ブルースの歴史
1.ブルースの本質とは何か?
ブルースというのは一見、分かりやすいようでいて、初心者にとっては掴みどころがないように思えるジャンル。
私自身も、このジャンルをはじめて聴いたのは、ブルージャズでした。エラ・フィッツジェラルドの「Basin Street Blues」を聴いて、この「ブルーズ」という響きに魅せられ、それからブルーズとはなんぞやと知りたくなり、東京の至るレコードショップ通いをし、ブルース関連のレコード漁りを始めたのは、十代半ば後半に差し掛かった頃でした。
その過程に、ロバート・ジョンソン、マディー・ウォーターズといったブルースの巨人がいたわけで、これらのファンタスティックな黒人ミュージシャンの音楽を聴いたおかげで、ブラックミュージックの乗りが手にとるようにわかるようなったのは事実。より音楽の楽しみ方も増したように思えます。
"I Got the Chicago Blues" by pbeens is licensed under CC BY-NC-SA 2.0
しかし、このブルースという音楽の本質は何なのか、言葉自体はそれなりに多くの人が知っているにも関わらず、本質についてはジャズよりも言い表しがたい。ジャズというのはバンドの編成の形から連想できようが、ブルースについては必ずしもスタイルで定義づけることが理にかなっているとは思えない。一体、なぜだろう? ブルースを演奏するためには、形、スタイルではなく、他に重要な何かが必要なのだろうか?? それを今一度、考えなおしてみたいところです。
そもそも、ブルースという音楽には、ジャズのようなスマートさも派手さはない。それどころか、ハウリングウルフに代表されるようにきわめて泥臭い不器用な音楽と言える。それにジャズのように目に見えてわかる楽器編成上の特徴も乏しく、それも非常に地味な感じでブルースハープが導入されています。
ブルースといえば、ギター一本と、歌、ブルースハープだけで貫かれるきわめて硬派な音楽である。演奏者も、ロバート・ジョンソン、マディー・ウォーターズ、ライトニング・ホプキンズ、オーティス・ラッシュ、リトル・ウォーターズと、黒人の男性ミュージシャンが目立つ。語弊があるかもしれないが、泥臭く、男らしい音楽がブルースなのです。
ブルースについて、より詳細に言及する前に、その昔には、ゴスペルという黒人の教会音楽が存在したことについても一応触れておきましょう。なぜなら、おおよそ黒人のすべての音楽のルーツは、アフリカの民謡と、もう一つはアメリカの教会音楽ゴスペルに求められるからです。
この魂を震わせるようなソウル音楽の雰囲気には、ジャズ、ブルース、ロック、R&B,ソウル、ファンク、ラップ、すべてブラックミュージックのルーツが見られる。ときに、ローリング・ストーンズのような白人音楽についても同様です。キース・リチャーズもエリック・クラプトンも、黒人音楽の格好良さに純粋に憧れ、白人としてのブルースロックを追求していたのです。
そして、Gospel、これは、別名、スピリチャルズとも呼ばれ、アメリカ南部に多い黒人にとって現在においても精神的な支柱とも言える歴史的音楽。特に、イリノイ州シカゴという土地は、元々、バプティスト、メソジストをはじめとする宗派の黒人のための「ストアフロントチャーチ」が多く見られるが、この教会内で歌われる黒人のための霊歌が一般にゴスペルと呼ばれる音楽です。
このゴスペルのルーツは、今でも完全には解明されておりません。アフリカからアメリカに奴隷としてやってきた敬意を持つ民族としての歴史をみると、アフリカの民族的な霊歌の影響が何らかの形でこのゴスペル音楽の中に取り入れられたという説。もう一つは、主流の教会ではないホーリネス教会で発生した音楽を元に完成したという説もある。そして、少なくとも、ゴスペルというのは意外にも、実は白人の宗教音楽の影響下にある音楽であるというのは事実のようです。
ゴスペルのはじまりは、セイクレッド(聖歌)を発展させるべく、1730年に白人主導の「グレイトアウェイニング」という宗教音楽の改革運動が起こりました。その改革者として知られているのが、”ドクター・ワッツ”というイギリスの宗教音楽家でした。この人物は、音楽の教科書には載っておりません。
しかし、宗教音楽史を概観した上で重要な作曲家です。ドクターワッツは、ドクターワッツヒムという教会音楽を一番最初に発明しました。この音楽、ドクターワッツヒムは、死に対する救済というテーマがあり、短音階を基調とした宗教音楽で、少し暗い雰囲気を持った宗教曲。そこに、アメリカの黒人たちは独特の歌い方、独特の音階を付け加え、あらたな音楽を誕生させた。その後、この音楽を下地にして、黒人教会のゴスペル音楽が作曲されたといいます。
