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▪2025年のTransgressive Recordsの魅力的なアーティスト、リリースをご紹介


ロンドンに本拠を置くインディペンデントレーベル、 Transgressive Recordsは、今年創設から20周年を迎えました。本レーベルは英国内に留まらず、世界各国の気鋭のグループ/アーティストを率先して紹介し、インターナショナルな音楽を開拓し、良質なリリースを手掛けてきました。 いずれのアルバムも聴き応えがあり、本当に素晴らしかったです。Matador、Dominoと並んで、今年のベスト・レーベルの一つでした。


MUSIC TRIBUNEでは、光栄にも、Transgressiveからのリリース提供を頂戴し、複数のアーティストをご紹介してまいりました。今年度の終わりを迎えるにあたって、レーベルの魅力的なルースター、リリースをぜひ確認してみてください。トランスグレッシブレコードのメッセージは以下の通りです。


今年は、Beverly Glenn-Copeland、Greg Freeman、Nadia Kadek、Rocket、Sparks、The New Eves、The Antlers、Jenny On Holidayに加え、Moonchild Sanelly、Songhoy Blues、University、Miso Extra、The Moonlandingzの新作をお届けできたことを誇りに思います!


皆様のアーティストへのご支援、ご視聴、そしてシェアは私たちにとってかけがえのないものです。音楽と繋がり、創造性に満ちたこの一年に対し、私たちは限りない感謝を捧げるとともに、次なる展開を皆様にお届けできる日を心待ちにしております。



 ▪Beverly Glenn-Copeland




グレン・コープランドは1960年代に音楽キャリアを開始し、モントリオールのマギル大学でクラシック歌唱を学び、万国博覧会(エキスポ67)で演奏した。1970年代初頭にリリースされた2枚のセルフタイトル・アルバムは、彼の力強い歌声と作曲才能を多ジャンルの楽曲で披露した。 1986年、オンタリオ州の田舎で暮らす中、グレン=コープランドは独学でデジタルシンセサイザーを習得し、自身のキャリアの全方向性を変えることになるアルバムを録音した。


当時、彼は『Keyboard Fantasies』を200本限定のカセットテープで自主リリースしたが、わずかな枚数しか売れず、残りは倉庫で眠ったままとなった。 2015年、日本のレコード収集家がグレン=コープランドに残りの在庫を買い取るようメールで連絡してきた。新たな世代が彼の芸術を発見したのだ。音楽は世界中に広がり、数年後、70代となったグレン=コープランドは初めてヨーロッパツアーに赴き、ライブ観客に自身の楽曲を届けた。この旅はポージー・ディクソン監督の2019年ドキュメンタリー『キーボード・ファンタジーズ』に収められている。


グレン・コープランドは2026年2月6日にニューアルバム『Laughter In Summer』をリリースする予定です。
 







▪Greg Freeman 


 
メリーランド州生まれでバーモント州バーリントンを拠点とするシンガーソングライター、グレッグ・フリーマンは、過去の風変わりな醜さの中に感情のカタルシスと現代的な共鳴を見出すことに生き甲斐を感じている。彼の楽曲はすべて、切迫した歌唱と歴史から暴力、喪失、啓示といった人物中心の物語を掘り起こす喚起力ある歌詞によって、確かな場所の感覚を帯びている。



2022年にデビューアルバム『I Looked Out』をリリースした時、PRキャンペーンもレーベルも音楽業界のプロモも行われなかったが、著名な批評家から賞賛を集めた。UPROXXのスティーヴン・ハイデンは''2023年に発見した2022年のお気に入りアルバム''と評した。Paste Magazineは「2020年代のベスト・デビュー・アルバム25選」にこの作品を選んだ。 このリリースの口コミでの成功により、フリーマンは容赦ないツアースケジュールをこなすようになった。



 8月22日にキャンバスバック/トランスグレッシブよりリリースされたセカンドアルバム『Burnover』では、アーティストが、北東部の複雑な背景を舞台に、悲嘆、疎外感、愛に心を開くことで得られる明晰さを歌い上げる。 爆発的で不安を掻き立る10曲は、エネルギッシュなインディーロックとゆったりしたトワンクを融合させている。フリーマンにとって最も冒険的で個人的な作品であり、彼を唯一無二のソングライティングの才能として確固たるものにした。 
 
 
 
 
 
 




▪Jenny On Holiday




批評家から高い評価を受けるオルタナティブポップ・デュオ、Let's Eat Gramma、の一員として知られるジェニー・ホリングワース。今や親しみやすくも驚くほど新たな声で自らを再提示する。 その結果生まれた音楽は、親密でありながら広がりを感じさせるもの。存在の軽やかさの中に新たな喜びを見出した根幹にある。ジェニーは再び好奇心に満ち、人生に恋をしている。


デビューシングル「Every Ounce Of Me」に続き、ジェニー・ホリングワースは新たな明晰さによって推進される、芸術家としての力強い新章をソロデビューアルバム『Quicksand Heart』で完全に展開する。 印象的なイメージである「流砂の心臓」とは、渦巻く感情の渦、脈打つ感情の深淵。ジェニー・オン・ホリデーが愛を与え、受け取る方法を表現した言葉だ。 ニューアルバム『Quicksand Heart』は2026年1月9日にTransgressiveからリリースされます。
 
 
 
 
 
 




▪Rocket


タトル(ボーカル、ベース)、バロン・リンズラー(ギター)、クーパー・ラドメイド(ドラム)、デシ・スカグリオーネ(ギター)からなるロケットは、ここ数年多忙な日々を送っている。 

幼少期からの友情を持つロサンゼルスのクルーは、2021年に結成され、無名の小屋でデビューEPを録音した。彼ら全員が「バンド」というアイデアに真剣に取り組んだのは初めてのことだった。それにもかかわらず、燃え上がるような気密性の高い曲で完全な形になった。 


4人組の注目すべきデビューアルバム『R is for Rocket』は、華やかでラウド、アンセミック、爆音、美しいサウンドの地形を駆け抜ける歓喜の旅である。まったく新しいサウンドでありながらノスタルジーを呼び起こすという稀有な偉業を達成しており、一瞬で人を魅了する曲で構成されている。  


ギザギザでファジーなサウンドは、ソニック・ユースやマイ・ブラッディ・ヴァレンタインのような90年代のギター・バンドを祖先に持つが、ロケットはそれらの試金石を使って彼ら独自のサウンドを打ち立てようとする。彼らが同世代で最も有望なギター・バンドの一つと広く認められているのも不思議ではない。

このアルバムは、絶賛された『Versions of You EP』のエネルギーをベースにしていたが、『R is for Rocket』ではバンドの技術が目覚ましく進化している。2024年初頭にアルバム制作を開始するまでに、彼らはほぼ途切れることのないツアースケジュールをこなしてきた。彼らのヒーロー、ライド、サニー・デイ・リアル・エステート、シルヴァーサン・ピックアップスの前座として数えきれないほどの時間をストリートで過ごす中、四人組はデビュー・アルバムの制作に取り組み、ドラムのクーパー・ラドマデの実家の庭にあるささやかなスタジオで作曲を行った。スマッシング・パンプキンズのツアーにも帯同した注目すべきロックバンドの一つ。
 
 
 
 
 




▪Sparks


1970年にロン、ラッセル・メイル兄弟によって始まったスパークス。もはや説明不要の音楽シーンの伝説的な存在。
 
 
バンドは、最近AIMアワードでOutstanding Contribution to Music Awardを受賞し、伝説的な映画監督ジョン・ウーとのコラボレーションを明らかにするなど、これまで以上に多忙を極めている。2025年、スパークスはトランスグレッシヴと新契約を交わし、新しい挑戦を始めています。


今年、メイル兄弟は歴代の作品の中でイギリスチャート最高位を獲得した『Mad!』をリリースし、快進撃を始めている。続いて、スパークスはEP「Madder!」をリリース。ベテランデュオと侮ることなかれ。デビュー50年を経ても、スパークスのパワーは今なお止まることを知りません。
 

 
 
 
 



 

▪Nadia Kadek



英国/ノーフォークの静かな田園地帯で育ったナディアは、自分自身を "フェスティバル・ベイビー "だと言ってのける。フローレンス+ザ・マシーン、ジェフ・バックリーなどのサウンドトラックを聴きながら、キャンプ場までの長い車中泊の旅の中で、初期の音楽的記憶を形成していった。 


フェスティバルを楽しむ仲間たちの肩の上でヒーローを見守り、グラストンベリー2024の''エマージング・タレント・コンペティション''で準優勝し演奏するまでになった彼女の物語は、すでに一周した瞬間と静かな並外れた決意を示唆する。


現在、ロンドンを拠点に活動するカデックは、ライブ・パフォーマンスの力で着実に熱狂的なファンを増やしている。 生の才能と粘り強さを見せつけるセルフ・ブッキング・ライブの後、カデックは、今日最も尊敬され、境界を押し広げるアーティストを育てることで有名なレーベル、Transgressiveの目に留まった。


今年、グラストンベリー、BSTハイド・パーク、ラティテュード、ピッチフォーク・フェスティバルなど大型フェスティバルに出演。10月7日にはデビューEP『Green Car』をリリースしました。
 
 
 





▪The New Eves



The New Eves(ザ・ニュー・イヴス)は、ヴァイオレット・ファラー(ギター、ヴァイオリン、ヴォーカル)、ニーナ・ウィンダー・リンド(チェロ、ギター、ヴォーカル)、ケイト・メイガー(ベース、ヴォーカル)、エラ・オーナ・ラッセル(ドラムス、フルート、ヴォーカル)の四人からなる。おどろくべきは、全てのメンバーがボーカルを歌う。ソロシンガーという固定概念はない。

パティ・スミスやルー・リードのような文学性、英国の古典的な民族音楽を組み合わせたグループである。その瞑想的な音楽性は、BC,NR、Last Dinner Partyといった現代的なバンドのシアトリカルな性質もあるが、それと同時に70年代のUKロックと呼応する側面もある。彼女たちの音楽にはLed Zeppelinのような民族音楽のフォークミュージックの影響をとらえることも難しくない。


