涼やかなエレクトロニカ Bonobo 「The North Borders」


Bonobo 「The North Borders」


例えば、七、八月などの夏の盛りに無性に聴きたくなる音楽というのがありまして、その一つがエレクトロニカというジャンルです。家の軒先にぶら下げる風鈴のような、高い、しかし耳障りではない心地よい涼やかな音の響きが、プラセボ効果を発揮し、暑苦しい気分を少しだけ和らげてくれます。

 

今回ご紹介するのは、蒸し暑くて、じめじめして寝苦しい夜などに聴くと、安らかに眠れること必至の、Bonoboのスタジオアルバム「The North Borders」。

 

Bonoboこと、サイモン・グリーンは英国のテクノ/エレクトロニカミュージシャン。何度か日本にも来日しており、その名を聴いたことのある人も少なくないはず。彼は、1999年から活動を今日まで続けており、最早、テクノ・エレクトロニカ界の大御所というように形容しても過言ではないアーティストです。

彼は、作品ごとに異なるアプローチを見せており、ダンス的な味わいだけではなく、民族音楽をはじめとする、実に多彩な音楽性を作品の中に取り入れていため、そもそもジャンル分けという概念は彼の頭の中にはないと思われ、ボノボの音楽を何らかの括りに入れること自体が礼に失しているのかもしれません。

このあたりの音楽というのは、穏やかでリラクゼーション効果のある楽曲の風味があります。それほどかしこまらず、たとえば、カフェの中でかかっている店内BGMのように、さらりと聞き流すというのも、乙な聴き方の一つかもしれませんね。

二千年代から、音楽の素人も気楽にPC上で、気軽に楽曲制作をできるような時代に入りましたが、彼は、そういったラップトップ上のソフトウェアが導入される以前から、ハードウェアで楽曲制作を続けていた気骨あふれる人物であり、レコーディング機器の変遷のようなものを間近で見届けてきた電子音楽の体現者ともいえる音楽家のひとりです。

昨今では、ディジタル機械に使われてしまう製作者が多い中、彼だけは、いまだに機械というものを上手く使いこなす側のポジションを取っています。楽曲制作においても、今では数多くのサンプリングのデータが無償提供されたりしていますが、サイモン・グリーンはこれまで電子音楽をゼロから手作りで行ってきた経験と、現代の多くのアーティストにはない強みがあるため、広範な知識を駆使して、サンプリングを施すというプロフェッナルな気質も感じられます。

彼は、便利な時代にデジタルな音楽を作っているからといって、それらの便利さに甘えを見いださないところが、音楽家として比するところのない孤高性すら感じられます。おそらく、そのあたりのインテリジェンスが、他のクラブ界隈のアーティストと異なる「ボノボ節」といえる独特な魅力を形成しているのでしょう。また、その辺りが、ダンスフロアだけではなくて、家の中で、オーディオシステムを通して聴く”冷静なBGM”としても十分に楽しめるはず。


ボノボの音楽性は、他のダンスミュージックとは異なり、徹底して落ち着いた響きのダウンテンポが展開されることにあります。

ヒップホップではお馴染みのターンテーブルのスクラッチ的手法というのは、彼のDJとしての経験から滲み出てくる概念なのでしょう。

しかし、彼の楽曲においては、非常に、それが入念に、緻密に、処理されているのがよく分かります。このあたりにも、サイモン・グリーンのインテリジェンスが感じられ、彼の性質、音楽に対する真摯な見方、価値観というのが、楽曲に表現されているように思え、常に冷静に楽曲制作を試みているのが伺えます。

ボノボの代表作としてよく挙げられるであろう「Linked」。この「The North Borders」。果たしてどちらをレコメンドとして選ぶべきなのか迷いましたが、聴きやすさという面では、今回紹介する「The North Borders」のほうが良いだろうと思います。彼の他の作品に比べてとっつきやすく、いくら聴いても飽きの来ない粒ぞろいの楽曲で埋め尽くされていて、グッときます。

「Cirrus」の冷ややかな質感というのは、真夏に聴くと、三ツ矢サイダーを一息に飲み干すような、なんともいえないスカッ!とした清涼感、爽快感があってオススメです。「Sapphire」で繰り広げられる、シックなダブ・ステップ的なリズムもクール。また、「Jet」においてのチルアウト的な涼やかな雰囲気というのも、気持ちをやわらげ、落ち着かせてくれるはず。さらに、「Ten Tigers」では、いわゆる”グリッチ”(カチカチと引っ掻くような独特なビートが短く刻まれるジャンル)の手法に挑戦しており、低音のバシンというバスドラムの鳴りも心地よい響きとなっています。

 そして、このアルバムの収録曲の中で、ひときわ異質な雰囲気が感じられる曲が「Pieces」。

中盤での、ぶつ切りのようなブレイクビーツ的手法というのも職人芸といえ、もはや圧巻としかいいようがありません。ゲスト参加している”Cornelia”の、キュートでアンニュイな声質も、この曲調にとてもよくマッチしており、歌物の楽曲としても十分すぎるほど楽しめるはず。

このあたりの手法は、九十年代のJ-popのダンス系でも良く使われていたので、なんだか懐かしくて切なくなるような感じもありますね。

他の作品よりも、ダウンテンポ、チルアルトというジャンル性を前面に押し出した今作「The North Borders」は、ボノボらしいリラックスしたおだやかな雰囲気を心ゆくまで存分に味わいつくせる傑作といえるでしょう!



 

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