ。1945年にジョゼフ・コズマが作曲し、後にジャック・プレヴェールが詞を付けた。ミディアム・スローテンポの短調で歌われるバラード。6/8拍子の長いヴァース(序奏)と、4拍子のコーラス部分から構成される。 またジャズの素材として多くのミュージシャンにカバーされ、数え切れないほどの録音が存在することでも知られる。 1955年の全米ビルボード・チャートで1位のベストセラーとなった。「Autumn Leaves」はジャズのスタンダードとなり、最も多くレコーディングされた曲のひとつ。


ビル・エヴァンスの録音はポール・モチアンとスコット・ラファロとのジャズトリオの全盛期の気風を反映させている。シャンソンの定番を当時盛んであったハードビーバップ風にアレンジした。リバーサイド四部作のうちの一つ『Portrait In Jazz』には2つのテイクが収録されている。

 

 「Autumn Leaves」





「Waltz For Debby」 「Porgie(I Loves You Porgie)」(1961)/ 『Waltz For Debby』



ビル・エヴァンス・トリオとして活動していたベーシストのスコット・ラファロが不慮の自動車事故により死去する10日前、ニューヨークのヴィレッジ・ヴァンガードでのライヴをリバーサイドレコードが収録していたことは、ほとんど奇跡的と言える。

 

1961年、エヴァンスのトリオはヴィレッジ・ヴァンガードに頻繁に出演していた。この年の6月のライブのレコーディングは、ビル・エヴァンスのライブ・アルバム『Sunday At The Village Vaunguard』としてラファロの死後に発売された。これはベーシストの追悼盤の意味を持つ。

 

後に発売された『Waltz For Debby』は追悼盤に比べると、音に艶があり、バランスの良いレコーディングとなっている。特に、このアルバムに収録されている「Porgie(I Loves You Porgie)はジョージ・ガーシュウィンのカバーで、後にキース・ジャレットがカバーしている。「Waltz For Debby」はヴィレッジ・ヴァンガードでのライブで披露されたビル・エヴァンスの定番曲である。

 

 

「Waltz For Debby」

 

 

 「Porgie (I Loves You Porgie)」

   

 

 


「We Will Meet Again」(1977) /『We Must Believe In Spring』


 

1980年、ビル・エヴァンスは、同タイトルのアルバムを名に冠した遺作を発表した。このラストアルバムのバージョンは、ピアノ・ソロで、曲の後半では、妻との別れ、彼の晩年の孤独と哀愁を込めた切ない感覚をジャズ・ピアノで収めている。

 

そして、一方、彼の死後に追悼盤としてリリースされた『We Must Believe In Spring』の収録バージョンでは、ジャズトリオとしての白熱した瞬間を録音の形で残している。


エディ・ゴメスのウッドベースとエヴァンスのピアノの演奏の兼ね合いは、後のニューヨークのモダンジャズの流れを形作ったといえるだろう。曲のタイトルからも分かる通り、エヴァンスはやや硬派の人物であったことが伺い知れる。この曲には泣けるジャズピアノの要素が満載である。涙ぐませるもの……、それはいつも白熱した感情性から生み出されるものなのである。

 

最後のスタジオ録音が残した奇跡的な演奏を収録しているが、「We Will Meet Again」では気迫あふれるトリオの演奏が聞ける。生前のエヴァンスがジャズトリオという形式を最も重視していたことが伺える。また、最後のスタジオ録音の中での演奏で、エヴァンスは彼の音楽的な出発となったクラシックピアノからの影響を込めている。


ジャズとクラシックを繋げる演奏家としての役割は、JSバッハの作品の再演で知られるキース・ジャレットへと受け継がれていった。またエヴァンスは、現在のジャズのライブでお馴染みの各々のプレイヤーが即興演奏を曲で披露するという最初の形式を確立させた人物でもある。

 

 

 「We Will Meet Again」

 

Scree
Scree


本物のジャズマンはどこに潜んでいるのか? もしかしたら人知れず貴方のすぐ隣を歩いているかも知れない。


ブルックリンのジャズトリオ”Scree”が同地のコンサート会場でのライブを収録したEP「Live at the owl music parlor Vol.2」を発表した。注目の若手トリオは、古典的なジャズやクラシックからの影響を絡め、スタイリッシュで円熟味溢れるモダンジャズを演奏する。取り分け、作曲家/ギタリストのミュート奏法、ブルージャズの哀愁に満ちたプレイには感嘆すべきところがある。


''The Owl Music Parlor''で行われた2つのセットから抜粋されたこのEPは、クライマックスのナンバー「Nocturne With Fire」でピークに達する。9分に及ぶ本楽曲は、ライブの最も白熱した瞬間を克明に記録している。退屈で冗長な3分のポピュラーナンバーとは異なり、実際的な長さを感じさせることがない。ライアン・エル・ソルのエレクトリックギターが闇の中をうねり、他のメンバーの演奏と重なり、ノクターンの瞑想的で深妙な感覚へと入り込んでゆく。トリオのポテンシャルが発揮され、燃え上がるようなタイトルにふさわしい仕上がりになっている。


最初の先行シングルに続いて「Exclamation Point」がストリーミングで公開された。どちらのシングルもジャズトリオの魅力が満載。ウェス・モンゴメリー風の妖艶なジャズギター、しなやかな対旋律を描くウッドベース、緩急のあるドラムプレイが心地よい東海岸の夜の風景をかたどる。


ScreeのEP「Live at the owl music parlor Vol.2」は''Ruination Record Co.''から7月19日にリリースされる。




Scree:  


ライアン・エル・ソル(ギター)、カルメン・ロスウェル(ベース)、ジェイソン・バーガー(ドラムス)は、2017年にScreeとして共演を始めた。


以来、このトリオは、デューク・エリントンからヨハネス・ブラームス、レバノンの作曲家ジアド・ラーバーニにいたるまで、様々な影響を受けたギタリスト、エル・ソルの作曲による、広く神秘的な弧を描く情熱的なサウンドによって、唯一無二のサウンドを築き上げてきた。


Scree(スクリー)は、親密で職人的なライブパフォーマンスを通じて、彼らの本拠地であるニューヨーク/ブルックリンで、熱心なファンを地道に増やしつづけている。デビューアルバム『Jasmine on a Night in July』(2023年3月10日、Ruination Recordsより発売)では、パレスチナの偉大な詩人マフムード・ダルウィーシュの作品を使い、遠い祖国への憧れと郷愁をテーマにしている。

Black Decelerant


Contuour(コンツアー)ことKarlu Lucas(カリ・ルーカス)とOmari Jazz(オマリ・ジャズ)のデュオ、Black Decelerant(ブラック・ディセラント)は、コンテンポラリーな音色とテクスチャーを通してスピリチュアルなジャズの伝統を探求し、黒人の存在と非存在、生と喪、拡大と限界、個人と集団といったテーマについての音の瞑想を育んでいる。セルフ・タイトルのデビュー・アルバム、そしてこのコラボレーションの核となる意図は、リスナーが静寂と慰めを見出すための空間を刺激すると同時に、"その瞬間 "を超える動きの基礎を提供することである。


『Black Decelerant』は、プロセスと直感に導かれたアルバムだ。2016年に出会って以来、ルーカスとジャズは、形のない音楽を政治的かつ詩的な方法で活用できるコラボレーション・アルバムを夢見ていた。彼らは最終的に、6ヶ月間に及ぶ遠隔セッション(それぞれサウスカロライナとオレゴンに在住)を経て、2020年にプロジェクトを立ち上げ、即興インストゥルメンタルとサンプル・ベースのプロダクションを通して、彼らの内と外の世界を反映したコミュニケーションを図った。


ルーカスは言う。「それは、私たちがその時期に感じていた実存的なストレスに対する救済策のようなものでした。特にアメリカでは、封鎖の真っ只中にいると同時に、迫り来るファシズムと反黒人主義について考えていました。レコードの制作はとても瞑想的で、私たちをグラウンディングさせる次元を提供してくれるように感じていました」


リアルタイムで互いに聴き合い、反応し合うセッションは、黒人の人間性、原初性、存在論、暴力や搾取から身を守るための累積的な技術としてのスローネスをめぐるアイデアを注ぎ込む器となった。このアルバムに収録された10曲の楽曲は、信号、天候、精神が織りなす広大で共鳴的な風景を構成しており、記憶の中に宙吊りにされ、時間の中で蒸留されている。


ブラック・ディセラント・マシンは、アーカイブの遺物や音響インパルスを、不調和なくして調和は存在しない、融合した音色のコラージュへと再調整する。レコードの広大な空間では、穏やかなメロディーの呪文の傍らで、変調された音のカデンツの嵐が上昇する。ピアノの鍵盤とベース・ラインは、トラック「2」と「8」で、ジャワッド・テイラーのトランペットの即興演奏を伴って、リリース全体を通して自由落下する。


このデュオは、アリア・ディーンの『Notes on Blacceleration』という論文を読んで、その名前にたどり着いた。


この論文は、資本主義の基本的な考え方として、黒人が存在するかしないかという文脈の中で加速主義を探求している。「Black Decelerant」は、このレコードが意図する効果と相まって、自分たちと、自分たちにインスピレーションを与えてくれるアーティストや思想家たちとの間に共有される政治性をほのめかしながら、音楽がスローダウンへの招待であることに言及している。


「その一部は、自然な状態以上のことをするよう求め、過労や疲労に積極的に向かわせる空間や、これらすべての後期資本主義的な考え方に挑戦することなんだ」とジャズは言う。「黒人の休息がないことは、様々な方法で挑戦されなければならないことなのです」


ルーカスとジャズが説明するように、このレコードは、資本主義や白人至上主義に付随する休息やケアについて、商品化されたり美徳とされたりするものからしばし離れ、心身の栄養となることを行おうとする自然な気持ちに寄り添うという、生き方への入り口であり鏡ともなりえるかもしれない。


『BlackDecelerant』は、音楽と哲学の祖先が築き上げた伝統の中で、強壮剤と日記の両方の役割を果たす。


『Black Decelerant』は2024年6月21日、レコード盤とデジタル盤でリリースされる。アルバムは、NYのレーベル''RVNG Intl.''が企画したコンテンポラリー・コラボレーションの新シリーズ『Reflections』の第2弾となる。

 

 

『Reflection Vol.2』 RVNG Intl.