バンドは5月から国内ツアーを出発させ、冬にはピッチフォーク・フェスティバル(パリ)に出演予定。複数のツアー日程では、Ninja Tuneの人気バンドで新作アルバムをリリースした、BC, NR(Black  Country, New Road)と共演している。今後の活躍に期待したい実力派のグループ。

 

 

 

▪Listen/Stream 

 

 

▪The Antlers



2010年代のインディーロックシーンの最重要ユニット、ザ・アントラーズの7作目となるアルバム『ブライト』をリリースした。

 

全9曲にわたり、ボーカル兼メインソングライターのピーター・シルバーマンは、私たちの受動的な破壊的傾向——無頓着な汚染、無自覚な浪費、そして自然界への不注意による破壊——と向き合う。しかし重いテーマにもかかわらず、『ブライト』は決して聴き手を苛む作品ではない。冒険的なアレンジと持続的な推進力により、それはむしろ虹色の冒険譚のように響く。


アルバムは数年かけてレコーディングされ、その大部分はニューヨーク州北部にあるシルバーマンの自宅スタジオで制作された。 「このアルバムの大部分は、この広大な畑を歩きながら構想された。廃墟の惑星をさまよっているような気分だった」


『Blight』はSFのようでもあり、近未来から届けられたかのようでもある。 このアルバムは、綿密な世界構築の作品であり、耳の保養と驚くようなスタイルの変化で溢れている。 指弾きのギター、催眠術のようなオルガンのスタブ、軽快なピアノのメロディーなど、多くの曲がまばらな要素から始まるが、その土台に縛られ続けることはほとんどない。 曲の途中で穏やかなバラードからドキドキするようなエレクトロニカへと変化し、最後にはまったく別の地点に着地する。    


 

 

▪Listen/Stream 


今週、レゲエのもう一人のレジェンド、ジミー・クリフが81歳で惜しまれつつこの世をさった。ジミークリフとはどんな人物だったのだろう。その一端となるエピソードを少し紹介していきたいと思う。歴史上の多くの伝説がそうであるように、ジミー・クリフの物語は壊滅的な嵐の最中に始まった。


舞台はジャマイカにあるセントジェームズ教区のソマートン地区。村全体をたった一人の助産師が支える中、ある母親が子供を産み、シーツに包んで隣人の家に避難させる。ハリケーンが彼女の家を吹き飛ばした。


しかし、それを見た誰もが口を揃えて言った。「この子には何か特別なものがあるよ」と。クリフは幸運にもすでに若い頃からスターになる資質を持ち合わせていた。14歳で偶然にも「ハリケーン・ハティ」と題されたヒット曲で有名になる。その後、レゲエ音楽を世界中に広め、世界を変えた。 


グラミー賞受賞者であり、ロックの殿堂入りを果たしたミュージシャン、俳優、歌手、ソングライター、プロデューサー、そして人道支援活動家は、ヒットの理由を「魔法」と表現する。それは彼の迷信深さとも言えるが、彼の音楽に対する実直な姿勢を意味する。音楽が鳴り響くこと、それは彼の故郷ではある種の魔法のようなものだった。マジックという表現は古くから語り継がれてきた物語にふさわしいものでありながら、現代ではあまりにも軽視されている。


「何事にも魔法のような何かがある気がするんだ」とジミー・クリフは言った。「母が妊娠した時、お腹がすごく大きくて、みんな三つ子を妊娠していると思ったんだ!だから人々は最初から僕が''特別な存在だ''と言った。学校ではもう手品をやっていた。どうやって覚えたのか分からない。手相も読めた。それも誰も教えてくれなかった。僕の人生にはそういう話がたくさんある。あの嵐の中から生まれてきたという事実が、僕にとって意味深いものだったんだ」


今日でも彼のミュージシャンとしての影響力は計り知れなかった。誰もが「I Can See Clearly Now」「Wonderful World, Beautiful People」「You Can Get It If You Really Want」「The Harder They Come」など、彼の不朽の名曲の数々に口ずさんだことがあるだろう。 自国最高位の勲章、メリット勲章を受章したほか、ボブ・マーリーと並ぶジャマイカ人としてロックの殿堂®入りを果たした2人のうちの1人という栄誉も持つ。 


その人気の理由は何だったのか。ローリング・ストーンズやエルヴィス・コステロからアニー・レノックス、ポール・サイモンに至るまで、数多くのアーティストが彼とのコラボレーションを求め、ブルース・スプリングスティーン、ウィリー・ネルソン、シェール、ニュー・オーダー、フィオナ・アップルらが名高いカバー曲を録音した。


ブルース・スプリングスティーンの「トラップド」は『ウィ・アー・ザ・ワールド』のトラックリストにも名を連ねたことがある。さらに、ボブ・ディランは「ベトナム」を「史上最高の抗議歌」と称賛したことで有名だ。 比類なきスクリーン・プレゼンスも持ち、1972年の名作『ザ・ハーダー・ゼイ・カム』では主演を務め、サウンドトラックでも重要な役割を担い、レゲエに国際的な注目を集めた。その他の映画出演作には『クラブ・パラダイス』『マッスル・ショールズ』『マークド・フォー・デス』などがある。


'' The Harder They Come''


クリフはレゲエの伝道師として有名だが、彼の功績はそれだけにとどまらない。異なるジャンルとのコラボレーションを欠かさなかった。偉大なミュージシャンは未だかつてジャンルにこだわったことはない。2012 年、アルバム『Reverse』はクリフにとって新たな転機となった。パンク界の大御所、Rancidとオペレーション・アイビーのティム・アームストロングがプロデュースしたこのアルバムは、グラミー賞の「ベスト・レゲエ・アルバム」を受賞し、ローリング・ストーン誌の「2012 年ベスト・アルバム 50 選」にも選ばれた。


また、彼はライブステージでも大きな影響力を持った。コーチェラ、ボナルーなどのフェスティバルで、観客を魅了するパフォーマンスを披露しました。 その勢いは衰えることなく、待望の『The Harder They Come』の続編『Many Rivers To Cross』、そしてリンキー・マースデンが共同プロデュースした 2018 年の 2 枚の EP『Free For All』と『Love For All』という、彼の創造性の新たな章へとつながった。


音楽にしても映像にしても彼の全般的な活動の意味は、結局のところ、自分たちの住む地球をより良い場所にすると言うことだった。「今、この地球で果たすべき使命をまだ完遂していないと感じている」と彼は認めたことがある。「私は音楽と映画を通じて、伝えねばならないことを語り、成すべきことを成さねばならない。毎朝目覚めるたびに、それが私の原動力なんだ」




彼は異なる地域の人々との交流を欠かさなかった。違う土地の気風を寛容的に取られる力がクリフには備わっていた。EP制作ではガーナ生まれロンドン在住の共同プロデューサー、クワメ・イェボアとタッグを組み、クリフはレゲエの最も純粋な形を再訪し、再充電し、再活性化させた。家族を大切にする男として、彼は今も妻(モロッコ/フランス/ジャマイカ系)、娘リルティ・クリフ、息子アケン・クリフという高き源泉からインスピレーションを得続けている。そのエネルギーが音楽に脈打っている。


アップビートで紛れもないスウィング感を持つファーストシングル「ムービング・オン」は、繊細な楽器編成から力強い宣言「俺は前に進む」へと発展する。彼の比類なき歌声が天へと届き、再び戻ってくる。「これは私のお気に入りのひとつだ」と彼は言う。「非常に個人的な体験だ。誰もがその考えに共感できる。人生のどこかで、誰もが前に進まなければならないのだから」


「Refugee」の社会政治的含意はクリフにとって深い意義を持ち、考えさせられるアンセムの長い伝統を継承している。「これは今も続いている問題なんだ」と彼は語っていた。「歌詞は自明であり、世界中で目にする難民問題に触発されたものなんだ」



クリフはまた、新しいデジタル社会へ適応し、来るべき革新の時代を心から楽しみにしていた。「インターネット」は、オールドスクール・レゲエの視点から現代社会を考察する。クリフは言った。「『インターネット』の着想は、インターネットが音楽シーン全体を変えた事実から生まれたんだ。もはや誰も音楽にお金を払わなくていい。『フリー・フォー・オール』。それが胸に刺さった。誰も逃れられない革命なんだ。私はそれについて言及せざるを得なかった」


『Many Rivers To Cross』はクリフにとって分岐点となり、一連の物語の完結を意味した。最初の映画から温めていた構想で、主人公イヴァンが40年の歳月を経て刑務所を出所し、贖罪の道を歩み始める姿を描く。


「40年は長い時間だよ」と彼は説明する。「毎年が小川であり大河だ。アイヴァンはそれらを渡ってきた。どうやって生き延びたのか? 今は何をしているのか? 彼が撃たれた時点から、なぜ、どうやって刑務所を出たのかまでを描く。『ザ・ハーダー・ザ・カム』以来考えていたこと。ファンは続編を求めてきたし、物語をあのまま終わらせたくなかった。語るべきことはまだある」


結局、ジミー・クリフの魔法は年を重ねるごとに華やかになるばかりだった。生前クリフは次のように言った。「最高の曲はまだ書いていない。実はそれを追い求めている。僕の音楽が誰かを奮い立たせ、より良い人生を歩みたいと思わせ、諦めさせないなら、それは僕にとって大きな成功だ!!」 


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【Feature+】 Your Future Ghost、ニューアルバム『Impatient for the Dream』をリリース   ~黙示録的な世界の混沌の中で、楽しみ、パーティー、避難所を見つける~

 


Your Future Ghost(ユア・フューチャー・ゴースト)は、ビルボードにチャートインするシンガー・ソングライター、ミュージシャン、女優のケイト・ヴォーゲルと、ソングライター、プロデューサー、作曲家、俳優と多方面で活躍するマイケル・グラブスの新しいシンセ・ポップ/ロック音楽プロジェクトである。

 

Your Future Ghostは2023年頃に1度話題を呼んだデュオである。マイケル・グラブスとケイト・ヴォーゲルのコンビは、まさに陰と陽の性質を持つが、表側に出てくるのは、どこまでも痛快なポップバンガーだ。デュオは今週、ニューアルバム『Impatient for the Dream』をリリースした。


