New Album Review: Cate Le Bon 『Michelangelo Dying』

 Cate Le Bon  『Michelangelo Dying』


Label: Mexican Summer

Release: 2025年9月26日

 

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Review

 

現在、UKを拠点に活動するケイト・ル・ボン。ソロシンガーとしてだけではなく、プロデューサーとしても活躍してきた人物である。 三年ぶりの新作アルバム『Michelandelo Dying』は、MOJOが評したように、ソフィスティポップの系譜にあるアルバムです。ギターのフェーザーなどのエフェクトをかけた音像がボーカルの背後に心地よく鳴り響く。ドラムの演奏もあるが、ボーカルと同様にフィルターがかけられ、全体的なミックスの中に絶妙に溶け込んでいる。

 

アルバムを聴くというよりも、体感的に何かを感じるといった内容だ。全体的な曲の構成もややぼかされている。ひたすら心地よい音を重ねていき、それを組み合わせたような作品で、やはり、''ミュージック・コンクレートによるポップソング''ともいえるかもしれない。しかし、それは決して難解ではない。ただ、心地よい音や旋律、時にはハーモニーの流れが積み重なり、そして波の上をゆらゆらと漂うかのような心地よいサウンドが敷き詰められている。確かにソフィスティポップだと思うが、やはり、このソングライターの作曲は、アートポップやアヴァン・ポップに根ざしている気がする。これはずばり、''大人のポップアルバム''とも言えるだろう。

 

「Jerome」はギターとドラムがミュージック・コンクレートのように敷き詰められ、ルボンの真骨頂であるあえて旋律をぼかした抽象的な歌声がゆらめく。独立した楽曲というよりも、ルボンの持つ芸術的なセンスを垣間見るかのようだ。陶芸などで培われた彼女の造形のセンスは、間違いなく、音楽の構成的な側面に影響を及ぼしている。そして、時の流れを懐かしむかのような、あるいはそのことを儚むかのような感覚的なボーカルがバレエのように華麗に舞う。


これは結局、ボーカルアートの形式を一歩先に推進させた曲で、それらが最終的にアンビエントのようなギター、AOR/ソフト・ロックのような音楽性と組み合わされて新しいポップソングが生み出されるのである。ハミングのように、鼻を通して歌われる旋律は、時折、華麗なラインを描くことがある。この曲には、たしかに、音楽的な優雅さが歌手の悲哀と組み合わされ、独特な音楽のイディオムを出現させている。そして、反復的な構成を恐れず、それを強調させることもある。特にアウトロにかけてのアトモスフェリックなギターは幻惑的な印象を呼び覚ます。

 

80年代中心のポピュラーソング、例えば、The Policeの中期以降のサウンドをかたどった曲が続く。


「Love Rehearsed」 も一曲目の作風を引き継ぎ、アトモスフェリックなポップソングである。その中で、今度はボーカルのスタイルが変わり、NICOのようなスポークンワードの形式へと変わる。ルボンの歌は何かを語りかけるというよりも、何かを問いかけるかのように胸に響き、聞き手側の感覚と共鳴するような瞬間を誘う。


一曲目と同じようなインストゥルメンタルの構成の中で、フレーズごとに歌い方を変えながら、孤独や悲哀、そして対象的な優雅な感覚の間をボーカルが揺れ動いていく。やはり感覚的な音楽で、言葉こそあれ、言葉では表現してきれない淡いエモーションを歌やソングライティングで表現している。 抽象的なサウンドの向こうからほのかな温かい叙情性が伝わってくることもある。

 

3曲目と4曲目は対象的な楽曲が並んでいる。「Mothers of Rich」では、ダンスミュージックやディスコをゆったりとしたテンポ感覚を持つポップソングへと落とし込んでいる。こういった作曲の方法を選ぶと、楽曲そのものが懐古的になりがちだが、この曲は古さを感じさせない。過去の音楽に今の音楽を落とし込んだというよりも、今の音楽の形に過去の音楽を昇華させている。


