Weekly Recommendation / The Murder Capital 『Gigi’s Recovery』

  The Murder Capital 『Gigi’s Recovery』

 

 

 

Label: Human Season Records

Release: 2023年1月20日




Review


アイルランド、ダブリンで結成された5人組のロックバンド、ザ・マーダー・キャピタルはこの2ndアルバムで特異なオルタナティヴ・ロック/ポスト・パンクサウンドを確立してみせています。本作は、グラミー・プロデューサー、ジョン・コングルトンと共にパリでレコーディングが行われました。


デビュー・アルバム『When I Have Fears』で一定の人気を獲得し、同郷のFontaines D.C.やアイドルズが引き合いに出されることもあったザ・マーダー・キャピタルですが、実際のところ、ファースト・アルバムもそうだったように、硬派なポスト・パンクサウンドの中に奇妙な静寂性が滲んでいました。同時に、それは、上記の2つの人気バンドには求められない要素でもあるのです。


ある意味では、ファースト・アルバムにおいて、表面的なポスト・パンクサウンドに隠れて見えづらかった轟音の中の静寂性、静と動の混沌、一種の内的に渦巻くようなケイオスがザ・マーダー・キャピタルの音楽の内郭を強固に形作っていた。そして、素直に解釈すれば、その混沌とした要素、言い換えれば、オルタナティヴの概念を形成するコードの不調和や主流とは異なるひねりのきいた亜流性が、この2ndアルバムでは、さらに顕著となったように感じられます。ただ、アルバムの音楽に据えられるテーマというのは、デビュー作では”恐れ”に焦点が絞られていましたが、今作では、内面の探究を経て、さらに多彩な感情が混在している。そして、その”恐れ”という低い地点から飛び出し、戸惑いながらも喜びの方へと着実に歩みを取りはじめたように感じられる。バンドは、特に、青春時代の憂鬱、抑うつ的な感情、悲しみなど様々な感情の記憶を見返し、それらをこのレコードの音楽と歌詞の世界に取り入れたと説明しています。その結果、生み出された楽曲群は、ジェイムス・マグガバンの文学性、実際にT.S. エリオット、ポール・エリチュアール、ジム・モリソンといった詩人の影響により、さらに説得力がある内容に変化しています。また、ここには内的な痛みを包み込むような癒やしが混在するのです。


実際の音楽性からみても、デビュー・アルバムよりも幅広いサウンドが展開されていることに気がつく。オープニング・トラックのポエトリー・リーディングに触発されたと思われる「Existense」、「Belonging」といった楽曲は、近年のポスト・パンクバンドの音楽性とは明らかに一線を画しており、それらは前時代のフォーク・シンガーが試みた前衛性にも似たアプローチです。そして、フランク・シナトラを聴いていたということもあってか、旧時代のバラード・ソングの影響もところどころ見受けられます。これらの楽曲は、アルバムのオルタナティヴ・ロック・サウンドの渦中にあり、実に鋭い感覚を感じさせ、異質な雰囲気に充ちています。いわば、作品全体を通して聴いたときに、コンセプト・アルバムに近い印象を聞き手に与えるのです。

 

そして、今作において、ボーカルのジェイムス・マクガバンの歌詞や現代詩の朗読のような前衛的な手法に加えて注目しておきたいのが、ギターを始めとするバンド・サウンドの大きな転身ぶりです。実際、ザ・マーダー・キャピタルは、デビュー・アルバムで、彼ら自身の音楽性に停滞と行き詰まりを感じ、サウンドの変更を余儀なくされたといいますが、2人のギタリスト、The Damien Tuit(ダミエン・トゥット)とCathal Roper(キャーサル・ローパー)は、FXペダルとシンセを大量購入し、ファースト・アルバムのディストーション・ギター・サウンドからの脱却を試みており、それらは、#2「Crying」で分かる通り、フレーズのループにより重厚なロック・サウンドが構築されています。その他、このシンセとギターを組み合わせた工夫に富んだループ・サウンドは、アルバムの中でバンド・サウンドとして最もスリリングな「The Lie Become The Shelf」にも再登場。そして、この曲の終盤では、明らかにデビュー・アルバムには存在する余地のなかったアンサンブルとしてのケミストリーの変化が立ち現れるのです。

 

他にも、バンドのフロントマン、ジェイムス・マクガバンが今作の制作過程で強い影響を受けたのが、レディオ・ヘッドの2007年のアルバム『In Rainbows』だったそう。この時代、今でも覚えていますが、トム・ヨークとジョニー・グリーンウッドは「OK Computer」から取り組んでいたエレクトロニックとロックを融合させた新奇な音楽を一つの完成形へと繋げたのですが、これらのサウンドをザ・マーダーキャピタルは2020年代のロックバンドとして新しく組み直そうとしています。

 

そして、その斬新な音楽性は、ロンドン流の華美なポスト・パンク・サウンドと、アイルランド流の叙情性と簡潔性の合体に帰着する。これらのエレクトロニックとロックの要素の融合が、どのような結末に至ったかについては、このレコードのハイライトを成す「A Thousand Lives」、「Only Good Thing」という2曲で、目に見えるようなかたちで示されています。全般的に、この作品は洗練されており、叙情性にも富んでいますが、一つだけ弱点を挙げるなら、ジェイムス・マグガバンのボーカルの音域が少し狭いことに尽きるでしょう。この点については、イアン・カーティスに近い雰囲気を感じさせ、個人的には好みではあるのですが、ややもすると、一本調子の印象を与えかねません。しかしながら、彼自身の多彩なボーカル・スタイルと前衛的なバンド・サウンドの融合により、この難点を上手く補完しているように思えます。そう、まさに、バンド・アンサンブルの真骨頂が『Gigi’s Recovery』において示されているというわけなのです。もちろん、彼らが、この2ndアルバムにおいて、近年、完全に飽和状態にあったオルタナティヴ・ロックに新たな風を吹き込んでみせたことについては、大いに称賛されるべきでしょう。

 

 

95/100

 

 

 Weekend Featured Track 「Only Good Things」