音楽のバックグランドについて言及すると、興味深いことに、メアリー・J・ブライジやゴスペルデュオのメアリー・メアリーなど、「ファーストネームがメアリーであるアーティスト」が彼の家庭の音楽環境を特徴づけていた。これらのアウトキャストとの出会いはディクソンにとってきわめて重要なものとなった。ヒップホップへの愛を深める一方で、当時流行していたシアトリカルなロックにも興味を持つようになった。「メリーランド州の友人から紹介されたMy Chemical RomanceやPanic! At The Disco、これらのグループは、私の憧れの感覚を音楽で表現してくれていた」と彼は話している。結局、彼はこれらの影響を、バージニア州リッチモンドの大学に通いながら、2013年にリリースしたデビューEPの制作時に全力で注ぎ込むことになった。
やがてマッキンリー・ディクソンの音楽は、ブラックネスや癒しとの関係について言及されるようになり、彼の主要な自己表現手段となりかわっていった。その次にリリースした『Who Taught You To Hate Yourself?(2016年)、『The Importance Of Self Belief』(2018年)を経て、彼のスタイルは進化を遂げ、特に楽器の演奏に関しては自信を深めていった。
デビューアルバム『For My Mama and Anyone Who Look Like Her』は、ディクソンが心の痛みや悲しみに照準を合わせたゲームチェンジャーとなった。「私は本当に濃密で混沌とした曲を作っていて、どんな考えでも5分半の曲に詰め込もうとしていた」と、ディクソンはプロジェクトについて語っている。続く 『Beloved!Paradise! Jazz!!!』は、さまざまな衝動をぶつける試みとなった。
この作品では、「あの激しさと濃密さを保ちながら、より短く、よりキャッチーな曲を作ったらどうだろう?って考えてみたんだ」と彼は述べている。1992年に出版されたモリソンの友情とハーレムを描いた小説『ジャズ』を朗読するアブドゥラキーブのイントロダクションの後、ディクソンはリスナーに "Sun, I Rise" を提供する。ハープが奏でるクリスタルのようなラインの上でラップするディクソンは、時に低く、時に頂点まで軽やかに舞い上がるように、声のトーンを変えて演奏する。彼の歌詞は捉えどころがなく、文学的で、正真正銘のヒップホップだ。それは、ディクソンのフロウの能力の強かな表明であり、スキルの棚卸しでもある。「イカロスとミダス王を混ぜたような少年の物語を作りたかった」とディクソンは言う。ゲストボーカリストのアンジェリカ・ガルシアは、ピュアな歌声で、この傑出したシングルにさらなる深みを与えている。
アルバムの他の部分では、彼は、落ち着きのなさと銃の暴力("Run, Run, Run")、友人を失うという底知れない悲しみ("Tyler, Forever")、才能の孤独("Dedicated to Tar Feather")について取り組んでいる。ディクソンはオーケストラの指揮者のように、鍵盤、弦楽器、優しいベースをはじめとする生楽器を組み込もうとした。「全ての曲で美しい言葉を書こうとした、これまでで一番手応えがある」とディクソンは語るが、それは楽曲の美しさと題材に見合った偉業となることだろう。
重苦しい緊張感に満ちた前曲の後、レゲエやジャズを基調にしたユニークなラップソングが控えている。「Run Run Run」は、表向きには銃社会について書かれているが、アルバムの中で親しみやすく、軽快なリズムに支えられている。ここにはディクソンのジャマイカのコミュニティや、そのカルチャーの影響が色濃く反映され、Trojanに所属していた時代のボブ・マーリーのR&Bの延長線上を行く古典的なレゲエやアフロ・キューバン・ジャズを融合させた一曲である。シンプルなピアノのフレーズが連続した後、ディクソンはアンセミックな響きを持つフレーズを繰り返す。アフロ・ビートのように軽快なリズムとグルーブ感は軽やかに走り出しそうな雰囲気に満ちあふれている。中盤からラップへと移行するが、トランペットのミュートに合わせて歌われるディクソンのうねるようなラップの高揚感は何物にも例えがたいものがある。
同じように続く「Live From The Kitchen Table」も心沸き立つような雰囲気に充ちている。 タイトルもファニーで面白いが、特にアーティストのジャズに対する理解度の深さと愛着が滲み出ているナンバーだ。特に、曲の中盤のサックスの駆け上がりは、アルバムの中で最も楽しみに溢れた瞬間を刻印している。これらのジャズの要素に加え、アルバムの序盤とは正反対に、ディクソンは心から楽しそうにラップを披露する。その歌声を聴いていると、釣り込まれて、ほんわかした気分になる。この曲が終わった頃には、心が温かくなる感覚に浸されることだろう。
終盤では、ゴージャスなオーケストラ・ストリングスのハーモニーを活かした「Dedicated To Feather」が強烈な印象を放っている。前曲の友人への弔いのあと、その魂をより高らかな領域へと引き上げ、レゲエ調のエレクトーンの音色を取り入れ、渋さのあるポピュラーミュージックを展開させる。4ADから新しいアルバムの発売を控えている、注目すべき黒人シンガーソングライター、Anjimileをゲストボーカルに迎えたことは時宜にかなっていると言える。両者の息のぴったり合ったボーカルとコーラスは、アンニュイなネオソウルの魅力を体現しており、シンガロングを誘発させるサビの痛快さはもちろん、ボーカルのサンプリングやジャジーな管楽器の芳醇な響きによって、曲の情感は徐々に高められていくことがわかる。
ジャズのスタンダードな形式の管楽器のフレーズで始まる前奏曲に続き、「The Story So Far」を介して、アルバムのテーマはいよいよ核心へと向かっていく。アフロ・キューバン・ジャズの要素を取り入れたこのトラックで、パーカション効果を最大限に駆使しながら、マッキンンリー・ディクソンはジャズとラップの融合のひとつの集大成を示している。それは序盤の重苦しい雰囲気とは異なり、天上に鳴り響く理想的なラップとも捉える事ができるし、近未来的な響きを持つヒップホップとも解せる。キューバン・ジャズ風のリズムや管楽器の響きは、Seline Hizeのハリのあるボーカルによって、楽曲の叙情性は深度を増していくのだ。
悲哀、狂気、恐怖、それと対極にある温和さ、楽しさ、平らかさ、多様なブラックカルチャーに内在する感覚をリアルに体現した後、アルバムの最後に祝福された瞬間が待ち受けている。タイトル曲「Beloved! Paradise! Jazz!?」は、スタンダードなソウルやR&Bを下地にしたDe La Soulを彷彿とさせるナンバーで、ディクソンは相変わらず、淡々とし、うねるようなリリックを展開する。後に続く温和なコーラスワークの響きは、ハープやジャジーな管楽器とポンゴの響きに支えられ、Ms Jaylin Brownのソウルフルなボーカルに導かれて、アルバムの最後は微笑ましい子どもたちのコーラスにより、ダイナミックかつハートフルなクライマックスを迎える。