【Review】 CLYDE & Algernon Cornelius  『Stick a Fork in It』

CLYDE&Algernon Cornelius  『Stick a Fork in It』


Label: Instinctive People 

Release: 2024年9月13日



Review

 

ロンドンとマンチェスターのヒップホップの異なるタレントの融合を楽しめるのが、今作『Stick Fork in It』である。CLYDE/Algernon Corneliusは、両者ともお世辞にもオーバーグラウンドな存在とは言えず、アンダーグラウンド・ヒップホップの次世代を担うMC/プロデューサーである。コラボレーション・アルバムというのは、2つの異なる才覚や音楽的な性質が掛け合わされて、それまで全く考えも及ばなかったような化学反応を起こすという利点がある。ある意味、『Stick a Fork in It』はそんなコラボレーションの醍醐味が凝縮された作品となっている。


このアルバムはシンプルに言えば、サンプリングの楽しさを徹底的に追求したアルバムである。ブレイクビーツのリズムを元にして、チョップ的な音飛びを作り、その合間にどのようなサンプリングを挿入するのか、そのアイディアの豊富さには瞠目すべきものがある。CLYDEとCorneliusのサンプリングの考えは、De La Soul、Dr.Dreの系譜に属し、古典的な内容でありながらも、楽しさと遊び心に満ちあふれている。二人のプロデューサーの手に掛かると、驚くべきことに、どのような素材もサンプリングのネタになってしまう。昔のTV番組や映画のオープニングや挿入歌や、エキゾチックなインドや中東のポップス、ボーカルのダビング録音など、あらゆる題材が彼らの音楽的なアイディアになってしまう。つまり、本来、音楽と見なされないものまでヒップホップのサンプリングやトラックメイクのテーマになってしまうのだ。あらためて、サンプリングの持つ楽しみや面白さが本作の随所に散りばめられている。それは子供の遊びのような純粋さと音楽的な興味を介して、彼らのオルタネイトなヒップホップが繰り広げられる。

 

両者は、ジャズやネオソウル、ヴィンテージソウル、アフロソウル、現代的なアブストラクトヒップホップに至るまで、多角的にこのジャンルの作法や技法を吸収し、オリジナリティ溢れるトラックを制作する。ラップとしてもかなり多彩な音楽性が含まれていて、米国のサザン・ヒップホップなどのギャングスタラップの系譜にあるドラッギーな文脈や表現も内包されている。

 

そして、もうひとつ、厳密に言うなら、両者のうち、どちらがこの要素をもたらしたのかは不明なのだが、エキゾチックな音楽が彼らのヒップホップには織り交ぜられていることがわかる。パキスタンやインドの中東のポピュラー音楽がブレイクビーツやトラップの流れの中を変幻自在に揺らめく。どことなくいかがわしげで、不思議な感覚を持つそれらのエキゾチズムは、彼らの都会的な空気を吸い込んだマイルドなリリック、フロウ、そしてラップバトルのように白熱したマイク捌きにより、それらのエキゾチズムは中和される。さらに、そこにより深みをもたらすのが、De La SoulやDreの系譜にある古典的なソウルからの引用であり、全体的に聞くと、サイケ・ソウルや、アフロ・ソウルのような極彩色のR&Bのように聞こえなくもない。  


しかし、こう言うと、過激な音楽性を思い浮かべる人もいるかもしれないが、実際のCLYDE、Algernon Corneliusのボーカルのニュアンスは基本的に、かなりナイーヴであり、繊細である。例えば、このアルバムには、サブリミナル効果のような働きをなす同一のフレーズが何度も別の曲に登場する。もちろん、曲調によって、それは楽しいイメージを呼び起こしたかと思えば、悲痛な叫びへと変わる。両者の現代社会に生きる中での感覚の鋭い変化や内的な感覚を巧みに表現したのが、本作の凄さなのである。そして、その内的な叫びのようなものは、まるで日常生活においてタブーとされているもの、あるいは表側に吐露することが叶わぬもの、こういったラップでしか表現しえないことを時にストレートに、それとは正反対にオルタネイトにリリックやライムとして外側に吐き出しているから、何かしら胸を打つものがあるわけである。