ケイトとマイケルが最初に出会ったのは、The CW(The CW Television Network: Waner系列の放送局)の人気ヒットTVシリーズ『One Tree Hill』の撮影現場だった。 急接近した友情と相互のクリエイティヴな尊敬の念を抱いた2人は、パンデミックの最中、ズーム越しに音楽的なコラボレーションを始めた。 

 

「テキサス州オースティンで行われた数ヶ月にわたるスタジオ・セッションの後、にぎやかな裏庭でのタコスの休憩を織り交ぜて、意気投合したとき、Your Future Ghostのプロジェクトが誕生した」とケイト・ヴォーゲルは、2人のクリエイティヴな融合のきっかけについて語っている。 

 

2人はすぐにマイアミで開催された国際的に有名なアート・バーゼル・フェスティバルで、彼らの特徴であるダーティーなインディー・シンセ・ポップを披露し、圧倒的な反響を得た。


ニューアルバム『Impatient for the Dream』には、陽気でワイルド、そしてダークなポップ・ソングが収録されている。  大きなギター、轟音ドラム、印象的なシンセサイザーのパワフルなブレンドで、Your Future Ghostは、ヴォーゲルによれば、"ポスト黙示録的な世界の混沌の中で、楽しみ、パーティー、避難所を見つける "ことにインスパイアされたアルバムを作り上げた。 

 

彼女はさらに、「このアルバムは、ちょっとお荷物で、悪いタトゥーや疑わしい考えを持っているけれど、いつもどんなハング(抱擁)も忘れられないものにしてくれる友達」だと語っている。 また、マイケルは、「このアルバムは、ケイトと僕のありのままの姿でもあるんだ。 夜中の1時にバーで、大胆不敵で、楽しい時間に酔っぱらっていて、完全に気が狂っているような感じだ。でも、それこそ僕らの姿なんだ」と話す。


「リード・シングルの "We've Got Places "は、世の中で起こっているどんなノイズからも逃れられる場所、それが実際の場所であれ、人であれ、何か他のものであれ、混沌から逃れて自分らしくいられる場所は誰にでもあることだと思う」とケイトは打ち明ける。 この曲は、重なり合うハーモニーとみずみずしい楽器の音色が魅力的だ。


ハイライト曲「I'm Like Money』は、自己表現と臆面もない完全な独自性の宣言である。 「この曲は、ありのままの自分でいることの喜びを味わうことを自分自身に許可している証なの」とケイトは述べている。 

 

「ある意味では、この曲は自分がワルであることを祝い、自分がワルであることを自覚することを歌っている。 音楽業界やエンターテインメント業界で働く女性として、私はこのようなことをよく経験してきました。人々は、あなたがどのような人間であってほしいか、どのようにあなたを型にはめ、そのように形作るかという、とても具体的な考えを持っている。 この曲は、パワーを取り戻すこと、自分の価値と自分がもたらすものを知ること、そして必要なときには "自分に触らないで "と言うことを恐れないことについて歌っているんだ」

 

骨太でハードなギター・リフ、パンチの効いたインストゥルメンテーション、そして止まらないポップ・フックを持つ "I'm Like Money "は、爽快で大胆不敵な自己愛バンガーだ。 


このアルバムには、社会から課せられた制限を掘り下げ、個人の多次元性を強調した「Oh La La (Animal)」などの追加シングルが収録されている。 この力強い物語は、「セクシュアリティを理由にパワフルな女性が悪者にされること」をテーマにしている、とグラブスは打ち明ける。 自信に満ちたヴォーカルとブリブリとしたハーモニーは、このカタルシスをもたらす重低音のインディートロニカ・トラックで際立っている。 


一方、爆発的なインディー・ダンス・パーティー・アンセム "PRITTY "は、ニュー・ウェーブ、パンク、エレクトロ・ポップを融合させ、夢中になる魅力と、誰かの乱雑な行動を許容するために私たちがどこまでやるかを探求する、酔わせるようなブレンドを生み出している。


コミュニティ、スポットライトを浴びた経験、正真正銘に堂々と生きる自由からインスピレーションを得たYour Future Ghostは、魅惑的なパラドックスを体現している。  グラブスは次のように語っている。 「それは簡単なことじゃないんだ。 僕はサッドボーイのようなエモい男で、ケイトはシンガーソングライターのポップ・スターなんだ」  彼らの音楽は、ユア・フューチャー・ゴーストの無限の才能と奔放な創造性を見せつけ、大きな反響を呼ぶに違いない。



「I'm Like Money」 

 

 

Your Future Ghost 『Impatient for the Dream』- New Album Out Now!! 

 


 

 



Gabriel Brady 『Day-Blind』 ハーバード大学寮で録音されたクラシック、映画音楽、ジャズ、エレクトロニックをクロスオーバーする実験音楽集

 


Label: Tonal Union

Release: 2025年6月13日

 

 

摩訶不思議な音楽世界を作り出すガブリエル・ブレイディに注目したい。2025年にミュージシャンとしてデビューしたてのプロデューサーは、ハーバード大学の寮の寝室で録音されたデビューアルバム『Day- Blind』を今年6月にリリースします。彼は、ヴァイオリン、ピアノ/ローズ・ピアノ、ギリシアの弦楽器、ブズーキを演奏するマルチ奏者である。


アンティークなピアノ、アトモスフェリックなアンビエント風のシークエンス、モーフィングした波形を駆使したディレイ風のサウンドエフェクト、シンセやフェンダーのローズ・ピアノをアトモスフェリックに配して、独特な実験音楽の世界を構築している。まるでそのオルゴールの音色は、バシンスキーの『Melancholia』のようにメランコリックに響き、聞き手の興味を惹きつけてやまない。

 

アンビエントを志向したアルバムのように思えるかもしれないが、フランス映画のサウンドトラックからの影響は、ガブリエル・ブレイディの音楽に奥深さを与え、まさに聞き手がついぞ知り得なかった領域に誘うかのようである。ヨーロッパのモノクロの映画、あるいは、パリの映画音楽の音の世界の奥底へと聞き手をいざなう。全体的な音楽は、原初的な実験音楽のように聴こえるが、イタリアやフランスといった、ジャズやオーケストラ音楽の影響を受けた地域の音楽がアトモスフェリックに加わり、モノクロ映画のワンシーンのような瞬間を呼び起こす。

 

 

前の年代の音楽を愛する者にとって、旧来の時代の音楽を演奏したりすることは言葉に尽くしがたいロマンチズムがある。その時代の音楽を忠実に再現したとしても、どうあろうと同じにはならず、新しく別の形に生まれ変わる。そして、矛盾撞着のように思えるかもしれないが、私たちの生きている時代よりも以前の音楽ーー私達が実際には耳にしたりできないものーーその実態は現代的な視点から見ると、現在の音楽よりもあざやかな生命の息吹を得る場合がある。


形而下の領域においては、生も死も存在せず、そしてもちろん、時間という概念も存在しない。そしてそれこそが、私達の生きている世界から見ると、背後の影のように、どこかに無辺に広がっていることに気づく。まさしく、ブルトンの提唱した”シュールレアリスム”という概念は、我々が住まう生の領域から離れて、それとは異なる形なき領域に近づくことを意味していた。


ガブリエル・ブレイディの音楽もまたシュールレアリズムの概念によく似ている。ギリシアの弦楽器、ピアノ、ローズ・ピアノというように、時代を問わぬ楽器を幾つも演奏し、時代が定かではない音楽を作り上げる。幼いときにはあったもの、年を取るごとに忘れたもの、それを彼は音楽を通じて思い出そうとする。あるいは、その神秘性の一端に音楽を通じて触れようとする。

 

ブレイディの音楽の賛嘆すべき点を挙げるならば、多次元的な性質を持つということ。言い換えれば、多面体の音楽を彼は難なく作り出してしまう。これまで作曲の世界において、数奇な作曲家やプロデューサーが何人かいて、彼らは驚嘆すべきことに複数の要素を図面のように同時に組み立てられる。間違いなくガブリエル・ブレイディはこのタイプの制作者ではないかと思われる。

 

『Day-Blind』は聞き方によっては、エイフェックス・ツインに近い音楽性を感じる。それは初期のアンビエントというよりもケージやクセナキスを経た後の実験音楽の時代である。ブレイディはミュージック・コンクレートを用い、自分で演奏した音源をリサンプリングする手法を駆使している。という面では何度も録音を繰り返しながら、最適な音楽を手探りで探していくという制作スタイルである。

 

これは例えば、ロスシルのような現代的なエレクトロニックのプロデューサーと同様である。しかし、ブレイディが音楽で体現させるのは、失われた時代への憧憬。それは私達のいる現代的な空間やバーチャル、もしくはソーシャルのような世界とは対極に位置している。若い世代の人々がノスタルジアに心を惹かれるのは、現代社会にはない神秘性がそこに遍在するからだ。

 

『Day-Blind』は、ミニマリズムに根差したループサウンドも登場するが、基本的には断片的であり、決められた構成もなく、音の流れのようなものが現れたと思えば、すぐにたち消え、それと立ち代わりにまた別の音の流れが現れる。そして、それは同じタイプの音楽にはなることはあまりない。宇宙の生々流転を音楽に描くように、神秘的な音楽がどこからともなく立ち現れ、テープループのようなアナログの形式のレコーディングや、デチューン、フィル・スペクターが追求したエコーチェンバーなどを取り入れて、特異なレコーディングシステムを組み上げる。それはアンビエントに聞こえたかと思えば、賛美歌のように聞こえ、ジャズにもなり、そして、映画音楽にも変化することもある。多面的な音楽と述べたのは、こういう理由なのである。

 

 

その中で、音楽における有機的な役割を発揮する瞬間がある。サティをはじめとする近代フランス和声に触発された色彩的な和音を生かしたローズピアノの演奏(オルゴールのような音色)、ギリシアの民族楽器、ブズーキがもたらすエキゾチックで楽園的な音楽、祝祭的に鳴り渡るシンセ、それらをトーンクラスターの手法で破砕するデチューンの構成など、実験音楽の性質が色濃い。同時に、音楽的な心地良さはうっすらと維持されている。こういった中で、聞き手の中にあるノスタルジアを呼び覚ます安らかな電子音楽「Womb」、そして、制作者が強い影響を受けた20世紀のフランス映画のように、ジャズとポップスの融合を実験音楽として濾過した「Streetlight」が本作の中で興味を惹かれる。ジャジーな響きをコラージュ的なミュージックコンクレートの手法を用い、うっとりするような映像的な音楽に内在する耽美的な世界を探求しつくし、それと同時に実験音楽やジャズのアプローチによって映画音楽を斬新に解釈している。


