イゴール・ストラヴィンスキーと『春の祭典』  今なお進化し続ける奇妙なオーケストラの大作  

ストラヴィンスキーと『春の祭典』 今なお進化し続ける奇妙なオーケストラの大作


今では古典と呼ばれる作品もそうではない時があった。イゴール・ストラヴィンスキーのバレエ曲『春の祭典-The Rite of Spring(仏: Le Sacre du printemps)』について触れるのは、もうすぐ春が来るからという単純な理由に過ぎない。今なお世界的な楽団や指揮者、バレエの演出家がその再現に手を焼く、難解なオーケストラの名曲だ。そして聞くたびにびっくりしてしまう曲でもある。

 

フランスでバレエ文化が花開き、ルイ14世の時代の国家的な芸術として確立後、 20世紀の初頭になり、パリでバレエ音楽が再興した。新しい命を吹き込んだのが同じくバレエが盛んなロシアにルーツを持つイゴール・ストラヴィンスキーだった。彼はそもそも、ムソルグスキーから始まるそれ以前の伝統的なロシア国民学派の音楽スタイルとは明確に異なるスタンスを選んだ。

 

チャイコフスキー、リムスキー・コルサコフ、ショスターコーヴィッチといったロシアの代表的な作曲家の多くは国民楽派の流れを汲んでいると言えるが、ストラヴィンスキーは「新古典派」に位置づけられ、異端的とみなされることが多い。


新古典主義音楽は、ロマン主義の過剰な傾向に対する反動として、20世紀初頭に登場した。イゴール・ストラヴィンスキー、ベンジャミン・ブリテン、ダリウス・ミヨーといった作曲家たちは、古典的な形式や技法を復活させようと、簡潔さ、明快さ、優雅さを特徴とする新しい様式を創り出しました。この運動は単なる音楽の分野にとどまらず、政治や社会運動とも深く関わっていた。


▪︎ストラヴィンスキーの革新性 ~古典と前衛の融合~   フォービズムからの影響


ストラヴィンスキーがそれ以前のグスタフ・マーラーなどを始めとする作曲家と明確に異なるのは、全体的な音の構成を均一化したり簡略化するからで、なおかつ、主題や主旋律を驚くほどクリアに際立たせる中世の宮廷音楽に近いスタンスを選んでいるからである。そのなかには、イタリアバロックからのアーテキュレーションも取り入れられいると言われる。これらの作風は、「プルチネルラ」をはじめとする1920年代前後のバレエ音楽に根強く反映されていることがわかる。また、ストラヴィンスキーは、バロックや前古典派に新しい芸術形式を付け加えた。

 

それが、ピカソなどに象徴される原始主義ーーフォービズム/プリミティズムーーからの影響である。フォービスムは絵画芸術の用語であり、1905年にパリで開催された展覧会「サロン・ドートンヌ」に出品された原色をふんだんに使用した強烈な色彩とタッチを持つ絵画の作品群を示唆している。


マティス、ルオー、ゴーギャンなどがこの作風に該当し、現地の批評家ルイ・ヴォークセルが「まるで野獣(Fauve)の檻の中にいるかのようだ」と評したことに因む。ストラヴィンスキーの音楽をきくと、これらの極彩色の派手なイメージを抱かざるをえない。また、その音楽がフォービスム派の絵画の印象と類似しているのは、音そのものが目の覚めるような色彩を擁するから。それはまた、音楽としての線やフォルムを際立たせるという作曲の技法を意味する。また、それがストラヴィンスキーの音楽をどことなくスタイリッシュにしている要因でもあろう。

 

ポール・ゴーギャン作 「我々はどこから来たのか 我々は何者か 我々はどこへ行くのか」(1897)

20世紀は、多くの音楽家にとって「再生の時代」でもあった。音楽が何のために存在するか、その意義を書き換えねばならなかった。


1913年5月29日、こけら落としが済んでまもないパリのシャンゼリゼ劇場にどよめきが起こった。どことなく不気味なコントラファゴット、けたたましいホルンやトロンボーン、爆撃の炎のようなうめきを上げるティンパニー、戦車のようにうなるコントラバスやチェロ。かと思えば、心休まるようなフルート、落ち着くところの知らない弦楽器の鋭いユニゾン……。大げさかも知れないが、最終的には観客から賞賛と批判の嵐が沸き起こった。ストラヴィンスキーがロシアのバレエ団「バレエ・リュス」のために書き下ろした『春の祭典ーーThe Rite of Spring』の初演は文字通りスキャンダラスな反応を巻き起こし、音楽の歴史の分岐点となったのである。


▪︎バレエ音楽『春の祭典』の初演 制作過程 


パリのシャンゼリゼ劇場で初演されたこのバレエ作品は、クラシック音楽の境界を押し広げた画期的な作品であった。しかし、それは単なる音楽作品にとどまらず、当時の社会的規範に対する抗議の表明でもあった。『春の祭典』は、聴衆の認識に疑問を投げかけ、自らの偏見と向き合うことを強いる作品だった。それは、聴かれることを要求し、無視されることを拒む音楽なのだ。


