Yard Act 『Where’s My Utopia?』-Review  リーズのポストパンクバンドによる2ndアルバム シアトルカルな音楽性が魅力

Yard Act 『Where’s My Utopia?』

 


 

Label: Islands / Universal Music

Release: 2024/03/01


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Review



依然としてヤード・アクトのシアトリカルなイメージはデビューアルバムから二作目に引き継がれている。オープナー「An Illusion」はリーズのバンドが得意とするジェームス・スミスのスポークンワードを主体とした、ダブ風のトラックにブレイクビーツを交えたサウンドが繰り広げられる。これは、ヤードアクトの新機軸が示されたと言える。ヤードアクトのサウンドにはザ・クラッシュの『London Calling』や『Sandinista』に対する憧憬のようなものも感じられる。イギリスのパブの仄暗く、また奇妙な熱狂性を擁する空気感は『Overload』以来も健在で、ひとまずこのオープナーでデビューアルバムがブラフではなかったことを証明づけようとしている。

 

デ・ラ・ソウルやDr.DREに象徴づけられる古典的なR&Bの系譜にあるオールドスクールヒップホップのターンテーブルのスクラッチやサンプリングをモチーフにした「We Make Hits」は、アルバムのハイライトとなりえる。


ヤードアクトは、そのヒップホップの要素に、ブレイクビーツやドリルの前衛的な手法を交え、一目散にサビへと向かっていく。「俺たちはヒットを生み出す!」というシンガロング必須のサビは、彼らのステートメント代わりであり、ゾンビ風のユニークなコーラスワークが絡みあい、ひときわユニークな印象を及ぼす。米国の深夜番組「ザ・トゥナイト・ショー・ステアリング・ジミー・ファロン」のパフォーマンスでは、ディスコ風のアレンジが施され、複数の女性コーラスがゴージャスな雰囲気を醸し出していたが、このアルバムの収録バージョンは硬派な雰囲気が漂う。サビでの熱狂的な雰囲気はバンドの最たる魅力が現れたと言える。

 

 以降の3曲目「Down By The Stream」ではデビューアルバム時のベースラインが強調された硬派なポストパンクサウンドに回帰している。 旧来よりパーカションの効果を押し出し、最初のアルバムのサウンドに前衛的な効果を及ぼそうとしているが、ちぐはぐな印象を覚えてしまうのは気のせいだろうか。リズムトラックとボーカルがまったくまとまっておらず、ビートやグルーブが断裂している。もし、ビリー・ウッズのようなアブストラクトヒップホップにおける先鋭的な要素を意図している場合は、この指摘は的外れとなるだろうが、歌いやすさと乗りやすさがバンドの魅力であったと考えると、やや難解なサウンドに傾倒しすぎたとも言える。

 

その後もヤードアクトはデビュー時の印象に変化を及ぼそうとする。「The Undertow」ではストリングスをダブサウンドやスポークンワードを取り入れたパンクサウンドに織り交ぜている。部分的には古典的なソウルミュージックの影響も反映されているかもしれないが、これらの複合的なジャンルは残念ながら、化学反応を起こすことなく、線香花火のようにそのスパークが「しゅーっ」と立ち消えになってしまう。一、二年のハードワークのライブツアーの疲弊がトラックには見え隠れする。それは本来のバンドの輝きやスミスのボーカルの生命力を削ぎ落とす結果となっている。

 

しかし、その中でもディスコ・サウンドやミラーボール・ディスコ、あるいは80年代のブラック・コンテンポラリーに根ざしたエンターテインメント性の高いサウンドで、なんとか陽気な雰囲気を生み出そうと試みる。先行シングルとして公開された「Dream Job」は、デビューアルバムの時代のユニークな風味をどこかに残しながら、シアトリカルなサウンドへと転換を図っている。ボンゴのようなワールドミュージックの打楽器を交えつつ、ヤード・アクトは、叫び声を取り入れたりし、コメディー風のサウンドを作り出している。その中に、やはりアースウィンドファイアー等を参考にしたコーラスが入ると、「Boggie Wonderland」のような70年代の空気感が生み出されることもある。しかし、スポークンワードという唯一無二の武器があるとはいえども、それらがなんらかの新しい音楽として昇華されたかどうかまでは分からない。

 

「Fizzy Fish」がギターサウンドをベースに、「バック・トゥ・ザ・フューチャー」の世界へ入り込んだSF的なポスト・パンク。 ヒップホップをベースにしながらも、「パワー・オブ・ラブ」のような懐古的な感覚と未来的な感覚をクロスオーバーするようなユニークなトラックである。しかし、曲の中盤から導入されるコーラスワークはいくらか調子はずれであり、本来の持ち味であるバンドが一体になって迫ってくるようなドライブ感が相殺されてしまっているのが残念。


