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最初のアルバム制作とリリースにまつわる約2年間の前例のない隔離状態の中で、ビエランスキーとモランドは週に1曲の新曲を書くという挑戦を通じて、ダウンタイムを最大限に活用した。この取り組みの成果は200曲以上に及び、その研ぎ澄まされたソングライティング技術は、セカンド『Velveteen』の10曲を構成するポップフックと時代を超えたインディーロックの風格に表れた。数えきれないほどのテレビ番組、文学、自己内省に影響を受けた本作は、バンド史上最も繊細な作品でもあり、渇望、繋がり、自己への誠実さという複雑な関係性を考察している。
3rdアルバムにはちょっと笑ってしまうようなエピソードが付随している。何でも創設メンバーでありシンガーソングライターのサム・ビエルアンスキーが語るように、『Clearly Cursed』は21歳の時に初めて霊能者を訪れた体験から直接インスピレーションを得たのだとか。「彼女はタロットカードを読み、彼氏が浮気していると告げた」とビエルアンスキー。 「それは事実だった。彼女は、私に暗い霊が憑いているとも告げた。1500ドル払えば簡単に追い払えるとも。明らかに予算オーバーで、私はその場を去り、この暗い霊と一生付き合っていくしかないと思った」
『Clearly Cursed』では、PONYの創設メンバーであるビエルアンスキーとマティ・モランドに、ツアーで共演したクリスチャン・ビールとジョーイ・ジナルドが加わった。プロデューサーのアレックス・ギャンブルと協力し、PONYの制作と楽曲制作を、結成から10年以上も前から夢見てきた音楽的アイデンティティへと押し上げた。
『Clearly Cursed』において、プロジェクト創設者のサム・ビエランスキーはポジションを転換し、従来のギター演奏業務を縮小してインパクトのある歌詞と豊かなボーカルスタックに身を投じた。モランドはトーンとテクスチャーの妙に踏み込んで行った。「『ボーカルに集中しよう、そこが自分が輝く場所』と言ったんだ」とビエランスキーはスイッチについて語り、さらに「トーチを渡すことに問題はなかった」と付け加えている。全体の音の印象は以前よりもはるかに明るく、溌剌とした喜びに満ちている。背後にある創造的な源について、ビエランスキーは「歴史的に、私たちは曲がとても楽しく聞こえ、車やビーチへ向かう途中で聴けるような対比を演奏したが、歌詞は内省的で自己疑念に欠け、時には憂鬱になることもある」と述べた。
モランドは2年がかりのアルバム『Velveteen』制作過程を経て、ゲームへの愛情の一部を失ったと語っています。このレコードは、二人とも制作に時間がかかりすぎたことを認めている。自らの輝きを再燃させるため、モランドはジョニー・マー(The Smiths)やロバート・スミス(The Cure)といった先例を研究し、『Clearly Cursed』のタイトル曲では明るくジャングリーなトーンに傾倒した。
結果として生まれたサウンドは、彼らの代名詞であるキラキラしたパワーポップに、ザ・キュアー、ジーザス・アンド・メアリー・チェーン、キャロライン・ポラチェック、そしてこよなく愛するジャネット・ジャクソンなどの影響を加えた内容に。ファズギターと楽しさの下に優しい柔らかさを擁するこのアルバムは、リスナーに彼らの内なる鮮やかな可能性の世界を探求させる。
ジミー・イート・ワールド、ドラッグ・チャーチ、ミリタリー・ガン、プール・キッズ、MSPAINTらとの共演を含む大規模なツアーを経て本作はリリース。『Clearly Cursed』はテイク・ディス・トゥ・ハート・レコードより発売。前作『TV Baby』『Velveteen』に続く3作目となる。
▪️ PONY 『Clearly Cursed』- Take This To Heart
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PONYはトロントの名物的なインディーロックデュオとして名を馳せてきた。最新作『Cleary Cursed』はポップパンクとパワーポップの中間にある音楽性にシフトチェンジした、聞きやすいアルバムとなっている。今作では、ボーカルのメロディーにさらなる磨きをかけ、ミレニアム年代のポップパンクに準じた痛快極まりないロックアルバムが誕生した。その中には、PONYの中心的存在、ビエランスキーのBlink 182への親和性を見出すこともできる。それらを持ち前のベッドルームポップのセンスに落とし込んで、ほどよく軽く、爽やかな作品に仕上げている。
