地図製作者や米国の多国籍テクノロジー企業は、この広大で美しい青い惑星の大部分をすでに地図に描き終えたと思っているかもしれない。しかし、どこを見ればよいかを知っていれば、発見すべきものは常にまだ残されている。
フランス生まれでロンドンを拠点とする作曲家兼ミュージシャン、パスカル・ビドーは、この考えを新たなアルバムの核心的な前提として掲げ、かつてない場所にいるという感覚を楽しませてくれる大胆な音の探求を繰り広げている。『Terra Incognita』は、グローバル・ジャズやスピリチュアル・ジャズと生命を讃えるミニマリズムを融合させ、催眠的でポリリズムに満ちたオデッセイへと誘う、7つの遥か彼方の音の世界へと私たちを招き入れる。
今回のアルバムのサウンド・パレットは、より鮮やかで、土臭く、豊かであり、アフロビート、ハイライフ、エレクトロニック・アフロポップに聴かれる溢れるような楽観主義と高エネルギーな源泉からインスピレーションを得て、より緩やかで自由な響きを持ち、何よりも生の感覚に重点を置いている。これは、高い評価を得たデビュー作『Fleeting Future』(2022年)や『Lines』 (2023年)の精密なオスティナートやガムランのパターンとは対極をなしている。
『Terra Incognita』は、伝統音楽と現代のエレクトロニクスを融合させたハイブリッドな作品であり、未知の世界への旅路として、自由に歩き回り、反復を楽しみ、決して立ち止まることのない作品だ。ビドーは、この未踏の領域が、幻想の世界であると同時に、内なる自己へと誘う没入型の旅でもあると示唆している。
「それはおそらく、私が人生で最も愛している感覚だ」とパスカルは熱く語る。「それはあなたを驚嘆と無邪気さの状態へと押しやり、子供の頃に感じたあらゆる感覚へと連れ戻してくれる」
彼が語っているのは「デペイズマン(dépaysement)」というフランス語で、文字通り「非国化」と訳されるが、英語に相当する言葉はない。「それは、かつて訪れたことのない場所を訪れた時に感じる感覚だ。そこでは何も意味をなさないし、すべてを一から学ばなければならない。文化的参照点も、親しみも存在せず、ただ新しい色や匂い、社会的・道徳的規範が絶えず流れ込んでくるだけだ」
国民国家という概念や、それを守らなければならないという考えが政治的議論を支配するようになったこの時代に、『Terra Incognita』は国境なき冒険を受け入れ、タイトルが示す未踏の領域を探求し、息をのむような景色を眺め、無限のパノラマを捉えるためにくるりと回転する。
冒頭を飾る、きらめくような蛍光色の『A Waking Dream』は、スピリチュアル・ジャズの巨匠たち、特にアリス・コルトレーンとファラオ・サンダースへのオマージュだ。続く『Anima』ではテンポが上がり、長く重層的でトランスを誘うグルーヴへと移行する。音楽からは伝染するような高揚感が漂い、繰り返し登場するダンス可能なテーマが、サン・ラーを彷彿とさせる未来志向の精神と共に、アルバム全体に自由に浸透していく。
ビドーだけが『Terra Incognita』のミュージシャンではない。インド生まれのタブラの巨匠サラティ・コルワーが『Rain Dance』にドラムンベースを思わせる躍動感を加え、セネガルの名手ドゥドゥ・クアテは、多彩なパーカッション、ンゴニ、フルートを随所に散りばめ、さらに力強い多オクターブのボーカルで『Dawning Dusk』においてアルバムのクライマックスを飾る。
打楽器の響きが際立つ『Drongo’s Flute』は、ピグミー・フルートと鳥のさえずりから構築された、互いに絡み合う複雑なリズム・パターンを段階的に高めていき、やがて宇宙へと昇華していく。レヴィテーション・オーケストラのマリーシャ・オスとルイス・ドメネク・プラナがそれぞれハープとフルートを奏でる一方、長年のコラボレーターであるダニエル・ブラントが『Anima』で脈打つようなエレクトロニクスを提供している。
Akusmi 『Terra Incognita』-Tonal Union (July 3 Out)
ロンドンのレーベル、Tonal Unionからリリースを行うミュージシャンの多くは、特定の楽器演奏者だけにとどまらない。そのほとんどがマルチ演奏者の表情を持ち、音楽の持つ可能性を追求している。フランス出身のパスカル・ビドー(Akusmi)もその一人だ。クラリネット、サクスフォン、ギター、パーカッション、フルート、マリンバ、その他、ツィッター、バラフォンなど伝統楽器を演奏する。こういった民族音楽の楽器を駆使して、アフリカの伝統音楽とジャズ、そしてモダンなエレクトロニクスを融合した異色のアルバムを2026年7月3日にリリース予定だ。