ただノイジーな展開からダブ風のベースラインの起点とし、いくらか落ち着いた展開に移行する瞬間のスミスのスポークンワードに、この曲の醍醐味が宿っている。もしかすると、あえてアンセミックな展開を避け、全体的に落ち着いたサウンドにしても面白かったのではなかろうか。アウトロでは再び、トラックのイントロのようなノイジーで過激なサウンドへともどるが、これも何かエネルギーがくすぶり続けるような感じで、完全な不発に終わってしまっている。

 

「Petroleum」はヤード・アクトの代名詞的なトラックで、ダブサウンドを基調としたポストパンクをチョイスしている。しかし、この曲でも疲労感が漂う。スポークンワードは本来の切れ味がなく、それは情けない呻きのようにも聞こえる。リズムトラックに関しては入念に作り込まれており、その中にジャーマン・テクノのような新鮮な要素もキラリと光る。ところが、どうしても、それらは何らかの阻害を受けたかのように、なめらかなリズムの流れが途絶え、彼らの本来の魅力である親しみやすさやわかりやすさとは正反対にある難解で奇妙なサウンドに陥っている。これはおそらく、音楽的な選択肢が多すぎるがゆえの苦悩なのであり、それが最終的にはまとまったサウンドではなく、分散的なサウンドにとどまってしまっているのが難点か。

 

続く「When The Laugher Stops」では、女性ボーカリスト、J Pearsonをフィーチャーし、シンセ・ポップを主体とするニューウェイブ風のサウンドだ。表向きの陽気さや楽しさとは別に何かバンドやフロントマンの苦悩のようなものが浮かび上がる。厳密には明言できないが、それは何らかの選択に迷っているという気がし、これがフィーチャーの部分では煌めきがあるのに、メインのボーカルではくすぶっているような印象を覚える。曲そのものは親しみやすく痛快だが、もう少しだけ単純明快でクリアなサウンドを追求してもよかったかもしれない。

 

「Grifter's Grief」はスリーフォード・モッズのようなアウトローな感じのある打ち込みをベースにしたポストパンクサウンド。ここには新鮮な試みが見られ、トロピカルなサウンドやヨットロックのような要素をまぶし、安らいだ感覚を生み出す。ここにもバンドやフロントマンの隠された本音のようなものが見え隠れする。アウトロではブライトンのKEGのように一気呵成に轟音のハードコアサウンドへと猪突猛進する。しかし、残念ながらこれも完璧な不発に終わってしまっている。


表面的には増長や拡大、暴発的なサウンドを行き来するが、アルバムで最も説得力があるのは、それと対極にある「Blackpool Illumination」である。ここにはバンド、ボーカリストとしての進化が示され、そこにはアルバムの他の曲にはない深み、そして、本当のスピリットのようなものが一瞬だけ現れる。この曲が収録されていることが、ファンにとっての救いの瞬間となりえる。

 

Zen FCを離れて、メジャーレーベルのアイランドと契約し、多忙なスケジュールを組み、それを完璧に遂行し、国外のテレビ番組にも出演するようになったヤード・アクト。

 

解釈次第では、彼らはプロフェッショナルで、売れることを宿命づけられた立場にあるとも言える。クローズ曲でも売れるサウンドを生み出そうとしているが、それらのプレッシャーを完全にはね避けたとまでは言いがたい。なおかつ、本作は彼らの本当に理想とするサウンドになったとも明言しかねる。アルバムを聴いていると、何かしら懸念が頭の隅に突っかかっているという気がし、音楽そのものも、核心から次第に離れていくような違和感をおぼえてしまった。

 

単独の素晴らしいシングル「The Trench Coat Museum」が収録されなかったのも不可解である。今回のアルバムのリリースに関しては、多忙な日程でも核心にあるスピリットを誰にも受け渡さなかったアイドルズの『Tangk』とはきわめて対象的な結果となってしまった。切れ味のあるブラックジョークのような精彩味が乏しいのも残念。


才覚に満ち溢れたバンドが過密スケジュールで疲弊する事例があるが、このアルバムほどそのことを証明づけるものはない。バンドはすぐマヨルカ島へ行き、しばらくバカンスをする必要があるかもしれない。


 

 

70/100
 

 

 「We Make Hits」

 


アルバムの発表後、「Dream Job」のほか、「Petroleum」「When  The Laugher Stops」「We  Make Hits」が先行配信されています。