先週は、ローテクなアンビエントをご紹介しましたが、今週はハイテクなアンビエント。もっと言えば、ブラック・ディセラントは、このコンテンポラリー・コラボレーションで、アンビエント・ジャズの前衛主義を追求している。


ルーカスとジャズは、モジュラーシンセ、そしてギター、ベースのリサンプリング、さらには、バイオリンなどの弦楽器をミュージック・コンクレートとして解釈することで、エレクトロニック・ジャズの未知の可能性をこのアルバムで体現させている。


ジャズやクラシック、あるいは賛美歌をアンビエントとして再構築するという手法は、昨年のローレル・ヘイローの『Atlas』にも見出された手法である。さらには、先々週にカナダのアンビエント・プロデューサー、Loscil(ロスシル)ご本人からコメントを頂いた際、アコースティックの楽器を録音した上で、それをリサンプリングするというエレクトロニックのコンポジションが存在するということを教示していただいた。つまり、最初の録音で終わらせず、2番目の録音、3つ目の録音というように、複数のミックスやマスターの音質の加工を介し、最近のアンビエント/エレクトロニックは制作されているという。ご多分に漏れず、ブラック・ディセラントも再構築やコラージュ、古典的に言えば、ミュージック・コンクレートを主体にした音楽性が際立つ。


ニューヨークのレーベル”RVNG”らしい実験的で先鋭的な作風。その基底にはプレスリリースでも述べられているように、「黒人としてのアイデンティティを追求する」という意義も含まれているという。黒人の人間性、原初性、存在論、暴力や搾取から身を守るための累積的な技術、これはデュオにとって「黒人としての休息」のような考えに直結していることは明らかである。今や、ロンドンのActressことダニエル・カニンガム、Loraine Jamesの例を見ても分かる通り、ブラックテクノが制作されるごとに、エレクトロニックは白人だけの音楽ではなくなっている。

 

このアルバムは複雑なエフェクトを何重にもめぐらし、メタ構造を作り出し、まるで表層の部分の内側に音楽が出現し、それを察知すると、その内側に異なる音楽があることが認識されるという、きわめて難解な電子音楽である。

 

それは音楽がひとつのリアルな体験であるとともに、「意識下の認識の証明」であることを示唆する。アルバムのタイトルは意味があってないようなもの。「曲のトラックリストの順番とは別の数字を付与する」という徹底ぶりで、考え次第では、始めから聞いてもよく、最後から逆に聞いてもよく、もちろん、曲をランダムにピックアップしても、それぞれに聞こえてくる音楽のイメージやインプレッションは異なるはず。つまり、ランダムに音楽を聴くことが要請されるようなアルバムである。ここにはブラック・ディセラントの創意工夫が凝らされており、アルバムが、その時々の聞き方で、全く別のリスニングが可能になることを示唆している。

 

そして、ブラック・ディセラントは単なるシンセのドローンだけではなく、LAのLorel Halo(ローレル・ヘイロー)のように、ミュージックコンクレートの観点からアンビエントを構築している。その中には、彼ら二人が相対する白人至上主義の世界に対する緊張感がドローンという形で昇華されている。これは例えば、Bartees Strangeがロックやソウルという形で「Murder of George Floyd」について取り上げたように、ルーカスとジャズによる白人主義による暴力への脅威、それらの恐れをダークな印象を持つ実験音楽/前衛音楽として構築したということを意味する。そしてそれは、AIやテクノロジーが進化した2024年においても、彼らが黒人として日々を生きる際に、何らかの脅威や恐れを日常生活の中で痛感していることを暗示しているのである。

 

アルバムの序盤の収録曲はアンビエント/テクノで構成されている。表向きに語られているジャズの文脈は前半部にはほとんど出現しない。「#1 three」は、ミックス/マスターでの複雑なサウンドエフェクトを施した前衛主義に縁取られている。それはときにカミソリのような鋭さを持ち、同じくニューヨークのプロデューサー、アントン・イリサリが探求していたような悪夢的な世界観を作り出す。その中に点描画のように、FM音源で制作されたと思われる音の断片や、シーケンス、同じく同地のEli Keszler(イーライ・ケスラー)のように打楽器のリサンプリングが挿入される。彼らは、巨大な壁画を前にし、アクション・ペインティングさながらに変幻自在にシンセを全体的な音の構図の中に散りばめる。すると、イントロでは単一主義のように思われていた音楽は、曲の移行と併行して多彩主義ともいうべき驚くべき変遷を辿っていくことになる。

 

ブラック・ディセラントのシンセの音作りには目を瞠るものがある。モジュラーシンセのLFOの波形を組み合わせたり、リングモジュラーをモーフィングのように操作することにより、フレッシュな音色を作り出す。

 

例えば、「#2 one」はテクノ側から解釈したアンビエントで、テープディレイのようなサウンド加工を施すことで、時間の流れに合わせてトーンを変化させていくことで、流動的なアンビエントを制作している。

 

これはまたブライアン・イーノとハロルド・バッドの『Ambient Music』の次世代の音楽ともいえる。それらの抽象的な音像の中に組みいれられるエレクトロニックピアノが、水の中を泳ぐような不可思議な音楽世界を構築する。これはまたルーカスとジャズによるウィリアム・バシンスキーの実質的なデビュー作「Water Music」に対するささやかなオマージュが示されているとも解釈できる。そして表面的なアンビエントの出力中にベースの対旋律を設けることで、ジャズの要素を付加する。これはまさしく、昨年のローレル・ヘイローの画期的な録音技術をヒントにし、よりコンパクトな構成を持つテクノ/アンビエントが作り出されたことを示唆している。

 

アルバムの音楽は全体的にあまり大きくは変わらないように思えるが、何らかの科学現象がそうであるように、聴覚では捉えづらい速度で何かがゆっくりと変化している。「#3 six」は、前の曲と同じような手法が選ばれ、モジュラーシンセ/リングモジューラをモーフィングすることによって、徐々に音楽に変容を及ぼしている。この音楽は、2000年代のドイツのグリッチや、以降の世代のCaribouのテクノとしてのグリッチの技法を受け継ぎ、それらをコンパクトな電子音楽として昇華させている。いわば2000年代以降のエレクトロニックの網羅ともいうべき曲。そして、イントロから中盤にかけては、アブストラクトな印象を持つアンビエントに、FM音源のレトロな質感を持つリードシンセのフレーズを点描画のように散りばめ、Caribou(ダン・スナイス)のデビューアルバム『Starting Breaking My Heart」の抽象的で不確かな世界へといざなうのだ。

 

一箇所、ラップのインタリュードが設けられている。「#4 Seven 1/2」は、昨年のNinja TuneのJayda Gがもたらした物語性のあるスポークンワードの手法を踏襲し、それらを古典的なヒップホップのサンプリングとして再生させたり、逆再生を重ねることでサイケな質感を作り出す。これは「黒人が存在するかしないか」という文脈の中で加速する世界主義に対するアンチテーゼなのか、それとも?? それはアルバムを通じて、もしくは、戻ってこの曲を聴き直したとき、異質な印象をもたらす。白人主義の底流にある黒人の声が浮かび上がってくるような気がする。

 

 

アルバムの中盤から終盤にかけて、最初にECMのマンフレッド・アイヒャーがレコーディングエンジニアとしてもたらした「New Jazz(Electronic Jazz)」の範疇にある要素が強調される。これはノルウェー・ジャズのグループ、Jaga Jazzist、そのメンバーであるLars Horntvethがクラリネット奏者としてミレニアム以降に探求していたものでもある。少なくともブラック・ディセラントが、エレクトロニックジャズの文脈に新たに働きかけるのは、複雑なループやディレイを幾つも重ね、リサンプリングを複数回施し、「元の原型がなくなるまでエフェクトをかける」というJPEGMAFIAと同じスタイル。前衛主義の先にある「音楽のポストモダニズム」とも称すべき手法は、トム・スキナーも別プロジェクトで同じような類の試みを行っていて、これらの動向と連動している。少なくとも、こういった実験性に関しては、度重なる模倣を重ねた結果、本質が薄められた淡白なサウンドに何らかのイノヴェーションをもたらすケースがある。

 

「#5  two」では、トランペットのリサンプリングというエレクトリック・ジャズではお馴染みの手法が導入されている。更に続く「#6  five」は同じように、アコースティックギターのリサンプリングを基にしてアンビエントが構築される。これらの2曲は、アンビエントとジャズ、ポストロックという3つの領域の間を揺れ動き、アンビバレントな表現性を織り込んでいる。しかし、一貫して無機質なように思える音楽性の中に、アコースティックギターの再構成がエモーショナルなテイストを漂わせることがある。これらは、その端緒を掴むと、表向きには近寄りがたいようにも思えるデュオの音楽の底に温かさが内在していることに気付かされる。なおかつこの曲では、ベースの演奏が強調され、抽象的な音像の向こうにジャズのテイストがぼんやりと浮かび上がる。しかし、本式のジャズと比べ、断片的な要素を示すにとどめている。また、これらは、別の音楽の中にあるジャズという入れ子構造(メタ構造)のような趣旨もうかがえる。 

 

 

「five」

 

 

 

シンセの出力にとどまらず、録音、そしてミュージック・コンクレートとしてもかなりのハイレベル。ただ、どうやらこの段階でもブレック・ディセラントは手の内を明かしたわけではないらしい。解釈次第では、徐々に音楽の持つ意義がより濃密になっていくような印象もある。「#7 nine」では、Caribou(ダン・スナイス)の2000年代初頭のテクノに焦点を絞り、それらにゲームサウンドにあるようなFMシンセのレトロな音色を散りばめ、アルバムの当初の最新鋭のエレクトロとしての意義を覆す。曲の過程の中で、エレクトリックベースの演奏と同期させ、ミニマル・ミュージックに接近し、Pharoah Sanders(ファラオ・サンダース)とFloating Points(フローティング・ポインツ)の『Promises』とは別軸にあるミニマリズムの未知の可能性が示される。


一見、散らかっていたように思える雑多な音楽性。それらは「#8 eight」においてタイトルが示すようにピタリとハマり、Aphex Twinの90年代のテクノやそれ以降のエレクトロニカと称されるmumのような電子音楽と結びつけられる。そして、モダンジャズの範疇にあるピアノのフレーズが最後に登場し、トランペットのリサンプリングとエフェクトで複雑な音響効果が加えられる。これにより、本作の終盤になって、ドラマティックなイメージを見事な形で呼び覚ます。

 

「#9 four」は、一曲目と呼応する形のトラックで、ドローン風のアンビエントでアルバムは締めくくられる。確かなことは言えないものの、この曲はもしかすると、別の曲(一曲目)の逆再生が部分的に取り入れられている気がする。アウトロではトーンシフターを駆使し、音の揺らめきをサイケに変化させ、テープディレイ(アナログディレイ)を掛けながらフェードアウトしていく。 



85/100




「two」

 

 

 

Black Decelerant - 『Reflection Vol.2』はRVNG Intl.から本日発売。アルバムの海外盤の詳細はこちら

 


ロンドンのジャズグループ、エズラ・コレクティヴは、3枚目のスタジオ・アルバム「Dance, No One's Watching」を9月27日にリリースすると発表した。


5人組は2作目のアルバム『Where I'm Meant To Be』(レビューを読む)でマーキューリー賞を受賞し、イギリス国内にモダンジャズ旋風を巻き起こした。このアルバムは2022年のMTのベストリストに掲載済み。その後、グループはビルボード・トーキョーで来日公演を行った。


4月にリリースされた「Ajala」に続くセカンドシングル「God Gave Me Feet For Dancing」はロンドンのソウル/レゲエシンガー、ヤズミン・レイシーをフィーチャー。レイシーの最新作『Voice Notes』は昨年のMTのベストリストに掲載済み。


エズラのアフロジャズのテイストはそのままに、ヤズミン・レイシーのメロウなボーカルとコレクティブのアンサンブルが心地よいグルーヴを生み出す。最新リリースについて、バンドのフェミ・コレオソはこう語っている。


「自分もイフェもTJもみんな教会で育った。ダンスはクラブという空間以上に大きなものだよ。『God Gave Me Feet For Dancing』は、僕ら5人にとって、エズラ・コレクティブのその要素を知るための窓のようなものなんだ」


「聖書には''ダビデが主の御前で踊る''という物語があって、それはいつも私にインスピレーションをもたらしてくれた。だから、『God Gave Me Feet For Dancing』は、もっとスピリチュアルな意味でダンスを見るためのものだよ。人生の嫌なことを振り払い、代わりに踊ることができるのは、神から与えられた能力でもあるのさ」



「God Gave Me Feet For Dancing」



Ezra Collective 「Dance, No One's Watching」



Label: Partisan

Release: 2024年9月27日


Tracklist:

