スカウト・ギレットのセカンドアルバム『Touch Touch』は、絶え間ない動きの連続から生まれた。ミズーリ州生まれ、ブルックリン育ち、現在はロサンゼルスを拠点とするアーティストが「成長と脆弱性、直感を信じることを学んだ時期」と表現する歳月を経て完成した作品。 スラウチ・レコードより2026年リリース予定のこのアルバムは、脆弱性がもたらす痛み、生命の儚さ、そして関係性の中で自己を見出す難しさを探求している。これら全てが、スカウトのサウンドを唯一無二のものとする、荒削りでありながら煌めく宇宙的なトワンクで表現されている。
アルバムの起源は、スカウトがかつて住んでいたベッドスタイの寝室にある4トラックのタスカム・ポータスタジオに遡る。コンピューターから離れ、彼女は楽曲制作そのものに集中して新曲を紡ぎ始めた。「本当に作詞に集中でき、戻れる場所があった」と彼女は振り返る。 その後、リビングや練習スペースでリール・トゥ・リール方式によるデモ録音を重ね、各段階で新たな層と視点が加わっていった。
その後、型破りな旅が始まった。スカウトは自ら「バンド構築ツアー」と呼ぶ活動に乗り出し、これまで共演したことのないミュージシャンたちと演奏し、見知らぬ街でのライブを約束し、信頼と推薦を信じてリスクを冒した。最終的に固まったメンバー——長年のコラボレーターであるテッド・ジャミソン(9年以上の付き合い)、アブドン・バルデス、オマー・シャンバッカー——は、彼女が求めていた化学反応をもたらした。 「このバンドと本当に息が合ったと感じ、バンドもこのアルバムを深く理解し、敏感に反応してくれた」と彼女は語る。
スカウトは 2021年から、伝説的なプロデューサー、スチュワート・サイクスにアプローチを続けていた。彼女は、キャット・パワーの『The Greatest』や、モデスト・マウスの『Good News for People Who Love Bad News』を手掛けたこの人物とぜひ仕事をしたいと考えていた。
彼女の膨大なレコードコレクションを閲覧しているうちに彼の作品を発見し、彼女はメールで連絡を取った。「彼から返信があったとき、私は涙を流しました」と彼女は振り返ります。 長年の努力が実り、2024年春、スカウトのバンドが初のヨーロッパ・ヘッドライン・ツアーを終えたちょうどその頃、サイクスにようやく空きができた。
サイクスのテキサス/オースティンにあるスタジオでバンド全員によるほぼライブ録音で制作された本作は、生々しい切迫感を保ちつつ音の境界を押し広げる。ニール・ヤング、PJハーヴェイ、ホール、ルシンダ・ウィリアムズからインスピレーションを得たスカウトと共同制作者たちは、あらゆる局面でジャンルを超越した作品を生み出した——トワンギーでありながらロック、グランジでありながら脆く、感情の幅が広大だ。
本作の情感的な核となる「タフ・タッチ」は、スカウトがライブで演奏するのが最も好きな楽曲だ。繊細な脆弱性から爆発的なカタルシスへと移り変わるダイナミックレンジの広さで、拒絶や苦痛を経験した後に心を開くことの難しさを捉えている。
「イフ・アイ・ステイ」はスタジオで構築され、アルバム中最も劇的な変貌を遂げた楽曲だ。元々は別れをテーマにしたスローな4トラック・デモだったが、スタジオではニューヨークからロサンゼルスへの移住を題材に再構築。オマーが新たなリフを考案したことで、B-52'sとザ・カーズとグランジが融合した爆発的なアンセムへと変貌を遂げた。この成果は、本作の恐れを知らない実験精神とエネルギーを完璧に体現している。
『No Roof No Floor』と本作の間で、スカウトの芸術的アイデンティティに根本的な変化が起きた。「単なるミュージシャンではなく、作家としての自分と深く繋がれた」と彼女は語る。4トラックでのデモ制作プロセスにより、歌詞やメロディ、構造を丁寧に練り直すことが可能となり、楽曲に確かな深みが生まれた。
現在はロサンゼルスを拠点とするスカウトは、この地の風景、住まい、コミュニティ、そして自立した生活に心奪われている。すでに3作目のアルバムに向けたデモ制作を始めており、目的意識を感じさせる旅を続けている。
