Snail Mail 『Richochet』
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Release: 2026年3月27日
Review
人間は年齢を重ねるごとに、 今まで見えなかった視点を獲得し、また、その年代ごとに興味を変化させていく。他者と自己の分離、あるいは境界という出発点に始まり、そもそも自己とは何なのか、自分を構成するものは何なのか、また、自分はどこに属するのか、そしてどこから来てどこに行くのかを思案することになる。学生生活や仕事、日常生活に忙殺されていると、なかなか考える暇すらない。外に興味を向け、それを断罪するのは容易い。しかし、自己を回顧するのは難しい。しかし、ある時ふと、流れが止まったとき、自己を見ざるをえなくなり、あるテーマが目の前に浮かぶ。この段階で、個人が客観的なメタ視点を持つことになり、ある意味では、自分の姿を他者の視点から眺める時期に差し掛かる。それでは自分とはなんなのかという。
ニューヨークから故郷に戻った後、レコーディングされたリンジー・ジョーダンによる最新作『Richochet』には成長過程における死や死後の世界という、いくらか深妙なテーマが取り入れられ、哲学的な視点を取り入れた作品である。
しかし、そういった切実なテーマがありながらも、音楽は重苦しくはない。いや、それとは対象的に、驚くほど軽やかで、爽快な局面もある。それは過去の自分を見つめた時、多少、恥ずかしいような思い出も今ではなんだか美しい思いに彩られたからである。このアルバムは、前作『Valentine』のニューヨークの都会的な雰囲気とは対象的に、アメリカ郊外の平穏な風景をぼんやりと思いおこさせる。その中にシンガーソングライターは、しがないように思える青春時代の自己を慈しみの眼差しで見つめる。
一曲目「Tractor Beam」を聴くと、故郷の情景を描いたものであることはそれとなく伝わってくる。今では少し使い古されたようなポップソングを踏襲して、スネイル・メイルはらしいロックソングを紡ぐ。その手助けを果たしたのが、Mommaのベーシストを務め、近年、めきめきとプロデューサーとしての腕を上げ、活動の裾野を伸ばしているアーロン・コバヤシ・リッチである。
コバヤシ・リッチのプロデュースは、90年代以降のオルタナティヴロックをベースにしているが、現代的なサウンドの妙味を埋もれさせることなく、今あるべき最適解を導き出す。スネイル・メイルの代名詞となる叙情的なインディーロックサウンドは、時々、脆さや儚さすら持ち合わせているが、それと同時にコバヤシの全体的なプロデュースが楽曲に強さをもたらしている。
思い返せば、2024年、スネイル・メイルは、Smashing Pumpkinsの「Tonight Tonight」のカバーに挑戦していたが、その影響が現れたのが二曲目を飾る「My Maker」である。アコースティックギターを多重録音し、ベッドルームポップに属するエバーグリーンなボーカルが加わり良い空気感を生み出している。この曲では、以前よりフォークミュージックに焦点を置き、心地よいボーカルのメロディー、ミニマリズムに依拠したギターサウンドが、全体的にアトモスフェリックな音楽性を作り上げる。まるで爽やかな春の風が目の前を通り過ぎていく瞬間のようである。
『Richochet』では、ボーカルは全体的なトラックに対して、むしろ控えめな立ち位置を選ぶことが多い。それは他の箇所では後ろに立っているが、ここぞというときに満を持して前面にせり出てくる感じである。
「Light On Our Feet」ではゆっくりとしたテンポを活かして旋律的な要素を上手く引き出している。、マーチングのような細かい三拍子のドラムビートを全体に配して、ギターの繊細なアルペジオを介して、楽曲がゆっくりと展開していく。全体的な曲の空気感は、レトロなシンセストリングスが司り、全体的にはチェンバーポップを基本にしたロックサウンドが構築される。
しかし、ここで少し思い出してもらいたい。例えば、Fountains D.C.が2024年の最新作『Romance』で用いたオーケストラポップ(チェンバーポップ)の手法とは明らかに異なるということである。ロック/パンクがベースとなるFountains D.C.に対して、Snail Mailのサウンドは、全体的にはポピュラーソングが強いフィードバックを及ぼしている。そこに、甘い感じのジョーダンのボーカルが録音され、ドリーミーな雰囲気を持つロックサウンドが作り上げられる。
