特集 ベッドルームポップ 今、どのアーティストを聴くべきか??

2020年代の音楽シーンを席巻するベッドルームポップの本質    -現代の音楽シーンの主流となるスタイル、ベッドルームポップ-

 

既に幾つかの記事で言及してきたこの”ベッドルームポップ”ではあるが、まだまだその本質というのは掴みがたいように思える。
 
 
筆者も、このベッドルームについては、その特徴について00年代に生まれたミュージシャンの演奏する宅録のポップス・ロックというように定義することができるはずだが、メタルやラップのように、コレというようにその音楽の適用を示すことが現在のところそれほど簡単なことではないように思える。
 

それもそのはずで、以前の音楽シーンというのは、どこかの地域一点集中で発生するものだったのだ。

 

しかし、少なくとも、2000年前後くらいまでは、これらの音楽上の潮流というのは、ある国のある地域に集中した音楽ムーブメントであったので、それほど定義づけが困難でなかったように思える。

 

一つの地域に焦点を絞り、音楽の特質を語り、その音楽に対して音楽メディアや聴衆がどのような反応を示しているのか、あるいは、それが世界的にどのような規模で広がっていったのかを明示しさえすれば、それで充分事足りたのである。

 

しかも、超一流のミュージシャンに関しては、アメリカ、イギリスの著名なヒットチャートをチェックしておけば、現在のシーンの流れが何となく頭に入って来たのだった。ところが、2010年辺りから、その大衆音楽上の方程式のようなものが崩れてきた。 

 

それはもちろん、これまで何度も述べてきたことだけれども、音楽産業がサブスクリプション配信主流の時代に移行したというのがかなり重要である。つまり、WEB上でミュージシャンが自作品を容易に発表出来るようになったため、レコード産業というコネクションを通さずとも、音楽自体の質が高ければ、なおかつマーケティングの方向性を間違えなければ、幅広いリスナーのシェアを獲得出来るようになったのである。

 

ミュージシャンのレコーディングについても同様であり、これまでは相当な資金を投資し、マスタリング・エンジニアを雇い、自作品の録音作業をレコーディングスタジオで早くても一日、ながければ何週間もかけて行わなければならなかったのが、2000年代から、ラップトップ上で、レコーディング専用ソフトウェア、ProTools、Logic studio、Abletonといった録音のためのツールの導入が以前よりも容易になったため、宅録作業を行うミュージシャンが徐々に増えて来たように思える。

 

もちろん、98年に起こったデジタルイノベーション「Windows98」の時代からアップル製品の全盛期に掛けて、一般家庭にもパソコンが普及し、デジタルデバイスが世界的に広がっていったというのが音楽シーンにも大きな影響を及ぼし、2000年前後に生まれたミュージシャンにとって音楽制作上での順風となった。これらの2000年前後に生まれた音楽家達は、幼い頃からデジタルデバイス機器の使用に慣れており、実際に音楽制作で、プロのレコーディング・エンジニア顔負けのトラック制作を行う。もちろん、これら00年代のミュージシャン達のWEB上での作品の商業的なマーケティング手法というのは、非常に効率的であり、計画よりも行動に重きが置かれるため、前時代の営業を専門とするマーケターより勝っている部分さえあるかもしれない。

 

つまり、デジタル機器に強い世代は、一時代前ならば複数人、それも数十人以上の人員を要して完全な作品としてパッケージしていた音楽作品を、一人、二人、少なくとも、十人以下の少数精鋭によって見事に完結させてしまう。これは本当に驚くべきミュージックイノベーション!!

 

もちろん、この作品の流通の際に、企画段階での煩わしい会議を通す必要はない。そして、実際の音源を完成させた後の作品の一般的な流通という面でも、近年では大きな発展を遂げている様子が伺える。以前なら、レコード会社のマーケティング部門を通して行っていた事を省略出来る。

 

これらのアーティストは、メジャーレコードの契約とは一定の距離を置き、自主レーベル、インディーレーベルに在籍し、作品のリリースを行うという特徴がある。ツアースケジュールについても、メジャーレーベルのような過密日程を避けるようになっている。今日の音楽制作あるいは活動というのは、日常ブログを綴るような雰囲気で、自由に音楽制作に没頭し、ライブを気ままに行うといったスタイルがこれらのミュージシャンから支持されているように思える。もちろん、音楽を発表する方法、世界中の人達に聞いて、世に問う方法は星の数ほど用意されており、例えば、ラップトップ、オーディオインターフェイス、DTMソフト、オーディオマイク、または、ギターなどの楽器さえあれば、一人、二人だけで音楽を完成させることが可能となっている。

