ニューヨーク発 現代ミュージックシーンの牽引者たち Captured Tracks

NY、Captures Tracksから始まったインディーロック・リバイバル


2010年代から始まった活発なニューヨークの音楽シーンを代表するインディペンデントレーベル「Captured Tracks」はブルックリンに本拠を構える。このレコード会社からは、アメリカ合衆国全体の音楽シーンに影響を与えたアーティストたちが羽ばたいており、良質な音楽の発掘者としての役割も担う。Captured Tracksに所属するアーティストの音楽性は、基本的にインディー・ロックという大きなジャンルの中の、ローファイ、サーフポップ、ドリームポップと呼ばれるジャンルに属する場合が多い。 


 

他のアメリカの代表的なインディペンデントレーベル、サプ・ポップ、タッチ・アンド・ゴー、マタドールのような老舗でこそありませんが、今日まで多彩なリリースを行ってきており、ニューヨークの音楽の隆盛を彷彿とさせる魅力的なバンドを数多くデビューさせており、ロック愛好家ならばこの辺りの動向から目が離すことが出来ません。


ニューヨークのアーティストから始まったシューゲイザー・リバイバル、ニューゲイズの動向というのは、2019年のテキサスのリンゴ・デススターのブレイクの実例を見ても分かる通り、いまだ冷めやらぬ気配もあり、この先まだ開拓の余地が残されている。


NYブルックリンに本拠を置く「Captured Tracks」は、現代アメリカのインディーロック音楽のトレンドを知るのに最適なレーベルです。今回、駆け足ではありますが、このレーベルの代表的なアーティストと名盤をご紹介していきましょう。

 



 1.Wild Nothing 「Gemini」2010

 




それまでにも、2000年代辺りには、スウェーデンのThe Radio Dpt.を筆頭にして、マイ・ブラッディ・ヴァレンタインという巨星の抜けたシーンの寂しさを埋めるような存在、ポストシューゲイザーだとか、シューゲイザーリバイバルという線上にあるバンドはいましたが、改めてこの周辺のジャンルの良さというのを再確認し、現代的なクラブミュージック的なニュアンスを加えて登場したのがワイルド・ナッシングです。


彼の後から凄まじい数のシューゲイザーリバイバルバンドが出てきますが、これというのは、そのブームの火付け役のマイ・ブラッディ・バレンタイン、通称マイブラの不在というのが原因であった。彼等が、活動の最高潮、「Loveless」の後に、長い期間にわたり活動を休止したことにより、他にも、ライド、スロウダイヴと同じようなバンドはいたものの、ミュージックシーンにあいた彼等の穴を埋めるような存在が出てこなかった。そしてある一定数のファンもまたマイブラに代わるようなバンドが出てこないかなと渇望するような側面も結構あったかもしれない。


その辺りのシューゲイザーを若い頃に聴いて感銘を受け、自分もまたマイブラのような音を奏でたいという欲求に際して登場したのがこのワイルド・ナッシング。いうなれば需要と供給がうまくマッチしたといえるでしょう。この音楽が、只のエゴイズムとはならずに済んだのは、多くのファンがこのような音を待ち望んでいた証でしょう。


それは、ワイルド・ナッシングをはじめとする、その後のリバイバルの魅力的なロックバンドが軒並み証明してみせている事実であって、このデビュー・アルバムで展開されるノスタルジックさのあるリバイバルの楽曲の輝きを見れば明らかだと思われます。


ワイルド・ナッシングの登場。これを懐古主義と呼ぶ事なかれ、名曲「Summer Holiday」、そして「Gemini」のノスタルジー差の感じさせる美しい輝きというのは、現在も全く損なわれていません。 

 

 

 

2.Mac Demarco 「Salad Days」

 


カナダ出身のソロシンガーソングライター、マック・デマルコ。彼の活動というのはソロ名義で、ライブではベース、ドラム、キーボードのサポートメンバーが帯同し、四人編成となります。アリーナクラスから小規模ライブハウスに至るまでひとっ飛びに幅広い活動を行っています。


そして、「Salad Days」は彼のデビュー作であり、この一作の魅力によってそれまであまり知られていなかった「Captured Records」の名を国内にとどまらず、世界に轟かすのに成功した貢献的作品です。


マック・デマルコの華々ししい登場から、このCaptured Trackの黎明期、そして10年代のアメリカ東海岸のインディーロックリバイバルブームは始まったといっても言い過ぎではないでしょう。


