Peggy Gou- I Hear You : Review

 Peggy Gou 『I Hear You』


Label: XL Recordings

Release: 2024/06/07



Review    A stunning debut album



ペギー・グーのキャリアは、南ドイツのハイデルベルクのベースメントのクラブシーンから出発した。以後、Ninja Tuneをこよなく愛するクラブビートの愛好者、そして、Salamandaなど気鋭の実験的なエレクトロニックデュオを発掘して育成するレーベルオーナー、そして、それ以後、イギリスのクラブシーンに関わりを持つようになったDJというように、かなり多彩な表情を持つ。どうやら、今年の夏、日本の音楽フェスティバルで準ヘッドライナーを務めるという噂もある。表向きには、新進気鋭のプロデューサー、DJというイメージを持つリスナーもいるかもしれないが、それは完全な誤りである。ペギー・グーは2010年代ごろからドイツのベースメントのクラブシーンに慣れ親しんでおり、満を持してXLとのライセンス契約を結んだと言える。こんな言い方が相応しいかはわからないけれど、意外に下積みの長い音楽家なのである。

 

ペギー・グーのクラブビートへの親しみは、南ドイツの哲学者の街、ネッカー川や古城で有名なハイデルベルクに出発点が求められる。


当初、ペギーは、ハイデルベルクの地元のレコードショップを務めていた名物DJ/プロデューサー、D Manと親しくしていたようで、それゆえ彼女のクラブビートは正確に言えば、イギリスのロンドン/マンチェスター由来のものではない。ヨーロッパのクラブビートの色合いが滲んでいる。


だからなのか、ベルリン等の大型のライブフェスで聴けるようなハリのあるサウンドがこのデビュー・アルバムで繰り広げられる。ある意味では、ペギー・グーはドイツのハイデルベルクのベースメントのクラブミュージックを背負い、デビューアルバムに詰め込んでいる。それは形骸化したクラブ・ミュージックとは異なるもの。アーティストのデビュー作への意気込みやプライドのようなものがオープニングから炸裂する。

 

アルバムから醸し出される奇妙なクールさは実際に聞かないとわからない。「Your Art」ではユーロビートの次世代のビートを込め、スポークンワードを散りばめ、ドイツ的なものからイギリス的な表現へと移り変わる過程が描かれている。その中にダブの録音だったり、Tone 2のGradiatorのような近未来的なアルペジエーターを多彩に散りばめ、魅惑的なトラックを作り上げている。


ミックスにより表面的なトラックの印象が押し出されているが、その内実はかなり細かいところまで作り込まれたサウンドであることが分かる。ただ、録音的には、イギリスのレコーディング技術が駆使されているとはいえ、ペギーがプロデューサーとして体現させるのは、ユーロ的な概念なのである。いわば、ここにコスモポリタンとして生き残ってきたグーの姿が浮かび上がる。


「Back To One」は、例えば、ロンドンのクラブで鳴り響いているようななんの変哲もないディープ・ハウスのように思えるかも知れないが、その中にユニークなサンプラーやシンセの音色を散りばめることで、 カラフルな印象を持つサウンドを構築していく。ただ、やはりIDMではなくEDMに軸足を置いているのは一曲目と同様で、やはりクラブでの鳴りの迫力を意識している。ここにはやはりヨーロッパで活躍する電気グルーヴのような親しみやすいテクノからの影響も含まれている。一貫して乗りやすく、親しみやすいビートを作り出している。 


インストゥルメンタルを中心とする曲が続いた後、クラブビートを反映させたボーカルトラックが収録されている。アルバムのハイライト「I Believe In Love Again」では、レニー・クラヴィッツが参加している。このことに由来するのか、クラブビートはややソウルやR&Bの性質が色濃くなる。キャッチーなボーカルやビートはお決まりの内容なのだが、よく聴くと分かるように、意外と深みが感じられる。ここには直接的なリリックとしては登場しないが、愛情という考えの裏側にある孤独や寂しさといったような考えが、ボーカルのニュアンスの背後からぼんやり浮かび上がってくる。


アルバムの中盤ではサンプラーの引用によってR&Bを抽出する''ジャングル''というダンスミュージックが色濃く反映されている。ここではロンドンのベースメントのクラブ・ミュージックを反映させ、それは数年前にペギーが実際にダンスフロアで体験した音楽が追憶のような形で繰り広げられている。ここにはやはり、アーティストの音楽的な背景が示唆されるにとどまらず、リアルな生活、日頃どのような暮らしを送っているのか、そういったバックグラウンドを感じ取ることが出来る。それは実際、かなりリアルな感覚をもって聞き手の感覚を捉えてやまないのだ。コラボレーターとして参加したVillano Antilannoは、ヒップホップという側面で貢献している。そして複雑さでははなくて、簡素さという側面で、この曲の雰囲気を上手く盛り上げている。


