Electronica / Folktoronica Essential Guide:   【エレクトロニカ/フォークトロニカ】の名盤  北欧を中心に広がっていった新しい電子音楽ムーブメント

・フォークトロニカ、トイトロニカ おとぎ話のような幻想世界 (2024 Edit Version)

mum

フォークトロニカ、トイトロニカ、これらの2つのジャンルは、エレクトロニカのサブジャンルに属し、2000年代にアイスランド、ノルウェーといった北欧を中心として広がりを見せていったジャンルです。  

 

一時期、2010年前後、日本でもコアな音楽ファンがこのジャンルに熱中し、日本国内の音楽ファンの間でも一般的にエレクトロニカという愛称で親しまれたことは記憶に新しい。

 

このジャンルブームの火付け役となったのは、アイスランドの首都レイキャビクのアーティスト、Mum。フォーク、クラシック音楽の要素に加え、電子音楽、中でもグリッチ(ヒスノイズを楽曲の中に意図的に組みいれ、規則的なリズム性を生み出す手法を時代に先んじて取り入れていました。  

 

これはすでにこのエレクトロニカというジャンルが発生する前から存在していたグリッチ、クリック要素の強い音楽性に、本来オーケストラで使われる楽器、ストリングス、ホーンを楽曲のアレンジとして施し、ゲーム音楽、RPGのサウンドトラックのような世界観を生み出し、一世を風靡しました。


この後、このジャンルは、ファミリーコンピューターからMIDI音源を取り込んだ「チップチューン」という独特な電子音楽として細分化されていく。8ビットの他では得られない「ピコピコ」という特異な音響性に海外の電子音楽の領域で活躍するアーティストが、他では得られない魅力を見出した好例です。 

 

フォークトロニカ、トイトロニカという2つの音楽は、つまり、 1990年代から始まったシカゴ音響派、ポスト・ロック音楽ジャンルのクロスオーバーの延長線上に勃興したジャンルといえなくもなく、ポスト・クラシカル、ヒップホップ・ジャズと並び、今でも現代的な性格を持つ音楽のひとつに挙げられます。

 

しかし、このフォークトロニカ、トイトロニカという音楽性の中には、北欧神話的な概念、日本のゲーム会社のRPG制作時の重要な主題となった様々な北欧神話を主題にとった物語性、神話性を、文学性ではなく、音楽という切り口から現代的なニュアンスで表現しようという、北欧アーティストたちの芸術性も少なからず込められていました。

 

もし、このフォークトロニカ、トイトロニカという2つのジャンルの他のクラブ・ミュージックとは異なる特長を見出すとするなら、グリッチのような数学的な拍動を生み出し、シンセサイザーのフレーズを楽曲中で効果的に取り入れ、2000年代以前の電子音楽の歴史を受け継ぎ、ダンスフロアで踊るための音楽ではなく、屋内でまったり聴くために生み出された音楽です。いってみれば、オーケストラの室内楽のような趣きなのです。

 

こういったダンスフロア向けではない、内省的なインストゥルメンタル色の色濃い電子音楽は、穏やかで落ち着いた雰囲気を持ち、北欧の音楽シーンであり、アイスランド、ノルウェー、イギリスのアーティストを中心として発展していったジャンルです。

 

もちろん、ここ、日本にも、トクマルシューゴというアーティストがこのジャンルに属していること、特に、活動最初期はフォークトロニカの影響性が極めて強かったことをご存知の音楽ファンは多いかも知れません。一般的に、この電子音楽ーーフォーク、クラシック、ジャズーーと密に結びついた独特なクロスオーバージャンルは、総じて、エレクトロニックに属するカテゴライズ、IDM(Intelligense Dance Music)という名称で海外のファンの間では親しまれています。

 

2000年代にアイスランドのムームが開拓した幻想的な世界観を表した電子音楽という領域は、以後の2010年代において、北ヨーロッパの電子音楽シーンを中心として、フロアミュージックとは対極に位置するIDMシーンが次第に形づくられていくようになりました。

 

このフォークトロニカ、トイトロニカのムーブメントの流れを受けて、2010年代後半からの現代的な音楽、宅録のポップ・ミュージック「ベッドルーム・ポップ」が、カナダのモントリオール、アメリカのニューヨーク、ノルウェーのオスロを中心に、大衆性の強いポップ/ロック音楽として盛んになっていったのも、以前のこの電子音楽のひそかなムーブメントの流れから分析すると、不思議な話ではなかったかもしれません。