最新アルバムではポップソングを志向した曲が中心となっている。ボーカルのメロディーラインの一般性に重点が置かれている。理想的なポップソングというのは、誰でも簡単に口ずさんだり、鼻歌で歌ったりできることに尽きる。本作のオープナー「Superglue」はウージーな雰囲気のギターで始まり、その後、パンク、ロック、ポップの間にあるアンセミックな曲が展開される。
PONY持ち前のパワーポップに位置づけられる甘いメロディーが健在で、8ビートのドラム、そしてパンキッシュな印象を放つギターと融合する。サビでは、よりロック的なアプローチが敷かれ、彼らの掲げる”グランジ・ポップ”のエッセンスが遺憾なく発揮されている。ここには、全般的な音楽ファンが親しめるような曲を書こうという精神が反映され、平坦化された音楽性が心地良さと乗りの良さを作り出している。近年、難解になりすぎることが多いロックソングを平易に解釈しようというスタンスが軽妙なポップロックソングに転化された形となった。また、遊び心も満載である。ビートルズ的な逆再生、ダンスポップやシンセポップに根ざしたキラキラしたシンセのアレンジに至るまで、遊園地のアトラクションのような楽しさをもたらす。
カナダやオーストラリアのロックバンドを聴いていてふと思うのは、ほどよく緩やかに時間が流れているみたいな感覚があることだ。それは、地方都市を訪れたときに感じる妙な安らぎに似ている。これらの地域のミュージシャンは現代的とか未来的というキャッチーコピーに惑わされずに、時代を問わず好きな音楽を純粋にやっている感じがして好感を覚えることがある。PONYは、とくに90年代や2000年代ごろの普遍的なロックバンド、Linkin Parkのようなバンドをフェイバレットに挙げているが、それこそがPONYのサウンドに普遍性をもたらしている理由なのだ。
「Freezer」はこの年代のロックやパンクに根ざしていて、さほど新しいことはやっていない。しかし、イントロ、ヴァース、ブリッジのような基本的な構成を受け継ぎながら、サビ/コーラスでリスナーが期待する高揚感のあるフレーズを惜しみなく提供する。初心者の音楽ファンにもアンセミックな箇所をしっかりと用意しているのだ。
ハイライトとなる箇所では、アルバム全体の爽快感のある音楽性が鮮明になる。これらは確かに、New Found Glory、Blink-182のような明快なポップパンクソングをオルタナティヴロック/パワーポップから再編しようという試みであり、意外と見過ごされていたスタイル。こと、PONYの楽曲に関しては、澄んだ青空のように爽やかなイメージを与えてくれる。曲の後半でのギターソロもかなり良い感じで、 キャッチーなサビ/コーラスと絶妙なコントラストを形作っている。
「Sunny Something」ではジャネット・ジャクソンのタイプのポップソングを受け継ぎ、ロックソング/パンクロックとして再編している。 この曲では、ベースラインの同音反復と全体的な和音の分散和音を配し、その上にバブリーな感覚を持つポップソングがギターロックと上手く融合させている。 ただ、これらの古典的なポップソングの形をベッドルームポップのような2000年以降のサウンドと結びつけることで、2020年代に相応しいサウンドに組み替えているのが素晴らしい。オートチューンこそ使用されないが、サビやコーラスの箇所で波形のグラデーションを変えることにより、これに近いサウンドを実現している。また、このサウンドはGarbageのような名物的なグループに近いニュアンスが含まれる。この曲でもやはりサビでは、ポップなメロディーとロック的なサウンドが混在し、華やかな音楽性が心地よいひとときを提供している。
昨年はNation of Languageを筆頭に、シンセポップやダンスポップ勢の活躍が目立った印象だったが、その流れを汲んだ「Middle of Summer」は見事な一曲と言える。Pet Shop Boysのようなライトな音楽性を捉え、ポストパンク風のベースから組み直し、シンプルではあるが、琴線に触れるようなシンセのフレーズを交え、懐かしくほっとするような音楽性を生み出す。ジョニー・マー、ロバート・スミスのようなギターラインの研究の成果はこういった曲に表れている。叙情的で適度に軽やかなギターの演奏は、サビではパンクロックのような簡素さに変わる。Kero Kero Bonitoのようなカラフルなインディーポップサウンドとポップパンクのエッセンスが劇的に合体した一曲である。この曲に満ち溢れる突き抜けるような明るいエネルギーは必聴。
