Weekly Music Feature: Cootie Catcher『Something We All Got』 トロントの四人組による強固なインディー主義に培われた一作



トロントから彗星のごとく登場したCootie Catcherは次世代のAlvvays、Bethsと呼ぶべき、今後が楽しみなバンドだ。


彼らのサウンドは若気の至りを隠すことなく青さすら感じる。そのラフさこそがクーティーキャッチャーの現時点の魅力となっている。Carpark移籍後第一作『Something We All Got』は90年代のオルタナティヴシーンのようなDIYサウンドの妙味に包まれている。ロックからエモ、パンク、エレクトロポップ、バロックポップ、フォークまでを飲み込んだエバーグリーンなサウンドが特徴だ。


昨年、インディーズの名門カーパークと契約を結んだCootie Catcher。トロントの有望株の登場だ。トロントを拠点とするこの4人組は、脆さと奔放な興奮の両方を放ち、ツゥイーポップの心を開いた優しさに渦巻くシンセと浮き立つエレクトロニクスを融合させ、そのサウンドに超充電を施している。


誰もが生活賃金を得て、見たこともないほど清潔なバスが1分おきにやってくる現実の中で生きている。 彼らが示そうとするのはもうひとつのリアリティだ。その激しい歌は、リンゴ園で片思いの相手に愛を告白する内容であり、優しい感情と混沌としたエネルギーが切っても切れない親友同士である世界。これがクーティー・キャッチャーがまさに居場所を見出すタイムラインだ。


新作アルバム『Something We All Got』は、甘さ、緊張、期待に満ちた無防備な楽曲群が放つ、クーティー・キャッチャーのビジョンをこれまでで最も鮮明かつ鮮烈に表現した作品となっている。


主に地下室で制作された楽曲を発表してきた彼らにとって、『Something We All Got』はスタジオレコーディングへの初めての挑戦となった。しかし、最初の挑戦でありながらエッジは依然として鋭く、一部は昔ながらのローファイ手法で組み立てられ、楽しげな個人収集のサンプルがプロダクションに滲み込んでいる。 サウンドは爆発的でアップビート。陶酔的なギター、泡立つようなシンセライン、高速のライブ&プログラミングドラム、あらゆる音が絶えず衝突し合う。


cootie catcherは3人のソングライターを擁している——ソフィア・チャベス(ボーカル、シンセ)、 アニタ・ファウル(ボーカル、ベース)、ノーラン・ジャクポフスキー(ボーカル、ギター)——それぞれがボーカルとして特徴的な声質を持ちながらも、恋愛とプラトニックな関係の境界線、都市の社交シーン、バンド活動というミクロな体験と後期資本主義を生きるというマクロな課題といった共通の関心事において、楽曲制作の片々で重なり合うことに成功している。


『Something We All Got』のあらゆる面に音楽制作の喜びが滲んでいる。「Quarter Note Rock」はジャングリングするギターコード、スクラッチされたサンプル、ブレイクビートのループと宙返りする生ドラムの掛け合いが部屋中を跳ね回る。ヒーローに会う失望を歌いながらも、ポジティブな爆発。 


カーパークからのデビューシングル「Gingham  Dress」では、ほぼ実現しかけた恋から痛みを伴いながら離れねばならない心情を、微笑ましいエレクトロポップのインストが支える。この曲は家庭的なテーマを背景に、絶望的な献身の枯れゆく姿を逆説的に描く。『非対立的アンセム』と称される「Puzzle Pop」は、他者にもっと求める必要性を考察しながら流れ落ち、舞い上がり、サンプルの渦の中で結末を迎える。


本日発売のニューアルバム『Something We All Got』全体を通して、cootie catcherは丘を転がり、炎の輪を飛び越えながらも、楽曲を駆り立てる生々しい感情を決して抑え込むことはない。 バンドの爽快なサウンドと、露わにされる生々しく時に不安定な感情の間には緊張感が存在し、それが彼らの独自性を形作る不可欠な要素となる。cootie catcherは隠れる代わりに、恐れ知らずの直球で挑み、あらゆる混乱と興奮へと全速力で突き進み、自らの置かれた現実を受け入れている。 


Cootie Catcher『Something We All Got』- Carpark



 

クーティー・キャッチャーの結成は、高校時代に遡り、パンデミック時代のレコーディング・プロジェクトとして始まった。四人組のサウンドは、ジャングルポップやトゥイーポップに位置づけられ、DAWを用いたデジタルレコーディングが特徴となっている。また、シンセやDJ風の遊び心満載のサンプリングを介してローファイなロックサウンドが構築されるという点では、音楽スタイルこそまったく違えど、Tortoise(トータス)のポスト世代のレコーディングスタイルを特徴としている。

 