1. Intro

2. The Herald

3. Palm Wine

4. God Gave Me Feet For Dancing (feat. Yazmin Lacey)

5. Ajala

6. The Traveller 

7. N29

8. No One's Watching Me (feat. Olivia Dean) 

9. Hear My Cry

10. Shaking Body

11. Expensive

12. Streets is Calling (feat. M.anifest & Moonchild Sanelly)

13. Why I Smile

14. Have Patience

15. Everybody

 Andrew Bird-  『Sunday Morning Put-On」

 


 

Label: Loma Vista/ Concord

Release: 2024/05/24



Review  

 

--北部と中西部 モダンとクラシックの記憶--

 

アンドリュー・バードはヴォーカリスト、口笛奏者、ソングライター。4歳で初めてヴァイオリンを手にし、クラシックのレパートリーを聴覚から直に吸収し、音楽的な形成期を過ごした。10代の頃、バードは、初期のジャズ、カントリー・ブルース、フォーク・ミュージックなど様々なスタイルに興味を持つようになり、それらを独自のポップ・ミュージックに融合させた。

 

近年では、フィービー・ブリジャーズとのコラボ曲で、米国の詩人エミリー・ディッキンソンの作品を再構築したほか、『Outside Problem」では、人生の苦悩を題材に選び、渋いポピュラーミュージックを制作している。続く『Sunday Morning Put-On』は、ミュージシャンがスタンダードジャズに挑戦を挑む。近年、ドラマーからボーカリストに転向したFather John Mistyが古典的なミュージカルとポピュラーを融合させ、ノスタルジックなポピュラー音楽で成功した事例に倣い、アンドリュー・バードもまた20世紀始めのマンハッタンの摩天楼の世界にリスナーを導く。

 

このアルバムには「Fly Me To The Moon」などの定番曲を持つフランク・シナトラのスタンダードジャズ、ウェス・モンゴメリーのようなブルージャズ、カウント・ベイシーのようなビックバンド、ムーンドッグ(Moondog)のような大道芸人としてのオーケストラジャズが結びついて、個性的な作風に昇華されている。ポピュラー音楽による時間旅行を試みたFather John Misty(マイケル・ティルマン)と同様に、『Sunday Morning Put-On』では懐古的な音楽のディレクションが選ばれているが、録音自体は一貫してアコースティックな音の側面が重視されている。大型のミュージック・ホールではなく、小規模のジャズバーのライブを体験するかのような音の質感が重視されている。バイオリンやヴィオラのピチカートが重なり合う時、それらの背後をウッドベースのスタッカートがせわしなく動き回る時、独特な重厚感がもたらされるのだ。

 

 

アンドリュー・バードの歌声は、ジョン・ミスティよりも幅広い音域をもつため、バリトンの渋い声から、それとは対象的にソプラノの澄んだ音域までを網羅している。なぜか毎年のようにグラミー賞に受賞作を送り込むLoma Vista。個人的には、このアルバムが選出される可能性があるのではないかと推測したい。近年、レコーディング・アカデミーは、アーティストそのものの人気度も選考時の基準に入れていると思われるが、その一方、実力派のアルバムが控えめに選出されるケースがある。これはグラミーが音楽賞として形骸化するのを防ごうというアカデミー側の目論見かもしれない。少なくとも、チャールズ・ロイドの最新アルバムと同じく、アンドリュー・バードは、米国のスタンダード・ジャズへの愛着と敬意を示す。そして、それは、国際化が進んだアメリカの近代文明の原点を音楽によって再訪するという意義が求められる。

 

このアルバムを聞く上で、ニューヨークのフランク・シナトラやブロードウェイ・ミュージカルからの影響も考慮すべきと思われるが、他方、注目すべきは中西部の文化性も込められていることである。音楽家にとって、若い時代に聴いた音楽は宝物であり、その時代の思い出が、あるとき、ふいに蘇ってくることがあるものだ。そしてアンドリュー・バードは、北部と中西部をつなぐ不可思議な多文化性を最新アルバムに偏在させる。彼のイリノイ・シカゴの記憶は、たぶん、表通りや郊外の緑豊かな地域なのではなく、都市部と郊外の中間にあるバックストリートやダウンタウンの少しいかがわしく摩訶不可思議なイメージに浸されているのかもしれない。それは、急進的なリベラル主義が国家を席巻する以前のことで、善良なキリスト教主義や保守的な考えが、アメリカ市民の生活に曲がりなりにも定着していた時代の奇妙な記憶なのである。

 

「20代の頃、シカゴのエッジウォーター地区にある古いアパートメントホテルに住んでいた」とアンドリュー・バードは当時の経験を回想する。「そこは安くて、近くのロヨラ大学のイエズス会の司祭や修道女を引退した人々が住んでいた。ジムには古いシュウィンの10段変速の自転車が置いてあって、低料金のペロトン用だった。古いプールではオペラが演奏され、スチームルームは地元のロシアン・マフィアのクラブハウスだった。土曜日の夜はたいてい、午前12時から4時までWBEZの『Blues Before Sunrise』というラジオ番組を聴きながら起きていた。DJのスティーブ・クッシングは、ブルース、ジャズ、ゴスペルの古いレアな78回転レコードを流していた。それから数時間ほど眠り、目が覚めると、同じくWBEZのディック・バックリーの番組で、彼が30~40年代の「Golden Era」と呼ぶジャズを特集していた。20世紀半ばまでのある時代のジャズに対する私の愛着は、私自身の仕事(その大部分はジャズではない)において何度も変容を遂げながらも不変だった。ある時期、私はこの時代と自分との間に距離を取っていた」

 

 

アンドリュー・バードは、ウッドベース(コントラバス)や、それとは対象的なバイオリンやヴィオラのピチカート、それは現代音楽の範疇にある特殊奏法により生み出されるリズムによってエッジウォーター地区のアパートメントの若かりし時代の記憶を再現させる。中音域の落ち着いて、少し気取った斜に構えたようなボーカルは、ジャズ・スタンダードと、オルタナティヴの元祖であるルー・リードのようなクールさをかけあわせたスタイルによって構築されていく。録音のリアルな音響は、アルバムの序盤のイントロダクションで強固な印象を形作り、ハイハットのしなるような音の硬い質感を形成する。こういった音楽の中には、アンドリューさんが若い時代に聴いていた78回転のレコードとは、かくなるものであったかも知れないと思わせるものがある。 イントロダクションのあとに続くのは、ラテン音楽を反映させた「Caravan」である。マリンバの音が情熱的な弦楽器のパッセージと絡み合い、それに合わせてダンスを踊るかのように、バードはジャズ・スタンダードを踏襲したボーカルを歌う。ラテンの雰囲気を漂わせていた音楽は、スペインからアラビアへ続き、情熱的な雰囲気と、それとは対象的な神妙な雰囲気を混在させるのである。アラビアンナイトのような妖艶な雰囲気.....、そしてユニゾンや三度進行によるストリングスがきわめてミステリアスな印象を作り出す。


これらのアラビアともイスラムともつかないエキゾチックな雰囲気は続く「I Fall in Love Too Easily」で、かつてPaul Gigerがバイオリンでインドのシタールの演奏を模したように、弦楽器の演奏でバッハの無伴奏チェロ組曲を思わせるアルペジオが披露されている。しかし、それらはまるでわたしたちの知らない遠い時代に鳴り響くかのように、奥行きのあるアンビエンスによって表される。つまり、アンドリュー・バードの音楽は、現在に鳴り響くというよりも、記憶の中に消え入るかのような不可思議な感覚に縁取られているのである。これらのメタ構造のような印象性を持つ音楽に続いて、ヴィオラの掠れたようなスタッカートの演奏をベースにして、スタンダードなジャズーービックバンドの楽しげなジャズのメチエを彷彿とさせる形式へとこの曲は移行してゆく。ピアノとウッドベースの合奏を礎とし、ブルーノートのライブハウスで聴くことが出来るような、寛いだメロウなジャズセッションへと移行していく。それから、アンドリュー・バードは”シナトライズム”を継承するボーカルを披露する。ここに前作の苦悩を手放し、それとは対象的な音楽の軽快さを追い求めるミュージシャンの実像が捉えられる。

 

続く「You'd Be So Nice To Come Home To」は軽快な弦楽器の音階の掛け下がりで始まり、ウッドベースの同音反復のスタッカート奏法をもとに、ヘレン・メリルのアンニュイなジャズの作風を現代にリヴァイヴァルさせる。スタッカートの軽妙なリズムの構成力の見事さは、当然のことながら、前の曲と同じようにジャズバーで体験出来るささやかな楽しみを音楽によって表している。シナトラとともに、ディーン・マーティン、ナット・キング・コールといった往年のスタンダードの名歌手は、時代に古びない普遍的なメロディーを自身の人生や恋愛観に重ね合わせてシンプルに歌い、そして、その曲の親しみやすさを重要視していたのだったが、アンドリュー・バードもそれに倣い、古き良き時代の名シンガーの系譜にあるポピュラーソングを歌っている。リバーブを配した弦楽器の閃きのあるピチカートのイントロに続いて始まる「My Ideal」は、(大胆にも!)2024年のシンガーとして、古典的なジャズバラードの世界へと踏み入れる。バードの歌声には人を酔わせる何かがある。それは若い時代のゴスペルやブルース、ジャズの体験が定着しているからなのだろうか。バードはまるで若い時代の自分に向けての讃歌を捧げるかのようにブルージーな歌声を披露する。ヴィブラフォンの音色がそれらのメロウな雰囲気をさらに甘美的にする。それに続いて、弦楽器の掠れたようなレガートの音色も、20世紀のモノトーンの時代に私達を優しく誘うかのようである。その後、坂本九の「すき焼き」や、エンリオ・モリコーネサウンドを彷彿とさせる口笛(ウィストル)が弦楽器のピチカートとロマンティックに溶け合んでゆく。その後に続く、古典的なジャズの終止形(カデンツア)は、使い古された形式ではあるが、心を和ませる。そして間違いなく音楽の善良的な側面をシンプルに表現しようとしている。 

 

「My Ideal」

 

 

「Django」も凄い。バッハの平均律のフーガの対旋律法をジャズから解釈したような曲の構成になっている。しかし、アンドリュー・バードは一貫して音楽の閉鎖的なアカデミズムやスノビズムに焦点を絞らず、ジャズの持つ一般的な楽しさに重点を置いている。しかも、弦楽器の精妙なピチカートとヴィブラフォンの合奏は日本風なテイストが漂い、琴や木琴のような和楽の音楽性が東洋のエキゾチックな雰囲気を作り出す。

 

アルバムの中盤において、あらためてアンドリュー・バードはアメリカの音楽のスペシャリティや固有性とは何かを丹念に探す。 「I Cover The Waterfront」では、サッチモことルイ・アームストロングのブルージャズの魅力を再現しているが、これらの音楽が時代錯誤に陥らないのは、音質のクリアさ、スムースな感覚、そしてなめらかな音を重視するのと同時に現行のロンドンのダンスミュージックのレーベルのプロデュースのように、低音部を一貫して強調しているからである。アルバムの後半では、アンドリュー・バードのボーカリストとしての存在感が強まり、ウッドベースの重厚な響きに呼応するかのように、彼の歌手として円熟期に達したことを示す渋い感じのボーカルが色彩的なコントラストを生み出す。バードの音楽は一貫して、M Wardのように真摯でありながら、同時にユニークさや開放的な感覚を織り交ぜることも忘れておらず、ストリングスの遊び心のあるパッセージが音楽に親しみやすさと近づきやすさをもたらす。本作の最終盤に至っても、バードの音楽は、モダンとクラシック、それから中西部と北部の文化性の狭間を揺れ動く。ときにはシナトラのような古典性、アームストロングのような豪傑さ、ムーンドッグのようなジプシー的な音楽的な感性を以てである。「Softly, as in a Morning Sunrise」は、朝の日の出の清々しさをバイオリンとボーカルを中心として表現する。「前作までの苦悩はどこに消えたのか??」と思わせるものがこの曲には存在する。表向きにはクレジットされてはいないけれども、シカゴの名ジャズ・ギタリストで、トータス(Tortoise)のメンバーでもあるジェフ・パーカーのモンゴメリー調のギターが収録されているものと思われる。

