Clara Engel 『Sanguinaria』/Review

Clara Engel 『Sanguinaria』

 

 

Release: 2023/6/16

 

 

Review


春の儚い花の異名をとる”ブラッドルート”のラテン語である「Sangurinaria Canadensis」に因んで名付けられたアルバムは、カナダのシンガーソングライター、クララ・エンゲルの最新作となる。このアルバムは 2022年の夏から秋にかけてリボンマイクで録音された。ちょうど家の近くで花が咲き始めた頃に書かれたことから、アルバムタイトルが名付けられたとアーティストは説明している。

 

クララ・エンゲルは、これまでインストゥルメンタル曲も書いてきたが、この最新作の収録曲のほとんどはアーティストのボーカルと複数の民族楽器の弾き語りによるものとなっている。これまでにギター、ピアノの他、タルハルパ、クドック、ラップスチール、メロディカの演奏を楽曲に取り入れてきたエンゲルではあるが、パンデミックを機に民族楽器に対する理解を深める時間に恵まれた。以前よりも楽器に対する理解度が深まったことは、今回の歌を中心にした作品全体に良い効果を与え、制作者の内省的な歌声の雰囲気をより魅惑的なものとしている。

 

前作と同様、この最新作『Sangurinaria』は、オープナーを飾る「Sing In Our Chains」に代表されるように、ニューヨークのSteve Gunn(スティーヴ・ガン)のようなサイケデリアとエスニックの雰囲気に充ちている。エンゲルのフォーク・ミュージックは、ウズベキスタン周辺の民謡のようでもあり、コーカサス地方の民謡のようでもあり、バルトークが探し求めたハンガリーの民謡のようでもある。少なくともそれは、不可思議でエキゾチックな雰囲気に充ちているように映る。

 

珍かな民族音楽に使用される弦楽器を用いて、クララ・エンゲルは淡々と情感を込めて自らの詩を歌いこんでいる。しかし、エンゲルにとって詩を書くことは、単なる手遊びであるのではなく、生きることそのものである。幼い時代から、エンゲルにとって詩を書くことは絵を書くことと同様、自らの感情を表現するために欠かさざるものであった。それは実際、歌詞に触れて見た時に強固な印象をもたらす。表向きの柔らかな旋律とはまったく正反対に、音楽の内核には強い意志が貫流している。終始、マイナー調の曲として紡がれていく楽曲の旋律そのものはいささか単調ではあるのだが、一方で、その中に様々な概念が流れているような気がする。これが実際、抽象的な印象を持つ楽曲の中にあって、稀に鋭い感性がきらめくように思えるのである。

 

アルバムの収録曲は前半部では、以前の作品に比べると親しみやすさのあるアヴァン・フォーク/サイケデリックフォークが並んでいるが、ハイライトとも称するべき瞬間は「A Silver Thread」、「Personne」にて訪れる。ミステリアスな印象を擁するフォークミュージックは、上記の収録曲でその幻想的な雰囲気は最高潮に達し、ペダルスチール等の楽器を効果的に用いながら、不思議なアトモスフィアを生み出している。一見、それは得難いものではあるが、他方、やはりシド・バレットやスティーヴ・ガンにも近い、コアなサイケフォークのコアな領域に到達している。こういった深層の領域に到達したときには、表向きの暗鬱さというイメージが覆され、それはほのかな切なさがもたらされるのである。

 

クララ・エンゲルは一貫してマイナー調のコードを通じて、暗鬱な印象に満ちたアヴァン・フォークを探究しているが、クローズ曲「Larvae」だけは他の曲とその印象を異にする。ここでは、アイスランドのフォークトロニカのような曲に取り組んでいる。Isik Kuralの電子音楽のように可愛らしい雰囲気がこの曲には表されている。最後に、フォークトロニカ/アンビエント調の曲があることで、作品全体により和らいだような余韻をもたらす。このアルバムは、アヴァンフォーク/サイケフォークと民族音楽を掛け合わせた音楽をお探しの方にぜひおすすめしたい作品である。


また、クララ・エンゲルは、ビジュアル・アーティストとしても活動している。今後、トロントとシアトルで計三回のアートショーを開催する。『Sangurinaria』はbandcampで6月16日に発売される。以前公開したアーティストのインタビューもぜひ合わせてご一読下さい。


 

 78/100

 

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