最近の電子音楽の流れはアコースティック楽器やボーカルを制作者が録音し、リサンプリング(再構成)するのが日常的になっており、電子音だけで制作されることは減少しつつある。そして電子機器そのものが、チェンバー(音響の拡張装置)のような役割を担うことが多くなって来た。こういった音楽を若きプロデューサーが大学寮の寝室で作ってしまうことに感動を覚えた。レーベルオーナーのアートキュレーターとしての性質を的確に反映させた魅惑的なアルバム。

 

 

 

 

 

Gabriel Brady 


 
ガブリエル・ブラディは、米国バージニア州アレクサンドリア生まれで、現在はマサチューセッツ州ケンブリッジ在住のアメリカ人作曲家・音楽家。



ブレイディは、フランスの古い映画音楽のメロディーの感性に惹かれ、そのメロディーの暖かな真摯さ、そしてそのような音楽が生み出す完全で無媒介な感覚に惹かれる。『Day-blind』では、ブレイディの作品は常に平穏と緊張感に包まれている。


 
彼自身の鋭敏な音楽的感性を喚起的なヴォイシングで表現することで、ブレイディは現実を一瞬にして解体し、ゆがめ、再構築し、アルバムの不思議なタイトルが暗示するように、知覚と私たちの存在意義について疑問を投げかけている。7つのヴィネットを通し、ブレイディが超越的なものとの日常的な出会いを可能にすることで、『Day-blind』は鮮やかな生命を躍動させる。

 

ギリシャのブズーキ、散発的なピアノ、ヴァイオリンが織り成す甘美なテクスチャーと調和のとれたメロディーの相互作用を通して、ヴァージニア州アレクサンドリア生まれの謎めいたミュージシャン、ガブリエル・ブラディは、Tonal Unionからリリース予定の艶やかなアルト・アンビエント/アルト・フォーク・デビュー作『Day-blind』で、大胆なまでにシンプルに日常を嘆いている。



フランスの古い映画音楽、ミシェル・ルグランやジャン・コンスタンタンの音楽や、ドビュッシー、サティ、ラヴェルのシンプルな美しさに惹かれたブレイディは、メロディに対する温かな真摯さ、そしてそのようなスコアやオーケストレーションが生み出す完全で無媒介なフィーリングにインスピレーションを得たという。

 

マサチューセッツ州ケンブリッジにあるハーバード大学の寮の寝室で作曲・制作されたこの作品は、オーガニックな楽器(ヴァイオリン、ブズーキ)を録音し、それをコンパクトなモジュラー・シンセに通すことでサウンド・チェンバーとして機能させ、ループ、エフェクト、テクスチャーなどの操作を加えている。『Day-blind』では、日常を理解しようと努力するあまり、ブレイディの作品は常に静寂と緊張感に包まれている。



「日常生活は深い苦痛と憂鬱の源であり、強烈に不穏で鈍く鉛のようなものであることもあれば、深い安らぎと今この瞬間への意識的な同調の場であることもある」




ウージーなオープニングの「Womb」は、2つのシンプルなコード、穏やかなピアノの間奏、白昼夢のような状態を誘発する粒状のテクスチャーを交互に繰り返す質感のあるシンセのうねりによって、深く個人的な感情空間にアクセスする。

 

「Ordinary」は、ウーリッツァー(フェンダーのローズ・ピアノ)の哀愁を帯びたコードで構成された2つのキーセンターの間を、意図的にゆったりとしたテンポで流れていく。ブレイディは、ジャン・コンスタンチンの『400 Blows』のスコアのような映画的な音色に惚れ込み、憧れを表現するようになった。

 

「Attune」は、スローダウンしたシンセサイザーとブズーキで始まり、ループさせ、ディレイをかけ、再合成し、ブレイディが重心を移動させることで、アコースティックとエレクトロニックの奇妙だがシームレスな融合を生み出している。このような意図的な介入は、普通の楽器を馴染みのないものにし、その出所や由来を容易に分からなくすることで、連想の空白をなくす。


『Day-blind』もまた、記憶、ノスタルジア、メランコリアというテーマを探求しており、そのローファイで親密かつ繊細な性質から発している。ブレイディは、ディレイ、テープループ、ディケイという霞んだ煙幕を通して、切ない憧れと孤独なノスタルジアという、ポスト・モダン時代の典型的なジレンマについて考えている。

 

カルマン・シュトラウスが演奏する泣きのヴァイオリンのメロディをはさみ、ピッチシフトと変速のピアノが素っ気なく内省的な「Streetlight」、重くフィルターがかかったループ・ピアノとリズミカルなパルスが再構築的な「Untitled」に続く。「Ambrosial」は、イーノの『アンビエント4』のコラージュ技法に似たゆるやかな音素材を組み合わせた、最もテクスチャーに富んだトラックで、スポットライトを落として幕を閉じる。-レーベル提供のプレスリリースより

 

Gabriel Bradyのアルバム『Day-Blind』はTonal Union(UK)から6月13日にリリースされます。

イタリアのフィエスタ・アルバ    ポリリズム、ポスト・マスロック、そして世界中の声を通したグローバルな音の旅


謎めいたイタリアの実験的なロックバンド、Fiesta Alba(フィエスタ・アルバ)は、エレクトロニック、ヒップホップ、アフロビート、プログレ、オートチューンのボーカル、アヴァンキャルド・ジャズマスロックを組み合わせて、独創的な音楽スタイルをヨーロッパのシーンにもたらそうとしている。 Battles、C'mon Tigre、Squidなど、実験的なロックがお好きな方は聴いてみてほしい。


彼らはメキシコのレスリングのルチャ・マスクを特徴とし、異形としての印象が強い。不気味だが、そのサウンドはさらにワイアードだ。覆面のバンドという面ではイギリスのGOATを彷彿とさせる。しかし、そのサウンドはミステリアスでエレクトロニックのキャラクターが強い。今回、バンドのPRエージェンシーから、バンドメンバーによるトラックバイトラックが到着した。


デビュー・フル・アルバム『Pyrotechnic Babel』が2025年3月21日(金)にリリースされた。 ここ数週間、シングル「No Gods No Masters」(feat.カタリーナ・ポクレポヴィッチ)が先行発売されている。 このアルバムは、neontoaster multimedia dept./ Bloody Soundレーベルからデジタル・フォーマットとCD(スタンダード・バージョンと限定デラックス・バージョン)で発売済み。



『Pyrotechnic Babel』は、フィエスタ・アルバによる初の公式アルバムであり、2023年のセルフタイトルEPに続く2枚目のリリース。 40分以上に及ぶこのアルバムは、複雑で多面的な音楽を提供し、彼らの高い評価を得たデビュー作で紹介された言語やテーマを洗練させ、発展させている。


タイトルの『Pyrotechnic Babel』は、音のマニフェストである。数学ロックに根ざしながら、ジャンル、音色、言語を変幻自在にブレンドしている。 アフリカン・ポリリズム、ダブ、20世紀のアメリカ人作曲家の洗練されたミニマリズム、ループトロニカ、プログレッシブ・ロック、現代ブリティッシュ・ジャズ、ドラムンベースが豊かなサウンドスケープに融合している。 その結果、色彩とエネルギーがダイナミックに爆発し、まさに花火のようなバベルとなった。


初リリースでイタリア、アメリカ、アフリカの声を取り入れたフィエスタ・アルバは、その幅をさらに広げた。 


このアルバムでは、日本、中央ヨーロッパ、アフリカ、イタリアのシンガーやラッパーが、ラディカルな思想家、哲学者、現代の語り部たちがフィーチャーされている。 バンドの複雑な音楽的テクスチャーに支えられたこれらの声は、現代世界の矛盾や複雑さを生き生きと表現している。


周縁部出身でありながら、紛れもなく国際的なビジョンを持つフィエスタ・アルバは、音と文化の探求を続けている。 『Pyrotechnic Babel』は、野心的な第二のステップであり、全世界からの声、音、アイデア、闘争に満ちたレコードである。



 

 

【Track  By Track】フィエスタ・アルバによる楽曲解説


1. No Gods No Masters (feat. Katarina Poklepovic)


シンセティックなサウンドのギター、アフロなベースライン、デジタルビートを模倣したドラムの中、カタリーナ・ポクレポヴィッチ(ソー・ビースト)の声が、神も主人も必要ない感覚の帝国を語りかける。

 

2. Technofeudalism (feat. Gianis Varoufakis)


ループするギターとプログレッシブ・ミュージックのエコーが、ディストピア的な現在を宣告された惑星のサウンドトラックとして容赦ないリズムを打ち鳴らす中、現代の預言者が新しい資本主義のアイデンティティを概説する。


3. Je Suis le Wango (feat. Sister LB)


ミニマルなギターと断片的なベースラインが密に織りなす上に、セネガル出身のシスターLBの歌声が音楽的、地理的な境界を超えた架け橋を築く。 彼女は目に見えない障壁を燃え上がらせる花火のようなバベルを歌う。


4. Collective Hypnosis


息もつかせぬエレクトロニクスが、ループするギターとともに縦横無尽に回転する。 アルバム初のインストゥルメンタル・トラックでは、タイトなリズムと万華鏡のようなシンセとギターのレイヤーが、私たち全員が陥ってしまった集団催眠を物語る。


5. Waku Waku (feat. Judicious Brosky)


バトルズとヘラの中間のような、インストゥルメンタル・マス・ロックが織り成す濃密なテクスチャーと非常にタイトなリズムの上で、日本人ラッパーの武骨な歌い回しが際立つ。 高速列車を舞台にした極東の小さなラブストーリー。


6.Post Math


インストゥルメンタルのポリリズムが幾重にも重なり、多面的なハイパーキューブを形成する。 エレクトロニック・ブラス、ベース・ライン、歪んだギター・リフ、ミニマルなシンセ、切迫したドラム・マシーンの中で、奇妙なメトリックス、トニック・シフト、不協和音が見事に調和している。 タイトルが示すように、この曲はほとんどマニフェストだ。