 

 

・エレクトロニカ、フォークトロニカ、トイトロニカのアーティスト、名盤ガイド


  

・Mum

「Finally We Are No One」2002




 

アイスランドの首都レイキャビクにて、ギーザ・アンナ、クリスティン・アンナと双子の姉妹を中心に、1997年に結成されたムーム。 日本でのエレクトロニカブームの立役者ともなった偉大なグループです。 

 

2002年に、ギーザ、2006年にはクリスティンが脱退し、このバンドの主要なキャラクター性が残念ながら失われてしまったが、現在も方向性を変え、独特なムーム節ともいうべき素晴らしい音楽を探求し続けています。

 

ムームの名盤、入門編としては、双子のアンナ姉妹の脱退する以前の作品「Finally We Are Not One」が最適です。

 

ムームの音楽的には、アクの強いグリッチ色が感じられる作品ですが、そこに、この双子のアンナ姉妹のまったりしたヴォーカル、穏やかな性格がマニアックな電子音楽を融合させている。

 

一般的に、アンナ姉妹のヴォーカルというのは、様々な、レビュー、クリティカルにおいてアニメ的と称され、このボーカリストとしての性質が一般的に「お伽噺の世界のよう」と形容される由縁かもしれません。 

 

特に、このムームの音楽性は、北欧神話のような物語性により緻密に構築されており、チップチューンに近いゲームのサントラのような音楽性に奥深さを与える。表面上は、チープさのある音のように思えるものの、その音楽性の内奥には物語性、深みのあるコンセプトが宿っています。

 

実際の土地は異なるものの、ムームの音楽性の中には、スコットランド発祥のケルト音楽「Celtic」に近い伝統性が感じられ、それを明確に往古のアイスランド民謡と直接に結びつけるのは短絡的かもしれませんが、シガー・ロスと同じように、このレイキャビク古来の伝統音楽を現代の新たな象徴として継承しているという印象を受けます。

 

次の作品「Summer Make Good」もエレクトロニカ名作との呼び声高い作品ではあるものの、より、音の整合性、纏まりが感じられるのは、本作「Finally We Are No One」でしょう。  

 

 

 

・Amiina

「Kurr」2007

 


 

アイスランドのレイキャビク出身の室内合奏団、amiina(アミーナ)。電子音楽、IDM性の色濃いムームと比べ、ストリングスの重厚なハーモニーを重視したクラシックの室内楽団に近い上品な性格を持った四人組のグループ。 

 

amiinaの音楽は、インストゥルメンタル性の強い弦楽器のたしかな経験により裏打ちされた演奏力、そして弦楽の重奏が生み出す上質さが最大の魅力。ムームと同じように、「お伽噺のような音楽」「ファンタジックな音楽」とよく批評において表現されるアミナの音楽。

 

しかし、その中にも、新奇性、実験音楽としての強みを失わず、楽曲の中に、テルミンという一般的に使われない楽器を導入することにより、他のアーティストとはことなる独特な音楽を紡ぎ出している。一般的に、名作として名高いのは、2007年の「Kurr」が挙げられます。

 

ここでは、グロッケンシュピールのかわいらしい音色が楽曲の中に取り入れられ、弦楽器の合奏にによるハーモニクスの美麗さに加え、テルミンという手を受信機のようにかざすだけで演奏する珍しい楽器が生み出す、ファンタジー色溢れる作品となっており、ほんわかとした世界観を味わうのに相応しい。

 

アイスランド、レイキャビクのエレクトロ音楽の雰囲気、フォークトロニカという音楽性を掴むのに適したアルバムのひとつとなっています。室内楽とフォーク音楽の融合という点では、個人的には、トクマルシューゴの生み出す音楽的概念に近いものを感じます。  




・Hanne Hukkelberg

「Little Things」2008





Hanne Hukkelberg(ハンネ・ヒュッケルバーグ)は、ノルウェー、コングスベルグ出身のシンガーソングライター。活動中期から存在感のある女性シンガーとして頭角を現し、ノルウェーミュージックシーンでの活躍目覚ましいアーティストです。

 

ハンネ・ヒュッケルバーグの初期の音楽性は、ジャズ音楽からの強い影響を交えた実験音楽で、フォークトロニカ、トイトロニカ寄りのアプローチを図っていることに注目。

 

このあたりは、ハンネ・ヒュッケルバーグはノルウェー音楽アカデミーで体系的な音楽教育を受けながら、学生時代に、ドゥームメタルバンドを組んでいたという実に意外なバイオグラフィーに関係性が見いだされます。

