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マックス・クラークは、ステージネーム「Cut Worms」として知られるシンガーソングライター兼ミュージシャンで、オハイオ州出身、現在はニューヨーク州ブルックリンを拠点としている。
地表の下では、蠕虫が働く――柔らかく見えざる存在が、静かに再生を続ける。見過ごされがちな彼らの存在は、生存が暴力なしにはありえないことを思い起こさせる。鋤は切り裂き、収穫は殺し、生命は生命を糧とする。このイメージは、長年マックス・クラークの心に留まり、破壊と成長、無垢と経験の狭間への彼の探求を導いてきた。この二面性は、カット・ワームズとしての4作目となる『トランスミッター』において、これまでで最も完全に表現されている。
ウィルコのロフト・スタジオにてジェフ・トゥイーディがプロデュースした『トランスミッター』は、マックス・クラークの技量の深化と、離散の中にも優美さを求める二人のアーティストの融合を示す。共にパワーポップとオルタナティブロックの恍惚たる精神を呼び起こし、カット・ワームズのヴィンテージな色彩を拡げつつ、時代を超えた楽曲創作の才能を再確認させる。
マックス・クラークは視線を、誰もが住みながらめったに共有しない私的な世界へと向け、幻想と崩壊の狭間に浮かぶ国家へと向ける。そこでは自立の神話が形作られ、テクノロジーによる繋がりを売り込んだ人々は静かな送信機へと貶められている——売買され、操作され、測定されるデータポイントとして、彼らを結びつけるはずのネットワークによって歪められた人生を送る。
クラークは語る。「コンセプトアルバムを作るつもりはなかった。でも結局、全てを一つの容器に収めざるを得ない。カール・セーガンの小説『コンタクト』で、地球は遠い星系からの通信を受信する。それは暗号化されたメッセージを伴って送り返された古いテレビ放送だった。歌も同じように機能するかもしれないという発想が気に入った——光線のようにメッセージを運び、ただ受信すれば感じ取れるもの」
キャリアを重ねながら数枚のアルバムをリリースした今、クラークは自らの技法を完全に掌握し、独自の周波数で共鳴している。往年のポップへの情熱から始まったものは、持続性そのものの研究へと成熟し、彼を永続的な深みを持つシンガーソングライターとして確立した——そのビジョンは、粘り強さを芸術へと昇華させたトゥイーディらと肩を並べるにふさわしいものだ。
『トランスミッター』の最初の兆しは、2024年夏にカット・ワームズがウィルコのサポートとしてツアー中だった時に現れた。ツアー終了後、トゥイーディはバンドをシカゴの伝説的なスタジオ「ザ・ロフト」でのレコーディングに招待し、その秋に開始する計画がすぐに立てられた。 この機会はクラークにとって一種の帰郷だった。
シカゴはクラークが美術学校に通い、形成期のバンドで演奏し、カット・ワームズの『Soft Boiled Demos』の録音を開始した場所だ。
ウィルコとの共演自体が夢だったが、新たな楽曲群を携えシカゴに戻り、トゥイーディと仕事をする機会を得たことは、一つの輪が閉じ、新たな章が始まる感覚をもたらした。
ギターやアンプ、本が温かく散らばるロフトで、クラークとトゥイーディはすぐに音楽的な共通点と、複雑さを内包する楽曲への共通の直感を見出した。クラーク自身のギタースタイルとアレンジの才が特徴だった過去の作品とは異なり、『トランスミッター』は対話として形作られていった。彼の歌声と作詞が骨格を形成する中、トゥイーディのギターとベースラインが楽曲が宿る空間をスケッチし、壁を築きながらも決して閉じ込めることはなかった。
「ジェフは、私が明言しなくても、各楽曲における語り手の正体や物語の本質を本能的に理解していた」とクラークは語る。
「どの曲も、耳を傾けてくれる誰かへのSOSのようなものだ」とクラークは説明する。これらの信号を辿る中で、彼は人間の条件の地図を描き出し、見失った分岐点、迂回、そして道中のささやかな仕草や儚い出会いに詩を見出した。
これらの肖像画に貫かれているのは、時は常に過ぎ去っていくという自覚だ。クラークはテレビ画面にちらつくアメリカン・ドリームを描き、明日のビジョンがいかに脆いかを暴く——それはスクリーンに焼き付くが、私たちが発見すると思っていた人生とは決して一致することはない。 それでもアルバムには時折、希望の光がきらめく。偶然の出会いの約束であれ、愛する人の瞳に浮かぶ夜明けの光であれ、地平線は見えつつも遠ざかり続けるのだと感じさせる。
▪Cut Worms 『Transmitter』- jagujaguwar
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カット・ワームズの音楽は不思議なことに、アメリカ東海岸、中部、西海岸の離れた音楽がどこかの点で繋がり、交差することを示唆する。また、それは最終的には、国外の音楽ともどこかで交わることを印象付ける。ニューヨークのマックス・クラークの音楽には、Wilcoのようなサウンドの影響もあるが、最も大切なのは、こういった2000年代以降の象徴的なインディーズバンドが培ってきた「ポスト・ビートニク」の土壌を受け継いでいることかもしれない。
