私たちと友人が一緒に、必死に考え抜かれたノイズを商業生産のプラスチックの箱の底に押し込めることがどれほど馬鹿げているのだろうか。そして、「夕飯を食べるために歌う」という、現代のアメリカの中産階級の失われつつある天職の中で、シナイ・ヴェッセルはあり得ない奇跡を成し遂げてみせる。- Ben Sereten (Keeled Scales)
Sinai Vessel 『I Sing』/ Keeled Scales -ナッシュヴィルのシンガーソングライターが掲げる小さな聖火-
そっけないようで、素朴な感じのオルトロックソングが続く。彼は内面の奥深くを掘り下げるように、タイトル曲「 #2 I Sing」で、内的な憂いや悲しみを元に情感溢れるロックソングを紡いでいる。イントロは、ソフトな印象を持つが、コーデスの感情の高まりと合わせて、ギターそのものも激情性を帯び、フックのあるオルトロックソングに変遷していく。これらはHoovdyの楽曲と同じように、エモーショナルなロックへと繋がる瞬間がある。そして注目すべきなのは、都会性とは異なるローカルな感覚を持つギターロックが序盤の音楽性を決定づけていることだ。
「#5 Birthday」は、Bonnie Light Horsemanのような夢想的なオルトフォーク/カントリーとして聴くことができるだろうし、American Footballの最初期の系譜にあるエモとしても聴くことができるかもしれない。アメリカーナを内包するオルタナティヴ・フォークを基調にして、最近、安売りされるようになってしまったエモの原義を問いかける。彼は、一貫して、この曲の中で、ジョージア、テネシーといった南部への愛着や親しみを示しながら、幹線道路の砂埃の向こうに、幻想的な感覚や夢想的な思いを浮かび上がらせる。彼の歌は、やはり、ディランのようにそっけないが、ハモンド・オルガンの音色の通奏低音が背後のロマンチズムを引き立てている。 また、Belle And Sebastianの最初期の憂いのあるフォーク・ミュージックに近い感覚もある。
「Birthday」- Best Track
その後も温和なインディーロックソングが続く。考えようによっては、シナイ・ヴィッセルは失われつつある1990年代前後のカレッジ・ロックの系譜にある良質なメロディーや素朴さをこのアルバムで探し求めているように思える。先行シングルとして公開された「Laughing」は、前の曲で示されたロマンチズムをもとにして、アメリカーナやフォークミュージックの理想的な形を示す。ペダル・スティールの使用は、曲のムードや幻想的な雰囲気を引き立てるための役割を担う。そして曲の背景や構造を活かし、シナイ・ヴィッセルは心温まるような歌を紡いでいく。この曲も、Belle And Sebastianの「Tigersmilk」の時代の作風を巧緻に踏襲している。
アルバムの終盤には、ウィルコと同じように、バロックポップを現代的なオルトロックソングに置き換えた曲がいくつか見いだせる。「#8 $2 Million」は、メロトロンをシンセサイザーで代用し、Beatles、R.E.M、Wilcoの系譜にあるカレッジ・ロックの醍醐味を復活させる。コーデスは、後期資本主義の中で生きざるを得ない現代人としての悲哀を織り交ぜ、それらを嘆くように歌っている。そして、これこそが多数の現代社会に生きる市井の人々の心に共鳴をもたらすのだ。その後、しなやかで、うるおいのあるフォークロックソング「#9 Dollar」が続く。曲ごとにややボーカルのスタイルを変更し、クレイヴ・コーデスは、ボブ・ディランのようなクールなボーカルを披露している。ローカルな感覚を示したアルバムの序盤とは正反対に、アーバンなフォーク。この曲には、都市のストリートを肩で風を切って歩くようなクールさが反映されている。2024年の「Liike A Rolling Stone」とも呼べるような興味深いナンバーと言えるか。
アルバムの序盤では、ウィルコやビル・キャラハンのようなソングライターからの影響が見いだせるが、他方、終盤ではBell and Sebastianの系譜にあるオルトフォークソングが色濃くなってくる。 これらのスコットランドのインディーズバンドの主要なフォークソングは、産業化や経済化が進む時代の中で、人間らしく生きようと試みる人々の矛盾性、そこから引き出される悲しみや憂いが音楽性の特徴となっていた。そして、シナイ・ヴィッセルは、その特徴を受け継いでいる。「#10 Window Blue」、「#11 Best Wetness」では、憂いのあるフォークミュージックの魅力を堪能できる。特に後者の曲に漂うほのかな切なさ、そして、淡いエモーションは、クレイヴ・コーデスのソングライターとしての高い能力を示している。それは M.Wardに匹敵する。
