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アメリカ・イリノイ州シカゴは現代の作曲家フィリップ・グラスにとってきわめて思い入れのある場所といえるでしょう。グラスは若い時代に、シカゴ大学に通い、数学と哲学を専攻し、教養を深め、後の作曲活動に活かしています。さらに彼は、この土地で、指揮者、フィリッツ・ライナーとシカゴ交響楽団と関わりを持ちながら、古典的な交響曲の作曲技法を学んだのです。

 

今回、 2月17日、シカゴ交響楽団(CSO)と指揮者リカルド・ムーティーは、このシカゴに深いかかわりを持つ作曲家の十一番目の交響曲をシンフォニーセンターで演奏し、大成功を収めました。


Phllip Glass Twitter


 

ソリストには、日本人ピアニスト、現在はロンドンを拠点に活動する内田光子が選ばれ、コンサートのプログラムにはグラスの交響曲11番、さらに、ピアニストとしては最難関のベートーベンのピアノ協奏曲第四番ハ長調が選ばれ、演奏後、客席は大きなスタンディングオベーションに包まれたようです。

 


シカゴの地元紙「サンタイムズ」は、先週の木曜の夜に行われたCSOの演奏を、これはクラシック音楽史の大きな出来事であり、「フィリップ・グラスはベートーベンの9つの交響曲を上回った、パフォーマンスは初演ではないものの、非常に画期的な出来事であった」と報じています。

 

今回のグラスの交響曲第十一番の演奏は、シカゴのグラスシンフォニーによる初演でした。 シカゴ交響楽団は1999年にもサブスクリプションシリーズでフィリップ・グラスのオーケストラ作品「ファサード」を演奏し、2007年から2008年にかけてMusic Nowというプログラムを組み、この作曲家の楽曲にスポットライトを当てた経緯があり、今回グラスの交響曲を演奏を行ったことにより、 CSOとグラスの関係性はより深まり、シカゴという土地とグラスの関係はより綿密になったと言えるでしょう。

 

「フィリップ・グラスの音楽をこれまで一度も取り上げてこなかった巨匠リカルド・ムティとシカゴ交響楽団が彼の十一番目の交響曲を演奏することは、ここ数十年来で最もグラスのクラシック作曲家としての地位が上昇したことを明示している」と、シカゴの地元紙サンタイムズは書いています。


グラスは、元々、スティーヴ・ライヒのように、ミニマリストという位置づけで現代音楽のシーンに登場した作曲家でしたが、長年の間、フィリップ・グラスに対する作曲家として与えられる評価は目覚ましいものでなく、正当な評価を受けてこなかった作曲家とも言えるかも知れません。

 

そもそも、フィリップ・グラスの作風の反復的な作曲技法の形式があまりに単純ないしはナイーブであるとみなされていたため、フィリップ・グラスは数十年に渡って古典音楽の世界の一部の演奏家から敬遠されてきた経緯があります。


また、グラスがキャリアの最初期から当時主流であった古典的な作風の確立を回避し、1968年からはロックバンドのように機能する大学のキャンパスや別の場所で演奏する独自の実験的なアンサンブルを形成したことについても、クラシックの世界の一部から嫌厭されてしまった要因ともなったようです。


これは、例えば、ミニマリストとしての作風を一定に維持しつつ、比較的、中世のグレゴリオ聖歌やスカルラッティのような古典音楽の影響を踏まえ、数々の交響曲を生み出してきたエストニアのアルヴォ・ペルトとはまったく事情が異なります。いわば、フィリップ・グラスは、シカゴという土地のカルチャーの影響を色濃く受けたため、クラシック音楽にとどまらず、この土地のロック音楽と無縁ではなかったことが、古典音楽の作曲家としてグラスの評価をきわめてむつかしいものにしていたのです。

 

しかしながら、今回のシカゴでのコンサートが大成功に終わったことにより、これまでの事情は一変したといえるでしょう。マエストロ、リカルド・ムーティがグラスの11番目の交響曲を取り上げたことにより、古典音楽シーンからも彼の評価が正当なものへと引き上げられました。フィリップ・グラスは今、85歳の誕生日を迎えたばかりで、今回、シカゴ交響楽団とムーティー、そして内田光子という3つの素晴らしい奏者による画期的な演奏が行われことにより、また、公演後、多くの観客によるスタンディングオベーションでグラスの交響曲が好評に終わったことにより、グラスの長年の間、音楽家としてのキャリアに立ちはだかっていた壁のようなものが全て取り払われたことで、グラスのクラシックシーンでの地位が確立されたと言えるでしょう。

 

