Masie Peters 『Florescence』
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Release: 2026年5月22日
Review
2023年から三年を経て、ブライトンのシンガーソングライター、メイジー・ピーターズのニューアルバム『Florescence』がリリースされた。ソングライターとして大きな成長を感じさせる新作である。前作では、年齢的な若さを発揮し、ダンサンブルなインディーポップソングを主体とした音楽を制作していたメイジー・ピーターズであったが、今作では、フォーク・ミュージックの音楽性を全面的に押し出し、円熟味あふれるソングライティングを行っている。
今回のアルバムで、メイジーは内省的なフォークソングを従来のポップソングと融合させている。「Mary Janes」を聴けば、その違いは一目瞭然だろう。ノイジーなポップソングの面影はほとんどなく、ソングライターは、エレクトリックギターによる弾き語りのスタイルを選び、落ち着いて瞑想的な趣のあるバラードソングを冒頭に据え置いている。ソロシンガーソングライターとしての飛翔を意味するのが前作であるとするなら、今作は大いなる変貌を表しているのだ。語りかけるようなボーカル、そしてときに古典的なフォーク/カントリーへの親愛をにじませながら、温かく、そして癒やされるような歌声で、このアルバムのオープナーをリードしている。さらにバックボーカルを交えて、ユニゾン/コーラスのボーカルが導入されると、琴線に触れるような切ない情感が楽曲から立ち上ってくる。やはり、この曲でもオートチューンは、機械的な印象を押し出すわけではなく、人間的な情感を印象付けるために導入されている。また、ダイナミックなホーンといった、おそらく今まで使用しなかったオーケストレーションの試みを取り入れることで、スケールの大きなポップソングが形作られているのである。
今回のアルバムでは、古典的なフォーク/カントリーの音楽性を冒険的に取り入れている。「Audrey Hepburn」は、ローマの休日のような優雅な雰囲気を、古典的なカントリー/フォークのソングスタイルで包み込んでいる。アルペジオを用いたアコースティックギター、そしてトロットのような駆け足のリズムと旋律を奏でるスタンダードなカントリーソングを踏襲しながら、それらを現代的なポップソングの形に落とし込んでいる。この曲では、ジョン・デンバーや、ロレッタ・リンのような21世紀初頭のルーツ・ミュージックのスタイルをシンガー持ち前の甘いヴォーカルと融合させている。すると、どっしりとしたワイルドなカントリーソングがややキュートな趣を持ち、本来の形とは違ったポピュラーソングのテイストが滲み出てくる。
ただ、前作のダンサンブルなポップソングが完全に放棄されたわけではない。「Say My Name In Your Sleep」では、シンセ・ポップを土台としたインディーポップソングに取り組んでいる。アルペジエーターを中心にミニマル・ミュージックとポップを組み合わせ、新鮮味のある楽曲を制作している。しかし、外交的なエネルギーを奔流させていた前作アルバムとは裏腹に、どことなく内省的でしっとりとした音楽性を追求している。いわば、内面的な脆さに焦点を当て、それらをまだ見ぬ聴衆と共有する、あるいは、したいという願望を示すような楽曲である。これらはダンサンブルなビート、そしてフォーク・ミュージックをベースにしたミニマル・ミュージックという反復的な構成を取りながら、静かなエネルギーを増幅させていくような感じで、曲そのものが盛り上がっている。今回のアルバムの序盤の楽曲で、メイジー・ピーターズは構成主義を選ばず、ループを中心に反復的な構成から核心となる箇所を汲み出そうと試みる。そしてその効果も相まってか、耳に残るリズムとメロディが出てくることがある。
そういった中で、注目曲が出てくる。「Old Fashioned」 はポップソングとして素晴らしい一曲で、メイジー持ち前の中音域の語りかけるようなボーカルから、リズミカルな箇所を経て、徐々に曲が盛り上がっていき、多幸感のあるコーラスを交えたお約束のサビが登場する。この瞬間、このシンガー特有の爽快感に満ちた感じや、カタルシスを感じさせる箇所が出てくる。 また、1番と2番ではよりコーラスの分厚さが増し、重厚感のあるポップサウンドを形成する。このアルバムで最も歌いやすく、そしてキャッチーなポップソングとしておさえておきたい。アルバムの中盤では、フォーク・ミュージックに依拠した曲が多いという印象である。「Houses」ではオーガニックな質感を持ったアコースティックギターによるフォーク・ソング、ジュリア・マイケルズをフィーチャーした「Kingmaker」では、ミニマル・ミュージックとフォーク・ミュージックを融合させている。このあたりの変化球の音楽的なアプローチの中に、メイジーピーターズはインテリジェンスをさりげない形で示そうとしたのは事実であろう。一転して「Vampire Time」ではカントリーを基礎にした古典的なスタイルへと回帰している。
アルバムの後半で注目したいのは「Flat Earther」、「Questions」の二曲である。前者はバンジョーの音色を導入し、ピーターズは独自のバラードソングのスタイルを追求している。実際的に少しほろ苦く、切ないような雰囲気を感じさせる楽曲である。一方、対象的に爽快感のある明るさを押し出した「Questions」こそ、メイジー・ピーターズのポップソングの真骨頂であろう。この曲でも一貫してミニマル・ミュージックをベースにしたポップソングを提示するが、アルバムでは珍しくドラムを導入し、ダイナミックな音響性を獲得している。 そしてこのアルバムの最も特徴的なスタイル、ボーカルの対比により、このジャンルに新しい風を呼び込もうとしている。こういった清新な感覚を持つポップソングが、歌手の長所の一つなのである。その形が最もわかりやすく昇華されたのが、「Girl's Just Flying」である。この曲では、シンディ・ローパーのカラフルな印象を持つポップソングをモダンな形で受け継ごうとしている。 アコースティックギターを中心とするフォーク・ソング、そしてアンセミックなサビを対比させ、新しい時代のUKポップのスタイルを示そうとしている。実際的にカタルシスもある。
『Florescence』の良い点は、音楽的な構成的な箇所に注力しつつも、情感を失わないことである。それらはフォーク/カントリー、ミニマル・ミュージック、バラード、現代的なエレクトロニックを通過したポップという多彩な形で展開される。という意味では、最もカラフルな印象を持つポップアルバムが登場したといえるかもしれない。アルバムの全15曲を聴いてくれた音楽ファンへの最も美しい捧げ物が終曲を飾る「Nothing Like Being In Love」である。王道のバラードに挑戦したメイジーは、この曲で愛の尊さについて歌おうとしている。個人的な愛情にとどまらず、他者との関係で育まれる感情への言及、これこそシンガーの人間性の成長を表している。それはポップソングとして最も美麗な結晶となったのは言うまでもないことだろう。
85/100
「Nothing Like Being In Love」
▪Maisie Peters 『Florescence』
Listen/Stream: https://maisiepeters.lnk.to/florescenceDE
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