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Music Tribune Presents ”Album Of The Year 2023” 

 

 



Part.3 ーマイナスをプラスに変える力 海外の日本勢の台頭ー

 

2023年度のアルバムのプレスリリース情報やアーティストのコメントなどを見ていて、気になったことがあり、それは人生に降りかかる困難を音楽のクリエイティブな方面でプラスに変えるというアーティストやバンドが多かったという点です。


例えば、Slow Pulpのボーカリストのマッシーは、親の交通事故の後、病院で介抱をしながら劇的なアルバムの制作を行い、音楽に尽くせぬ苦悩をインディーロックという形に織りまぜていました。また、Polyvinyleに所属するSquirrel Flowerもツアーの合間に副業をしつつ、新作アルバムを発表している。すべてのアーティストがテイラー・スウィフトのような巨額の富を築き上げられるわけではないのは事実であり、商業的な側面と表現の一貫としての音楽の折り合いをどうつけるのかに苦心しているバンドやアーティストが数多く見られました。

 

一方、ラップ・シーンのアーティストでは、そのことが顕著に表れていた。たとえば、デトロイトの英雄、ダニー・ブラウンはThe Gurdianのインタビューで語ったように、断酒治療のリハビリに取り組みながら、その苦悩をJPEGMAFIAとのコラボ・アルバムや「Quaranta」の中に織り交ぜていました。特に、前者では、内的な悪魔的ななにかとの格闘を描いている。さらにジャズやソウルの織り交ぜたシカゴのオルタナティヴ・ヒップホップの最重要人物であるミック・ジェンキンスもまた、10年にわたって大きなビジョンを抱えつつも、ドイツのメジャーレーベル、BGMと契約を結ぶまでは、制作費の側面でなかなか思うように事態が好転しなかったと話しています。それが「Patience」というタイトルにも反映されている。ジェンキンスのフラストレーションの奔流は、凄まじいアジテーションを擁しており、リスナーの心を掻きむしる。

 

そしてもうひとつ、贔屓目抜きにしても、近年、海外で活躍する日本人アーティストが増えているのにも着目したいところです。特に、なぜか、ロンドンで活躍する女性アーティストが増加しており、昨年のSawayamaのブレイクに続いて、Hatis Noit、Hinako Omoriなど、ロンドンの実験音楽やエレクトロニックのフィールドで存在感を示している事例が増加しています。米国のChaiはもちろん、高校卒業後、心機一転、米国に向かったSen Morimotoにも注目で、現地のモダン・ジャズの影響を取り入れながら、CIty Slangのチームと協力し、シカゴに新しい風を呼び込もうとしています。つい十年くらい前までは、東南アジアを除けば、日本人が海外で活躍するというのは夢のような話でしたが、今やそれは単なる絵空事ではなくなったようです。


来年はどのようなアーティストやアルバムが登場するのでしょうか。結局、レーベルやメディア、商業誌に携わる人々のほとんどは、良い音楽やアーティスト、バンドが到来することを心から期待しており、それ以外の楽しみやプロモーションは副次的なものに過ぎないと思いたいです。


とりあえずメインのピックアップはこれで終了です。2024年の最初の注目作は、トム・ヨーク、ジョニー・グリーンウッド、トム・スキナーによるSmileのセカンド・アルバム。彼らはきっと音楽の未知なる魅力を示してくれるでしょう。



Part.3  ーThe Power to Turn Minus into Positive:  The Rise of Overseas Japanese Artistsー


One thing that caught my attention when I looked at the press release information and artists' comments for the 2023 albums was that many of the artists and bands were turning the difficulties that befell their lives into something positive through the creative aspect of their music. For example, Slow Pulp vocalist Massey, who released a dramatic album while caring for his parents after their car accident, weaves his endless anguish into the form of indie rock. From other interviews I've read, the artist must have had a truly accomplished and emotionally exhausting year. Squirrel Flower, who is also a member of Polyvinyle, is also working on the sidelines between tours and releasing a new album. It is true that not all artists can amass such a huge fortune as Taylor Swift, and we saw many bands and artists struggling to come to terms with the commercial aspect and music as a consistent form of expression.



This, on the other hand, was evident among artists in the rap scene. For example, as Detroit hero Danny Brown told The Gurdian, he wove his struggles into his collaborative album with JPEGMAFIA and "Quaranta" while working on his sobriety rehab. The former, in particular, depicts a struggle with something demonic within. Mick Jenkins, another Chicago alternative hip-hop darling who also weaves jazz and soul into his work, says that while he had a big vision for a decade, things didn't turn out as well as he would have liked in terms of production costs until he signed with BGM, a major German label. He says the production cost side of things didn't turn out as well as he would have liked. This is reflected in the title "Patience''.  Jenkins' torrent of frustration holds tremendous agitation and scratches the listener's heart.



Another thing to note, even without any prejudice, is the increasing number of Japanese artists who have been active overseas in recent years. In particular, for some reason, there has been an increase in the number of female artists active in London. Following the breakthrough of Sawayama last year, we are seeing more and more examples such as Hatis Noit and Hinako Omori, who are making their presence felt in the experimental music and electronic fields in London. Look out for Chai in the U.S., of course, and Sen Morimoto, who headed to the U.S. for a fresh start after high school graduation, incorporating local modern jazz influences and working with the CIty Slang team to bring a new breeze to Chicago. Just a decade or so ago, it was a dream come true for a Japanese artist to be active overseas, except in Southeast Asia, but now it seems to be more than just a pipe dream.


What kind of artists and albums will we see in the coming year?  In the end, I'd like to think that most people involved with labels, media, and commercial magazines are really looking forward to the arrival of good music, artists, and bands, and that all other fun and promotion is just a side effect.


The best albums list will continue, but for now, this is the end of our main picks: the first notable album of 2024 is the second Smile album by Thom Yorke, Jonny Greenwood, and Tom Skinner. They will surely show us the unknown fascination of music. (MT-D)


 

 


Laurel Halo  『Atlas』   -Album Of The Year



Label: Awe

Release: 2023/9/22

Genre: Experimental Music/ Modern Classical/Ambient



ロサンゼルスを拠点に活動するLaurel Halo(ローレル・ヘイロー)のインプリント”Awe”から発売された『Atlas』は、2023年の実験音楽/アンビエントの最高傑作である。アーティストからの告知によると、アルバムの発売後、NPRのインタビューが行われた他、Washington Postでレビューが掲載されました。米国の実験音楽の歴史を変える画期的な作品と見ても違和感がありません。

 

2018年頃の「Raw Silk Uncut Wood」の発表の時期には、モダンなエレクトロニックの作風を通じて実験的な音楽を追求してきたローレル・ヘイロー。彼女は、最新作でミュージック・コンクレートの技法を用い、ストリングス、ボーカル、ピアノの録音を通じて刺激的な作風を確立している。


『Atlas』の音楽的な構想には、イギリスの偉大なコントラバス奏者、Gavin Bryers(ギャヴィン・ブライヤーズ)の傑作『The Sinking Of The Titanic』があるかもしれないという印象を抱いた。

 

それは、音響工学の革新性の追求を意味し、モダン・アートの技法であるコラージュの手法を用い、ドローン・ミュージックの範疇にある稀有な音楽構造を生み出すということを意味する。元ある素材を別のものに組み替えるという、ミュージック・コンクレート等の難解な技法を差し置いたとしても、作品全体には、甘いロマンチシズムが魅惑的に漂う。制作時期を見ても、パンデミックの非現実な感覚を前衛音楽の技法を介して表現しようと試みたと考えられる。

 

アルバムの中では、「Last Night Drive」、「Sick Eros」の2曲の出来が際立っている。ドローン・ミュージックやエレクトロニックを始めとする現代音楽の手法を、グスタフ・マーラー、ウェーベルンといった新ウィーン学派の範疇にあるクラシックの管弦楽法に置き換えた手腕には最大限の敬意を表します。もちろん、アルバムの醍醐味は、「Belleville」に見受けられる通り、コクトー・ツインズやブライアン・イーノとのコラボレーションでお馴染みのHarold Budd(ハロルド・バッド)のソロ・ピアノを思わせる柔らかな響きを持つ曲にも求められる。

 

表向きに前衛性ばかりが際立つアルバムに思えますが、本作の魅力はそれだけにとどまりません。音楽全体に、優しげなエモーションと穏やかなサウンドが漂うのにも注目したい。

 

昨日(12月18日)、ローレル・ヘイローは来日公演を行い、ロンドンのイベンター「Mode」が開催する淀橋教会のレジデンスに出演した。ドローン・ミュージックの先駆者、Yoshi Wadaの息子で、彼の共同制作者でもある電子音楽家、Tashi Wadaと共演を果たした。

 


Best Track 「Last Night Drive」

 

 

 

 

Slow Pulp 『Yard』

 



 Label: ANTI

Release: 2023/9/29

Genre: Alternative Rock


ウィスコンシンにルーツを持ち、シカゴで活動するエミリー・マッシー(ヴォーカル/ギター)、ヘンリー・ストーア(ギター/プロデューサー)、テディ・マシューズ(ドラムス)、アレックス・リーズ(ベース)は、『Yard』で新しいサウンドの高みに到達し、劇的な化学反応を起こしている。

 

Slow Pulpの初期の曲に見られたフックとドリーミーなロックをベースにして、よりダイナミックなサウンドを作り上げた。落ち着いたギター、エモに近い泣きのアメリカーナ、骨太のピアノ・バラード、ポップ・パンクを通して、彼らは孤独というテーマと自分自身と心地よく付き合うことを学ぶ過程、そして他者を信頼し、愛し、寄り添うことを学ぶ重要性に向き合っている。


アルバムの制作時には、ボーカリストの病、両親の事故など不運に見舞われましたが、この作品を通じて、スロウパルプは昔から親しいバンドメンバーと協力しあい、それらの悲しみを乗り越えようとしています。

 

全体には、ポップパンク、アメリカーナ、そしてフィービー・ブリジャーズの作曲性に根ざした軽快なインディーロックソングが際立つ。最も聞きやすいのは「Doubt」。他方、アルバムの終盤に収録されている「Mud」にもバンドとしての前進や真骨頂が表れ出ているように思える。

 

 

Best Track 「Mud」




 

 

 Squirrel Flower 『Tommorow’s Fire』


 