Lindsay Reamer(リンジー・リーマー)は、ニューアルバム『Natural Science』をディア・ライフから8月16日にリリースすると発表した。この発表に伴い、フィラデルフィアを拠点に活動するシンガーソングライターは「Figs and Peaches」を公開した。
このニュー・シングルについて、リーマーは声明の中で次のように述べてい
「『Figs and Peaches』を書いたのは、ミシシッピ州のナッチェス・トレース沿いのある場所で、外来植物に関するトレイル・サインを読んだ後だった。20世紀初頭に、壊れやすい磁器を出荷する際の梱包材として使われたため、日本の高床植物が初めて北米に持ち込まれたことを知った。今ではテキサス州以東ではどこでも見られるようになった。
ロンドンのシンガーソングライター、Laura Marling(ローラ・マーリング)は、ニュー・アルバム『Patterns in Repeat』を2024年10月25日にクリサリス/パルチザン・レコードからリリースする。この発表に合わせて、ローラはアルバムのファースト・シングル『Patterns』を公開した。
『Patterns in Repeat』は、ローラがロンドンの自宅スタジオで作曲、レコーディング、プロデュースを行った。2020年に発表され高い評価を得た『Song For Our Daughter』が、架空の娘に向けて、また娘について書くという観点から比喩的に書かれたとすれば、『Patterns in Repeat』は2023年に娘が誕生した後に書かれた。
最新EP『flourish』は、Spotifyの「New Music Friday UK」、「NL」、「BE」にセレクトされ、「the most beautiful songs in the world」プレイリストでも紹介された。2024年5月、Gaerbox Recordsとの契約およびデジタル・シングル「A Messenger」のリリースを発表。
リード・シングルの "She's Leaving You "は、メロディアスでウィットに富み(「服を着直せばいい、彼女は去っていく」、「フェラーリを借りてブルースを歌えばいい、クラプトンが再臨したと信じればいい」)、マタドールのカタログにあるアルト・カントリーと90年代ロックの中間を行く。
レンダーマンのバンドメイトでパートナーのWednesdayのカーリー・ハーツマンがハーモニーを提供し(曲のフィナーレでは、脈打つベースラインの上で曲のタイトルを歌っている)、彼はピッチの上がったギター・ソロに突入する。「It falls apart, we all got work to do "とレンダーマンは歌う。
昨年のフルアルバム『Careful Of Your Keepers』とともに、それ以前の『Off Off On』、『Moonshine Freeze』からの主要曲の演奏を収録したライブ音源では、バンド(3人編成のホーン・セクションを含む)が絶好調で、素晴らしい演奏でオーディエンスの期待に応えてみせた。
Bonny Light Horseman(ボニー・ライト・ホースマン)のニューアルバム『Keep Me On Your Mind / See You Free(キープ・ミー・オン・ユア・マインド/シー・ユー・フリー)』は、人間性の祝福された混乱への頌歌である。
自信に満ち、寛大なこのアルバムは、あらゆる人間の感情や想定される欠点をさらけ出した、ありのままの提供物である。愛と喪失、希望と悲しみ、コミュニティと家族、変化と時間など、テーマは高く積み上げられている。ヒューマニスティックなタッチポイントのすべてにおいて、「Keep Me on Your Mind/See You Free」は、ある種の説明不可能な魔法から生み出されることになった。
レコーディングからリリースへの進化において、これは2枚組LP-18曲を2枚のディスクにまとめることを意味した。それはまた、正確には異なるレコードではないにせよ、2つのタイトルを意味する。『Keep Me On Your Mind / See You Free』は、広大で心地よく、グループの魅惑的かつ芸術的なレイヤーを包括している。伝統的なフォークミュージックのサウンドと叙情的な精神がルーツであり、実験的で感情的に生々しいバンドのバージョンにより分岐している。