 

 

このアルバムは、アグレッシヴな側面に加え、それとは対象的なメロウでまったりとした印象を持つ音楽を代わる代わる楽しむことが出来る。 それは、あまり一般的には知られていないことだが、アンドリュー・バードという人物の肖像画を、ジャズやクラシックという側面から切り取ったかのようだ。彼の音楽には苦悩を越えた後の晴れやかさが含まれ、また、その歌声の渋みは順風満帆な時ばかりではなかったからこそ生み出し得たのかもしれない。しかし、人生の中に誰もが一度くらいは経験するような紆余曲折の経験、つまり、彼が音楽家としてゆっくりと歩いていく曲がりくねった道は、最終的に、慈しみや優しげな印象を持つジャズバラード、そして、清涼感のあるコンテンポラリークラシックの音楽に続いている。前者の「I've Grown Accustomed To Her- 私は彼女に慣れてしまった」は、男性シンガーソングライターがいかなる感覚を人生において体現すべきか、その模範的なスタンスが示されているのではないだろうか。アルバムのクローズ「Ballon de peut-etre」は、Paul Gigerの演奏の系譜にあるバイオリンのピチカートと上質な音響とアコースティックギターの音色を活かした緻密なサウンドが丹念に作り上げられる。アルバムの序盤から中盤にかけては、制作者の思い出や旧い時代における体験がモチーフとなっていたように思えるが、最後の曲はその限りではない。忘れ去られた過去を透かすようにして、シンガーソングライターの現在の肖像がぼんやりとかすかに浮かび上がってくる。いわば、序盤とは対比的なモダンな雰囲気を持つ音楽として楽しむことができる。

 

 

92/100

 

 

 

 「I've Grown Accustomed To Her」

 

 

 

*Andrew Birdによる新作アルバム 『Sunday Morning Put-On』 はLoma Vista/Concordから発売中です。ストリーミングはこちら

 

Colin Stetson

 

近頃、スタジオ・ミュージシャンや大物ミュージシャンのサイドプロジェクトのコラボレーターとして活躍していた音楽家がスポットライトを浴びるケースがある。サックス奏者、コリン・ステットソンもその事例に当てはまる。ミシガン大学を卒業後、彼はプロのスタジオ・ミュージシャンとして活躍した。その中には、Bon Iver,The National,Arcade Fireの作品への参加も含まれている。

 

コリン・ステットソンの『The love it took to leave you』は9月13日にエンヴィジョン・レコードから発売される。サックス奏者兼作曲家のソロ・レコーディングは実に2017年ぶりとなる。アルバムのタイトル曲は以下からご視聴下さい。霊的なシンセテクスチャーに合わせてステットソンは味わい深いサクスフォンの演奏を披露する。アヴァンジャズという切り口を通して。


「最新アルバムのタイトル曲"The love it took to leave you "はアルト・サックスで演奏される。自分自身と孤独、そして風雨に揺れ軋む背の高い老木へのラブレターです」とステットソンは声明で説明している。

 

『The love it took to leave you』は、2023年初頭の1週間、モントリオールのダーリング鋳物工場でレコーディングされた。ステットソンは次のようにコメントしている。「普段私がアンプリファイするのと同じライブ・セットアップ、つまり建物のスペースにフルPAを使ったので、私が動かせるような空気を本当に動かすことができた。そして、さらに肉付けしていった」


「その本質は私自身なんだ。私がやっていることは個人的なことでもある。私の身体と技術的な能力は進化し続けているから、次のレコードを作るたび、今しか演奏できないことがあるんだ」




「The love it took to leave you」




Colin Stetson 『The love it took to leave you』


Label :Envision Records

Release:09/13/2024

 

 Tracklist:


1. The Love It Took To Leave You

2. The Six

3. The Augur

4. Hollowing

5. To Think We Knew From Fear

6. Malediction

7. Green And Grey And Fading Light

8. Strike Your Forge And Grin

9. Ember

10. So Say The Soaring Bullbats

11. Bloodrest

Weekly Music Feature


-Tara Jane O'Niel



タラ・ジェーン・オニール(TJO)はマルチ・インストゥルメンタリスト、作曲家、ビジュアル・アーティスト。自身の名義で、他のミュージシャン、アーティスト、ダンサー、映像作家とのコラボレーションで作曲、演奏活動を行っている。ソロ・アーティストとしては10枚のフルアルバムをリリースしている。  


オニールはロダン、ソノラ・パイン、その他いくつかのバンドの創立メンバーだった。パパ・M、スティーブ・ガン、ハンド・ハビッツ、ローワー・デンズ、マイケル・ハーリー、リトル・ウィングス、マリサ・アンダーソン、キャサリン・アーウィン、ミラ、マウント・イーリー、その他多くのアーティストとレコーディングやステージでコラボレーションしている。


1992年以来、世界中のクラブ、ギャラリー、DIYスペースや、ポンデュセンター、ホイットニー美術館、ハンマー、ブロードなどの会場でパフォーマンスを行っている。 ミュージシャンは、カルト・クラシック映画『Half-Cocked』に主演し、『His Lost Name』、『Great Speeches From a Dying World』などの長編映画の音楽を担当した。彼女のビジュアル・アート作品は、ロンドン、東京、LA、ニューヨーク、ポートランドなどで展示され、3冊のモノグラフが出版されている。


オニールのアルバム『The Cool Cloud of Okayness』は、セルフ・タイトルから7年(その間、魅力的なコラボレーション、トリビュート、レアもの、実験作がリリースされている)の小競り合いとシャッフルの中で書かれた。TJOがカリフォルニア州アッパー・オハイの自宅スタジオで録音した。トーマス火災で消失した自宅の灰の上に建てられたスタジオにて。


「The Cool Cloud of Okayness」の9曲の多くは、山火事と再建の間、ロックダウンと再開の間に開発された。TJOと彼女のパートナー(ダンサー、振付師、頻繁なコラボレーター)であるジェイミー・ジェームス・キッドと彼らの犬は、南カリフォルニアの高地砂漠とケンタッキー州ルイビルの深い郊外で嵐から避難した。


これらの土地で、キッドのダンスに即興でベース・ギターのフィギュアを発見し、パンデミックによる隔離の間に歌へと変化させ、それから、ドラマー/パーカッショニストのシェリダン・ライリー(Alvvaysのメンバー)、マルチ・インストゥルメンタリストのウォルト・マクレメンツ、そして、カップルでギタリストでもある、メグ・ダフィー(Hand Habitsのメンバー)のアンサンブルに持ち込んだ。彼らは演奏を構築し、嬉々として破壊し、それを再構築した。


このアンサンブルが共有するクィア・アイデンティティーには喜びがある。このアルバムもまた、安易なジャンルや定義に挑戦している。このレコードは彫刻であり、過ぎ去った時間と愛する人の肖像画である。スピリチュアルであり、サイケデリックでもある。TJOの巧みなプロダクションと揺るぎないベースが中心を支え、彼女の妖艶なギターと歌声がメッセージを伝える。


「The Cool Cloud of Okayness」は、時に約束のように、時にマントラのように神秘的に歌いあげる。''私たちは明るい、炎のように。喜びもまた、戦い方のひとつ"と。


持続するリズムの中で、繰り返しはすべて挑戦のように感じられる。太陽の周りを何周するのか? 毎回何が変わるのか? 人はどれだけの喪失を受け入れることができるのだろうか? それらの悲しみは、延々と続くフィードバック・ループとなるが、耳を澄ませば希望が芽生え、小さな苗木が泥の中を突き進む音が聞こえてくる。

 


--最初に矢を受けた場所には喜びの傷が残る。喜びは戦いの形なのだから、私たちはとても明るい。--


-Tara Jane 0'Neil- 「We Bright」

 



TJO   『The Cool Cloud of Okayness』


タラ・ジェーン・オニールの新作アルバムはかなり以前から制作され、2017年頃から七年をかけて制作された。カルフォルニアの山火事の悲劇から始まったオニールの音楽の長大な旅。


『The Cool Cloud of Okayness』は、異質であまり聴いたことがないタイプのアルバムで、唯一、プログレの代表格、YESの『Fragile』が近い印象を持つ作品として思い浮かべられるかもしれない。アルバムジャケットのシュールレアリスティックなイメージを入り口とし、ミステリアスな世界への扉が開かれる。


真実の世界。しかも、濃密な世界が無限に開けている。タラ・オニールの音楽的な引き出しは、クロスオーバーやジャンルレスという、一般的な言葉では言い尽くせないものがある。分けても素晴らしいと言いたいのは、オニールは、ノンバイナリーやトランスであることを自認しているが、それらを音楽及び歌詞で披瀝せず、表現に同化させる。これがプロパガンダ音楽とは異なり、純粋な音楽として耳に迫り、心に潤いを与える。主張、スタンス、アティテュードは控え目にしておき、タラ・オニールは音楽のパワーだけで、それらを力強く表現する。そして、これこそが本物のプロのミュージシャンだけに許された”特権”なのである。

 

アルバムの#1「The Cool Cloud of Okayness」はサイケデリックロックをベースにしているが、ハワイアンやボサノヴァのように緩やかな気風のフォーク音楽が繰り広げられる。心地良いギターとオニールの歌は、寄せては返す波のような美しさ。浜辺のヨットロックのような安らぎとカルフォルニアの海が夕景に染め上げられていくような淡い印象を浮かび上がらせる。この曲は、序章”オープニング”の意味をなす。

 

これは映画音楽の制作や、実際に俳優として映像作品に出演経験があるTJ・オニールが、音楽の映像的なモチーフを巧緻に反映させたとも解釈出来るかもしれない。#2「Seeing Glass」は、ノルウェーのジャズ・グループ、Jagga Jazzistの音楽を彷彿とさせる。シャッフル・ビートを多用したリズム、ミニマルミュージックを反映させたタラ・オニールのボーカルは、作曲の方法論に限定されることはなく、春のそよ風のような開放感、柔らかさ、爽やかさを併せ持つ。

 


 #1「The Cool Cloud of Okayness」

 

 

#3「Two Stone」ではさらに深度を増し、夢幻の世界へ入り込む。この曲では、Jagga JazzistやLars Horntvethがソロ作品で追求したようなエレクトロニックとジャズの融合があるが、バンドの場合は、それらにフュージョン、アフロビート、アフロジャズの要素を付け加えている。

 

アルバムの冒頭で、南国的な雰囲気で始まった音楽が、一瞬で長い距離を移動し、三曲目でアフリカのような雄大さ、そして、開放的な気風を持つ大陸的な音楽に変遷を辿っていく。しかし、アフロジャズの創成期のような原始的な音楽やリズムについては極力抑えておき、ラウンジ・ジャズのようなメロウさとスタイリッシュさを強調させている。それらのメロウさを上手い具合に引き立てているのが、金管楽器、パーカション、アンニュイなボーカル。オニールのボーカルは、ベス・ギボンズのようなアーティスティックなニュアンスに近づくときもある。 



