Weekly Music Feature: John Cragie 『I Swam Here』

Weekly Music Feature:  John Cragie

 Photo: Bradly Cox

未知の才能と出会ったとき、大きな感動を覚える。今週紹介するジョン・クレイグのそのひとり。アメリカのシンガーソングライター、 John Craigie(ジョン・クレイギー)は人々を惹きつける音楽を作り続けてきた。彼の歌には理想的なアメリカの歌の魅力があり、そしてロマンやワイルドさもある。何よりクレイグの音楽はアメリカのローカルな魅力に満ち溢れていて本当にクールだ。


本日、フィジカルとデジタルで発売されるクレイギーのスタジオ・アルバム『I Swam Here』は、2025年1月にニューオーリンズで録音された。本作の大半は、ザ・デスロンズのサム・ドアーズが厳選したミュージシャンらがクレイギーを支えている。 ピアノ、オルガン、ボーカルを担当する彼と共に、ドラムにハウ・ピアソン、ベースにマックス・ビエン・カーン、ペダル・スティールにジョニー・カンポスを迎え、1曲ではデズィレ・キャノンがボーカルで参加している。


クレイギーがプロデューサーを務めたが、長年の友人で共同制作者であるアンナ・モスはほぼ全曲に参加している。ニューオーリンズで録音された10曲中7曲には、現地ミュージシャンの影響と才能が滲む。 次いで、 残りの曲は、数か月後にオレゴン州アストリアにあるロープ・ルームで、別のバンドとともに、ニューオーリンズでのセッションの美学を引き継いでレコーディングされた。それはツギハギではないアコースティックの生々しい録音の魅力という形にあらわれ出ている。また、ニューオーリンズに住んだ経験のある B. シャルが描いたカバーアートも粋だ。50年代および 60年代の多くのサンバやジャズのレコードのスタイルとデザインを反映している。


アルバムのファーストシングル「Fire Season」は、長年の協力者であるバート・バドウィグがエンジニアを務めた。この曲は、本プロジェクトのために最初に書かれた曲。アストリアで、クレイギーが『Mermaid Salt』で仕事をしたクーパー・トレイル(ドラム)とネバダ・ソウル(ベース)が再び参加して録音された。また、ルーク・イストシー(ベース、ブラインド・パイロット、マイケル・ハーレー)とジェイミー・グリーナン(ペダル・スチール)も参加しています。


さらに2ndシングル「Dry Land」は、別の道を進んでいる。録音の拠点のニューオーリンズで最初のバージョンを録音したものの、クレイギーはテンポが気に入らず、不必要な長いブリッジをどうにかする必要があった。数か月後、アストリアでピアノのラインと弓で弾くアップライトベースを変えて再録音した。


3rdシングル「エドナ・ストレンジ」はマーティ・ロビンスの楽曲や西部劇のガンマン・バラードに着想を得たという。クレイギーがスチール弦アコースティックを弾く唯一の楽曲で、マックス・ビエン・カーンがナイロン弦ギターのリードを担当。アンナ・モスのボーカルが入らない数少ない曲の一つであり、バックで聴こえる男性トリオのボーカルでマーティ・ロビンスへのオマージュが捧げられた。


2024年の『Pagan Church』——TK & The Holy Know-Nothingsとの絶賛され、アメリカーナ・アルバムチャートで6週連続1位を記録したコラボレーション作に続く本作は、クレイギーのミュージシャンとしての最盛期を捉えた作品といっても過言ではあるまい。ガルフコーストの音楽史と太平洋岸北西部の静かな自然音から着想を得て、広がりと親密さを併せ持つ作品となっている。


Forest Grove, OR


ジョン・クレイギーの音楽は、スタジオの枠を超えて共鳴し続けている。米国、欧州、オーストラリアでのソロ/バンドツアーは毎回満員となり、ニューポート・フォーク・フェスティバル、ピカソン、エドモントン・フォーク・フェスティバル、ハイ・シエラなどに出演している。ラングホーン・スリム、ブレット・デネン、シエラ・ハル、グレゴリー・アラン・アイザコフ、メイソン・ジェニングス、ベラ・ホワイト、ジャック・ジョンソンらと共演を重ねている。