「I Know You Know(アイ・ノウ・ユー・ノウ)」の中心にある切ない迷いは、ほんの数分で明らかになった。制作における素早さは、すでに『Keep Me On Your Mind / See You Free』の大半を完成させており、創造性の「肩の上に立つ」ことができたからとトリオは言う。この曲は感情の荒廃を特異なポップ・センスと結びつけるバンドの能力を示しており、それはアルバム全体を通して一貫性がある。マンドリンに彩られた気持ちの良いアレンジとアンセミックなコーラスは、リフレインという要素がいかにリスナーの心を捉えるのかを裏付けている。「君を愛すれば愚か者、君を手放せば愚か者」とジョンソンは歌い、ミッチェルの歌声が彼とともに高鳴る。
解き放たれた人間関係をフォーク・ロックで描いた「Tumblin Down」もそのメロディーの複雑性においてよく似ている。イングマール・ベルイマンの『ある結婚の情景』の精神を歌にしたようなもので、表面は軽いが、内側には実存的な危機が織り込まれている。その一方、「When I Was Younger」は、原始的な叫びであり、母性、成熟、そして、折り目正しき社会が口に出して言わないことすべてをオープンに受け止めている点で革新的である。この曲では、ミッチェルとジョンソンの蜜のような声が出会い、溜め込んだ感情から形成された双頭の獣へと変貌する。
『Keep Me On Your Mind / See You Free 』で、ボニー・ライト・ホースマンは独特の優美さを感じさせる。そして物事が完璧でないときこそ、人生は生き生きとしたものになるということを思い出させてくれる。長年にわたり、バンドは人生のオドメーターに多くのマイルを積み重ねてきた。それは、栄光と混沌に彩られたモダンなフォークソングに色濃く反映されている。ミッチェルは言う。「簡潔ではない、全然簡潔ではない。雑然としているけど、それでいいのよ」
『Keep Me On Your Mind/ See You Free』は、一時間以上の尺を持つ(ダブル)アルバムという構成を持つ。基本的にはトラディショナルフォークやアメリカーナを中心に20曲が収録されている。手強い印象を覚える。
しかし、ミッチェルが「簡潔ではないアルバム」と指摘するにしても、意外なほどスムースに耳に馴染んでくるのが驚きである。そのことは、ビリー・ジョエルのバラードソングのように美麗で、ゴスペル、R&B、トラッドフォークを主体とした「#1 Keep On Your Mind」を聴けば、本作の素晴らしさが掴みやすいのではないだろうか。
アルバムの冒頭にはサンプリングが導入される。「#4 grinch/funeral」は子供の話し声の短いインタリュード。「#5 Old Dutch」は安らいだピアノのパッセージとシンセのシークエンスが溶け合い、続く曲の展開に期待をもたせた後、ジャズ・ソウルの曲へと移行する。この曲はおそらくノラ・ジョーンズが得意とするようなバラード。そして、ボニー・ライト・ホースマンは、トラッドフォークを主体とした軽やかな曲調に繋げる。その後、ハーモニカの演奏が加わるが、一見、安っぽい感じのフレーズも、バンドの演奏が強固な土台を作り出しているので、むしろそういった音色としてのチープさはユニークな印象をもたらしている。
「Keep Me On Your Mind」
・6−10
大枠で見ると、本作はアメリカの音楽のルーツを総ざらいするような意義が求められるかもしれない。しかし、曲単位では、バンドメンバーの個人的な回想が織り交ぜられる。そしてそういった小さな積み重ねが、大掛かりな作品を構成していることが分かる。「#6 When I Was Younger」では、ビリー・ジョエル風のバラードがジャズの音楽性と結びついている。ミッチェルは、ピアノの演奏を背景に真心を込めて歌を紡ぐ。その後、立ち代わりに、ジョンソンがボーカルを披露する。その後、カウフマンのクランチなギターがワイルドな雰囲気を作り出す。ボーカルとギターの演奏にはやや泥臭さがあるが、背景となるバックバンドの演奏はアーバンな印象を与える。これらの対極にある音楽性が巧みなコーラスワークと相まって、味わい深さを作り出す。アウトロにかけてのギターのノイズ、そして両者のコーラスワークが哀愁を醸し出す。