このセカンドアルバム制作において、スカウトは聴く者に「理解されている」「孤独ではない」と感じてもらいたいと願っている——音楽が彼女に与えてくれたのと同じ贈り物を。これは妥協を拒み、恐ろしい時でさえプロセスを信じ、揺るぎない独自性を手にしたアーティストの響きだ。
Scout Gillett『Tough Touch』- Slouch Records
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新レーベルからセカンド・アルバム『Tough Touch』をリリースし再出発するスカウト・ジレット。キャプチャード・トラックスからリリースされたデビューアルバムでは、エレクトロポップやインディーフォークを中心にレーベルの所在地であるニューヨークの音楽シーンに根ざした音楽性を追求していたが、ロサンゼルスに活動拠点を移したセカンドでは大胆な音楽性の変更を行っている。結果、インディーポップやハードロックなどのスタンダードな音楽が押し出された。モデスト・マウス/キャット・パワーのプロデューサーとして知られるスチュワート・サイクスは、ジレットのソングライターとしてのキャラクターを巧みに引き出すことに成功した。
デビューアルバム『no roof no floor』ではゴシックのトーンを押し出し、カルト的なインディーポップソングを中心に制作したシンガーソングライターであったが、最新アルバムにその面影は見当たらない。モノトーンというより、むしろカラフルな印象を押し出した音楽でリスナーを惹きつけてみせる。そのインディーロックサウンドは、モデスト・マウスの代表作『The Good News For People Who Loves Bad News』の雰囲気や、同時にキャット・パワーの一般的な楽曲の雰囲気に近い。言うまでもなく、上記のバンドやアーティストのような大きな拡散力は求められないかもしれないが、ベースメントのファン層にそれなりに支持を獲得しそうな気配がある。
『Tough Touch』は、最近のロックシーンの流行である''リール・トゥ・リール方式''ーーアナログ式の録音を基本に制作された。また、ミュージシャンとしてではなく、作家としての制作手段を選んだということもあって音楽的なテーマも鮮明になった印象を受ける。ニューヨーク的な音楽性にこだわっていたスカウト・ジレットは、アーティスト写真のキャスケット(帽子)を見れば分かる通り、西海岸のLAロック/メタルの音楽性を散りばめ、独創的なインディーズアルバムを制作した。少々趣味が行き過ぎたかもしれないが、音楽的な楽しさが満載となっている。本作にはスカウト・ジレットの熱狂的なロックフリークとしての姿を捉えることができるはずだ。
アルバムの一曲目を飾る「Too Fast Last」は、リズムギターとドラムのユニゾンで始まり、ファビアーノ・パラディーノがデビュー作で使用したベース進行(この曲の場合はシンセベース)を中心としたヴァースからメロディアスでポップな感じのサビに移行する形式を受け継いだ。ただ、一挙にコーラスに跳躍するわけではなく、リズムギターを重ねつつ、音楽をじわじわと盛り上げていき、最後に華やかになる。注目すべきは、サビの直前に休符を挟んで、曲にメリハリをつけていることだろう。この曲は、デビュー作とは対象的にダイナミックな印象を放ち、大陸的な壮大さを備えている。シンセポップやエレクトロポップを始めとする、デビュー当時の音楽性を引き継ぎ、そこにモデスト・マウスのようなインディーロック性が新しく加わった。
「Too Fast Last」
アレンジメントとして着目すべきは、シンセのトレモロを配して、ボーカルのセンチメンタルな感覚ーーソロシンガーの存在感ーーを際立たせている点。このあたりに、サイクスのプロデュースの手腕が光り、曲のキャラクターやイメージを鮮やかに際立たせている。また、このアルバムでは、大胆なギターソロが入ることが多い。2分41秒以降のギターソロは、この冒頭曲にモデスト・マウスやピクシーズのようなオルタナティヴ性(本流とは対極をなす亜流性)を付与している。しかし、その亜流性とは、どこかに本流が併存するからこそ成立するのである。