『春の祭典』の初演は、論争と激しい非難を招いた。会場にいた多くの人々は、クラシック音楽の伝統的な規範に挑む不協和音や型破りなリズムに衝撃を受けた。この作品は、猥褻であると見なされたため、数年間上演が禁止された。


ベンジャミン・ブリテンの『若者のための管弦楽入門』(1945年)は、活動主義のために用いられた新古典主義音楽の典型的な例である。オーケストラの抜粋をブリテンが編曲したこの作品は、若者たちにクラシック音楽とその歴史を教えることを目的として制作された。


ストラヴィンスキーの親しい友人であり共同制作者でもあったブリテンは、社会正義の熱心な擁護者でもあった。彼は音楽を、変革を推進し、平等を促進するための強力なツールと見なしていた。『若者のためのオーケストラ入門』は、クラシック音楽を民主化し、誰もが親しめるようにした作品である。これは、社会正義へのブリテンの献身と、音楽の変革力に対する彼の信念を証明するものである。言わば、この二人に共通するのは芸術が社会を変える力を持つと信じていることだろう。もちろん、それは必ずしも大きな意味での変容を意味しないかも知れないが。


シャンゼリゼ劇場で『春の祭典』が初演されたとき、ストラヴィンスキーはそれほど有名ではなかった。興行主のディアギレフが彼を起用した理由は、それ以前の数年間で制作された『The Firebird(火の鳥)』、『Petrushuka(ペトリューシカ)』で共同制作を行い、フレンドシップを築いていたからだった。新作バレエに取り組むに際して、ストラヴィンスキーは、考古学的な研究に触発され、''春の初めに処女が犠牲になる''というインスピレーションをもとにし、バレエ音楽として完成させようと試みた。実際に、ストラヴィンスキーは、考古学者、画家、衣装デザイナーのニコラス・ロエリッヒに助力を仰ぎ、スラブの伝統や儀式をバレエ音楽に盛り込もうとした。

 

ディアギレフも作品を完成に導くため、総合演出プロデューサーとして尽力した。ディアギレフは、ワーグナーが『オペラ・ウント・ドラマ(Opera Unt Drama)』という著書で記した「Gesamtkunstwerk(総合芸術)」に独自の解釈を施そうとした。ディアギレフは、ストラヴィンスキーと考えを共有しようと試みた。つまり、それは19世紀に西洋社会全体を支配していた芸術全般を道徳観や習慣の枠組みから開放するという思惑であった。彼らはパブロ・ピカソのように、現代社会への芸術の生々しい再生が新しい生命力を呼び起こすと信じてやまなかった。 


左(男性)からディアギレフ、ニジンスキー、ストラヴィンスキー、ロシアの人々と


推測するに、ディアギレフが目指していたバレエの形式は、リヒャルト・ワーグナーが言う「総合芸術」の進化版だったのだろう。絵画に組み込まれているフォービスムの表現がキャンバスの枠組みを離れ、三次元の映像力により、最終的に鮮やかな生命を得るというものである。


『春の祭典』のバレエの動きに、コミカルなトーキー映画のような表現力が見いだせるのはこのためだろう。初演では、旧来の形式に則った優雅な動きは存在せず、ぎこちない、かくかくとした動きが特徴であった。不協和音の嵐、アフリカ発祥のポリリズムを模した複合的なリズムなどは、当時の一般的な観客にとってはあまりに前衛的で、ほとんど理解しがたいものだった。


会場の沈静化のための警官が動員され、聴衆のヤジが飛び交うといった好ましくない結果を招く。しかし、その中で、多くの観客は自分たちが歴史的な事件を目撃していることを理解していた。初演の状況について、フランスのアーティスト、ヴァレンタイ・グロス=ユゴーはこのように表現した。「劇場はほとんど地震が起こったようだった。会場全体が揺れているように思えた」


ストラヴィンスキーが盟友ディアギレフと示そうとした概念は、芸術の動きを開放し、音楽に根源的な生命力を吹き込むというものであった。ストラヴィンスキーの音楽には、人生を生きる上での教訓が散りばめられているように思える。少なくとも、21世紀の私たちが『春の祭典』のコンサートを見たり聴く時、そこに音楽の偉大なパワーを感じ、生命力を感じる。それは枠組みに収まらず、生命力を奔流させるという、人間のあるべき姿が込められているように思えてならない。


しかし、ストラヴィンスキーの「春の祭典」は飽くまでこの作曲家の一面を示すに過ぎない。例えば、「火の鳥」、「プルチネルラ」など他の作品には優美さがしめされることもある。現在も多くの世界的な楽団によって演奏されるバレエ音楽『春の祭典』。初演から100年余りを経ても、作品の再解釈は一向に終わる気配がない。今後のダンサーやパフォーマー、そして、指揮者や楽団の一つの命題とも言える、今なお進化し続ける奇妙なオーケストラの大作なのです。

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