7. Learn to Ride Hurricanes (feat. Alessandra Plini)


ディストピア社会で生きることの葛藤についての生々しい寓話が、宣言的でありながら夢のような声で歌われている。 ストリングスが幽玄なギターに寄り添い、アルバムの中で最もロック色の強いエピソードとなっている。


8. Doromocrasy


ギターとシンセが交差し、追いかけっこをしながら、四角く容赦のないリズムを刻む。 スピードのパワーの神話を物語る、カラフルで花火のようなインストゥルメンタル曲。


9. Safoura (feat. Pape Kanoute)|


アフリカのグリオの賢者が、マスロックのポリリズムとエシェリアのアラベスクの上に座り、世界最古の物語を語る。


10. Mark Fisher Was Right (feat.Mark Fisher)


加速度論者の故マーク・フィッシャーは、オンユー・サウンドの威厳に響くポリリズミックなダブ・トラックに先見の明を感じさせる歌声を乗せ、アルバムを最高の形で締めくくる。


【Biography】


フィエスタ・アルバの音楽は、オルタナティヴ・ロックの進化を通して、提案、影響、実験がダイナミックに混ざり合い、本物のルートを描いている。


 アングロサクソン的な数学ロックの独特な解釈から始まったバンドは、アフリカン・ポリリズム、ループトロニカ、ダブ、ヒップホップ、プログレッシブ、ドラムンベースとの過激なハイブリッドによって、ジャンルの限界を越えようとしている。 インストゥルメンタルに重点を置きながら、フィエスタ・アルバは世界中の声をサウンドに加える。 


各トラックはユニークな個性を持ち、パンク、ラップ、アフロビートの要素で汚染されている。 その結果、ハイパー・キネティックで洗練された万華鏡のようなサウンドが生まれ、観客や批評家を魅了し、彼らのデビューEP(s/t, neontoaster multimedia dept.)が熱狂的に歓迎されたことが証明している。 


この研究は、このファースト・アルバム『Pyrotechnic Babel』において増幅され、バンドは新たな音楽的領域を探求し、慣習に挑戦し続けている。 実験と不適合に満ちた彼らのアプローチは、ジャンルやアルゴリズムに縛られる音楽シーンに対抗するものだ。


バトルズからキング・クリムゾン、アイ・ヘイト・マイ・ヴィレッジ、カエ・テンペスト、エイドリアン・シャーウッド、サンズ・オブ・ケメットを経て、ブライアン・イーノ、スティーヴ・ライヒ、フェラ・クティといった巨人にまで影響を受けたと宣言している。 彼らの音楽の流動的な進化を反映した、モザイクのような影響。

 ・Coachella Festival 2024



コーチェラ・フェスティバルは今年もカルフォルニアのインディオで開催中。ヘッドライナーにラナ・デル・レイ、タイラー・ザ・クリエイター、ドージャ・キャットを迎え、平日を挟んで4月21日までこのイベントは続く。今年も公式動画から注目のライブアクトをピックアップしていきます。!!

 

コーチェラでのサプライズは、アントノフ率いるザ・ブリーチャーズのライブにテイラー・スウィフトが登場。ラナ・デル・レイのライブのクライマックスにはビリー・アイリッシュが登場し、特設ステージで両者のアーティストはデュエットを披露し、トークする姿が確認されている。 他にも、オリヴィア・ロドリゴのライブにはノーダウトのグウェン・ステファニーが登場し、インディオのオーディエンスを沸かせた。

 

グラストンベリーフェスティバルに関してはポール・マッカートニーなど有名アーティストがお忍びで見に来ていたりするので、隠れたエピソードをご紹介できる場合がありますが、コーチェラに関しては人が多すぎ、それを確認することは不可能。全てのサプライズはステージで起こっている。注目のパフォーマンスをご紹介していきます。

 

 

・現在のライブストリーミング配信は以下をチェック。


・CH1:  

https://www.youtube.com/watch?v=dYTuZMRFhFY

 

・CH2: 

https://www.youtube.com/watch?v=F6A3iDbujrI

 

 

 

 

 Faye Webster

 


ニューヨーク・タイムズでも特集が組まれたアトランタ出身のシンガーソングライター、Faye Webster。


フェイ・ウェブスターは、アトランタ交響楽団のコンサートに出かけるときの浮き立った気分を可愛らしいポピュラー・ソングに昇華させた「Underdressed at the Symphony」を引っ提げてのコーチェラ・フェスティバルの出演となる。

 

アーティストはブルーの衣装を見にまとい、アルバムのハイライト曲「Thinking About You」を含む11曲をステージで披露した。



Setlist:

But Not Kiss

Wanna Quit All The Time

Thinking About You

Right Side of My Neck

He Loves Me Yeah

Johnny

Johnny(reprise)

In A Good Way

Lego Ring

Feeling Good Today

Kingston

 

 

The Beths


ニュージーランドで最もクールなバンドを知ってる? The BethsはカナダのAlvvaysと双璧をなすメロディックパンクアウトフィットである。


バンドはこの日、2022年の最新作『Expert In A Dying Field』の曲を中心にセットリストを組んでいる。このアルバムにはパワフルなパンクチューンも収録されていたのは周知の通りだが、この日のハイライトであるタイトル曲のパフォーマンスでは、もう一つの魅力である聞かせるポップソングをオーディエンスの前で披露している。



 

 

Setlist:

Future Me Hate me

Knees Deep

When You Know You Know

Out of Sight 

Little Death 

I'm Not Getting Excited

Jump Rose Gazers

Silence Is Golden

Expert In A Dying Field

 

 Sabrina Carpenter

 


ディズニー・シリーズのマヤ役でお馴染みの女優のサブリナ・カーペンター。先日ニューシングル「Espresso」をドロップしたばかり。

 

シンガーは、ニューポップスターの名に違わず、キャッチーかつ扇動的なポップソングを披露した。ステージの背景に青い家のセットを設え、空間性を意識したダンスパフォーマンスをオーディエンスの前で披露した。モダンなポップスとクラブチューンの融合は''新しいマドンナの登場''と見ても違和感がない。

 

アーティストはこの日、三部構成でセットリストを組み、映像のインタリュードを交え、11曲に加え、アンコール1曲という構成でライブをおこなった。


 


Setlist:

 

Act1:

Fast Times

Vicious

Read Your mind


Act2:

Tornade Warnings

Already Over

opposite

emails i can't send

 

Act 3:

because i liked boy

bet you wanna

Espresso

Feather


Ancore:

Nonsense


 The Japanese House

 



Dirty Hitの看板アーティストであるアンバー・ベインによるプロジェクト、The Japanese Houseはデビューアルバム『In The End It Always Does』の宣伝を兼ねてコーチェラに登場した。アルバム発売前には、当時、レーベルの取締役だったマティー・ヒーリーとの親密なセッションを公開した。


ライトなシンセ・ポップがデビュー・アルバムの売りだったが、バンドセットで構成されるライブアクトはアーティストの音楽のダイナミックな一面を表す。躍動感があり、音源よりも曲の魅力が伝わってくる。この日、アンバー・ベインはバンドとともにステージで7曲を披露した。




Setlist:

Sad To Breath

Touching Yourself

Something Has to change

Boyhood

You Seemed So Happy

Friends

Sunshine Baby

 

 

 Sublime


 

SUBLIMEは、Black Flag、Germs,Circle Jerks、Fifteenと並んで、西海岸の最初期のパンクシーンの最重要バンドに挙げられる。

 

1988年から活動し、ドラッグのオーバードーズにより、ブラッド・ノウェルが死去するという悲劇に見舞われたが、2023年にメンバーを入れ替え再結成、現在に至る。バンドは、スペシャルズと同じく、パンクにスカとレゲエ等を取り入れ、西海岸の気風を持つパンクサウンドを確立した。一時期、バンドはMCAと契約を結び、メジャーレコード会社に所属していた。

 

この日、バンドは心地よいスカサウンドをコーチェラの観客の前で披露した。あらためてスカパンクの魅力を体感出来るライブアクトとなっている。映像では観客の目に涙が浮かんでいるのがわかる。長い期間のファンのバンドに対する思い入れは、その人の人生を形作るのである。

 

 

 

Setlist:

Garden Grove

Wrong Way

Same In The End

STP

Pawn Shop

What I Got

Greatest-Hits

Date Rape

Badfish

Jailhouse

Romeo

Doin' Time

Santeria



Blur


 

昨年、久しぶりの再結成を果たし、新作アルバム『The Ballad Of Darren』を発表したブラー。2023年は彼らにとって復活の年を意味し、2015年以来初めてヘッドライン公演をウェンブリースタジアムで行った。また、もちろん、サマーソニックでも来日したことは記憶に新しい。バンドは少なくともこの年の活動に関して充実感を感じたという。

 

この年、アルバーンはゴリラズの新作を発表した。グレアム・コクソンは、ローズ・ピペットとのユニットを組み、The Waeveのセルフタイトルのデビューアルバム『The Waeve』をリリースした。また、デイヴ・ロウントゥリーは、20代の頃に遭遇したロンドン橋での数字にまつわるシンクロにテーマを置いたソロアルバム『Radio Songs』を2022年にリリースしている。

 

アルバーンは、この制作について、”ブラーとしての勘を取り戻すような意味があった”と語っている。彼は、ブリット・ポップという呼称をあまり快く思っていないようで、現在でもそれに関する嫌悪を口にすることも。ステージでの立ち振舞いを見るかぎり、90年代の面影はほとんどない。彼らはどちらかと言えば、普遍的なロックバンドとしての道を歩み始めているようだ。

 

今回、ブラーはコーチェラのステージで「Song 2」、「Girl And Boys」等のアンセムソングを交え、アンコールをのぞいて、全13曲のセットリストを組んだ。最新作『The Ballad Of Darren』から「St. Charles Square」、「The Narcissist」、「Goodbye Albert」が披露された。

 

特筆すべきは、アンコールでは、フレンチ・ポップの代表的なシンガーソングライター、Francois Hardy(フランソワーズ・アルディ)の「Le Temps de l'amour」のカバーをチョイスし、披露している。

 