Label: Polyvinyle

Release:2023/10/13

Genre: Indie Rock/Punk

 

 

Squirrel Flowerの最新作Tomorrow’s Fireの制作は、2015年に開始され、八年越しに完成へと導かれた。エラ・ウィリアムズは新作アルバムのいくつかの新曲をステージプレイしながら、曲をじっくり煮詰めていくことになった。「私の歴史と、現在の音楽的な自分と過去の音楽的な自分を肯定するために、曲は複雑に絡み合っていて、曲自体と対話を重ねることにした。それ以外の方法でこのアルバムを始めることは正当なこととは思えなかった」という。

 

アーティストはアイオワ大学でスタジオアートとジェンダー研究に取り組んだ後、ソロミュージシャンとして活動するようになった。もし自分の曲が多くの人にとどかなければ、他の仕事をしようという心づもりでやっていた。ツアーを終えた後、ウィリアムズは結婚式のケータリングの仕事に戻るケースもあるという。『Tommorow’s Fire』は、ソロアーティストでありながら、バンド形式で録音されたもので、エラ・ウィリアムズは、アッシュヴィルのドロップ・オブ・サン・スタジオで、著名なエンジニア、アレックス・ファーラー(『Wednesday』、『Indigo de Souza』、『Snail Mail』)と共に『Tomorrow's Fire』を指揮した。

 

このアルバムはスロウコア/サッドコアのような悲哀に充ちたメロディーが満載となっているが、一方でその中には強く心を揺らぶられるものがある。 

 

オープニング曲「i don't use a trash can」での綺羅びやかなギターラインとヒーリング音楽を思わせる透明なウィリアムズの歌声は本作の印象を掴むのに最適である。一方、インフレーションのため仕方なくフルタイムの仕事に就かなければならない思いをインディーロックという形に収めた「Full Time Job」は、一般的なものとは違った味がある。Snail Mail(スネイル・メイル)の作風にJ Mascisのヘヴィネスを加えた「Stick」もグラヴィティーがあり、耳の肥えたリスナーの心を捉えるものと思われる。その他にも、ポップ・パンクの影響を絡めた「intheslatepark」もハイライトになりえる。さらに「Finally Rain」では、シャロン・ヴァン・エッテンに匹敵するシンガーソングライターとしての圧倒的な存在感を見せる瞬間もある。

 

このアルバムは、Palehound、Ian Sweetといった魅力的なソングライターの作品を今年輩出したPolyvinyleの渾身の一作。オルタナティヴロック・ファンとしては、今作をスルーするのは出来かねる。「私が書く曲は必ずしも自伝的なものばかりではないけれど、常に真実なんだ」というウィリアムズ。その言葉に違わず、このアルバムにはリアルな音楽が凝縮されている。

 

 

 

Best Track 「intheskatepark」

 

 

 

Sampha 『Lahai』


 

Label: Young

Release: 2023/10/20

Genre: R&B/Hip Hop

 

 

アルバムの終盤部に収録されている「Time Piece」のフランス語のリリック、スポークンワードは、今作の持つ意味をよりグローバルな内容にし、映画のサウンドトラックのような意味合いを付与している。

 

2017年のマーキュリー賞受賞作「Process」から6年が経ち、サンファは、その活動の幅をさらに広げようとしている。ケンドリック・ラマー、ストームジー、ドレイク、ソランジュ、フランク・オーシャン、アリシア・キーズ、そしてアンダーグラウンドのトップ・アーティストたちとの共演している。ファッション・デザイナーのグレース・ウェールズ・ボナーや映画監督のカーリル・ジョセフらとクリエイティブなパートナーシップなどはほんの一例に過ぎない。

 

Lahaiは、ネオソウル、ラップ、エレクトロニックを網羅するアルバムとなっている。特に、ミニマル・ミュージックへの傾倒が伺える。それは「Dancing Circle」に現れ、ピアノの断片を反復し、ビート化し、その上にピアノの主旋律を交え、多重的な構造性を生み出す。しかし、やはりというべきか、その上に歌われるサンファのボーカルは、さらりとした質感を持つネオソウルとップホップの中間に位置する。サンファのボーカルとスポークンワードのスタイルを変幻自在に駆使する歌声は、大げさな抑揚のあるわけではないにも関わらず、ほんのりとしたペーソスや哀愁を誘う瞬間もある。アルバムの終盤に収録されている「Can't Go Back」に象徴されるように、聞いていると、ほんのりクリアで爽やかな気分になる一作である。

 

 

「Can't Go Back」

 

 


 

 

 

 

 Hinako Omori 「Stillness,  Softness...」-Album Of The Year

 




Label: Houndstooth

Release:2023/10/27

Genre:Experimental Pop/Electronic


 

横浜出身で、現在、ロンドンを拠点に活動するエレクトロニック・プロデューサー、Hinako Omori(大森日向子)は、ローランドのインタビューでも紹介され、ピッチフォーク・ロンドン・フェスティバルにも出演した。アーティストは自らの得意とするシンセサイザーとボーカルを駆使し、未曾有のエクスペリメンタル・ポップの領域を切り開いた。

 

Stillness,  Softness...のオープニング「both directions?」はシンセサイザーのインストゥルメンタルで始まるが、以後、コンセプト・アルバムのような連続的なストーリー性を生かしたインターバルなしの圧巻の12曲が続いている。

 

発売当初のレビューでは、「ゴシック的」とも記しましたが、これは正しくなかったかもしれない。どちらかといえば、その感覚は、ノクターンや夜想曲の神秘的な雰囲気に近いものがある。アーティストは、ポップ、エレクトロニック、ミニマリズム、ジャズ、ネオソウルに根ざした実験音楽を制作している。リリース元は、Houndstoothではあるものの、詳しいリスナーであれば、マンチェスターのレーベル、Modern Loversの所属アーティストに近い音の質感を感じとってもらえると思う。

 

アルバムは、インスト曲、ボーカル曲、シンセのオーケストラとも称すべき制作者の壮大な音楽観が反映されている。音楽的なアプローチは、東洋的なテイストに傾いたかと思えば、バッハの「インベンション」や「平均律」のようなクラシックに、さらに、ロンドンのモダンなポップスに向かう場合も。考え方によっては、ロンドンの多彩な文化性を反映したとも解釈出来る。そこにモノクロ写真への興味を始めとするゴシック的な感覚が散りばめられている。

 

アーティストは、「Stillness, Softness...」において、Terry Riley(テリー・ライリー)やFloating Points(フローティング・ポインツ)のミニマリズムを踏襲し、「エレクトロニックのミクロコスモス」とも称すべき作風を生み出した。ただ、基本的には実験的な作風ではありながら、アルバムには比較的聞きやすい曲も収録されている。「cyanotaype memories」、「foundation」は、モダンなエクスペリメンタル・ポップとして聴き込むことができる。その一方、エレクトロニック/ミニマルミュージックの名曲「in limbo」、「a structure」、さらにミニマリズムをモダン・ポップとして昇華した「in full bloom」等、アルバムの全体を通じて良曲に事欠くことはない。

 

アルバムの終盤に収録されている「epilogue」、タイトル曲「Stillness, Softness...」の流れは驚異的で、ポピュラー・ミュージックの未来形を示したとも言える。曲の構成力、そして、それを集中力を切らすことなく最初から最後まで繋げたこと、モチーフの変奏の巧みさ、ボーカリスト、シンセ奏者としての類まれな才覚……。どれをとってもほんとうに素晴らしい。メロディーの運びの美麗さはもちろん、ミステリアスで壮大な音楽観に圧倒されてしまった。(リリースの記事紹介時に、お礼を言っていただき本当に感動しました。ありがとうございました!!)

 


 Best Track 「Stillness,  Softness...」

 

 

 

 

Sen Morimoto 『Diagnosis』

 



Label: City Slang

Release: 2023/11/3


さて、今年は、贔屓目なしに見ても、日本人アーティストあるいは、日本にルーツを持つミュージシャンが数多く活躍した。2022年、City Slangと契約を交わし、レーベルから第一作を発表したセン・モリモトもそのひとり。京都出身のアーティストは、高校卒業後、アメリカに渡り、シカゴのジャズシーンと関わりを持ちながら、オリジナリティーの高い音楽を確立した。

 

Diagnosisでは、ジャズ、ヒップホップ、ファンク、ソウルをシームレスにクロスオーバーし、ブレイクビーツを主体に画期的な作風を生み出した。

 

もちろん、アンサンブルの方法論を抜きにしても、親しみやすく、そして何より、乗りやすい曲が満載となっている。音楽そのもののエンターテインメント性を追求したアルバム。もちろん、楽しさだけにとどまらず、ふと考えさせられるような曲も収録されている。特に、先行シングルとして公開された「Bad State」は、アーティストのことをよりよく知るためには最適。先行シングルでミュージック・ビデオを撮影した弟の裕也さんとともに頑張ってもらいたいです。

 

 

 Best Track 「Bad State」

 


 

 

 

PinkPantheress 『Heaven Knows』


Label: Warner

Release: 2023/11/10

Genre: Indie Pop/Dance Pop


ピンクパンサレスは元々、イギリスのエモ・カルチャーに親しみ、その後、TikTokで楽曲をアップロードし、人気を着実に獲得した。シンガーソングライターの表情を持つ傍ら、DJセットでのライブも行っている。ワーナーから発売されたHeaven Knowsはポップス、ダンス・ミュージック、R&B等をクロスオーバーし、UKの新たなトレンドミュージックのスタイルを示した。

 

 Pinkpanthressは、単なるポップ・シンガーと呼ぶには惜しいほど多彩な才能を擁している。DJセットでのライブパフォーマンスにも定評がある。ポップというくくりではありながら、ダンスミュージックを反映させたドライブ感のあるサウンドを特徴としている。ドラムンベースやガラージを主体としたリズムに、グリッチやブレイクビーツが刺激的に搭載される。これがトラック全般に独特なハネを与え、グルーヴィーなリズムを生み出す。ビートに散りばめられるキャッチーで乗りやすいフレーズは、Nilfur Yanyaのアルバム『PAINLESS』に近い印象を思わせる。

 

