▪︎雨の中で、呼吸を取り戻す。Nao Yoshioka「In the Rain」 自然と向き合うことで見えてきた、新しい章のはじまり。
2026年、Nao Yoshiokaは新たなフェーズへと歩み出す。その最初のシングルが「In the Rain」。本作は、声を張り上げるタイプの曲ではない。まず伝わってくるのは、音の合間に残る、深い呼吸。
~森と雨、そのままの感覚を音に~
制作はオーストラリア、シドニーから郊外へ。プロデューサー/アーティストのMXXWLLの自宅スタジオで行われた。ナショナルパークに隣接したその場所では、庭に出るだけで森が広がる。制作当日、雨が降った。湿った空気、土と木々の匂い、自然が静かに息づく音。その体験が、そのまま楽曲の核となっている。「In the Rain」というタイトルも、何かを象徴するために付けられたものではない。その日、そこにあった時間を、そのまま受け取った名前に近い。
最初に録音された「Back to Myself」は、本作の方向性を象徴する楽曲であり、自己回復、正直さ、自分らしさをテーマに据えている。Mishaのグルーヴ感あふれるジャンルレスなプロダクションが、自由な空気感をまとったサウンドを描き出し、BeMyFiascoは自身の経験や変化、そして恐れずに輝くことの大切さを、率直な言葉と歌で描き出す。『Aura Gold』は単なる作品集ではなく、自分自身の光を信じ、自分の道を大切にし、人とのつながりに身を預けていく。そんな姿勢が音楽として丁寧に刻まれている。
[作品情報]
アーティスト:Misha, BeMyFiasco タイトル:Aura Gold ジャンル:R&B, Alternative R&B 発売元・レーベル:SWEET SOUL RECORDS
トラックリスト: 01. Aura Gold (feat. Jussi Halme) 02. Burning Fire (feat. Evil Needle) 03. Back To Myself (feat. cocabona) 04. Love Come Down 05. Kind of Love (feat. cocabona) 06. Can’t Get Enough (feat. Jussi Halme)
本作は、妊娠がわかった直後という人生の転機に書かれた前作「Pay Day」に続くリリース。「Pay Day」では、不安と希望、責任が交錯する心情を、南アフリカにおいて象徴的な“給与サイクル”のリズムになぞらえて描き出した。同曲はSpotifyのR&B WeeklyやNew Music Friday(オランダ、日本、南アフリカ、ベルギー)、Apple MusicのNew Music Daily、New in R&Bなど、各国の主要プレイリストに選出され、国際的な評価を獲得している。
NYを拠点に活動するフューチャーソウル・バンド、The Love Experiment(ラヴ・エクスペリメント、以下LEX)が、ニューシングル「Whoʼs Gonna Save the World (feat. J. Hoard)」を2025年9月5日にリリースします。記事の最下部のリンクより楽曲のプリセーブが可能です。
The Love Experimentは、東京を拠点に活動するエクスペリメンタルソウルバンド、WONKとのコラボアルバム『BINARY』をリリースし、日本でのツーマンツアーも成功させた。
メンバーはプロデューサー、ソングライター、ミュージシャンとして、それぞれのキャリアを広げ、ソウル/R&B、ジャズ、ヒップホップシーンで活躍しています。Lauryn Hill、Nas、Anderson .Paak、Solange、Corey Henryなどのビッグネームから、Amber Mark、Poppy Ajudha、Standing on the Cornerなど新進気鋭のアーティストまで、幅広くコラボレーションを重ねてきた。
「 Who's Gonna Save the World」はシカゴ・ヒップホップの帝王の一人、Chance The Rapper(チャンス・ザ・ラッパー)の「No Problem」の作詞によりグラミー賞を受賞、そしてNYのジャムセッション<The Lesson>のホストバンドでヴォーカリストも務める"J.Hoard"をフィーチャーしている。