 

Setlist:

St. Charles Square

Popscene

Trouble In The Message Centre

Beetlebum

Goodbye Albert

Trimm Trabb

Out Of Time

Bird Song

Death of a Party

Girl & Boys

Song 2

The Narcissist

Tender

 

Ancore:

Le Temps de l'amour(Francois Hardy's Cover)

 

 

©︎ Rahi  Rezvani


音楽ビジネスで成功するためには、才能、タイミング、運の3つが必要だと言われる。それに加えて、注目されるためのプラスアルファが必要だ。ユップ・ベヴィン(Joep Beving)には、その4つがすべて備わっている。

ワイルドな髪に流れるようなあごひげ、身長180センチ近いオランダ人ピアニストは、まるで童話に出てくる親しみやすい巨人のようだ。しかし、彼の演奏は、控えめで、心に染み入るような、メランコリックなもので、巨人の中でも最も優しく、その繊細なメロディーは、この困難な時代に魂を癒してくれる。

「今、世界は慌ただしい。私は、基本的な人間的なレベルで人々と再びつながりたいという深い衝動を感じている。世界共通語である音楽には団結する力がある。文化の違いに関係なく、私たちは人間であることの意味を生得的に理解していると思う。私たちには、それを示す感覚がある」

ユップの音楽は、不安と恐怖に満ちた慌ただしい世界への解毒剤であり、より優しく希望に満ちた未来へのサウンドトラックである。

「かなりエモーショナルなものなんだ。私はこれを "複雑な感情のためのシンプルな音楽 "と呼んでいる。イメージを引き立てる音楽であり、観客が自分の想像力でギャップを埋められるような空間を作り出す音楽なんだ」


ユップ・ベヴィンの物語は、幸運とタイミングに恵まれたものだ。ヨープ(「ユップ」と発音)は14歳で初めてバンドを結成し、地元のジャズフェスティバルでライブデビューを果たした。彼は音楽の道か行政の道かで悩みながら学校を去った。手首の負傷によりコンセルヴァトワールでのピアノの勉強を断念し、経済学の学位取得に専念することを余儀なくされたとき、音楽の損失は公務員の利益になるものと思われた。

しかし、彼にとって音楽の魅力はあまりにも強かった。「音楽は常に私の心の中にありました」と彼は言う。相反する2つの道の妥協点にたどり着いた彼は、10年間、成功した企業でマッチングやブランド音楽の制作に携わった。「しかし、私は常に広告と愛憎関係にあった。必要のないものを売りつけるために音楽を使うのは、決して心地よいものではなかった」

余暇には、成功したオランダのニュージャズ集団、ザ・スカリーマティック・オーケストラや自称 "エレクトロソウルホップジャズ集団 "のムーディー・アレンでキーボードを演奏し、ワンマン・プロジェクトのアイ・アー・ジャイアントでエレクトロニカに手を出していた。しかし、彼自身はこんなふうに認めている。「それは自分ではなかった。自分の声を見つけられなかったんだ」




それが変わり始めたのは、広告界のアカデミー賞と呼ばれるライオンズ・フェスティバルのためにカンヌを訪れたときのことだった。「自分の音楽が聴衆に感情的な影響を与えることを目の当たりにしたのは、そのときが初めてだった」

その反響に勇気づけられたユップは、アムステルダムの自宅で親しい友人たちを招いてディナー・パーティーを開き、2009年に亡き祖母が遺したピアノで自分の曲を演奏した。「友人たちが、リビングルームの外で聴くべきだと思う音楽を私が演奏するのを聴いたのは、そのときが初めてだった。自分の楽器だけでソロ・アルバムを出すという夢を追い求める後押しになったんだ」


その1ヵ月後、親友が不慮の死を遂げたため、ユップは彼の葬儀のために追悼曲を作曲した。「彼の火葬で初めてその曲を演奏したんだ。その後、彼の永久的な記念になるようにと、みんなにレコーディングするよう勧められたんだ。彼は並外れた人でした」




その反応に触発されたユップは、さらに曲を書き、それから3ヶ月間、自分のキッチンで、ガールフレンドと2人の娘が寝ている間に演奏し、1テイクずつ録音した。こうして完成したのが、彼のデビュー・アルバム『Solipsism』である。

彼がアプローチした唯一のレコード・レーベルには断られたが、彼は1,500枚のレコードをプレスするために金を払い、アートワークはラヒ・レズヴァーニ(彼は「The Light She Brings」の素晴らしいビデオも制作した)が担当した。ジョエップは2015年3月、アムステルダムの注目のファッションデザイナー、ハンス・ウッビンクのスタジオでアルバム発売を演出し、そこで初披露した。

最初のプレス盤はすぐに完売し、主に友人に売られた。曲はスポティファイで即座にヒットし、ニューヨークのチームが人気の『Peaceful Piano』プレイリストに1曲「The Light She Brings」を追加した。「人々はその曲を保存し始めたので、別の曲を追加した。そして、私のアルバム全体を気に入ってくれるようになった。やがて『Solipsism』はバイラル現象となり、もう1曲の "Sleeping Lotus "のストリーミング再生回数は3,000万回を超えた。そして、両アルバムを合わせた全曲のストリーミング再生回数は1億8000万回を超えた。

ネット上での大成功の結果、ユップはオランダのゴールデンタイムのテレビ番組に出演することになった。その翌日、彼のアルバムはワン・ダイレクションをチャートのトップから叩き落とした。「そして数日後、アデルがカムバックしたんだ」と彼は笑う。

アムステルダムの有名なコンセルトヘボウでの名誉あるソロ・リサイタルを含め、コンサート・プロモーターからショーのオファーが殺到し、別の友人が地元のバーで "夜中の2時にみんながタバコを吸いながらモスコミュールを飲んでいる中で "彼のアルバムを演奏したことから、彼のアルバムはベルリンに渡ることになった。

偶然にも、その夜ふかしのひとりがドイツ・グラモフォンの重役であるクリスチャン・バドゥラだった。ネットで連絡を取り合った後、ユップがベルリンのクリストフォリ・ピアノサロンで演奏したときに2人は出会い、世界有数のクラシック・レーベルと契約を結ぶことになった。

この新しいパートナーシップの最初の成果が『Prehension』である。『Solipsism』の自然な後継作である本作は、ヨープが彼の音楽に見出した音楽的・哲学的テーマを継承している。「私は、身の回りで起こっていることの絶対的なグロテスクさに反応しているのだ。そのような状況では、取るに足らない無力感に苛まれ、現実や周囲の人々から自分を遠ざけてしまう。私はただ、美しいと思うものを書き、多くの音符を省き、楽器を通して物語を語り、シンプルで正直で美しいもので私たちをひとつにしようとしている」


ドイツ・グラモフォンからリリースされた新曲「Pax」は前作『Hermetism』の音楽性の延長戦上にある。サティを髣髴とさせる美しいピアノ曲を書き上げた作曲家は今回もミニマリズムを基底とする摩訶不思議な世界をアコースティックピアノにより表現している。

「Pax」は色彩的な和音はサティの系譜にあるが、楽曲構成や作風はベートーヴェンの「Moonlight」を思わせる。今回のピアノのサウンドデザインも現在のポストクラシカルを踏襲し、ハンマーや鍵盤の音響を生かしながらも、その音階の連なりはダイヤモンドのごとき高貴な輝きを放ってやまない。


「Pax」


 

R.E.M


・カレッジロックの原点 ジョージアの大学のラジオ局

 

カレッジロックとは1980年代にアメリカやカナダで発生したカルチャーを意味する。明確な音楽的な特徴こそ存在しないが、大学のキャンバスの中にあるラジオ局でオンエアされたロックである。

 

このジャンルは90年代のオルトロックのブームへの流れを作った。カレッジロックは、マサチューセッツ、ミネソタ、ジョージア等がカレッジロックのシーンの出発点に挙げられる。最も最初の原点を辿ると、ローリング・ストーンが指摘しているジョージア州のアテネの大学ラジオ局に求められる。これらのラジオ局では、Sonic Youth等、ニューヨークのプロトパンクバンドの楽曲もオンエアされたが、 特にミネソタのバンドを中心にそれまで脚光を浴びてこなかった地域の魅力的なバンドをプッシュする効果があった。

 

カレッジロックは、実際に大学の寮のパーティー等で学生の間で親しまれることになったが、特にコマーシャリズムや商業主義に反する音楽を紹介する傾向にあった。特にインディペンデントでの活動を行うバンドを中心にプッシュすることが多かった。これは後に、リプレイスメンツやスミス等がメジャーレーベルからリリースを行うようになると、当初のインディーズのスノビズムの意義は薄れていくことになる。特に、R.E.M、リプレイスメンツやスミスは、ヒットチャートで上位を獲得したことがあるため、インディーズバンドというにはあまりにも有名すぎるのである。


現時点から見ると、インディーズミュージックというのは一昔前に比べると、本来の意義を失っているのは事実である。というのも、90年代以前にはインディーズレーベルが米国にはほとんど存在せず、カレッジラジオの曲のオンエアがレーベルの紹介やリリースの代役を果たしていたからである。そもそも、カレッジロックでオンエアされる音楽がすべて現在のストリーミングのように、リスナーが簡単に入手出来るとも限らなかったはずである。そこで、カレッジロックは、次世代の音楽シーンの橋渡しのような役割を担った。そして、この動きに続いて、サブ・ポップがシングル・コレクション(今も現役)等を通じて、アンダーグラウンドのバンドを紹介し、のちの世代のグランジやオルトロックへと繋がっていく。

 


・カレッジロックはオルトロックの原点なのか?