Tiktok発の圧縮されたモダンなポピュラー音楽は、それほど熱心ではない音楽ファンの入り口ともなりえるし、その後、じっくりと音楽に浸るためのきっかけとなるはず。ライトな層の要請に応えるべく、UKのシンガーソングライター、Pinkpanthressは、このデビュー作で数秒間で音楽の良さを把握することが出来るポップスを作り出した手腕には最大限の敬意を評しておきたい。

 

ポピュラーミュージックのトレンドが今後どのように推移していくかは誰にも分からないことではあるけれど、Pinkpanthressのデビュー作には、アーティストの未知の可能性や潜在的な音楽の布石が十分に示されていると思う。ベスト・アルバムでも良いと思うが、二作目も良い作品が出そうなので保留中。

 

 


Best Track 「Blue」

 

 

 

Danny Brown 『Quaranta』 -Album Of The Year

 


 

Label: Warp

Release: 2023/11/17

Genre: Abstract Hip-Hop

 


デトロイト出身、現在はテキサスに引っ越したというラッパー、ダニー・ブラウンほど今年のベストリストにふさわしい人物はいない。

 

2010年代は、人物的なユニークな性質ばかりをフィーチャーされるような印象もありました。しかしながら、このアルバムを聴くと分かる通り、そう考えるのは無粋というものだろう。JPEGMAFIAとのコラボレーションを経て、ブラウンは唯一無二のヒップホップの良盤を生み出した。

 

イタリア語で「40」を意味するアルバムQuarantaの制作の直前、断酒のリハビリ治療に取り組んでいたというブラウンですが、このアルバムには、彼の人生における苦悩、それをいかに乗り越えようとするのかを徹底的に模索した、「苦悩のヒップホップ」が収録されている。

 

確かに、ブラウンのヒップホップやトラック制作やコンテクストの中には、JPEGMAFIAと同様にアブストラクトな性質が含まれる。リリック、ライムに関しては、親しみやすいとはいいがたいものがある。しかし、その分、スパゲッティ・ウエスタン、ロック、ファンク、ジャズ、チル・ウェイヴ等、多彩な音楽性を飛び越えて、傑出したラップを披露し、素晴らしい作品を生み出した。結局、ブラウンの音楽の長所は、彼の短所を補って余りあるものだった。

 

アルバムの冒頭を飾る「Quaranta」のシネマティックなヒップホップも凄まじい気迫が感じられ、アブストラクト・ヒップホップの最新鋭を示した「Dark Sword Angel」も中盤のハイライトとなりえる。その他、前曲からインターバルなしで続く、ファンクの要素を押し出した「Y.B.P」もクール。さらに、同レーベルの新人、Kassa Overallがドラムで参加した「Jenn's Terrific Vacation」についてもリズムの革新性があり、哀愁溢れるヒップホップとして楽しめる。アルバムの序盤はエグい展開でありながら、終盤では和らいだトラックが収録されている。

 

「Hanami」は、従来までアーティストが表現しえなかったヒップホップの穏やかな魅力を示しており、これはキラー・マイクの音楽の方向性と足並みを揃えた結果とも称せるだろう。ダニー・ブラウンは、『Quaranta』の制作に関して、「コンセプチュアルなアルバムを好む」と説明しているが、まさしく彼の人生もそれと同様に、何らかのテーマに則っているのかもしれない。

 

 

Best Track 「Quaranta」

 

 

 

 

Cat Power 『Cat Power Sings Bob Dylan:The 1966 Royal Albert Hall Concert』

 



 

Label:Domino

Release: 2023/11/10

Genre: Rock/Folk

 

2022年にドミノから発売された「Covers」では、フランク・オーシャン、ザ・リプレイスメンツ、ザ・ポーグスのカバーを行っていることからも分かる通り、キャット・パワーは無類の音楽通としても知られている。エンジェル・オルセン、ラナ・デル・レイ等、彼女にリスペクトを捧げるミュージシャンは少なくない。

 

「ロイヤル・アルバートホール」でのキャット・パワーの公演を収録したCat Power Sings Bob Dylanは、ボブ・ディランの1966年5月17日の公演を再現した内容。このライブはディランのキャリアの変革期に当たり、マンチェスターのフリー・トレード・ホールで行われたディランのライブ公演を示す。

 

このライブ・アルバムは、これまで数多くのカバーをこなしてきたチャン・マーシャルのシンガーとしての最高の瞬間を捉えている。アルバムの序盤では、アーティストのただならぬ緊張感を象徴するかのように厳粛な雰囲気で始まりますが、中盤にかけてはフォーク・ロックやヴィンテージ・ロック風のエンターテインメント性の高い音楽へと転じていく。そして、圧巻の瞬間は、ライブアルバムの終盤に訪れ、ディランのオリジナルコンサートを忠実に再現させる「ユダ」「ジーザス」というキャット・パワーと観客とのやりとりにある。ライブアルバムの空気感のリアリティーはもちろん、音源としての完成度の素晴らしさをぜひ体験してもらいたいです。

 

Best Track 「Mr. Tambourine Man」

 


 

 

 

・+ 5 Album

 

 

Wilco 『Cousin』

 


Label: dBpm Records

Release: 2023/9/29

Genre: Indie Rock/Indie Folk

 

ジェフ・トゥイーディー率いるシカゴのロックバンド、Wilcoは前作『Cruel Country』では、クラシカルなアメリカーナ(フォーク/カントリー)に回帰し、米国の音楽の古典的なルーツに迫った。

 

ニューアルバム『Cousin』では、アメリカーナの音楽性を踏襲した上で、2000年代のアート・ロックを結びつけた作風を体現させている。ウィルコのジェフ・トゥイーディーは、「世界をいとこのように考える」という思いをこの最新アルバムの中に込めている。本作には、インディーフォークバンドとしての貫禄すら感じさせる「Ten Dead」、「Evicted」、及び、『Yankee Hotel  Foxtrot』の時代の作風へと回帰を果たした「Infinite Surprise」が収録されている。

 

また、今週の12月22日、小林克也さんが司会を務める「ベスト・ヒット USA」にジェフ・トゥイーディーがリモートで出演予定です。

 

 

Best Track 「Infinite Surprise」

 

 

 

 Nation Of Language 『Strange Disciple』

 



Label: [PIAS]

Release: 2023/9/15

Genre: Indie Pop/New Romantic

 

ニューヨークの新世代のインディーポップトリオ、Nation Of Language(ネイション・オブ・ランゲージ)は清涼感のあるボーカルに、Human League,Japan、Duran Duranといったニューロマンティックの性質を加えた音楽性を3rdアルバム『Strange Disciple』で確立している。

 

ライブは、ロック・バンド寄りのアグレッシヴな感覚を伴うが、少なくとも、このアルバムに関していうと、イアン・カーティスのようなボーカルの落ち着きとクールさに象徴づけられている。ラフ・トレードは、このアルバムをナンバー・ワンとして紹介していますが、それも納得の出来栄え。シンセ・ポップの次世代を行く「Weak In Your Light」、さらに、The Policeの主要曲のような精細感のあるポピュラー・ミュージック「Sightseer」も聞き逃すことが出来ません。



Best Track 「Sightseer」

 


 

 

Arlo Parks 『My Soft Machine』



 

Label: Transgressive

Release: 2023/5/26

Genre: Indie Pop

 

ロンドンからロサンゼルスに活動の拠点を移したArlo Parks(アーロ・パークス)。インディーポップにネオソウル、ヒップホップの雰囲気を加味した親しみやすい作風で知られている。

 

ニューアルバム『My Soft Machine』には、アーティストの様々な人生が反映されている。ロサンゼルスをぶらぶら散策したり、海を見に行く。そんな日常を送りながら、穏やかなインディーポップへと歩みを進めている。これまでの少し甘い感じのインディーポップソングを中心に、現地のローファイやチルウェイブの音楽性を新たに追加し、新鮮味溢れる作風を確立している。

 

とくに、フィービー・ブリジャーズが参加した「Pegasus」はエレクトロニックとインディーポップを融合し、新鮮なポピュラーミュージックのスタイルを確立させている。「Puppy」のキュートな感じもアーティストの新たな魅力が現れた瞬間と称せるか。

 

 

Best Track 「Puppy」

 

 

 

 

Antoine Loyer 『Talamanca』

 


 

Label: Le Saule

Release: 2023/6/16

Genre: Avan-Folk/Modern Classical

 

 

フランス/パリのレーベル、”Le Saule”のプロモーションによると、 以前、日本の音楽評論家の高橋健太郎氏が、ベルギーのギタリスト、Antoine Loyer(アントワーヌ・ロワイエ)を絶賛したという。レーベルの資料によると、ミュージック・マガジンでも過去にインタビューが掲載されたことがある。

 

ベルギーのアヴァン・フォークの鬼才、アントワーヌ・ロワイエは、今作では、Megalodons Maladesという名のオーケストラとともに、アヴァン・フォーク、ワールド・ミュージック、現代音楽をシームレスにクロスオーバーした作品を制作している。ソロの作品よりも音楽性に広がりが増し、聞きやすくなったという印象。アルバムのレコーディングは、スペインのカタルーニャ地方の「Talamanca」という村の教会と古民家で行われた。フルート、コントラファゴットを中心とする管楽器に加え、オーケストラ・グループのコーラスがおしゃれな雰囲気を生み出している。

 

「Talamanca」の収録曲の多くは、アントワーヌ・ロワイエのアコースティック・ギターの演奏とボーカルにMegalodons Maladesの複数の管楽器のパート、コーラスが加わるという形で制作された。ブリュッセルの小学生と一緒に作られた曲もある。パンデミックの時期にまったく無縁な生活を送っていたというロワイエですが、そういったおおらかで開放感に溢れた空気感が魅力。

 

「Nos Pieds(Un Animal)」、「Demi-Lune」、「Pierre-Yves Begue」、「Tomate De Mer」等、遊び心のあるアヴァン・フォークの秀作がずらりと並んでいる。アルバムの終盤に収録されている「Jeu de des pipes」では、オーケストレーションのアヴァンギヤルドな作風へと転じている。

 


Best Track 「Nos Pieds(Un Animal)」

 

 

 「Marceli」- Live Version

 

 

 

 

 Mick Jenkins 『The Patience』



Label: BMG

Release:2023/8/18

Genre : Alternative Hip-Hop/Jazz Hip-Hop

 