 

クラシック、ジャズ、ロック、メタル音楽、多岐にわたる音楽を吸収したがゆえの間口の広い音楽性をハンネ・ヒュッケルバーグは、これまでのキャリアで生み出しています。

 

特に初期三部作ともいえる「Little things」「Rykestrase 93」「Bloodstone」は、ジャズと電子音楽の融合に近い音楽性を持ち、そこにシンガーソングライターらしいフォーク色が幹事される傑作として挙げられます。

 

サンプリングを駆使し、水の音をパーカッションのように導入したり、クロテイルや、オーボエ、ファゴットを導入したジャズとポップソングの中間に位置づけられるような面白みのある音楽性、加えて文学的な歌詞もこのアーティストの最大の魅力です。

 

特に、上記の初期三部作には、可愛らしい雰囲気を持ったヒュッケルバーグらしいユニークな実験音楽の要素が感じられ、聴いていてもたのしく可笑しみあふれるフォークトロニカきっての傑作として挙げられます。 

 

* アーティスト名のスペルに誤りがありました。訂正とお詫び申し上げます。(2024・2・25)

 


・Silje Nes

 「Ames Room」2007



 

ドイツ、ベルリンを拠点に活動するノルウェー出身のミュージシャン、セリア・ネスは、歌手としてではなく、マルチ楽器奏者として知られています。

 

北欧出身でありながら、世界水準で活動するアーティストと言えるでしょう。イギリスのレーベルFat Cat Recordから2007年に「Ames Room」をリリースしてデビューを飾っています。

 

特に、このデビュー作の「Ames Room」は親しみやすいポップソングを中心に構成されている作品であるとともに、サンプリングの音を楽曲の中に取り入れている前衛性の高いスタジオアルバム。

 

現在のベッドルームポップのような宅音のポップスがこのアーティストの音楽性の最大の魅力でまた、特に、本来は楽器ではない素材、楽器ではなく玩具のような音をサンプリングとして楽曲中に取り入れ、旧いおとぎ話を音楽という側面から再現したかのような幻想的な世界観演出するという面では、ムーム、トクマルシューゴといったアイスランド勢とも共通点が見いだされます。

 

セリア・ネスのデビュー作「Ames Room」は、フォークトロニカ、トイトロニカという一般的に馴染みのないジャンルを定義づけるような傑作。このジャンルを理解するための重要な手立てとなりえるでしょう。

 



・Lars Horntveth

「Pooka」2004 



ノルウェーを拠点に活動する大所帯のジャズバンド、Jaga Jazzistは同地のジャズ・トランペット界の最高峰をアルヴェ・ヘンリクセンと形成する"マシアス・エイク"が在籍していたことで有名です。

 

そして、また、このJaga Jazzistの中心メンバーとして活躍するラーシュ・ホーントヴェットも、またクラリネットのジャズ奏者として評価の高い素晴らしい演奏者として挙げられる。

 

もちろん、ジャガ・ジャジストとしての活動で、電子音楽、あるいは、プログレッシブ要素のあるロック音楽の中にジャズ的な要素をもたらしているのがこの秀逸なクラリネット奏者ですが、ホーントヴェットはソロ作品でも素晴らしい実験音楽をうみだしていることをけして忘れてはいけないでしょう。

 

特に、ラーシュ・ホーントヴェットはマルチプレイヤー、様々な楽器を巧緻にプレイすることで知られており、かれの才気がメイン活動のジャガ・ジャジストより色濃く現れた作品がデビュー作「Pooka」です。

 

このソロ名義でリリースされた作品「Pooka」では、ジャガ・ジャジストを上回るフォーク色の強い前衛的な音楽性が生み出され、そこに、弦楽器が加わり、これまで存在し得なかった前衛音楽が生み出されます。先鋭的なアプローチが図られている一方、全体的な曲調は、牧歌的で温和な雰囲気に彩られています。

 

このノルウェー、オスロが生んだ類まれなるクラリネット奏者、ラーシュ・ホーントヴェットは、クラリネット奏者としても作曲者としても本物の天才と言える。ジャズ、フォーク、プログレッシヴ、電子音楽、多様な音楽の要素を融合させた現代的な音楽性は、同年代の他のアーティストのクリエイティヴィティと比べて秀抜しています。

 