しかし、同時に、クーティー・キャッチャーが中期以降のビートルズのように完全なレコーディングバンドと見なすのは早計となるかもしれない。実際的に、このアルバムには、彼らのライブの刺激的なシーンを想起させる瞬間ーー学生時代からの友人らしい息のぴったり取れたコーラス、ドラムやベース、ブレイクビーツが重なりあうことで生み出されるライブサウンド、そして半分ジョークとしか思えない冒険心と遊び心のある実験的なサウンドプロダクションーーを発見できるはず。また、それは従来の器楽編成にとらわれない自由なバンドサウンドのシンボライズでもある。Mac Demarco、Homeshake、Cindy Leeなどをはじめとする、ローファイなどが盛んなカナダ/トロントらしいインディーズロックのスタイルが、この最新作に濃縮されている。

 

近年、カナダのロックバンド/ポップバンドは、イギリスやアメリカ勢が示したスタンダードなスタイルを”一度解体して組み直す”という形で存在感を示すようになっている。


サウンドの再構築という点では、カナダとイギリスの中間にあるドイツの新旧の音楽が中継点となり、それらを繋ぐ橋渡しになる。ドイツのクラウトロック/ミニマルテクノといったエレクトロニクスのサウンドを、イギリスやアメリカのポップソングやロックソング、ダンスミュージックと融合させて、未知なる音楽を作りだす。これが現在のトロントのミュージックシーンの主眼である。彼らはこの流れに乗り、トロントにしか見つからないサウンドを構築していく。


バンドとしてまだまだ未完成な部分があることは否めない。ところが、その粗削りな部分、洗練されていないボーカル、バンドサウンドとして完璧主義を目指さないこと、内輪な雰囲気のある音楽性をふんだんに盛り込み、楽しさを追求すること……。これらはインディーズバンドにはなくてはならない資質でもある。ともすれば、完成されすぎたインディーズロックバンドの音楽というのは本来、”インディーズ”という枠組みには収まりきらないものなのかもしれない。これが多くの場合、メジャーレーベルに移籍すると物足りなくなる原因でもあるわけなのだ。

 

今後はどうなるかは分からないが、クーティー・キャッチャーは、トロントの現代のカレッジロックに属するタイプのバンドである。プロフェッショナリティ(専門性)を追求するのではなく、DIYでサークルバンドのようなサウンドのテイストをどこかに留めている。これはパッケージされた製品を作ろうとすると簡単には出来ない。American Footballの『LP1』のような感じで、大学の思い出づくりに、たまたまレーベルが協力して録音を行い、シーンを記録するという行為にもよく似ている。音楽作品が良く売れることが経済活動における理想であることは自明だが、音楽制作のもう一つの魅力は、経済活動とは異なる意味があるかを探究すること。いわば資本主義的な価値観とは異なるクリエイティブな意義がどこかにあるのではないかという。

 

年齢を重ねると、経済的な観念を頭から切り離すことが難しくなってくる。ただもし、資本主義とは異なる価値観を提示するニュータイプがいるとすれば、それは世間の一般的な価値観に染まらない若い人たちなのかもしれない。多くの場合、その努力はほとんど徒労に終わる。ところが、稀に理想的な何かが見つかる場合もある。 『Something We All Got」は、''クーティー・キャッチャーが高度資本主義社会の中で得た大きな成果''を意味している。効率的ではなく、コストパフォーマンスの良くないもの、彼らはその中に誰にも奪えない資金石を探し当ててみせた。

 

トロントの多彩性は、クーティー・キャッチャーのサウンドに如実に反映されている。彼らは表向きの標語に目をくらまされず、個々のオリジナリティを発揮している。そしてそれらは、カオティックなサウンドの中にあって、エバーグリーンともいうべき青春味すら感じさせる。


本作の冒頭を飾る「Loiter for the love it」に安らぎを感じるのは、クーティー・キャッチャーのサウンドが自然体だからなのだろう。ジャングリーなオルタナティヴロックソング、それはそのまま、 R.E.M、Sebadohのような内向きのエモーショナルなサウンドに転化されることもある。なおかつ、三人のソングライターを中心とするカラフルなボーカルは独特な雰囲気に満ちている。

 

DAWやDJのようなサンプリングを用いた打ち込み中心のエレクトロニクスがインディーロックソングと合体することから、クーティー・キャッチャーのサウンドは「ラップトップ・トゥイー」と称されることがあるという。


その代名詞となる「Lifestyle」はヒップホップのサンプリングを用いながら、ファンシーな雰囲気のあるギターポップを構築していく。デモ風なサウンドは、American Footballの最初期の雰囲気と通じ、シンプルなギターロックの中に安らぎを見出せる。その中で、ユニークな質感をもたらすのが、シンセやサンプリングで、これらが混在しながら、ファニーなサウンドを作り上げる。


「Straight Drop」ではThe Bethsのようなパンキッシュなサウンドが登場。ドライブ感のあるドラムを中心とするキャッチーなポップパンク風の一曲。しかし、バンドらしさは満載で、カラフルなバリエーションを持つシンセ/サンプルがバンドサウンドを取り巻き、独創的な音楽性を作り上げる。

 

