Weekly Music Feature: Whitelands 『Sunlight Echoes』  ロンドンのオルタナティブロックバンドのステップアップ

Weekly Music Feature: Whitelands  ロンドンのオルタナティブロックバンドのステップアップ

 


ホワイトランズは、同名の大学のキャンパスで結成された。バンドはシューゲイズに特化したインディーズレーベル、ソニック・カテドラルと契約を交わし、イギリスのシューゲイズシーンで知名度を獲得した。以降、ピッチフォークフェスティバル(ロンドン)に出演したことは記憶に新しい。ギター/ボーカルのエティエンヌは一昨年、ピッチフォークフェスティバルの前にMUSIC TRIBUNEの質問に答えてくれ、日本のアニメが大好きだと教えてくれた。また、武道館公演の秘めた野望を明らかにした。バンドは前作のミュージックビデオ撮影のため、渋谷を訪れている。


本日、ソニックカテドラルから発売されたホワイトランズのセカンドアルバム『サンライト・エコーズ』は、スローダイヴからデイヴィッド・ジョンソンまで幅広いファンを獲得した原初的なデビュー作を基盤としつつ、シューゲイザーの影から抜け出し、より大きく、より良く、明るい場所へと導く広がりのあるサウンドを構築した。 長年の協力者、イアン・フリンがプロデュース、2度のグラミー賞受賞者エドゥアルド・デ・ラ・パス(ニュー・オーダー、ザ・ホラーズ、ザ・シャーラタンズ、The KVB、ドラッグ・ストア・ロミオズ)がミキシングを担当した。 


「私たちは成熟し、リアルになって戻ってきた」ボーカル兼ギタリストのエティエンヌ・クアルティ・パパフィオはステップアップについて語っています。「それは、私たちの音楽がどれほど感情的になったかに表れています。成熟とともに新しく自信も生まれた」 見事なメロディーが随所に散りばめられているだけでなく、エティエンヌのボーカルが全編を通して前面に出ている。


「チャペル・ローン、レイチェル・チヌリリ、サブリナ・カーペンター… 。彼女たちが今の私の歌のスタイルを形作った」とエティエンヌは言う。「私は取り残されたくなかった。Reddit ではシューゲイザーのシンガーたちの現状について不満の声が上がっていますが、そこがまさにWhitelandsの真価を発揮する場だと思う。自分にもっとできることはないか試してみたかった」 


「エティエンヌが限界を打ち破っていく姿を見るのは、本当に素晴らしいことです」 ある意味ではバンドの見守り役のベーシストのヴァネッサ・ゴヴィンデンは付け加えます。「このアルバムで私たちが取った方向性がかなり好きです。 リスクを冒している。半分半分かな」 彼女の言う通り、アルバム前半はブリットポップを思わせる軽やかさがあり、曲の背景にある深刻なテーマを覆い隠している。一方後半はあらゆる意味で重みを増し、荒々しさと重厚さが加わる。


「このアルバムは『耐え抜くこと』がテーマだ」とエティエンヌは語る。 「家族が亡くなり、私は金欠で、ADHDの薬も不足していた…。苦しんでいたのは自分だけじゃなく、周りのみんなもそうだった」ヴァネッサは締めくくる。「この2年間は本当に厳しかった。宇宙が本当に俺たちを弄んだのかも知れなかった。だからこそ喪失、断絶、分裂、渇望といったテーマが込められている。でも、その向こうには結束と希望もある」『Sunlight Echoes』は、この圧倒的なバンドによる詩的でメロディアスな宣言だ。ホワイトランズは逆境に立ち向かい、勝利を収める。

 


Whitelands 『Sunlight Echoes』-  Sonic Cathedral



今週は、激戦のリリース週間といえるが、ベストアルバムとして上がってきたのは、最も意外なバンドの作品であった。前作アルバム『Night-bound Eyes Are Blind To The Day』からホワイトランズは明らかな成長を遂げている。前作を聴いて、私はこのバンドをよく分かった気でいたけれども、それは大きな誤りであったと言わざるを得ない。彼等にはぜんぜん知らない一面がたくさん残されていた。そして、まだまだ彼等には知られざる魅力があったのである。レビューを行う上でも全てを明らかにせず、知り得ない点を残しておくことは悪くないと思う。