そして、このブルースという音楽は正統的な黒人音楽ゴスペルに対し、カウンターカルチャー的な意味合いとして誕生した音楽です。 現在は、必ずしもそうではないように思えますけれど、二十世紀の黒人は非常に教会に対する信仰が深く、生活と信仰とういうのが直結しており、その線上に音楽文化が存在していました。
そして、教会音楽としてのゴスペルも、その後、大衆音楽との関わりを持つようになり、それからジャズ、ブルースといった大衆のための黒人音楽文化が出来上がっていくようになったのです。
2.デルタブルースの発生 黒人霊歌のゴスペルとの関わり
この黒人霊歌ゴスペルの延長線上に大衆音楽としての労働歌フィールドハラーが存在します。そして、当時アコースティックギターがアメリカ南部でも普及していったことにより、この労働歌を元にブルースがデルタ地域と呼ばれる一帯、ミシシッピやメンフィスという比較的黒人の肉体労働者が多い南部の地域で最初に発生しました。現在のロックにも通じるような8ビートを主体としてリズム、あるいは、ジャズにも近いシャッフル的な4ビートがこの音楽のリズムの基礎となってます。
特に、このアメリカ南部のデルタブルースというのは、何年も寝かせた味の濃いバーボンのような、とにかく渋く、泥臭く、短調を主体とした華やかさとはかけ離れた音楽で、暗い雰囲気を持っています。デルタブルースと呼ばれるジャンルは、ウィリアム・フォークナーの文学に非常に親しい雰囲気を擁している。アーネスト・ヘミングウェイのからりとした質感とは対極に位置するような文学性があり、どことなく暗く、どんよりとして、ヘヴィな雰囲気があるのです。
時に、労働歌の申し子としてのブルースは、初期のラッパーのような暗い雰囲気が滲んでおり、黒人たちの辛い労働の後の一種の気慰みとして、黒人奴隷という社会階級において虐げられる者としての唯一の芸術的な表現方法として発展していき、アメリカ南部、デルタを中心にしてカルチャーとしてアメリカ全土に、二十世紀初頭に、徐々に広がりをみせていった経緯が伺えます。その過程において、商業音楽としても確立されていき、ブルースを取り扱うレコード会社、チェス、メンフィスといった著名なレコード会社が設立されていき、いよいよブルースと言う音楽は、アメリカ国内にとどまらず、海を越えた地域にまで知られていくようになる。勿論、それからこのブルースという黒人音楽は、白人の生み出す音楽にも大きな影響を与え、エルヴィス、バディー・ホリーをはじめとするオリジナルロックンロールの重要な素地となったわけなのです。
しかし、十九世紀当初、アメリカ南部のデルタと呼ばれる地域、ミシシッピやメンフィスを中心に発展していったこのブルースという音楽に対して、一般的な黒人の反応は良いものではありませんでした。どころか、その始まりは極めてカウンターカルチャーとしての音楽であったのです。つまり、一般的なバプティストやメソジストといったカソリック系の教会での篤い信仰を持つ黒人達は、初めこのブルースという音楽を「悪魔の音楽」と見なして嫌悪していたのです。
つまり、デルタブルースの生みの親ともいえる、ロバート・ジョンソン、そして、彼の残した「Crossroad」を始めとする偉大な楽曲群が悪魔の存在とされるのは、どこから影響を受けて生まれ出たものかよくわからず、ましてや、当時としての前衛性を持ち合わせており、さらに、ロバート・ジョンソンがこれまでで最も偉大なブルースギタリストとして敬意を払われているのも一因としてありますけれど、音楽の文化史から見てみると、「ブルース」という音楽そのものが「悪魔の音楽」であると黒人達に一般的に見られていたため、このような奇怪な呼び名をあたえられたとも言えるのです。
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| Robert Johnson |
3.シカゴブルースの発生
さて、このアメリカ南部のミシシッピ、メンフィスで発生したブルースの流れを受けて、そのムーブメントは、やがてアメリカの北寄りの都市部のシカゴでも盛んとなります。
デルタブルースが基本的にほとんどアコースティックギター一本で奏でられる音楽であるのに対して、このシカゴブルースというのは、ジャズ的なキャラクター性を持った都会的に洗練された音楽です。
特に、デルタブルースとの楽器面での大きな相違点は、シカゴを拠点に活動するブルースマンはエレクトリック・ギターを使用し、アクの強いブルースハープを楽曲中に使用するという特徴でした。