 

そして、Bandcamp,Soundcloud,Apple Music、SpotifyといったWEBサイトを介して、世界中の音楽ファンにフレッシュな音楽を届けられる様になってきている。

 

今や、一から百までDIYとして行うスタイル、1980年代にはアメリカのインディーレーベルで行われていた亜流と考えられていたスタイルが主流へ変わっている。つまり、DIY(Do It Yourself)は、2010年から2020年代のミュージシャンの重要なテーマなのかもしれない。

 


・ベッドルームポップシーンの台頭

 

このベッドルームポップと言うジャンルが、どの辺りの年代に出来たものであるのかは曖昧模糊としている。
 
 
既に二、三年から、こういったアーティストが出てきて、チラホラと耳にするようになって来た。このジャンルの一般的な始まりは、クレイロというアーティストの音楽性が始祖である。だから、始まりとしては、2010年代後半、比較的近年に台頭しはじめた音楽ジャンルと言っても差し支えないかもしれない。
 

そして、ベッドルームポップは2000年代生まれの若い世代を中心としたジャンルで、「Bedroom Pop=ベッドルームで録音するポップ」という意味合いで名付けられたようである。

 

以前から使い慣れた言葉でいうなら、「宅録=ホームレコーディング」を、新たなネーミングによってクールに彩ってみせたという印象。ただ、以前なら、宅録といえば、電子音楽かクラブミュージックが演奏ジャンルの中心であったのに、近年のアーティストはそれほど音楽ジャンルにこだわりを持たず、柔軟に幅広い音楽性を取り入れたスタイルを展開している。

 

この辺りは、サブスクリプション世代らしいと言うべきだろうか、柔軟に多種多様の新旧の音楽を吸収している証拠。そして、これまでにはあったようでなかったベッドルームポップというスタイルがこの数年で新しく生み出された。すなわち、一般的なポピュラー・ミュージックを宅録で制作を行うという点に、これまでの音楽とは明らかな相違が見いだされる。


この音楽の特徴を述べるとするなら、少人数で奏でられる電子音楽、あるいは、インディーズ音楽然としたおしゃれで、ラフさのあるポップス・ロックと定義づけられる。

 

そして、また、このベッドルームポップというジャンルは、一部の地域で発生した音楽ではなく、そして、ガールズ・イン ・レッド、クレイロ、スネイル・メイル、メン・アイ・トラストと、有名なインディーアーティストが台頭していく内、いつの間にか、”ベッドルームポップ”というネーミングが音楽メディアにも浸透していくようになった。  

 

 

 

Men I Trust @ El Rey 04/11/2019

 

 

これらのアーティストの音楽的な概念としては、”クイア精神”、近年のジェンダーレスの概念に追従するアーティストが多く、音楽的な特徴とはまた別に、こういった考えの側面が取り沙汰される場合もある。

 

もちろん、すべてのアーティストがジェンダーレスの概念を掲げて活動しているわけではない。アーティストとして掲げるイメージはそれぞれのミュージシャン毎に異なるのが、いかにも現代の若いアーティストらしい多様性といえる。そして、前項で述べたように、このベッドルームポップというジャンルは、アメリカを中心に、カナダ、ノルウェー、ドイツ、といった地域に分布が見られることから、ある地域を発祥とする音楽ムーブメントではなくて、世界的な音楽シーンの潮流ということが出来るはずだ。

 

そして、もうひとつ興味深い特徴は、このベッドルーム・ポップシーンのアーティストには圧倒的に女性アーティストが多く見られる点だろうか。このベッドルームポップという音楽ジャンルは、女性主導のミュージックシーンの変革というようにも呼べなくもない。

 

以前は、Silver Apples,Suicide、といったニューヨークシーンの偉大な宅録ミュージシャンがいた。しかし、それらのアーティストは、どちらかといえば、いかにもアングラで地味な印象のあるミュージシャンであった。それが今日において、宅録というのは既にトレンドの一つであり、おしゃれで粋なイメージに変わっている。これは、かつてのオルタナティヴミュージックの台頭にも似た潮流のようなものを感じさせる。

 

  

 

ベッドルームポップの注目アーティスト、名盤

 