Akusmiといえば、ミニマリズムを特異とする作曲家/演奏家であるのは確かだと思うが、『Lines』(EP)がエレクトロニクス中心だったのに対し、今作は生々しい感覚に縁取られている。反復するリズム、アリス・コルトレーンやファラオ・サンダースに触発されたアフロジャズやフリージャズへの親和性、そして、色彩豊かな音楽的なアプローチは、まるでフォービズムの絵画がそのまま音楽へと昇華されたようなイメージがある。そしてその音楽の中に読み取れる多様性ーーダイバーシティーーはリスナーを制作者が語るように、未知の領域へと誘う。
『Terra Incognita』では、それは音楽的な制作指針にとどまらない。その多様性はコラボレーターにも現れている。ロンドンのジャズシーンで有名なインド出身のタブラ奏者、Sarathy Korwar(サラティ・コルワル)を始め、国境を越えた共同制作者が名を連ねている。直線上に進むミニマル・ミュージックのアプローチに彼らは、曲線を作り、それらを変形させたり、エキゾチックな響きを添える。つまり、本来であれば、平面的な音楽の図形に対して、立体的な構造性を付け加える。イントロから想像できないような多次元的な音楽が丹念に形作られていく。
Akusmiの音楽の扉を開くと、未知なる世界が無限に広がっていることを示唆する。「Waking Dream」は、超大な前奏曲のような趣があり、ピアノの広大な印象を持つアルペジオとクラリネットが連れ立って出現し、シンセがアトモスフェリックな音の層を作り上げる。管楽器の細かなトリルを重ね合わせ、重層的な音の流れが生み出される。その中から、ファラオ・サンダースを彷彿とさせる深遠なスピリチュアル・ジャズの響きが滲み出てくることがある。
また、国境を越えた音楽が内在し、ガムラン、雅楽のようなアジアの抽象的なアンビエンスもただよう。その中で、楽器は変幻自在にこの音楽的な空間の中を流れていき、ハープのアルペジオ、フローティング・ポイント風のエレクトリック・ピアノなどがほとんど形を持たずに流れる。ハープの音色は、琴のように聞こえることもある。その多彩性は、ほとんど予測不能である。
曲の中盤からは、パーカッションが加わり、音楽はにわかにアフリカの雰囲気を帯び始める。その後には、モダンジャズに触発されたサックスの演奏が加わり、この曲はグローバルジャズに変化していく。その音楽は次第に、儀式的な雰囲気を帯びたジャズへと変化していく。また、音楽的なダイナミクスを増しながら、Akusmiが得意とするミニマリズムを遺憾なく発揮する。まるで音楽そのものが入れ子構造を形作り、ミニマルのなかのミニマルのような構成を作り上げる。このあたりは、パスカル・ビドーの持つ数学的な才能が巧みな形で発揮された形である。
一層エキゾチックな響きを持つ「Anima」ではカリンバのような高い響きを持つBalafonという西アフリカの木琴が使用され、 スティーヴ・ライヒ的なミニマリズムが体現される。しかし、今回のアルバムで一貫しているのは、従来のミニマリズムに対して、強固なジャズのアプローチを追加しているという点である。
まさしく、アリス・コルトレーンの時代のフリー・ジャズに触発された音楽的な制限を取り払った音階ーーそれはアフリカの音階への親しみーーでもあるが、 従来の西洋音楽的な音階を離れて、どことなく原始的な大陸の響きを生み出す。前曲の終盤に現れたアフリカの儀式的な音楽性が、お祭りのような雰囲気を引き出す。
カーニバルのような祝祭的な音楽が、モダンジャズのスタイルと融合し、前衛的な形式を作り上げる。リズム的な実験も取り入れられ、強拍を少しずつシンコペーションで動かしながら、独特なリズムのうねりを生み出す。それはやはり、一般的な電子音楽とは対象的に、生々しく、生命感に満ちた音楽のエネルギーを帯びる。それは曲そのものが独立し、生きた存在になるということである。これが、Aksumiが今作において、生楽器を数多く取り入れた理由かもしれない。
「Club Subterranea」は2023年のEP『Lines』と同じような方法論が敷かれているが、やはり実際的な音楽の印象は対照的だ。ビドーはアフリカ音楽の影響をダイナミックに取り入れ、音階にせよ、リズムにせよ、一般的な西洋音楽とは一味違う音楽性を探求している。全般的には、エレクトロジャズの方向性を選び、その中で、エキゾチックなアフリカ文化への親和性を示す。それはやはり西洋的な概念の限界性を知った上で、アフリカ的な原始的なエネルギーを発揮させるような試みだ。この曲では、パスカル・ビドーによるサックスのプレイが曲をリードしている。曲の後半では、音が飽和していくが、その中でリズムそのものが精細感を持つ瞬間がある。