その後、温和なトラディショナルフォークに立ち返る。「#7 Waiting And Waiting」ではナイロン弦のアコースティックギターが柔らかな印象を作り出す。後から加わるドラム、そしてコーラスも楽しげな空気感を生み出す。立ち代わりに歌われるボーカルがそれらの雰囲気を上手く引き立てる。明るく、希望に充ちた、晴れやかで純粋な音楽の世界を彼らは作り出す。そしてそれは、バンドメンバーの三者三様の個性を尊重した上で、それらの相違が生み出す調和からもたらされる。淡々とした音楽のように思えるが、彼らの作り出すハミングのハーモニーは平らかな気分を呼び起こすのだ。
それらの楽しげな雰囲気は以降も続いている。チャーミングなマンドリン/バンジョーの演奏を取り入れた「#8 Hare and Hound」は、ジョン・デンバーのようなカントリー/ウェスタンの古典の原点に立ち返り、モダンな印象を付け加えている。可愛らしいミッチェルのボーカルとワイルドなジョンソンのボーカルが、コールアンドレスポンスのような形で繰り広げられて、サビではカウフマンもボーカルに加わり、ジャズのビックバンドのような楽しげな音が作り出される。カウント・ベイシーが志した人間の生命力をそのまま音楽によって表現したかのようなとても素晴らしい曲だ。
一転して、「#9 Rock The Cradle」は落ち着いたバラードソングとして楽しめる。同じようにナイロン弦から生み出される繊細なアルペジオのギターをもとに、オルタナティヴなトラッドフォークを制作している。この曲には古典的な音楽を志すバンドのもう一つの表情が伺える。つまり、Superchunk(スーパーチャンク)のようなキャラクターを見いだすことができる。彼らのコーラスは「1,000 Pounds (Duck Kee Style)」のような穏やかさを思い起こさせる。
アウトロでは、パブの歓声のサンプリングが導入され、入れ子構造のような意味を持つことが分かる。また、このレコーディングの手法については、2023年のM. Wardのアルバム『Supernatural Thing』の「Story of An Artist」でも示されていた。続く「#10 Singing to The Mandlin」で、ダブルアルバムの第一部がひとまず終了する。
トラディショナルフォークと合わせて、ボニー・ライト・ホースマンはゴスペルのルーツに迫ることもある。「#12 Into The O」は、深みのあるゴスペルソングに昇華されている。三者のボーカルが織りなすハーモニーはブルージーで、メロウな雰囲気もある。ゴスペルの要素に加えて、ニール・ヤング&クレイジーホースを彷彿とさせる渋いアコースティックギターが曲全体の性格を決定づける。この曲は、1970年代のアメリカン・フォークの醍醐味を蘇らせている。アナログレコードでしか聴くことが叶わなかったあの懐古的な響きをである。
「#13 Don't Know Why You Move Me」は、Norah Jones(ノラ・ジョーンズ)の系譜にあるメロウなバラードで、彼らはそれをフォークバンドという形で表現しようとしている。この曲では、アナイス・ミッチェルのやや溌剌とした印象を擁する主要なボーカルのスタイルとは異なるメロウでムードたっぷりの歌声を味わえる。バンドはゆったりしたドラムの演奏を背景にして、スライドギターやハーモニクスの技法を交えながら、ソウル・ジャズの醍醐味を探求する。
「#14 Speak to Me Muse」では、アナイス・ミッチェルは鳥のささやきのような柔らかく可愛らしいボーカルを披露し、ジョニ・ミッチェルのシンプルで親しみやすいバラードソングの直系にあるソングライティングを行っている。曲の中で繰り返される「All Right」という一節は何かしら琴線に触れ、サクスフォンの演奏がジャズの性質を強める。バンドによる「All Right」という誰にでも口ずさめる優しげなコーラスはゴスペルの教会音楽としての性質を帯びる。
少なくとも、ボニー・ライト・ホースマン、とくにアナイス・ミッチェルの歌声には、自然や音楽の恵みに捧げられた敬虔なる思いに満ちあふれている。しかし、このアルバムはシリアスになりかけると、すぐにバランスを図るために、彼らの記憶というモチーフの働きを持つ文学や映画のような試みが、サブリミナル効果のように取りいれられる。しかし、モチーフの基軸に最も近づいたとき、距離を置く。そして、それとは異なる安らぎのひとときが訪れる。「#15 Think of The Royalities,Lads」では第一部の冒頭の収録曲「Grinch/ Funeral」と同様に、語りのサンプリングのワンカットが繰り広げられる。そして、曲の中では、パブの和やかな会話が繰り広げられている。