しかも、このブルース・ハープの響きというのは、遠くの方で響く鉄道の汽笛を表現しているようにも思えます。都市部で引き継がれたブルースは、エレクトリック・ギターという特徴を持つ面で当時の最先端を行っていました。そして、この「シカゴブルースの父」と呼ばれるのが、マディ・ウィーターズというブルースの伝説的な巨人。彼の代表作「Rollin' Stone」という楽曲に因んで、かのローリングストーンズというバンド名がつけられたのは、かなり有名なはなしです。
ウォーターズは、ブルースマンとして音楽の最初のスターミュージシャンというように言えます。また、最も女に持てたというエピソードもあり、豪傑のイメージを持つクールなブルースマンです。
すべてを笑い飛ばすかのような肺活量の多さからくる豪快な歌い方、ブルースハープの独特な泣きのニュアンス、そして、ウェス・モンゴメリー、カーティス・メイフィールドにも比する初期のプリミティヴなエレクトリック・ギターのカッティングから醸し出されるウォーターズ特有の渋み。彼の音楽性というのは、未だ古びていないどころか新しさすら感じられるようです。それは試しに、最近、リリースされた「Muddy Waters:Montreux Years(Live)」2021を聴いていただければよくわかってもらえると思います。デルタブルースのロバート・ジョンソンとは異なる性質にしても、ギタープレイに大きな革新をもたらした偉大なミュージシャンの一人です。
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しかし、今でこそ、マディ・ウォーターズのレコードの累計売上というのは巨額であろうと思われますが、現役時代、特に、チェス・レコード在籍時代、彼のレコードは意外にも売れてはいなかったらしい。
ローリング・ストーンズとしてデビューして間もないキース・リチャーズが渡米し、たまたまチェス・レコードを訪れた際、なぜか、マディー・ウォーターズはチェスの会社の外壁のペンキ塗りをしていた。その様子を見たリチャーズは、「チェス・レコードは売上の上がらないミュージシャンを自社で下働きさせるのか!!」と、そんなふうに驚愕したのだという。
そういったユニークなエピソードは棚上げするとしても、マディー・ウォーターズのもたらした黒人音楽の革新性は驚くべきものでした。
ブルースという音楽性を、アコースティックという領域からエレクトリックへの橋渡しを行い、よりR&Bやロックンロールに近くしたという音楽に大きな革命をもたらした。それは、音楽性の面でもエレックトリックギターの演奏の基礎は今でもこのマディー・ウォーターズの旧盤を聴くことにより、市販の教則本よりも遥かに大きな教訓が学べ、基本中の基本の演奏が彼の作品では味わえるはずです。
もちろん、改めて、サンプリングネタを探しているDJはこのあたりの作品を再確認してみると、良いトラック制作が行えるかもしれません。
シカゴブルースの有名なアーティストとしては、他にもオーティス・ラッシュをはじめ、イギリスの多くの伝説的なギタリストが多くひしめています。それに加えて、ハウリング・ウルフをはじめとするブルースハープの名手も数多く見られる。ニューヨークとフィラデルフィアの中間点にあるシカゴ、もちろん、ウォルト・ディズニー生誕の地でもあるこの土地の音楽は、今も昔もロマンチズム、アメリカンドリームの塊のようなものです。
そして、デルタブルースに比べて都会的な響きを持つこの「シカゴブルース」という音楽は、文化的にもシカゴの都市の伝統ともいえる。
エレクトリックギターを音楽の中に最初に導入したという功績がどのようにみなされているのか、それは現在でも引き継がれている、シカゴ・ブルース・フェスティヴァルというお祭りが開催されていることからも伺えます。
そして、シカゴは、アニメーションの元祖というだけにとどまらず、ロックとしての元祖としても見ることが出来るかもしれません。つまり、近代文化史で最も重要な歴史を持つ都市。後には、ハウス音楽、そして、ポストロックを誕生させたシカゴの近代音楽の伝統の源流は、言うまでもなく、他でもないこのシカゴブルースに求められるのです。
今、思い返してみると、このきらびやかなシカゴブルースをかなり若い時代に聴き込んでいたという印象があります。それは別に意識してシカゴの音楽を聴いていたというより、このチェス・レコードの歴代のブルースアルバムジャケットのオシャレさに目を惹かれたという一点。それから、なんといっても、私がシカゴブルースに夢中になり、挙句には、ブルースハープを購入し、実際に演奏する羽目になったのは、色気のある「ブルースの巨人たち」のエレクリックギターの紡ぎ出すゴスペル発祥の渋みのあるフレーズ、独特な唸るようなブルースハープのド迫力、これらの音楽な要素には、ウォルト・ディズニーの思い描いた漠然とした「夢」が込められているような気がしたからだったのです。