モータウンソウルとカントリーの詩的なストーリーテリングに触発されたレクシーは、時代を超越しながらも爽やかで新しい独自のスタイルを確立している。 彼女の音楽は、SpotifyのNew Music Fridayで紹介されるなど成功を収め、プリマヴェーラ・サウンド(バルセロナ、マドリード)、フジロック(日本)、メルト・フェスティバル(ドイツ)などの主要フェスティバルに出演し、世界で最も象徴的なステージでダイナミックなヴォーカルを披露している。
2024年、レクシーは告白的なデビューアルバム『Diary of a Disastrous Dating Life』をリリースした。生々しく親近感のある恋愛の不運を綴り、その傷つきやすさと鋭いユーモアが聴衆の共感を呼んだ。 このプロジェクトは、静かな部分を明らかにすることを恐れない大胆不敵なソングライターを紹介し、彼女の正直さと芸術性の両方に惹かれる忠実なファン層を獲得した。
バンコクのシンガーソングライター、Phum Viphurit、台湾のネオソウル・アーティスト9m88がコラボレーションシングル「Sleepless on the plane(失眠航班)」をリリースした。同楽曲は、中国の音楽プラットフォーム”Netease Cloud Music”が主催するコライト・キャンプ・プログラムの一貫として杭州にて製作されました。
テキサスのソウル・デュオ、Black Pumas(ブラック・プーマズ)はセカンド・アルバム『Chronicles Of A Diamond』を発表した。2019年のセルフタイトル・アルバムに続く本作は、ATOから10月27日にリリースされる。
アルバムはバンドのエイドリアン・ケサダがプロデュースし、ショーン・エヴェレットが主にミックスした。リード・シングル「More Than a Love Song」は、ジュリアナとニコラ・キリンが監督したミュージック・ビデオとともに本日公開される。また、アルバムのジャケットとトラックリストは以下を参照のこと。
「"More Than a Love Song "は、スティーヴおじさんから借りたメッセージなんだ。ソングライターであり、介護者でもある彼は、遠くから私が曲を書くのを聴いてくれて、運が良ければ、私のために1つか2つの指針を持っていた。つまり、『人生はラブソング以上のものだ』ってね」
1951年に、「Baby Let Me Hold Your Hand」が最初のヒット作となった。このシングルは翌年にメジャーレーベルのアトランティック・レコードが2500ドルで彼の契約を買収したことで、アーティストにとっては自信をつけるためのまたとない機会となった。ニューヨーク、ニューオーリンズで行われたアトランティックが企画した最初のセッションでは、「It Should Have Been Me」、「Don’t You Know」、「Black Jack」等、感情的なナンバーを披露した。 これらの曲にはアーティストの最初期の文学性の特徴である、皮肉と自己嫌悪が内在していた。
レイ・チャールズの音楽性に革新性がもたらされ、彼の音楽が一般的に認められたのは、1954年のことだ。アトランタのWGSTというラジオ局のスタジオで「I Get A Woman」というマディー・ウォーターズのような曲名のトラックのレコーディングを、ある午後の時間に行った。これが、その後のソウルの世界を一変させた。「たまげたよ」レコーディングに居合わせたウィクスラーは、感嘆を隠そうともしなかった。「正直なところさ、あいつが卵から孵ったような気がしたな。なんかめちゃくちゃすごいことが起ころうとしているのがわかったんだよ」
ウィクスラーの予感は間違っていなかった。「I Get A Woman」は、一夜にしてトップに上り詰めた。古い常識を打ち破り、新しい常識を確立し、世俗のスタイルと教会の神格化されたスタイルを混同させて、土曜の歓楽の夜と日曜の礼拝の朝の境界線を曖昧にさせる魔力を持ち合わせていた。チャールズのソウルの代名詞のゴスペルは言わずもがな、ジャズとブルースに根ざした歌詞は、メインストリームの購買層の興味を惹きつけた。もちろん、R&Bチャートのトップを記録し、エルヴィス・プレスリーもカバーし、1950年代のポピュラー・ミュージックの代表曲と目されるようになった。この時期、アメリカ全体がチャールズの音楽に注目を寄せるようになった。