「Middle of Summer」
「Hot And Mean」は2000年代のポップパンクブームのリバイバルとして最も成功した事例となるかもしれない。上記で挙げたNFG、Blink、Bowing For Soupといったパワーポップのエッセンスを受け継いだ良質なパンクロックの音楽性を受け継ぎ、それらを的確な形に昇華している。この曲には、Jimmy Eat World、Militarie Gun、Pool Kidsのような良質なパンクバンドとの共演してきた理由がうかがえるのではないか。ライブシーンで映えそうなボーカルがキャッチーなロック/パンクチューンと混在する。もちろん、ロックそのもののカッコよさも十分に感じられるが、その中で、スポークンワードなどを交えつつ、現代的なポップスのニュアンスも醸し出す。
「Blame Me」はアルバムの中盤のハイライトとなり、ベッドルームポップ、パワー・ポップ、アルトポップの中間に位置している。このアルバム全体に通じる遊園地のアトラクションのようなアグレッシヴな楽しさがヒットソングの王道の三分間にぎっちり詰めこまれている。表向きには商業的なサウンドを押し出しながらも、1980年代のメロディアス・ハードロックのような叙情的なギターサウンドが見え隠れする。外向きなサウンドの中に併存するエモーショナルなクラシックロックのサウンドは、より多くのリスナーに聴かれてしかるべきではないだろうか。
さて、タイトル曲「Cleary Cursed」ではPONYのパワーポップ/ギターポップのセンスが余すところなく発揮される。ギターが大活躍で、ジョニー・マーのような激渋の雰囲気を醸し出す。最近はギター・ソロがプロデュースによって省略されてしまうことが多いが、ラフだけど味のあるギタープレイこそロックソングの核心ともいうべき箇所。合理化されたロック/ポップソングはたしかに耳障りが良く、長所もあるけれど、無駄な箇所もないと面白みに欠けるところもある。
この曲の中盤に入るギターソロは、器楽的な温和な感覚を与えてくれる。聴いていてうっとりするような感覚をギタリストは肌で知っているらしく、それを的確に体現させている。ボーカルもそれに負けていない。自由奔放なボーカルがカラフルなギターと融合し、激しい化学反応を起こす。デュオの性質が強いバンドであるが、全体的なバンドサウンドがぴたりと混ざり合う。
徹底して複雑さを避け、簡略化したロックサウンドが『Cleary Cursed」の最大の魅力である。また、そのスタンスは音楽性が変化しようとも普遍で、音楽にも詳しくない人をも夢中にさせる力がありそうだ。また、それこそが70年代以降のロックやポップソングの隠れた核心でもあったことを考えると、PONYの最新作のサウンドアプローチは理にかなっているように感じられる。
「Brilliant Blue」のような少しセンチメンタルなポップソングのような形に変化しようとも、なぜかこのバンドらしさは薄れない。この曲では女性的な可愛らしい感覚がインディーポップソングと淡く溶け込んでいる。また、グランジに対するオマージュが捧げられた「Every Little Crumb」のイントロでは、Nirvanaのアルバム『Nevermind』に収録された「In Bloom」と「Drain You」を合体させている。王道や紋切り型を避けず、真っ向から勝負を挑み、切り込んでいくPONYの姿勢に称賛を送りたい。これはまわりからどう見られるかにポイントが置かれているのではなく、純粋に気になることや好きなものを主体的に追求しているからこそなしえることだろう。
そういった遊び心もあれ、「Swallow Stars」のような曲にこそ、PONYらしさが宿っている。依然として、リゾート地やイベントのアトラクションのような楽しさ、明るさ、朗らかさは、繊細で憂鬱な歌詞と対比をなしながら、スムーズに流れていき、ビエランスキーが遭遇した占い師のエピソードを軽く笑い飛ばし、そして過去の自分との別れを告げる時が到来したことを意味する。
天心爛漫であることや誠実さは憑き物すら吹き飛ばしてしまう。そこにあざやかな生命が宿るからだ。本作のクローズ「Swallow Stars」はその証ともいえる。今作を聴いた後に覚える夏のサイダーのような澄んださわやかさこそ、現代のロックやポップソングに必要不可欠なものである。
85/100
「Blame Me」


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