New Album Review Matthew Halsall 『The Temple Within』EP

Matthew Halsall 『The Temple Within』EP
 


 

Label:    Gondowana Records

 

Release:  2022年8月26日


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Review


マンチェスターを拠点に活動するトランペット奏者、Matthew Halsallの最新EP『The Temple Within』は、2020年に発表されたフルアルバム「Salute to the sun」の後、イングランド北部で行われた刺激的なセッションを元にして生み出されたモダン・ジャズの傑作です。

 

このアルバムのタイトルは、ジャズの巨匠アリス・コルトレーンの言葉に因んでおり、教会や修道院、アシュラムのレンガやモルタルではなく、自分の精神の中に空間があるという意味が込められています。


レコーディング・セッションでは、ハルソールが当時結成したばかりの地元ミュージシャンを起用し、毎週のリハーサルとマンチェスターのYesでの月例レジデンスに集った。彼らは、スピリチュアル・ジャズ、英国ジャズの伝統、進歩的なワールドミュージック、エレクトロニカの影響を受け、共同作業のサウンドを作り出しました。この月例セッションに触発され、彼らは北イングランドの文化に根ざしながら、グローバルなインスピレーションを引き出した音楽を作り上げていきました。Halsallにとって、『The Temple Within』の音楽は、これらのセッションの精神を完璧に捉えています。ハルソールはこのアルバムについて以下のように説明しています。


「バンドとしてだけでなく、地元のコミュニティとのつながりができたことに、とても興奮したんだ。毎月のセッションには、さまざまな年齢層の人たちが集まってきます。


そして、この音楽は、まさにその典型です。私にとっては、本当に完璧な音楽のポケット、完璧な瞬間のように感じます。アルバムにすることも考えたんだけど、結局はこのままがいいし、この瞬間のエネルギーを、ライヴにいる人たちだけでなく、世界中のファンやリスナーなど、より広いコミュニティと共有したかったんだ」

 

 

このEPでは、ハルソールのトランペットが先導役をつとめ、その他にも、ピアノ、フルート、サックス、ハープ、エレクトロニクス、パーカーション、ドラムと様々な楽器がセッションの中に取り入れられています。2000年代から、アフリカ、アジア、他にもイスラム圏の音楽文化を取り入れたエキゾチック・ジャズの潮流を形成する一派がジャズシーンに出てきましたが、ハルソールとセッションメンバーはこれらの流れを汲んだ西洋的なジャズとは異なるアプローチに取り組んでいきます。オープニングトラック及びタイトルトラックでもある「The Temple Within』ではアフリカの民族音楽のリズムを大胆に取り入れ、他にもシタールの響き、リズミカルなピアノが導入され、そこにハルソールのノルウェージャズのアプローチのように枯れたミュートを取り入れたハルソールのトランペットの卓越した演奏技法がキラリと光る一曲となっています。

 

「Earth Fire」は、ハープの前衛的なトリルの技法を導入した楽曲で、マシュー・ハルソールは一曲目と同じように、リード的な立ち位置でセッションメンバーの演奏を牽引していきますが、彼のスタイリッシュなソロを通じて、ピアノ・ソロ、 ダイナミックなドラムソロと複数の楽器パートへリードの引き渡しが行われ、英国内のジャズシーンの洗練性を引き継いだモダン・ジャズの刺激的なライブセッションが繰り広げられ、演奏を目の前で見ているかのような迫力を堪能することが出来ます。

 

上記二曲のモダン・ジャズの雰囲気から一転し、三曲目の「The Eleventh Floor」では、イントロの銅鑼のパーカッションが印象的で、アラビア風の音階(スケール)を大胆に取り入れられています。ここでは、一曲目よりもシタールの響きが効果的に導入され、ハルソールの演奏は艷やかさに溢れ、さらに東洋的なエキゾチズムを演出し、2000年代、一時期隆盛を極めたエキゾチック・ジャズの領域にセッションメンバーは踏み入れています。そういったアジアンテイストな雰囲気のシークエンスが繰り広げられる中、マシュー・ハルソールのトランペットのレガートの演奏は高らかで伸びやかであり、マイルス、エンリコ・ラヴァといった巨匠の演奏に象徴されるモダン・ジャズの流れを汲んだダイナミックなブレスの演奏が繰り広げられていきます。

 

このミニアルバムの中で特に聞き逃す事が出来ないのが4曲目収録の「A Japanese Garden in Ethiopia」で、題名にも表れている通り、日本の「四七抜き」音階を取り入れた落ち着いた侘び寂びの雰囲気を演出する。ハルソールのトランペットは、日本の民族音楽楽器の尺八のような枯れた響きを導入し、さらにハープのグリッサンドの劇的な使用は、 四度、七度の音階を避けていることもあってか、大正琴のような艷やかで色彩的な響きをもたらすことに成功しています。この曲で、ハルソールは、ノルウェー・ジャズのトランペット奏者、アルヴェ・ヘンリクセンのように、トランペットの前衛性を追求した最新鋭の演奏技法を組み入れていることに注目です。

 

マシュー・ハルソールは、プレスリリースを通じて、この作品をフルアルバムにすることも念頭においていたものの、これくらいの長さがちょうどよいと感じた、との趣旨の説明を行っていますが、それらのコンパクトに企図されたジャズサウンドは濃密な内容となっており、何度も聴き返したくなる深い情緒を持ち合わせています。マシュー・ハルソール、セッションメンバーは、イングランド北部の様々な年代の演奏者を介して生きた音をマンスリー・セッションから汲み取り、東洋のエキゾチックな雰囲気を交え、それらの特異な音楽的空間を瞬間的に体現してみせています。

 

92/100






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