そのため、ライヒのようなミニマリズムや、ディスコポップからの影響があろうとも、水と油のようにはならず、ルボンのヨーロッパ的な感覚を持つ音楽やコスモポリタンの性質の中に上手く溶け込む。この曲はシンセの使い方が巧みで、リズム的な側面と対旋律的な側面との双方の音楽的な効果を発揮している。音楽そのものにインテリジェンスを感じさせるのも美点であろう。

 

「Is It Worth It?」は、バラードの形式を選び、悲哀や物悲しい感覚をギターロックと融合させている。聴き方によれば、日本の歌謡曲のような雰囲気を持っているが、ルボンはこの曲に現代的なアルトロックのアレンジメントを加えることにより、個性的な作風に仕上げている。さらに瞑想的な音楽性が中盤に登場し、音楽に沈潜したり浸り切る完備的な感覚が示されている。


前曲のダンスポップ風の音楽的なアプローチとは対称的で、ドリーム・ポップにも近い。全般的なメロディーには、やはり80年代ごろのディスコポップやシティ・ポップの影響が強いように感じられた。プロデュースとしては楽曲後半のパーカッションにルボンの敏腕の手腕が宿っている。シンバルやハイハットにフィルターなどを加えることで、独特な音響性を作り上げる。アルバムの序盤は、単純にポップソングとしても楽しめるのはもちろん、実験的なポップとしての性質としての魅力も有している。このアンビバレントなサウンドはルボンの真骨頂である。

 

前曲の実験的な音楽の性質を引き継いだ「Pieces of Mind」は、かなり聴き応えがある。反復的な構成、そして、シンセサイザーの効果を最大限に引き出し、その全体的な音楽的なキャンバスの中でルボンは、海に揺られるような心地良いサウンドを生み出している。この曲もまた、感覚の発露としての音楽の効果が強調されている。その中で、民族音楽の要素や印象音楽としての性質を同時に発現させ、質の高いアートポップソングを作り上げていく。この曲では、ボーカルはより繊細的な側面を恐れず、センチメンタルな音楽の魅力を巧みに引き出している。

 

 序盤とは対象的に、わずかな快活さを感じさせる「About Time」にも注目。シンセポップが下地になっているが、この曲の構成や旋律は他のトラックよりもはっきりとしている。ルボンの音楽制作は、構成的な側面から始まるという気がするが、珍しくこの曲についてはソングライターとしての性質が強い。歌声や鼻声のようなシンプルな出発点から始まったことを予想させる。


しかし、依然としてトラックの作り込みの凄さは傑出している。例えば、中盤におけるシンセサイザー、ギターの多重録音が美麗なハーモニーを形成している。何より、このアルバム全体の甘美的でうっとりとした感覚が最も巧みに引き出されているのが魅力だ。やはり、こういった感覚的な世界は現代の音楽シーンでは女性作曲家に軍配が上がる。

 

以降はマンネリ化した部分もある。ミニマルミュージックを元にポップソングを作り上げているが、どうも既視感が拭いきれない。しかしながら、ニューヨークの伝説的な存在、ジョン・ケイルが参加した「Ride」は、かなりアヴァンギャルドなポップソングで、聴き応えがある。特に、シンセサイザーが前衛的な構成やハーモニーを作り上げ、独創的な音楽が生み出されている。


最後の収録曲「I Know What's Nice」も同様に個性的な一曲。他の曲とは異なる歌唱法を選んでいる。歌い方ひとつで、こんなに音楽の印象が変わるのか、と驚嘆することがあった。ここに日記のように音楽を制作してくというようなコンセプトが見出すことが出来る。そして、それは、独創的なシンセポップやアートポップの未知の領域を垣間見させる。聴くごとに印象が変わってきそうという側面では、カラフルで多彩な印象を持ったアルバム。侮れない快作です。

 

 

82/100 

 


 
 
 
Tracklist:

1. Jerome
2. Love Unrehearsed
3. Mothers of Riches
4. Is It Worth It (Happy Birthday)?
5. Pieces of My Heart
6. About Time
7. Heaven Is No Feeling
8. Body as a River
9. Ride [feat. John Cale]
10.I Know What's Nice

 

「Piece of My Heart」

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