ポストハードコア/エモーショナル・ハードコアの名盤ガイド

ポストハードコア/エモーショナル・ハードコアの名盤ガイド

 



このニュースクール・エモ/ポスト・ハードコアと呼ばれる音楽は、90年代に行き詰まりを見せていたポップパンクやハードコアのシーンに、あざやかな息吹を吹き込んで見せた”スクリーモ”というジャンルがその原型。イギリスのThe Used、アメリカでは、Thursday、Matchbook Romanceというバンドが有名で、UK、USのオーバーグラウンドでもチャート上位を賑わし、一時期、結構人気があったジャンルです。 

 

こういったバンドの楽曲の特徴としては、ヘヴィなハードコアパンクに、ボーカリストの激烈な”スクリーム”。そして、その正反対の要素の繊細さのある「泣き」というエモ的要素を織り交ぜた音楽性というのが一貫している。非常に苛烈なアジテーションを持って支えられる強固な音楽性に、それとは対照的なエモーションをはらんでいるアンビバレンスさが特徴で、一部のコアな音楽ファンの間で人気があるジャンル。 

 

そしてまた、世界のシーンを見渡してみると、ここに面白い兆候があって、スクリーモをはじめ激情ハードコアの発祥自体は、アメリカ/イギリスという国々であり、もちろん、シーンの広がりを形作ったのもそれらの国ではありながら、近年、こういったバンドというのが欧州圏で際立った活躍を見せている。 

 

これというのは、英国や米国のメインストリームから見ると徐々に衰退していっていたジャンルの一が、いつの間にか欧州圏やアジア圏でひっそりと生きながらえ、浸透していき、各国独自の進化を遂げてその音楽性を完成させ、コアなファンの根強い人気を獲得しつづけているという印象を受ける。 

 

例えば、日本の著名なハードコアバンドが他のアジア圏、あるいは、ヨーロッパ圏にツアーに出ていき、相当好意的に受け入れられて入るのを見ると、今や、ハードコア音楽の熱狂は、いよいよ欧州やアジア圏の国々にも移行しはじめているのではないかと思われます。

 

正直なところ、一般的な音楽ファンへの需要というのは望むべくでないのかもしれませんが、この辺りのニュースクールハードコアと呼ばれるシーンには、クールなバンドが多く見られるので、少しのファン開拓のため、今回、世界を股にかけて活躍する激情系ポストハードコアの屈強なバンドを名盤と共にリストアップして行きます。  

 

 

 La Quiete 「2006/2009」   

 


 

イタリア、チェゼーナ県、歴史ある煉瓦造り城塞の名残りをとどめる、フォルリ出身の五人組ハードコアバンド、ラ・クイエテ。主要メンバーは後に、Raeinを結成。

 

現在は、活動を休止して解散状態にありますが、問答無用で、激情系ポストハードコアの最重要バンドの一つであり、これを聞かずして現代のハードコアシーンをしたり顔で語らざるべし。 

 

このアルバムは彼等の太く短い活動の情熱を余すことなく刻印したベスト盤的な意味合いの強い一枚。 

 

ブラストビートとも言うべき、重戦車のような疾走感あるドラミングによってバンドサウンドが力強く引っ張られていき、そこに、ハイハット、シンバルがロケットランチャーのごときに盲滅法に連射される。一曲目からすさまじいテンションの変拍子満載の楽曲、これには白旗を挙げるほかない。 

 

この往年のボンゾを彷彿とさせるような音からの直截的な風圧すら感じるすさまじいタム回しの上に、分厚いツインギターが絡み合いながら、複雑な多次元的な構成の曲の表情を緻密に形作っていく。 

 

歌詞自体はイタリア語で、舌がもつれそうな早い歌いまわしが乗せられていくボーカルスタイル。絶叫感こそあるものの、その中に異様なほどの対比的な落着が感じられ、そこに、どことなくスタイリッシュなハードコアバンドという印象を受けるはず。また、このバンドサウンドには何か、五人のイタリア男たちの胸を打つような友情、そして、結束というのが力強く感じられる。 

