New Album Review:  Phoebe Rings 『Aseurai』

 Phoebe Rings 『Aseurai』

 

Label: Carpark(日本国内ではP-Vineより発売)

Release: 2025年6月6日

 

 

Review

 

フィービー・リングスは2019年ニュージーランド/オークランドで活動を開始した。当初はジャズスクール出身のリード・シンガー兼キーボーディストのチェ・クリスタルのソロプロジェクトとしてスタートした。現在はサイモン・カヴァナー-ヴィンセント(ギター)、ベン・ロック(ベース)、アレックス・フリーア(ドラム)を加えた4人編成のポップバンドとして活動している。


フィービーリングスのデビューアルバムは、西海岸のソフィスティポップに呼応するようなサウンドで、AOR、ジャズ、ボサノヴァが盛り込まれている。これらにレーベルの紹介の通り、ドリームポップの幻想的な感覚が掛け合わされ、聴きやすく軽やかなポピュラーワールドが構築される。

 

例えば、ソフィスティポップというと、マグダレナ・ベイのようなサウンドを思い浮かべる人もいるかもしれませんが、フィービー・リングスのサウンドはよりスタンダードで、それほどエキセントリックな感覚はなく、万人向けといえるのではないでしょうか。フラットでジャジーなポップソングとして気軽に聴き、楽しむことが出来る。フィービー・リングスのメンバーは元々ニュージランド国内の大学でジャズを専攻していたことからもわかる通り、ジャズのスケールも含まれている。

 

 

ボーカルのクリスタル・チョイの声は韓国の少し前のポップス、もしくは日本のシティポップに近い雰囲気を持つ。 ただ、必ずしも回顧的なサウンドの一辺倒にはならず、現代的なサウンドも盛り込まれている。そして、シンセサイザーの演奏もこのバンドの最大の持ち味ですが、その一方、ファンク/R&Bの軽妙なリズムをもたらすベン・ロックの存在は大きい。バンドの全体的なサウンドを底上げし、聴き応えある内容としている。さらに最後にメンバーに加入したドラムのアレックスも楽曲全体に軽快なリズムをもたらしている。しなやかなドラムはライブステージの見どころになるでしょう。 

 

ジャジーなサウンドは本作の始めから炸裂している。韓国語のタイトル曲「Aseurai」は空気のような意味で、アンビエンスに近いニュアンスを持つ。大きな存在感はないけれど、そこになくてはならない存在という意である。この韓国語の文脈に呼応するような形でアンニュイで、メロウなR&Bタイプのシンセ・ポップソングが展開される。エレクトリック・ピアノの静かな弾き語りで始まり、そして、 音階的なボーカルがドラム、ベースと組み合わされ、アンサンブルとしての性質を強める。金管楽器のように鳴り渡るエレピ、ベース、ドラム、そしてボーカルが高低の音域に散らばめられ、きらめくような心地よいシンセ・ポップ・ワールドを構築していく。また、ソフィスティポップの一環である渋谷系(Shibuya- Kei)のサウンドも反映されており、ムーグシンセのようにユニークなふわふわしたサウンドがこの曲に深みをもたらしている。転調の巧みさ、そしてファンキーなベースがこれらのサウンドにハネやノリを与えている。

 

クリック(メトロノーム)で始まる「Not A Necessary」は、ボサノヴァとドリーム・ポップを結びつけたサウンド。前曲「Aseurai」のメロウな雰囲気を受け継ぎ、 アンニュイな陽気さを体現している。メロトロンの音色が登場したり、トリッピーなシンセの音色が織り交ぜられ、色彩的な感覚を持つ(多彩な音階が散りばめられている)。これらのカラフルなポップソングは西海岸の70年代のバーバンクサウンドと合致し、現代と古典の間をスムースに横断している。これらのサウンドは現時点のフィービーリングスの代名詞ともいえ、海岸のポップサウンドの象徴にもなっている。ニュージーランドのベイサイドの陽気さをポップソングに盛り込む。この曲の後半では、アンサンブルが白熱して、クリスタル・チョイのボーカルは神秘性を持つにいたる。

 

70年代に流行ったフュージョンジャズからの影響も含まれる。そしてフィービーリングスの持ち味は男女のツインボーカルである。四曲目の「Get Up」では、ファンクサウンドをベースに細野晴臣やYMOライクなテクノ・ポップが繰り広げられる。こういった曲はアルバム単位で音楽のバリエーションを付与し、なおかつまたダンサンブルな音楽的な印象をもたらしている。この曲のボーカルはラップからの影響を元に、それらをシンセポップと結びつけている。対して、アルバムの中で最もドリームポップの空気感が強まるのが、五曲目の「Playground Song」です。ボサノヴァ、フォーク、ヨットロック、インディーポップをクロスオーバーし、ボーカルにスキャットやジャズのスケールや音階を付加している。また、ヴィンセントのウージーなギターもメロウなムードを生み出します。この曲では、ボサノヴァの典型的なリズムやフルートを組み合わせ、アフロジャズとトロピカルを結びつけるような空気感が強調される。楽園的なムードを漂わせるうっとりしたサウンドで、海岸筋の夕焼けのロマンティックなムードを表現する。

 

 

1970年代の米国のファンクやR&Bからの影響を現代的なポップサウンドとして昇華させた「Fading Star」もアルバムのハイライトとなる。この曲では、ファンカデリックやEW&Fといったファンク/ディスコが、現代的なバンドの手に掛かると、どのように変化するのかがよく見えてくる。 この曲ではベースのグルーブにも注目したいですが、ギターの裏拍を重視したシンコペーションが心地よいリズム感を生み出す。ジャズに始まり、その後全般的なポップに舵を取ったフィービーリングスのアンサンブルとしての試行錯誤が明確な形になった瞬間と言える。

 

アルバムの後半では、クリスタル・チョイの鍵盤奏者としての閃きが、これらのポピュラーソングを縦横無尽に駆け巡る。シンセの音色の幅広さが楽曲の表情付けに反映され、カラフルな質感を持つインディーポップソングが繰り広げられる。まるでチョイはシンセの鍵盤を叩くと、玉手箱のように代わる代わる異なる音色を紡ぎ出す。それは哀感を持つものから喜びを体現するものまで幅広い。これらの音楽的な引き出しの多さは「Drifting」にも見いだせる。シティポップに近い音楽としても楽しめるに違いない。しかし、やはりというべきか、フィービー・リングスの音楽をより現代的にしているのがジャズバンドの性質である。さらに、トリッピーなシンセの音色はパーカッシヴな力学を及ぼすこともある。これらの驚きに満ち溢れたキラキラしたポップソングは果たしてライブステージでどんなふうに聞こえるのでしょうか。

 

 

アルバムの後半では、シンセポップによるバラードソング「Blue Butterfly」も聴き逃がせません。この曲では、よりドラマティックなバラードを書こうという意識が明確化された瞬間である。


本作はレディオヘッドのオマージュのように聞こえる「Goodnight」で締めくくられる。バロックポップをエレクトリック・ピアノの弾き語りを通じて体現したこの曲は、中盤で美麗なハーモニーを描きながら、アルバムはエンディングへと向かっていく。次作では、音楽に拠るストーリーテリングの性質がより大きな成果になって帰ってくるかもしれません。韓国のポップや日本のシティポップを盛り込んだドリーミーなポップソング「Aseurai」、ヨットロック/ソフィステイポップソング「Playground Song」をフィービーリングスの入門曲としておすすめします。

 

 

82/100

 

 

 

「Playground Sound」