Yaya Bey 『do it afraid』
![]() |
Label: drink sum wtr
Release: 2025年6月20日
Review
2024年、ボリューミーなアルバム『Ten Folds』をBig Dadaからリリースしたのに続き、NY/クイーンズの最高のソウルシンガー、ヤヤ・ベイがニューアルバム『do it afraid』をリリースした。
『Ten Folds』は夜のニューヨークを闊歩するようなアーバンな雰囲気に満ちていた。続く今作は、作風がマイルドになったにせよ、ヤヤ・ベイらしさ満載のアルバム。2年連続のリリースとなったが、18曲というかなりの大作である。 ヒップホップファンは要チェックの作品だ。
ご存知の通り、ヤヤ・ベイは、ヒップホップとR&Bの中間にある音楽的なアプローチで知られている。『do it afraind』にも、それは明瞭に引き継がれている。ただ、全般的な音楽性は、ソフトで聴きやすいネオソウルのトラックがおおい。元々ソウルに傾倒した歌手であることを考え合わせたとしても、近年のヒップホップはよりマイルドでソフトな音楽性が流行している。それに加えて、ヤヤ・ベイがアーティスト的なキャラクターとして打ち出すラグジュアリーなイメージが音楽を通して体現されている。しかし、安らぎと癒やしというヒップホップの意外な局面を刻印した今作には、表向きの印象とは裏腹にシリアスなテーマが内在しているという。
「苦しみは私たちすべてに約束されている。その二面性の中に平和を見出さなければならない」と語るヤヤ・ベイ。ユーモア、愛、人間の動きやつながりの力といった人生の喜びに対し、恐れながらも献身的に取り組んでいる。「多くの人が私について信じたいと思っていることに反して、私のトラウマではなく、愛すること、喜びを感じること......、自由になることへの願望なのです。この人生において、痛みと喪失は約束されている。避けられないことに直面してダンスするのには、本当の勇気が必要だ。現在を味わい、美しくする。私は、この道の達人の出身なのだ。見物人は私たちを見世物にしたがる。私たちのニュアンスを奪う。でも本当は、私たちは勇敢で、たくましく、喜びにあふれている。私は私たちのためにこのアルバムを作った」
ヤヤ・ベイは、これまでミュージシャンという職業、それにまつわる倫理観について誰よりも考えてきた。このアルバムは端的に言えば、見世物になることを忌避し、本格派のソウルシンガーになる過程を描いている。「1-wake up bitch」はマイルドなヒップホップトラックに乗せて世の中の女性に対して、たくましい精神を持つようにと勇ましく鼓舞し啓発するかのようだ。それがリラックスしたリズム/ビートに乗せてラップが乗せられる。この巧みなリリック裁きのトラックを聴けば、女性版のケンドリックはベイであることが理解していただけるだろう。 とりわけコーラスに力が入っていて、独特なピッチのゆらめきは幻想的なソウルの世界へと誘う。
ベイの作曲はいつも独特な雰囲気がある。古典的なソウルをベースに、それらを現代のニューヨークのフィールドに持ち込む力がある。つまり、聞き手を別の空間に誘うパワーがあるわけだ。 「2- end of the world」は、移民的な感情が含まれているのだろうか。しかし、対象的に、曲はダブステップのリズムを生かしたアーバンなR&Bである。この曲では、ボーカルや背景のシンセのシークエンスのハーモニーが重要視され、コラボレーターのハミングやエレクトリック・ピアノ/エレクトーンと合致している。この曲は、往年のソウルミュージックの名曲にも劣らない。続く「3-real years unite」も素晴らしいトラックで、ラップとニュアンスの中間にあるメロディアスなボーカルが複合的に組み合わされて、美しいコーラスワークを作り出している。
ヒップホップトラックとしては「4-cindy rella」が抜きん出ているように思える。 メロウなリングモジュラー/マレットシンセの音色が心地よい空気感を生み出し、その中でベイは生命力に溢れたラップを披露する。リズムの構成の中で、ラップやニュアンスのハーモニーが形成される。