#4「We Bright」では、クイアネスの人生を反映させ、「最初に矢を受けた場所には喜びの傷が残る。喜びは戦いの形なのだから、私たちはとても明るい」という秀逸な表現を通して、内的な痛みをシンガーは歌いこむ。ただ、そこにはアンニュイさや悲哀こそあれ、悲嘆や絶望には至らない。"悲しみは歓喜への入り口である"と、シンガーソングライターは通解しているのだ。続いて、オニールは、アフロジャズ/フュージョンのトラックに、抽象的な音像を持つコーラスとボーカルを交え、歌詞に見出されるように、''暗い場所から明るい場所に向かう過程''を表現する。ここでは、人生の中で受けた内的な傷や痛みが、その後、全然別の意味に成り代わることを暗示する。続く「Dash」は、インタリュードをギターとシンセで巧みに表現している。二方向からの音楽的なパッセージは結果的にアンビエントのような音像空間を生み出す。

 

#6「Glass Land」では、シカゴ/ルイヴィルに関するオニールの音楽的な蓄積が現れている。つまり、イントロではポストロックが展開され、ジム・オルークのGastre Del Sol、Rodan、Jone of Arcの彷彿とさせるセリエリズム(無調)を元にしたミステリアスな導入部を形作る。

 

しかし、その後、スノビズムやマニア性が束の間の煙のようにふっと立ち消えてしまい、Portisheadのベス・ギボンズを思わせるアンニュイなボーカル、現代のロンドンのジャズ・シーンに触発されたドラミングを反映させた異質な音楽が繰り広げられる。見晴るかすことの叶わぬ暗い海溝のような寂しさがあるが、他方、ペシミスティックな表現性に限定付けられることはなく、それよりもバリエーション豊かな感覚が織り交ぜられていることに驚きを覚える。

 

明るさ、暗さ、淡さ、喜び、安らぎ、ときめき、悲しさ、苦しさ、それを乗り越えようとすること。挫折しても再び起き上がり、どこかに向けて歩き出す。ほとんど数えきれないような人生の経験を基底にした感覚的なボーカルが多角的な印象をもって胸にリアルに迫ってくるのである。 

 

 

 #6「Glass Land」

 

#7「Curling」では、Jagga Jazzistのノルウェージャズと電子音楽の融合ーーニュージャズを元に、Pink Floyd/YESのような卓越した演奏力を擁するプログレを構築させる。 特にシンセサイザーがバンドのアンサンブルを牽引するという点では、リック・ウェイクマンの「こわれもの」、「危機」の神がかりの演奏を思わせる。タラ・オニールによるバンドは続いて、マスロックの音楽的な要素を加え、Don Cabarelloが『Amrican Don』で繰り広げたようなミニマル・ロックと電子音楽の融合を復刻させる。ただ、これらがBattlesのようなワイアードな音楽にならないのは、オニールのボーカルがポップネスを最重視しているからだろう。

 

後半部では、スピリチュアル・ジャズの音楽的な要素が強調される。「Fresh End」はアフロジャズとシカゴのポスト・ロック/ルイヴィルのマス・ロックの進化系であり、Don Cabarelloの『What Burns Never Returns』のアヴァンギャルド・ロックのスタイル、そして、Jagga Jazzistのエレクトロ・ジャズを、アフロビートの観点から解釈することによって、音楽の持つ未知の可能性を押し広げる。ベースラインのスタッカートの連続は、最終的にダンスミュージックのような熱狂性と強固なエナジーを生み出す。それは実際、アルバムを聞き始めた時点とは全く異なる場所にリスナーを連れてゆく。これを神秘性と呼ばずしてなんと呼ぶべきなのか??

 

『The Cool Cloud of Okayness』のクライマックスを飾る「Kaichan Kitchen」は圧巻であり、衝撃的なエンディングを迎える。サイケロック、サーフ、ヨットロックをアンビエントの観点から解釈し、ギター/シンセのみで、Mogwai/Sigur Rosに比する極大の音響空間を生み出す。天才的なシンガーソングライター、TJ・オニールに加えて、シェリダン・ライリー、メグ・ダフィー、秀逸なミュージシャンの共同制作による衝撃的なアルバムの登場。収録曲は、9曲とコンパクトな構成であるが、制作七年にわたる長い歳月が背景に貫流していて、感慨深い。

 



92/100
 


#7「Curling」

 

 

 

Tara Jane O’Niel(TJO)の新作アルバム『The Cool Cloud of Okayness』はOrindal Recordsより本日発売。

 

 

©Blue Note
 

南アフリカのピアニスト/作曲家/ヒーラー/哲学者であるNduduzo Makhathini(ンドゥドゥゾ・マカティーニ)が3枚目のアルバム『Unomkhubulwane-ノムクブルワネ』を6月7日にBlu Noteからリリースする。前作『In The Spirit Of NTU』の発売後、アーティストは韓国をツアーし、ライブを敢行した。このアルバムは週末の注目作として当サイトでご紹介しています。

 

マカティーニの音楽は、ミニマリズムのピアノを中心に構成されるが、その根底には奇妙な癒やしがある。ピアニストの演奏は、エヴァンスのように繊細さと力強さの双方を兼ね備えている。彼のピアノの演奏には古典的なジャズの気品とスピリチュアル・ジャズの飽くなき冒険心が混在している。

 

ブルーノートいわく、”超越的な3楽章からなる”組曲『Unomkhubulwane-ノムクブルワネ』は、彼のアフリカのルーツを辿る内容となっている。ズールー族の女神ウノムクブルワネにオマージュを捧げ、アフリカの悲劇的な抑圧の歴史を探求している。ベーシストのズヴェラケ・ドゥマ・ベル・ル・ペレとドラマーのフランシスコ・メラとのトリオをフィーチャーしている。

 

2020年にブルーノートから『モード・オブ・コミュニケーション』で世界デビューして以来、 ”地下世界からの手紙”と称されるように、マカティーニは、彼の音楽の純粋にスピリチュアルな超越性を通して、広い称賛を得た。彼の音楽の超越性。ズールーのヒーラー、同時に教育者でもあるマハティーニにとって、即興音楽は単なる美学やイディオムの範疇にとどまることはない。

 

ニューヨーク・タイムズ紙が『Mode Of Communication-モード・オブ・コミュニケーション』を”ベスト・ジャズ・アルバム”に選んだ際、次のように評した。 「スピリチュアル・ジャズが危険なほど賑やかな主題になっている現在、真に”占いの実践”に人生を捧げてきたミュージシャンを信頼してみたい」

 
『Unomkhubulwane-ノムクブルワネ』は、既存の音楽制作の概念を超え、最も深遠なヴィジョンを提供する。ピアニストは、形而上学的な平面にインスピレーションを求めている。アーティスト自身が言うように、「超自然的な声」と交信する方法として音楽を駆使するのだ。

 

アルバムからオープニング・トラック「Omnyama」がリードシングルとして配信された。「Omnyama」はジャズ・ピアニストとしてスリリングな音の響きを探求する。ピアノの気品に満ち溢れた音の運び、アフリカのエキゾチズムを体現するドラム、そして、ニューヨークの欠かさざる文化である”スポークンワード”という手法を以て、ジャズの未知の可能性を切り開く。

 



「Omnyama」

 

 

Nduduzo Makhathin『Unomkhubulwane』


Label: Blue Note

Release: 2024/06/07

 

Tracklist:

 
1. Libations: Omnyama
2. Libations: Uxolo
3. Libations: KwaKhangelamankengana
4. Water Spirtis: Izinkonjana
5. Water Spirit: Amanxusa Asemkhathini
6. Water Spirtit: Nyoni Le?
7. Water Spirit: Iyana


イギリスのサックス奏者、シャバカ・ハッチングス(Shabaka Hutchings)が、初のソロアルバム『Perceive Its Beauty, Acknowledge Its Grace』の最新シングル「I'll Do Whatever You Want」を公開した。

 

ハッチングスはサンズ・オブ・ケメット/コメット・オブ・イズ・カミングのメンバーとしても知られ、近年ではソロ活動に転じている。ロンドンのジャズシーンをリードする存在である。

 

「"I'll Do Whatever You Want "は、降伏と、所有欲の掌中にある親密な空間について歌っている」とシャバカは声明で述べている。

 

シャバカの新作アルバム『Perceive Its Beauty, Acknowledge Its Grace』は4月12日にImpulse!から発売される。

 


「I'll Do Whatever You Want」

 Charles Lloyd 『The Sky Will Still Be There Tomorrow』

 

 

Label: Blue Note(日本盤はユニバーサルミュージックより発売)

Release: 2024/03/15

 


Review

 

2022年から三部作「Trios」に取り組んできた伝説的なサックス奏者のチャールズ・ロイド(Charles Lloyd)は、北欧のヤン・ガルバレクと並んで、ジャズ・サックスの演奏者として最高峰に位置付けられる。


ECMのリリースを始め、ジャズの名門レーベルから多数の名作を発表してきたロイドは86歳になりますが、ジャズミュージシャンとして卓越した創造性、演奏力、 作品のコンセプチュアルな洗練性を維持してきました。驚くべきことに、年を経るごとに演奏力や創作性がより旺盛になる稀有な音楽家です。彼の名作は『The Water Is Wide』を始め、枚挙に暇がありません。スタンダードな演奏に加え、ロイドは、アヴァンギャルド性を追求すると同時に、カラフルな和音性やジャズのスケールを丹念に探求してきました。近年、ロイドはジャズの発祥地である米国のブルーノートに根を張ろうとしています。これはジャズのルーツを見れば、当然のことであるように思える。

 

 『The Sky Will Still Be There Tomorrow』は彼のサックスの演奏に加え、ピアノ、ドラムのバンド編成でレコーディングされた作品です。冒険心溢れるアヴァンギャルドジャズの語法はそのままに、アーティストがニューオリンズ・ジャズの時代の原点へと回帰したような重厚感のあるアルバムです。

 

ブレス、ミュート、トリル、レガートの基本的な技法は、ほとんどマスタークラスの域に達し、エヴァンスやジャレットの系譜にあるピアノ、オーリンズとニューヨークの奏法のジャズの系譜を受け継いだドラムとの融合は、ライブ・レコーディングのように精妙であり、ジャレットのライブの名盤『At The Deer Head Inn』のように、演奏の息吹を間近に感じることが出来る。チャールズ・ロイドは、あらためてジャズの長きにわたる歴史に焦点を絞り、クラシカルからモダンに至るまですべてを吸収し、それらを華麗なサックスとバンドアンサンブルによって高い水準のプロダクションに仕上げました。スタンダードな概念の中にアヴァンギャルドな性質を交えられていますが、これこそ、この演奏家の子どものような遊び心や冒険心なのです。


ロイドは落ち着いたムードを持つR&Bに近いメロウなブルージャズから、それと対極に位置するスタイリッシュなモダンジャズの語法を習得している。彼の演奏はもちろん、ピアノ、ドラムの演奏は流れるようにスムーズで、編集的な脚色はほぼなく、生演奏のような精細感がある。ブルーノートの録音は、ロイドを中心とするレコーディングの精妙さや輝きをサポートしています。



オープニング「Defiant, Tendder Warrior」は、まごうことなきアメリカの固有のジャズのアウトプットであり、ウッドベースとドラムの演奏とユニゾンするような形で、チャールズ・ロイドは、スタッカートの演奏を中心に、枯れた渋さのある情感をもたらす。年を重ねてもなお人間的な情感を大切にする演奏家であるのは明確で、それは基本的に繊細なブレスのニュアンスで表現される。チャールズ・ロイドの演奏は普遍的であり、いかなる時代をも超越する。彼の演奏はさながら、20世紀はじめの時代にあるかと思えば、それとは正反対に2024年の私達のいる時代に在する。

 