明け透けに言えば、漠然とした束の間の大きな夢を見させてくれる音楽、これが最も素晴らしい藝術であり、他方、エンターテインメントの欠かさざる要素です。そもそも、夢が見えづらい音楽、これが欠けているものは、エンターテインメントとしては失格といえます。聞き手に、それまで及びもつかなかった漠然とした大きな「夢」という概念を、心の内に育ませてくれるものが込められているのか。これは現代社会のエンターテインメントにおいて、その本質が軽視されがちな要素でもあります。
しかし、すぐれたエンターテインメントは、多くの人々に、失望を与えるものでなく、常に、希望を与えるものでなくてはなりません。それは、近代の社会階級上で、苦渋を味わされてきた黒人の音楽というのが、常に一時代を通して多くの人々に世界に対して訴えかけてきた概念でもあるからなのです。
その夢というものは海を越え、イギリスの音楽愛好家の心にも人種を飛び越えて響くものがあったから、普遍的な文化としての価値があった。そして、ブルースのソウル=黒人たちの霊魂はそれから時代をひとっ飛び、アレサ・フランクリン、マイケル・ジャクソンといったスターミュージシャンにも引き継がれていくことになりました。これらのミュージシャンもまた黒人としての夢を前の時代から引き継いで、現役の間、ずっと多くの人々に大きな夢を与えつづけていたのです。
そして、もちろん、過去の音楽でも、未来の音楽でも、「夢を与える」ということをわすれてはいけないように思えます。これは、とてもシンプルで軽薄のようにも聞こえる言葉ではあるものの、実は、夢をひとつの目に見える形として作る。これが、作り手にとっても聞き手にとっても、アートという表現形式においての欠かさざるモチーフです。一般的に、夢を見づらくなってしまったと言われる現代社会の人々たち。でも、夢をみることは、いつだって可能です。本来、人間の思い描く夢、イマジネーションは現実の出来事よりも遥かに偉大なのですから。
その夢により、これまで人間は不可能を可能にしてきました。どのような時代、いかなる厳しい状況環境においても、何歳になろうとも、夢を見ること自体は全然不可能ではありません。それを不可能にしているのは、これまでに我々の内に形作られた「既成概念」でしかないのです。これまでの既成概念を振り払い、夢に向かって邁進していく重要性。この世には、現実よりはるかに重要な「ロマン」という素晴らしい概念が存在すること。この二つの大切な教訓を、歴代のブルースマンの人生、そして、音楽は、今でも実際の見本となって授けてくれているのです。
その点、このシカゴブルースは、善き師、善き友となりえ、エンターテインメント性においても「百点満点!!」というしかありません。
これほど未来への夢がたっぷり溢れていて、生きるということの奥行きを見させてくれる音楽は、歴史上を見ても稀有です。1960年代にはじまったシカゴブルースは、言ってみれば、スミソニアン博物館を見てまわるような知的好奇心もある一方で、音自体もダイヤモンドのような眩い輝きを放ちつづけています。もちろん、ブルースという概念を掴むのには最適な名品ばかりです。
シカゴブルースの決定盤
1. Muddy Waters
「The Best Of Muddy Waters」
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これを聴かずしてはブルースは何も始まらない。言わずとしれた「シカゴブルースの父」と称されるマディー・ウォーターズのベスト盤。
とにかく、マディー・ウォーターズの音楽、ブルースというのは、いつまでも古びないのが驚きである。彼の音楽性は、古い時代にも順応していて、現代の音楽としても通用するように思える。つまり、時代を越えた素晴らしいブルース。
もちろん、それは、デルタのロバート・ジョンソンに比べると、シカゴの都会的な音の気風が演奏スタイルや音の中に滲んでいるから。マディ・ウォーターズの歌う詞は、常に都会的な欲望に満ちあふれ、男としての欲望を剥き出しにした痛快さがある。このいかにも男らしいワイルドさは、マディ・ウォーターズにしか醸し出し得ないもので、それがこのブルースマンに野獣的な魅力を与えている。
もちろん、器楽的な革新性を与えたという功績については、今や説明するまでのことではないかもしれない。それまでアコースティックギターが主流であったデルタブルースに、最初にエレクトリックギターを持ち込んだという革新性にとどまらず、エレクトリックギターの本来のプリミティヴな演奏の魅力が、ギターの本来の音の醍醐味が、このベスト盤において心ゆくまで堪能出来る。