ヤヤ・ベイの場合、ダイアナ・ロスのような古典的なR&Bの美しい音階やハーモニーを活かしているから、淡々としたラップそのものが生きてくる。この曲の場合はやはり、マレットの生み出す陶酔的な響きが「dejavu」のような効果的なリリックと組み合わされ、良い楽曲が作り出される。それらをベイらしい曲としているのが、ファッショナブルな感覚であり、垢抜けたようなハイセンスな感覚である。今回のアルバムにおいて、ヤヤ・ベイはミュージシャンとして新しいチャレンジを行っている。それがジャズ、R&B、ヒップホップのクロスオーバーである。「5-raisins」は、彼女のブラックカルチャーへの敬意に満ち、女性的なインテリジェンスが盛り込まれている。改めてブラック・ミュージックの系譜をおさらいするのに最適なトラックだ。
「raisins」
カリブ系の音楽が盛り込まれることもある。レゲエトラック「6-spin cycle」はこのジャンルが古びたわけではなく、現在の音楽としても効力を持つことを伺わせる。裏拍を重視したカッティングギターが心地よいリズムを生み出し、ベイのソウルフルな歌唱と絶妙に混ざり合う。レゲエの二拍目と四拍目を強調するドラムのスネアがこれらの旋律的な枠組みを強調付けている。
結局、ヤヤ・ベイのソングライティングは、ボーカルだけではなく、往年のファンクグループのように精細に作り込まれ、また、プリンスのような華やかな響きがあるため、音楽として高い水準に位置する。もちろん、ベイの歌も人を酔わせる奇妙な魔力がある。こういった中で異色の楽曲がある。「7-dream girl」は1980年代のディスコソウルに依拠しており、マイケル・ジャクソン、ホイットニー・ヒューストン、ダイアナ・ロス、チャカ・カーン、クインシー・ジョーンズといった黄金時代を彷彿とさせる。シンセ・ポップとR&Bの融合で、''プロデュース的なサウンド''とも専門家が指摘することがある。これらはR&Bの華やかな魅力が味わえるはず。
アルバムは決してシリアスになりすぎることはない。ミュージシャンとしての遊び心も満載である。「8-merlot and grigolo」はトロピカルな音楽で、彼女のアフロカリビアンのルーツを伺わせる。デモトラックのようにラフな質感のレコーディングだが、ミュージシャンのユニークな一面を垣間見れる。その後、ジャズとヒップホップのクロスオーバーが続く。「9-beakthrough」は完全には洗練されていないものの、ラグタイムジャズのリズムとヒップホップのイディオムを結びつけ、ブラックミュージックの最新の形式を示唆している。「10- a surrender」はテクノとネオソウルを融合したトラックで、やはりこのシンガーらしいファッショナブルでスタイリッシュな感覚に満ちている。その後、ヤヤ・ベイの多趣味な音楽性が反映され、無限に音楽性が敷衍していく。以降は、ポピュラーで聴きやすいダンスミュージックが続き、 「11-in a circle」、「12-aye noche」はアグレッシヴなダンスミュージックがお好きなリスナーにおすすめしたい。「13-not for real, wtf?」はケンドリックの「Mother I Sober」を彷彿とさせる。
モータウン・サウンド(ノーザン・ソウル)か、もしくはサザン・ソウルなのか。60~70年代のオーティス・レディングのようなソウルミュージックもある。これらの拳の効いた古典的なソウルミュージックがヤヤ・ベイにとって非常に大きな存在であることは、「14-blicky」、「15-ask the question」を聴けば明らかだろう。前者は、言葉が過剰になりすぎた印象もあるが、後者はファンクとして秀逸だ。リズミカルなベースとギターのカッティングが心地よい空気感を作り出している。これらは、1970年代ごろのファンクバンドの音楽的なスタイルを踏襲している。
その後、少しだけ散漫な音楽性に陥っているが、やはり音楽的なセンスは抜群。「16-bella noches pt.1」はディープ・ハウスに位置づけられるダンストラックで、ビヨンセ・ライクの楽曲である。そして「17-a tiny thing that's mine」はデモトラック風のバラードソングだが、その歌唱には息を巻くものがある。18曲ということで、3曲ほどすっきりカットしてもよかったかもしれない。
アウトロ「18-choice」ではメロウなソウルバラードでこのアルバムを聴いたファンに報いている。2000年以前のヒップホップのようなトリッピーな楽曲の展開は、二つの曲をジャンプするようなおもしろさ。2025年のソウルミュージックのアルバムの中では随一の出来ではないだろうか。
85/100
「dream girl」