New Album Review: bar italia 『Some Like It Hot』

bar italia 『Some Like It Hot』


Label: Matador

Release: 2025年10月17日

 

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Review 

 

ニーナ・クリスタンテ、ジェズミ・タリク・フェミ、サム・フェントンによる三人組のロックバンドは、2023年からおよそ一年間、160本もの過酷なツアー日程をこなし、プロのロックバンドとしての修行を積んできた。年間160本のライブ日程というのは、多くの日々を飛行機の機内と宿泊先の行き来で終始したことになる。不安定な日程から生み出されたこの作品だが、彼らはデビュー時から多作なバンドであるため、今後も曲を作ることを遠慮するつもりはないだろう。多作であることは、バー・イタリアの強みであり、それは今後も変わらないものと思われる。

 

『Some Like It Hot』は、ジャンル的にもバランスの良い収録曲が並んでいる。マタドール移籍後三作目のアルバムでは、ライブで瞬間的に受ける即効性にポイントを置きつつも、全体的にソングライティングに力を入れ、じっくり聴かせる曲をロンドンの三人組は探求している。しかし、それは基本的には、聴いて楽しむためのロックソングという面では、従来と同様である。

 

本作の冒頭を飾る「Fandraiser」は、イントロこそウィンドチャイムのような音色のモジュラーシンセを活かし、ミステリアスな雰囲気を演出するが、それ以降はフランツ・フェルディナンドを彷彿とさせるキャッチーなダンスロック/ダンスパンクが続いている。一曲目のサウンドには、ディスコからの影響が反映され、乗りやすいリズムと少しチープな感覚が生かされている。小規模のライブハウスの雰囲気を宿した奇妙なほど熱狂的な一曲。また、このバンド特有のルーティンとも言える複数のボーカルも依然として、Bar Italiaの唯一のオリジナリティとなっている。

 

Bar Italiaといえば、最初期はドリーム・ポップやシューゲイズ風のサウンド、そして何と言ってもローファイなサウンドを特徴としていた。前二作のアルバムでは、依然としてローファイで荒削りなロックサウンドを引き継いでいたが、今回のアルバムに関してはローファイとは言えないだろう。


アルバムでは従来にはなかった新しいサウンドがいくつか試されている。それはリバプールの古典的なロックやイギリスのパブロックである。これは世界を飛び回っていて、今日、明日にかけて、ミラノからバルセロナで公演を行うロックバンドの里帰りへの欲求、イギリスへのほのかな郷愁がいくつかの曲に揺らめいている。「Marble Arch」は、なんとなくイギリスやアイルランドのパブの雰囲気が感じられ、哀愁のあるバラードソングという形でこの曲は展開していく。


悲哀と哀愁を織り交ぜたサウンドは彼らとしては珍しい。エレクトリック/アコースティックギターの演奏を交えながら、独特なアイルランド的な空気感をおびき寄せるのである。そして最終的にはブルース・ロックのような渋いスタイルに行き着く。はたして、これは彼らなりのララバイなのだろうか、少なくともバー・イタリアの楽曲としては異色の部類に属している。そして2つのボーカルを対比させて、新しいポップソングのスタイルを探っている。3曲目の「badreputation」は、三拍子のリズムをもとに、新しいオーケストラロックを制作しているのに注目したい。これはロックバンドによる新しいワルツやバラードとも言える。The Whoのロック・オペラほどには壮大にはならないが、哀愁に満ちたロックワルツを体験することが出来る。

 

今回のアルバムでは従来に比べて、英国のロックバンドとしての矜持がはっきりと見出される。ここには、''俺たちはロックの名産地であるイギリス育ちだ''という奇妙な自負心のようなものが込められている。「Cawbella」は誰も指摘しないと思うが、オアシスとWet Legを掛け合わせたような挑発的なロックソングだ。 しかし、そういった雛形となるサウンドがあるとはいえ、バー・イタリアはガレージ・ロックの音楽的なアプローチを図ることにより、このバンドらしい独創的なサウンドを構築していく。音像を巨大化した骨太でフックのあるギターリフ、そしてアンセミックなボーカルのフレーズなどを散りばめ、より大衆的なロックサウンドを作り上げる。これこそ、ライブツアーの魔人的な日程をこなしてきた猛者としてのプライドが宿っている。ストロングなパワーは、前2作アルバムよりも強まっているように感じられた。2分半以降の息の取れたコーラスワークには彼らのトリオとしての生命力がほとばしっている。また、その後の鋭いギターリフは、反復的であるが、非常に洗練された響きが含まれている。

 

 