前作では、飽くまでシューゲイズやドリーム・ポップという範疇にとどまっていたWhitelandsのサウンドであるが、最新作では必ずしもインディーズミュージックにこだわっているわけではないと思う。どころか、ザ・シャーラタンズなどの90年代のブリットポップのサウンドを踏襲した音楽性で、幅広い層のリスナーを取り込もうとしている。ギター、ドラム、そしてベースなどのアンサンブルとしての音の作り込みは緻密である。と同時に、エティエンヌのボーカルはバンドの音楽性にポップネスを付与し、全体的にキャッチーで掴みやすい音楽性が押し出されている。全体的には、Sport Teamのような明るさとはつらつとしたイメージが加わっている。

 

しかし、上記のプレスリリースを見てもわかる通り、  『Sunlight Echoes』は90年代のブリットポップの主軸に据え、ホワイトランズらしいインディーズロックのサウンドを追求しているが、同時に、明るさと暗さの二面性を映し出す作品である。まるでアルバムの前半部と後半部では、まったく別のバンドの作品であるかのように、ホワイトランズの光と影の側面を鏡のように映し出す。本作の冒頭では青春時代の謳歌を感じさせる純粋な明るさがあるが、後半部では作風が一転し、オルタナティヴロックバンドとしての影の部分が顕わになってくる。後半部では、ソングライターの内面へと鋭く沈潜し、切実なテーマが明瞭になってくる。まるでそれは外側の光を内側の影に当て、本質を浮かび上がらせるという芸術的な技法である。この二面性が、この最新作のハイライトとなり、またフルアルバムとしての完成度の高さを証明付けている。

 

表向きではポップではあるが、裏側では相当すごいことをやっている。特に、ギターの音色の作り込みが凄く、実際的に、このアルバムのサウンドを構築するために、バンドメンバーはアナログのテープのリールを前に、相当数の試行錯誤を重ねている。シューゲイズの代名詞的なギターワークも登場するが、今作で意図されているのは、旧来のシューゲイズサウンドの解体と再生である。 そしてアナログのエフェクトを主体に、それらを最終的にデジタルで出力するという面倒な作業を完成させたのが、イアン・フリンとグラミー賞プロデューサーのエドゥアルド・デ・ラ・パスだ。この三位一体のタッグによって、洗練された作品が出来上がった。このアルバムはブリットポップとシューゲイズが合体した画期的な作品で、''Brit-Gaze(ブリット・ゲイズ)''も呼ぶべきサウンドの誕生を予感させる。(ネーミングセンスはあまり良くないが)

 

全体には、バンドメンバーの人生の足跡をたどるかのように長い時間が流れている。冒頭を飾る「Heat of Summer」は昨年、単独のシングルとして公開されたが、このバンドを古くから知るファンにとっては驚きの変貌ぶりだろう。サウンドの下地は、依然としてドリーム・ポップやシューゲイズであることに変わりないが、ボーカルの印象ははつらつとしていて、ほとんど鬱屈したような感情とは無縁である。まるでロンドンの空の霧が晴れたかのようにボーカルの印象は明るく、爽快なイメージすら与える。80年代のダンスポップやディスコポップを反映させ、コクトー・ツインズのようなサウンドを押し出し、それにダンサンブルなリズムを付与している。そしてそのサウンドは、Wild Nothingの最初期のようなスタイリッシュな響きをもたらす。特に、今作ではボーカルのメロディーラインの親しみやすさに焦点が置かれ、それらは先にも述べたように、90年代のブリット・ポップの一般的なイメージを再提示する。この曲には、ポップになることを恐れないソングライターの意図を読み解くことができる。実際的に、ホワイトランズの曲の中では、最も聞きやすく、取っつきやすいナンバーとなっている。

 

今回は特に、広い層に支持されるポップソングを書くということに抵抗がなくなった印象を覚える。そして、その試みはかなり成功したのではないかと思う。それはシャーラタンズの系譜にあるポップソング「Songbird(Forever)」に目に見えるような形で現れている。レコード産業全盛期を思わせるバブリーな雰囲気、また、ある意味では英国の音楽産業が著しい存在感を放っていた独特な多幸感のある空気感が、この曲には乗り移っている。だが、依然としてホワイトランズらしさが健在で、ドリームポップやシューゲイズ風の切ないメロディーラインが耳を捉える。特に、この曲のサビ(コーラス)は、ヒットソングの定型をよく研究していて、それらを忠実に再現している。また、全体的なプロデュース/ミキシングの側面でも、ブリットポップらしさが加わり、弦楽器のアレンジがボーカルの録音と絶妙に溶け込み、美しい音響効果を作り出す。そして何より、旋律的な効果にとどまらず、Nation of Languageのようなダンサンブルなポップソングの効果が、Pet Shop Boysのようなリズミカルな乗りやすさを生み出している。ここにも、軽く聞きやすい音楽を書くことを恐れぬ姿勢が如実に反映されていると言える。この曲に見受けられるような青春の淡い味わいがアルバムの序盤のハイライトである。

