New Album Review: Hannah Jadagu 『Describe』

 Hannah Jadagu 『Describe』


 

Label: Sub Pop

Release: 2026年10月26日

 

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Review

 

ニューヨーク→カルフォルニアのシンガーソングライター、ハンナ・ジャダグ(Hannah Jadagu)は、2020年代中盤以降のインディーポップシーンを象徴するような存在である。元々、iPhoneなどで録音を行っていたハンナ・ジャダグであったが、Sub Popにその才を見初められ、ポップ/ロックシンガーとしての華々しい才能を発揮するに至った。『Apeture』は、フランスで同地のプロデューサーと組んでレコーディングされた。これまで影響を受けてきた、ポップやソウル、そしてロックのエッセンスにヒップホップの話法を取り入れた画期的なアルバムで、ニューヨーク・タイムズ、NPRから称賛を受けた。サブ・ポップの説明によると、セカンド・アルバムは、ミュージシャンとして生きるようになってからの葛藤が描かれている。

 

彼女の開花しつつあるキャリアは、ニューヨークで育まれていた恋愛関係から彼女を引き離した。「愛と感謝を感じつつも、仕事のために離れていることへの罪悪感もあった」と彼女は振り返る。「ミュージシャンであることは時間を犠牲にすることを意味する——そして私の特徴の一つは、質の高い時間を大切にする人間だということ」彼女の広がりを見せるセカンドアルバムでは、その分離と向き合い、物理的な距離を超えた繋がりを見出し、その過程で自身の声を強めている。このセカンド・アルバムは、ソングライターがアイデンティティを確立するための過程を描いている。そして前回はロック調の曲も多かったが、今回はポップソングを中心に構成されている。しかし、メインストリームの音楽とどこかで呼応しつつも、独自のDIYのソングライターとして出発したミュージシャンらしく、インディーズポップが中核に据えられている。また、従来としては、白人のポップとして位置づけられていたアートポップやエクスペリメンタルポップ、ケイト・ルボンのような実験的なポップスへの接近を図った作品でもある。

 

「アナログとモダンを融合できるアーティストにすごく惹かれる」と彼女が語るように、今回のアルバムでは、普遍的なポップソングのエッセンスを取り入れながらも、それが現代的な音楽として通用するのか、もしくは新しいなにかが出てくるのか、その過程のようなものを捉えることが出来るはずである。アルバムの冒頭曲「Describe」を聞けば、そのことがよくわかる。ボーカルにはオートチューンを使用し、現代的なポップソングと呼応してはいるが、同時に、バックトラックでのシンセサイザーは清涼感のあるテクスチャを構成し、AORのようなサウンドに変化する。


1980-90年代と2020年代の商業音楽が入り混じったようなサウンドは、このアルバムのコアの部分を構成し、現在の活動拠点であるカルフォルニアのヨットロックやソフィスティポップのごとき音楽性と呼応する。しかし、必ずしもニューヨーク的な気風が立ち消えになったとまでは言えない。ボーカルのリリックや節回しには、依然として都会的な気風があり、アーバンな空気感が漂う。この曲は、その後、エレクトロニックの音楽性が大々的に強調され、一分半以降はミニマル・アンビエントの音楽性と連動しつつ、ポピュラーソングの未知の領域を開拓する。「Describe」には、その後、ゴスペルやソウルのような要素が追加され、荘厳なポップソングへと移行していく。現代と古典を行き来しながら、未来への希望を物語るかのような一曲だ。

 