 

名曲「Cosa sei disposto a peredere」 の焦燥感のある前のめりな勢い、そこに繰り広げられるスタイリッシュなイタリア語の響きというのは、素直にカッコいい!というしかないでしょう。 

 

しかし、この疾走性の強いバンドサウンドが単なる凶暴な突っ走りとはならなないのは、「静寂」というバンド名を象徴されるように、時に、その轟音の向こうに姿を表す静寂が絶妙な均衡を保っている。この辺りに、ラ・クイエテの一辺倒ではない知性が宿っており、現代ハードコアの醍醐味である轟音と静寂というアンビバレントな要素もお約束。

 

荒々しく無骨で、どことなくミリタリーな雰囲気すら漂う中に、哀愁の滲むメロディーセンスが色濃く感じられる。まさに、ヴィヴァルディ時代から古い歴史を抱えるイタリアのロマンチシズム。  

 

 

 

 

 

 Envy 「Dead Sinking Story」  

 

 



 

Envyは、近年では、ヨーロッパツアーの敢行、フランスの「Hellfest」への出演、そして、Vo.深川哲也氏のMogwaiの楽曲へのゲスト参加をはじめ、パンク・ハードコア界隈にとどまらず、ヘヴィ・メタルやポスト・ロック界での活躍も近年めざましくなりつつある世界的なロックバンド。どちらかといえば、日本のアーティストというより、海外アーティスト寄りに近い印象のあるバンド。

 

このEnvyというバンドというのは元は、Gauzeのような超硬派のオールドスクール・ハードコア性を擁するバンドとして出発し、それから、徐々に、エモ、ポストロック、ポストハードコア、ニュースクール・メタルというように、様々な音楽性を吸収し、昇華させていったバンドで、ラ・クイエテのように母国の日本語の中に独自のニュアンスを見出し、文学的な歌詞の風味があるのが特色。

 

「A Dead Sinking Story」は、最初期の名作「All the Footprints You've Ever Left and the Fear Expecting Ahead」の音楽性を引き継いで、ポストロック、エモ色を強めていくようになる方向性の契機となったEnvyの最重要作品。 当作は、コンセプト的な趣のある作品といえ、陰鬱な雰囲気によって艷やかに彩られており、MOGWAIやGY!BEを彷彿とさせる、静と動のめくるめく曲展開を打ち出し、新境地を切り開いてみせた記念碑的作品でもある。深川の激情を剥き出しにしたボーカルというのが持ち味で、それと正反対の繊細でエモーショナルな日本語歌詞、それらは普遍的な四人編成というロックバンドの重厚なサウンドにより強固に支えられる。

 

一曲目の「Chain Wandering Deeply」は、ヘヴィ・ロックの世界史に「Envy」という名を刻印してみせた名曲といえる。「Color of Filters」での、思わず一緒に歌いたくなるシンガロング性があり、「Go Mad and Mark」での、Mogwai、Mineralを彷彿とさせるポスト・ロック、エモコアの極致と言うべき楽曲も聴き逃せない。また、Envyの初期作品からの特色であるアンビエント・ドローン的な楽曲「A Conviction of that Speed」の、深川の内省的なポエトリー・リーディングも、権力に対する個人としての無力感、只事ではない義憤が込められている。

 

アルバム全体が異様なバンドとしての緊張感に満ちあふれ、実に、絶妙なバランス感覚によってバンドとしてのサウンドの印象が支えられている。

 

激烈な轟音の向う側にひろがるギター・アルペジオが生み出す静寂。その奥行きあるアンビエンスには、息を飲むような美麗さが味わえるはず。 

 