本作においてオルタナティヴロック/ポップの音楽性と併存するのが、普遍的なカントリーやアメリカーナである。これもまたインディーズロックのトレンドに沿っているが、アルバムに読み取れるのは西海岸の空気感であり、大陸的なロマンでもある。スカウト・ジレットのソングライティングや歌はカルフォルニアのカントリーソングともいえ、独特な空気感に浸されている。
「Coney Island」ではレトロな音色を活かしたシンセポップにアメリカーナの要素、そして70年代のアメリカンロックの要素を付け足し、ほっと息のつけるような安堵感のあるポップソングを制作している。ここでは、ソングライターとしてのメロディーセンスが遺憾なく発揮されている。また、オルガンの演奏を背景に敷き詰め、ゴスペルのような精妙な空間性を体現させる。
二曲目の終盤でも、間奏の箇所を配置し、ハードロック風のギターソロを登場させる。ファジーなギターが以前のボーカルの余韻を作りながら、ハミングのボーカルと重なり、アウトロに移行していく。
アウトロでは、ハモンドオルガンの残響を活かし、ギターの繊細で静かなアルペジオで終わる。全般的な楽曲の構成や音域のバランス、器楽的な多彩性を最大限に用いるプロデューサーの手腕が、曲の全体的なイメージを押し上げている。アルバムの序盤では、ソロシンガーとしてにとどまらず、バンドとしての音楽性が強調され、アンサンブルの一体感を作り出している。
「Gonna Change」では明確に現代的なアメリカーナを選んでいる。この曲ではエンジェル・オルセンやヴァン・エッテンのデュエット曲の系譜に属するポップスとフォーク/カントリーの中間にある楽曲性が示唆される。
しかし、従来では表側に出てこなかった繊細性を打ち出し、それらを的確に曲に反映させることで、叙情的なサウンドが出来上がっている。
この曲ではスティールギターとドラムがボーカルの伴奏で使用される。現代的なアメリカーナのスタンダードな一曲に位置づけられるが、曲の中盤では、クラシックなロックやポップソングに傾倒していき、Byrds、CSN&Y、ジャクソン・ブラウンのようなサウンドに近づく。従来は男性的とされていたフォークサウンドを女性的なポップソングとして縁取っている。
「Blur」は同じ調性で構成され、連曲のように繋がっている。ロマンティックな雰囲気が続き、エレクトリックとアコースティックを併置し、同じタイプのギターサウンドにも関わらず、違った雰囲気が楽しめる。晴れやかな印象を持っていた前の曲とは対象的に、後者ではゴスペルやバラードの音楽性が際立つ。ミュートを用いたドラム、バスを強調するピアノ、全体的なアンビエンスを作るギターを背景に、スカウト・ジレットの繊細で美麗な歌声が強調されている。
こうした中で登場する「Secret Life of Trees」はアルバムのハイライトの一つとなりそうだ。サーフロックや2010年代にキャプチャード・トラックスで活躍したニューヨークのベースメントロックシーンのバンド、あるいはThe Clientele(UK)が最初期に用いていたようなヴェルヴェット・アンダーグラウンドのポスト世代に属するクリアトーンのギターが陶酔感のあるサウンドを作り出す。ミドルトーンのハスキーな声を中心に、アトモスフェリックなポップソングが構築される。これらはデビューアルバムでスカウト・ジレットが試行錯誤を重ねながらも、惜しくも完成されなかったシンセポップやエレクトロポップがようやく明確な形になった瞬間である。一度うまく行かなくても、丹念に試行錯誤を重ねるソングライターの姿勢に賞賛を送りたい。
「If I Stay」は異色の楽曲。スタンダードなロックンロールに傾倒している。従来はポップ、フォークにとどまっていたアーティストがついにロックシンガーとしての本性!?を表した瞬間だ。この曲では、伝説的な名シンガー、デボラ・ハリーが在籍したBlondieのようなニューヨークパンクの源流を成すバンドや、Heartのような女性版Led Zeppelinとも言えるイギリスの古典的なロックバンドの系譜を受け継ぎ、アグレッシヴで楽しげなロックナンバーを制作している。