デビューアルバム『Apeture』では、恋愛に関する曲も収録されていたが、「Gimme Time」でもその作風は受け継がれている。プロのミュージシャンになったことによる人間関係の葛藤は、内面をシンプルに吐露するという、伝統的なポップソングのスタイルと言えるが、それと同時に、この曲で垣間見えるのは、一般的なエモーションを巧みに表現したラブソングだ。ベッドルームポップのスタイルを参照しつつ、2020年代に相応しい一曲が書かれている。サウンド面でも、瞠目すべき箇所が数多くあり、ダブのエフェクト、IDMのエレクトロニックの要素等、クロスオーバーの多彩さでは、昨今のミュージックシーンでは群を抜いている。しかし、そういった新しい試みの中でも、ボーカルのメロディーラインは大きく変わっていない。これこそ、ハンナ・ジャダグのソウルやヒップホップを経過した、新しいポップソングの独自のスタイルなのである。ボーカルは、時々、ラップのニュアンスのように音程をぼかしたり、ネオソウルのような歌唱を踏まえながら、独自のポップネスのイディオムを構築している。同時に、白人のミュージックシーンでは一般的なドリーム・ポップのエッセンスも添えられる。つまり、この曲には、夢想的な感覚が織り交ぜられ、半ば陶酔感のある感覚を付与するのだ。

 

分けても、ヒップホップやブレイクビーツが強調づけられると、旋律的な性質が強いジャダグの音楽は、にわかに、先鋭的なアートポップ/エクスペリメンタルポップの表情が強まる。「More」は、シカゴ/ニューヨークのドリルに触発された一曲で、 アメリカ的なサウンドとイギリス的なサウンドが共存している。気忙しいグリッチのビートに合わせて歌うというケンドリック・ラマーを始めとする現代的なラッパーと同じスタイルであるが、ハンナ・ジャダグの場合は、やはりドリーム・ポップのような乙女心を感じさせるメロディーが切ない空気感を帯びる。そして、アルバムの一曲目にも登場した、トラックの背景となるシンセのシークエンスが、清涼感のある空気感を生み出している。前面ではヒップホップやソウル、そしてポップやロックが交差するが、その背後では、ミニマル・アンビエントやエレクトロニックが鳴り響くというものである。これは、実は、率先してダニー・ブラウンが『Quaranta』で試していた前衛音楽だったが、これらを聴きやすく、可愛らしい音楽へと置き換えたのが、この曲の正体なのである。特に、この曲も、後半部分では、ダンス・ミュージックの要素が強まり、踊れる音楽としての性質を帯びる。この点を見ると、このシンガーソングライターにとって、理想的なポップソングとは適度に踊れる、また、リズムに乗れるということが重要であることがわかる。

 

急進的なアートポップ/エクスペリメンタルポップのソングライターとしての一つの成果が続く「D.I.A.A」にはっきりと表れ出ている。ダンスビートとロック、そしてポップの融合が図られ、極大の音像を持ち、シューゲイズやポストロックのような宇宙的な壮大さを持つ全体的なテクスチャーの中で、ハンナ・ジャダグは持ち前のポップセンスをいかんなく発揮してみせる。デビュー・アルバムではまだ初々しさも感じられたが、今回のアルバムのいくつかの曲では、ベテラン歌手のような存在感を発揮する瞬間もある。この曲では、SSWとしての強い生命力やオーラのようなものを捉えることがきっと出来るはずである。特に、ダンス・ミュージックとしては極端なほどにBPMを落として、旋律的な側面を維持し、堂々たるポップソングの印象性を強めようとする。旧来のマイケル・ジャクソンのようなサウンドの影響もあるかもしれないが、それらは結局、どこまでもモダンな印象が強調付けられている。この曲では、テクノ、アンビエントを通過したポップソングで、新しい音楽ジャンルの萌芽を捉えることが出来る。こうした中で、ドローンのような痩せたパンフルートの音色を模したシンセサウンドが取り入れられた「Perfect」では、従来にはなかったミステリアスな音楽性で楽しませてくれている。

 

ハンナ・ジャダグというのは不思議なソングライターで、非常に感覚が鋭い。特に意識したわけでもないのに、現在のトレンドとなる音楽性を上手く捉えている。それはいわば、ミュージシャンとして波に乗っている証拠である。今回のアルバムでは、現代のソフィスティポップやAORのリバイバル運動と呼応するようなサウンドが、解題のためのヒントやキーとなりそうだ。80年代のディスコポップと連動した「My Love」では、ブリブリとしたリズムやビートとネオソウルやヒップホップ的なボーカルが組み合わされ、見事なポップソングが誕生している。その後も、前衛的なポップソングが続き、「Couldn't Call」では、ピアノにモーフィングのエフェクトを加えたサウンド・デザイン的なアートポップソングが登場している。アンビエント的な音像も魅力の一つであるが、ゴスペルに根ざしたボーカルの壮大な印象にも注目したい。この曲では、歌手が子供の時代、ゴスペルを歌っていた頃の経験がモダンなサウンドと共鳴する。「Tell Me That!!!」はスパイス・ガールズやビヨンセのようなサウンドやヒップホップのドリルをポップソングとして昇華しており、聴きやすい一曲として楽しめることうけあいだ。