 1.Clairo

 

クレイロは、次のビリー・アイリッシュのような大ブレイクを果たすスターミュージシャンになるであろうと期待されている。誇張抜きに最注目のアーティストである。今や押しも押されぬ知名度を持ち、インディーズのミュージシャンと呼ぶのはいくらか礼に失するかもしれない。
 
 
クレイロは、ジョージア州アトランタ出身のミュージシャン。これまでウェブ上のストリーミングの膨大な再生数を見ても、世界的に強い人気を誇るアーティストである。「ベッドルームポップ」というシーンの牽引者の一人であり、2020年代の音楽を象徴するようなミュージシャン。
 
 
2020年に、フジロックへの来日公演が予定されていたが、ご存知のとおりコロナウイルス禍でイベントが中止となり、延期が決定したものの、結局、残念ながら幻の公演となってしまった。
 

2017年のシングル「2 Hold U」で自主レーベル「Clairo」からデビューを果たす。これまで全ての作品をこの自主レーベルからリリースし、ウェブ上で作品の流通を行って来たアーティストである。特筆すべきは、このデビューシングル「2 Hold U」はクレイロ自身の手によりYoutubeにアップロードされ、結果的に3500万再生という凄まじい記録を打ち立ててみせた。四年という短いキャリアではありながら、順調にファンを獲得し続けているのはひとえに、クレイロの作品自体の価値の高さによるものである。
 
 
この二、三年は、スタジオ・アルバム「Pretty Girl」での成功により、オーバーライセンスとしてレコード会社の傘下でのリリースを行うスタイルに転じているが、基本ライセンスは、変わらず自主レーベル”Clairo”に属している。一貫して「DIY」のスタイルを継続している辺りは、金と魂を音楽に売り渡さない気骨あるインディーの王道を行く本格派のアーティストといえるかもしれない。
 

もちろん、音楽性としてはインディーロック、ローファイに属するが、全然聞きにくくはないごく普通のポップミュージックとして楽しめる。クレイロの音楽の安心感が何に求められるのかといえば、ごく単純に、彼女の音楽的なバックグラウンドが1980年代の最も音楽産業が華やいだ時代のポップスにあるからだ。もちろん、若い音楽ファンの心を鷲掴みにするのみならず、古くからの耳の肥えたポップス・ロックファンの琴線にも触れうる何かがあるはず。
 
 
ファースト・アルバム「Immunity」2019もインディー・ロックの名盤として名高いが、特に、クレイロ最新アルバム「Sling」2021は、清涼感のある素晴らしいポップス作品に仕上がっている。
 
 

「Sling」2021

 

 
 
 
 
クレイロは、1980年代のポップスからの影響を公言しているが、そのポップスの旨みが凝縮された作品と呼べるだろう。
 
 
ここでは、古い時代のポップス、ギルバート・オサリバンのような親しみやすく明るい音楽が素直に明示される。このクレイロが持つ抜群のポップセンス呼ぶべきものは、どれほど大金を投じて、レコーディング機器、あるいは高価な楽器を手元に置こうとも再現しえないもの。
 
 
つまり、これはクレイロという天才的なアーティストしか生み出し得ない2020年代のポピュラー音楽である。以前のスターミュージシャンのような圧倒されるような大きなオーラを持つわけではない。
 
 
しかし、クレイロの音楽には、表向きの見掛け倒しがないからこそ、等身大の純粋な輝きが込められている。それは、この作品「Sling」に収められた細やかな質感に彩られた切ない雰囲気を持つ良質なポップソングを聴いてもらえれば十分理解していただけるはず。
 
 
「ベッドルームポップという音楽ジャンルを知るためにまず何を聴くべきか?」と問われた場合、このクレイロを差し置いて他は考えられないように思える。もちろん、最近のポップスファンだけではなく往年のポップスファンにもオススメしたいアーティストです。


 
 

2.Girls in Red 

 

そして、クレイロの次に世界的に大きな注目を受けているのが、ノルウェー出身のミュージシャン、ガールズ・イン・レッドである。
 
 
2018年にAWAL Recordingsから、シングル「i wanna be your girlfriend」は、極めてセンセーショナルな題を掲げた作品でデビューを飾る。この作品はそういった話題性を差し置いても際立ったデビュー作であることに変わりない。
 