 

現代のヒップホップはどうしても、商業主義を度外視するのが年々難しくなっているのではないか。それは米国やカナダからビックスターが登場し、そして、ロンドンでもStormzyなどこのジャンルのスターが登場している。それはある意味では、1980年代のジャクスンの時代と重複する部分があり、ヒップホップ自体が宣伝的な役割を持つ音楽に変わったということである。しかし、前の時代の経緯を知ってか知らずか、この流れに対抗する勢力がアンダーグラウンドで息を巻いている。これらのグループは、ヒップホップの原初的な魅力を再発見しようと試み、新しい音楽的なニュアンスや、これまでになかった実験的な要素をもたらそうとしている。いわば、ヒップホップがミックステープの文化の範疇にあった頃の魅力を呼び覚まそうというのである。ヒップホップの最大の魅力とは洗練されていることではなく、音楽にちょっとした遊び心や、他の主流の音楽とは異なるアンダーグラウンド性を再発見することなのである。


そういった側面では、『Stick a Fork in It』は、ヒップホップが未だ主流派ではなかった時代のマニア性、いかがわしさが体現されている。本作においては、「Lemons」のように、サイケ・ソウルのサンプリングを背後に繰り広げられる前のめりなフロウ、サンプリングの楽しさをアナログ時代のダブと結びつけ、さらにUKベース等のアンダーグラウンドのクラブミュージックと融合させた「Mudd」をはじめ、JUNGLEのような音楽性を見出すことができる。特に、逆再生とテープディレイを掛けたボーカルが、これらの古典的なソウルを基底にしたクラブミュージックの最中を駆け抜ける。両者の音楽は、ローファイな感覚に縁取られているのは事実だが、本作のクローズ「Fathers」を聞くと、スコットランドのYoung Fathersのようなスター性の片鱗も捉えられるかも知れない。両者はUKヒップホップの注目の存在であることは疑いがないようだ。

 

 





78/100
 
 
 

CLYDE:


リアル・ヒップホップの研究者であるCLYDEは、ダークなビートもライトなビートも同様に、サンプル・ヘビーな連打を生み出す。イギリス生まれのイギリス育ち。池の向こうで作られる音楽から多大な影響を受けながら、彼はオリジナルでインスパイアされたものを作ろうとしている。


CLYDEは、友人が家に置いていったRoland MC-307でエレクトロニックとサンプル・ベースの音楽を作り始めて約6年になる。ジャズやメタル・ドラムの経験もあり、パーカッションは彼の音楽において重く確固たる位置を占めている。2016年初めにDome Of Doom Recordsに加入し、同レーベルの唯一の英国人メンバーであるCLYDEから初のフルレングス・テープをリリースして以来、CLYDEはライブ・アプリケーションで小さな成長を遂げている。DaedelusとSamiyamのサポート(本当に夢が叶った)やヘッドライナーを務めるなど、ライブへの出演が少しずつ増えている。

 


Algernon Cornelius:

 

アルジャーノン・コーネリアスは、マンチェスター(リーズ経由)出身のラッパー、プロデューサー、マルチ・インストゥルメンタリストであり、リーズとマンチェスターのDIYシーンの中心的存在として、アーマンド・ハマー、ケイクス・ダ・キラ、ムーア・マザー、シャバズ・パレイス、ザ・バグ、ティーブスらと共演してきた。

 

コンピレーション、ミックステープ、EP、インストゥルメンタル・ビート・テープ、サイド・プロジェクト、分身アルバムなどをリリースしてきたが、この12ヶ月で「Neither Gloaming Nor Argent」、ラップ・シングルのコンピレーション・アルバム『Both Before And After The Dark』と、"公式 "デビュー・ラップ・アルバム『The Miraculous Weapons of Clarkus_Dark』をリリースした。アルジャーノンのスタイルは「冷酷でエモーショナル」(Exposed Magazine)と評されている。「アルジャーノン・コーネリアスは、今ヒップホップで最も興味深いアーティストの一人だ」(Focus Hip Hop誌)