アルバム「A Dead Sinking Story」は、日本語ロックの最先端を行った記念的作品。さらに言うなら、日本のハードコアバンドとしての彼等四人のストイックさ、深い自覚と矜持というのが見出せる。日本のロックを先に推しすすめ、「Envy」の名をワールドワイドたらしめた歴史的名盤。  

 

 

 


Endzweck「The Grapes of Wrath」  

 


 

 

東京のポスト・ハードコアシーンにおいて、最も有名で伝説的なバンドともいえるEndzweck。

 

”There is a light never goes out”のメンバーによって結成。Envyが海外向きの活動を展開していったのとは異なり、このEnzweckは、アメリカ単独ツアーなども敢行しつつ、国内のインディーシーンに根をおろし、現在も活躍を続けている。パンクロック好きの東京の若者たちは、エンズがいつどこどこでライブを演るらしいと騒いで、みな、このEnzweckに憧れていました。いわば、00−10年代にかけての新たなHI-Standardのような存在でもあったわけです。

十年前、東京のライブハウスで、このバンドの企画イベントが行われようものなら、チケットは即完売。男女関係なく人気があり、ほとんど、ライブはすさまじい暴動寸前の盛り上がりを見せ、フロアに入り切らないほどの記録的動員を持っていた。彼等の活躍の後、東京インディーシーンでポスト・ハードコアシーンが台頭してきて、皆こぞって夢中になって過激で激烈な音を奏で始めた。

KamomeKamome、Heaven in her arms、Killie(嫌い)といった伝説的なバンドは言うまでもなく、16 Reasons、解散してしまったPastefasta、Hardcore Superstar(元Hawaiian6のベーシストが在籍)、ヒップホップ・ハードコアのMetamorforce,その後には、山梨、甲府のライブハウス、”Kazoo Hall”を中心としたインディーシーンを10年代にかけて構築していくBirthと、凄まじいバンドが続々と登場した。

 

もちろん、Endzweckは東京のハードコアシーンの代表格であり、現在も、その人気は衰える気配が全くなし。フロントマンの上杉さんは、近年、バンドマン向けセミナーなども開催し、就職を期にバンドを辞めてしまう人が多い中、会社員になってもバンドは続けようという提言を行う。

 

Endzweckは、つまり、この東京の00年代からのハードコア・ムーブメントの牽引者といえ、欠かすことの出来ないバンド。もちろん、音楽性についても、世界にひけをとらないほどの高い完成度を誇り、疾走感のあるニュースクール・ハードコア、そして、上記のイタリアのラ・クイエテのようなミリタリー色のあるクールな質感を併せ持つ。時に、ギターのミュートでの刻みの音圧というのはカッコいい。また、楽曲として、ストップ・アンド・ゴーを多用した緩急のあるテンポ感を見せるのも、彼等のバンドサウンドの特長でしょう。そして、なんといっても、オールドスクール・パンクハードコアの熱狂を失っていないのがエンズウィックの良さ。

 

「The Grapes of Wrath」は、彼等の代表作のひとつとして、現在もそのカッコよさは失われていない。上杉さんの絶叫ボーカルは、どことなくスタイリッシュな印象も受ける。往年のクラシックなメタルの雰囲気もあり、ハードコアらしい疾走性、そして、サウンドにほのかに漂う哀愁、いわばポストハードコアの典型的サウンドは、世界中の多くの人に知られるべきものだ。彼等、Enzweckは、16 Reasonsと共に、東京パンク・ハードコアシーンを代表する最後の牙城といえる。また、彼等のデビュー作「Strange Love」も、名作として挙げておきたいところ。

 

 

Suis La Lune 「Riala」





 

次にご紹介するのは、スウェーデンのポスト・ハードコアバンド、Suis la lune。 このバンドの面白いところは、エモの「泣き」という要素をさらに先鋭的にしたことでしょう。このアルバムを聴いて驚かされるのは、ボーカルのスクリームがほとんど泣いているという点。これは泣きながら歌っていると思わされるような激烈な印象。