抑制と気品を擁するサクスフォンの演奏ですが、ときに、スリリングな瞬間をもたらすこともある。二曲目の「The Lonely One」ではライブのような形でセッションを繰り広げ、ダイナミックな起伏が設けられる。しかし、刺激的なジャズの瞬間を迎えようとも、ロイドの演奏は内的な静けさをその中に内包している。そしてスタンダードなジャズの魅力を伝えようとしているのは明らかで、曲の途中にフリージャズの奏法を交え、無調やセリエリズムの領域に差し掛かろうとも、アンサンブルは聞きやすさやポピュラリティに焦点が絞られる。ジャズのライブの基本的な作法に則り、曲のセクションごとにフィーチャーされる演奏家が入れ替わる。ドラムのロールが主役になったかと思えば、ウッドベースの対旋律が主役になり、ピアノ、さらにはサックスというようにインプロヴァイゼーション(即興演奏)を元に閃きのある展開力を見せる。

 

ロイドの最新作で追求されるのは、必ずしも純粋なジャズの語法にとどまりません。「Monk's Dance」において音楽家たちは寄り道をし、プロコフィエフの現代音楽とジャズのコンポジションを融合させ、根底にオーリンズのラグタイム・ジャズの楽しげな演奏を織り交ぜる。この曲には、温故知新のニュアンスが重視され、古いものの中に新しいものを見出そうという意図が感じられる。それは、最もスタイリッシュで洗練されたピアノの演奏がこの曲をリードしている。 

 

アルバムの中で最も目を惹くのがチャールズ・ロイドの「Water Series」の続編とも言える「The Water Is Rising」です。抽象的なピアノやサックスのフレージングを元にし、ロイドは華やかさと渋さを兼ね備えた演奏へと昇華させる。この曲では、ロイドはエンリコ・ラヴァに近いトランペットの奏法を意識し、色彩的な旋律を紡ぐ。トリルによる音階の駆け上がりの演奏力には目を瞠るものがあり、演奏家が86歳であると信じるリスナーは少ないかもしれません。ロイドの演奏は、明るいエネルギーと生命力に満ち溢れ、そして安らぎや癒やしの感覚に溢れている。サックスの演奏の背後では、巧みなトリルを交えたピアノがカラフルな音響効果を及ぼす。

 

アルバムの中盤では、内的な静けさ、それと対比的な外的な熱量を持つジャズが収録されています。「Late Bloom」は北欧のノルウェージャズのトランペット奏者であるArve Henriksenの演奏に近く、木管楽器を和楽器のようなニュアンスで演奏している。ここでは、ジャズの静けさの魅力に迫る。続く「Booker's Garden」では、それとは対象的にカウント・ベイシーのようなビックバンドのごとき華やかさを兼ね備えたエネルギッシュなジャズの魅力に焦点を当てている。

 

古典的なジャズの演奏を踏襲しつつも、実験性や前衛性に目を向けることもある。「The Garden Of Lady Day」では、コントラバスのフリージャズのような冒険心のあるベースラインがきわめて刺激的です。ここにはジャズの落ち着きの対蹠地にあるスリリングな響きが追求される。この曲では、理想的なジャズの表現というのは、稀にロックやエレクトロニックよりも冒険心や前衛性が必要となる場合があることが明示されている。これらは、オーネット・コールマン、アリス・コルトレーンを始めとする伝説的なアメリカのジャズの演奏家らが、その実例、及び、お手本を華麗に示してきました。もちろんロイドもその演奏家の系譜に位置しているのです。


タイトル曲はスタンダードとアヴァンギャルドの双方の醍醐味が余すところなく凝縮されている。この曲はスタンダードなジャズからアヴァン・ジャズの変遷のようなものが示される。ロイドの演奏には、したたな冒険心があり、テナー・サックスの演奏をトランペットに近いニュアンスに近づけ、演奏における革新性を追求しています。また、セリエリズムに近い無調の遊びの部分も設け、ピアノ、ベース、ドラムのアンサンブルにスリリングな響きを作り上げています。微細なトリルをピアノの即興演奏がどのような一体感を生み出すのかに注目してみましょう。

 

ブルーノートからのリリースではありながら、マンフレート・アイヒャーが好むような上品さと洗練性を重視した楽曲も収録されています。「Sky Valley, Spirit Of The Forest」は、Stefano Bollani、Tomasz Stanko Quintetのような都会的なジャズ、いわば、アーバン・ジャズを意識しつつ、その流れの中でフリージャズに近い前衛性へとセッションを通じて移行していく。しかし、スリリング性はつかの間、曲の終盤では、アルバムの副次的なテーマである内的な静けさに導かれる。ここにはジャズの刺激性、それとは対極に位置する内的な落ち着きや深みがウッドベースやピアノによって表現される。タイトルに暗示されているように、外側の自然の風景と、それに接する時の内側の感情が一致していく時の段階的な変遷のようなものが描かれています。

 

 

本作の後半では、神妙とも言うべきモダン・ジャズの領域に差し掛かる。ウッドベースの主旋律が渋い響きをなす「Balm In Gilead」、ロイドのテナー・サックスをフィーチャーした「Lift Every Voice and Sing」では歌をうたうかのように華麗なフレージングが披露される。アルバムの音楽は、以後、さらに深みを増し、「When The Sun Comes Up, Darkness Is Gone」でのミュートのサックスとウッドベース、ピアノの演奏の絶妙な兼ね合いは、マイルスが考案したモード奏法の先にある「ポスト・モード」とも称すべきジャズの奏法の前衛性を垣間見ることが出来ます。

 

続く「Cape to Clairo」ではセッションの醍醐味の焦点を絞り、傑出したジャズ演奏家のリアルなカンバセーションを楽しむことが出来る。このアルバムは、三部作に取り組んだジャズマン、チャールズ・ロイドの変わらぬクリエイティヴィティーの高さを象徴づけるにとどまらず、ジャズの演奏家として二十代のような若い感性を擁している。これはほとんど驚異的なことです。

 

また、本作にはジャズにおける物語のような作意もわずかに感じられる。クローズ「Defiant, Reprise; Homeward Dove」は、ピアノとウッドベースを中心にジャズの原点に返るような趣がある。この曲は、ロイドの新しい代名詞となるようなナンバーと言っても過言ではないかもしれません。



95/100

 


Charles Lloyd 『The Sky Will Still Be There Tomorrow』の日本盤はユニバーサルミュージックから発売中。公式サイトはこちら。 

 


「Defiant, Tendder Warrior」

 


JAZZの新世代として注目を集めるピアニストの【壷阪健登】とベーシスト/ヴォーカリストの【石川紅奈】によるユニット【soraya】1st Album「soraya」が本日リリースされる。
 

2024年3月29日(金)には「soraya 1st Alubum Release Live "ゆうとぴあは そこに"が東京キネマ倶楽部で開催。こちらもアルバムのリリース情報とあわせて下記より確認してみて下さい。

 

JAZZの新世代として注目を集めるピアニストの【壷阪健登】とベーシスト/ヴォーカリストの【石川紅奈】によるユニット【soraya】。1st Album「soraya」のリリースが3月13日に決定。JAZZや洋楽ポップスの要素を起点に古今東西、様々な音楽をユニークにとりいれた全9曲のコンテンポラリーポップ集「soraya」。ジャズ・ポップスファンは要チェックのアルバムです。

 

 

soraya「soraya」

 



Digital/CD [4543034053032 / 3,000Yen] | DDCB-13056 | 2024.03.13 Release
Released by B.J.L. X AWDR/LR2

 

配信リンク:

https://ssm.lnk.to/soraya


先行リリースを行っている「ひとり」は、sorayaとしてはじめて作った星座にまつわる内容でsorayaのテーマ曲とも言える内容で、同時にリリースされた「ちいさくさよならを」は、ピアノ、パーカッション、フルートによるアンサンブルが心地よい雰囲気。童謡のように誰でも親しめるメロディが融合している。

 


セカンド・シングルとしてリリースされた「BAKU」は、タイトルの通り、幻の動物である獏をテーマにしたバクのワークソング。リズムマシンに加え、民族音楽から着想を得た様々なリズムを採用したトラックに「バクバク...」の連呼が癖になる楽曲となっている。サード・シングルとなった「耳を澄ませて」は、「自由」をテーマに彼らのホームであるJAZZの要素大きくとりいれた壮大なポップ・ソング。4曲目のシングルとなった「ゆうとぴあ」は、マリンバやストリングスなどを導入したsorayaによるエキゾチカ再解釈となっており、ゴージャスでロマンティックなサウンドとなった。歌詞は、カール・ブッセ「山のあなた」から影響を受け創作した。


先行シングル以外のアルバム収録曲「風の中で」は、大自然の中で、前へ前へと駆け抜けるようなサウンド。歌詞をRuri Matsumuraに依頼して制作された。「ルーシー」は、美しいアコースティック・ギターが全体を彩るフィルム映像のような温かさを覚える楽曲となっている。「レコード」は、soraya流のジャパニーズ・シティポップ/歌謡曲とも言える曲。可愛らしくも、一癖あるメロディがアクセントとなっている。そして、アルバムの最後は、ピアノとヴォーカル/ベースのみのシンプルな編成でのスピッツのカヴァー「愛のしるし」が収録されている。


サウンド・プロダクションはsorayaの親交のある気鋭のミュージシャンを多数起用。レコーディング/ミックスには葛西敏彦と吉井雅之を起用。



soyara  Events:


soraya 1st Album Release Live "ゆうとぴあは そこに"


2024.03.29 (Fri)
Open/Start 19:00/19:30
東京キネマ倶楽部 TOKYO KINEMA CLUB, Tokyo


Ticket PIA [ 0570-02-9999 ] 

e+ [ https://eplus.jp/soraya

LAWSON [ 0570-084-003 ]


[ 前売 / ADV. ] 5,000 Yen [+1D]




soraya:


JAZZフィールドで活躍中の音楽家、壷阪健登と石川紅奈による、国も世代も超えて分かち合うポップスをお届けするユニット。
 

海の向こうのお気に入りのアーティストの曲名、中東の国の親しみのある女性の名、宇宙に浮かぶ星団の名でもある「soraya」(ソラヤ)という、遥か遠くの何処か想起させる、不思議で親しみやすい響きの言葉を由来とする。


2022年4月シングル「ひとり / ちいさくさよならを」でデビュー。2023年夏は「Love Supreme Jazz Festival Japan」や「日比谷音楽祭」などのフェスへも出演。


各メンバーのソロ活動も活発化しており、石川紅奈は2023年春にVerveよりメジャーデビュー。壷阪健登も国内での単独公演を成功させ、スペイン「San Sebastian Jazz Festival」への出演を果たすなど、ミュージシャンとして世界への拡がりを見せている。


3月13日にsorayaとしてファースト・アルバム「soraya」をリリース。3月29日(金)には、集大成となるリリース・ライブを東京キネマ倶楽部で行われる。

 Molly Lewis 『On The Lips』 

 

 

 

Label: Dead Oceans

Release: 2024/02/16

 

Review

 

 

オーストラリア出身のウィストラー(口笛)奏者、モリー・ルイスは古典的な西部劇映画、例えば「荒野のガンマン」に代表されるシネマの音楽、例えば、エンニオ・モリコーネサウンドを20世紀のブロードウェイの音楽と繋げ、それを口笛の演奏によって表現する。ルイスは、若い時代をオーストラリアで過ごし、父親からブロードウェイミュージカルのサウンドトラックを聞かせてもらい、それらの音楽に親しむようになった。幼少時代から、ルイスは何時間でも口笛を吹いていたといい、それを父親は慈しみの眼差しで見守ってあげたのだった。モリー・ルイスはこれまで、他ジャンルのアーティストと親交を積極的に交わしている。音楽的な盟友のなかには、Yeah Yeah Yeah'sの釜山出身のニューヨークのフロント・シンガー、カレン・Оもいる。