心地よいフォークソング、また、時を忘れさせてくれる、これらの年代不明のロックソングには、名声も権威も無ければ、資本主義的な観念もない。カット・ワームズは、そんなものには一瞥もくれず、ギターを奏で、吟遊詩人のように歌を歌い、自らのインディペンデントの王国、あるいはワンダーランドを構築する。いわば、現代の地点から出発し、その創造性をフルに活用し、最終的には、それらの現実的な観念を乗り越え、すべての存在を繋げていこうとする。
最終的には、西も東もない、上も下もない、右も左もない、特異な音楽表現によって培われた混沌としたユートピアを見事なまでに作り上げる。それはやはり、ジョン・レノンがソロ活動を通じて目指していた「Imagine」のような''空(くう)の世界観の反映''でもある。しかし、それは当時としては現実逃避のように言われることもあったが、今日のような混沌とした世界では違う意味を帯びてくる。それは、音楽的表現のような世界が、日常の世界と平行して、もう一つのタイムラインを作り上げるということを意味する。能動的に言えば、『Transmitter』で実行されるのは、人生を生きる上で、それらのリアリティを音楽的表現が超越しえるのかという挑戦でもある。アルバムに収録された10曲は、そういった実践の足跡のようなものが残されている。
1曲目「Worlds Unknown」 では爽快で甘酸っぱいメロディーを擁するフォークロックソングを聴くことができる。イントロでは、「Sweet Jane」のようなクラシックなポップソングを彷彿とさせ、その後は、ビートルズやその影響下にあるバーバンクに象徴されるような西海岸のロックミュージックへと推移していく、エレアコのような響きを持つギターの心地良い響きを背景に、マックス・クラークのボーカルは、どことなく人懐っこい印象を帯びる。そして、ビートルズのようなファルセットを用いた、心許ないボーカルラインがノスタルジックな雰囲気を帯びてくる。彼の作り上げる牧歌的な空気感は曲が流れていくごとに、広がりを増していく。現実を越え、完全なる幻想の世界。途中からはドラムが入り、楽曲は驚くほど華やかになっていく。
パワーポップ/ジャングルポップのような甘酸っぱい旋律を中心に展開されるこの曲は、知られざる、あなたが知らない世界が存在することを示唆する。一般的には示されることのない、普遍的なアガペーの世界が歌われている。2曲目「Evil Twin」は、アコースティックサウンドをベースにしたカントリーソングで、ときおり切ない雰囲気を帯びるロックソングへと姿を変える。1曲目と同様、間奏のギターソロを挟んでローファイな空気感を作り、アコーディオンの演奏が響く。これらは、このアルバムの独特なエキゾチズム性を幻想的に作りあげる。
「Long Weekend」では、ジャグリーなギターをもとにした親しみやすいジャングルポップで、サビのキャッチーなフレーズが印象的だ。こういった中で、甘酸っぱいフレーズとギターを散りばめながら、ローファイな感じに満ちた楽曲が作り上げられていく。ギターの多重録音の組み合わせがサイケデリックな雰囲気を帯び、いわばWilcoのようなサウンドに見受けられる「ポスト・ビートニク」とも言うべき、サイケデリックな空気感を作り上げていく。二分半以降のトリッピーなサウンドは、ジェフ・トゥイーディーならではの強固なオリジナリティが滲み出ている。
続く「Barfly」では、さらにアコースティックの演奏に重点を置いたフォークソングを楽しむことができる。しかし、これらのサウンドに通底するのは、1960、70年代のロックやフォークソングへの親和性である。ニューヨークの多くのミュージシャンは古典的な音楽性を引き継ぎ、それらを現代的な解釈を施すことが多いが、その象徴的な楽曲と言えるかもしれない。プロデュース的には、ドラムのシャリシャリした響きが強調され、心地よい響きを捉えることができる。
中盤のハイライトとなる「Windows On The World」では、''テレビの画面に映されるアメリカンドリームの儚さ''が歌い込まれている。相変わらず、くつろいだ感じのカントリー/フォークに根ざしたロックソングを聴くことができるが、飄然とした軽やかなサウンドで癒やしに満ちた瞬間を作り出す。この曲では、Real Estate(リアル・エステイト)のようなサウンドを楽しむことができるはずだ。本作の序盤と同じように、リアリズムとは対極に位置する牧歌的で温かい雰囲気に満ちた音楽であり、時々、アメリカーナの演奏を込めながら、ゆったりとしたひろやかな音楽的な世界観を不動のものにする。そして日に日に変わりゆく景色の中で、不変なる概念を歌い上げようとする。こういった瞬間にフォークシンガーとしての温かい雰囲気が滲んでいる。
「Walk In The Absent Mind」では、心にぽっかり穴が空いたような空虚感が切ない雰囲気のフォークソングによって構築される。この曲では、ボブ・ディランやヤングのようなアルペジオを中心としたアコースティックギターサウンドに傾倒し、それらにピアノのアレンジが施される。他の曲よりも繊細に歌い上げるクラークのボーカルは、ギターの演奏と相まって、切ない雰囲気を帯びる。一分半以降のカントリー調のフレーズがきらめくような音楽性を作り出す。