やがて、多くのミュージシャンと同様に、ロード地獄の時代が到来した。チャールズはその後の4年間の何百日をライブに明け暮れた。中には、ヤバそうなバー、危険なロードハウスでの演奏もあった。ところが、チャールズの音楽は、どのような場所でも歓迎され、受けに受けまくった。その後も、ライブの合間を縫ってレコーディングを継続し、「This Little Girl Of Mine」、「Hallelujah I Love Her So」の両シングルをヒットチャートの首位に送り込んでいった。その中では、レイ・チャールズのキャリアの代表曲の一つである「What'd I Say (PartⅠ)」も生み出されることに。この曲は文字通り、米国全体にソウル旋風を巻き起こすことになった。
この曲は、ゴスペル風の渋い曲調から、エレクトリック・ピアノの軽快なラテン・ブルースを基調にしたソウル、そしてその最後にはアフリカの儀式音楽「グリオ」のコール・アンド・レスポンスの影響を交えた、享楽的なダンスミュージックへと変化していく。 1959年、ピッツバーグのダンスホールで即興で作られた「What'd I Say (PartⅠ)」は、ブラック・ミュージックの最盛期の代表曲としてその後のポピュラー音楽史にその名を刻むことになる。しかし、当時、白人系のラジオ曲では、この曲のオンエアが禁止されていた。それでも、ポップチャート入りを果たし、自身初となるミリオン・セラーを記録した。その六ヶ月後に、チャールズは、アトランティックからABCレコードに移籍した。その後、カタログの所有権に関する契約を結ぶ。当時、29歳。飛ぶ鳥を落とす勢いで、スター・ミュージシャンへの階段を上っていった。
Jessy Ware(ジェシー・ウェア)がニューシングル「Freak Me Now」をリリースしました。Rosin Murphy(ロイシン・マーフィー)とのコラボレーションで、マーキュリー賞にノミネートされたジェシーのアルバム「That!Feels Good!』の収録曲となっている。UKソウルとディスコの象徴的なアーティストの共演です。
「ディスコの女王、ロイシン・マーフィーを『Freak Me Now』に起用できて、とても光栄だわ」ジェシー・ウェアは説明しています。「私とのコラボを考えてくれるかもしれないと思って彼女にメッセージを送ったら、いつの間にか彼女はスタジオに直行して、この曲のためにすべてのヴォーカルを録音し、私たちに送ってくれました。私は彼女の仕事を長年尊敬してきた。そんな彼女が『That!Feels Good!」が参加してくれるのは本当に素晴らしい。将来、ライブで一緒にやるのが待ちきれない! 私と同じように、ファンもこのことに熱狂するでしょう。彼女はとても優美で、寛大で、先駆的で、ロワジン・マーフィーであり、『Freak Me Now』に出演しています」
一方のロイシン・マーフィーはこう付け加えています。「ジェシーは本当に素晴らしく、超才能的なソングライターであり、素晴らしいシンガーです。彼女は本当に美しいけど、とても面白くて、決して深刻に考えすぎない。しばらく前から一緒に仕事をしようと話していたんです。彼女が'Freak Me Now'を送ってくれたとき、私はその曲に惚れ込んで、この曲に私が参加するのが完璧にふさわしいと感じた。ビデオ撮影当日は、ファッション・カオスのようで、とても楽しかった!舞台裏では、高級なジャンブルセールのようでした。自分たちのバカバカしさに笑い、一日中とてもバカだった!彼女が大好きで、彼女と仕事をすることすべてが大好きです」
続く#4「Tell Somebody」は、この最新作の中にあって癒やされる一曲で、最後に収録されているしっとりしたソウル・バラード、#10「Be Your Lady」と合わせて、クラブ的な熱狂の後のクールダウン効果を発揮する。他にも、ドリル、ギャングスタ・ラップをDJのスクラッチの観点から再構築し、エレクトロと劇的に融合させた#6「Shoot Me Down」も個性的な一曲である。その他、ドラムン・ベースの影響を打ち出した#9「Holy Moly」も強烈なインパクトを放つ。