Oval 『Romantiq』/ Review

 Oval 『Romantiq』

 


Label: Thrill Jockey

Release: 2023/5/12



Review


 

Ovalの名を冠して活動するマルクス・ポップは90年代にまだ新しかったグリッチの先駆的なプロデューサーとして、ドイツ/ベルリンのシーンに台頭した。


グリッチ/ノイズの傑作としては1996年の「94diskont.」が有名である。以後、Markus Popp(マルクス・ポップ)はジャンルの定義づけや固定化を避け、柔軟なスタイルで音源制作を行っている。2010年代には、ポストロック、それ以後の時代にはアブストラクトなテクノ/ハウスを制作し、作品ごとに作風を様変わりさせてきた。


最新アルバムはマルクス・ポップのアート全般における価値観を示した内容となっている。この作品は、フランクフルトにあるドイツ・ロマンティック博物館のグランドオープンのため、デジタルアーティストのRobert Seidelと行ったオーディオビジュアル・コラボレーションから発展した。

 

ザイデルとポップは、この美術館から、広範な「ロマンティック」の定義を求め、新たなプロジェクトをスタートさせた。ポップは、サイデルの緻密で複雑なデジタル画像やアニメーションと対話し、特定のムードや感情を呼び起こすような数十の短いヴィネットを制作。このスケッチをもとに、ポップは野心的で多様なビジョンを持つ作品へと発展させた。Romantiqは、音楽のみならず、文学、建築、芸術の伝統にも目を配り、膨大な量のソースを調査している。さらに、加工されたピリオド楽器は、過去、現在、未来を通して、暗い部屋からきらびやかな宮殿のような壮大な空間へと変化する贅沢な空間をトレースするものであるという。

 

実際の音楽性については、マルクス・ポップのミニマルへの傾倒が伺える作風となっている。エレクトリックピアノの音色やパーカッシヴな効果を駆使し、そこにエレクトロニカ風の奇異な音作りを交え、抽象的な音楽空間を演出している。同じくドイツのテクノプロデューサー、Apparatの2007年のアルバム『Walls』に近いシンセサイザーの音作りで、カラフルな音色を空間的に処理し、それを曲の構成の中に組み込むという手法である。2000年代にはこういった音作りはかなり多くのプロデューサーやユニットが制作していたが、近年ではトイトロニカ風の音色はいささか以前に比べると、倦厭されつつあるように思える。2000年代のテクノ/ハウスの音作りに加え、 ストリングスの要素や強固なミニマリズムとブレイクビーツの手法を駆使することにより、以前と同様に実験的かつ前衛的な作風となっているのは事実だろう。

 

オープニングを飾る「Zauberwort」をはじめ、懐かしさのあるテクノ/ブレイクビーツが展開される。どちらかといえばクラブのフロアでのサブベースの鳴り方を意識した音作りで、実際のフロアで聴くと、その音楽はリアルな感覚を持つものと思われる。これらの音作りの中には、電子音楽の中にある叙情性を欠いていないことも理解してもらえると思う。例えば、クリス・クラークが「Turning Dragon」の時代に語っていたように、もし、良質なクラブ・ミュージックの中に欠かすことができないものがあるとしたら、(サブベースの強さやグルーブ感もさることながら)機械的な音作りの中にある人間の持つ情感ーーエモーションやエネルギーーーに尽きる。なぜなら、人間味を欠いたクラブミュージックを優先するのなら、代わりにAIに作ってもらったほうがよほど理に適っている。(Kraftwerkのようにロボット的な音楽をあえて意図するという場合は例外として)そして、それは長所だけではなく、時には、短所や欠点、期せずして生じたエラー、バグという形で実際の音楽に現れる場合もあるが、これこそエレクトロニックの最大の醍醐味でもあるわけなのだ。

 

この点において、Ovalは、この最新アルバムを通じて、2曲目の「Rytmy」に見られるように、ミニマル・ミュージックとアンビエント/ダウンテンポの要素を交え、安らいだ雰囲気や清涼感のある情感豊かなクラブビートを制作している。これがブレイクビーツ系の曲の中でもアルバムに掴みやすさを与えている理由である。また、6曲目の「Glockenton」では、Glockenspielの元にしたマレットの音色を使い、実験的なIDMを制作しているが、この楽曲からはミステリアスな雰囲気が漂い、それがアンビエント風の抽象的な空間性を演出している。

 

他にも、実験音楽に近い手法をマルクス・ポップは試している。8曲目の「Okno」では、音色のレイアウトをわざと破壊し、それを抽象的なシークエンスと融合させることで、前衛的なスタイルを確立している。Ovalは近年、空間と音を融合させるインスタレーションを行う他の電子音楽家と同様に、テクノ/ハウスを音楽そのものと把捉するのではなく、他の多角的な芸術形式から広範に解釈し、それらをどのようなイデア(概念)により、独創的に組み上げるのか試行錯誤を行っている。

 

『Romantiq』は、マレット・シンセを元にした音色が目立ち、それが音楽の全体的なコンセプトとなっている。この点を見る限り、パーカッションに重点を置いた空間的なテクノ・ミュージックとも称せる作品である。また、どちらかといえば”音のデザイン”と解釈できるようなアルバムとして楽しむことができるはずだ。

 

 

76/100





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