 

 

「Songbird」

 

 

インタリュードのような感じで導入される「Shibuya Crossing」は渋谷交差点をテーマに選んだポストロック/音響系を基調にした一曲だ。ホワイトランズの内省的な一面を反映させた上で、渋谷で感じた近未来的な空気感を、ギターミュージックとボーカルを介して表現している。プロデュースとしては、ディレイによりプログレロック風の音響効果が加えられることも。言ってみれば、Pink Floydの最初期の傑作『Echoes』の現代版とも言える実験的なサウンド。曲の最後には、電車の発着時のアナウンスのサンプリング的なSEが登場する。この音楽により、ホワイトランズは見事に時間と空間を飛び越え、遠く離れた場所の音楽性を生み出している。

 

アルバム序盤の80年代のダンスポップ/エレクトロポップのサウンドを踏襲した音楽性は、一つの頂点を続く「Glance」で迎える。この曲は小説の一節にちなんだ前作『Night-bound Eyes Are Blind To The Day』の音楽性と地続きにあり、全般的にはドリームポップやシューゲイズの中間に属する。しかし、やはりボーカリスト、エティエンヌの印象が一変し、Sport Teamのような爽快味と甘酸っぱさを兼ね備えたボーカルが、楽曲の全体的なイメージを形成する。また、ボーカリストの情熱的で叙情的な一面ばかりに目を取られがちなのだが、バンドのアンサンブルにも刮目すべき箇所がある。ドラムの華麗なタムの演奏が、このメロディアスなポップロックソングに安定感をもたらしている。いわば、エティエンヌの人間的な成熟という表側のイメージの向こうには、全体的なバンドとしての実力の底上げの瞬間を見出すことができる。 また、ボーカルの録音でも、輪唱の形式をなぞられ、2つのボーカルを併置し、多彩なサウンドを作り上げている。しかし、同時に、それらの複雑さを帳消しにするキャッチーさがこの曲の一番の魅力である。思わず口ずさんでしまうような親しみやすさのあるボーカルのメロディー、これが商業的なポップソングを書く上では基本的には欠かせない要素になってくる。

 

中盤部を最後を飾る「Sparklebaby」はアルバムの前半部の明るさの集大成をなしている。この曲では、Beach Boysのブライアン・ウィルソンのソングライティングを継承し、それらを”モダンなドゥワップ”とも称すべき作風に置き換えている。この曲で感じられる天上的な多幸感、そして、その合間に感じられる青春のエバーグリーンな空気感が、見事なコーラスワークを通じて体現されている。前曲と同じように、複数のボーカルの録音が配され、素晴らしいハーモニーを形成している。とくに曲の終盤での声のハーモニーは息を飲むような美しさがある。こういった曲は、ゴスペルとかコラールを現代的な感性によって組み替えようというのである。

 

「Blankspace」は最もホワイトランズらしい一曲であって、 なぜか聴いているだけで元気が出てくるし、また、ふしぎと活力がみなぎってくる気がする。2000-2010年代のポスト世代のシューゲイズサウンドを彷彿とさせるところがある。Wild Nothing、DIIVといったアメリカのアルトロックシーンのバンドの音楽性を受け継ぎ、それらにブリットポップの色合いを添えている。そしてやはり、ギターは轟音でうねりまくるが、 ボーカルの聞きやすさは維持されている。

 

この曲以降がアルバムの後半部となる。明るさや爽快感、また時には多幸感のような感覚を中心としていたアルバムの前半部からの印象がガラリと変化していき、気鋭のオルタナティヴロックバンドとしての性質が顕わになる。手放しに称賛したい楽曲が3つほど収録されている。『Sunlight Echoes』の凄みは序盤にあるのではなく、後半部の畳み掛けるようなクオリティにある。 

 