音楽性としては、ゆったりしたテンポ、そして、フォークポップを主体としながら、その中に古典的な大衆音楽、ビートルズをはじめとするポピュラー音楽、そしてさらに、往年のR&Bやディスコサンド的なノスタルジーへの現代人としての憧憬がそれとなく滲んでいるというような気がします。


このアルバムは、独特でかしこまらない親しみやすい声質、それからフレンドリーなキャラ付けが見事にマッチした作品で、楽曲から感じられるデビュー作らしい瑞々しさもこの作品の魅力。彼の歌詞には男女の恋愛の上でのもどかしさのようなものが表され、それがあっさりと歌われているのも特徴です。


彼のこの後の10年代終わりのニューヨークのミュージックシーンんに与えた影響というのは計り知れなく、底知れないポテンシャルを証明した傑作。「Salad Days」「Let it Her」をはじめ、どこかしら淡い切なさを思わせるような胸キュンの良曲が満載。



3.Widowspeak 「All Yours」

 




Widowspeakは、モリー・ハミルトンとロバート・アール・トーマスによってブルックリンで結成されたドリームポップの男女ユニット。


これまでの前作をCaptured Trackからリリースしていることから専属的なアーティスト、いわばレーベルの代表的な存在といえます。


このユニットは、愛くるしいカップルのような息のとれた演奏を見せ、そして、モリーとロバートの男女ボーカルが交互に収録されているため、ユニットでありながらバランスのとれたサウンドを聴かせてくれます。


モリー・ハミルトンの、浮遊感のあるアンニュイな声質は、心なしかアイスランドのムームを思わせ、切ない感じを醸し出し、後のベッドルームポップの流れに直結するような音楽性を持っている。


1stアルバム「Widowspeak」では、リバーブ感の強いギターサウンドを引っさげ、ドサイケデリック色の強い、サーフロックバンドとして登場しましたが、次第に、二作目からドリーミーなポップ色を全面に押し出していって、そこにエレクトロニカの風味をオシャレに付け加えて、ユニットとしての洗練性を高めていくようになった。その後の彼等二人の方向性を探求する過程に発表された意欲作ともいえるのが、三作目のスタジオアルバム「All Yours」でしょう。


ハミルトンのアンニュイな声によって紡がれる「Stoned」も聴き逃がせない。また、対照的に、ロバート・アール・トーマスによって、さらりと良いメロディーが歌われる「Borrowed World」も捨てがたく、これらの対比的な雰囲気を持つ楽曲がアルバム全体を飽きさせないものにしています。


「My Baby's Gonna Carry On」では、掴みやすいポップソング中に、実にさり気なく轟音ディストーションサウンドが背後に展開されているのも面白い点。「Cosmically Aligned 」では、このバンド初期からの方向性を先に進めたハワイアン風のスライド・ギターサウンドを聴くことが出来ます。


ここでは、Captures Recordsの代名詞的ともいうべき多彩な印象に彩られたインディポップの魅力が心ゆくまで堪能でき、2020年の傑作「Pulm」とともに往年のギターポップ好きの方にもこのアルバムをお勧めしたいところ。

 


4.DIIV 「Oshin」

 



全然、バンド名を知っていながら全然音をチェックしていなかったニューヨークのシューゲイザーバンド、DIIV。


このアルバムのタイトル「Oshin」といい、バンド名におけるイザコザといい、ちょっといい加減でテキトーな感じもして、その辺りの間の抜けたところに好感を覚えます。サウンド面でも上記のワイルドナッシングをさらに宅録風にした質感。題名から音を想像すると肩透かしを食らうかもしれない。


個人的には、Part Time辺りの宅録風ポップが好きな人はどストライクです。この辺りのドリーミーでファンシーな音楽性に懐かしさを見出すか、チープなバンドと断定するかはリスナーの音楽的な蓄積によりけり。これは、元のシューゲイザーやブリット・ポップ好きはニヤリとさせるものがあるはず。


只、完璧でないバンドといいうのは捨てがたいものもあると思います。一分の隙きもない音楽というのは確かに良いですけれど、時に息苦しくなってしまうような部分があります。荒削りなものの良さというのは、茶器とかを見ても、非対称性とか、少し完璧でない部分がある方が味とか価値が出る。


音楽もまた全く同じで、少しスタンダードから崩した所がある方が好ましい。ファッションでいうなら洒脱。その辺りの通ぶった七面倒な人間のワガママにやさしく答えてくれるのがこのダイブという、ジャンク感のあるロックバンドの素晴らしいところでしょう。