楽曲全体の作り込みが念入りで、ロックンロールで頻繁に登場するピアノのゴキゲンな同音反復も登場したりする。これらに現代性を付与するのがシンセサイザーの使用で、少し笑ってしまうような煽情的なボーカルを交えながら、アトラクションのように心楽しいサウンドを作り上げる。ロックソングは基本的にシンプルで楽しいものなのだと思い出させてくれるナンバーだ。
全体的には、Sweet、Slade、New York Dolls、T-Rexのようなグリッターロックに近い。グラムロックやグリッターロックのような中性的な音楽はこれまで男性の音楽とされていた印象もあるが、スカウト・ジレットはそれらを女性シンガーとして見事にサルベージしている。こういう曲を聴くと、ロックソングは本来それほど難解な内容ではないことが実感できる。また、8曲目「Control」にもロックソングが登場し、こちらはハードロックタイプの楽曲として楽しめる。現地のハードロックカフェではこんな曲が流れているのだろうか。きっとそうかもしれない。
ジレットはアメリカの小規模のライブハウスなどで演奏されるようなポップソングも制作している。例えば、7曲目「Cherry Blossoms」がその好例である。 この曲は、ソロシンガーとしての矜持が現れた楽曲でもある。アリーナスタジアムのような大規模のステージとは対象的な少人数規模のベースメントのポップソングである。ここにはこの数年間、小さな草の根のライブハウスをメインに活動を続けてきたアーティストの深い追憶や感慨のようなものを見て取ることができる。それらは実際的にオーバーグラウンドのポップソングとは少し異なる、言いしれない静けさ、落ち着きを備えた曲として昇華されている。マイナー調を主体とした歌謡曲風のバラードソングで、アルバムの終盤の収録曲の中でも、曲間の橋渡しのような重要な役割を担う。
セカンド・アルバムの中で最も心惹かれる曲が、タイトル曲「Tough Touch」だった。ギターとピアノを中心とした神妙なイントロから、ドラムが入り、Journeyのサウンドを彷彿とさせるバラードソングを聴ける。この曲は全体的なアルバムで感動的な瞬間を味わえるはず。そしてこの曲の場合は、内観的な雰囲気、そしてアメリカーナやカントリーを下地にした落ち着きと静けさ、温かさを兼ね備えた、シンガーらしい楽曲として昇華される。サビの部分では、スティーヴ・ペリーのソプラノの飛躍するような美しい旋律の線こそ求められないものの、中音域を中心としたスカウト・ジレットらしい渋さのある落ち着いた感じのハイライトが形成される。
これもまた女性シンガーらしい控えめなバラードソングの真骨頂とも言える。しかし、一貫して高音域のボーカルを封印してきたスカウト・ジレットは、サビの終わりのビブラートの箇所で美しいソプラノを披露している。カントリー・ロックのサウンドを象徴付けるエレクトリックギターとゆったりとしたドラムを背景にして、このアルバムで最も感動的な歌声を披露する。
スカウト・ジレットは二作目でインディーズポップという枠組みには収まりきらないポピュラー/ロックソングを追求し始めている。それは全般的にシンガーの音楽に対する愛情を示唆している。
クローズを飾る「Sweet Dreams」はスタンダードなピアノバラードを選び、曲の背景となるバンドの演奏に引けを取らない秀逸な歌声を披露している。この曲では、サイクスの今作のプロデュースの真骨頂ともいえるストリングスが華麗に響く。圧倒的な歌声ではなく、聞き手に共鳴するような歌声を選んだのは最良の選択だったと思う。そのため、琴線に触れる音楽性が現れる時があり、それはアーティストによるセンチメンタルな独白ともいえる箇所に見出すことができる。また、最終曲に聞こえるボーカルや弦楽器のノスタルジックな響きは一聴の価値あり。
85/100
▪︎Scout Gillettのニューアルバム『Tough Touch』は本日発売。ストリーミングはこちらから。(*最初の記事公開時にアーティスト名の表記に誤りがございました。訂正とお詫び申し上げます)







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