「#18 Over The Pass」は広々とした草原で、フォークバンドの演奏に合わせて円舞するような楽しさだ。つまり、音楽のシリアスな側面とは異なる”楽しさ”に焦点が当てられているのである。開放弦を強調したのびのびと演奏されるアコースティックギターのストローク、三連符を強調する軽快なドラムの演奏は、本曲、ひいてはアルバムの音楽に触れるリスナーに一方ならぬ喜びをもたらす。そして、以後の2曲も、バンドの志す音楽に変化はない。しかし、レビューの冒頭でも述べたように、ボニー・ライト・ホースマンは、やはり米国の文化や国家性の原点へと立ち返ろうとしている。
「#19 Your Arms(All The Time)」はジャズ・ポップスという形で、ミュージカル風の音楽へ向かい、トラディショナルフォークと結びつける。全く同じ調性で続く「#20 See You Free」は、フォークミュージックのコーダのようなもの。クローズ曲ではトラディショナルフォークやスタンダードジャズの要素に加えて、Aretha Franklin(アレサ・フランクリン)のアルバム『Lady Soul』に対するバンドのオマージュが捧げられる。ステレオタイプの曲が続くようでいて、その音楽の印象はそれぞれ違っている。それはボニー・ライト・ホースマンの音楽が、世界中の人々にたいする誰よりも深い理解と受容、そして弛まぬ愛情によって支えられているからなのである。
「See You Free」
86/100
* Bonny Light Horsemanのニューアルバム『Keep Me On Your Mind / See You Free』はjagujaguwarから発売中です。
最新アルバム『The Falls of Sioux』は、いつもよりドラマティックなサウンドを探求しているように感じられる。旧来のインディーロックやフォークの音楽性に、オーケストラベルを導入したり、アコースティックの録音を再構成として散りばめたりと、かなり作り込まれたプロダクションになっている。そこにマイク・キンセラによる音のストーリーテリングの要素が加えられた。
続く「Hit and Run」は、OWENの代名詞的な曲であり、ソングライターのフォークソングの涼し気なイメージが流れる滝のようにスムーズな質感をもって展開される。アルバムの序盤の2曲のようにエレクトリック/アコースティックギターの多重録音に加え、ピアノの美麗な旋律が曲に優しげな印象を添えている。また、ネイト・キンセラとのデュオの活動で培われたシンセサウンドは飾りのような形でアレンジに取り入れられている。ギターの旋律やコード進行の巧緻さはもちろんのこと、そこにヴァイオリン/フィドルの上品な対旋律を加えながら、気品のあるフォークミュージックが作り上げられる。それらは複数の演奏を入念に行った後で、緻密に最終的なサウンドを構築する過程が記されているのである。始めから出来上がったものを示するのではなしに、一つずつ着実に音の要素を積み上げていく過程は圧巻である。そこにオルタネイトな旋律やアメリカーナのギターが加わることで、癒やしのあるサウンドが作り上げられる。
『スーの滝』はベテラン・ミュージシャンによる飽くなき音楽の探求心が刻印されているように思える。クローズを飾る「With You Without You」では、Cap N' Jazzの時代から存在した中西部のインディーフォークの要素が、華やかなシンセストリングスとドラムのダイナミックなリズムによって美麗なエンディングを作り上げる。バスドラの連打に合わせて歌われるキンセラの歌はエモーショナルの領域を越えて、何かしら晴れやかな感覚に近づく。アウトロの巧みなアコースティックのギター、そのなかに織り交ぜられる繊細なエレクトリック・ギターやストリングスに支えられるようにして、このアルバムは最後に最もドラマティックな瞬間を迎える。
スペインとオランダで育ち、現在はロンドンを拠点に活動するシンガー・ソングライター、プロデューサー、ミュージシャン。親密で詩的な独自の音楽世界を創り出す彼女は、ドーター、マロ、ビリー・マーティンなどからインスピレーションを受け、生々しいヴォーカルと誠実なソングライティングで聴く者を内省と静寂の世界へと誘う。最新EP『flourish』は、Spotifyの「New Music Friday UK」、「NL」、「BE」にセレクトされ、「the most beautiful songs in the world」プレイリストでも紹介された。2024年5月1日、最新デジタル・シングル「A Messenger」をリリース。現在は、西ロンドンのスタジオ13で、ジョン・ケリー(ポール・マッカートニー、ケイト・ブッシュ)とバンドと共に新曲のレコーディングに取り組んでいる。