 
特に、ガレージロックリバイバルのバンドのような音楽性を擁した今どきのロックとしては非常に珍しい雰囲気が感じられる。そして、このガールズ・イン・レッドの咽ぶようなボーカルスタイルも他のベッドルームポップ界隈のアーティストとは全く異なる特徴。この畳み掛けるようなボーカルに、表向きの音楽性のキャッチーさの背後にある本当の凄さ、つまり、ヘヴィロックとしての概念的要素が垣間見えるように思える。
 
 
クレイロと同じように、ガールズ・イン・レッドは、ソロのシンガーソングライターであり、トラック作成も基本的には一人で行うという最近の流行のスタイルをとる。ガールズ・イン・レッドは、ビリー・アイリッシュのジェンダーレスの概念を強固に引き継いだアーティストといえ、他のベッドルームポップシーンの中でも、相当強いクワイア精神を掲げるミュージシャンといえそうだ。
 
 
 
この辺りは、北欧、そして、ノルウェーという土地の文化的な風合いを受け継いだ哲学的な雰囲気を持つポップ/ロックアーティストと呼べるのかもしれない。特に、ボーイッシュと言う面では、アイリッシュより遥かに強い信念のような雰囲気を感じる。それでも、ジェンダーレス、クイア、LGBTという今日流行の表向きのイメージキャラクターの事前情報だけを元にガールズ・イン・レッドの音楽を聴くと、良い意味で期待を裏切られ、肩透かしを食らうかもしれない。ガールズ・イン・レッドの音楽の本質は単にそういった概念の表出にあるのでなく、この若いアーティストの概念から生み出される音のオルタナティヴ(亜流)性、楽曲本来の持つ痛快なパワフルさにあるのだ。 
 
 
最新アルバム「if I could make it go quiet」のリードトラック「Serotonin」は、ビリー・アイリッシュの兄、フィニアスをプロデューサーに迎え入れ、大きな話題を呼んだ作品。UK,母国ノルウェー、オーストリア、ドイツの音楽チャートで商業的にも成功を収めた。もちろん、この作品も要チェックであるものの、「最もガールズインレッドらしさのある作品を」といえば、EP「chapter 2」2019を挙げておきたい。
 
 
 

「chapter 2」EP 2019

 

 
 
 
EP「chapter 2」では、クレイロの質感に比する穏やかなギターポップ。また、それとは対極にある苛烈なロックが絶妙に融合したこれまでで一番の快作である。
 
 
一曲目の「watch you sleep」、「i need to be alone」も、トリップ感のある聞きやすいポップソングとして心惹かれる。特に、聴き逃がしてはならないのがラストトラックに収録されている「bad idea」である。
 
 
これはガレージ・ロック風味のあるクールな楽曲で、ポップアーティストとしてでなく、ロックアーティストとしてのガールズ・イン・レッドの強固な概念が感じられるはず。
 
 


3.Snail Mail

 

スネイル・メイルは、2016「Habit」EPをMatadorからリリースし、デビューを飾り、知名度を上げているミュージシャン。
 
 
米、メリーランド州、ボルチモア出身のリンジー・ジョーダンのソロプロジェクトである。これまで有名所の仕事としては、コットニー・ラブの作品にも参加している。
 
特に、ベッドルームポップのシーンにおいては、古き良きインディーロックの系譜にあたるアーティストといえる。ヴェルヴェット・アンダークラウンド、ソニック・ユース、MBV、ペイヴメント。
 
 
リンジー・ジョーダンが影響を受けているとされるアーティストの名をずらりと並べてみると、なんとも微笑ましくなるような錚々たる顔ぶれ、いかにもインディー・ロックらしいミュージシャンともいえそうだ。
 
 
そして、スネイル・メイルの実際のサウンドについてもベッドルームポップというジャンルに属しながらも硬派な気風を感じるオルタナティヴ色の強い音楽性だ。ペイヴメントの影響下にある90年代のアメリカの渋いインディーロックを受け継いで、特に、ギターロックとしての雰囲気が強く、ローファイらしい荒々しいロック性には強い主張性を感じる。
 

もちろん、そのような往年のインディーロックの良さを集約した荒々しさがあるとともに、上記したクレイロのような親しみやすい爽やかさのあるポップソングも器用に書きこなしてしまう。このあたりに、リンジー・ジョーダンの末恐ろしい潜在能力が感じられる。