また、今回のシカゴでのコンサートのプログラムには作曲家フィリップ・グラスからの手紙が組み込まれており、コンサートの聴衆に対して、彼はシカゴという土地が彼にとってどのような意味を持つのかを説明しています。


このプログラムに掲載されたグラスの手紙には、観客にたいする感謝の意が表され、そしてまた、シカゴという土地の関係性についても言及がなされていました。先にも書きましたとおり、グラスは1950年代にシカゴ大学に在籍し、指揮者フリッツ・ライナーとCSOと深い関係を持ち、キャリアの重要な素地を築き上げていったのです。


「この種の出来事は」とフィリップ・グラスはこの観客に向けての手紙において書いています。「若いミュージシャンにとって非常に重要なことだったのです。このシカゴ大学にいた時、私はおそらく他のどの時代よりも管弦楽法について深くまなんだ時代でした」

 

今回、CSOがフィリップ・グラスの交響曲第十一番を取り上げて、 音楽性の探求をはじめたのは彼のキャリアがシカゴから始まったことを考えてみれば当然のことだったはず。


「今回のムーティーのコンサートが八人の打楽器奏者、二人のハープ奏者、さらには、めったに聴くことのできない低音域のコントラバスを含む、広大で、爽快な三楽章の作品からこの交響曲は構成されています」と、サンタイムズは説明した上で、さらに以下の通りに書いて、この記念すべきコンサートについての記述を締めくくっています。

 

「交響曲第十一番では、特に最初のムーヴメントにおいて大成功を収め、フィリップ・グラスはそれらを新たな要素として提示しています」

 

「交響曲第十一番は、酔わせる、時には息を飲むような、まるで万華鏡のような重なり合う渦を作り出す。そして、構造は彼のキャリアの最初の重要な要素である反復構造に回帰を果たす。ムーティーは見事にすべての可動部と複雑な反復と語り合い、演奏者たちはトローンボーンをはじめとする金管楽器、ハープとパーカッションの演奏でグラスの独特な作曲技法を受け入れているのが伺えました。このコンサートはオーケストラが最初にグラスの演奏を行うのを目撃したときのように衝撃的な出来事でしたが、「アテネの廃墟」への序曲に続き、この日のハイライトは間違いなくプログラム構成の前半部にありました。ベートーベンのピアノ協奏曲第四番です。この曲目はめったに聴くことのかなわない小さな宝玉の如きの楽曲です」

 

「ピアニスト、内田光子はCSOの常連として多くの人に親しまれており、1986年オーケストラデビューを果たした作品を演奏するために戻ってきました。このベテランソリストに期待されるような、思慮深さのある、深遠なパフォーマンスを、リカルド・ムティとオーケストラとともに彼女は観客に提示しました。内田光子はゆっくりとしたテンポで演奏をし、特に第2楽章は効果的で、広々とし、内省的で、時には異世界にも思えるような演奏を観客に披露しました。内田は、演奏における詩情という側面に力を注いでおり、ピアノ協奏曲のスイープ、壮大さをいたずらに強調した演奏になることは決してありませんでした。しかし、彼女は必要に応じて、パワーとパンチの効いた演奏を提示したのです。それが驚くほど軽く、機敏なタッチの演奏であったことは言うまでも有りません」

 

「シンフォニーホールでの演奏後、コンサートの聴衆は、スタンディングオベーションを与え、グラスの交響曲の祝福を与え、またそれと同時に、内田光子の魅惑的なパフォーマンスと国際的なピアノ演奏の世界における実力を再確認したようです」

 

 

 

 

 

Simon Farintosh「APHEX TWIN FOR GUITAR」2021

 



カナダの西海岸のギタリスト、サイモン・ファリントッシュは、クラシカルギターの名プレイヤーとして知られ、これまで数多くの賞を受けている実力派のギタリスト。これまでに、フィリップ ・グラスのグラスワークスをクラシックギターでカバーしている。

 

少し遅まきの情報になってしまうが、そんな彼が今や押しも押されぬイギリスのビックアーティストといえるエイフェックス・ツインのアコースティックギターのカバー曲を収めたシングルEPを今年リリースしている。シングルリリースながら、全六曲が収録され、小さなアルバムとして楽しむ事ができる。 

 

 


 

 

 

 

TrackListing




1.Film

2. Apill 14th

3.Hy a Scullyas Lyf a Dhagrow

4.Kesson Daslef

5.Jynweythek Ylow

6.Alberto Balsam 



 

 

元々、これまでエイフェックス・ツインというアーティストは”ドリルンベース”を始めとする秀でた天才的リズムメイカー、トラックメイカーとして世界的な評価を受けているように思えるが、個人的には、リチャード・D・ジェイムスというアーティストは、「Come To Daddy」に挙げられる暴虐的なフレーズを表向きの印象とする楽曲からは及びもつかない、叙情的でありながら繊細で美しい旋律を紡ぎ出す秀逸な”メロディメイカー”としての表情も併せ持っている。

