Squid  『O Monolith』 / Review

Squid   『O Monolith』



Label: Warp Records

Release: 2023/6/9



Review

 

ロンドンを拠点に活動するポストパンクバンド、Squidは2021年のデビュー作『Bright  Green Field』で大きな成功を収めた。

 

その結果は、全英アルバムチャートの4位という商業的な形で訪れた。バンドはその後、かつかつのスケジュールを組むわけではなく、二作目のフルレングスのレコーディングにじっくりと取り組んだという印象を受ける。このアルバムは、一作目よりも円熟味を増したロンドンのバンドの姿を克明におさめている。一作目よりも音の配置やボーカル、ギターサウンドに創意工夫が凝らされており、商業的な成功を収めた前作と一定の距離を置いた作品であるとも考えることが出来る。つまり商業的なロックに近づきすぎないことを念頭に置いたようなアルバムである。


だが、彼らがスターミュージシャンと無縁な生活を送っていたというわけではない。名門ワープ・レコードはSquidの面々にGenesisのピーター・ガブリエルが所有するリアル・ワールド・スタジオへの入門を許した。なぜ、入門などという大げさな誇張表現を使用するのかは、このスタジオで録音を行ったバンドやミュージシャンを列挙してみればよくわかることである。リアルワールドは、The 1975、ビヨンセ、ビョークなど、セレブ系のアーティストしか入ることが許されない、ウィルトシャーの田舎地方にある伝説的なスタジオであるというのだ。かつてのアビー・ロードは現在のミュージックシーンを見るかぎり、リアル・ワールドに変更されつつあるのか。スタジオの内装もかなり豪華らしく、光沢が目立つまさにきらびらかなスタジオらしい。


しかし、面白いことに、Squidがレコーディングを行ったのは、メインの建物のレコーディング施設ではなく、川の向こうにある寒々しい付属的なレコーディング施設であったという。DIYのインタビューでは、このスタジオは冷凍小屋と称され、「一年中氷が冷たい、第二次世界大戦の防空壕のような場所」と話している。そこで、彼らは川の向かうにあるリアルワールドスタジオにセレブ・アーティストが出入りするのを伺っていたというのだから興味深い。彼らは、その間、有名ミュージシャン、トム・ジョーンズとも仲良くなれた。また、レコーディングの合間には、スタジオの近くを散策しながら、日本のアニミズムのような深い瞑想にふけっていたという。


さて、二作目のアルバムは、彼らの人生の曲がりくねった道を行く過程を丹念に切り取った作品である。現代のポストパンクサウンドの象徴的な部分であるシャウトは前作よりもなりをひそめることになった。しかし、その反面、繊細なギターのアルペジオ、ホーンセクションを交えたアレンジ、またメロディーラインに重点を置いて歌うことを意識したジャッジのボーカル、これらはある意味では、米国のポストロックの原点に迫るような作風となっていることが理解出来る。Squidの今作の音楽性は、オープニング曲「Swing (In A Dream)」のミニマルミュージックのアプローチを見る限り、アヴァンギャルド・ロックとも称すべきものである。


かつてのSlintやDon Cabarelloにも比するものがあるが、しかし、フロントマンのジャッジのボーカルはキャッチーで親しみやすく、現代のロンドンのポスト・パンクの文脈に根ざした内容である。その中には独特な繊細さと動的な感覚が渦巻いている。実験的な要素を交えつつも、実際のライブを意識したサウンド作りで、シャウトの部分はシンガロングを誘う。また、ギターサウンドも単調ではなく、ヘヴィロックバンドに比するパンチやフックの効いたリフを弾く場合もある。曲がりくねっていて、これと決めつけがたいような複雑怪奇なサウンドが特徴でもある。


かと思えば、二曲目「Devil's Den」では、内省的なエモコアに近いサウンドに舵を取る。ここには、ウィルトシャーの田舎を散策した効果が表れたのか、彼らの代名詞であるエネルギーに充ちたロックサウンドとは別の内向きな一面を垣間みることが出来る。この音楽性は、例えば、ブライトンのKEGにも近い雰囲気を感じ取る事ができる。そして、曲の後半では前半の静かな印象から一転して、Gilla Bandのようなノイジーなアヴァン・ロックへと歩みを進める。ある意味では、デビュー・アルバムの商業的な成功を否定する作風で、リスナーに驚きを与えるのである。ここにはSquidのひねくれた性質と、また生粋の音楽マニアの姿を捉える事もできる。