一般的な名盤、話題性、そして洗練度としては、最新アルバム「Lush」2018に軍配があがるように思える。特に、アメリカのインディーシーンの名盤としてひっそり語り継がれそうな雰囲気があるのが、スネイルメイルのデビュー作「Habit」EP 2016である。
 
 
アーティストは2022年に最新作『Valentine』を発表し、フジロックフェスティバルにも出演している。その際には、Dinasour Jr.のJ Mascisとのスペシャル対談を行っている。 

 
 

「Habit」EP 2016

 

 
 
 
この作品は、ニューヨークのレーベル「Matador」からリリースされた事もあって、大きな注目を浴びた作品であり、発表当時の音楽メディアの評価も軒並み高かった。
 
 
しかも、この「Matador」は、古くはスーパーチャンク、ベル・アンド・セバスチャン、モグワイといった国内外のインディーロックの大御所アーティストから、特に日本の伝説的なアーティスト、ピチカート・ファイブ、ギターウルフ、小山田圭吾の作品をリリースしてきた世界的なインディーレーベルとして知られている。
 
 
その歴史的な功績に違わず、このスネイル・メイルの音楽性もこれらのアーティストに匹敵すると言っても差し支えないかもしれない。
 

特にリードトラックの「Thinning」はローファイ感満載のインディーロック史に残るべき名曲の一つ。この宅録感満載のラフなロックのテイストは他には求められないスネイル・メイルの強みである。
 
 
また、#6「Stick」でのローファイポップは、情感に切なげに訴えかけてくる秀曲である。どことなく不器用な形での音楽性の吐露、でも、そこには、精細な淡い詩情が漂っている。
 

この絶妙な抒情性、ギターを介してのフレーズ、そして、実際の歌に込められる激烈なエモーションこそがスネイルメイルの強みといえるだろう。特に、「Stick」の曲の終盤は、非常に感動的な展開である。
 
 
ここに表される素直で純朴な音楽性にこそ、スネイル・メイルの魅力が込められているように思えてならない。最新アルバム作「Lush」では、ギターロックとしてのローファイ感が薄れ、洗練されたポップソングに方向転換を果たしたスネイルメイル。この最初期のプリミティブな雰囲気を是非失わず、快作を続々リリースしてもらいたいと願うばかり。 

 
 
 
 

4.Men I Trust



メン・アイ・トラストは、Jessy Caron、Dragos Chiriacによって2014年にカナダ、モントリオールにて結成された。その翌年、エマニュエル・プルーが加わり、現在の三人組の編成に至る。
 
 
2014年に「Men I Trsut」を自主レーベルからリリースしデビュー。同年、モントリオールジャズ・フェスティバル、ケベックシティサマーフェスティヴァルといった大規模のイベントに参加。2020年のフジロックフェスティヴァルに出演が決定していたが、こちらもクレイロと同じく、コロナ禍により出演がキャンセルとなってしまったのが悔やまれる。
 
 
メン・アイ・トラストは、基本的にはライブに重点を置いたトリオ編成。厳密に言えば、ベッドルームポップのジャンルに収めこむのは無理やり感もあるかもしれない。 しかし、メン・アイ・トラストの音楽性としては、ドリームポップやエレクトロ・ポップと電子音楽とポピュラーミュージックの中間点に位置し、ベッドルームポップの王道を行く。多くの海外ファンがメン・アイ・トラストの音楽性をベッドルームポップと称するのは、この三人組の音楽性がクレイロに近いおしゃれな質感を持っているから。
 
 
デビュー当時から一貫して聞きやすくフレッシュ感があり、ドリーミーな質感のベッドルームポップを展開して来ている。 そして、このメン・アイ・トラストの音楽性が隅に置けないのは、古くはジャズ、電子音楽が盛んなモントリオールという土地柄らしいアシッド・ハウス的な玄人好みの雰囲気を、音楽性の中に取り入れているからだ。表向きには、聞きやすい音楽だけれども、大人向けの爽快感のあるポップスとも言える。
 

「Untourable Album」2021

 
 
 
メン・アイ・トラストの推薦盤としては、エマニュエル・プルーがボーカルとして加入後の「Headroom」(2015年)も、落ち着いたエレクトロポップとして捨てがたい作品ではある。
 
 
けれども、このグループの進化振りは、この二三年で特にめざましいものがあり、最新作が常に最高傑作ともいえるはずだ。現時点の最高傑作として「Untourable Album」を挙げても多くのファンは、その通り!!とうなずいていただけると思う。 
 