リリース当時としても最新鋭な音楽性であり、この作品の新奇性は未だに失われていません。フォーク、エレクトロニック、そしてクラシックをクロスオーバーした隠れた名作のひとつとして、レコメンドしておきます。 



・Psapp

 「Tiger,My Friend」2004

 


Psapp(サップ)は、カリム・クラスマン、ガリア・ドゥラントからなる英国の実験的エレクトロニカユニットです。 

 

デュオの男女の生み出す実験音楽は、トイトロニカというジャンルを知るのに最適です。この音楽の先駆者として挙げられ、おもちゃの猫を客席に投げ込むユニークなライブパフォーマンスで知られています。

 

サップは、電子音楽をバックボーンとしつつ、子ども用のトランペットを始め、おもちゃの音を楽曲の中に積極的に取り入れると言う面においては、他のエレクトロニカ勢との共通点が少なからず見いだされる。

 

その他、この二人の生み出すサウンドに興味深い特徴があるとするなら、猫や鳥の鳴き声や、シロフォン(木琴)等、ユニークなサンプリング音を用い、様々な楽器を楽曲の中に取り入れていることでしょう。

 

このユニークな発想を持つ二人のミュージシャンの生み出すサウンドは、J.K.ローリングの文学性に大きな影響を与えたジョージ・オーソン・ウェルズの魔法を題材にした児童文学の作品群のような、ファンタジックで独創的な雰囲気によって彩られています。

 

サップの生み出す音楽には、子供のような遊び心、創造性に溢れており、音楽の持つ可能性が込められており、それは生きていくうちに定着した固定観念を振りほどいてくれるかもしれません。

 

二人の生み出す音楽は、音楽の本質のひとつ、音を純粋に演奏し楽しむということを充分に感じさせてくれる素晴らしい作品ばかりです。

 

「トイトロニカ」というジャンルの最初のオリジナル発明品として、2004年にリリースされた「Tigers,My Friend」は今なお燦然とした輝きを放ちつづける。この他にも、ユニークな音楽性が感じられる「The Camel's Back」もエレクトロニカの名盤に挙げられます。

 

 


・Syugo Tokumaru(トクマルシューゴ)

 「EXIT」2007

 

 


Newsweekの表紙を飾り、NHKのテレビ出演、明和電機とのコラボ、また、漫画家”楳図かずお”との「Elevator」のMVにおけるコラボなど、多方面での活躍目覚ましい日本の音楽家トクマルシューゴは、最初は日本でデビューを飾ったアーティストでなく、アメリカ、NYのインディーレーベルからデビューしたミュージシャンである。

 

アメリカ旅行後、音楽制作をはじめたトクマルさんは、最初の作品「Night Piece」を”Music Related”からリリースし、ローリング・ストーンやWire誌、そしてPitchforkで、この作品が大絶賛を受けたというエピソードがある。

 

トクマルシューゴの音楽性は、フォーク、ジャズ、ポップスを素地とし、実験的にアプローチを図っている。特に、日本で活躍するようになると、ポップス性、楽曲のわかり易さを重視するようになったが、最初期は極めてマニアックな音楽性で、音楽の実験とも呼ぶべきチャレンジ精神あふれる楽曲を生み出す。

 

ピアニカ、おもちゃの音、世界中から珍しい楽器を集め、それを独特な「トクマル節」と称するべき、往時の日本ポップス、そしてアメリカンフォークをかけ合わせた新鮮味あふれる音楽性に落とし込んでいくという側面においては、唯一無比の音楽家といえる。上記の英国のサップと同じ年代に、「トイトロニカ」としての元祖としてデビューしたのもあながち偶然とはいえない。

 

デビュー作「Night Piece」、二作目「L.S.T」では、サイケデリックフォークに近いアプローチを図り、この頃、既に海外の慧眼を持つ音楽評論家たちを唸らせたトクマルシューゴは、三作目「EXIT」において新境地を見出している。フォークトロニカ、トイトロニカの先に見える「Toy-Pop」、「Toy-Folk」と称するべき世界ではじめて独自のジャンルを生み出すに至った。

 

三作目のスタジオアルバム「EXIT」に収録されている楽曲、「Parachute」「Rum Hee」は、その後の「Color」「Lift」と共に、トクマルシューゴのキャリアの中での最高の一曲といえる。実際、「ラジオスターの悲劇」のカバーもしていることからも、Bugglesにも比するユニークなポップセンスを持ち合わせた世界水準の偉大なミュージシャン。今後の活躍にも注目したい、日本が誇る素晴らしいアーティストです。



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