マディ・ウォーターズの生み出すリフとカッティング、そして、歌の合間に込められる熱烈なチョーキングとミュート。
曲中で見せるギタープレイの絶妙なバランスは、時代に先駆けて、ロックンロールの見本を後世のミュージシャンたちに示してみせている。「見てなさい、ギターというのはこうやって弾くんだよ」というのを、大きな背中を無言で示していくれるのがマディー・ウォーターズなのだ。
アンプリフターからの直結であるのに、これほど生々しく説得力のある演奏フレーズを生み出せるのは、マディー・ウォーターズしかいないだろう。そして、ウォーターズの歌は、常に嘯くようにギターのリフの上に、さらりと、そつなく、乗せられる。だから、音楽的には熱狂的ではあるのに、暑苦しさはそれほど感じさず、絶妙な具合に空間に馴染んでいく。そして、音楽自体は、それほど押し付けがましくなく、後は、めいめい勝手に聴いてくれといった具合なのである。
もちろん、この作品でのブルースとしての基本的なリズム性は、ロバート・ジョンソンよりも遥かに分かりやすい形で示されている。シャッフル、ブギウギという4ビートを体感するのに最適な音楽性である。そこに、さらにマディーの豪快な歌唱、巨体から生み出されるソウルフルなヴォーカルというのも現代の感性からみても上品な艶気がある。
ウォーターズの一番の名曲としては、#5「Rollin’ Stone」が名高い。この曲はブルース、ロックの最良の楽曲というように言われる。この音楽がどれほど、ローリング・ストーンズのキース・リチャーズをはじめとする後世のロックミュージシャンの演奏の見本となったのかは想像に難くない。ブギーというギターの演奏の格好良さがここには集約されている見事なトラックだ。
そして、この曲と共に聴き逃がせないのが、もうひとつのマディの名曲#6「I'm Ready」である。この楽曲は、男としての欲望が明け透けに歌われているのも魅力。ブルースハープの列車の汽笛のようなド迫力の響きが鮮烈な音として刻印されている。都会的なジャズ寄りのブルースといえ、ワイルドで、永遠の輝きを持った名品である。マディの豪快な歌いぶりも圧巻で、このブルースマンがなぜ当時、女性から持てまくったのか、その理由がこの楽曲には込められている。男としての色気、艶気、覇気とは何か、その回答がこれらの珠玉の名曲には明示されている。
2.Howlin’ Wolf
「Moanin’ In The Moonlight」
マディー・ウォーターズに引けを取らないボーカリストとしての魅力を持っているのがハウリンウルフ。その風貌もブルースマンらしく、渋みがあって格好良い。特に、この「Moanin’ In The Moonlight」を若い頃に聴いた時には、かなり泥臭さのあるデルタブルースよりの音楽性と思えていた。
しかし、今、改めて聴きなおしてみると、ジャズ寄りのアプローチも含まれており、おしゃれな音楽に併せて踊れるようなダンサンブルで痛快なブルースだ。
そして、やはり、ハウリン・ウルフは、いかにも都会的なシカゴのブルースマンという気がする。二十世紀初頭に流行したディキシーランド・ジャズのような、他の他地域のブラックミュージックのリズムの影響も感じられるように思える。仮に、マディーが白人の憧れとするなら、ハウリン・ウルフはいかにも黒人の憧れるミュージシャンといえるかもしれない。特に、ハウリンのボーカルというのは、ただならぬソウルが込められているように思える。つまり、マディがロックの祖であるとするなら、ハウリンは、ソウルやR&Bの祖であるといえるかもしれない。
ハウリンの歌唱法は独特であり、ただ、単に、歌うというより、腹の底から全身の力を振り絞って骨格を振動させて歌っているように聞こえるのが、ハウリン・ウルフの歌の魅力。そして、ちょっとその声の雰囲気にはおかしみとか、滑稽味があるあたりも親しみやすい人柄がにじみ出ている。
彼の楽曲には、黒人霊歌としてのゴスペルを大衆的にわかりやすく解釈しなおしたという感じがある。このアルバムには、明らかに、黒人としての誇り、スピリットが宿っている。それは表題曲「Moanin’ In The Moonlight」を聴いていただければ理解してもらえるかと思う。
