Hollie Cook 『Happy Hour In Dub』

Hollie Cook   『Happy Hour In Dub』

 

 


 

Label: Merge

Release: 2023/8/11

 

 

Review


現行コズミック/トロピカル・ポップを代表するイギリス・ウェストロンドン出身の歌手、ホリー・クックによる正真正銘のダブ・アルバム。本作は最近、バラエティーに富んだカタログをリリースするMerge Recordsから発売となっている。

 

本作は、ホリー・クックの絶賛された2022年のアルバム『ハッピー・アワー』と対になる天国のようなダブ・ヴァージョンのセット。2012年以来となるホリーのフル・ダブ・アルバム『Happy Hour in Dub』は、オリジナル・アルバムのモダンなラヴァーズ・ロックをよく聴くことによって生まれた。

 

本作はレゲエのサンプリングのサブ・ジャンル、ラヴァーズ・ロックを基調にしたトロピカル・ポップが満載である。ダブのエグミのあるディレイのエフェクトは、パーカッション、リズムトラックに全面的に施されている。ファンクを基調とするホルガー・シューカイというよりは、リントン・クェシ・ジョンソン、マッド・プロフェッサー周辺のダブの先駆的なサウンドに立ち返っている。音楽的な見識、理解度の深さに関しては、もちろん、彼女の血縁関係を見れば明らかだろう。ホリー・クックの父親はセックス・ピストルズのドラマー、ポール・クック、母親はカルチャー・クラブのバッキングボーカリストであったジェニ。もちろん、ホリー・クック自身もポスト・パンク時代にThe Slitsのメンバーとして活躍していることは周知のとおり。 


The Slitsのセルフタイトルのデビュー・アルバムでは、オープニング曲を聞けば分かる通り、いわばパーティー色のあるご機嫌なダブが最大の魅力だった。このアルバムでは、ダブとともに当時隆盛をきわめたスカ風のサウンドも含まれていたと思う。他方、クックのソロ作では、スカの要素はほとんどなく、プロデューサーと協力して、コンフォタブルなダブの精髄を探求している。収録曲全てにダブというサブタイトルが銘打たれている念の入れようには頭が下がる。

 

 

 

アルバムは、「Praing In Dub」を通じてエレクトーンの懐かしい音色で始まる。まったりとしたラヴァーズ・ロック・サウンドはTrojan時代のボブ・マーリー・サウンドへ回帰を果たしたかのようだ。そしてそれは単なるレゲエというにとどまらず、蠱惑的な雰囲気を醸成する場合もある。


裏拍の強いリズムはもとより、エレクトーンの紡ぎ出す甘ったるいメロディーにも注目したい。分けても、ダブ・サウンドとして主要な特徴であるスネア/タムのミックス/マスターの洗練度が生半可ではない。俗に言う「音のヌケ」というのを徹底して試行錯誤した痕跡が残されている。ダブの制作者としては、プロデュースとしう側面に関しては大いに学ぶべき点があるかもしれない。


もちろん、音質やプロデュースの側面から離れ、単なるリスニング体験としても、本作はエンターテインメント性に溢れている。

 

レゲエを基調としたベースライン、ギターのⅱ拍目とⅳ拍目を強調したカッティング、ドラムのインプロバイゼーション、ライブセッションの醍醐味が随所に詰め込まれている。ときには、The Clashの『London Calling』、『Sandanista!』のようなコアなサウンド・アプローチをセンスよく取り入れていることにも注目したい。長らくメインストリームのパンク・バンドは、これらのレゲエの影響下にあるダブ・サウンドを忘れていたかもしれないが、ホリー・クックだけは、これらの音楽を忘れる由もなかった。リアルタイムのミュージシャンとして当然のことだろう。


もちろん、復刻やリヴァイバルばかりがホリー・クックの使命なのではあるまい。ロンドンのポスト・パンク・バンドの音楽性の中核を担う、まったりとしたトロピカル・ポップ/ラヴァーズ・ロックで、このジャンルの印象を改めようとしている。また、ダブに加えて、懐かしのAOR/ソフト・ロック、ニュー・ロマンティックのシンセの宇宙的な雰囲気も漂っている。これらの要素は、アンビエントまではいかないが、ニューエイジっぽい通好みの空気感を作り出している。

 

 

 

アルバムの前半部は、セッションの面白さを追求したミュージシャン好みのインスト曲が多いが、中盤になると、少し音楽的なストーリー性、つまりナラティヴな要素をダブサウンドの中に織り混ぜようとしている。Josh Skints、Jah 9といったコラボレーターが参加したボーカル・トラックでは、リントン・クェシ・ジョンソンの「Inglan Is A Bitch」のごとき渋い印象を生み出す。スネア/タムの波形にディレイ/リヴァーヴを掛け、サンプリングをリズム・トラックとして出力するという基本的な作法により、幻惑的なダビング録音の渦の中にリスナーを呼び入れる。


実際、アルバムを聴いていると、心地よいサウンドにいつまでも浸っていたいという気分になる。また、これらの原初的なダブに、ホリー・クックはR&Bのボーカルのエッセンスを加え、メロウな雰囲気を加味し、モータウン・サウンドに代表されるサザン・ソウルをボーカルにより再現している。このことは、中盤の注目の楽曲「Kush Dub」にて体感していただけると思う。

 

AORやソフト・ロック、ニューエイジの影響もありながら、アルバムの最後に収録されている「Happy Dub」は、ラヴァーズ・ロックを越え、レゲエの原初的なサウンドに回帰し、ジミー・クリフ、ボブ・マーリーに象徴される、ジャマイカ音楽の本質的な良さを継承している。トロピカル、リゾート、ヤシの木、ココナッツの木、エメラルドの海、パラソル、カクテル、ビーチ、雲ひとつない見渡すかぎりの青空を、アルバムの音楽を介してイメージすることは何の造作もない。そういったリラックスした感覚に満ちあふれた夏らしい快作としておすすめします。

 

 

82/100

 


 

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