 

もしカレッジロックが一般的に大学生や若い世代に普及していなければ、その後の90年代のオルタナやミクスチャーロックは存在しなかったはずである。なぜなら、このラジオ曲のオンエアの中にはニルヴァーナやRHCP(マザーズ・ミルク等)の最初期の音楽もオンエアされていたからである。


当時、ラジオ曲を聴いたり、学生寮のパーティー等でこれらの音楽を自然に聴いていた学生が数年後、音楽を始め、それらのムーブメントを担っていったと考えるのが妥当である。また反商業主義的な音楽の宣伝と同時に、このカレッジロックというジャンルには何らかの音楽的な共通項がある。

 

演奏が上手いとは言えないが、ザラザラとしたギター、ときにエモの原点となる音楽的な叙情性、粗野なボーカル、そして音質こそ良くないが、純粋なエネルギーがこもっているということ。これらの長所と短所を兼ね備えたロックは、当時の若者の心を奮い立たせる効果があったかもしれない。そして、演奏がベテランバンドのように上手くなかったことも、当時のティーンネイジャー等に大きな触発を与えたものと思われる。そこには専門性の欠落という瑕疵こそあれ、これだったら自分でも演奏できるかもしれない、と思わせることはかなり重要だったのである。

 

カレッジ・ロックは1980年代からおよそ数年間でそのムーブメントの役割を終える。ある意味、オルト・ロックに飲み込まれていったのである。厳密に言えば、カレッジ・ロックが終わったのは92年で、これはその代表的なバンドのR.E.Mが商業的な成功を収めはじめ、ほとんどシアトルのバンドがメインストリームに引き上げられた年代と時を同じくしている。これらの対抗勢力として、アンダーグランドでは、スロウコアやオルトフォークがミレニアムの時代に向けての醸成期間を形成する。最初のオルトフォークの立役者は間違いなくエリオット・スミスである。

 

1992年以降、カレッジ・ロックが以前のような影響力を失い、宣伝力や求心力を急速に失った要因としては、アメリカのNPRなど次世代のラジオメディアが台頭し、前の世代のカレッジ・ラジオの文化観を塗り替えたことが要因に挙げられる。90年代の後半になると、依然として大学のラジオの影響下にあるインディーズバンドは数多く台頭し、その一派は、パンクという形で、または、エモという形で、これらのUSオルトを受け継いでいく。カレッジ・ロックは、インターネットの一般普及により、デジタルカルチャーの一貫として組み込まれることになる。


その後のインターネットの普及により、2000年前後からブログメディアが誕生し、かつてのカレッジ・ラジオのような影響力を持つに至る。それらが一般的となり、デジタルに勝機があるとみるや、それを大手企業のメディアも追従するという構図が作られた。以後の時代の音楽文化の宣伝はSNSやソーシャルという形に変わるが、以降の20年間は、その延長線上にあると言っても過言ではなく、それらの基礎はすべて90年代後半から00年代初頭にかけて構築されていった。

 

 


・カレッジロックの代表的なバンドとその音楽



・R.E.M

 



 

R.E.M.(アール・イー・エム)は、カレッジ・ロックの象徴的なバンドで大きな成功を収めた。米国、ジョージア州アセンズ出身のロック・バンド。1980年結成。2011年9月21日解散。バンド名はレム睡眠時の眼球運動(Rapid Eye Movement)に由来すると言われているが、本人らは明言しておらず諸説ある。

 

アメリカのインディ・レーベルIRSよりデビュー。6枚目のアルバム『グリーン』よりワーナーへと移籍。以後、現在に至るまでオルタナティブ・ロックの代表的なバンドの一つとして活動を続けている。


高い音楽性、歌詞にこめられたメッセージ性から「世界で最も重要なロックバンド」と称されることもある。デビュー当時は4人組のバンドだったが、1997年にドラムのビル・ベリーが健康上の理由により脱退。以後はメンバーを追加することなく3人で活動している。 2007年、ロックの殿堂入りを果たした。

 

 

 


・Sonic Youth

 



写真が大学生っぽいのは置いておくが、ソニック・ユース (Sonic Youth) は1981年に結成されたニューヨーク出身のバンド。1970年代後半から活動を開始する。現代音楽家グレン・ブランカが主宰するギター・オーケストレーションのグループでサーストン・ムーアとリー・ラナルドが出会いサーストンの彼女のキムを誘いソニックユースの原型が誕生した。ごく初期の数年間、ドラムにはあまり恵まれず、実力不足で何回か交代している。

 

グループ名は元MC5のギタリスト、フレッド “ソニック” スミス(パティ・スミスの亡き夫)が好きだったのと、サーストンが好きなレゲエのアーティストに”ユース”という言葉の付いた者が多かったので思いついた名前。本人曰くあまり意味は無いらしい。バンド名を変えてアルバムを出すことも多かったことから、それほどバンド名に執着は無い様子でもある。


ジャンルとしてはノイズロック、グランジ、オルタナに分類される。サーストン・ムーアは「エレキ・ギターを聞くということはノイズを聞くこと」との持論があり、ギターノイズだけの曲、リーディング・ポエトリーのような曲、実験的な曲も多い。自分でオリジナルのコードや変則的チューニングを考えたこともある。


当初、アメリカで人気が出ず、当時ニューウェイブが全盛期だったイギリスを始めとするヨーロッパで評価された。長年インディーズ・レーベルで活動。しかしアルバム「デイドリーム・ネイション」が傑作と評されメジャーへの足がかりとなる。自分たちがメジャーシーンに移行することでオルタナ全体の過小評価を上げたいとの思いが強かった。しかし「無冠の帝王」などと揶揄されることもあり、売れることより実験性を重んじるようなところがある。


メンバーであるスティーブ・シェリーは自主レーベル、スメルズ・ライク・レコードを運営するなどアンダー・グラウンドへ目を向け有能なアーティストをオーバー・グラウンドへ紹介することもあり「ソニック・ユースがお気に入りにあげている」といった冠詞はよく目にするものである。ニルヴァーナやダイナソーJr.といったバンドもソニック・ユースに見初められたバンドである。

 

 

 

 

 

・Husker Du(-Sugar)

 



 

Hüsker Dü(ハスカー・ドゥ)は、1979年アメリカ・ミネアポリスで結成されたハードコアバンド。Germs、Black Flag,X、Misfitsと並んで、USパンク/ハードコアの最重要バンドである。のちのALL、Discendentsを始めとするカルフォルニアのパンクの一部を形成している。

 

オルタナティヴ・シーンに強い影響を与えた最重要バンドとして知られる。バンド名はスウェーデンのボード・ゲームから。81年、地元で行われたライブ音源をCD化したアルバム『ランド・スピード・レコード(Land Speed Record)』でデビュー。

 

ロサンゼルス以外の北米パンク/ハードコアを吸収し、UKテイストをミックスしたサウンドである。初期の彼らはこういったカラーが濃く、とにかく「速い・やかましい・短い」の強行突破ぶりを見せつけていた。その後、激しい演奏にとことん美しいメロディと非反逆的な歌詞を乗せるという「脱・ハードコア」スタイルにシフト・チェンジする。楽曲の数々は、爆発と沈降を繰り返しながら、オーディエンスの支持を増やしていった。

 

だが、バンドの中心人物であったボヴ・モウルド(vo&g)が、「勢いで燃え尽きてしまったバンド」と自ら語っている通り、 87年のアルバム『ウェアハウス:ソングス・アンド・ストーリーズ』を最後に(86年にメジャーに移籍したばかりだった)、彼らは活動にピリオドを打った。

 

その後、ボブ・モールドはソロを通過してシュガー(Sugar)を結成、グラント・ハート(vo&dr)もソロを経てノヴァ・モヴで活動している。ソロ転向後は、スタンダードなロックに転じ、メロディック性が強まり、モールドのソングライターとしての性質が強まった。

 

  

 



・The Replacements

 


 

リプレイスメンツはミネソタ州ミネアポリスのバンドで、ハスカー・ドゥとともに中西部の最初のミュージック・シーンの立役者である。その野生味のあるロックサウンドは現在もなお得意な煌めきを放つ。

 

当初は荒削りなハードコアパンクやガレージロックを主体としていたが、84年の『Let It Be』からスイング・ジャズやロックンロール等多彩なジャンルを織り交ぜるようになった。バンドの商業的な成功はゲフィンからリリースされた「Don’t Tell A Soul」で訪れる。


以後、フロントマンのポール・ウェスターバーグのソングライティング性を押し出すようになり、インディーフォークやカントリーなどを音楽性の中心に据えるようになった。91年の解散後、ポール・ウェスターバーグはソロアーティストとして、カントリー/フォークロックの象徴的なアーティストとして目されるようになった。

 

 

 

 

・Pixies (-Breeders,Amps)

 

旧ラインナップ

ピクシーズ(Pixies)は、1985年に結成されたアメリカ合衆国のロックバンドである。初期オルタナティブ・ロックシーンに活躍したバンドのひとつであり、乾いた轟音ギターにブラック・フランシスの絶叫ボーカルが重なったサウンドは、後のインディーズミュージシャンに影響を与えた。


バンド名は、ギターのジョーイ・サンティアゴが適当に辞書を引いたところが「pixies」だったため。このバンドの正式名称は "Pixies in Panoply"であり、略してPixiesと読んでいる。
ピクシーズに影響を受けたバンドは数多く、ニルヴァーナのカート・コバーン、U2のボノ、ウィーザー、ブラー、レディオヘッド、ストロークス、the pillows、ナンバーガールなどが挙げられる。特にカート・コバーンがピクシーズを崇拝していたのは有名な話で、ニルヴァーナの代表曲ともいえる「スメルズ・ライク・ティーンスピリット」は、カート・コバーンがピクシーズの曲("Debaser"とも"WhereIs My Mind?"とも言われる)をコピーしている時に出来た曲だといわれている。

 

ニルヴァーナやナンバーガールといったバンドの特徴でもある、AメロやBメロは静かに、そしてサビ部分で絶叫というボーカルスタイルは彼らが発祥である。1曲1曲は短く、2分もない曲も多い。




・Throwing Muses

 



Throwing Musesはニューポートのバンドで、現在のオルトロックの源流を形成している。

 

同じ高校の同級生であり、異父姉妹でもあるクリスティン・ハーシュとタニヤ・ドネリーを中心に結成された。当初のバンド名は「Kristin Hersh and the Muses」だったという。その後ベーシストにエレイン・アダムデス、ドラマーにベッカ・ブルーメンが加入するが1983年に脱退。新ベーシストにレスリー・ランストン、新ドラマーにデヴィッド・ナルシーゾが加入した。