「It Goes Like) Nanana」では、DJ/プロデューサーのアーバンフラメンコやレゲトンといった最新のクラブビートへの親しみがさりげなく示される。しかし、ここではロザリアとは異なり、チープな音色を取り入れ、軽やかなクラブビートを作り出す。夏のリゾート地で活躍しそうなナンバーで、涼やかで爽やかな気風が反映されている。意外なことに、この曲にはTM Network(小室哲哉)のような日本のレトロなテクノサウンドへのオマージュが示されている。

 

こういった古いタイプのダンスチューンは今聞くと、意外と新鮮な感覚を覚える。ペギーは、チープさを徹底して押し出すことで、いわく言いがたい「新しさ」を添えている。また、それに続く「Lobster Telephone」でも、YMO/TM Networkからのサウンドの引用がある。どうやらアーティストによる日本の平成時代のカルチャーへの親しみがさりげなく示されているようだ。

 

アルバムの中盤で、日本のテクノシーンへさりげないリスペクトが示された後、ようやく韓国的なクラブビートが展開される。「Seoulsi Peggygou」は大胆にも京城とアーティスト名をタイトルに冠しているが、ここにはリナ・サワヤマのロンドンでの活躍に触発されてのことか、ディアスポラの概念とホームタウンへの熱い思いが織り交ぜられる。ドラムンベースの影響下にある変則的なリズムから三味線や胡弓のような音色でエキゾチズムを込め、アジアのテイストを添えている。ここにはアーバンフラメンコを始めとするスパニュッシュの文化に対抗する「アジアイズム」が分かりやすい形で反映されている。言うまでもなく、この曲にはDJとしての手腕が遺憾なく発揮され、ドラムンベースを主体とするビートはSquarepusherのようなドライブ感を帯びる。しかし、こういったベースメントのクラブサウンドを展開させても、それほどマニアックにならない理由は、シンプルな構成を心がけているからなのかもしれない。



ボーカルトラックとして強くおすすめしたいのが「I Go」である。やはりペギー・グーはデトロイト発祥の古典的なテクノサウンドをベースにし、涼やかな印象を持つトラックを制作している。アルバムの中では、K-POPのようなニュアンスを持ち合わせている曲だが、ただこれらの音楽のベースにあるのは、韓国由来のものだけにとどまらない。どちらかと言えば、MAX、安室奈美恵、BOA、それに類する日本の平成時代のダンスミュージックの影響を感じ取ることが出来る。これらの「Avex Sound」と呼ばれるものは、日本では長らく忘れ去られていたタイプの音楽だが、海外で活躍する女性シンガーが意外とセンスよく昇華させているに驚きを覚える。日本のポップシーンに言いたいのは、平成時代の音楽に原石が眠っているということなのだ。


ここまで聞きやすい曲を揃えておいて、アルバムの終盤ではペギー・グーの抑え込んでいた趣味や衝動が全開になり、バイクで夜道を爆走するような迫力満点のクラブビートが繰り広げられる。「Purple Horizon」では、イギリスのベースメントのクラブミュージックを反映させつつ、そしてアシッドハウスの色合いを添える。マニアックな曲だが、一番聴き応えがある。ここでは、Four Tetのようなカラフルなサウンド・デザインを描き、音楽家としてのデザインのセンスがうかがえる。ペギー・グーはサンプラーのビートを巧みに配し、サウンドパレットの中に大胆なシーケンスを取り入れている。大掛かりな仕掛けを持つテクノミュージックとして楽しめるはず。

 

アルバムの最後の「1+1=11」は、明らかにD Manのアシッド・ハウスのビートを意識していて笑ってしまった。やはり、ここには、イギリスのクラブミュージックへのリスペクトもあるが、その裏側で南ドイツからキャリアを出発させたDJとしての底意地のようなものが揺らめく。デビュー作であるものの、三作目のアルバムのような雰囲気があるのも面白いのでは。ダンス・ミュージックの楽しさ、軽快さ、爽やかさという基本を追求した素晴らしいアルバム。

 

 


85/100




 

「I Go」