Hayden Pedigo 『I'll Be Waving As You Drive Away』
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Label: Mexican Summer
Release: 2025年6月6日
Review
テキサスのギタリスト、ヘイデン・ペディゴ(Hayden Pedigo)は、基本的にはフィンガースタイルのアコースティックギターを奏でます。ペディゴのギターの演奏力は卓越しています。ヤスミン・ウィリアムズと併んで、アメリカの現代アコースティックギタリストの中でも最高峰に位置します。2023年以来のニューアルバムは前作に続いて、『The Motor Trilogy(モーター三部作)』の一環として制作された。三部作の最終作品です。前作『The Happiest Times I Ever Ignored』 のレビューは時間の関係で飛ばしてしまいました。一般的には今作の方が聴きやすいアルバムだろうと思います。
ジェニー・ルイス、デヴェンドラ・バンハート、ヒス・ゴールデン・メッセンジャーらとの2年間にわたるノンストップ・ツアーを経て、制作された最終作には、「本当に人間的な何かがある」とヘイデンは公言する。「フェイスペイントもせず、青い肌もなく、表のキャラクターはキャラクターではない。私は観客に、実際に私に会ってほしい、私が誰なのかを知ってほしいと伝えようとしている」「このレコードの中には、たくさんのレコードが埋もれている...。ラップ・アルバムのように、たくさんのマイクロ・サンプリングが行われている」と彼は結論づけます。
どうやらヘイデン・ペディゴは、幻想的な情景をギターミュージックで表現したかったようです。その中にはサイケデリックなギターミュージックを制作したいという目論見もあったという。しかしながら、全般的には広大な雰囲気を持つカントリー・ミュージックが複数のギターの録音を通じて体現されているといえるかもしれません。このアルバムにはアメリカーナというジャンルが、ワールドミュージックの一環として聞かれることを推奨させる何かが存在している。ペディゴはギタリストとして傑出していることはもちろんですが、作曲家としても非凡なセンスに恵まれたようです。彼はアメリカ的な概念を実際の経験を通じて作曲の中に織り交ぜ、それらを的確に印象的な音楽として落とし込む力を持つ。このアルバムの音楽には、イメージの換気力があり、なおかつ聞き手が自由に想像をふくらませるための懐深さもある。そして、今回のカントリーやフォークといったスタンダードな音楽に補足として加えられたのが、レッド・ツェッペリン、キング・クリムゾンなどのUKハードロック、プログレッシヴ・ロックバンドの持つサイケデリアの要素でした。
レッド・ツェッペリンといえば、基本的なハードロックサウンドにインドのカシミール地方のエキゾチックな民族音楽の影響を付け加え、それをバンドのベンチマークのように見立てたことがありました。その影響は、例えば、このアルバムの冒頭に収録されている「Long Pond Lily」に発見することができるでしょう。ギターはパット・メセニー的なカントリージャズと呼応するようにし、緩やかで広大な音楽的な世界を構築している。イントロはカントリーであった印象が徐々に情景的な変遷を描きつつ、民族音楽のエキゾチズムや彼自身のプレイを通じ、曲のテンポを緩やかにしていき、休符を設けた後、再び、トロットのような軽快なリズムを通じて、この曲は駆け足のように早まると、山岳地帯や草原のような純朴な風景を思わせる雄大なイメージを持つ素晴らしい音楽へと変わっていきます。
エレクトリックギターを積極的に取り入れた前曲とは対象的に、二曲目「All The Way Across」はアコースティックギターの華麗なアルペジオがイントロに配されている。これらの色彩的な和声に関しては前の曲と同じように、パット・メセニーの最初期のカントリージャズを彷彿とさせる。 しかしながら、今回のアルバムは依然として、かのギタリストの牧歌的なイメージを維持していますが、他楽器のボイシングや対旋律に音楽的な面白さが込められています。