 
今作において、メン・アイ・トラストはよりポップセンスに磨きをかけたエレクトロポップ、ドリーム・ポップを展開している。その中には、もちろん、初期からの方向性を受け継いだ宅録風のジャンク感のある電子音楽寄りのトラックもちゃっかり取り入れられており、ヴァリエーションに富んだベッドルームポップとして楽しんでいただけるはず。
 
 
エマニュエル・プルーのボーカルは、以前の作品よりもドリーミーな雰囲気が醸し出されていて、ニューロマンティックに近い質感に彩られた大人向けのポップスに仕上がっている。
 
 
#3「Sugar」のオシャレ感のあるエレクトロ・ポップも秀逸ではあるものの、このスタジオアルバムの中で注目したいのは、ロックバンドとして新境地を切り開いてみせた#12「Shoulders」。これは、往年のポップスのリバイバル(ビートルズの「Because」)ともいえ、面白みのある楽曲である)として楽しむことも出来るはず。 

 

 

5.Fleece 


 

フリースは、カナダ、モントリオールにて、マシュー・ロジャーズを中心に結成されたインディーロックバンドである。
 
 
2015年、自主レーベル「Fleece Music」から発売の「Scavengers」でデビューを飾る。クレイロと同じように、全作品が自主レーベルからの発売。これまでのキャリアにおいて、アルバムを三作品、シングルを三作品をリリースしている。
 
 
このバンドの中心人物のマシュー・ロジャースは、いかにもミュージシャンらしい性格を持った面白い人物で、ロジャースは、男としてのクイア、中性的イメージを打ち出したロックミュージシャンである。
 
 
 
もちろん、これほ先例がないことではない。往年のロックスターとしては、ニューヨーク・ドールズ、ルー・リード、マーク・ボラン、デヴィッド・ボウイをはじめ、中性的なイメージを持ち、クイアの概念を掲げてきた先駆的なアーティストはロック史に数多く存在した。とりわけ、ロジャーズは、クイーンのボーカル、フレディ・マーキュリーのキャラクターに近い愛くるしさがあり、個性的でありながらユニークなアーティストである。
 
 
ただ、マシュー・ロジャースのボーカルというのは非常に女性的であり、女性が歌っているのではないかと聴き間違うほどのフェミニンさがある。これは、フレディー・マーキュリーとは異なる人を選ぶ部分かもしれない。しかし、このマシュー・ロジャースのボーカルというのは、暑苦しくなく、涼しげで、クールな質感によって彩られている。
 
 
聴いていると、妙な陶酔感に見舞われるのは不思議でならない。それがこの人物が生粋のアーティストたる理由なのかもしれない。また、彼は、サイケデリック音楽に深い造詣を持つ人物らしく、バンドサウンドにも通好みのサイケ色がにじみ出ている。シングル盤のジャケット・デザインにおいても、サンフランシスコの往年のサイケデリックロックの名盤とまではいかないが、良い雰囲気を醸し出すアートワークが目立つ。
 
 

「Stunning&Atrocious」2021

 

 
 
  
フリースのベッドルームポップの傑作としては、最新作「Stunning&Atcious」を挙げておきたい。この作品は、2020年代のロックの隠れた名盤と銘打っても差し支えないかもしれない。 
 
 
このアルバムはアートワークは少しえぐみがあるように思えるかもしれないが、肝心の音楽性はかなり親しみやすいポップスである。
 
 
全体的に、まったりとしたロマンティックなフレーズが宝玉のように散りばめられた秀逸な作品。この陶酔感のあるポップソングというのは、クイア的なマシュー・ロジャースらしい独特な世界観といえる。なんといっても、マシュー・ロジャーズのボーカルから紡ぎ出されるリリックというのは、親しみあふれる温かさを感じざるを得ない。
 
 
特に、この作品の中では特に「Do U Mind(Leave the Light on)」を聞きのがさないでいただきたいと思う。この絶妙なチルアウト風の穏やかな雰囲気を醸し出せるミュージシャンは希少といえ、ここにロジャーズの音楽のセンスの良さが集約されている。
 
 
フリースは、これからカナダ、モントリオールのシーンをメン・アイ・トラスとともに牽引していくであろう存在として、最後に御紹介しておきたい。ベッドルームポップとしてだけではなく、インディーロックファンも要チェックの個性派アーティスト。