 

モリー・ルイスは、言葉が過剰になった現代社会の風潮にそれとは別のコミニケーション方法があることを教えてくれる。彼女は口笛を吹くことの定義について、「人間のテルミン」とし、なぜ口笛を吹くのかについて次のように話している。「なぜ、私は口笛を吹くのかといえば、それはコミュニケーションをすることに尽きるでしょう。その他にも、私にとって口笛を吹くということは創造することであり、身振りやジェスチャーをすることとおなじようなものです。悲しみと喜びという2つの原初的な感情を最もよく表現するのにぴったりなのがこの口笛という楽器なのです」

 

二作のEPに続いて、発表されたデビュー・アルバム『On The Lips』 は、ルイスの音楽としてお馴染みのマカロニ・ウェスタン、エンニオ・モリコーネの映画のサウンドトラックを彷彿とさせるインストゥルメンタルに加えて、ジャズ、ラウンジ、トロピカルを交えたムードたっぷりのアルバムとなっている。聴き方によっては昭和歌謡や同年代のムード歌謡のようなノスタルジックな音楽とも言える。これまでムードや内的な感覚をロマンティックな口笛の単旋律に乗せ、音楽制作をしてきたルイスのアプローチに大きな変更はないように思われる。

 

モリーはこのところ、ニューヨークで過ごすことが多かったのだという。そして、バーのラウンジに足を運んで、これらの音楽を吸収していたのだった。また、実生活における様々な経験もこのデビュー・アルバムに何らかの影響を及ぼしているように思える。


過去数年間、ルイスは、映画『バービー』のサウンドトラックでマーク・ロンソンと共演したほか、ドクター・ドレー、カレン・O、ジョン・C・ライリー、マック・デ・マルコ、ファッション・ハウスのシャネル、グッチ、エルメス、フォーク・ロックのジャクソン・ブラウンらと共演し、音楽的スキルを発揮してきた。LAのZebulonで開催されたカフェ・モリーの夕べで、長年の友人であるウェイズ・ブラッドとバート・バカラックの『The Look of Love』で共演した後、モリーはこのシンガーの全米ツアーをサポートし、彼女のサウンドをまったく新しい聴衆に紹介した。「私がやっていることには、驚きとユニークさがあることを時々忘れてしまう」

 

アルバムにはやはり、このアーティストの考えるロマンスや憧れが凝縮されている。シンバルで始まり、ラウンジ・ジャズをベースとした曲調に、アコースティックギターの演奏がかさなり、ややミステリアスな雰囲気を持つモリー・ルイス・ワールドが繰り広げられる。今回、ルイスは、オープニングトラック「On The Lips」で、スポークンワードに取組んでいるのに驚く。そして、それを受け、やはりムード感たっぷりの口笛がはじまる。まるでそれは現実とは異なるファンタジーの扉を開くような幻想性に満ちあふれている。つづく「Lounge Lizard」ではエンニオ・モリコーネのマカロニ・ウェスタンへのオマージュを示し、西部劇のウエスタンな時代へと遡っていく。モリーの口笛の中に含まれる悲しみ、孤独、そして、それとは対象的な悦びやロマンチシズムが複雑に重なり合い、流麗な旋律の流れを作っていく。とりもなおさずそれは感情表現、あるいは口笛による感覚の奔流となり、ひとつの川の流れのように緩やかに流れていく。ベースラインやジャズの影響を含めたアルトサックスの心地よい流れが聞き手を安らかな心境へと導く。

 

二曲目でジャズやラウンジ、フュージョンへのアプローチに傾倒した後、ルイスは、アメリカーナ/フォーク・ロックに近い音楽へと歩みを進める。ノスタルジックな音楽性は健在であり、20世紀初頭のブロードウェイ・ミュージカル、日本の第二次世界大戦後の昭和歌謡やムード歌謡に近い、コアな音楽性が含まれている。 曲の進行にエレクトーンやオルガンのレトロな音色を配し、ダブに近いビートを生み出す。スロウな曲でありながら、アーティストとしては珍しくダンスミュージックに近い音楽性が選ばれる。それはポール・クックの娘、ホリー・クックのソロアルバム(Reviewを読む)のダンサンブルなアプローチに近い。これまでモノフォニーによる旋律を重視してきたルイスだが、この曲ではリズム性に重点を置いている。これは旧来からアーティストの音楽をよく知るリスナーにとって、新鮮なイメージをもたらすと思われる。

 

やはり映画のサウンドトラックを意識したコンポジションは健在で、続く「Slinky」では、モリコーネ・サウンドを基調とする西部劇の世界に舞い戻る。このサウンドへの入れ込みようには一方ならぬものがあり、女性的なコーラスを配するところまでほとんど完璧な模倣を行っている。しかし、この音楽にはイミテーション以上の何かがある。それはボサノヴァに近いゆったりしたリズム、安らぎと穏やかさが曲にワールド・ミュージックに近い意義を与えている。間や休符の多い曲は、情報が過多になりがちな現代のポピュラーミュージックに聞き慣れたリスナーに休息と癒やしを与える。さらに音楽という表現を介し、ナラティヴな試みも行われる。「Moon Tan」では、「海の上に浮かぶ夜の月」を眺めるようなロマンティックなサウンドスケープが描かれる。そこには概念や考えとはかけ離れた感覚的な口笛がのびのびと吹かれ、とてもあざやかな印象をもたらす。これは「バービー」のサウンドへの参加とは違う形で現れたシネマティックな試みでもある。

 

続く「Silhoette」では「007」のようなスパイ映画で聴くことが出来る、緊迫したシーンとは別の箇所で使用されるリラックスしたインストゥルメンタルの楽曲が展開される。ミニマリズムのアプローチが敷かれているが、しかし、ルイスの口笛は、映画的な音響にフルートの演奏のようなニュアンスをもたらし、人工の楽器というよりも、器楽的な音響を彼女自身の口笛によって作り出そうとしている。それは口を膨らませて、その中を空洞のようにして空気を外側に出すというクラシックのオペラのような歌唱法で、これらのウィストルが吹かれている事がわかる。 これらの音楽のやすらいだムードを効果的に高めるのが、女性コーラスとレトロな音色のシンセ。これらの複合的な音楽の要素は全体的に見ると、アフロジャズ、トロピカル、そしてヨットロックの組み合わせのような感覚をもたらす。そして、ポール・クックの音楽のように、海辺のバカンスを脳裏に呼び覚ますピクチャレスクな換気力を持ち合わせている。

 

その後も、ムード感とリラックス感のあるインストゥルメンタル・ミュージックが続く。そしてEPの時代に比べると、ワールド・ミュージックの要素が強まったという印象を覚える。例えば、「Porque Te Vas」では、Trojan在籍時代のボブ・マーリーのレゲエのドラムの立ち上がりから、キューバのBuena Vista Social Clubのようなキューバン・ジャズの哀愁へと繋がっていく。最終的にはジャズやファンク、そしてR&Bという大まかな枠組みに収めこまれるが、やはりリズム性を重視しているのは一貫していて、今回のアルバムの重要な中核をなしている。その後、ワールドミュージックの性質が強まり、「Cocosette」ではアントニオ・カルロス・ジョビンのブラジルのクラシックの影響下にある音を展開させる。ブラジルのサンバとは対極にあるリラックスした海辺の街の音楽を強かに踏襲し、それらをやはりルイスは口笛で表現するのである。

 

その後はフュージョン・ジャズに近い音楽性が「Sonny」に見いだせる。旋律の進行に関しては、ニューヨークのジャズボーカルの元祖、フランク・シナトラの古典性、もしくは、坂本九の「すき焼き」の昭和歌謡に近い印象がある。ただ、もちろん、ルイスは、ボーカルや声ではなく、ウィストルという彼女にしか出来ない演奏法によって表現しようと試みる。そして、この曲でも、ルイスが口笛によって伝えたいことは一貫して、ロマンスや安らぎ、淡い幻想性なのである。これらの音楽は、現実的な表現方法よりもリアリティーがある瞬間があるのはなぜなのだろう。ともあれ、アルバムは、口笛の国際コンクールで上位入賞の経験のあるウィストラー奏者の一定の水準以上の音楽を通じて、アーティストによるロマンスが感覚的に続いていく。


クローズ「The Crying Game」では、カントリー/フォークの古典的な音楽がシンセのアレンジと併せて繰り広げられる。この曲は、一連のストーリーのエンディングのような印象もあり、他の楽器パートに対し、口笛が色彩的なカウンターポイントを形成している。最後では、男女混声によるコーラスがこの曲のロマンティックなムードを最大限に高める。個人的な印象に過ぎないものの、ボーカル、ハミング、スポークンワードを積極的に披露しても面白かったのではないか? しかし、少なくとも、忙しい現代人のこころに空白や余白をもたらしてくれる貴重な作品であることは確かである。

 

 

 

75/100

 

 

Best Track-「Sonny」

 

 

JAZZの新世代として注目を集めるピアニストの壷阪健登とベーシスト/ヴォーカリストの石川紅奈によるユニット、soraya。1st Album「soraya」のリリースが3月13日に決定。アルバムより「風の中で」が本日配信される。


2024年3月29日(金)には「soraya 1st Album Release Live "ゆうとぴあは そこに"が東京キネマ倶楽部で開催決定。現在チケット発売中。アルバムの配信リンクと合わせて下記よりご覧下さい。

 

先行リリースを行っている「ひとり」は、sorayaとしてはじめて作った星座にまつわる内容でsorayaのテーマ曲といえる。同時にリリースされた「ちいさくさよならを」はピアノ、パーカッション、フルートによるアンサンブルが心地よい雰囲気を作り、童謡さながらに誰でも親しめるメロディが融合している。

 

セカンドシングルとしてリリースされた「BAKU」は幻の動物をテーマにしたワーク・ソング。リズムマシンに加えて、民族音楽から着想を得た様々なリズムを取り入れたトラックに、「バクバク...」の連呼が癖になる。

 

サードシングルとなった「耳を澄ませて」は「自由」をテーマに、彼らのホームであるジャズの要素を取り入れたポップソング。

 

4作目のシングルとなった「ゆうとぴあ」は、マリンバ、ストリングスなどを導入したsorayaによるエキゾチカ解釈となっており、ゴージャスでロマンティックなサウンドとなった。カール・ブッセの「山のあなた」に触発を受けて制作された。

 

先行シングル以外のアルバム収録曲「風の中」は、大自然の中で前へ前へと駆け抜けるような清涼感のあるサウンドが魅力。歌詞をRuri Matsumuraに依頼し、制作された。「ルーシー」は、美しいアコースティックギターが全体を彩るフィルム映画のような温かさを思わせる。「レコード」は、sorayaらしいジャパニーズ・シティ・ポップ/歌謡曲とも言える曲。可愛らしくて、一癖あるメロディが良いアクセントとなっている。アルバムの最後を飾るのは、ピアノ、ボーカル、ベースのみのシンプルなスピッツのカバー、「愛のしるし」が収録されている。

 

本作のサウンドプロダクションには、sorayaと親交を持つ気鋭のミュージシャンを起用した。レコーディング/ミックスには葛西敏彦と吉井雅之を起用。

 

sorayaは3月29日にリリース記念ライブの開催を発表しました。詳細についてはこちらからご覧下さい。アルバム発表後の情報はこちら




・soraya「soraya」‐ New Album

 