ラストを飾るのはこの人しかいない!! シカゴのヒップホップシーンの立役者、Mick Jenkins(ミック・ジェンキンス)。以前からジャズやソウルをクロスオーバーしたオルタナティヴ・ヒップホップを制作してきた。日本のラッパー、Daichi Yamamotoとコラボレーションしたこともある。

 

ミック・ジェンキンスは、アルバムの制作費という面でより多くの支援を受けるため、ドイツの大手レーベル、BMGとライセンス契約を結んだ。アルバムのタイトルは、制作期間を示したのではなく、この10年間、ミック・ジェンキンスが抱えてきた苛立ちのようなものを表しているという。彼はリリース当初、そのことに関してバスケットボールの比喩を用いて説明していた。

 

Patience」は旧来の『Elephant In Room』の時代のオルタネイトなヒップホップの方向性と大きな変化はありません。今作はじっくりと煮詰めていった末に完成されたという感じもある。しかし、シカゴのアンダーグランドのヒップホップシーンの性質が最も色濃く反映された作品であることは確かです。

 

ヒップホップ、モダン・ジャズとチル・ウェイブを掛け合せた「Michelin Star」、アトランタのラッパー、JIDがゲストボーカルで参加した「Smoke Break-Dance」の2曲は、アルバムの中で最も聞きやすさがある。


しかし、本作の真価は、中盤から終盤にかけて訪れる。「007」、「2004」といった痛撃なライム、リリックにある。ジェンキンスのラッパーとして最もドープと称するべき瞬間は、「Pasta」に表れる。この曲はおそらく、シカゴのDefceeに対するオマージュのような意味が込められているのかもしれない。さらにきわめつけは、スポークンワードというよりも、つぶやきの形で終わる「Mop」を聴いた時、深く心を揺らぶられるものがありました。

 

 

Best Track  「Michelin Star」



Part.1はこちらからお読み下さい。
 
Part.2はこちら

 Music Tribune Presents ”Album Of The Year 2023” 

 

 



・Part 2 ーー移民がもたらす新しい音楽ーー


近年、ジャンルがどんどんと細分化し、さらに先鋭化していく中で、ミュージシャンの方も自分たちがどのジャンルの音楽をやるのかを決定するのはとても難しいことであると思われます。

 

あるグループは、20世紀はじめのブロードウェイのミュージカルやジャズのようなクラシックな音楽を吸収したかと思えば、それとは別に2000年代以降のユース・カルチャーの影響を取り入れる一派もいる。

 

およそ無数の選択肢が用意される中で、Bonoboのサイモン・グリーンも話すように、「どの音を選ぶのかに頭脳を使わなければならない」というのは事実のようです。多様性が深まる中で、移民という外的な存在が、その土地の音楽に新たな息吹やカルチャーをもたらすことがある。最初に紹介するカナダのドリームポップ/シューゲイズの新星、Bodywashのボーカルは実は日本人の血を引いており、彼はカナダでのビザが役所の誤った手続きにより許可されず、住民の権利が認可されなかったという苦悩にまつわる経験を、デビュー・アルバムの中で見事に活かしています。

 

さらに、Matadorから登場したロンドンのトリオ、Bar Italiaのメンバーも公にはしていないものの、同じように移民により構成されると思われ、三者三様のエキゾチズムがローファイなインディーロックの中に個性的に取り入れられています。さらに、ニューヨークのシンガー、Mitskiも日本出身の移民でもある。その土地の固有の音楽ではなく、様々な国の文化を取り入れた音楽、それは今後の世界的なミュージック・シーンの一角を担っていくものと思われます。

 

 

・Part 2  - New Music Brought by Immigrants-



As genres have become more and more fragmented and even more radical in recent years, it can be very difficult for musicians to decide which genre of music they are going to play.

One group may have absorbed classical music such as Broadway musicals and jazz from the early 20th century, while another faction has embraced the influences of youth culture from the 2000s onward.

With approximately countless options available, it seems true that, as Simon Green of Bonobo also speaks, "you have to use your brain to choose which sound to choose". As diversity deepens, the external presence of immigrants can bring new life and culture to local music. The vocalist of the first new Canadian dream-pop/shoegaze star, Bodywash, is actually of Japanese descent, and he makes excellent use of the experience of his anguish over a Canadian work visa whose residents' rights were not approved due to a mishandling by the authorities on his debut album. The album is a great example of the artist's ability to use his own experiences to his advantage.


In addition, the members of Bar Italia, a London trio that appeared on Matador, are also thought to be composed of immigrants as well, although they have not publicly announced it, and the exoticism of all three is uniquely incorporated into their lo-fi indie rock music. Furthermore, New York singer Mitski is also an immigrant from Japan. Music that is not indigenous to a particular region, but incorporates the cultures of various countries, is expected to become a part of the global music scene in the future.(MT- D)



 Bodywash 『I Held The Shape While I Could』



Label: Light Organ

Release: 2023/4/14

Genre: Dream Pop/ Shoegaze /Experimental Pop

 

 

今年、登場したドリーム・ポップ/シューゲイズバンドとして注目したいのが、カナダのデュオ、Bodywash。シンセサイザーと歪んだギター組みあわせ、独創的なアルバム『I Held The Shape While I Could』制作した。デュオは収録曲ごとに、メインボーカルを入れ替え、その役割ごとに作風を変化させている。

 

シューゲイズのアンセムとしては「Massif Central」がクールな雰囲気を擁する。その他にも、アンビエントやエクスペリメンタルポップが収録されている。アルバムの終盤では、「Ascents」や「No Repair」といったオルタナティヴロックの枠組みにとらわれない、新鮮なアプローチを図っている。 

 

 

 Best Track「Massif Central」



Best Track 「No Repair」




Hannah Jadagu 『Aperture』

 

 

Label: Sub Pop

Release: 2023/5/19

Genre: Indie Rock



Hannah Jadagu(ハンナ・ジャダグ)は、テキサス出身、現在はニューヨークに活動拠点を移している。

 

アーティストはパーカッション奏者として学生時代に音楽に没頭するようになった。以後、最初のEPをiphone7を中心にレコーディングしている。今作でレベルアップを図るため、Sub Popと契約を交わし、海外でのレコーディングに挑戦した。Hannha Jadaguは、彼女自身が敬愛するSnail Mail、Clairoを始めとする現行のインディーロックとベッドルームポップの中間にある、軽やかな音楽性をデビューアルバムで体現させている。

 

『Aperture』はマックス・ロベール・ベイビーをプロデューサーに招いて制作された。アルバムを通じてアーティストが表現しようとしたのは、教会というテーマ、そしてハンナ・ジャダグが尊敬する姉のことについてだった。

 

「Say It Now」、「Six Months」、「What You Did It」を中心とするインディーロック・バンガー、正反対にR&Bのメロウな音楽性を反映させた「Warning Sign」に体現されている。アルバムのリリース後、アメリカツアーを敢行した。インディー・ロックのニューライザーに目される。「Say It Now」では、「Ikiteru Shake Your Time」という日本語の歌詞が取り入れられている。

 

 

Best Track  「Say It Now」


 



Bar Italia  『Tracy Denim』

 

 

Label: Matador

Release: 2023/5/22

Genre: Indie Rock



当初、Bar Italiaは、ローファイ、ドリーム・ポップ、シューゲイザーを組み合わせた独特な音楽性で密かに音楽ファンの注目を集めてきた。Matadorから発表された『Tracy Denim』は、ロンドンのトリオの出世作であり、音楽性に関してもバリエーションを増すようになってきている。


現在は、その限りではないものの、当初、Bar Italiaは、「カルト的」とも「秘密主義」とも称されることがあった。『Tracy Denim』はトリオのミステリアスな音楽性の一端に触れることが出来る。最初期のローファイな作風を反映させた「Nurse」、トリオがメインボーカルを入れ替えて歌うパンキッシュな音楽性を押し出した「punkt」、Nirvanaのグランジ性を継承した「Friends」等、いかにもロンドンのカルチャーの多彩さを伺わせる音楽性を楽しむことができる。

 

アルバムのプロデューサーには、ビョークの作品等で知られるマルタ・サローニが抜擢。バンドは、Matadorからのデビュー作のリリース後、レーベルの第二作『The Twits』(Review)を立て続けに発表し、さらにエネルギッシュな作風へと転じている。今後の活躍が非常に楽しみなバンド。         

 

 Best Track 「punkt」





Gia Margaret 『Romantic Piano』

 


Label: jagujaguwar

Release: 2023/5/26

Genre: Modern Classical/ Post Calssical/ Pop

 

 

シカゴのピアニスト、マルチ奏者、ボーカリスト、Gia Margaret(ジア・マーガレット)の最新アルバム『Romantic Paino』は、静けさと祈りに充ちたアルバム。ピアノの記譜を元にして、閃きとインスピレーション溢れる12曲を収録。過去のツアーでの声が出なくなった経験を元にし、書かれた前作と異なり、単に治癒の過程を描いたアルバムとは決めつけられないものがある。

 

アルバムの冒頭を飾る「Hinoki Woods」を筆頭に、シンセサイザーとピアノを組みわせ、ミニマリズムに根ざした実験的な作風に挑んでいる。しかしピアノの小品を中心とするこのアルバムには、何らかの癒やしがあるのは事実で、同時に「Juno」に象徴されるように瞑想的な響きを持ち合わせている。

 

「Strech」は、現代のポスト・クラシカル/モダンクラシカルの名曲である。他にもギターの音響をアンビエント的に処理した「Guitar Piece」もロマンチックで、ヨーロピアンな響きを擁する。ボーカル・トラックに挑戦した「City Song」は果たしてシカゴをモチーフにしたものなのか。アンニュイな響きに加え、涙を誘うような哀感に満ちている。静けさと瞑想性、それがこのアルバムの最大の魅力であり、とりもなおさず現在のアーティストの魅力と言えるかもしれない。

 

 

Best Track 「City Song」

 

 


Killer Mike 『MICHAEL』

 

 


Label: Loma Vista

Release:2023/6/16

Genre: Hip Hop / R&B

 

ヒップホップのカルチャーの歴史、現在のこのジャンルの課題を良く知るキラー・マイクにとって、『MICHAEL』の制作に取り掛かることは、音楽を作る事以上の意味があったのかもしれない。つまり、近年、法廷沙汰となっているこのジャンルの芸術性を再確認しようという意図が込められていた。そしてヒップホップに纏わる悪評の世間的な誤解を解こうという切なる思いが込められていた。それはブラック・カルチャーの負の側面を解消しようという試みでもあったのです。