 

もちろん、リチャード・D・ジェイムスは、イギリスを代表する電子音楽家ではありながら、ケージをはじめとする現代音楽にたいする造詣も深い。そのあたりが自身のアルバムにおいてのプリペイドピアノの導入といった実験的なアプローチへと歩みを進ませ、彼のバリバリの電子音楽家とは異なる現代音楽的な趣向性を持たせる。音楽性の間口が広すぎるため、リチャード・D・ジェイムスの音楽性というのは、一見、無節操のようにも聴こえるかもしれないが、どのような音楽であれ、自分の音楽の中に柔軟性をもって取り入れてしまうのがリチャード・Dという鬼才の凄さなのである。

 

そして、彼の音楽家としての表情には、時に、まったく本来の姿から乖離したメロディメイカーとしての姿が見いだされる。

 

それは、「Apilil 14th」「aisatsana [102]」といった清かで涼やかな楽曲の中に見いだされる。彼の電子音楽家としての轟音性ーーノイズの対極性にあるこの意外な静寂性、これは初期の「アンビエント・ワークス」から現在まで引き継がれている側面といえる。しかし、これまではいまいち、その意外性のようなものが何であるのか分かりづらい面があった。

 

しかし、今回、サイモン・ファリトンリッシュという名プレイヤーのクラシックギターでのアプローチが明らかにしたのは、エイフェックス・ツインの音楽においての静寂性、そして心優しい抒情性というのがむしろ彼の音楽の本質であるという事実である。

 

この2021年リリースのEP作品には、エイフェックスの名曲「Film」「April 14th」「Alberto Balsam」といった代名詞的な楽曲を網羅しながら、ここで全面的に展開されていく音楽性のは、電子音楽としてのエイフェックスではなく、まったくそれとは乖離した古典音楽としての表情を持つ上品なエイフェックスである。ここでは、今までとは異なる表情がたっぷり味わえると思う。

 

 

 

一曲目の「Film」は、エイフェックスの原曲自体は、非常にエモーショナルな美しい楽曲だったが、ここで名プレイヤーのサイモン・ファリントッシュのナイロンギターのたおやかな爪弾きによって、見事に、現代の電子音楽が由緒ある古楽に様変わりしているのは驚愕!としか言うよりはほかない。


元々、エイフェックスの音楽にはコード感というのは希薄であるものの、ここで、このカナダの名クラシックギタリスト、サイモン・ファリントッシュ氏は、美しい和音をアルペジオと、そして、綺羅びやかな対旋律によって、うるわしく彩ってみせている。ここで、なんともいえないイタリア古楽のような雰囲気を持つ上質な楽曲に生まれ変わりを果たしている。

 

「Apiril 14th」もまた美しいカバー曲となっている。サイモン・ ファリントッシュのアルペジオというのも優雅な響きをなし、そして、時に、そこから清らかな水のようにこぼれ落ちるミュートのニュアンスというのはほとんど絶品というしかない。あっさりした感じのカバーではあるけれども落ち着いていて上品な曲に仕上がっている。 

 

もう一つ興味深いのが「Alberto Balsam」である。この曲もまた、エイフェックスの代名詞的な一曲であるが、ここではクラシカルギターだけではなく、原曲に忠実なリズムトラックが加わることでかなりゴージャスな仕上がりとなっている。ファリントッシュ氏のリズミカルな演奏にマシンビートとハイハットの彩りが加味され、心楽しいアレンジ作品となっている。ここではまたエイフェックス・ツインの原曲と異なる穏やかでノリの良い雰囲気を堪能できるだろうと思う。

 

このアルバムは、サイモン・ファリントッシュ氏のリュート的なクラシカルギターの流麗な演奏が、これまた、まるでイタリア古楽のような上質で芳醇な香りを漂わせている。

 

今まで見いだされていなかったリチャード・Dのメロディメイカーとしての魅力が存分に引き出された素晴らしい作品である。まだ一般の市場には出回っていない作品ではあるものの、隠れた名盤として挙げておきたい。

 

エイフェックス・ツインを全然知らないというリスナーも充分、楽しめるような楽曲のラインナップになっている。もちろん、エイフェックスのファンは、この電子音楽家の異なる魅力を見いだす手助けになるかもしれない。ジャケット、音、共に、とても美しい名カバー作品として推薦させていただきます。

 

 参考

 

disquiet.com https://disquiet.com/2021/02/03/simon-farintosh-aphex-twin-guitar/