「Windows On The World」
ソングライターのマックス・クラークは、現代のニューヨークのミュージシャンと同様、古典主義の中に現代性を見出そうとする。ビートルズの中期以前のようなアプローチからウィルコのようなサウンドへの移行する「Don't Look Down」は、ボーカルのミックスやマスタリングに特に力が入れられていて、エコーでぼやけるような抽象的な音像を作り出し、どことなく懐かしい感じのするサウンドを作り上げる。丁寧に歌われるボーカルが、単なる言葉の羅列というより、生々しい力を持ち、その言葉自体が有機物のように生き生きとし始める。こういったボーカルに鮮やかな精細感を添えることが、本作のプロデュースの特徴といえるかもしれない。
淡々と続くロックソングの中には、やはり時代に左右されない普遍的な概念を探求しようとするミュージシャンの姿を捉えられる。繊細な雰囲気を帯びる楽曲の中で閃光のようにきらめくジャングリーでウージーなギターは、この曲に添えられた華やかさ、少しの明るさでもある。後半では、カラオケのような音響効果を加えて、特異なローファイ性を体現しているのも面白い。
8曲目「Shut In」は全般的なパワーポップやジャングルポップ主義の中で、気分の良いメロディーが現れる瞬間である。 チェンバロのような音色が登場するという点では、ビートルズ風のの楽曲であるが、アクの強いフォークサウンドが加わることにより、独創的なサウンドが構築される。カット・ワームズの曲はほとんど奇をてらうことなく、60年代後半から70年代のロックサウンドに忠実であると言えるが、そのストレートな感覚が大きな魅力となるかもしれない。「Out of Touch」ではさらに懐古主義に拍車が掛かり、 カントリーを中心にディキシーランド風のピアノが入る。また、ロカビリーのギターが入ることもある。これらの古典主義の中で、現在性を持つのが、クラークの言葉である。彼の言葉は時間軸を離れて、無限の中に響く。
意外なことに、先進的な気風を持つとされるニューヨークの多くのミュージシャンは、殊のほか、保守的/古典的なサウンドを現代的に再現することが多い。これは海外の人から見ると、驚かざるを得ない。しかも、それは、この数年で始まったことではなく、おそらく昔から続いていた風習ではないかと推測される。過去の人々に対するライバル視もあるだろう。だが、彼らの多くは過去の文化に一定の敬意を払いつつ、現代的な人々として何が出来るのかを探し求める。
それらは従来の古典性を受け継いだ「モダン・クラシック」とも呼ぶべき新しいウェイヴが台頭しはじめていることの証でもある。カット・ワームズもまた、その列に居並ぶ象徴的なソングライターであるが、そのサウンドは、資本主義のお膝元のニューヨークにおいて、''漂流する自己を規定する''という意義があるのかもしれない。流行りものは時間が経過すると、どこかに流されてしまい、跡形もなくなる。彼らが追い求めるのは、形あるものではない。形なきものなのである。これはむしろ高度な物質社会が形成され、実現されたアメリカらしいとも言える。
20世紀初頭から中葉は、世界中の人々が物質を得ることに夢中になった。そして21世紀になると、世界中の人々が貪るように情報を得ることに夢中になっている。しかし、そろそろ次の段階が接近しているのではないか、と私自身は考えることがある。多くの人は、モノや消費活動に飽き始めており、そしてまた、無数に氾濫する情報にも飽食し始めている。それは結局、独立せず、なにかの支配下に従属するということを自ら認めるという行為なのである。それゆえ、『Transmitter』のように、自分にしか持ち得ないスペシャリティを探したくなるのは自然なことだ。自分にしか持ち得ない特性を習得し、獲得したとき、その人は本当の意味で人生を生き始める。そう考えると、我々の多くは、時代に流されない”普遍的な何か”を探求せざるを得ない。
感傷的なバラードソングを最後に配した「Dream」はアルバムの主題的な響きを成す。私達が言う現実そのものが束の間の幻想に過ぎないことを感じさせる。どこかの時代で聞こえていた、もしくは響いていた、心地良く、うっとりするような音楽。コラージュを交えたピアノが、クラークの甘いボーカルやストリングスと合わさり、深い余韻を残す。しかしもし、どこかの時代に聞こえていた、もしくは流れていた音楽の思い出だけが本当だとすれば??....。マルセル・プルーストは"思い出こそが人間にとって最も大切なものだ"と述べたことがある。本作が示唆するのは手法論ではない。現代の人間としてこの世に何を残すべきかという指針なのである。
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「Dream」
▪ Cut Worms 『Transmitter』はjagujaguwarから本日発売。ストリーミングはこちらから。







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