 

キラー・マイクは、結局、かつては友人であった人々が法廷に引っ張られていくのを見過ごすわけにはいかなかった。そこで彼は、ヒップホップそのものが悪であるという先入観をこの作品で取り払おうと努めている。また、キラー・マイクはブラックカルチャーの深層の領域にある音楽をラップに取り入れようとしている。このアルバムを通じて、マイクはゴスペル、R&Bへの弛まぬ敬愛を示しており、ブラック・カルチャーの肯定的な側面をフィーチャーしている。

 

取り分け、このアルバムがベストリストにふさわしいと思うのは、彼が亡くなった親族への哀悼の意を示していること。タイトル曲の録音で、レコーディングのブースに入ろうとするとき、キラー・マイクの目には涙が浮かんでいた。彼はブースに入る直前、様々な母の姿を思い浮かべ、それをラップとして表現しようとした。ヒップホップは必ずしも悪徳なのではなくて、それとは正反対に良い側面も擁している。キラー・マイクの最新作『MICHAEL』はあらためて、そういったことを教えてくれるはず。アーティスト自身が言うように、芸術形態ではないと見做されがちなこのジャンルが、立派なリベラルアーツの一つということもまた事実なのである。

 

 

Best Track  「Motherless」

 

 

 

 

McKinly Dixson 『Beloved!Paradise! Jazz!?』

 

 

Label: City Slang

Release: 2023/6/2

Genre:Hip Hop/ Jazz

 

 

City Slangから発売された『Beloved!Paradise! Jazz!?』の制作は、アトランタ/シカゴのラッパー、マッキンリー・ディクソンが、母の部屋で、トニ・モリスンの小説『Jazz』を発見し、それを読んだことに端を発する。

 

おそらく、トニ・モリスンの小説は、女性の人権、及び、黒人の社会的な地位が低い時代に書かれたため、現在同じことを書くよりも、はるかに勇気を必要とする文学であったのかもしれない。私自身は読んだことはありませんが、内容は過激な部分も含まれている。しかしマッキンリー・ディクソンは、必ずしも、モニスンの文学性から過激さだけを読み取るのではなく、その中に隠された愛を読み取った。もっと言えば、既に愛されていることに気がついたのだった。

 

マッキンリー・ディクソンの評論家顔負けの鋭く深い読みは、実際、このアルバムに重要な骨格を与え、精神的な核心を付加している。

 

音楽的には、ドリル、ジャズ、R&Bという3つの主要な音楽性を基調とし、晴れやかなラップを披露したかと思えば、それとは正反対に、エクストリームな感覚を擁するギャングスタ・ラップをアグレッシブかつエネルギッシュに披露する。アトランタという街の気風によるのでしょうか、ヒスパニック系の音楽文化も反映されており、これが南米的な空気感を付加している。

 

『Beloved!Paradise! Jazz!?』では、若いラップアーティストらしい才気煥発なエネルギーに満ち溢れたトラックが際立っています。新時代のラップのアンセム「Run Run Run」(bluをフィーチャーした別バージョンもあり)のドライブ感も心地よく、「Tylar, Forever」でのアクション映画を思わせるイントロから劇的なドリルへと移行していく瞬間もハイライトとなりえる。ジャズの影響を反映させた曲や、エグみのある曲も収録されているが、救いがあると思うのは、最後の曲で、ジャズやゴスペルの影響を反映させ、晴れやかな雰囲気でアルバムを締めくくっていること。もしかするとこれは、キラー・マイクに対する若いアーティストからの同時的な返答ともいえるのでは。

 

 

Best Track 「Run, Run, Run」

 

 

 

 M.Ward 『Supernatural Thing』 

 

Label: ANTI

Release:2023/6/23

Genre: Rock/Pop/Folk/Jazz

 


シンガーソングライターとして潤沢な経験を持つM.Ward。本作の発表後、ウォードはノラ・ジョーンズとのデュエット曲も発表した。

 

『Supernatural Thing』の制作は、M.Wardがふと疑問に思ったこと、ラジオの無線そのものが別世界に通じているのではないか、というミステリアスな発想に基づいている。実際、パンデミックの時期にM.Wardは、よくラジオを聴いていたそうですが、そういった目まぐるしく移ろう現代の時代背景の中で、人生の普遍的な宝物が何かを探求したアルバムと呼べるかもしれない。

 

アルバムには、アーティストのオリジナル曲とカバーソングが併録されている。音楽的には、Elvis Presleyの時代の古典的なロックンロール、パワー・ポップ、ジャングル・ポップ、コンテンポラリー・フォーク、ブルース・ロック、スタンダード・ジャズを始めとするノスタルジックなアプローチが図られている。しかし、それほど新しい音楽でないにも関わらず、このアルバムを良作たらしめているのは、ひとえにM.Wardのソングライティング能力の高さにあり、それがアーティストの人生を音楽という形を介してリアルに反映されているがゆえ。

 

本作のもう一つの魅力は、スウェーデンの双子のフォーク・デュオ、FIrst Aid Kitの参加にある。実際、アルバムに収録されているデュエット曲「Too Young To Die」、「engine 5」は、M. Wardのブルージーな音楽性に爽やかさや切なさという別の感覚を付与する。その他にも、アーティストが夢の中で、ロックの王様こと「エルヴィス」に出会い、「君はどこへだっていける」とお告げをもらう、ロックンロール・アンセム「Supernatural Thing」も珠玉のトラック。

 


Best Track 「Supernatural Thing」

 

 

Best Track 「engine 5」

   

 

 

 

 Oscar Lang  『Look Now』



Label: Dirty Hit

Release: 2023/7/2

Genre: Pop/Indie Rock/Alternative Rock

 


11歳で作曲を始めた(6歳くらいからピアノで曲を作っていたという説もある)マルチ・インストゥルメンタリストのオスカー・ラングは、2016年頃に楽曲を発表し始めた。高校在学中に、Pig名義で『TeenageHurt』や『Silk』のプロジェクトを発表し、実験的なポップと孤独の青春クロニクルで多数のファンを獲得した。2017年、ベッドルーム・ポップの新鋭、BeabadoobeeとのKaren Oの「The Moon Song」のカヴァーは、バイラル・ヒットとなり、数百万ストリーミングを記録し、2019年までに両アーティストはロンドンのレーベル、Dirty Hitと契約した。

 

『Look Now』は、オスカー・ラングが体験した幼馴染の恋人の別れの経験を元に書かれた。ギターロック色が強かったデビュー作とは対象的に、ビリー・ジョエル等の古典的なポップスから、リチャード・アッシュクロフトのVerveを始めとするブリット・ポップへの傾倒がうかがえる。

 

幼い頃に亡くなった母との記憶について歌われた「On God」の敬虔なるポップスの魅力も当然のことながら、バラードに対するアーティストの敬愛が全編に温かなアトモスフィアを形作り、ソングライターとしての着実な成長が感じられる快作となっている。「Leave Me Alone」、「Take Me Apart」、「One Foot First」等、聴かせるロックソングが多数収録されている。



Best Track「One Foot First」

 

 

 

 

Far Caspian   『The Last Remaining Light』-Album Of The Year 



 

 


 Label: Tiny Library

Release: 2023/7/28

Genre: Alternative Rock/Lo-Fi

 


リーズのJoseph Johnston(ダニエル・ジョンストン)は、デビューEPのリリース後、3年を掛けて最初のフルレングスの制作に取り掛かった。2021年にファースト・アルバム『Ways To Get Out」を発表後、ジョセフ・ジョンストンの持病が一時的に悪化した。このツアーの時期の困難な体験は、日本建築に対する興味を込めた「Pet Architect」に表れている。ジョンストンは、日本の狭い道に多くの建物が立て込んでいるイメージに強く触発を受けたと語る。

 

アルバムの制作中に、ジョセフ・ジョンストンはブライアン・イーノの『Discreet Music』を聴いていた。タイトルはTalking Headsの名作アルバム『Remain In Light』に因むと思われる。

 

『The Last Remaining Light』はオルタナティヴ・ロックの範疇にあるアルバムではありながら、ギターサウンド、ドラムのミックスに、ミュージック・コンクレートの影響が反映されている。本作は一時的な間借りのスタジオで録音され、音源を「タスカム244」の4トラックに送った後、それをテープ・サチュレーションで破壊し、最終的にLogicStudioに落としこんだという。

 

「デビュー・アルバムのミックスをレーベルに提出した翌日から、すぐ二作目のアルバムの制作に取り組んだ」とジョンストンは説明する。「ファースト・アルバムを完成させるのに精一杯で疲れきっていた。でも、アルバムが完成したとき、次の作品に取りかかり、失敗から学ぼうという気持ちになった。長いデビュー作を作った後、10曲40分のアルバムを書きたいとすぐに思った」

 

アルバム全体には荒削りなローファイの雰囲気が漂う。さらに、Rideへのオマージュを使用したり、American Footballのようなエモ的な質感を追加している。特にドラムの録音とギターの多重録音には、レコーディング技術の革新性が示唆される。本作の音楽性は、懐古的な空気感もあるが、他方、現代的なプロダクションが図られている。オルタナティヴ・ロックの隠れた名盤。

 

 

Best Track「Cyril」

 

 

 

 

 No Name 『Sundial』


Label: AWAL

Release; 2023/8/11

Genre: Hip Hop/R&B

 


シカゴのシンガー、No Nameは実際、良い歌手であることに変わりはないでしょうし、このアルバムも深みがあるかどうかは別としてなかなかの快作。

 

2021年にローリング・ストーン誌に対して解き明かされた新作アルバム『Sundial』の構想や計画をみると、過激なアルバムであるように感じるリスナーもいるかもしれないが、実際は、トロピカルの雰囲気を織り交ぜた取っ付きやすいヒップホップ・アルバムとなっている。多くの収録曲は、イタロのバレアリックで聴かれるリゾート地のパーティーで鳴り響くサマー・チルを基調にしたダンス・ミュージック、サザン・ヒップホップの系譜にあるトラップ、それから、ゴスペルのチョップ/サンプリングを交えた、センス抜群のラップ・ミュージックが展開されている。