また、ミュージシャンの慈善的な活動にも着目したい。毎年恒例のKeepItWarmツアーでは、チケット1枚の売上ごとに、1ドルが地域の食料不安対策に取り組む非営利団体に寄付される。また、カリフォルニア州トゥオルミ川やオレゴン州ローグ川で行われる「ジョン・クレイジー・オン・ザ・リバー」ツアーは、ファンや友人たちにとって唯一無二の集いの場となっている。こういった草の根の運動こそ、彼のファンを増やし続ける要因ともなっているのは事実だろう。


『I  Swam Here』はニューオリンズやオレゴンの土地に根ざし、共同制作によって形作られ、ソングライター兼プロデューサーとしてのしたたかな手腕に導かれている。ニューオーリンズの精神と太平洋岸北西部の静けさが溶け合い、自身の限界を探求するアーティストの密やかな自信が滲む。



 ▪️John Craigie『I Swam Here』- Zabriskie Point Records



ジョン・クレイギーの最新作は、一般的に言われるアメリカーナの醍醐味を余すところなく伝える作品となっている。近年では、アメリカーナがインディーズロックやポップスの中にごく普通に組み込まれることになったが、また、同時にアメリカの持つアクのような部分を薄めてしまうことが多い。アメリカーナはファストファッションのように気軽に取り入れるものではなく、木が根を張り、幹を伸ばし、そして枝をつけ、可憐な花をつける長い年月を示している。

 

それらはもちろん、フォークやカントリーの系譜において、キャッシュ、ディラン、ヤング、ミッチェルを中心に育てられてきた一本のたくましい大木でもあるのだが、枝葉末節だけではアメリカーナの本質を表すとは到底言えそうもない。その点において、グレイギーは、現代的なフォークシーンの中で最も強い幹を持ったミュージシャンだ。Lord Huron(ロード・ヒューロン)のような現代的なフォーク/カントリーのシンガーソングライターと並んで、強固なオリジナリティを持っている。彼のサウンドはときおり、ビング・クロスビーや西部劇のような古典的なサウンドの妙味を持つが、それらは時を越え、2020代に生きる私達の心にすんなり浸透してゆく。

 

今回のアルバム『I Swam Here』は音質が非常に良く、その艷やかな音の質感は、レコードの品質に近い。アコースティックギター、ささやくような歌唱から、包み込むように優しげな歌唱、そしてジャズや歌謡的な音楽に見いだせる楽器で作られたムードのあるアンビエンスに至るまで、強固な音楽的な世界が構築されている。フルアルバムとは、一つの強固な世界を意味し、それは文学や映像に視聴者が物語にがっつりと没入するように、音楽の持つ深層の世界に聴き手を潜りこませなければいけない。それはシリアスなものであれ、バカバカしいものであれ、絶対に必要な糸口でもある。これらがフィクションの醍醐味で、言ってみれば、現実的な世界を忘れさせる力があり、また、もう一つの並行する世界が実在することを証し立てるのである。

 

本作の音楽の中で、アコースティックギターに並んで強いベクトルを働かせるのが、ウッドベースのスタッカートを多用するベースラインだ。ジャズスタンダードの伝統的な音楽性を持ち込み、フォーク/カントリーと融合させる。それらの音楽の中には、ラグタイムジャズの範疇にあるピアノの旋律が華麗に駆け巡り、ノスタルジックな映画音楽のごとき世界観を形作る。

 

「Mermaid Weather」はミュージシャンが提示する音楽的な世界の序章でもあり、一連の物語の導入でもある。アルバム全体のイントロのように鳴り響き、それらが少し空とぼけるように歌われるボーカル、ブラシを使用したミュート効果を強調するドラム、また、ブギウギや歌謡の時代のロマンを反映させた、心地よいメロディーにより全体的な音楽が構築されていく。また、それらの音楽的な構成の中で、A-Bの楽節を対比させ、また調性を呼応させる。まるでやまびこのような曲のストラクチャーの中で、ムード歌謡のような雰囲気のある音楽を組み上げる。その中で、ハワイアンギターのように響くナイロン弦のギターが柔らかな雰囲気を生み出す。

 

「Fire Season」も同様に、ベースとドラムが連動し、「Stand By Me」のようなスタンダードなジャズソングのリズムの枠組みの中で、陶酔感のあるボーカルが温かい響きを作り出す。 リズムは時々、ボサノバのような南米音楽にも近いシンコペーションを作り、ノリの良いゆったりとしたリズムを作り出す。