曲の途中では、本格的なオーケストラストリングスが導入され、ドラマティックなサウンドが強調されている。ここには、プロデューサーと連携してストーリーを持つ楽曲を作り上げようという試作の痕跡が残されている。『Valentine』での音楽的な収穫を踏まえ、それらをより壮大なスケールを持つ楽曲に仕上げている。また、前作ではプロデュースに寄りかかるようなサウンドもあったが、自発的なソングライティングを曲に落とし込もうとしているような気配も伺える。
中盤では、明るさのある序盤の収録曲とは対象的に、憂いに満ちたアンニュイなサウンドや、中間域にある感情性を追求したロックソングが目立つ。特に、ドラムの演奏を矢面に押し出し、ロックに近いサウンドを探求している。「Cruise」ではブリット・ポップやオアシスに近い、UKロックの影響を感じさせる。これはこれまでのSnail Mailの作風から見ると、意外性が込められている。
その一方、「Agony Freak」では当初のベッドルームポップに近い音楽性を駆使しながら、個性的なポップ/ロックサウンドで寄り道をする。グランジのクールなギターを織り交ぜながら、独特なポップセンスを発揮している。この曲では単なるオルタナティヴに収まらず、オーバーグラウンドのポップソングに共鳴する瞬間を刻んでいる。また、それは過去のアーティストの写し身でもある。続いて「Dead End」もまた、現代的な米国のポップとロックの中間に位置づけられる一曲である。これはスネイル・メイルがサブリナ・カーペンターのようなポップアーティストへの共感が示された瞬間だ。上記二曲は、オルタナから脱却しようという意図を捉えられる。
「Butterfly」は表向きには標準的なロックソングに聞こえるかもしれないが、RIDEやSlowdiveのようなシューゲイズの影響を感じさせる。80年代のニューウェイブサウンドやシンセ・ポップ風のサウンドをギターロックから解釈した楽曲でもある。ここでもスネイルメイルのボーカルのメロディセンスがきらりと光り、物憂げで切ない感じの琴線に触れるメロディが聴ける。スマパンの「1979」のようなミニマリズムをベースにしたロックソングだが、楽曲の構成における工夫も凝らされている。全体的に轟音と静寂を上手く使い分け、アウトロでは悲しい感じのフレーズが出てくる。ここには暗い感情を包み隠さず表現しようという意図も込められていそうだ。しかし、中盤での創意工夫とは対象的に、終盤で、カントリーやフォークからの影響をうかがわせる瞬間が出てくる。すると、まるで音の印象は霧が晴れたかのようにクリアになる。
恐れながらも暗い領域から明るい領域へと突き進む瞬間がこのアルバムのハイライトとなる。それは一曲単位で訪れるというよりも、全体的な曲の流れにしか見いだせない。「Nowhere」ではカントリーやロックをベースに、アーティストが明るい領域へと勇ましく踏み出す瞬間が描かれている。「Hell」はタイトルとは裏腹に爽快さを感じさせ、吹っ切れたような明るさを感じさせる。山登りで言うなら、まるで山の五合目までは曇りであったが、その先に晴れ渡った青空がふいに出てきたかのようである。
これらの感覚的なポップ/ロックソングが頂点を迎えるのがタイトル曲である。前作では声帯を痛めたため、声が少し低くなるなど、ボーカリストとしての難局を乗り越え、ぎごちないながらも自分に合う歌唱法をスネイルメイルは選ぼうとしている。「Richochet」はセンチメンタルな空気感を残しつつ、キャッチーなポップネスが重視されている。それは過去を振り返った上での決別と前進を意味する。その時、過去の自分は問題ではなくなり、新たな一歩を歩み始める。
最新アルバム『Richochet』にはアーティストとしての苦悩の痕跡が留められている。音楽的な理想に対して、どのように近づくのかという試行錯誤が随所に反映されている。しかし、そのことを考えると、むしろ全体に通じる軽やかで明るい印象が癒やしをもたらしてくれる。「Revire」は良いメロディーが満載で、慈しみのような感覚が表されている。それが何に向けられているのかは定かではない。しかし、この曲には温かい感情が滲んでいて本当に素晴らしかった。
86/100
「Reverie」- Best Track






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