mui zyu『Rotten Bun For An Eggless Century』/ Review

mui zyu 『Rotten Bun For An Eggless Century』

 


Label : Father/Daughter

Release Date: 2023/2/24

 


 

 

Review

 

mui zyuは、現在ロンドンを拠点に活動するシンガーソングライターで、 元Dama Scoutのメンバーとして知られています。

 

父親の世代に台湾人であった彼女は、家族とともにイギリスに移住し、レストランで勤務する父の家庭で育ちました。


『Rotten Bun For An Eggless Century』は記念すべきアーティストのデビューフルレングス。この作品を通じ、シンガーソングライターmui zyuは、パンデミック下のアジア人差別を始めとする社会的な問題に焦点を当て、さらに中国の幻想文学の先駆者である蒲 松齢、ゲームやその音楽に強い触発を受け、SFと幻想性を織り交ぜたシンセ・ポップを展開させています。このアルバムは面白いオルタナティヴ・ポップをお探しの方には最適な作品です。

 

このデビュー・アルバムにおいて、mui zyuは全体的に夢見心地のまったりとしたポップ・ミュージックを提示しています。ミドルテンポではありながらダンサンブルなビートを刻むシンセポップはロンドンだけではなく、米国の現代的なミュージックシーンにも呼応したものであると思われます。このアーティストの音楽性の特質は、オルタナティヴな音階の運行にあり、どちらかといえば、最初期のピクシーズのメロディーのひねりに近い。他にも、中国の民族楽器の二胡を取り入れたり、レトロ・ゲームのようなアナログシンセの音色を積極的に交えることによって、新しいとも古いともつかない、奇妙で摩訶不思議な世界を探求しています。トラック自体はチープな感じを意識していますが、バックビートに乗せられるmui zyuのボーカルはモダンな雰囲気が滲み出ており、聞き入らせるものがある。 特に、アルバムの全般的な音楽は甘美的というか陶酔的というか、独特な内省的なアトモスフェールが漂い、これがつまり、このアーティストの他にはない個性でもある。アッパー・ビートで高揚感を与えるわけでもないにも関わらず、mui zyuの音楽は内向きのエネルギーを渦巻くようにして盛り上がっていくわけです。

 

また、アーティストとして作品を制作する際、mui zyuは、台湾の古い時代の歌謡曲に強く触発されているということです。実際に当地の2000年代以前のポップスがどのような音楽性なのか、この点については明るくありませんが、もしこのアルバムにエキゾチックな何かを感じ取るとすれば、その父祖の代から引き継がれる台湾の文化にその源泉が求められるのかもしれません。

 

オープニングを飾る「Rotten Bun」をはじめ、「Ghost with a Peach Skin」、そして、「Mother Tongue」など、少し昔のゲーム音楽に触発されたような摩訶不思議なシンセ・ポップが多く収録されています。


それはこのアーティストが若い時代に親しんだ文化の源を追い求めるかのようでもあり、なおかつまた、上記のファンタジックな性質、中国の幻想文学の先駆者である蒲 松齢(アルゼンチンの幻想文学の大家、ホルヘ・ルイス・ボルヘスに強い影響を与えた、大河小説の『紅楼夢』で有名な中国の作家。科挙の試験に落第し続け、作家活動に転じた。生涯にわたり、奇想天外な短編小説を多数執筆した)の影響を反映したファンタジックでSFチックな音楽が展開されています。これらはローファイやノイズポップの要素と複雑に絡み合うことで、独特な音楽性に組み上げられてます。


終始、mui zyuのボーカルは落ち着いており、一貫性があり、また何かを物語るかのようであり、サイケデリックな音楽性を擁しながらも全体的に整然とした印象を与える。さらに、そこに感情的な要素、ドリーム・ポップに近い甘い雰囲気と中国文化のエキゾチズムが加わることで、mui zyuの持つ唯一無二の摩訶不思議な世界が奥行きを増していくのです。二次元的とも三次元的ともつかない奇妙な幻想性に溢れた音楽の世界を構築し、作品全体を通じて聞き手の興味を上手く惹きつけることに成功しています。

 

ただ、ひとつ問題を挙げるとするならば、現時点では、これらのエキゾチズムやファンタジー、あるいはゲームの要素がまだ聞き手を圧倒するような迫力を持ち合わせていないことです。それは音楽性の高揚感だとかそういう話ではなく、mui zyuの個性的な光は残念ながらまだ弱く内側にとどまっているのが少し惜しい点なのです。そして、これらの音楽はアジア人としてのヨーロッパ的な概念への憧れの範疇に過ぎず、シンガーが提示する異質な世界、様々な概念が渦巻く世界に少し脆弱な部分も見受けられるかもしれません。感覚的な脆さというのは取りも直さず繊細性でもあり、それはある意味では、製作者にとって必要不可欠の才覚でもあるわけですが、もし、シンガーソングライターが自分自身のアイデンティティや固有の文化性に強い自信を得た瞬間、おそらくこれらの音楽はより素晴らしい作品として昇華されていくはずです。

 

無論、現代的な音楽シーンを俯瞰した際、mui zyuは他のアーティストが持ち得ない独自の才覚を持ち、歌自体にもリスナーを惹き付ける力量を持ち合わせていることから、傑出したシンガーソングライターであると実際の音楽から推察出来ます。デビュー作を足がかりにし、どのような形でこれらの幻想性と現実性が広がりと深みを増していくのかに注目していきたいところです。

 

 

 78/100

 

 

「Ghost with a Peach Skin」

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