1984年に自主レーベルよりEP『Stand Up』をリリースしデビュー。その後バンドはアメリカのバンドとして初めて4ADと契約する。1986年にギル・ノートンプロデュースのセルフタイトルの1stアルバムをリリース。続けて1988年に2ndアルバム『ハウス・トルネード』をサイアー・レコードからリリース。1989年に3rdアルバム『Hunkpapa』を発表後、1990年にベーシストのランストンが脱退。新しくフレッド・アボンが加入し4枚目のアルバム『リアル・ラモーナ』を1991年にリリースするが、ドネリーがブリーダーズでの活動に専念するため脱退。


1992年にバンドは新ベーシストのバーナード・ジョージズを迎え5枚目のアルバム『レッド・ヘヴン』をリリース。アルバムには元ハスカー・ドゥのボブ・モールドがデュエット参加している[1]。1994年にハーシュはソロ・アルバム『Hips and Makers』を発表した。1995年発表の6枚目のアルバム『ユニヴァーシティ』の内容はプレスから賞賛されるが売れ行きは思わしくなく、その後サイアーを解雇される。

 

1996年に7枚目のアルバム『リンボー』をライコディスクよりリリース。1997年にバンドは解散し、ハーシュはソロ活動を本格化させる2003年にバンドは再結成を発表、同時期に8枚目のアルバム『スローイング・ミュージズ』をリリース。タニヤ・ドネリーもコーラスで参加した。2013年に10年ぶり9枚目のアルバム『Purgatory / Paradise』を発表した。 






・Guided By Voices

 




オハイオ州デイトン市の中学教師だったRobert Pollard率いるGuided By Voicesは、レコーディングに着手して以来大量の音楽を産み出してきた。

 

「ローファイ」というレッテルを貼られたおかげで、彼らの音楽が売上を伸ばしたことは間違いないが、彼らがほとんどの作品を安い機材で録音してきたのは、趣味の問題であると同時に予算の制約があったからだ。メジャー・レーベルと協力関係にあるインディー・レーベルから作品を発表するようになってからも、彼らは一貫してこの「ローファイ」というコンセプトにこだわっている。彼らのようなアンダーグラウンドのはぐれ者にとって、メインストリームでの成功は価値がないようだ。Pollardはつねに、現実のロックスターであるより、彼の空想のなかでロックスターであることを選んできた。

 

『Box』というそっけないタイトルの5枚組ボックス CDは、彼らの初期の作品を収録している。しかし、ほとんどの曲は、焦点が定まっていない。『King Shit And The Golden Boys』と題された付録CDは未発表作品を集めたものだが、このカルトバンドの未発表曲を聴きたいと待ち焦がれていたファンがそれほど大勢いたのだろうか。


なんらかの意味でPollardがポップの高みに達したのは、'92年の『Propeller』からである。このアルバムの数曲は、暗闇の前方に'60年代のハーモニーとパワーポップへの圧倒的な愛情が垣間見える。彼らは(と言っても、正式メンバー以外につねに何人かの酔っ払いが群がっているようだ・・・)『Vampire On Titus』をリリースすべくScat Recordsと契約した。しかし、そのように認知されただけで、Pollardは動揺した。彼は再び、AMラジオの夢の国というお得意のコンセプトで曲を作り出した。

 

それ以後Guided By Voicesがリリースした数枚のアルバムは、'60年代ポップ世界の再構築に関心がある者にとって貴重である。全米ツアーでの、Pollardと仲間たちは、歌の合間にビールを飲んでいた。ライヴが2時間に及ぶ頃には、彼らはたいてい出来あがっていて、最後にPollardが観客からリクエスト曲を募ったり、その場で曲を作ったりしていた。'96年には、Pollardと(元)メンバーのTobin Sproutがそれぞれソロアルバムを発表。'97年、Pollardは、クリーヴランド出身のロッカーCobra Verdeを新メンバーに迎え、『Mag Earwhig!』をリリースした。バンドは昨年、最新アルバム『Nowhere To Go But Up』をリリースし、変わらぬ健在ぶりをみせた。

 

 

 

 

・Superchunk

 


        

1989年にノースカロライナ州チャペル・ヒルで結成されたスーパー・チャンクは、マック・マコーガン(ギター、ヴォーカル)、ジム・ウィルバー(ギター、バッキング・ヴォーカル)、ジョン・ウースター(ドラムス、バッキング・ヴォーカル)、ローラ・バランス(ベース、バッキング・ヴォーカル)の4人組。

 

1989年に最初の7インチをリリースして以来、スーパーシャンクは、初期のパンク・ロック・ストンプ、キャリア中期の洗練された傑作、瑞々しく冒険的なカーブボールなど、さまざまなマイルストーンアルバムを発表してきた。 

 

Superchunkはピクシーズとともに90年代以降のオルタナティヴロックに強い影響を及ぼしている。また2000年代以降のメロディック・パンクバンドにも影響を及ぼしたという指摘もある。彼らの音楽の中には、現在のアメリカーナ、パンク、そしてロック、ポップに至るまですべてが凝縮されている。


 

 

・Dinosaur Jr.

 


 

 

Dinosaur Jrは1983年、マサチューセッツ州アムハーストにて、Deep Woundというハードコア・パンクバンドをやっていたJ Mascis(G/Vo)と、ハイスクールのクラスメートだったLou Barlow(B)により結成され、その後すぐに、Murph (Emmet Patrick Murphy/Dr)がメンバーに加わった。


Country Joe and The Fish、Jeffeson Airplaneの元メンバーのバンドがThe Dinosaurと名乗っており、法に抵触する可能性があったため、デビューアルバムである『Dinasour』(1985年)を発表後すぐに、バンド名を変えている(少なくとも1987年までは、Dinosaurの名前を使っていた。

 

1987年、彼らはSonic YouthからのすすめでSST Recordsと契約、彼らのベスト作とされている『Your' re Living All Over Me』をリリースした。次の年には『Bug』を発表する。イギリスで『Bug』は、Sonic YouthやBig Black、Butthole SurfersらのレーベルであったPaul SmithのBlast First Recordsからリリースされた。この時期、彼らは大音量のライブをやるバンドとして知られるようになった。

 

大きな商業的な成功はなかったものの、カルト的な熱狂を獲得していた。『Freak Scene』と『Just Like Heaven』の成功は、Sonic YouthやNirvanaと仲がよかったことも相まって、結果的にWarner Brothersとの契約に結びつくことになった。彼らの曲はギターノイズに包まれ、メロディックで構成も単純であったため、同時代のPixiesとともに、その後に登場してくるNirvanaに大きな影響を与えている。以後、『Green Mind』でようやく商業的な成功を収める。


面白いことに、ルー・バーロウとJ・マシスの音楽性はすべて1987年の「Little Funny Things」で完成されており、のちの商業的な成功はその付加物でしかないように思える。バンドの音楽は当初サイケデリックロックやフォークの融合という形で登場したが、それをよりスタンダードな音楽性へと変化させていった。


「Green Mind」の商業的な成功はその時代のグランジの影響下にあった。もちろん、「Flying Cloud」でのインディーフォークのアプローチや、「Muck」のサイケとファンク、そしてカレッジロックの融合というセンスの良さがあるとしてもである。それでも、やはり、Jマシスのギタリストとしての凄さは最初期や90年代にかけての音源にはっきりと見出すことが出来る。



                                  

 


・Built to Spill

 



                
Built to Spillはアイダホ州ボイシを拠点に活動するインディーロックバンド。キャッチーなギター・フックとフロントマンDoug Martschのユニークな歌声で有名だ。


元Treepeopleのフロントマンだったダグ・マートシュは、1992年にブレット・ネットソン、ラルフ・ユーツと共にビルト・トゥ・スピルを結成。GBVと並んで、オルタナティヴロックの源流にあるバンド。

 

当時のSpin誌のインタビューで、ダグ・マートシュは「アルバムの度にバンドのラインナップを変えるつもりだった」と語っている。


マートシュは唯一のパーマネント・メンバーだった。バンドのファースト・アルバムバンドのファースト・アルバム『アルティメット・オルタナティヴ・ウェイヴァーズ』(1993年)の後、ラインナップを変えるという考えは真実となった。ネッツォンとユッツの後任にブレットNelson(Netsonではない)とAndy Cappsに交代し、1994年の『There's Nothing Wrong With Love』をリリースした。コンピレーション・アルバム『The Normal Years、 というコンピレーション・アルバムが1996年にリリースされた。1995年のアルバム録音の合間に、バンドは ロラパルーザ・ツアーに参加。マーシュは1995年、ビルト・トゥ・スピルとワーナー・ブラザースと契約。


1997年、『Perfect From Now On』で初のメジャー・レーベルからのリリースを果たした。この時、バンドはマートシュ、ネルソン、ネットソン、スコット・プルーフで構成されていた。Perfect From Now On』は批評家からも高評価を受け、ビルト・トゥ・スピルはアメリカで最もステディなインディーロックバンドのひとつとなった。

 



・Sebadoh




Dinosaur.Jrに在籍していたルー・バーロウとエリック・ガフニーとの宅録テープ交換から生まれたバンド。ダイナソー脱退後、ルーはSebadohを中心とするソロ活動に専念するようになった。

 

安い機材でのレコーディングにこだわり、PavementやBeat Happening同様に、ロー・ファイを確立した重要なバンドと言われている。80年代前半から後半の宅録テープをリリースした後、92年からSUB POPに在籍。ルーのワンマンバンドというわけではなく、ルー以外のメンバーの曲も多い。メンバーチェンジを繰り返しながらも4枚のアルバムをリリースしている。

 

ルー・バーロウはSentridoやFolk Implosion 、ソロ名義などSebadoh以外のプロジェクトでも活動的だった。Sebadohは2000年頃に終止符が打たれ、ルーは他のプロジェクトに力を注ぐようになった。

 

2005年にはDinosaur Jrが再結成、2007年にはエリックを含むオリジナルラインナップでのSebadohでツアーをすると宣言。現在、ルーのメインバンドはDinosaur Jrのようだが、合間を縫って様々な活動を展開中らしい。

 

 

 

・上記で紹介したバンドのほか、カレッジロックの最重要バンドとして、Soul Asylum、The Smithereens、Buffalo Tomが挙げられる。他にも米国のラジオではUKロックがオンエアされており、その中にはThe La's,The Smith,The Cureといったバンドの楽曲がプッシュされていた。