New Album Review: Madi Diaz 『Fatal Optimist』  カルフォルニアのもう一つの重要な音楽

 Madi Diaz 『Fatal Optimist』


Label: Anti

Release: 2025年10月10日

 

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Review

 

マディ・ディアスは、カルフォルニアのもう一つの音楽を紹介してくれるミュージシャンだ。2021年のアルバム「History of a Feeling」、2024年のアルバム『Weird Faith』でグラミー賞にノミネートされている。アメリカ国内での実績は十分と言える。筆者自身は、昨年のアルバムを最初に聴いて、マディ・ディアスのことを知ったので、まるで十年来このミュージシャンのことを知っているようなフリをすることは出来ない。しかし、『Weird Faith』で示されたように、アコースティクギターやピアノの弾き語りを中心とした、フォークバラードの名手である。

 

前作のアルバムは、どことなく快活な印象に縁取られていたが、マディ・ディアスの真骨頂である、センチメンタルで涙脆いポップ/フォークのセンスは、今作では特異な憂愁に包まれている。というのも、マディ・ディアスは、『Fatal Optimist』の制作期間中に、結婚を予期していた恋人との関係を終わらせ、悲しみの期間を乗り越えねばならなかった。 

 

アルバムの冒頭のタイトルは、「Hope Less」。まるで人が変わってしまったかのように悄然としたディアスのボーカルが、まるでサッドコアのような悲しみを放つアコースティックギターに乗せられていく。そして、この曲はおそらく、ディアスにとって、自分の存在を確認するための手立てともなったのであろう。そして、ダイナミックなボーカルの抑揚を交えて、驚くほど心に響くような歌声を披露している。この曲は近年のフォーク・ミュージックの中で最も悲しく聞こえるが、サウンドホールの音響を最大限に生かしたアコースティックギターの芳醇な響き、そしてディアスの歌声にじっと耳をすませてみると、驚くほど純粋な何かが見つけられる。この曲で、ディアスは体裁などを乗り越えて、本来の自己の姿に近づき、そしてアイデンティティとは何かを知るのである。この曲の冒頭と終盤では別人の歌声に変化している。音楽そのものがディアスという存在を力強くさせ、そして時には、勇敢にさえすることを暗示するのである。ディアスはあくまで前作までは賞レースに準ずるようなポップとフォークを制作したが、このアルバムでは自分自身の本当の姿を知るために音楽を作っている。二曲目「Ambience」はアメリカーナとはまったく異なるエモ・フォークともいうべき音楽で、サッドコアとも相通じるような音楽をアコースティックギターで探求している。その中には、明確にロサンゼルスのポップミュージックからの影響も感じられるが、同時に、それはやはり、ディアスのフォークソングという独自の音楽的なエッセンスで処理されるのである。アコースティックギターの間奏のソロなどでは古き良き時代のニール・ヤング風のプレイなども登場する。その中で、牧歌的で素朴な音楽の良さを飾り気のない表現によってもたらそうとしている。

 

そして、米国の主流のフォーク・ソングの形が「Feel Something」に見出すことが出来る。しかし、メインストリームの音楽を影響されているとはいえ、独自の工夫が凝らされている。この曲の場合は、スポークンワードの語りを取り入れることによって、ボーカルの側面でモダンなテイストを引き出そうとしている。そして、同じような反復的な和音進行を重ねながら、2分半以降は、ドラマティックな音楽が自然な形でにじみ出てくる。エポックメイキングな音響演出はないが、歌や演奏の力量のみによって、音楽にダイナミズムが出てくる。これこそがマディ・ディアスというミュージシャンが本格派であることの証立てともなっているのである。 アルバムは、基本的な音楽形式は変わらず、内側から滲み出てくる精神の核のようなものが変化することにより、おのずと表面的な音楽にも変容が生じる。当然のことながら、人間性や精神が変わらなければ、音楽自体も変化するわけがないのである。古典的な音楽が登場する場合もあり、「Good Liar」では、南部のロックやブルースのような渋い音楽がアコースティックで演奏される。その中で、マディ・ディアスの一番の音楽的な魅力が出てくるのは、『Weird Faith』にも見いだせたようなセンチメンタルで涙脆いフォークソングだ。「Lone Wolf」がその代表例となる。ただ、今作においては、音楽的な力強さが全体に満ち渡っている。これは、マディ・ディアスが外側の現象ではなく、心の内側に価値を見出そうとしたからだろう。それは、「私から決して離れないのは私以外の他だれもいない」というディアス自身の名言にあらわれている。そして、このアルバムの制作を通じて、彼女はおそらく本当の自分を知ったのだった。これは外側の出来事に振り回されているかぎり、こういったことはないしえないのだ。

 

 

 アルバムは独特な構成で仕上げられている。「Heavy Metal」は最後に追加されたトラックで、よく聴くと、ディアスが次の志す音楽の萌芽のようなものが見いだせる。ステレオガムがシングル情報で指摘していた通り、この曲は音楽的にはまったくヘヴィーメタルではないのだが、暗喩的な意味が込められていると推測される。それは、精神的に強くなる、もしくはなりたいというソングライターの一つの秘めやかな願望である。そして、この曲では、従来のディアスの曲にはなかった、儚さや強さ、美しさという、別の性質が出てきたのを感じる。即効的ではないかもしれないが、良い曲であるのは事実であろう。その後、アルバムは二部構成のような感じになっている。後半部の収録曲では、ドラマティックなバラードソングが中心となっているが、それぞれに曲のタイプが異なっている。それは例えば、人間的な深みや円熟味がこの歌手に出てきたことを伺わせる。レーベルのANTIに因んでいうと、トム・ウェイツやM.Wardのような渋いソングライターになっていきそうな気配もある。「Flirting」は''浮気''を意味するが、実際的には、ウェイツ風の王道のピアノバラードである。ジャズやソウルの要素には乏しいけれど、そのあたりはフォーク・ソングの経験を活かし、力感のある曲を書き上げている。 この曲では、静寂の中にある美しさが、浮世の話題を通じて歌われている。また、「Why'd You Have To Bring Me Flowers」もまた、現代的なポップバラードの系譜にあり、琴線に触れるものがある。

 

マディ・ディアスは一貫してアンニュイで憂愁に満ちたフォークソングの形形式を展開させている。だが、最後にはその様式美をあえて覆す。「Fatal Optimist』だけは、従来のディアスの音楽特有の快活な雰囲気を縁取っている。そして、この曲は、「Heavy Metal」と並んで、従来のシンガーソングライターの音楽性が一歩先に進んだ瞬間だ。なおかつまた、録音が行われたニュージャージーの緑の多い風土もまた、このアルバムの制作に大きな影響を及ぼしたに違いない。

 

  

Tracklist: 

1. Hope Less
2. Ambivalence
3. Feel Something
4. Good Liar
5. Lone Wolf
6. Heavy Metal
7. If Time Does What It’s Supposed To
8. Flirting
9. Why’d You Have To Bring Me Flowers
10. Time Difference
11. Fatal Optimist

 

 

84/100


 

Best Track- 「Fatal Optimist」

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