4曲目「From here to Halifax」はオープナーと並んでハイライト。シンセが追加されたヨ・ラ・テンゴとも言うべき楽曲。ローファイやジャングルポップのファンにはたまらない一曲となりそうだ。この曲でも、サンプリングがビートやアレンジの役割を担い、韓国のシューゲイズプロジェクト、Parannoulのようなエバーグリーンなサウンドが特色となっている。特に、他の楽器のプレイに隠れがちなこともあるが、リズムギターが秀逸で、繊細なアルペジオやジャングリーな和音主体の演奏がこのバンドのサウンドの土台を担っている。ハチャメチャな音楽の構成のようにも思えるが、適度にブレイクを挟んだりしながら、効果的なボーカルのフレーズを作り上げ、さらに、全般的に分厚い器楽的な音の構成が折り重なり、独特な残響を生み出す。曲が終了した直後のレゾナンス(残響)の美しさは、本作全体に垣間見える一つの美学でもある。

 

  

中盤に収録されている三曲「Rhymes with rest」、「Quarter note rock」、「Take Me For Granted」はローファイの楽曲であり、トロントのインディーズシーンに触発された内容と言えるかもしれない。 その中には、フラワームーブメントを思わせるようなロックソングや、バーバンクサウンドのようなアメリカのヒッピー主義に触発された音楽性も発見することも出来る。また、現代的なバンドとしての試みもある。グリッチを用いたIDM、サンプラーを用いた重層的なサウンドを構築していく。三曲目だけは曲調が少しだけ異なり、アコースティックギターを主体としたフォークロックソング。彼らがAlvvaysのフォロワー的な存在であることを伺わせる。温和なメロディーセンスとジャングリーなロックを中心として、サンプラーが縦横無尽に駆け巡る。

 

「Quarter note rock」

 

 

上記ののローファイなサウンドはときおり、サイケデリックロックのような混沌とした雰囲気を生み出す。クリエイティヴィティを抑えず、才気を煥発させながら、持ち前のユニークなセンスを活かし、新規レーベルからのデビューシングル「Gingham Dress」、「Puzzle Pop」のような秀逸な楽曲を仕上げた。「Puzzle Pop」のコーラスワークの部分には一体感があり、聴き逃がせない。


これらは、デモソングのようなラフな質感を活かしつつ、リハーサルスタジオの熱狂的な空気感を楽曲に持ち込んでいる。まだ完成されていない荒削りな部分もあるし、音楽の構成としてもチグハグな箇所もあるかもしれない。しかしながら、そのズレのような箇所が武器である。これらは最初に言及したような完璧主義とは対極にある彼らの”DIYサウンドの真骨頂”でもある。

 

以降の二曲はどちらかといえば、レコーディングソングというより、現時点のバンドのライブサウンドの記録である。


後半の最大のハイライト曲「Stick Figure」ではブレイクビーツのようなテクニカルな手法を用いる場合もあるが、全般的にはジャングルポップに基軸を置いている。こういった曲でも、Beths、Alvvaysの系譜にあるキャッチーなボーカルメロディを中心に聞きやすい音楽が展開される。


「Going Places」も現行のアルトロックバンドの音楽性に沿った内容であるが、ボーカルのコーラスワークに重点が置かれ、アンセミックなフレーズが作り出される。全般的には口ずさめる旋律を活かし、適度に脱力感のあるロックソングが練り上げられていく。彼らのスタンスにはやはり、完璧主義を目指さず、余白や空白をどこかに残しておくという考えが通底している。

 

フルレングスを制作する際には、あらかじめ大きな枠組みやコンセプトを決めておき、それに沿って制作を進めるという手段もあるが、クーティー・キャッチャーの場合は、多くが瞬発性に根ざしている。ただ、言うまでもなく、その無計画性は曲の洗練度やアンサンブルとしての精度を除いてのはなし。また、そういった自由な感覚が全体に反映されているのが素晴らしい。実際、その時に楽しいと思うことをやり切るのは容易なことではない。このアルバムの音楽は、他の作品に比べて、劇的であるとも卓越しているとも言いきれない。けれども、そのほどよくぬる〜い感じが良く、聞いているときに癒やしや安らぎをもたらす。欠点は長所でもある。

 

冒頭にも述べたように、分刻みのスケジュールのような都会的なあくせくした雰囲気はほとんどない。リハーサルスタジオで彼らが理想とする音楽概念の構築に思い切り時間をかけているためか、時間が緩やかに流れているような感じがある。これがこそが『Something We All Got』の醍醐味となっている。また、このアルバムは一般的な成果主義を目指さず、瞬間瞬間を楽しんでいるような感じで、素晴らしかった。明確な理由はないものの、何度も聞きたくなり、癖になってしまう。また、その正体が、クーティー・キャッチャーが数年をかけて構築してきた彼らなりの強固な''フレンドシップ”であるとすれば、それもまた納得できるというものだろう。

 

 

 

85/100 

 


「Puzzle Pop」



▪︎Cootie Catcher 『Something We All Got』

Lisen/ Stream: https://found.ee/cc_swag

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