少なくとも本作は、モダンなヒップホップを期待して聴くアルバムではないけれど、他方では、ヒップホップの普遍的なエンターテイメント性を提示しようとしているようにも感じられる。良い作品なので、アルバムジャケットを変更し、再発を希望します。

 

 

Best Track 「boomboom(feat. Ayoni」

 

 

 

 

Olivia Rodrigo 『GUTS』

 


Label: Geffen 

Release: 2023/9/15

Genre: Alternative Rock/Punk/Pop



米国の名門レーベル、ゲフィンから発売されたオリヴィア・ロドリゴの『GUTS』は主要誌、Rolling Stone、NMEで五つ星を獲得したものの、独立サイト系は軒並み渋めの評価が下された。


しかし、それもまた一つの指標や価値観に過ぎないだろう。オルタナティヴ・ロックという観点から見ると、少なくとも標準以上のアルバムであることがわかる。オリヴィア・ロドリゴは、アルバムの制作時、ジャック・ホワイトにアドバイスを求め、若いアーティストとして珍しく真摯に自作の音楽に向き合った。「Snail Mail、Sleater-Kinney、Joni Mitchell、Beyoncé、No DoubtのReturn Of Saturn、Sweetなど、お気に入りの曲を記者に列挙しており、「今日は『Ballroom Blitz』を10回も聴いた。なぜかは全然わからない」とNew York Timesに話している。

 

『Guts』では、ベッドルームポップの要素に加え、インディーロック、グランジ、ポップ・パンクの要素を自在に散りばめて、ロックのニュートレンドを開拓している。特に、現在の米国のロックアーティストとしては珍しく、アメリカン・ロックを下地に置いており、ティーンネイジャー的な概念がシンプルに取り入れられていることも、本作の強みのひとつ。ときに商業映画のようにチープさもあるが、一方で、アーティストは、その年代でしかできないことをやっていることがほんとうに素晴らしい。これが本作に、全編に爽快味のようなものを付加している。

 

それほど洋楽ロックに詳しくない若いリスナーにとって、オリヴィア・ロドリゴの『GUTS』は、入門編として最適であり、ロックの魅力の一端を掴むのに最上のアルバムとなるはずだ。このアルバムを聴いて、Green Dayの『Dookie』を聴いてみても良いだろうし、Nirvanaの『Nevermind』を聴いても良いかもしれない。その後には、素晴らしき無限の道のりが続いている!?

 

 

Best Track 「ballad of a homeshooled girl」

 

 

 

 

 Mitski 『The Land Is Inhospitable and So We Are』-Album Of The Year

 

 

Label: Dead Oceans

Release: 2023/9/15

Genre; Pop/Rock/Folk/Country

 

 

三重県出身、ニューヨークのシンガーソングライター、Mitski(ミツキ)の7作目のアルバム『The Land Is Inhospitable and So We Are』は、前作『Laurel Hell』のシンセ・ポップを主体としてアプローチとは対象的に、オーケストラの録音を導入し、シネマティックなポップ・ミュージックへと歩みを進めた。歌手としての成長を表し、たゆまぬ前進の過程を描いた珠玉のアルバム。


「最もアメリカ的なアルバム」とミツキが回想する本作は、フォーク/カントリーを始めとするアメリカーナの影響を取り入れ、それらを歌手のポピュラーセンスと見事に合致させた。オーケストラとの生のレコーディングという形に専念したことは、実際、アルバムにライブレコーディングのような精細感をもたらしている。それを最終的にミックスという形で支えるプロデューサーの手腕も称賛するよりほかなく、ミツキのソングライティングや歌に迫力をもたらしている。

 

現時点では、「My Love Mine All Mine」がストリーミング再生数として好調。この曲は、今は亡き”大瀧詠一(はっぴーえんど)”のソングライティングを想起させるものがある。クリスマスに聞きたくなるラブソングで、ミツキの新しいライブレパートリーの定番が加わった瞬間だ。

 

他にも、全般的にポピュラー・ミュージックとして聴き応えのある曲が目白押し。フォーク、ゴスペルの融合を試みた「Bug Like An Angel」、ミュージカル、映画のようなダイナミックなサウンドスケープを描く「Heaven」、歌手自身が敬愛する”中島みゆき”の切なさ、そして、歌手としての唯一無二の存在感が表れた「Star」等、アルバムの全編に泣ける甘〜いメロディーが満載である。このアルバムの発売後、Clairoが「My Love Mine All Mine」をカバーしていた。


 

Best Track 「My Love Mine All Mine」

 

 

 Best Track「Star」

 

 

Part.3はこちらからお読み下さい。

 

Part.1はこちら



Music Tribune Presents ”Album Of The Year 2023” (Part 1)

 


今年を総括しておきますと、2023年度のリリースの総数は、パンデミック開けの昨年に比べると、さほど多くはなかったという印象です。これはおそらく、2021年にレコードの生産がロックダウン等で停滞していた流通が、翌年に発売が引き伸ばされたことに起因するかもしれません。

 

表面的な印象としましては、昨年の方が話題作やビックアーティストのリリースが断然多かったようです。今年は、週間のアルバムを探していても、1、2作しか話題作がないという週も少なからずでした。


テイラー・スウィフトが世界的な影響力を持つ中で、海外では個性的なアーティストも数多く出てきた年でした。

メインストリームでは、ソロアーティストによるスーパーグループ、boygenius、Geffen Recordsの新しい看板アーティスト、Olivia Rodrigoの登場が音楽シーンの今後の命運を左右する印象があるかもしれません。他方、アンダーグランドのミュージック・シーンでも、Anti、Matador、4AD、City Slang、Mergeを中心に注目すべきアーティストが数多く登場しました。今年はジャンルを問わず、「隠れた名盤」が数多く登場しました。どちらかと言えば、一回聴いてわかるというよりも、 よく聴かないと、その真価が分からないという作品が多かったように思えます。

 

今年、多数のレビューをさせていただいた実感として、音楽そのものに関しては、個別的なポピュラー性を求めるグループ、反対に音楽そのものの多様性やクロスオーバー性を徹底的に突き詰めるグループに二分されていたという印象を受けます。また、音楽という形態は、現実では実現不可能なものを実現させることが出来るような、稀有な表現媒体でもあることを実感しています。

 

今年も国内外のたくさんの読者様に支えられたことに篤く感謝いたします。さらに、リリース、ライブ情報をお送りいただいたすべての方々に深く感謝申し上げます。何より、日々制作に励むアーティストのみなさん、良いクリスマスとお正月をお過ごし下さいませ。来年も引き続き、Music Tribuneをよろしくお願いいたします!! 
      
   

・サイトがバッファに耐えられないので、記事を3つか4つに分割して公開する予定です。


To summarize this year, my impression is that the total number of releases in 2023 was not as large as last year at the opening of the pandemic. This may perhaps be attributed to the fact that the distribution of records production was stalled in 2021 due to lockdowns, etc., and the releases were stretched out to the following year.
 
On the surface, my impression is that there were definitely more high-profile and big artist releases last year. This year, there were more than a few weeks where you could find an album of the week and there were only one or two buzzworthy releases.

With Taylor Swift's global influence, it was a year that also saw a number of unique artists emerge overseas. In the mainstream, a supergroup of solo artists, boygenius, Geffen Records' new signature artist, Olivia Rodrigo, the new signatory of Geffen Records, may give the impression that the future fate of the music scene depends on their appearance. On the other hand, in the underground music scene, Anti, Matador, 4AD, City Slang, and Merge, among others. Regardless of genre, many "hidden gems" appeared this year. If anything, it is more than just recognizable after one listen,Rather, it seems that there were many works whose true value could not be appreciated unless one listened to them carefully.
 
As a result of reviewing many of the albums this year, I have the impression that the music itself was divided into two groups: those who sought individual popularity, and those who were more interested in the diversity and crossover nature of the music itself. I also realize that music is a rare medium of expression that can realize the unrealizable in reality.
 
We would like to express our sincere gratitude to the many readers both in Japan and overseas who have supported us this year. We would also like to express our deepest gratitude to all those who sent us information on releases and live performances. Above all, to all the artists who work hard every day on their productions, we wish you a happy Christmas and New Year.

 

Thank you very much for your continued support of Music Tribune in the coming year! 
      
   

The site cannot withstand the buffer, so we will publish it in installments.




・Best 35 Albums

 

Ryuichi Sakamoto(坂本龍一) 『12』


 

 


 

Label: Commons/Avex Entertainment

Release: 2023/1/17

Genre:Post Classical/Amibient

 


『12』は、今年4月2日に亡くなられた坂本龍一の遺作。YMOの活動や以後のソロ活動において、映画音楽やオーケストラ音楽、盟友であるAlva Notoとの実験的な電子音楽という多岐にわたる音楽を追求してきた。昨年からは「V.I.R.U.S」と称するリイシューを発表していた。

 

『12』は、日記のように書かれた作品で、癌の闘病中であった坂本龍一の渾身のアルバムとも言え、曲名は制作された日付を元に銘打たれ、人生の記録のような意味も読み取ることが出来る。

 

音楽性としては、従来、音楽家が得意としてきたアンビエント、クラシカル、そして新たにジャズの要素が付加されている。さらに驚くべきことに、厳しい状況の中で、制作者は、電子音楽という観点を通して、従来の作風のなかで最もアヴァンギャルドな音楽性に挑戦している。ピアノの演奏に関する気品に満ち溢れた演奏力は最盛期に劣らず、敬愛するバッハに対するオマージュともとれる「sarabande」も制作していることにも注目したい。クラシック音楽を親しみやすい音楽として、一般的なファンに広めるべく専心してきた坂本さんの集大成を意味するような作品。NHKの伝説の509スタジオで行われたピアノライブ、及び、インタビューも大きな話題を呼んだ。さらに生前最後のコンサート映画「OPUS」はヴェネチア国際映画祭で上映された。

 

 

「12」 Album Teaser

 

 

 

CVC 『Get Real』

 



Label: CVC Recordings

Release: 2023/1/23

Genre: Rock/R&B


ウェールズから登場した六人組のコレクティヴ、CVC(チャーチ・ヴィレッジ・コレクティヴ)はユニークなデビューアルバム『Get Real』を今年の初旬に発表した。チャーチ・ヴィレッジは、ラグビー場とパブに象徴される小さな町。CVCは、ウェールズ国内のライブを軒並みソールドアウトさせている。

 