このアルバムはほとんどジャンルを想定せず、思い浮かんだままに曲が並んでいるような印象を受けた。つまり、曲のほとんどがランダムであり、作曲や録音もまた入念に準備された作品とは対象的に、その場で思い浮かんだアイディアを楽曲という形に落とし込んでいったような感じである。次にどんな曲が来るのかわからないのが、一つの楽しみとなるかもしれない。「I Make My Own Dust」のようなグランジタイプの曲ですら、 曲の展開は聞き手の予想を上回る。また、カルト的なロックの雰囲気を押し出しながら、従来のニーナ、サム、ジェズミによる三者のボーカルというルーティンをこなす。この曲は、バンドの原点に帰るかのようであり、時間が経っても結成当初のような熱狂性を取り戻せるかの実験ではないか。そしてそれは、ある程度成功しているといえる。哀愁のあるボーカルや、スポークンワード、ロックタイプのボーカルとそれぞれの音楽的なルーツや背景が異なるからこそ、こういったサウンドが作り上げられる。曲の後半では、ギターの音像が拡大されたり、ボーカルがシャウトに近くなり、ラウドな音量を強調させるが、依然としてその中には、イアン・カーティスのような奇妙な静けさがある。 そういった中で、「Plastered」は、映画的なポップソングという今流行りの音楽的な手法が見出される。この曲でも複数のボーカリストが歌い、イギリスのコクトー・ツインズのようなサウンド、もしくは東欧のフォーク・ミュージックのような音楽性が融合している。この曲に感じられるようなエキゾチズムの正体は一体何なのだろうか。単に自分が知り得ないものに接したからなのか、それとも、彼らのアウトサイダー的な雰囲気に何かしら親近感を感じたからなのだろうか。いずれにしても、この寂しいバラードソングは、バー・イタリアのサウンドが新機軸に達したことを証明付けている。Black Heart Processionのような独特なエキゾチズムが揺らめく。

 

Bar Italiaは、不協和音を押し出した前衛的なロックサウンド、正確に言えば、ポスト・グランジやポスト・ガレージロックも得意としている。これらの硬派なサウンドは、少なくとも、彼らのアルバムの基軸となる箇所であり、その軸を中心として、同心円を描きながら、その音楽的な世界を押し広げていく。「rooster」は間違いなく、バー・イタリアの象徴的なロックサウンドで、それはブルースの雰囲気を含めながら、ラウドとサイレンスを行き来する新しい時代のロックのスタイルである。そして、野暮ったさというか、粗野な部分というか、全体的なローファイの影響をその中で展開させる。どこでどのボーカルが歌われるのか、それすらもほとんどがランダムであり、特定の決まり事はないように思えてならない。相応しい曲のセクションで相応しい人が歌う。これらの予定調和の世界とは対象的なサウンドは、聴いていて何かしらの期待感があるわけなのだ。 彼らは世界が予測した通りには動かないことをよく知っており、その世界の予測不能な部分を、音楽や歌の領域で表現しようとしている。これらがバー・イタリアのサウンドが抽象的な感覚があり、掴みどころがないように思える理由なのかもしれない。

 

また、アルバムには、底しれぬ暗澹とした世界が満ち広がっている。「The Lady Vanishes」のような曲は、ダークウェイブの系譜にある一曲で、Cigarette After Sexのような心地よいゆらめくような淡いギターロックサウンドで縁取られている。シューゲイズやアンビエントのような音楽ですら彼らにとってはオーバーグラウンドの音楽で、よりマニアックな領域を探求している。そして時々、ギターサウンドの中には70年代のUKハードロックの影響もちらつくことがある。


また、その中で、手に変え品を変え、バロックポップに傾倒した曲もある。「Lioness」は、イギリス版のパワー・ポップソングといえ、アメリカのジャングルポップとの歴然とした相違点が明らかになる。まるでブリストルのサウンドを意識したような曇がちな雰囲気の音楽性は、彼らがイギリスのロックや育った地域のルーツやローカリゼーションを最も強く意識した瞬間とも言えるだろう。これは、ライブツアーで世界を飛び回っているとき、逆向きの作用が働き、彼らをローカルなロックサウンドへと押し戻す何らかの出来事があったことを示唆している。

 

そうした中で、「omni shambles」こそ、英国のロックの真骨頂である。粘りつくギターリフ、鋭く硬派な感覚、さらに雄大な雰囲気など、バー・イタリアがはじめて、プリマヴェーラなどの出演を経て、AC/DCのようなスタジアム級のロックを明確に意識した一曲とも言える。この曲に満ち溢れる鋭利なロックのエナジー、人を食ったような大胆不敵な雰囲気こそ、バー・イタリアの最高の魅力が表れ出た瞬間だろう。今回のアルバムでも、彼らは飼いならされることを拒絶し、依然として独立したオリジナリティ溢れるロックバンドとしての姿を誇示している。そして、その中には、やはり旧来のようなロックバンドのあるべき姿を見出すことができよう。

 

ロンドンのロックバンド、バー・イタリアは『Some Like It Hot」において、ロックの復権を試み、その狼煙を上げることに成功した。彼らの勢いは、終盤になっても衰えることなく、むしろエナジーを増していく。「Eyepatch」はデビューバンドのような鮮烈な印象をもって心を鷲掴みにする。このパンクチューンは痛快な印象を与えてやまない。アルバムのクローズ/タイトル曲は意外な展開をもって終わる。ピーター・ガブリエルの系譜にある、渋いポップバラードは、彼らがアルバムの制作全般で聴かせる曲とは何かを探し求めたその痕跡のようなものである。

 

 

85/100 

 

 

 

「omni shambles」-Best Track

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