もちろん、ハウリン・ウルフのブルースギタリストとしての腕前もお見事というよりほかない。ジャズ寄りのシャッフルのリズムを巧みに取り入れているため、踊りやすい、聴いて楽しむためにあるような痛快でシンプルなブルース。一聴してみると、マディー・ウォーターズほどには熱狂的なギタープレイではないように思えるが、必ずしもそうとは限らない。クールなギタリストとしてさらりと弾きこなしていると思うと、急に演奏がのってくると熱烈なプレイになり手がつけられなくなり、ギタープレイにも神がかってくる。この別人のような豹変ぶりはなんと例えればよいか、いかにも生粋のエンターテイナーらしいハウリンの人物性が垣間見えるようだ。
この言わずとしれた「Moanin’ In The Moonlight」1958は、ピアノ、エレクトリッックギター、ブルースハープの演奏自体は、ジャズ寄りの雰囲気も滲んでいるが、ブルースの4ビートの基本形を抑えておくには、最適な入門作品といえる。ここでは、ゴスペル直系の魂の黒人のブルースの渋い質感が心ゆくまで味わえる。
もちろん、アルバムアートワークも素晴らしい。
「ワオーン!!」とオオカミが月に向かって吠えているイラストは、なんともいえない味が出ている。
このアルバムの音の素晴らしさについて、これ以上説明するのは野暮である。ただ単にカッコいいからそれで十分ではないか。1950年代の録音における音の荒削りさも、改めて聴くと、月に向かって「ワオーン!!」と叫びたくなるほどの格好良さ。コレがなんとも良い味出ているのだ。
3. Little Water
「Hate To See You Go」
リトル・ウォーターというブルースマンは、ブルースハープの名人である。実際の技法としてトリルの生み出し方がジャズマンの演奏に近い雰囲気があるように思える。
マディ、そしてハウリン、上記の二人がギタリストの最初のスターであるとするなら、リトル・ウォーターはブルースハープ奏者の最初のスターである。
この唸り、猛り、踊り狂うかのようなブルースハープの独特な吹き方は、他には見られないリトル・ウォーター特有の演奏法である。リトル・ウォーターの名に似合わず、怒涛の水の流れのような凄まじい迫力を持っている。どちらかといえば、トランペットやサックスフォンに近い質感を持つ。非常に稀有なタイプの超一流ブルースハープ奏者である。
「Hate To See You Go」この作品は今までそれほどブルースの名盤として取り上げられてこなかったように思えるが、すごい作品だ。
ズシンとくるような重い太い癖になるブギー風のクールなリズム。リトル・ウォーターのボーカルには悪漢的な雰囲気が滲んでおり、渋くて格好良い。リトル・ウォーターの人物としての渋さというのは、中々醸し出せるものではない。どのような人生を送ったら出てくるのか、是非その秘訣を知りたいくらい。
もちろん、ウォーターズのソングライターとしての技術もまた超一級品である。それに加えて、ブルースハープのうねりというのも、バンドサウンドに絶妙に融合し、グルーブ感を生み出している。
このリトルウォーターの魅力というのは、歌声にせよ、ブルースハープにせよ、なんと言っても、そのいぶし銀的な雰囲気に集約されているのではないだろうか。肩で風を切って歩くように、いかにも透かしているような都会人らしいキザったらしさ。しかし、これこそシカゴのブルースマンにはなくてはならない気質とも呼べるのではないだろうか。もちろん、実際のブルースがあまりに渋くカッコいいので、そのキザったらしさが全然嫌味でないどころか、むしろ絵にさえなっているのである。今作は、淀みないグルーブ感を押し出したブルースの珠玉の名曲ばかり。
4.Bo Diddley
「Have Guitar,Will Travel」
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ボ・ディドリーは、チャック・ベリー、リトル・リチャーズと共に「ロックンロールの元祖」としても有名なミュージシャンである。
ブルースマンとしてのキャリアの中では特に共同制作での名盤が数多く、マディー・ウォーターズとチャック・ベリーとの共作もリリースしている。
これらの作品では、ギター・プレイ、そして、ボーカルという面でブルースマン、そしてロックンロールスターとしての音楽での遠慮無用の本気のガチのバトルが繰り広げられているのに注目である。
これまでの音楽誌やフリーペーパなどの決定盤としては、ボ・ディドリーのデビュー作「Bo Didlley」1958がよく取り上げられてきたように思える。もちろん、これは一般的なシカゴブルースとしての名盤に数えられるだけではなく、ロックンロール音楽としての名盤としても語り継がれるべき名作のひとつだろう。この作品では驚くべきことに、ボ・ディドリーは既に60年代に流行するロックンロールの原型のようなサウンドを、デビュー作で見事に完成させてみせている!!