ハイカルチャーから距離を置くような感覚は、三曲目の「Siphon Song」でより一層強化される。Kraftwerkのロボット風のボコーダーのエフェクトを導入したボーカルは、彼らのSFの趣味が上手く引き出され、特異な印象を受ける。また、ここにはHot Chipの『Fearkout / Release』のタイトル曲に対するわずかな親和性を読み取ることが出来る。アルバムが売れても、リスナーに媚びを売らず、自主性の高い作風を提示しようというバンドの強い意識が感じられる。また、曲の途中からはLed Zeppelinを彷彿とさせるグルーブ感あふれるハードロックへの傾倒を見せ、これがSquidのライブセッションを間近で見ているようなリアルさを体感することが出来る。

 

その後、ある意味では、現在のワープ・レコードの音楽性の間口の広さを伺わせるような感じで、Squidはジャンルを規定せずに自由な音楽を、彼ららしい手法で体現させていく。4曲目の「Undergroth」はブレイクビーツ風のイントロから、ファンクとラップの要素を融合させる。ボーカルのスタイルは、ラップやスポークンワードに近いが、これは2021年のデビュー作のリリース後、現代のスポークンワードとパンクを融合させた複数のバンドに強い触発を受けた結果として生み出された曲と言える。現在の音楽シーンから遅れを取ることを彼らは良しとせず、常に最前線にいるバンドでありということを表明する。


しかし、ここでも一曲の中で大きな変遷があり、曲調はクルクルと様変わりしていく。ファンク、ラップからダブへ、そして、曲の最後になると、音響系のポスト・ロックへと劇的な展開力を見せる。その音楽の多彩さは、旧来のシカゴのジャズの影響を交えたポストロック・バンドにも比するものがある。

 

続く「The Blades」はワープらしさのある楽曲で、イントロでは、エレクトロニカの音楽性を導入し、Boards of Canada、Autechreといったテクノが最も一般的なリスナーに浸透するようになった時代のエレクトロニカを2023年に呼び覚まそうとしている。しかし、サビにかけては、ファンクの要素を絡めたポスト・ロックへと展開させる。以前のエレクトロニカの要素をどのような形でロックバンドとして昇華させるのか、レコーディングの過程の試行錯誤の痕跡が留められている。


そして、曲の後半では、ポストパンクバンドとして彼らが理想とするノイジーな展開へと導かれていく。この終盤の段階になると、ジャッジは初めて本格的なシャウトのスタイルを全面的に披露する。まるでその手法を意図して封じていたかのように。しかし、もったいぶった形で彼のシャウトが披露されると、奇妙なカタルシスをもたらされる。それまでわだかまっていたものが一瞬にして表側に吹き出すかのように、スカッとした爽快感が駆けめぐるのである。


続く「After The Flash」では、ビートルズやラーズの時代のバラードソングの系譜にあるブリットポップの影響を絡めているが、しかし、Squidが提示しようというものは、旧来のリバプールサウンドとも、その後のブリット・ポップとも違う。それは相容れないというべきか、それとも拒絶しているというべきなのかは分からないが、現代の音楽としてそれ以前の音楽を踏まえた上で、それを否定し、次の時代の音楽を示そうという意識もある。かつてキング・クリムゾンのロバート・フリップがそうであったように、前の時代の音楽を理解した上で、それを否定するという意図も見受けられる。なぜ否定するのかと言えば、否定し壊させねば新しいものが生み出されないからである。これはロックにとどまらず、純正音楽の世界でも同じことなのだ。

 

アルバムのクライマックスに至ると、耳障りの良さとは対極にあるアヴァンギャルドロックが展開される。アルバム全体には、環境問題への提言など、社会的なメッセージが込められているとも聞くが、彼らがバンドという形で繰り広げようとする不協和音は現代社会のどこかに響いているものであり、それを端的な形で体現しよう試みる。そして、クローズ曲でも彼らは既存の音楽を否定するどころか、自分たちの成功体験をも否定する。それは成功した経験に縋っていると、すぐに音楽が古びはじめ、退廃することを、何らかの形で知っているからに違いない。


さらに、彼らはエレクトロニカを期待して、このアルバムを聞こうとするリスナーに対して、フォークもなかなか良いという感想を持ってもらえれば、と同じく上記のDIYの取材で話しているが、その言葉は最後になってようやく理解できる。セカンドアルバムを締めくくる「If You Had Seen The Bull~」では、Squidがアヴァンギャルドなフォーク・ミュージックへと挑戦した瞬間が刻印されている。一貫してノイジーな印象のある『O Monolith」は、この最後の静かで瞑想的な曲が収録されていることもあって、奇妙なバランスに支えられた良作に仕上がっている。

 

『O Monolith』は、決してThe 1975のファンにオススメしてはいけないアルバムである。今作には、耳障りの良くない不協和音に充ちた音が通奏低音のように響きわたる。しかし、同時に、今作には、ニューヨークやシカゴと並び、世界音楽の中心地であるロンドンのロック・ミュージックの最前線で何が行われているのか、その一端を知るための手がかりが隠されているのである。



84/100



Featured Track 『Swing(In a Dream)

 



 

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