「I Am Not God,An Effigy」はバンドのドリームポップの性質が色濃く反映されているが、 SlowdiveやRIDEといったイギリスのシューゲイズに、シャーラタンズのようなブリットポップの色合いを添えている。ヴァースやコーラスの箇所だけに配慮するのではなく、間奏の箇所でもしっかり聞かせどころが作られ、シンセの音色により弦楽器のような音色を作り出し、このバンドの持ち味である美的なセンスを体現させる。そしてボーカルはバンドアンサンブルの全体的な和声進行と連動するような形で、内的な苦悩を最も感情的に表現していくのである。そしてその瞬間、胸を打たれるというか、表向きの音楽の裏側にある本当の核心に突き当たる。また、そのとき、表面的なやりとりだけでは知り得ぬ本当のバンドの姿に触れたという気がする。曲の後半では、シンセ、ギターがユニゾンが描く中、主旋律としての低音部のベースが浮かび上がる。ギター、ボーカル、そしてドラムが表面的に活躍するが、ここではベースが主役になる。こういった曲を聴くと、バンドは改めてどのパートも軽視することが出来ないのである。

 

「Dark Horse」と「Mirrors」の流れは圧巻で、間違いなく後半部の最高の聞き所となる。久しぶりに聴いていて感嘆の言葉を漏らしたほどだった。2つの曲ともに、アルバムの序盤の収録曲とはまったくイメージが対照的で、いわば人生における苦悩の側面が暗示的に明らかになる。今作は立方体のようであり、一側面が見えたかと思うと、それとは別の側面が出てくる。しかしもし、その苦悩を単なる傍観者(他者)として見るのではなく、同じ立場にある追体験者(自分)として見るのであれば、その音楽には、なにかしら勇気づけられたり、鼓舞されるところがきっと見つかるはずである。音楽的な体験というのは、単なる享楽的な行為にとどまらず、まったく見知らぬ人、あるいは少しだけ知っている人との感情的な回路を作り、音楽的な側面でリンクするという行為である。えてして、彼らのサウンドに勇気づけられるものがある理由は、ホワイトランズの面々は、自らの人生に直面した際、それと闘うのである。これらの姿、あるいは勇姿ともいうべき姿勢が音楽に乗り移り、独特なカッコよさに繋がっている。いずれも楽曲も、ボーカリストとしての個性、アーティスティックな感性のあるギター、的確なリズム感を保つドラム、そして特に、存在感あるベースの化学反応により成立している。「Mirrors」はアルバムのベストトラックであり、休符を効果的に挟んだ素晴らしいアルトロックソング。ベースが凄く、絶妙な対旋律を形成する。ぜひ聞き逃さないようにしてほしい。

 

いつも私自身はアルバムは収録順に聴くため、最後の曲を重要視していて、クラシック音楽のコーダのような感じで聴くことが多い。その中で、最後の曲は、バンドが言う”結束や希望”という一つの結末を暗示している。そして後半の序盤の曲と同様に、ヴァネッサのベースが主役的な役目を担い、曲の土台や骨組みを形作っている。私は以前からバンド写真を見るとき、彼女こそバンドの司令塔のような存在であり、影のフロントパーソンではないかと思っているが、どうやらその直感は正しいのかもしれない。ホワイトランズの曲がどのように出来ていくのか、その過程を実際の演奏によって解き明かしている。この曲には、ブリットポップに対する愛情が垣間見える。それはエティエンヌの開けたような感覚のあるボーカルの歌い方や旋律に宿っている。

 

最後の曲を聴くと、彼らはおそらく、オアシス、ブラー、オーシャン・カラー・シーン、シャーラタンズ、スパイラル・カーペッツ、ハッピー・マンデーズ、ストーン・ローゼズ、ヴァーヴなど、英国音楽の全盛期をどこかで追体験したり通過してきたことを伺わせる。そして、イギリスのインディーズシーンを中心に鳴り響いていたホワイトランズの音楽が、すでに屋内の小さな会場には収まりきらず、大きな青空の下で鳴り響く時が到来しつつあることを予感させる。

 

  

88/100 

 

 

「Mirrors」

 

 

 

▪Whitelandsのニューアルバム『Sunlight Echoes』は本日、Sonic Cathedralから発売されました。ストリーミングはこちらから。 





▪️レビュー


WHITELANDS 『NIGHT-BOUND EYES ARE BLIND TO THE DAY』

0 comments:

コメントを投稿