しかし、ここで取り扱うシカゴブルースとしての名盤は、旧来の名盤「Bo Diddley」ではなく、「Have Guitar,Will Travel」を挙げておきたい。
なぜなら、この作品は、ボ・ディドリーが1960年代において、ロックンロールの先にある未来の音楽を探し求めているからなのだ。
この作品では、特にマイケル・ジャクソンの音楽性、特に歌唱法に影響を及ぼしたと思われる先鋭的なブルース性が追求されていて、R&Bやファンクの原型も見えなくはない。この作品を聴いて驚愕するのは、既に1958年のデビュー時にロックンロールの雛形を見事に作りあげてみせた怪物ボ・ディドリーにとって、鮮烈的な印象を与えたデビュー作は、たんなる序章に過ぎなかったことが伺える。
この「Have Guitar,Will Travel」は、ブルースとしてのリズムの基本形を守りつつ、ブルースの先にある未来の音楽の前衛性を模索した実験的なアルバムと言う意味で、大きな夢を感じる作品である。ボーカリストとしての遊び心満載であるのにとどまらず、ギタープレイにおいても、ジミ・ヘンドリックスのような荒削りな破天荒さが見受けられる辺りにも着目しておきたい
ここには、ごきげんな本来のダンスのためのロックンロールの魅力が詰まっているだけでなく、フォーク・ロックの先駆的な原型が示されている。現代的な聞き方をしても、いまだ何か新しいという印象を受ける非常に新鮮味のあるブルースの傑作である。ボ・ディドリーというロックンロールの生みの親がその天才性を遺憾なく発揮した名作として語り継がれるべきである。
5.Otis Rush
「1956−1958 Cobra Recordings」
マディ・ウォーターズを原始的なブルースギタリストと定義づけると、このオーティス・ラッシュは非常に後の世代のエリック・クラプトンにも比するロックスターとしての雰囲気を持った色気のあるギタリストだ。
事実、エリック・クラプトンは、ライトニン・ホプキンズもそうだが、このオーティス・ラッシュから大きなエレクトリックギターの伝統性を引き継いでいるように思える。いわゆるロックンロールらしいこぶしの効いたギターの奏法を見せるミュージシャンで、60年代から70年代のロックンロール音楽に重要なインスピレーションを与えたギタリストなのである。
このコブラレコーディングスの音源で味わえるのは、実にごまかしの聴かないエレクトリックギターの本質的な魅力。その原始的なレコーディンであるがゆえ、むしろギタリストとしての天才性が遺憾なく高められているように思える。現代的な音楽としては少し古臭く思えるようなブルースではあるが、そのオールド感がむしろ熟成されたバーボンのような芳醇な香りを放っている。
オーティス・ラッシュのアルバート・キングにも比する渋いスクイーズギターは、ほとんど驚愕に値する。このコブラレコーディングの録音の一発録りに近い演奏というのは感涙ものといえる。ブルースハープに呼応するように紡がれるギター・プレイのド迫力、まるでその一部として繰り出されるソウルフルなボーカルの熱さ、これは、おそらくオーティス・ラッシュが、ギターをただの楽器とは捉えず、泣きというものを生み出す装置と心得ているから、このようなダイナミックな演奏を生み出し得るのだろう。そういった意味ではギタリストとしての最高の見本である
楽曲としては、アルバート・キングとマディー・ウォーターズの中間点を行く。オーティス・ラシュのブルースを聞き飽きたリスナーにとってはスタンダードすぎて面白みに欠けるようにおもえるかもしれない。しかし、この作品はシカゴブルースの王道を行っており、この録音で感じられるシカゴブルースの当時のムンとした熱気、そして録音の瞬間の迫力というのはこれ以上はないというくらい間近に感じられる。それは時代を越えた普遍的な生録音の醍醐味でもある。
この名盤で聴くことの出来るリアルで硬派なブルースが、オーティス・ラッシュの最大の持ち味である。ここにはいくらかぶっきらぼうな印象のある「男による、男のための」ブルースを堪能することが出来る。