このバンドは、今流行のドリームポップ、シューゲイザーの方向性を表側に見せつつ、その音楽性については、通らしいバウハウスのようなゴシック趣味も感じさせるのが油断ならない。このデビュー・アルバムを聴くと、良質なポップセンスによってバンドサウンドが強固に支えられていて、良質なトラックが多いのに驚きます。「Follow」をはじめ、どことなく切なげな情感が込められているというのが感じ取れる。


「Oshin」の全体的なトラックの印象としては、ザ・スミスのジョニー・マーのようなギターサウンドを更に推し進め、そこに、ワイルドナッシングのような陶酔感のあるボーカルが空気中にぼんやり漂うような感があり、この辺りのニューロマンティックな雰囲気がすきなのかどうかが好き嫌いを分けるかもしれません。


往年の八十年代のマンチェスターシーンに流行したポップ音楽の風味も感じられるのが独特。個人的には、こういったダサいようだけれど、実は滅茶苦茶かっこいいという、絶妙な線を狙ったバンドというのが最近のニューヨークシーンの流行りなのかなと思います。 

 

 

5.Beach fossils「Beach fossils」

 


 


サーフロックリバイバルの旗手ともいえる存在、ビーチフォッシルズの鮮烈なデビューアルバム。


このビーチフォッシルズの音の勘の良さというのも、懐かしいサーフサウンド、ディック・デイルや、ヴェンチャーズ辺りのバンドの音楽性を新たなシューゲイザーやドリームポップで彩ってみせています。


デビューした年代はワイルド・ナッシングと同時期にあたり、両バンドは盟友のような形でニューヨークシーンを活気づけている。


「The Horse」のアメリカーナやフォーク音楽の影響を感じさせる良曲をはじめ、「Wide Away」といった素晴らしいメロディーセンスを持つ楽曲が数多く収録されています。

 

バンドのネーミングを想起させる「Gather」は浜辺のさざなみのSEを取り入れた楽曲。ビーチ・フォッシルズの鮮烈なデビューアルバムは、彼等四人のずば抜けたセンスというのが滲み出ている。 


このバンドは、デビュー当時から個人的に注目していた思い入れのあるアーティスト。今や前作の「Summerssault」の良い反響を見るにつけ、ワールドワイドな存在となりつつあり、今後の活躍がたのしみなアメリカの最重要若手ロックバンドの一つです。


6.THUS LOVE「Memorial」




パンデミック下、元々、Thus Loveは、ライブを主体に地元で活動を行っていましたが、このパンデミック騒動が彼らの活動継続を危ぶんだにとどまらず、彼らの本来の名声を獲得する可能性を摘むんだかのように思えました。しかし、結果は、そうはならなかった。Thus Loveは幸運なことに、ブルックリンのインディーロックの気鋭のレーベル、キャプチャード・トラックスと契約を結んだことにより、明日への希望を繋いでいったのである。それは、バンドとしての生存、あるいは、トランスアーティストとしての生存、双方の意味において明日へ望みを繋いだことにほかなりません。

 

この作品は、このブラトルボロでの共同体に馴染めなかった彼らの孤独感、疎外感が表現されているのは事実のようですが、それは彼らのカウンター側にある立ち位置のおかげで、何より、パンデミックの世界、その後の暗澹たる世界に一石を投ずるような音楽となっているため、大きな救いもまた込められています。Thus Loveのアウトサイダーとしての音楽は、今日の暗い世相に相対した際には、むしろ明るい希望すら見出せる。それは、暗い概念に対する見方を少しだけ変えることにより、それと正反対の明るい概念に転換出来ることを明示している。これらの考えは、彼らが、ジェンダーレスの人間としてたくましく生きてきたこと、そして、マイノリティーとして生きることを決断し、それを実行してきたからこそ生み出されたものなのです。


Thus Loveの音楽性には、これまでのキャプチャード・トラックスに在籍してきた象徴的なロックバンドとの共通点も見出すことが出来ます。Wild Nothingのように、リバーブがかかったギターを基調としたNu Gazeに近いインディーロック性、Beach Fossilsのように、親しみやすいメロディー、DIIVのように、夢想的な雰囲気とローファイ性を体感出来る。さらに、The Cure、Joy Division、BauhausといったUKのゴシック・ロックの源流を形作ったバンド、ブリット・ポップ黎明期を代表するThe SmithのJohnny Marrに対する憧憬、トランス・アーティストとしての自負心が昇華され、クールな雰囲気が醸し出されている。

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