Ash Ra Tempelのメンバー、Manuel Göttschingが70歳で死去



クラウトロックグループ、Ash Ra Tempelのメンバーとして知られ、画期的な楽曲E2-E4を制作したドイツの伝説的ミュージシャン、Manuel Göttschingが70歳で亡くなりました。


ゲッチングのウェブサイトを通じて共有された声明によると、彼は先週の日曜日(12月4日)に亡くなりました。死因は明らかにされていませんが、家族に囲まれながら安らかに息を引き取ったと付け加えています。「彼が残した空白を、私たちは彼の音楽と愛のある思い出で埋めたいと思います」と声明は続けられました。


ゲッチングは、タンジェリン・ドリームのクラウス・シュルツを含むクラウトロック・グループ、アッシュ・ラ・テンペルの中心メンバーとして、1960年代後半から70年代前半の西ベルリンのアンダーグラウンド音楽シーンの重要人物となった。1971年から1973年にかけて、セルフタイトルのアルバムに始まり、米国の作家、心理学者、音楽家であるティモシー・リアリーとの共同制作によるアルバムなど、5枚のアルバムを発表している。


1975年、『Ash Ra Tempel VI: Inventions For Electric Guitar』でソロデビュー。以後、ソロ名義、またはAshraの名で作品を発表し続ける。


1981年、クラウス・シュルツェのもとを訪れたゲッチングは、後に彼の代表作となる「E2-E4」の作曲を即興で開始した。1時間に及ぶこの作品は、LSDトリップのためのリスニング素材としてスタートしたが、ヴァージン・レコードのオーナーであるリチャード・ブランソンの目に留まり、リリースを希望されるようになる。ゲッチングはその申し出を断り、1984年にシュルツのレーベルから即興演奏のオリジナル盤をリリースすることを選択した。


リリース当初はあまり注目されなかったが、次第にニューヨークの伝説的なクラブ「パラダイス・ガラージ」のラリー・レヴァンのDJセットに組み込まれるようになり、当時はゲッチングも知らなかった。1989年にはイタリアのスエノ・ラティーノがカバーし、さらに注目を集めることになる。その後、この曲の影響を受けたリミックス、カバー、トラックが多数発表されている。


『E2-E4』リリース後も音楽制作を続け、特に2000年には元Ash Ra TempelのバンドメイトであるSchulzeと『Friendship』というアルバムで再共演している。また、近年はライブ活動のほか、ソロやアッシュ・ラ・テンペルでの旧作品のリイシューを承認・監修している。