New Album Review- Katy Kirby  『Blue Raspberry』

Katy Kirby  『Blue Raspberry』




Label: Anti-

Release:2024/01/26

 

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Review

 

 ニューアルバム『Blue Raspberry』でニューヨークのシンガーソングライター、ケイティ・ カービーが描こうとした経験、あるいはその他人との共有とはいかなるものだったのだろう。すべてを明言することはできないが、少なくとも、それは、アルバムの収録曲のいくつかに明確に反映されていることが分かる。


 「Redemption Arc」は、バラードソングのタイプのインタリュードで、アンティークなピアノの演奏をもとにし弾き語りというスタイルで始まる。ペダルの音のアンビエンスを活かしながら、シンプルな歌声と和音の同調のメジャーからマイナーへの進行により、このバラードにホロリとさせる瞬間をもたらしている。


 しかし大げさな表現とはならず、シンプルな歌声やピアノの演奏がオープナーで繰り広げられる。それはアルバムの全般的な印象、つまりこの後、音楽がどうなっていくのかという期待感をもたせる。そしてその音楽には、どうやらこのSSWの主要な特徴であるカントリー音楽の雰囲気が感じられる。

 

 オープニングで示されたカントリー音楽の影響は続くシークエンス「Fences」でより明らかになる。イントロのアンティークなピアノから、ペダルスティールのまったりとした響きを元にして、近年のビックシーフやそのフォロワー、あるいはワクサハッチーやジェス・ウィリアムソンの書くようなモダンなポピュラーカントリーの妙味が味わえる。これらの現代性を強化しているのがトラックに薄く重ねられるシンセ、ギター、フレーズの合間に導入されるピアノである。カービーはムードたっぷりに歌うが、それはプレスリリースで示された通り、「ゴージャスなものを作りたいという衝動を押さえつけない」というコンセプト通りのものが反映されているとも言える。しかし、カービーの意図するゴージャスさとは、単なる華美さではない、その中にブルースのような哀愁がある。それはこの曲の強度、そして聴き応えをもたらしている。

 

 続く、2曲は昨年、ベッカ・マンカリやマデライン・ケニーといった若手シンガーが示した実験的なポップスの範疇に属する。歌やソングライティングの一連の表現の中に、実際的なクイアネスの表現性が留められているのか、そこまでは分からないが、「Cubic Zirconia」ではインディーポップとモダン・カントリーを組み合わせたアプローチの中に、そして続く「Hand To Hnad」では叙情的なポップネスの中に、このシンガー、ひいてはアルバムの持つ最大の魅力が込められている。


 それは派手な演出とは対極にある素朴さという形で繰り広げられ、スケールの進行の妙味やシンガーの微細なボーカルのニュアンスの変化の中に、このミュージシャン特有の表現性を見出すことが出来る。 そしてここには、プレスリリースにかかれている通り、新しい愛の至福の部分が表現されていると言える。それはなんら関係のない人物が歌うものであるはずなのに、同じような感覚、内面が喜びで満たされているという感覚をもたらす。


 アルバムの中盤では、穏やかな曲が続く。急激な展開を避け、「Wait Listen」ではピアノとギターを組み合わせたバラードソング、そして続く「Drop Dead」ではギルバート・オサリバンのような親しみやすいバロックポップの形を取り、展開される。これらの2曲は前者の場合はフォークの安らぎ、後者の場合は、ポップスそのものの親しみやすさという形で表れる。そして何より、ケイティ・カービーの経験からもたらされるロマンティックな気分が反映されている。

 

 「Party Of The Century」では、Sufjan Stevensの温和なインディーフォークにゴージャスな雰囲気を加えている。これらの明るさのあるアコースティックのギターラインに加えてカービーのコーラスが加勢することで、曲のクライマックスでは至福感のある感情性を生み出している。曲の終盤に導入されるフィドルのような響きを持つストリングスは清々しい感覚をもたらす。


 「Alexandra」は、ベースラインの古典的なR&Bのようなブレイクを挟んだ、面白いタイプの楽曲である。象の歩行のようにゆったりしたテンポにもかかわらず、ほとんどメロディーや構成の持つ基本的な形が崩れないというのは凄さを感じる。そして曲の終盤では、このゆったりとした展開から跳ね上がるような感じで、熱狂的なギターがテンションの上昇を形作る。シュールさとユニークさをあわせ持つこの曲は、本作の中でも異彩を放っている。

 

 続く「Salt Chrystal」ではオープニングのバロック・ポップを基調とするバラードに戻る。ジョンレノンのイマジンやビートルズのデモソングのような少しローファイな音響性をイントロに配して、それらの古典的なポップスの形式にいかにモダンな感覚を及ぼすのかに気が配られている。ムードたっぷりの曲で、最後はそれらの空気感が最高潮に達する。曲の最後のボーカルのメロディーの進行には、ケイティ・カービーのオアシスに対するさりげない愛が示されている。そして、ストリングスアレンジにより、製作者の思惑通り、ゴージャスな瞬間を迎える。


 制作の一番最初に書かれたというタイトル曲は、美麗なコーラスを通じてシンガーの内的な至福感が明確に立ち表れる。やはりそれは冒頭と同じようにスロウテンポのバロックポップという形で昇華される。クローズ曲は、オープニングのしっとりとしたアプローチとコントラストを描き、パンチの効いたロック調のシンセポップソングで、アルバムの最後に花を添えている。

 

 

 

75/100



「Cubic Zirconia」

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