また、この曲は、細野晴臣のボーカルを彷彿とさせ、『泰安洋行』の時代のサウンドを思い起こさせる。言うなれば、ワールドミュージックの音楽をセンスよく取り入れながら、ダイナミックなアメリカーナの曲に置き換えている。また、スティールギターは単体で鳴り響くだけではなく、オルガンとユニゾンを描くようにして、美しく穏やかな音楽的な空間性を作り出す。


また、全体的なリズムにも工夫があり、サンバの変拍子が全体的な拍に微分で組み込まれる。入り口こそ典型的なアメリカーナと思われたこのアルバム。しかし、意外なことに、少しずつその情景が移ろい変わっていくような感覚がある。また、サビの直前ではドラムフィルがざっくりと入っていき、心地よいリズムを生み出す。そして間奏の部分では再び、ウッドベースがスティールギターと美しく溶け合い、陶酔感のあるシークエンスを作り出している。この曲は、浜辺の風景を思い起こさせ、夕焼けと海のようなロマンティックな光景が音の向こうに霞む。

 

アンサンブルが際立つ序盤の収録曲の中で、「Follow Your Whisper」はアコースティクギターの弾き語り、つまりソロ演奏の性質が強まる。硬質なスティールギターで作り上げたシークエンスを背景に敷き詰めて、その音楽的な枠組みの中で気分良く紡がれるアコースティックギター、渋さを持つボーカル、その間に入るバスドラムのキック、これらが渾然一体となり、陶酔感があり奥行きのある崇高なサウンドを構築していく。また、ジョン・クレイギーはビートルズのカバーアルバムも制作していることからも分かるように、音楽的には60−70年代のポピュラーの楽曲の構成の影響を取り入れながら、見事なコントラストを持つ一曲に仕上げている。

 

これらは従来、フォークやカントリーそのものが形式主義の音楽から成立していることを踏まえて、新しく上記のジャンルの新しい構成を作り上げようという意図を汲み取ることができる。また、細かな音響効果にも気が配られ、シンバルを長く鳴らし、それらにエフェクトをかけ、メロディーの側面が強いこの曲にパーカッシヴな影響を及ぼしている。要するに、音ひとつひとつに細心の注意が払われ、それらはガラス細工のように精巧な音の作りになっている。さらに、それらのアンビエンス効果の多くはアコースティック楽器から作られているのである。

 

 

「Follow Your Whisper」

 

 

「Edna Strange」はシュールで風変わりな一曲であり、西部劇のサウンドトラックを思い起こさせる。砂漠、馬、カウボーイ、モーテル、果てしない国道など、お決まりの西部劇やガンマンの雰囲気があるが、この曲に個性的なダンディズムを添えているのが、ボブ・ディランを彷彿とさせるブルージーなクレイギーの歌声である。「風に吹かれて」のようなハードボイルドの世界。最終的には、ビング・クロスビーの音楽のような古典期なポピュラーソングに接近していく。


この曲で中心的な役割を担うスティールギターは、曲の雰囲気と良くマッチしていて、途中に使用されるエレクトリックギターのブルースの演奏の響きと上手く溶け合っている。また、他の曲よりも古典的なカントリーギターの影響が滲み出てくる瞬間もあり、ハンク・ウィリアムズやジョン・デンバーのような20世紀はじめのフォーク・ソングの源流を探し出すこともできる。この曲はジョン・クレイギーのボーカルが本当にかっこよくて、クールな雰囲気が漂う。


「Dry Land」は、ビートルズ直系のフォーク・ソングである。イントロのボーカルの節回しは明らかにビートルズを意識しているが、やはりその後の流れは少しずつ変化していく。アメリカーナのスティール・ギターとピアノの旋律が絡み合い、重厚な音楽世界を作り上げる。そしてその向こうから聞こえてくるクレイギーのボーカルは、まるで幻想的な砂上の楼閣の向こうに美しい情景が浮かんでくるような瞬間を捉えられる。また、ボーカルの重ね録りによって、アーティストが志向する平和で融和的な世界観が実現される。

 

「Call Me A Bullet」はフォークバラードの一曲で、やはり細野晴臣のボーカルを彷彿とさせる。ポップソングやヒット・ソングの定番の形を踏まえて、それらをオリジナリティ溢れる楽曲に仕立てている。クレイギーの楽曲は、全般的にも言えることであるが、宇宙の調和を大切にしていて、それは日常的な感覚からくる出来事と、壮大で神秘的な出来事の合致を意味する。