Suis la Luneの表面的な印象は、疾走感のある重いグルーブ感であり、それが単なる感傷性に堕することなく、屈強なバックコーラス、重厚なヘヴィ・ロックによって激情派というニュアンスが押し出されている。つまり、このSuis L luneほど、外側のベクトル=激情性、内側のベクトル=繊細性というアンビバレンスさを体感するのにうってつけのバンドは他にないといえるかもしれない。 

特筆すべきは、表面的には、激烈な切なく哀愁のあるニュースクールハードコアが展開されながら、いきなり曲の終わりにかけて、美麗としかいいようのないディレイ、リヴァーブ感の強い奥行きあるアンビエントドローンの世界が現れるのも特異な印象を受ける。 全体的には、ハードコアだけではなく、ギタリストがトレモロアームを駆使し、出音を歪ませていることから、マイブラのようなシューゲイザーにも通じる独特なエモーションがあるのが北欧のバンドならでは。

このアルバムでは、「Stop Motion」を始め、往年のアメリカのスクリームバンドの切ない激情性を踏襲しつつ、それをスウェーデンという土地柄の叙情性によって独自に彩ってみせているのが見事だ。 そして、もうひとつ、ごく普通のハードコアバンドらしからぬ特質があるとするなら、ギター、ドラム、ベースというシンプルな編成に加え、「Wish&Hopes」で管楽器がさり気なく取り入れられているあたりでしょう。 全体的には、バンドサウンドとしての音の厚みからくるものなのか、バンドとしてのオーラの強さ、大きさのようなものが感じられるバンド。

シンガロング性の極めて強いキャッチー性と流麗なメロの運びがこのバンドの一番の強みといえる。そして、屈強で武骨なオールドスクール・ハードコアを下地にし、いかにもスクリーモバンドらしい泣き感の強いサウンドという印象を受けます。 

 

 

 

 Sport 「Von Voyage」

 


最後にご紹介するのは、これまたフランスのポスト・ハードコアの代表、スポルト。 不器用なんだけど、あけすけに内側の叙情性を外側にそのまま音として吐き出している気がして、非常に好感が持てる。

 

このスポルトというバンドは海外で人気が高く、一時期、エモ・シーンでも、一、二を争うくらいに期待されていましたが、残念ながら、2016年「Slow」のリリースをもって解散してしまったのが惜しまれる。

 

このバンドは、ツインボーカルのスタイルを取り、ワシントンのDiscordのハードコアバンドの音を現在に蘇らせ、そこに新たな現代的なエモのエッセンスを交えたバンド。ボーカルの声質が、イアン・マッケイに良く似ていて、往年のマイナースレットをどことなく彷彿とさせるようなところもある。

 

このアルバム「Von Voyage」の彼等の活動の勢いのある瞬間を音としてアルバムのように捉えた作品。これはなんでしょう、失恋した後に、バイクで夜道を疾走するような感じとでもいうべき。

 

一曲目では、スティーヴン・キング原作「スタンド・バイ・ミー」のワンシーンの会話がイントロとして使われ、そこから激烈なエモーションソングがめくるめく形で展開されていく。つまり、そのあたりの青春物語がテーマとして掲げられ、これはアルバムジャケからも伝わってくるものがある。

 

音楽性には性も感じるところもあり、一方で、しっとりと奏でられる落ち着いた雰囲気もある。このアンビバレンスさというのは、やはり、ポストハードコア界隈のバンドならでは。 このアルバムに音として現されているのは、冒頭のスタンド・バイ・ミーのような青春物語としての若い男たちの不器用な青臭さであり、それが有り余るほどのエモーションで音楽として表現されている。

 

このアルバムというのは、90年代のシカゴのCap' n Jazzから発生したエモーショナル・ハードコアというジャンルを、時を経て、あろうことか10年代にもなって、なぜか、海を越えて、フランス人がその概念を引き継ぎ、現代に記念碑のごとく完成させてみせた。 

 

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