CVCはビートルズやローリング・ストーンズ、ビーチ・ボーイズを始めとするヴィンテージ・ロックに強い触発を受けているという。

 

昨年末、デビュー・シングル「Docking The Pay」で、ドライブ感のあるハードロックサウンドを引っ提げて、ささやかなデビューを飾ったコレクティヴ、CVCは、今年、デビューアルバムで飛躍を遂げた。ビンテージ・ソウル、ファンク、ロックといったメンバーの音楽的な影響を持ち寄り、それらをコンパクトなサウンドにまとめている。

 

本作は、デビューシングル「Docking The Pay」に加え、「Hail Mary」、「Winston」、「Good Morning Vietnam」等、粒揃いの楽曲を収録したファーストアルバム。デビュー当時、彼らは、ラフ・トレードに提出したプレス資料の中で、「ウェールズを飛び出し、海外でライブをするようになりたい」と語っていましたが、その夢はすでに実現し始めている。小規模のスペースではありながら、NYCでのライブを実現させている。今後、どのようなバンドになるのか非常に楽しみ。

 

 

Best Track 「Hail Mary」





The Murder Capital 『Gigi's Recovery』



Label: Human Session Records

Release: 2023/1/20

Genre: Alternative Rock

 

The Murder Capitalはアイルランド/ダブリンの四人組。元々はポスト・パンクサウンドを引っ提げてデビュー・アルバムをリリースした。


デビュー作では、確かに若いポスト・パンクバンドとしての荒削りな感じが彼らの魅力だったが、セカンドアルバムでは、若干音楽性を変更している。本作にはオルタナティヴロックを中心に聴き応えのある曲が多数収録。ザ・マーダー・キャピタルは、エモーショナルなポップ性とオルタナティヴロック直系の捻りを追加し、オリジナリティー満点のサウンドを確立させた。


フロントマンのジェイムス・マクガバンは、アルバムの制作時のパンデミックの期間を、ダブリン、ドニゴール、ウェックスフォードで過ごし、自らを見つめ直す機会を得た。内省的とも解釈出来るサウンドは、セカンド・アルバムの重要な骨格を形作り、前衛的とも言えるシンセサイザーのテクスチャーと複雑に絡み合わせ、独自のオルタナティブロックサウンドを生み出した。


『Gigi's Recovery』にはThe Murder Capitalの新しい代名詞とも言えるサウンドが収録。バラードをオルト・ロックとして昇華した「Only Good Thing」、Radioheadの次世代のサウンド「A Thousand Lives」もまた、バンドらしくクールとしか言いようがない。今年、バンドはコーチェラ・フェスティバルでもライブパフォーマンスを行い、海外にもその名を轟かせることになった。  

 

 

Best Track 「A Thousand Lives」

 


 

 

Fucked Up 『One Day』 


 

Label: Merge

Release: 2023/1/27

Genre: Punk/Hardcore



2001年に結成されたカナダ/トロントのFucked Up。Matador Records、Jade Tree等、アメリカの主要なインディーロック/パンクのレーベルを渡り歩いてきた。6人組編成らしい分厚いポスト・ハードコアサウンドに、英国にルーツを持つダミアン・アブラハムの迫力のあるボーカル、実験的なエレクトロサウンドを組み合わせ、次世代のポスト・ハードコアサウンドを生み出す。

 

『One Day』はカナダ/トロントの伝説的なグループが一日という期間を設け、ソングライティング、レコーディングを行った。一発録音ではなく、トラックごとに分けて、八時間ごとの三つのセクションに分割し、レコーディングが行われ、2019年と2020年の二回にわたって制作された作品。しかし、それらの個別のトラックは正真正銘、「一日」で録音されたものだという。

 

本作は、硬派なポスト・ハードコアサウンドが主要なイメージを形作っているが、中にはメロディック・パンクからの影響も反映されている。

 

加えて、アブラハムの咆哮に近いエクストリームなメインボーカルと、分厚い編成によるコーラスワークの合致は、驚くべき美麗な瞬間を呼び起こす。エンジンが掛かるのに時間がかかるが、アルバムの中盤から終盤にかけてアンセムが多い。「Lords Of Kensington」、「Falling Right Under」、「One Day」をはじめ、Hot Water Music、Samiam、JawbreakerのようなUSエモ・パンクの精髄を受け継いだ「Cicada」も聴き応え十分。無骨なハードコアサウンドの中にあるメロディ性や哀愁のあるエモーションは、バンドの最大の魅力に挙げられる。



「Lords Of Kensington」

 

 

 

Young Fathers 『Heavy Heavy』



 

Label: Ninja Tune

Release: 2023/2/3

Genre: R&B/Hip-Hop

 

スコットランドのトリオ、Young Fathers(ヤング・ファーザーズ)は、リベリア移民、ナイジェリア移民、そしてエジンバラ出身のメンバーにより構成される。彼らの音楽の根底にあるのは、ビンデージのソウル/レゲエ。それにブレイクビーツやヒップホップのトラップの手法を加え、流動的な音楽性を生み出す。『Heavy Heavy』の背景にはレイシズムに対する反駁も込められており、ゆえに表向きの音楽性は必ずしもその限りではないものの、重力を感じるダンスミュージックとなっている。

 

バンコール、ヘイスティングス、マッサコイのトリオは、自分たちの面白そうだと思うものがあれば何であれヤング・ファーザーズの音楽に取り入れてしまう。ボーカルやコーラスワークに関しては、ソウルミュージックの性質が強いが、じっくり聴いてみると、アフリカンな民族音楽のリズムが取り入れられている。アフロビート、ビンテージ・ファンク、ソウル、ヒップホップの融合は移民としての多様性を反映した内容となっている。特にアルバムに収録されている「Drum」は、ヤング・ファーザーズが未曾有の領域にたどり着いた瞬間である。

 


Best Track「Drum」



Yo La Tengo 『This Stupid World』

 



Label: Matador

Release: 2023/2/10

Genre: Indie Rock/Alternative

 

 

1990年代から米国のオルタナティヴ・ロックシーンを牽引してきたニュージャージ州/ホーボーケンのトリオ、Yo La Tengo。元々、音楽ライターを務めていたアイラ・カプランを中心に結成。彼らは信じがたいことに、30年目にして、オルタナティヴ・ロックの高みに上り詰めた。本作のリリース後、トリオは『This Stupid World』の収録曲をライブで披露した「The Bunker Sessions」を発売し、バルセロナの音楽フェスティバル、プリマヴェーラ・サウンド 2024にも出演が決定している。

 

『This Stupid World』 は、Stereogumによると、Tortoise(トータス)のドラマーとして知られるミュージシャン、John McEntire(ジョン・マッケンタイア)が部分的にミックスを手掛けたという話である。

 

「And Then Nothing Turned Itself Inside-Out」、「Summer Sun」 といった良盤をリリースしながらもフルレングス単位では今ひとつ物足りなさがあったが、今作では従来のイメージを完全に払拭してみせた。特に、Yo La Tengoは、The Velvet Undergroundに象徴づけられるニューヨークのアヴァンギャルド・ミュージックの源泉に迫る。オープニング曲「Sinatra Drive Breakdown」、及び「Fall Out」では、オルタナティヴロック/ギターロックの最高の魅力を示している。

 

「Tonight Episode」におけるホラー映画を彷彿とさせる音楽性も、新しい魅力の一端を担っている。その後、息をつかせるジョージア・ハブレイによる穏和なバラード「Aselestine」は、「Let’s Save Tony Orland's House」に象徴される温かな曲風を想起させる。


アルバムの終盤のハイライト「This Stupid World」では、近年見過ごされがちだったギターロックの音響性の未知の可能性を示唆している。アイラ・カプランとジョージア・ハブレイは、7分に及ぶこの曲の最後で歌う。「This stupid world/ It's killing me/This stupid world/ Is all we have」。My Bloody Valentineのケヴィンの全盛期に匹敵するディストーションの怒涛の嵐の後、エレクトロニックとポップの融合に挑んだ壮大な世界観を持つ「Miles Away」では、神秘的な境地に至る。  


 


Best Track 「Fall Out」



Caroline Polachek 『Desire,I Want To Turn Into You』




Label: Perpetual Novice

Release: 2023/2/14

Genre: Pop/Experimental Pop

 


2019年末、『Pang』をリリース後、ブルックリン出身のキャロライン・ポラチェックはレコードのツアーを行う予定だったが、2020年3月のCOVID-19のパンデミックによって中断された。

 

以後、ポラチェクはロンドンに滞在し、ダニー・L・ハーレと『Desire, I Want to Turn Into You』の制作に取り組んだ。彼女はアルバムを"他のコラボレーターがほとんど参加していない "ハーレとの主要なパートナーシップであると考えた。2021年半ばまで、ポラチェックはロンドンでアルバムの制作を続け、ハーレやコラボレーターのセガ・ボデガと共にバルセロナに一時的に移住した。

 

ポラチェックは勇敢に人生を受け入れ、制作に取り組んでいる。バルセロナの滞在は『Desire,I Want To Turn Into You』の音楽性にエキゾチズムを付加することになった。旧来の楽曲のポピュラー性とアーバン・フラメンコ等の南欧の音楽が合致し、オリジナリティー溢れる作風が確立。アルバムに充溢する開放感のある雰囲気は、アーティストの未知なる魅力の一端を司っている。


「Pretty Is Possible」を筆頭に、ダンス・ミュージックを反映したモダンなポップが本作の骨格を形成する。一方、「Hopedrunk Everasking」に見受けられるナイーブな曲も聴き逃せない。その他、「Somke」、「Butterflly Net」を始めとするソングライターとしての着実な成長を伺わせる曲も収録。

 

 

Best Track  「Smoke」

 

 

 

 

Shame 『Food for Worms』

 


 

Label: Dead Oceans

Release: 2023/2/24

Genre: Post Punk/Indie Rock



ロンドンのポストパンクバンド、Shameは最新作『Food For Worms』の制作を通じて、一回り成長して帰ってきた。 


元々は、プリミティヴなポスト・パンクを強みとしていたSHAME。彼らの最新作は、オルタネイトなひねりもあるが、インディーロックやブリット・ポップ、プログレッシヴ・ロックの要素を交え、多角的なロックサウンドを追求している。

 