 

セカンド・アルバムでは、ジャダグのポップセンスの才能的な拡張に加えて、リズムの実験的な試みがいくつも見いだせる。それは実際的に、リズムの側面において、ポリフォニックな革新性を持つに至る場合もある。「Normal Today」は刺激的なビートが特徴で、 ダブステップやUKガラージの派生系であるツーステップ/フューチャーステップのリズムが取り入れられている。 このリズムのセクションに加えて、このアルバムの肝となるソフィスティポップやEnyaのようなヒーリングの要素を持つオーガニックな質感溢れるイージーリスニングの性質が加わり、独自のポップソングの形式が登場している。これはハンナ・ジャダグ以外にはなしえない唯一無二のオリジナリティであり、今後どのような形で成長し、完成されていくのかに注目したい。この曲では、しなるように強固なビートが温和な印象を持つボーカルと見事に融合し、グルーヴィーなポップソングが確立されている。この曲のリズムやウェイブは圧巻とも言える。さらにヒップホップのビートを矢面に突き出して、それらを持ち前のベッドルームポップの要素と融合させた「Doing Now」は、このセカンド・アルバムの隠れたハイライト曲となるだろう。『Apature』の延長線上にあるこの曲。しかし、ギターサウンドにはさらなる磨きがかけられて、ローファイ風のコアなインディーロックソングのスタイルと見事な形で合致している。ベースラインとヒップホップのビート、そしてジャダグのボーカルは、美しいハーモニーを形成している。このあたりに、新しい米国のポップソングの台頭を捉えることが出来るはずだ。

 

ロックとヒップホップの性質が強まる瞬間もある。これらは、ハンナ・ジャダグの影響を受けた音楽のどの側面が強調付けられるかによって、最終的な音楽性が決定されることの証でもある。なおかつ、アルバムを通して聴く際にも、多彩でバリエーションに富んだ音楽性を楽しめるに違いない。今回の最新アルバムでは、デビューアルバムのクローズのようなフランスのエスプリを表したり、映画的なポップソングを制作したのとは対象的に、エポックメイキングな仕掛けは施されていない。しかしながら、これこそ、ハンナ・ジャダグが本格派のシンガーとしての道のりを歩み始めた証拠で、今後の音楽性がどのように変容していくのか楽しみでならない。「Miracle」でのヒップホップ/ブレイクビーツのリズムのクールさは形容のしようがない。また、夢想的な印象を持つドリームポップの要素がこの曲に独特なロマンチシズムを添えている。おそらく、このアルバムでは最終的な結果のようなものが出てきたとは限らない。つまり、潜在的な歌手や作曲者としての才能が無限大で、今後はまだまだ良い曲が出てきそうだ。

 

アルバムをたくさんレビューしていると、フルアルバムの最後、あるいは一箇所において、大きな期待感を抱く瞬間がある。それは間違いなく、新しい何かが登場した瞬間であり、そこに漠然としたロマンを感じる。アルバムの最終曲「Bergamont」では、それがはっきりと感じられる。音楽が、既存の枠組みに窮屈に押し込まれず、無限に広がっていくような感覚がある。音楽とは、既存の枠組みに押し込めるものではなくて、枠組みから解放するためのものなのだ。そしてそこには、威風堂々たる感覚すら捉えられる。これこそ、ハンナ・ジャダグが、今、着実に、優れたミュージシャンとしての階段を上っている最中であることを示唆するのである。望むべくは、アーティストにとって象徴的なトラックが出てくると、最も理想的かもしれない。

 

 

 

85/100

 

 

 

 

「Doing Now」

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