Digital/CD [4543034053032] | DDCB-13056 | 2024.03.13 Release
Released by B.J.L. X AWDR/LR2



01. ひとり
02. 風の中で
03. ルーシー
04. ゆうとぴあ
05. BAKU
06. ちいさくさよならを
07. レコード
08. 耳を澄ませて
09. 愛のしるし

アルバムより「風の中で」が本日配信。

PRE-ADD/PRE-SAVE:

https://ssm.lnk.to/soraya

 

・soraya「風の中で」‐ Lead Single



Digital | DDCB-13056_5 | 2024.02.14 Release
Released by B.J.L. X AWDR/LR2

 

配信リンク;

https://ssm.lnk.to/kazenonakade 



lyric: Ruri Matsumura
music: Kento Tsubosaka
bass&vocal: Kurena Ishikawa
piano&arrangement: Kento Tsubosaka
guitar: Taka Nawashiro
marimba: Tomoko Yoshino
drums: Tomoaki Kanno
recording: Takuma Kase
recording&mix: Toshihiko Kasai



2024年3月29日(金)には「soraya 1st Album Release Live "ゆうとぴあは そこに"が東京キネマ倶楽部で開催決定。現在チケット発売中。

 

 

 

・soraya 1st Alubum Release Live  "ゆうとぴあは そこに"



・2024.03.29 (Fri)


・Open/Start 19:00/19:30


・東京キネマ倶楽部 TOKYO KINEMA CLUB, Tokyo


・Ticket PIA [ 0570-02-9999 ] 

・e+ [ https://eplus.jp/sf/sys/comingsoon.html ] 

・LAWSON [ 0570-084-003 ]


・[前売 / ADV. ] 5,000 Yen [+1D]



soraya:

 

JAZZフィールドで活躍中の音楽家、壷阪健登と石川紅奈による、国も世代も超えて分かち合うポップスをお届けするユニット。


海の向こうのお気に入りのアーティストの曲名、中東の国の親しみのある女性の名、宇宙に浮かぶ星団の名でもある「soraya」(ソラヤ)という、遥か遠くの何処か想起させる、不思議で親しみやすい響きの言葉を由来とする。


2022年4月シングル「ひとり / ちいさくさよならを」でデビュー。2023年夏は「Love Supreme Jazz Festival Japan」や「日比谷音楽祭」などのフェスへも出演。


各メンバーのソロ活動も活発化しており、石川紅奈は2023年春にVerveよりメジャーデビュー。壷阪健登も国内での単独公演を成功させ、スペイン「San Sebastian Jazz Festival」への出演を果たすなど、ミュージシャンとして世界への拡がりを見せている。


3月13日にsorayaとしてファースト・アルバム「soraya」のリリースが決定。3月29日(金)には、集大成となるリリース・ライブを東京キネマ倶楽部で行う。

 

©Joelle Grace Taylor

 

ノラ・ジョーンズ(Norah Jones)はプロデューサー兼マルチ・インストゥルメンタリストのレオン・ミシェルズとコラボレートした9枚目のスタジオアルバム『Visions』をブルーノートから3月8日にリリースする。リード・シングル「Running」も公開された。


本作は、2021年にリリースされたノラ初のクリスマス・アルバム『アイ・ドリーム・オブ・クリスマス』も手掛けたリオン・マイケルズがプロデュースを担当した。


オリジナル・アルバムとしては2020年の『ピック・ミー・アップ・オフ・ザ・フロア』以来約4年振りとなる本作では、ほぼ全てのパートをノラとリオンの2人でレコーディングしている。収録されている12曲は、自由を感じること、踊りたくなること、人生がもたらすものを受け入れることなど活気に溢れポジティヴな内容に満ちている。


ダウンホームでアーシーなサウンドも印象的であり、懐かしい雰囲気ながらもどこか新しさを感じさせる。これまでの作品には無かったノラの新たな一面を感じ取れる、必聴の仕上がりだ。


本作、そして第1弾シングルとなった「ランニング」について、ノラは「私がアルバムを『ヴィジョンズ』と名付けたのは、多くのアイデアが真夜中か寝る直前の瞬間に思いついたからで、「ランニング」は半分眠っているのに、ちょっと目が覚めたような気分になる曲のひとつだった。ほとんどの曲は、私がピアノかギターで、リオンがドラムを叩いて、ただジャムるというやり方で作っていった。 その生々しさが好きで、ガレージっぽいけどソウルフルな感じになったと思う。それがリオンのサウンドの原点だし、完璧すぎないというのも魅力のひとつだしね」と語っている。

 

 

「Running」

 

 

 

日本盤には、2023年6月にリリースされたシングル「キャン・ユー・ビリーヴ」をボーナス・トラックとして収録。さらに限定盤、シングルレイヤーSACD~SHM仕様といった形態も日本盤のみで同時発売される。

 

ノラ・ジョーンズは2021年にクリスマス・アルバム『I Dream Of Chrismas』をリリースした。以後、昨年末にはLaufeyとのコラボレーションを行い、クリスマスソングをライブで披露した。



Norah Jones 『Visions』


Label: Blue Note

Release: 2024/03/08

 

Tracklist:

 

All This Time

Staring at the Wall

Paradise

Queen of the Sea

Visions

Running

 

I Just Wanna Dance

I’m Awake

Swept Up in the Night

On My Way

Alone With My Thoughts

That’s Life


Pre-order/Pre-save:


https://norah-jones.lnk.to/Visions


 

 

石川紅奈と壷阪健登によるジャズ・ユニット、soraya(ソラヤ)が11月22日(水)にニューシングル「ゆうとぴあ」をデジタルリリース。配信リンクとリリースの詳細については下記の通り。


昨年の4月のデビューからリリース毎に”J-WAVE TOKIO HOT 100”にランクインするなど、注目度が高まるピアニストで作曲家の壷阪健登とベーシストでボーカリストの石川紅奈によるユニット、soraya(ソラヤ)が11月22日(水)に新曲「ゆうとぴあ」を配信にてリリースする。1950-60年代にアメリカの音楽家/ピアニスト、マーティン•デニーらによって生み出され、細野晴臣氏も大きく影響を受けたとされる、ムード音楽”エキゾチカ”を再解釈した一曲となる。

 

歌詞の世界観はドイツの詩人、カール・ブッセの「山のあなた」からインスパイアされている。童謡や唱歌を想起させるような歌と、sorayaとしては初めてフィーチャーしたヴィブラフォンやストリングスのアレンジが、奥深く、異国情緒あふれるファンタジックな世界へと誘う。録音、ミックス、マスタリングは、蓮沼執太、青葉市子、スカートなどの作品を手がける葛西敏彦氏が担当した。

 

今年の夏、LOVE SUPREME JAZZ FESTIVAL JAPAN 2023、日比谷音楽祭2023などのフェスへも出演したsoraya。各メンバーのソロ活動も活発化している。石川紅奈は今年春にJAZZの名門レーベル”Verve”よりメジャーデビューを果たし、壷阪健登も国内での単独公演を成功させ、スペインのサンセバスチャン国際ジャズ・フェスティバルへの出演を果たすなど、ミュージシャンとして世界への拡がりを見せる。

 


来年は、sorayaとして初となるフルアルバムをリリース予定。壷阪健登と石川紅奈のソロ活動を含め、今後のsorayaの活動をお楽しみに。

 

 

soraya  「ゆうとぴあ」    -New Single-

 

Label: Ondo Inc.

Release: 2023/11/22


Tracklist:

1.ゆうとぴあ



music: Kento Tsubosaka
lyric: Kurena Ishikawa, Kento Tsubosaka

bass&vocal: Kurena Ishikawa
piano&arrangement: Kento Tsubosaka
violin: Yuko Narahara, Kozue Ito
cello: Koichi Imaizumi
marimba&vibraphone Tomoko Yoshino
drums: Yusuke Yaginuma
percussion: KAN

 

 

配信リンクの予約(Pre-save):

 

 https://linkco.re/1recbcRf



・soraya


2022年4月1stシングル「ひとり/ちいさくさよならを」をリリース。


ジャズフィールドで活躍中の音楽家、壷阪健登と石川紅奈による、国も世代も超えて分かち合うポップスをお届けするユニット。海の向こうのお気に入りのアーティストの曲名、中東の国の親しみのある女性の名、宇宙に浮かぶ星団の名でもある「soraya」(ソラヤ)という、遥か遠くの何処か想起させる、不思議で親しみやすい響きの言葉を由来とする。無国籍に独自の音楽を追求する壷阪が紡いだ楽曲や、ピアノを中心とする繊細で深いサウンド、石川の唯一無二の歌声とベースの温かい音色は、人々を音楽のプリミティブな魅力へと繋ぐ煌めきと包容力を持ち合わせている。

 

2023年夏はLOVE SUPREME JAZZ FESTIVAL JAPAN 2023や日比谷音楽祭2023などのフェスへも出演。各メンバーのソロ活動も活発化しており、石川紅奈は今年春にJAZZの名門レーベルVerveよりメジャーデビューを果たし、また壷阪健登も国内での単独公演を成功させ、サンセバスチャン国際ジャズ・フェスティバルへの出演、ミュージシャンとして世界への拡がりを見せる。



・石川紅奈 (Kurena Ishikawa)

 

埼玉県出身。国立音楽大学ジャズ専修卒業。ジャズベースを井上陽介氏と金子健氏に、ヴォーカルを高島みほ氏に師事。


高校1年生の夏にウッドベースを始め、在学中に世界的ピアニストの小曽根真に見いだされ、同氏が教鞭を執る国立音楽大学ジャズ専修に入学。


在学中からプロ活動を始め、卒業後は小曽根真と女優の神野三鈴が主宰する次世代を担う若手音楽家のプロジェクト「From OZONE till Dawn」のメンバーとしても活動。2021年8月 東京・丸の内コットンクラブで行われた『小曽根真 “OZONE 60 in Club” New Project “From OZONE till Dawn” Live from Cotton Club』にて収録された『Off The Wall』(by マイケル・ジャクソン)の映像がYouTubeで200万回以上再生され、一躍注目を浴びる。


2022年から壷阪健登とユニット「soraya」を結成。2023年3月、名門ヴァーヴ・レコードよりメジャーデビューを果たし、同年6月には「石川紅奈”Kurena”Release Live」(コットンクラブ)にて満員を博す。NHK『クラシックTV』や各主要FMラジオ局などのメディアにも登場する。


・壷阪健登 (Kento Tsubosaka)

 

ピアニスト、作曲家。神奈川県横浜市出身。ジャズピアノを板橋文夫氏、大西順子氏、作曲をVadim Neselovskyi氏、Terence Blanchard氏に師事。


慶應義塾大学を卒業後に渡米。2017年、オーディションを経て、Danilo Perezが音楽監督を務める音楽家育成コースのBerklee Global Jazz Instituteに選抜される。
これまでにPaquito D’Rivera, Miguel Zenon, John Patitucci, Catherine Russellらと共演。2019年にバークリー音楽院を首席で卒業。


2022年から石川紅奈とユニット「soraya」を結成。同年4月1stシングルをリリース。その後全楽曲の作曲、サウンドプロデュースを手掛ける。


2023年7月にはソロピアノでサン・セバスティアン国際ジャズフェスティバル(スペイン)に出演。 11月には銀座ヤマハホールにてピアノ・リサイタルを催行する。2022年より世界的ジャズピアニスト小曽根真が主宰する若手アーティスト育成プロジェクト、From Ozone till Dawnに参加。小曽根真とも共演を重ね、ジャンルを超えた多彩な才能で、次世代を担う逸材と注目を集めている。