ここには音楽家の自然愛好家の姿が垣間見え、大きな、もしくは小さな自然と接するときに感じられる崇高な感覚が、美しいバラードに乗せて歌われている。音楽的にも、楽器のパートや全音の音域のバランス、また、倍音のような本来は意図しない音の残響に至るまで隈なく配慮され、一つに組み合わされ、調和的なハーモニーを作り出す。これらはどの音が心地よく響き、他のどの音が心地よくないのか、ミュージシャンとしての実地の体験の蓄積が滲み出たもので、単なる音楽理論や知識だけでは、まかないきれないものである。いわば、このアルバムの中心にあるのはミュージシャンとしてのみならず、一個人の体験や経験が表側にあらわれている。だから、このようなタイトルでさえも、ジョークに富んだ表現のように感じられるのである。全体的には、ニューオリンズのような米国南部の空気感が美しい響きを作り上げている。

 

しかし、同じようなタイプの楽曲を選ぼうとも、曲そのものはあまり似通うことがないのが美点だ。「Claws」はボブ・ディランやCSN&Yとならんで、最初期のトム・ウェイツの音楽性に近い。ブルースはもとより、ジャズスタンダードの影響を踏まえ、それらをフォークソングに昇華させている。 まるで観光者がミシシッピ川の近郊にあるニューオリンズのクラブにぶらっと入り、現地のバンドやミュージシャンの演奏を目撃する。そんなモーメントを思わせる。必ずしも、トム・ウェイツのようなシンガーが酔いにまかせて歌を実際に歌うとは限らないのだが、それに近い、酔いどれ詩人のような雰囲気に満ち溢れていて素敵だ。曲ごとに、時間が変化し、ある曲は朝の爽やかな光景、夕暮れ時の慕情があったかと思えば、この曲では夜の歓楽街のような扇情的な空気感が滲み出ている。これらの空気感と呼ばれるものもまた、実際の生活から汲み出されるもので、実際には音楽的な理論や作法だけで作り上げることは不可能である。

 

フォーク/カントリーというのは、ソロシンガーを中心に、デュエットの形式を通じて発展してきた。それは男性的なボーカルと女性的なボーカルの組み合わせでもある。「Mama I Should Call」は二拍子の簡素なデュエット曲で、フォーク/カントリーの重要なテーマである望郷(それらは戦時中には男女間の慕情へ変化し、戦後には反戦のような主題に変わることがあった)を引き継ぎ、ニュースタンダードを形作ろうとしている。カントリーのような音楽の主題であるトニック、ドミナント、サブドミナントを中心とする基本的な和声法の進行を通じて、またときどきジャズの和音を交えながら、スタイリッシュな感覚を持つフォークバラードに仕上げている。

 

最も深い瞑想的な音楽性が出てくるのが「I Remember Nothing」で、前の曲と繋がっているような感じである。ハモンドオルガンの向こうからエレクトリックギターの演奏が入り、ドアーズのような楽曲性を作り、同じように瞑想的なボーカルが美しい楽曲の展開を形作る。ボーカルの面にも注力され、ゴスペルのように荘厳なコーラスワークがメインのボーカルと組み合わされるとき、息を飲むような美しい楽の音が現れる。アルバムの終盤のハイライトとなりそうだ。

 

列車の汽笛を模したイントロのギターの余韻、そして古典的なジャズボーカルの世界を体現する「Don't Let Me Run Away」は聴いたあと、腑に落ちるような感覚がある。長いアーティストの旅を遠巻きに眺める感覚、それらはアルトサックスの船の汽笛を思わせる響きや、クレイギーの味のあるボーカル、そしてレコードの音質やノイズを体現させたようなサウンドにより培われている。とくにタイトルが歌われるとき、印象的な映画のワンシーンを見ている気分になる。


このクローズ曲には、ハモンドオルガンの古めかしい響き、そして、アメリカーナの典型的なスティールギターが混在し、重厚感のある音楽世界を構築している。聴いていてうっとりするような素晴らしいエンディング曲。それらはミュージシャンの人生の集約でもあるのだろうか。

 

 

 「I Remember Nothing」

 

 

 

92/100 

 


▪Listen/Stream: https://found.ee/JC-I-Swam-Here

 

▪︎ John Craigie HP: https://johncraigie.com/

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