IDLES、Squidを筆頭に、今やロンドンは「ポスト・パンクの聖地」となりつつある。そしてSHAMEは彼らに劣らないバンドとしてのクオリティー、卓越したバンドアンサンブルを誇る。

 

オープニングを飾る「Fingers of Steel」 のドライブ感のあるポスト・パンクサウンドに加えて、エモの質感を持つ叙情的でメロディアスな曲調が彼らの強み。他にも、変拍子を交えた「Six Pack」はオリジナルパンクとしても聴けるし、プログレッシヴ・ロックとしても楽しめる。

 

中盤にも、良い曲が多く、Pavement、Guided By Voicesに近いオルタナティヴとエモの風味を加えた「Adderall」は、素晴らしいロックソング。きわめつけは、ブラー、オアシスの最初期を彷彿とさせるブリット・ポップを緊密なスタジオ・セッションに近い形で収録したクローズ曲「All The People」は、彼らが昨年からライブで温めてきたもので、Shameの新たな代名詞が誕生した瞬間。アルバムを聞き終えた後、ロックの素晴らしさと温かみに浸れること間違いなし。 



Best Track 「All The People」

 


Live Vesion

    





 

 

Yazmin Lacey 『Voice Notes』

 



Label: Own Your Own

Release: 2023/3/3

Genre: R&B/ Reggae

 

Yazmin Laceyの「Voice Notes』は、UKのR&B/レゲエの注目のアルバム。デビューアルバム『Voice Notes』は、ヤズミン・レイシーの人生の瞬間をとらえた重要な記録。Black Moon(2017年)、When The Sun Dips 90 Degrees(2018年)、Morning Matters(2020年)という3枚のEPに続く本作は、3部作の一つに位置づけられている。

 

ヤズミン・レイシーは、洗練されたサウンドを出来るだけ避け、生々しさ、つまり、アルバムタイトルにもなっているように「誰かの間に立ち止まり、声のひび割れを聞く」チャンスを与えることを選んだという。

 

ヒップホップの話法を交え、サンプリングを元にしたR&B,レゲエ、ダブをシームレスに展開させる。夜のメロウな雰囲気がアルバム全体には漂い、ときに贅沢な感覚が表現されている。特に「Bad Company」はアルバムのハイライトの一つであり、アーティストの出世作に挙げられる。

 


Best Track 「Bad Company」

 

 

 

 

Sleaford Mods 『UK Grim』

 



Label: Rough Trade

Release: 2023/3/10

Genre: Post Punk/Electronic

 

アンドリュー・ファーン、ジェイソン・ウィリアムソンによるSleaford Modsは、『Spare Ribs』に続くアルバム『UK Grim』を通じて、国外に宣伝されるイギリス像とは異なる国家観をポスト・パンクやクラブ・ミュージックで表現する。アルバムの発売の直前、The Guardianの日曜版で特集が組まれた。アルバムのタイトルは「グリム童話」と「UKグライム」を掛けていて、洒落の意味があるのだろう。

 

オープニングを飾るタイトル曲「UK Grim」は、ミュージックビデオを見ても分かる通り、政治的に過激な風刺が込められている。それをリアルから一定の距離を置いて、シニカルかつコミカルに表現するのがSleaford Modsの魅力。


今作には、複数の豪華コラボレーターが参加している。Dry Cleaningのフローレンス・ショー、そして、意外にも、Jane's Addictionのペリーファレルがゲストボーカルで参加。マドリード公演での中断が今年11月に話題を呼んだ。今後も彼らの動向から目を離すことは出来ない。もちろん同レーベルのアイルランド・フォークの重要な継承者、Lankumの『False Lankum』も聴いてみてね。


 

「So Trendy」

 

 



Unknown Mortal Orchestra 『V』(US)

 



Label: jagujaguwar

Release: 2023/3/17

Genre: Indie Rock/Alternative

 

 

ニュージーランド出身のルヴァン・ニールソン率いるアンノウン・モータル・オーケストラは、近年、ポートランドに拠点を移して活動中。従来の作品では、フリーク好みのローファイ/サイケロック/ファンクで多数のファンを魅了してきた。『V』に関しては、 ルヴァン・ニールソンがポリネシアのルーツを辿っている。サウンドプロダクションについては、ボズ・スキャッグス、ボビー・コールドウェルといった70、80年代のポピュラー音楽が重要なファクターとなっている。それに加えて、ニールソンのルーツであるハワイの南国的な雰囲気も漂う。


本作の魅力は、ダンス・ミュージックを意識したミニマルなループ・サウンドの中に、旧来のサイケ、ファンク、ソフト・ロック、AOR,ローファイと、無数の要素が散りばめられていることにある。アルバム発表の約2年前に発表された先行シングル「That Life」を始め、アーティストの故郷への愛着が歌われた「The Beach」、哀愁に充ちた雰囲気を擁するループサウンドをローファイとして処理した「The Garden」等、聴き応えたっぷりの良曲が多数収録されている。

 


Best Track 「The Beach」

 

 

 

 

 Lucinda Chua 『YIAN』



Label: 4AD

Release: 2023/3/24

Genre: Pop/Modern Classical/R&B

 

 

ロンドンを拠点に活動する中国系イギリス人シンガー、Lucinda Chua(ルシンダ・チュア)は、当初、フォトグラファーとして活動し、後にチェリストに転向している。以後、Oneohtrix Pointnever(ダニエル・ロパティン)でのツアーサポートを期に、エレクトロニック/アンビエント界隈で、名を知られるようになった。2021年、4ADと契約を交わし、ソングライターに転向した。 


モダンクラシカル/ポピュラー/アンビエントをクロスオーバーし、美麗な音楽世界を構築するようになった。「Antidotes Ⅰ、Ⅱ」では、幼い頃から親しんできたピアノ、そしてチェロ、エレクトロニック、彼女自身のボーカルを交え、このシンガーソングライターにしか表現しえないオリジナリティー溢れる音楽を作り出した。

 

最新作『YIAN』でもピアノ/エレクトリックピアノの弾き語りを中心に落ち着いたモダンクラシカルを基調としたポピュラー・ミュージックのアプローチが図られている。しかし、ボーカルから滲み出るネオ・ソウルの質感は、シンガーの人間的な成長、あるいは考えの深化を表し、そしてそれを支える華麗なストリングスは、ルシンダ・チュアがよりワールドワイドなシンガーソングライターの道を歩み始めたことの証ともなりえる。繊細な感覚を持つピアノとボーカルのハーモニーが合わさった時、息を飲むような美麗さが訪れる。本作の音楽にはイメージの換気力があり、表向きの印象の奥底に、ピクチャレスクな印象が立ち上ることもある。

 

「Golden」、「I Promise」、「Echo」を始め、聞きやすさと深みを兼ね備えた美麗なモダンクラシカルを基調とするポップソングが鮮烈な印象を擁する。


オーケストレーションを用いた「Meditations on a Place」、ボーカリストとしての進化を意味する「Autumn Leaves Don't Come」も聞き逃せない。デビューEP「Antidotes」以降の音楽性は、アルバムのクローズ曲「Something Other Than You」において、ひとまず集大成を迎えたと見て良さそうだ。 

 


Best Track 「Something Other Than You」

 

 

 

 Lana Del Rey 『Did You Know That There's a Tunnel Ocean Blvd」





Label:  Polydor

Release: 2023/3/24

Genre: Pop

 

 

米国では最も影響力のあるシンガーソングライター、ラナ・デル・レイ。先日発表されたグラミー賞では、主要部門にノミネートされた。『Did you know? ~』のアートワークとタイトルーー地下トンネルの存在とジュディー・ガーランド扮するアーティストーーには暗示的なメッセージが含まれている。

 

アーティストの最も傑出したところは、ビックアーティストになろうとも、出発点を忘れず、サッドコアを始めとするインディーミュージックにも重点を置いている点にある。加えて、アーティストは、今年の夏頃、地元の小さなマーケットのスタッフとして短期的に勤務していた。スターではあるものの、一般的な人々に目を向けていることは本当に尊敬するよりほかない。

 

このアルバムがポピュラー音楽として秀作以上の何かがあることは、レコーディング・アカデミーの太鼓判を見ても明らかである。さらに、デビューから10年あまりを経て、このアルバムのサウンドに円熟味を感じたとしても、思い違いではない。特に「The Grant」のミュージカル等に触発されたシアトリカルなサウンドを提示し、アーティストとしての真心が込められたタイトル曲も切なく、琴線に触れるものがある。


「A&W」における映画音楽を彷彿とさせる音楽性に関しても、作品全体に堅固な存在感とポップスとしての聴き応えをもたらしている。以前、コラボ経験のあるFather John Misty,そして同じく、2023年度のグラミー賞にノミネートされたJon Batisteの参加も聴き逃せない。この上なく洗練されたポピュラーミュージックの至宝。年代を問わず幅広いリスナーに推薦したいアルバム。

 

 

Best Track 「A&W」

 

 

 

 

boygenius 『the record」-Album Of The Year

 


 

Label: Interscope

Release: 2023/3/31

Genre: Indie Rock


元々、ソロシンガーとして活動していたルーシー・デイカス、フィービー・ブリジャーズ、ジュリアン・ベイカーによるboygenius。


今年始め、いきなりロサンゼルスの街角でNirvanaの三人に変装して撮影された写真を公開して、ファンの話題を攫った。今、考えてみれば、ボーイ・ジーニアスの壮大なストーリーの始まりで、デビューアルバム『the record』の告知でもあった。


デビュー・アルバムは、Rolling Stone誌のカバーを飾り、グラミー賞の主要部門にもノミネートされた。実際、このアルバムは商業的な路線を図りながらも聴き応え十分の内容だ。3人のソングライティングの個性が劇的に融合を果たしている。特にコーラスのハーモニーが織りなす美しさに着目したい。

 

ゴスペル風の作風に挑戦したオープナー「Without You Without Them」、すでにライブ等で定番といえる「Cool About It」、「Not Strong Enough」等、インディーロック、フォーク、ポップスを軽やかにクロスオーバーしている。もちろん、フィービー・ブリジャーズのソングライティングにおける繊細でエモーショナルな感覚も内在している。アルバムの中で唯一、ポストロック的なアプローチを図った「$20」もクール。洋楽のロックの初心者にこのアルバムを推薦したい。

 


Best Track 「Not Strong Enough」

 

 

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