「Pleine Lune」はスティーヴ・ティヴェッツとスティーヴ・ライヒを彷彿とさせる楽曲である。カリンバのような打楽器が色彩的なハーモニーを作り上げる中、 複数のアルペジオの音階が対旋律の構成を作り上げる。ライヒのように見事なミニマリズムが先導する中、やはりサックスのソロが主役の座を担う。楽曲の背景となるミニマリズムに対して、より自由な音楽的な流れを金管楽器で表現する。
特に、Sarathy Korwarのタブラの演奏が入ると、この曲は活気づき、重層的なハーモニーを作り上げる。前作よりもソロというよりもアンサンブルのような音楽性をビドーは追求した気配があり、この四曲目において、Akusmiは室内楽やジャズグループの華やかでグルーブ感のあるサウンドを生み出すことに成功している。前曲と同じように曲の後半では、音が飽和状態に至るが、シンセサイザーのベースがそれをぎりぎりのところで支える。
パスカル・ビドーの音楽的な冒険心はほとんど無限で、それほどの探究心を持てることがとてもうらやましい。そして音楽自体は、アマゾンのジャングルに迷い込んだような印象を帯びることもある。
「Drongo's Flute」は、キューバの小説家、アレホ・カルペンティエールの『失われた足跡』の音楽版とも言えるだろう。鳥の声を中心に、民族楽器のフルートの音色が、まるで聞き手を密林の中にいるような錯覚に陥らせる。その中で、手拍子のような裏拍のリズムを強調しながら、エキゾチックで摩訶不思議な民族音楽の領域を探索している。すると、その音楽の向こうから少数民族が登場してきそうな気配すら漂い始める。しかし、やはりジャズの影響はこの曲でも健在となっている。曲の後半部では、儀式的なリズムが狂乱的な音響を得る。
本作のハイライトは間違いなく「Rain Dance」である。また、タイトルの無限性を暗示する内容でもある。この曲は、全般的なジャズとしても良曲の部類に入る。また、特にロンドンジャズに触発された内容ではないかと思う。この曲では、Sarathy Korwarが劇的なタブラの演奏を披露し、トリオやアンサンブルのような響きを獲得している。依然として、ミニマリズムの旋法を1つ中心に据えて、その合間にフリー・ジャズのような自由闊達なフレーズを複数の楽器で演奏している。これはパスカル・ビドーが得意とするミニマリズムを基底にした、新しいコールアンドレスポンスの形式が登場した瞬間である。音楽的な音階とリズムには、イスラム圏の音階やリズムが加わり、これまでのジャズにはなかった新しい要素が登場することになった。
ロンドン在住のAkusmi自身が、多文化共生社会をどのように捉えているかはいざ知らず、彼は、その新しい文化の流入を驚異的な目で捉え、それを音楽的に表現しようとしている気配を感じる。こういった音楽に彼を駆り立てたのは、ミュージシャンや演奏家としての好奇心がいまだに活発だからであろう。この曲は、実際的にスリリングな響きがあって、素晴らしいと思う。
本作の最後を飾る「Dawning Rusk」はアフリカの雰囲気がさらに強まる。この曲は、マイルドなジャズのイントロから最終的に、ボーカルやコーラスを交えたジャズの交響曲のように変化する。曲の序盤のサックスの演奏を中心とするジャズの構成から、音楽的な広がりがどのように増していくのかに注目。『Terra Incognita』は、ロンドンのジャズコレクティヴ、エズラ・コレクティヴのようなアフロジャズの影響を含めながらも、Akusmiらしいミニマリズムの飽くなき探究心を発揮しながら、文字通り、音楽全体を未知なる領域へと推し進めた画期的な作品だ。
「Anima」
▪Listen/order(Bandcamp/Rough Trade): 【https://akusmi.bfan.link/terra-incognita】
Tracklist:
01 A Waking Dream
02 Anima
03 Club Subterranea
04 Pleine Lune
05 Drongo's Flute
06 Rain Dance
07 Dawning Dusk
Sarathy Korwar: tabla, percussion on tracks (4,5,6)
Dudù Kouate: percussions, pygmy flutes, ngoni, birdsongs, kanjira, tama, vocals on tracks (1,4,5,7)
Marysia Osu: harp on tracks (1,4,5)
Daniel Brandt: electronics on track (2)
Lluís Domenèch Plana: flutes, birdsongs on tracks (1,5,6)
Mattias Mimoun: pianos and synths on tracks (1 and 3)