そして、このアルバムに感じられるブルース音楽の奇跡は、現代的なサウンド加工のようなデジタル処理がなされていない原始的なレコーディングだからこそ生みだしえたものである。原始的で、直情的で、不器用なブルースギター。
しかし、コレ以上のブルースギターの見本は他を探しても見当たらないのも事実。オーティス・ラッシュのギタープレイには、ときに背筋がぞくりとするような妙な艶気がある。本作はラッシュの神がかり的なブルースギターの迫力が体感できる名盤である。
6.Buddy Guy
「Left My Blues in San Francisco」
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バディ・ガイも、またシカゴブルースの中では、マディ・ウォーターズとハウリン・ウルフ、オーティス・ラッシュに並んで伝説的ギタリストに数えられるはずだ。コロナ禍中もレコーディングに勤しんでいたという未だ85歳バリバリ現役のシカゴブルースの伝説的なアーティストである。
バディ・ガイのアプローチは幅広く、ブルースからR&B、ファンクへとそのキャリアにおいて多種多様なアプローチを図ってきたカメレオンのような色彩を持つミュージシャンである。他のシカゴブルースのブルースマンに比べると、泥臭さはなく、R&B,ファンク寄りのアーティストで、カーティス・メイフィールドやジェイムス・ブラウンに近いギタリストに位置づけられる。
そして、このシカゴブルースの名盤として名高い「Left My Blues in San Francisco」は、ブルースとして聴くと拍子抜けしてしまうくらい、R&Bに近い質感を持ったファンキーな作品である。
実際の音楽性についても、デルタブルースに比べると、ジョン・リー・フッカーやアルバート・キングのような泥臭い感じはなく、非常に爽快感のあるファンク寄りのリズムが展開されている。しかも、バディ・ガイの歌声というのもゴスペルのような短調の暗さはなく、ジェームス・ブラウンの初期を彷彿とさせるようなコアなR&B、ブレイクビーツへの傾倒が伺えるようである。
特に「Too many way」はブルースでなく、明らかにR&Bと突っ込んでも良い楽曲である。しかし、中には「I Suffer With The Blues」といった少し皮肉じみたコアなブルース曲もちゃんと収録されている。
いかにもブルースらしいブルース作品ではない亜流のブルースといえるものの、十代の頃にブルースの名盤として初めて聴いてから、不思議と心惹かれ続ける奇異な作品だ。いわばこの多彩さがバディ・ガイというブルースマンの魅力かもしれない。この作品はブラックミュージックに置いてJBとともに、クロスオーバーの先がけといえ、ブルース史の中でも重要なアルバムである。
追記
さて、今回は、シカゴブルースの名盤を今回は幾つか取り上げてみました。この他にも魅力的なブルースマンが多いシカゴという土地。あくまで、この選出は個人的な趣味が込められていることをご承知下さい。
これまで私自身が若い頃から読みふけってきた音楽誌やフリーペーパーなどの歴代の名盤特集を加味した上で、入門的な決定盤として選び直してみました。
そして、ここであらためて、現代の音楽として聴いても、ブルースって「しぶくてカッコいい!!」。そんふうにいわしめるに足るような名盤を選出するように心がけました。現代としてのブルースの名盤はどんなものだろうと、現代の流行の音楽と比べつつ、それとほとんど遜色のないクールな作品を選出してみました。この決定盤を参考に、ブルースという音楽に一般的な人々にも何らかの興味を持ってもらうためのヒントとなれば、筆者としてこの上ない喜びであります。
参考文献
MUSICMAGAZINE増刊 新板R&B.ソウルの世界 鈴木啓志著 これ一冊で50-90年代「黒人ポップ音楽」の全貌がわかる!
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ブルースの名盤 「ミシシッピ デルタブルース編」