例えば、ギターの演奏にちょっとしたピアノのユニゾンを重ねるだけで驚くほど楽曲の印象は様変わりし、どことなくきらびやかでエレガントな雰囲気が漂いはじめる。そしてもちろん、そのピアノの演奏に関しては、ヘイデン・ペディゴの演奏の叙情性を引き出すような働きを担っている。この曲を聴くとわかる通り、ペディゴは”ギターの魔術師”とも呼ぶべき演奏力を披露しています。変幻自在にテンポを操り、そして休符やアクセントやクレッシェンド/デクレッシェンドをギターの細かなニュアンスの違いだけで表現します。実際に、音符を弾けているだけにとどまらず、ギターひとつで音楽的な世界観を完結させるという作曲の魅力については、他の一般的なギタリストの演奏では容易に味わい難いものがある。
この三部作を部分的に聴いてきた者の印象として、ヘイデン・ペディゴはアルバムの制作を通して、ギタリストとしての腕を磨いただけにとどまらず、ソングライターとしても著しく成長しているように思えました。
そんな中、感覚的で、心理的な奥深い領域に入り込んだ曲もある。「Smoked」はペディゴとして珍しくマイナー調の一曲で、おそらく彼があまり書いてこなかったタイプの楽曲といえる。哀感のあるフレーズをモチーフにして、副次的なテーマであるサイケデリアと結びつけています。これらの幻惑的な感覚は、ボーカルをあしらったシンセにより神秘的な音楽性を獲得するに至る。
推察するところ、深妙な感覚を擁する音楽を制作したいという作曲家の意図が的確に顕われた楽曲なのでしょうか。そしてそれらは、現代アメリカの音楽において、懐古的な印象を持つ音楽を制作するミュージシャンとは対象的に、彼はサイケデリックな側面からアメリカ人の理想主義を描き出す。
つまり、ペディゴの音楽は、現代アメリカの切実かつ切迫した社会性を鏡のように照合したとき、鋭い説得力を持つにいたる。彼の平和な幻想性こそ、一般的な人々を癒やすパワーがある。これらの幻想性は、ボーカルのようなインストゥルメンタル、そして慟哭のように響き渡る弦楽器の長く伸びやかなレガートにより、今までになく心を揺さぶられるような神妙な瞬間を迎えます。
さて、もう一つのこのアルバムの魅力は、彼の旧来から培われたカントリー/フォークの牧歌的な感覚、そして広大な国土の情景を反映させたかのような音楽性にある。アルバムのタイトルと呼応するように、さながらツアー時の窓から見えるそれぞれの土地の風景の変化をそのままサウンドトラックにしたような雰囲気を持つ「Houndtooth」こそ、ヘイデン・ペディゴの代名詞とも呼ぶべき楽曲です。いくつも分散和音のシークエンスをギターによって丹念に重ねていくだけなのに、これほどまでに音楽的な印象が変化していくのは驚愕である。特に、和声進行が巧みな曲で、自在に短調と長調の平行和音を行き来しながら、その中で、弦楽器とギターがユニゾンを描きます。ボーカルがないのに少し物足りなさを覚えるリスナーですら、これらの和声的な構成が、音楽的な枠組みの中で、どれほど大きな役割を担っているのかを確認できるでしょう。ヘイデン・ペディゴのギタープレイが最も輝かしい印象を持つのは、ミュート(詳しくはハーモニクスと呼ぶ)、ほとんど音が消え入るような澄んだ響きを放つピアニッシモ、ないしはプリズムさながらに美しいフィンガー・ピッキングの調和的な響きののち、不意に水を打ったような密かな静寂が訪れるような瞬間にある。「Hermes」では、ギターミュージックのサイレンスの美しさの結晶が、それと対象的なダイナミックなストロークによるアコースティックギターとコントラストを描く時、アルバムのハイライトが訪れます。
このアルバムでは、先に述べたように、ギターの演奏はもちろん、弦楽器が大活躍しています。それらは「Small Torch」のように、ギターの繊細な響きを持つアルペジオとユニゾンを描く時、楽曲の印象が驚くほど壮大になり、アメリカのカントリーミュージックらしい勇ましい印象に縁取られる。ペディゴは、このアルバムについて「微量投与のサイケデリック・アルバム」と面白おかしく振り返っていますが、これは彼らしいリップサービスなのではないかと推測されます。本作には、格式高い音楽が通底しており、それはヘイデンによるギターミュージックの様式美とも呼ぶべきもの。(メタルのことじゃない)本作の最後を飾るタイトル曲でも、ペディゴのカントリーの幻想性は無限回廊のように続く。彼の音楽はきっと、忙しない日常にささやかな治癒と平穏をもたらしてくれることでしょう。
84/100
「I'll Be Waving As You Drive Away」