New Album Review My Idea 「CRY MFER」

 My Idea 「CRY MFER」

 



Label:Hardly Art


Release:April 22.2022



ニューヨークを拠点に活動するリリー・カニンスバーグ、ネイト・アトモスのインディーロックデュオの最新作「Cry Mfer」はサブ・ポップの傘下にあたる、Hardly Artからリリースされている。表向きには、フォーク、シンセポップ、インディーロックの要素を交えた口当たりのよい音楽が生み出されている。特に、リリー・カニンスバーグにとって本作は、飲酒に対する依存症から解放されるため、ぜひとも制作されねばならなかった。また、これはリリー・カニンスバーグとネイト・アトモスの両者の関係性を明確にするため、音楽を介しての対話と称することが出来る。

 

リリー・カニンスバーグは、このアルバムの制作段階において、飲酒習慣をきっぱりやめ、現在もそれは続いている。しかし、問題となったのは、それまでの制作におけるモチベーションの低下をカニンスバーグは感じ取っていたことである。何らかのライターズブロックのような壁にぶつかるたび、カニンスバーグは、その誘惑を払い除け、アルバム制作を通じてネイト・アトモスとの緊張した関係が徐々に解消されていき、より明るく、前向きなものに変わったともいえるのである。

 

幾つかの収録曲では、そういったリリー・カニンスバーグの内面の夢遊病的な感覚と現実的な感覚の間を揺れ動くような得難い瞬間が捉えられる。どことなく夢見がちではありながら、視線を現実から片時もそらすことなく、目の前にある何かを直視するカニンスバーグの苦闘もほのかに滲んでいる。ちょっとした遊びのような雰囲気を醸し出しながら、内面にある真摯さを引き出そうというニュアンスも感じられる。これが、タイトルトラックの「Cry Mfer」「Crutch」をはじめとする曲に強い聴きごたえをもたらしている。これらの曲は、言うなればきっとカニンスバーグと同じような悩みを抱える人にとって松葉杖のような役割を果たすはずだ。

 

しかし、この作品「CRY MFER」は、暗くもなく、堅苦しくもなく、あっけらかんとしている。そういった表層に満ちている苦悩を軽快な音楽で覆い、彼らの生み出す楽曲は、ベッドルームポップとインディーロック/フォーク、それらの淡い境界線の上を心地よく漂いつづけている。また、トラックでオートチューンを積極的に使用する点では、現在のミュージックを意識したモダンポップ性を演出した楽曲もいくつか収録されている。表面上では、そういったキャッチーさを持ち合わせつつも、二人の音楽フリークとしての表情が楽曲を通じ伺えるような気がする。たとえば、7曲目収録の「Yea」で、エレクトロニカに近い実験的な作風にも果敢に取り組んでいる。My Ideaは、デュオとして音楽を作る上で、好奇心や、真摯さ、遊び心をふんだんに盛り込んでいる。しかしながら、まだ、それらの本当に実験性は、完全には明らかとなっていないように思える。その裏側に隠されたフリーク性のような雰囲気が随所に滲出している。

 

洗練され、完成されたものが、常にすぐれているとはかぎらない。そもそもにおいて、人間は、不完全であることを認めた上で、それでも前に進むのである。まだ、おそらく、デュオは、このアルバムの制作において、飲酒にたいする依存性、あるいは、バンド上での人間関係といった内面におけるはっきりした答えを見出したわけではないのかもしれない、いわば、音楽という道を進む過程にあり、デュオはまだ、その途上を歩んでいる最中といえるのだ。いや、それでも、少なくとも最新作「Cry Mfer」において、この二人は、何らかの内面的な問題に対する明るい前向きな答えのきっかけを見出しつつあるように思える。このことは、このデュオのファンのみならず、多くのインディー・ロックファンにとってきわめて喜ばしいことでもある。

 

(Score:72/100)



 




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